解 脱 へ の 契 機 に 立 つ ﹁ 燭 ﹂ 考 察 の 推 移 ( 山 本 )
解
脱
へ
の
契
機
に
立
つ
鰯
考
察
の
推
移
山
本
啓
量
一 原 始 佛 教 に 於 て、 解 脱 や 浬 契 の 契 機 の 根 基 と な る も の は 燭 施 設 Phasapannatti で あ る。 煩 悩 は 燭 に 由 つ て 生 じ 燭 を 通 し て 滅 す る 所 か ら、 燭 を 正 観 す る こ と に よ つ て 解 脱 や 浬 葉 に 至 る と 強 調 す る。 燭 に つ い て は 無 量 の 鰯 が 學 げ ら れ て い る が、 一 般 に は 十 六 燭 が 設 定 せ ら れ、 殊 に 解 脱 へ の 蒋 換 に は 無 明 燭 よ り 明 燭 へ 移 行 す る と せ ら れ、 解 睨 へ の 轄 機 を な す も の と し て 室 ・ 無 相 ・ 無 願 の 三 鰯 が 考 え ら れ て い る。 縁 起 を 見 る も の は 法 を 見 る と い う 事 が 佛 敏 の 要 鮎 で あ る が、 解 脱 浬 繋 の 髄 解 や 盤 得 が 困 難 で あ る と い う の で、 縁 起 甚 深 と 云 わ れ、 四 分 律 に は 縁 起 と 愛 蓋 浬 葉 の 二 種 甚 深 が 掲 げ ら れ て い る。 相 慮 部 や 雑 阿 含 に は 六 種 の 鰯 を 本 と す る Phas-Samaaka 縁 起 を 學 げ て、 あ ら ゆ る 有 爲 法 は 燭 を 通 し て 生 滅 す る こ と を 圭 張 す る が、 解 脱 へ の 契 機 は 生 滅 の 契 機 に 立 つ 燭 を 如 實 に 知 見 す る に あ る こ と を 示 し て い る。 燭 の 如 實 知 見 は ﹁ 集 法 を 有 す る も の は 滅 法 を 有 す ﹂ ﹁ 集 法 は 滅 法 で あ る ﹂ ﹁ そ の も の は 燭 に よ つ、 て 生、 燭 に よ つ て 滅 す ﹂ と 見 る こ と で あ つ て、 是 を 集 滅 の 法 samudayavayadhamma を 如 實 に 知 見 す る と 云 わ れ、 そ の 慧 を 生 滅 の 慧 udayatagaminipa は 密 と 云 わ れ て い る。 大 毘 婆 沙 論 に よ れ ば、 甚 深 の 阿 毘 達 磨 と は、 ﹁ 室 ・ 無 我 と 如 實 畳 ﹂ ﹁ 因 縁 生 と 如 實 箆 ﹂ で あ る と し、 如 實 知 見 を 如 實 畳 に 置 き 易 え た の は、 原 始 佛 敏 の 如 實 知 見 が 直 観 的 な る に 封 し て、 有 部 の 如 實 畳 は 思 惟 考 察 的 な る に よ る。 大 毘 婆 沙 論 雑 纏 に は、 ﹁ 諸 行 申 に 於 て 如 理 に 思 惟 す る こ と 能 わ ざ れ ば、 能 く 世 第 一 法 を 起 す こ と な し ﹂ ﹁ 如 理 に 思 惟 す と 云 う は 上 品 忍 を 顯 わ す ﹂ と し て、 如 理 思 惟 す る 上 品 忍 が 世 第 一 法 を 起 す 唯 一 の 條 件 で あ る こ と を 示 し て い る。 有 部 の 敏 説 で は 世 第 二 法 の 一 刹 那 の 後、 欲 界 の 苦 聖 諦 を 縁 じ て 苦 法 智 忍 を 生 じ 正 性 離 生 に 入 り、 次 に 見 道 十 六 行 相 中 の 十 五 行 相 ま で ﹁ 忍 智 ﹂ の 關 係 を 縫 績 し、 道 類 智 忍 ま で を 未 曾 見 の 理 を 見 る と せ ら れ る。 印 ち 聖 諦 現 観 で あ る。 此 の 時、 原 始 佛 敏 の 生-162-滅 観 と 異 な り、 四 聖 諦 の 各 諦 は 其 の 理 を 別 観 せ ら れ る。 