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Vol.51 , No.2(2003)094趙 明烈「宮沢賢治の作品に現れた法華思想」

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Academic year: 2021

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(81) 印 度 學 佛 教 學 研 究 第51巻 第2号 平 成15年3月

宮 沢賢 治 の作品 に現れ た法華 思想

1序 言 宮 沢 賢 治(1896-1993)は,日 本 の近 代 文 学 に お け る 重要 な 童 話 作 家 と して よ く 知 られ て い る.そ れ は彼 の 童 話 作 品 に特 殊 性 が あ るか らで あ る と思 わ れ る.高 村 光 太 郎 氏 と分 銅 惇 作 氏 は 賢 治 を 「コ ス モ ス の所 持者 」,「塵 点 劫 の旅 人 」 とよ ばれ た こ とが あ る し,又,芸 術 人,法 華 経 行 者,農 業 技 師(科 学者),農 民 の 友 として の実 践 人 と評 価 さ れ て い るが,こ れ らは彼 の生 涯 と作 品 の 特 殊 性 を理 解 す る キー ワー ドで あ る よ うに 思 わ れ る.こ の よ うな作 品 が創 作 で き た原 動 力 は い っ た い 何 で あ っ た の か.そ の答 え につ い て はす で に 諸 学 者 達 の 研 究 が続 い て き て い るが, そ こに共 通 して い るの は彼 の信 仰 と願 力 が 基 に な っ て い る とい う こ とで あ る. 彼 の本 家 の ご両 親 は浄 土 真 宗 の信 者 で あ っ て,彼 もや は り幼 年 期 に は ご両 親 と 共 に浄 土 真 宗 を信 じて い た が,18歳 以 後 の改 宗 が き っ か け に な っ て彼 は求 道 的 な 菩 薩 行 を実 践 し よ う とい う意 志 を も っ て 日常 生 活 に す す め た.大 乗 仏 教 の 思 想, 即 ち法 華 文学 の 暢 達 を誓 願 した あ と彼 は一・生 懸 命 に創 作 の た め努 力 した.18歳 の 時,島 地 大 等 著 編 の 「漢 和 対 照 妙 法 蓮 華 経 」 を読 み,そ の あ と法 華 経 が生 涯 の 信 仰 とな っ た こ とは よ く知 られ て い る.賢 治 は結 局 後 に 「国柱 会 」 に 入会(1920年, 24歳)し て信 仰 と布 教 に勉 め,自 分 の ご両 親 の 改 宗 を熱 望 したが 容 れ られ ず,25 歳 の 時,東 京 に 出 て本 郷 の 菊 坂 町 に止 宿 し,昼 間 は"文 信 社"と い う出版 社 で 筆 耕 や校 定 等 を し,夜 は 「国柱 会 」 で 講 演 な どを して信 仰 活 動 しなが ら 自活 し,上 野 公 園 な どで は街 頭 布 教 も した こ とが あ る.あ の 当 時 「国 柱 会 」 の高 知 尾 耀 氏 か ら文 芸 に よ る大 乗 仏 教 の普 及 をす す め られ た と言 わ れ て い る.賢 治 は法 華 文 学 を 暢達 す るた め に 努 力 した.'賢 治 の 一.生を回 顧 して み る と彼 が 法 華 経 に深 趣 し,「国 柱 会 」 に入 会 す る 以前 は疾 風 怒 涛 の よ うな青 年 期 を 送 っ た こ とが 想 像 で き る.法 華 文 学 の 暢達 を 誓願 した 後,彼 が執 筆 した原 稿 量 が 一 個 月 に3000枚 も達 した とい うエ ピ ソー ドが つ た わ っ て い る.し か し,い ざ本 人 が 生 きて い る間 は作 品集 の刊

