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90年代以降、農村の生産機能の低下を背景として、農業・農村の多面的機能に対する関心が高まってきている。
そのよう中、農村の景観・生活様式に対する価値づけが地域振興政策の一つのアプローチとなっている。本特集で は、そのような90年代以降の農村の変容をめぐる研究の潮流を解説するとともに、ややもすると盲目的に地域振興 戦略へと組み込まれがちな「棚田保全」の取り組みを批判的観点から検討する。後半では、当センター所属教員の 本年度の取組みについて紹介したい。
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名古屋大学大学院環境学研究科 教 授
高 橋 誠
ポスト牛産羊義下の農村空間
=E1990〜2000年代の農村地理学
農村地理学とは
農村地理学という言葉は、日本の地理学ではあま り使われていません。農村の地域や社会を対象とす る地理学研究は、伝統的に、集落地理学ないし村落 地 理 学 と 農 業 地 理 学 に お い て 取 り 組 ま れ て き ま し た。日本の農業は、多くが小規模・自給的で、土地 に根差した村落社会の仕組みの上に成り立ってきた た め に 、 村 落 と 農 業 と は 一 体 的 に 考 え ら れ て き ま し
た。しかし高度成長期をすぎると、人々の日常的な 行動圏は集落の範囲にとどまらなくなり、農業に関 しても産業論や食料研究との関連で考える必要が指 摘されました。農村地理という枠組みで考えること や、農村の地域概念を議論することがますます少な くなってきました。1980年代に、朝倉書店の「総 観地理学講座」全18巻の1冊として『農村地理学」
が 企 画 さ れ ま し た が 、 結 局 実 現 に 至 り ま せ ん で し た。
このころに行われた他分野の農村研究には、むし ろ、あとで述べるような欧米の農村地理学と共通し た動きがみられます。その背景には、三つの大きな 問いがありました。第一は主体性の問題です。地方 自治や市町村制、集落会・町内会などとの関連でい えば、中田実がいうところの地域共同管理の再編、
つまり空間の領域的管理のあり方への問いです。第 二は、第一の問題にも関わりますが、地域における
翰阜ポスト生産主義下における農村
ポスト牛産羊義下の農村空間‑1990〜2000年代の農村地理学 棚田保全はどこに向かうのか?
研究紹介
地域ブランドの課題
研究紹介
現代日本の過疎問題と農村再生の地域連携アプローチ
研究紹介
ローカルフードシステムのオルタナティヴ性
名 古 屋 大 学 大 学 院 環 境 学 研 究 科
教 授 高 橋 誠 . . ①
金 沢 大 学 人 間 科 学 系
准教授吉田国光…⑤
金 沢 大 学 経 済 学 経 営 学 系
教 授 平 田 透 . ③
金 沢 大 学 経 済 学 経 営 学 系
教 授 佐 無 田 光 . ⑩
金 沢 大 学 人 間 科 学 系
准教授伊賀聖屋.⑭
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〕 ①
利 害 調 整 の 枠 組 み に 関 す る 問 い で す 。 日 本 の 農 村 社 会 で は 、 中 間 的 組 織 と い う か 、 イ ン フ ォ ー マ ル な 仕 組 み が 残 っ て い て 、 こ れ が 遅 れ た 社 会 な い し 前 近 代 的社会として捉えられてきました。しかし都市化や 近代化といった農村社会を取り巻く動きの中で、こ うした地域社会のあり方が限界に直面しているとい うことだろうと思います。そして第三には、国土計 画 や 政 策 、 あ る い は 国 土 の 空 間 編 成 に 関 わ る 問 い で す。かつては都市と農村の関係から捉えられたかも しれませんが、グローバル化の進展と国家政策の変 化などによって、地域構造はもっと複雑になってい ました。
こうした問題意識は、日本の地理学でもあったと は思いますが、全体としてほとんど希薄で、むしろ 農村の地域や社会の再編を実態にそくしてつまびら か に す る と い う 経 験 的 な 研 究 が 多 か っ た よ う に 思 い ます。この点で、農村や農業を研究する社会学や経 済学とは事情がやや異なっていました。
農村空間の構造変化
農 村 地 域 が も は や 農 業 地 域 と 呼 べ な く な っ た と い う状況に関して、イギリスを中心とする諸外国の地 理 学 で は 、 農 村 空 間 の 構 造 変 化 、 リ ス ト ラ ク チ ャ ー
リングという議論が起こりました。
日本では、1970年には70%だった食料の国内自 給率が90年代には40%にまで低下しました。しか し、国士の7割が森林で2割が農地という状況はあ まり変わっていません。農村の実態をみると、都市 の近郊地域ではスプロールが進み、農地に住宅が混 在 す る よ う な 状 況 が 生 ま れ て い ま し た 。 遠 隔 地 で は、1960〜70年代には過疎化が進み、80年代には 新過疎、90年代には限界集落という言葉も登場しま した。そういうところの農地は、国民的な意味でい えば、もはや重要な食料供給地ではなくなっていま す。80年代には、永田恵十郎だったと思いますが、
農村の地域資源の公益的機能とか国民的利用とかと いう考え方を提起し、国家の農村政策に位置づける べきだと主張しました。