凡 そ 有 部 の 思 惟 方 法 は、 三 世 實 有 法 髄 恒 有 の 全 髄 的 ﹁ 総 髄 ﹂ に 蹄 せ ら る べ き 法 を、 分 析 分 別 し て そ の 理 を 別 観 す る に あ る。 大 衆 部 が 頓 観 的 な 立 場 に 立 ち、 四 聖 諦 に 關 し て 一 刹 那 に 能 く 四 諦 を 了 知 す る に 封 し て、 有 部 は 漸 観 的 な 方 法 を と り、 十 六 行 相 に 十 五 刹 那 を 経 て 道 類 智 に 至 る と せ ら れ る。 然 る に 原 始 佛 敢 は 煩 悩 が 鰯 に 縁 つ て 生 じ 燭 に 縁 つ て 滅 す る 所 か ち、 集 法 は 滅 法 で あ る と 見 る の で あ る。 有 部 は 分 析 的 方 法 を と つ て、 時 室 の 極 端 に 夫 々 刹 那 と 極 微 と の 無 分 割 的 な 邊 を 思 惟 し、 其 慮 に 實 有 を 如 理 思 惟 し た。 從 つ て 有 部 は 原 始 佛 敢 の 生 滅 観 の 理 解 に つ い て、 同 じ く 根 纏 に 一 心 か 二 心 か 一 刹 那 か 二 刹 那 か の 問 題 を 提 起 し て ﹁ 二 刹 那 の 頃 に 一 心 は 生 を 観 じ、 一 心 は 滅 を 観 ず る な り、 相 績 に 依 り 説 き て 生 滅 観 と 名 つ く ﹂ と 解 繹 し た の で あ る。 帥 ち 原 始 佛 敏 の 生 滅 観 が 相 即 な る を 時 聞 的 に 分 析 し て 刹 那 の 相 績 と し た の で あ る。 二 鰯 は 根 境 識 の 三 事 和 合 に よ つ て 有 り と せ ら れ る が、 有 部 で は 根 ・ 境 ・ 識 の 一 々 を 取 り 出 し て 分 別 考 察 す。 境 と 身 分 の 根 と は 共 に 色 に 撮 せ ら れ、 色 を 分 析 し そ の 最 後 邊 に あ る も の と し て、 ﹁ こ れ 以 上 分 析 す べ か ら ず、 賭 見 す べ か ら ざ る ﹂ 極 微 が 立 て ら れ、 之 を 實 有 と し て い る。 根 に 二 十 二 根 あ り と す る 時 は、 眼 等 の 六 根 ・ 五 受 根 ・ 命 根 男 根 女 根 ・ 信 等 の 五 根 ・ 三 無 漏 根 で あ る。 此 の う ち 原 始 佛 教 に 於 て 煩 悩 の 生 滅 の た め の 所 依 と な る も の は、 眼 等 の 六 根 と 五 受 根 と で あ り、 信 等 の 五 根 は 燭 所 生 の 煩 悩 等 を 滅 す る こ と の 修 習 の 爲 の 所 依 で あ つ て、 S. 1 2, 2 3 pacoaya に ﹁ 苦 を 縁 と し て 信 あ り ﹂ と し、 順 孜、 挽 ・ 喜 ・ 輕 安 ・ 樂 ・ 三 摩 地 如 實 知 見 ・ 離 ・ 解 脱 あ り と し、 解 脱 の 爲 の 如 實 知 見 の 根 源 に 信 を 置 い た が、 S. 4 8. 4 4 東 河 に 五 根 を 説 い て 信 進 念 定 慧 信 ⋮⋮と 循 環 せ し め て、 五 根 の 循 環 的 な 連 績 修 習 に よ つ て、 信 等 め 五 根 が 燭 の 成 立 に 参 加 し て、 明 燭 に 轄 ず る こ と を 豫 想 せ し め て い る。 ( 雑 阿 二 六 ﹁ 此 の 五 根 に 於 て 如 實 に ょ く 観 察 せ ば、 身 見 ・ 戒 取 ・ 疑 に 於 て 断 知 す ﹂ 倶 舎 論 三 六 に ﹁ 忍 法 中 に 必 ず 退 堕 せ ず、 善 根 堅 固 に し て、 四 善 根 の 中 の 忽 位 に 於 て 増 上 の 義 を 得、 故 に 根 増 上 す と 説 く ﹂ ﹁ 五 根 は 善 根 堅 固 に し て、 四 善 根 の 中 に 忍 位 に 於 て 増 上 の 義 あ り、 能 く 煩 悩 を 伏 し 聖 道 を 引 く が 故 に 立 て ﹂ 根 と な す と あ り ) 根 は 倶 舎 論 第 三 に ﹁ 鰯 に 縁 つ て 受 あ り ﹂ と 云 う の み な ら ず、 ﹁ 燭 に 縁 つ て 根 あ り ﹂ と も 云 わ れ、 五 受 と 五 根 と が 等 レ く 燭 に よ う て 生 ず る と 云 つ て い る が、 之 は 受 に も 最 勝 自 在 と 光 顯 な る を 認 め て 根 と し た の で あ つ て、 受 根 受 と 移 行 し つ 鰯 の 周 邊 に 循 環 す る も の と 見 ら れ る。 根 と 受 と、 が 互 い に 循 環 増 廣 す る こ と は、 如 實 知 見 の 直 観 の 封 象 た る 鯛 の 和 合 の 解 脱 へ の 契 機 に 立 つ ﹁ 鰯 ﹂ 考 察 の 推 移 ( 山 本 )
-163-解 脱 へ の 契 機 に 立 づ ﹁ 燭 ﹂ 考 察 の 推 移 ( 山 本 ) 三 事 の 中 よ り、 特 に 根 を 抽 象 し て 考 察 し た 爲 に 起 つ た 増 廣 的 事 實 で あ り、 燭 を 中 心 と す る 煩 悩 随 増 の 様 相 で あ る。 こ の 様 な 循 環 的 矛 盾 は 識 に 於 て も 見 ら れ る 所 で あ つ て、 五 纏 に 於 て 色 ( 燭 ) 受 想 行 識 と 移 行 す る 場 合、 色 と 受 と の 間 に 燭 を 豫 想 す る と き、 五 纏 の 識 と 燭 に 於 け る 三 事 和 合 の 識 と ば 相 互 に 循 環 し、 又 内 の 識 と 外 の 名 色 と に よ つ て 燭 が あ る と す る 場 合 に も、 内 の 識 と 名 の 識 と は 互 に 重 複 し、 又 雑 阿 含 の 種 子 経 等 に、 五 纏 の 各 纏 に 識 が 佳 し て 禁 縁 す る と 説 か れ る 場 合 に も、 識 が 循 環 し て 重 複 す る 矛 盾 が 考 え ら れ る。 之 等 は 何 れ も 燭 を 如 實 知 見 の 直 観 に 於 て 把 握 す る こ と な く、 識 を 取 り 出 し て 燭 關 係 の 種 々 相 を 識 の 禁 縁 と し て 見 た 時 の 燭 の 増 廣 的 様 相 で あ る。 阿 毘 達 磨 で は こ の 識 と 根 と を 執 拗 に 追 求 し た が、 識 と 根 と は 内 の 圭 観 の 側 に あ つ て 封 境 と 相 封 す る 以 上、 認 識 の 根 縁 が 考 察 せ ら れ る 時、 -何 れ が 優 先 に 立 つ か が 問 題 と な る の は 當 然 で あ る。 此 庭 に 根 見 家 と 識 見 家 と の 封 立 が あ る。 眼 等 の 五 根 が 所 依 と な つ て、 五 識 及 び 五 識 相 慮 の 心 所 が 議 さ れ る と す れ ば 噛 根 が 識 に 優 先 す る が、 眼 等 の 五 を 立 て y 根 と な す の は、 各 自 の 境 を 了 別 す る 眼 等 の 識 に 於 て、 最 勝 自 在 の 義 が あ る か ら で あ る と す る と き、 識 が 根 に 優 先 す る ( 大 毘 婆 沙 論 大 種 纏、 倶 舎 論 三 )、 即 ち 根 の 増 上 は 識 の 上 の 事 實 で あ る と し て も、 根 は 又 識 を 獲 す こ と に な る の で、 識 と 根 と は 同 一 圓 環 上 に あ つ て 循 環 す る も の と 云 う こ と が 出 來 る。 