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(82) 宮沢 賢治 の作 品 に現 れ た法 華 思想(趙) 行 は わず か2冊 に止 ま っ て い る.詩 「春 と修 羅 」 と童 話 集 「注 文 の 多 い 料 理 店 」 が そ れ で あ る が,2冊 と も 自費 出 版 で あ っ た こ とは よ くし られ て い る.37歳 とい う若 い 年 で な くな っ た彼 は死 ぬ ま え に 自分 の父 親 当 て に 「国 訳 妙 法 蓮 華 経 」1000 部 を刊 行 して 次 の 文 章 を いれ て 布 施 して くだ さ る こ とを遺 言 した. "私 の生 涯 の仕 事 は この経 を あ た な の お 手 も とに と どけ ,そ して其 中 に あ る仏 意 に触 れ て あな たが 無 上 道 に 入 られ る こ とを お祈 りす る こ とで す"と 書 い て知 己 に 頒 布 す る こ とで あ っ た. 彼 の作 品 と文 学 精 神 は法 華 経 の 思 想 か ら至 大 な影 響 を 受 けた こ とは よ く言 わ れ て い るが,彼 の 法華 文 学 につ い て は次 の よ うに ま とめ る こ とが で き るだ ろ う. 1)宮 沢賢治 の作品 は大乗仏教 の真理 を説 くためにかかれた ものであ るか らそ うした真理 の 「解明手段」 として よむ必要が ある.し か し,こ のよ うな見方 には文学 を文学 として見 る 自立性 を失 い疑いが あるの は言 うまで もない. 2)賢 治の文学精神が確認で きるのは,彼 の晩年 に書 かれた次 ぎの文章で ある."断 じて教 化 の考 え るべか らず,た だ純真 に法楽 すべ し"と い う自戒で,賢 治 の文学精神 の意味 がよ く把握 で きるだ ろう. 2法 華 経 と賢 治 法 華 経 は真 理 の統 一.性を教 えて くれ る とい う意 味 で 万 善 同 帰 教 と言 わ れ,天 台 大 師 は法 華 経 を通 じて仏 教 の体 系 を樹 立 し,教 判 論 に 終 止 符 をつ け よ う と した経 典 で あ る.法 華 経 の3門 は 1)宇 宙の統 一的な真理(一 乗妙法)の 解明. 2)久 遠 な人格 的生命(久 遠本仏)を 教示. 3)人 間の現実的 な活動(菩 薩行道)で,そ れ は真理,生 命,実 践 とい う法華 経の3大 思 想 ともつながってい る. 以上 の3門 の 中 で,日 蓮 は三 番 目 の菩 薩 行 道,即 ち 実 践 の とこ とに注 目 して い た.法 華 経 の 中 で は,第10法 師 品 か ら21(22)嘱 累 品 に特 別 な注 文 を して い た と い う.日 蓮 は 「立 正 安 国論 」 の 中 で 法 華 経 の教 え を も っ て 仏 教 を統 一 す る こ とを 強 調 した り,又,為 政 者 で もそ の 教 に基 つ い て政 治 を 立 正 して くれ る こ とを強 調 した.そ の よ うな 日蓮 主 義 的 な 法 華 信 仰 は明 治 維 新 以後 に 次 の よ うに大 き く三 分 化 さ れ た. 一 つ は 国 家 主 義 的 な信 仰 を 強 調 す る グル ー プ.二 つ 目は 国 家 を 超 越 して 宇 宙 の 実 相 を信 仰 す る グル ー プ.三 つ 目 は新 宗 教 運 動 に包 括 さ れ た 民衆 を中 心 とす る信

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(83) 宮沢 賢治 の作 品 に現 れた法 華思 想(趙) 仰 グ ル ー プ が そ れ で あ る.宮 沢 賢 治 は二 っ 目の グル ー プ即 ち 国家 を超 越 した 宇 宙 実 相 の 思想 を信 奉 す る グル ー プ に入 っ て い た.妹 の トシ の死 が彼 を熱 烈 な 日蓮 主 義 の信 奉 者 へ と導 く契 機 に な っ た とい う.大 正15年,彼 が起 草 した 「農 民 芸 術 網 要 」 に は彼 の 宇 宙 実 相 に対 す る信 奉 の 内 容 が書 い て あ る.彼 が信 じた 宇 宙 実 相 は 非 観 念 的 で,非 静 止 的 な実 相 で あ っ て,非 常 に実 践 的 で あ り,意 志 的 で か つ 行 為 的 な も の で あ るが,そ れ が す な わ ち菩 薩 行 で あ る.法 華 経 の 中 で は菩 薩行 に つ い て 次 の よ うに述 べ て い る. "世界 の全 体が幸福 にならない うちは個 人の幸福 は得な い"と"わ れ らは世界 のま ことの 幸福 を索 よう" 賢 治 は法 華 経 の 中 で如 来 寿 量 品16の 内容 に深 い感 動 を受 け た と言 わ れ る.そ こで 彼 は如 来 寿 量 品 の 内容 を 引用 した断 片 的 な 思索 や 手紙 な どを よ く書 い て い た. 特 に彼 の後 半 期 の 作 品 な どで は法 華 経 の信 仰 を基 盤 と して 芸 術 的 な生 活 の集 大 成 をす る が た め に積 極 的 な態 度 を見 せ て い る.こ の た め あ る人 は賢 治 を東 洋 の 賢 者 と称 した.18歳 の とき,「 法 華 経 」 を よん だ 後,彼 は一 生 変 ら ぬ信 仰 を続 け て い た こ とは よ くわ か るが,特 に彼 が 死 ぬ2年 前 に書 い た 「ア メ ニ モ マ ケ ズ」 の 最 後 の表 現 な どで は彼 の切 々 な誓 願 が 充 分 感 じ られ る.そ こ に現 れ た誓 願 は不 軽 菩 薩 品 の 中 の常 不 軽 菩 薩 の行 道 を意 味 して い る. "みんなにで/デ ク ノーボよばれ/ほ められもせず/く にもされず/さ ういうものに/わ た しはな りたい." こ こで デ ク ノー ボ精 神 は即 ち常 不 軽 菩 薩 の行 道 で あ る.又,「 土 偶 坊 」 とい う戯 曲 を構 想 した 時 も賢 治 の 思 想 が よ く現 れ て い る文 章 に も彼 の こ うい う誓 願 が こ もっ て い る と思 わ れ る. "法を先 として父母 を次 とし近縁 を三 とし農 村を最後 の 目標 として猛進せ よ ." 以 上,賢 治 と法 華 経 との か か わ りに つ い て簡 単 に述 べ て み た が,賢 治 は法 華 信 仰 で 一.生を過 した こ とに注 目 しな け れ ば な らな い.そ れ が 賢 治 と彼 の文 学 を理 解 す る上 で 非 常 に重 要 な キ ー ワ ー ドに な っ て い るの で あ る. 3法 華 経 の 思 想 が 素 材 に な っ た 作 品 に つ い て 賢 治 の童 話 は花 鳥 童 話,動 物 童 話,仏 典 童 話 等 に分 類 さ れ る.仏 典 童 話 とよ ば れ る童 話 は 「四 又 の百 合 」,「雁 の童 子 」,「イ ン トラ の網 」,「北 守 将 軍 と三 人 の 兄 弟 」,「マ ク ノ リア の 木 」等 で あ る.「 雁 の童 子 」 は 羽 衣説 話 的 な構 成 に 仏 教 的 な 三 世 因果 思想 を み ご とに形 象 化 し,自 然 科 学 的 な 感 受 性 と宗 教 の意 識 との 密接 な 関