次 に 燭 の 構 成 要 素 と し て の 根 境 識 の 一 々 に 撮 る こ と な く、 三 事 和 合 の 上 の 燭 に つ い て も 類 似 の 問 題 が あ る。 印 ち 大 毘 婆 沙 論 根 纏 に 響 喩 者 の 説 と し て、 ﹁ 鰯 は 實 有 に 非 ず、 三 を 離 れ て 實 の 燭 の 髄 は 得 べ か ら ず ﹂ と し、 倶 舎 論 第 十 に 経 量 部 の 説 と し て コ ニ 法 和 合 す る と き 名 づ け て 燭 と 爲 す と し、 三 事 と 燭 は 同 時 關 係 に あ る と す る に 封 し、 有 部 の 説 と し て ﹁ 三 和 合 す る が 故 に 別 に 燭 生 ず ﹂ と し、 燭 は 三 事 和 合 の 後 に あ る と し た。 蓋 し 有 部 は 實 有 を 認 め て 刹 那 の 移 行 を 考 え た の で あ る。 然 る に 同 じ く 根 纏 に ﹁ 心 心 所 は 燭 を 以 て 命 と し、 燭 に 引 か れ、 鰯 に 轄 ぜ ら れ、 鰯 の 力 の 故 に 現 在 前 す ﹂ 二 切 の 法 は 燭 の 集 起 す る 所 な り、 根 は 鰯 に よ り 生 ず と あ り、 燭 は 三 事 の 前 に あ り と も、 或 は 後 に あ り と も せ ち れ て い る。 燭 は 所 生 の 心 心 所 で あ り な が ら、 心 心 所 に 帥 し つ ﹄ も、 心 心 所 を 引 き ゆ く 力 動 の 根 源 と な つ て い る。 師 ち 燭 に 於 て 能 動 と 所 動 と が 交 互 に 現 ず る も の と 云 う べ き で あ ろ う。 之 は 一 種 の 矛 盾 で あ つ て、 こ の 様 な 燭 と 三 事 と が 前 後 に 循 環 し 矛 盾 す る の は、 燭 の 構 成 要 素 と し て の 根 境 識 の 三 事 を、 一 々 分 析 す る と 共 に、 縁 起 と し て の 燭 を 實 有 と し た 所 に そ の 原 因 が あ る と 云 う べ き で あ る。 原 始 佛 教 に 於 て は、 心 心 所 と 倶 に 有 る 燭 を 先 験 的 に 捉 え 且 つ 直 観 的 に 知 見 し て、 此 腱 に 契 機 を 把 え て 生 滅 を 解 脱 せ ん と し た の で あ る。 三
-164-識 と 根 と が 何 れ が 優 先 す る か の 問 題、 心 心 所 と 燭 と の 矛 盾 的 循 環 等 は、 全 て 時 室 爾 面 に 亘 つ て、 阿 毘 達 磨 的 に 燭 を 分 析 し た 結 果、 生 起 し た 所 の 混 雑 で あ る。 此 の 混 雑 を 解 決 せ ん と し て 唯 識 と 中 観 と の 努 力 が 彿 わ れ、 途 に 爾 學 派 の 議 達 を 見 た の で あ る。 解 深 密 経 第 一 心 意 識 相 品 で は、 身 に 於 て 随 途 執 持 す る が 故 に 阿 陀 那 識 と 名 づ け、 身 に 於 て 撮 受 藏 隠 し 安 危 の 義 を 同 じ く す る に 由 る が 故 に 阿 頼 耶 識 と 名 つ く と せ ら れ、 ( 成 唯 識 論 第 三 に ﹁ 能 く 諸 法 の 種 子 を 執 持 し、 及 び 能 く 色 根 と 依 庭 と を 執 受 し、 亦 能 く 結 生 と 相 績 と を 執 取 す る が 故 に 此 の 識 を 阿 陀 那 と 名 つ く ﹂ と あ り。 ) 燭 と 名 色 と 五 纏 と に お け る 識 の 循 環 的 な 矛 盾 を、 阿 陀 那 識 と 阿 頼 耶 識 と で 説 明 せ ん と し た。 而 し て 三 事 和 合 の 識 に ひ た す ら 解 決 を 求 め ん と し た 結 果 は、 同 じ く 分 別 喩 伽 品 第 六 の 分 別 止 観 唯 識 門 に、 ﹁ 毘 鉢 舎 那 三 摩 地 所 行 の 影 像 は そ の 心 と 異 る 事 な し、 影 像 は 意 識 の み な る に よ る。 識 の 所 縁 は 唯 識 の 所 現 に 過 ぎ な い。 愚 夫 は 諸 の 影 像 に 於 て 如 實 に 意 識 の み な る 事 を 知 ら ず ﹂ と し て、 意 識 の 中 に 根 境 識 の 三 事 を 移 入 し て、 之 を 如 實 に 知 る こ と が、 解 脱 へ の 契 機 を な す こ と を 明 か に し た。 即 ち 三 事 和 合 燭 の 如 實 知 見 を、 意 識 内 の 如 實 知 に 移 行 せ し め て、 有 部 の 燭 考 察 の 矛 盾 を 解 決 せ ん と し た の で あ る。 中 観 佛 教 も 亦 こ の 解 明 の 爲 に 努 力 し て い る。 帥 ち 青 目 は 中 論 観 行 品 十 三、 第 二 偶 を 繹 し て、 ﹁ 識 は 塵 と 根 と に 因 つ て 生 ず、 や り 識 は 塵 に も 根 に も 又 は そ の 中 間 に あ り と も 分 別 し 難 し、 識 は 衆 縁 よ り 生 ず、 室 に し て 自 性 な し ﹂ と し、 識 は 室 な り と 見 て い る。 同 じ く 四 諦 品 二 十 四 第 九 偶 に は ﹁ 二 諦 を 分 別 す る こ と を 知 ら ざ れ ば、 甚 深 の 法 に 於 て 實 義 を 知 ら ず ﹂ と し、 虚 妄 の 法 は 世 俗 諦 に は 實 な る も、 第 二 義 諦 に は 室、 無 性 な り と し、 ( S, 1 P10 に は ﹁ 正 慧 に よ つ て 如 實 に 世 間 の 集 と 滅 と を 観 ず れ ば、 世 間 に 無 な る も の な し、 有 な る も の な し ﹂ と し て い る ) 更 に 第 十 六 第 十 七 偶 に ﹁ 自 性 あ り と 云 え ば 無 因 無 縁 と な り、 又 函 果 と 生 滅 の 理 と を 共 に 破 す る こ と と な る ﹂ と し、 第 十 八 偶 で は ﹁ 彼 の 縁 起 其 を 我 等 は 室 と 論 く、 其 は 相 封 的 な 施 設 で あ る。 又 中 道 の 義 で あ る ﹂ と し た。 燭 は 室 に し て 三 事 共 に 自 性 な く、 自 性 に 執 す る こ と は、 因 果 と 生 滅 の 理 と を 破 す る も の と し、 縁 起 を 以 て 室 甚 深 と し た。 印 ち 原 始 佛 敏 の 生 滅 観 の へ 一 三 七 頁 下 一 行 五 行 参 照 ) 傳 統 を 認 め つ つ、 縁 起 を 相 封 的 な 施 設 で あ る と し て、 原 始 佛 教 の 燭 考 察 を 肯 定 し な が ら、 中 観 の 室 思 想 を 展 開 し た の で あ る。 佛 教 の 縁 起 説 は、 原 始 佛 教 に 於 て は 鰯 甚 深 を 以 て 示 さ れ、 ( S. 3 5. 13 6 ﹁ 燭 の 法 は 知 り 難 く 無 智 者 は 之 に 惑 う、 覆 わ れ た る も の に 黒 闇 あ り、 見 ざ る も の に 盲 冥 あ り ﹂ ) 甚 深 把 握 の 契 機 を 如 實 知 見 に 置 い て い る が、 有 部 は 時 室 二 種 の 實 有 を 如 理 に 思 惟 す る こ と を 甚 深 と し、 唯 識 の 甚 深 は 原 始 佛 教 の 燭 考 察 を 識 内 に 把 え て、 之 を 如 實 に 知 る こ と で あ る と し、 中 観 佛 敏 は 鰯 考 察 を 法 室 に 沈 め て 室 甚 深 と し た の で あ る。 解 睨 へ の 契 機 に 立 ち ﹁ 燭 ﹂ 考 察 の 推 移 ( 山 本 )