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(84) 宮 沢賢治 の作 品 に現 れ た法華 思想(趙) 係 を 表 現 して い る.詩 「マ ク ノ リア の木 」 は 阿耨 達 池 幻 想 曲 の表 現 で あ る と言 わ れ て い る し,法 華 経 的 な認 識 の あ り方 を 自 ら心 象 風 景 として 断 章 の形 に した の が 峯 や 谷 で あ る.そ の外 「貝 の 火 」,「二 十 六 夜 」,「な め とこや ま の熊 」,「よだ か の 星 」 等 は題 材 と して作 品 に収 録 され た表 現 が法 華 経 と日蓮 遺 文 を 中心 と した 宗 教 的 思想 が反 影 され て い る と言 わ れ て い る.「二 十 六 夜 」は本 生 譚 形 式 を そ の ま ま踏 襲 した 作 品 で あ る.法 華 経 典 の 内 容 の イ メ ー ジ を象 徴 的 に用 い て い る と言 わ れ て い る作 品 は 「銀 河 鉄 道 の夜 」,「旅 人 の は な しか ら」,「貝 の火 」,「雁 の童 子 」,「光 の 素足 」,「十 力 金 剛 石 」,「双 子 の 星 」 等 数 多 くの作 品 で あ る.賢 治 文 学 の代 表 作 品 と して 「銀 河 鉄 道 の夜 」 は主 人 公 ジ ョバ ンニ の 自己 犠 牲 を媒 介 と して 「ユ ー ト ピア 」 つ く りの構 想 が主 題 で あ る とい われ るが,こ の 作 品 は賢 治 文 学 の集 成 とも い わ れ る.こ の銀 河 とか鉄 道 とか は作 品 「双 子 の 星 」,「光 の素 足 」,「イ ン トラの 網 」,「よだ か の星 」 と関 聯 して考 察 して み る必 要 が あ る と思 わ れ る.「旅 人 の はな しか ら」 は中 国 の南 部 の 町 を舞 台 に して い る が,そ の 内 容 は法 華 経 の教 説 の 取 り 入 れ 等 に宗 教 的 な面 を加 え て い るが,そ れ は法 華 経信 解 品 の 「長 者 窮 子 」 とい う 有 名 な 比 喩 譚 を踏 え で あ る と思 わ れ る.そ れ は法 華 文 学 の創 作 を 志 す こ と にな る 間 に 「塵 点 劫 」 の歌 との 関連 で 書 い た散 文 小 品 で あ る.そ こに彼 の宗 教 的 な 時 間 意 識 と 「旅 人 」の イ メ ー ジ の原 型 的 な もの が あ るだ ろ う とい う こ とで注 目さ れ る. 「旅 人 」 の イ メ ー ジ は 「塵 点 劫 の旅 人 」 の イ メ ー ジ と相 通 じて い るの で はな い か と 思 わ れ る.「 貝 の 火 」 は紀 野 一 義 氏 の説 に よれ ば 「法 華 経 」 安 楽 行 品14の 内 容 を イ メ ー ジ 化 した とい わ れ る.「雁 の 童 子 」 は法 華 経 と物 理 科 学 の世 界,そ の 一 側 面 が 表 現 され て い る し,「 光 の 素 足 」 に は如 来 寿 量 品 の"う す あか り国"へ の 幻 想 を 語 りつ づ けい る.「十 力 金 剛 石 」 は法 華 経 で の宝 石 の イ メ ー ジ を 象徴 的 に 用 い て い る し,「 双 子 の 星 」 は姿 の見 え な い天 な る 「王 さ ま」 を 中 心 と した 世 界 で チ ュ ン セ,ポ ー セ とい う兄 妹 を描 い た 話 が 「銀 河 鉄 道 の 夜 」 の ジ ョバ ン ニ とカ ム パ ネ ル ラに 投 映 され て い る. 冒 頭 で 述 べ た よ うな賢 治 は18歳 の 時,読 ん だ法 華 経 の 中 で彼 が 一 生 か わ らぬ 法 華 の 行 者 と して 信 仰 を させ られ た の は菩 薩 行 道 の現 実 的 な実 践 で あ っ た と思 わ れ る.菩 薩 行 道 とは現 実 に人 間 的 な 行 動,即 ち 現 実 的 な 人 間 の活 動 の意 味 で あ る. そ の よ うな菩 薩 行 を 強 調 して い るの が 見 宝 塔 分 第11と 如 来 寿 量 品 第15で あ る. そ こで は永 遠 性(久 遠常住)を 主 張 して い る が久 遠 常 住 即 ち 久遠 仏 とい うの は創 造 者 で な くつ ね に菩 薩 行 を実 践 して い る.久 遠 仏 と は人 格 の 統 一 体 で統一 的 な真 理 が あ る所 に久 遠 の人 格 的 な 生 命 が み られ る が,そ の 人 榕 的 な生 命 が現 実 の活 動 の

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(85) 宮 沢賢 治の作 品 に現れ た法華 思想(趙) 中 で永 遠 な 生命 の脈 動 が か ん じ られ る.そ の よ うな菩 薩 行 は 賢 治 に深 く影 響 を与 え,彼 が塵 点 劫 の旅 人 に つ い て注 目 され 一 生 を過 ご した と思 わ れ る.彼 の四次元 の世 界 は銀 河 を 包 む 心 象 宇 宙 で あ っ て彼 の 芸 術 論 に お け る主 な精 神 は科 学 の原 理 と信 仰 を結 び つ けた 生 活 の芸 術 化 を 通 じて 彼 の 独 自 的 な芸 術 観 が み られ るが,彼 の塵 点 劫 とい う特 異 な時 間 意 識 が分 か れ ば賢 治 と彼 のす べ て の作 品 が わ か りや す く理 解 で き る だ ろ う. 賢 治 は不 滅 の 四 次 元 の芸 術 は可 能 で あ る と考 え た.そ れ が塵 点 劫 と言 う時 間 の 軸 で そ れ は宗 教 的 か っ 生 命 的 な 時 間 意識 で あ るが,こ れ は仏 教 の 時 間観 念 で あ っ て,塵 点 劫 と は法 華 経 の化 城 喩 品 で は 三 千 塵 劫,又 如 来 寿 量 品 で は五 百 塵 劫,不 軽 品 で は億 億 万 劫 の 時 間 概 念 と して説 明 され て い るが,こ れ は無 始 無 終 の 久 遠 の 時 間 の流 れ を表 現 して い る. 賢 治 文 学 に現 れ て い る法 華 思想 は"旅 人 の イ メー ジ"の 具 現 で あ る と言 え る だ ろ う.同 時 に そ の よ うな"旅 人 の イ メ ー ジ"は 法 華 経 の信 行 者 が 求 道 的 な誓 願 の 実 践 の た め に 絶 え間 な く努 力 す る菩 薩 行 道 の 表 現 で あ る と考 え られ る.即 ち賢 治 は"塵 点劫 の旅 人 のイ メ ー ジ"を 持 っ て 法 華 文 学 を通 じて 久遠 本 仏 が 教 示 され た 菩 薩 行 道 の現 実 的 な実 践 の永 遠 性 を提 示 した と考 え られ る ので あ る. 参 考 文 献 米 田利 昭,「 宮澤 賢 治 の 手 紙 」,大 修 館 書 店,1995年. 中村 文 昭,「 童 話 の 宮 澤 賢 治 」,洋 洋 社,1992年. 田村 芳 郎 著,「 法華 徑 」,中 公 新 書196,中 央 公 論 社,昭 和54年,15版 佐 藤 太 正 編,「 宮澤 賢 治 必 携 」,學 燈 社,'80春 秋 号. 洪 庭 植,「 法 華 經 要 解 」,韓 國 佛 教 天 台 宗 總 務 院,1986年. 石 井 昌光"宮 澤 賢 治論",「 日本 近 代 詩 人 論 」,昭 和62年,八 千 代 出版. 〈キ ー ワ ー ド〉 日本,近 代,文 學,宮 澤 賢 治,法 華經徑. (中央 僧 伽 大 學 校 ・文 博)

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