他 方 で 、 農 村 空 間 の 不 均 等 発 展 と い う 議 論 も 登 場 してきました。現代の農村には、地元の思いではな く、遠く離れた場所からの要求に翻弄される事態が 生 じ て い る と み る こ と も で き ま す 。 か つ て 農 村 と 呼 ばれていた地域の中には、農業生産が近代化され、
②
アグリビジネスで成功するところも出てきました。
また、ツーリズムや工業開発、迷惑施設の誘致がみ られる地域もあります。原発や核処理施設などが国 土の中でどこに立地するかというと、周縁的な、都 市 か ら 遠 い 地 域 で す 。 珍 し い 景 観 を 売 り も の に す る ツーリズムもそうかもしれませんが、こうした現象 は搾取的な農村開発と呼ばれました。地産池消とい う言葉が注目されたのもこのころでした。農林漁業 の小商品生産と、それによる「むらおこし」という ことがいわれ出した時代です。
こ う い う 状 況 で 、 農 村 は 守 る べ き か 、 誰 が 守 る べ きかといった空間のスチュワードシップに関する議 論 が 出 て き ま す 。 日 本 で は 、 戦 後 の 農 業 政 策 を 形 作った農業基本法が1999年に廃止され、新たに食 料・農業・農村基本法という法律ができました。農 水省が産業だけでなく地域を政策対象にし、農業や 食料を地域の問題として捉え始めたと理解する研究 者もいました。2000年代にはいると、食育基本法 や 景 観 法 な ど の 法 律 が 作 ら れ 、 農 業 の 実 践 や む ら の 営みを文化財として捉え、国民的に保護していこう
という動きがみられました。
農村性についての考え方
そういう農村空間の構造変化は、地理学ではそれ まで農村地域を一体的なものとして捉えてきたので す が 、 地 域 の 概 念 を ま す ま す 暖 昧 な も の に し ま し た。そして、農村の空間的差異を捉え直す概念的枠 組みを再構築しようとする、農村性に関する議論に つながっていきます。その議論の中心は、ヨーロッ パ大陸の社会学とイギリスの地理学にありました。
農 村 性 の 定 義 に 関 し て は 、 キ ー ス ・ ハ ル フ ァ ク リ ー が整理しています。
初期の農村地理学では、非都市的地域に共通して み ら れ る 低 密 度 小 規 模 社 会 と そ の 行 動 様 式 に 注 目 し、土地あるいはローカル環境に根差していること が方法論的規準になりました。社会と空間との結び 付きに注目するシカゴ学派社会学の都市・農村二分 論 や 連 続 体 論 と い う 見 方 も 、 こ れ に 連 な る も の と い え ま す 。 し か し 、 レ イ ・ パ ー ル の メ ト ロ ポ リ タ ン ・ ビ レ ッ ジ 論 や ハ ー バ ー ト ・ ガ ン ズ の ア ー バ ン ・ ビ レッジ論のように、そうした結び付きを疑うような 研究成果が出され、1980年代のローカリティ論で は、資本蓄積がある種のローカリテイと結びつく偶
(CURESNEWSLETTER )
然 的 プ ロ セ ス を 重 視 し 、 そ の よ う な プ ロ セ ス を 都 市.農村関係ではなく国家.資本関係から捉えよう
とすることが試みられました。
そ れ に 対 し て 、 ベ ル ギ ー の マ ー ク . モ ー モ ン と い う社会学者は、「農村にはもはや単一の空間など存 在せず、ひとつの地理的地域に多様な社会的空間が 重なり合っている。それらは、それぞれ独自の論理 と制度と、必ずしもローカルでない諸主体のネット ワークをもっている。何が農村的かという問いは、
農村空間の各々の占拠者がどのように農村を感じて い る か 、 あ る い は ど の よ う に し て 農 村 的 に な る の か 、 と い う 視 点 か ら 取 り 組 ま れ る べ き で あ る 」 と 述 べています。モーモンのアプローチの中心にあるも のは、農村性、つまり「農村」という言葉の正統な 定義をめぐるシンボリックな競争、彼は闘争という 言葉を使っていますが、そういう言説的なプロセス です。農村を空間実体というよりは、認識上の空間 カテゴリーとして考えようということだろうと思い ます。
日 本 の 問 題 に 立 ち 戻 れ ば 、 農 業 基 本 法 は 、 都 市 対 農村という考え方を基本として、農業生産の近代化 と 適 地 適 作 に よ っ て 、 選 択 的 拡 大 と 農 工 間 の 賃 金 格 差の是正を目指したものでした。それに対して、農 村を大きく平地農業地域と中山間地域とに分け、そ れ ぞ れ の 地 域 に 合 っ た 政 策 を と ろ う と い う の が 新 法 の考え方です。特に中山間地域が焦点となってきま した。農業・農村の多面的機能という考え方をもと に、EUのデカップリング政策が援用され、実際に はEUとは異なって団体に補助金を支給する仕組み でしたが、農家に対する所得補償が行われました。
そ の 一 方 で 、 農 業 基 本 法 の 考 え 方 も 存 続 し 、 平 地 農 業地域を対象に、食料供給を強化する政策路線は維 持されています。
農 村 空 間 の 商 品 化
こういう政策転換は、先進国にある程度共通して み ら れ た 現 象 で す 。 そ こ で い わ れ る よ う に な っ て き たのが、農村の空間的なモザイク化ないし断片化と い う こ と で す 。 つ ま り 、 ザ ・ ル ー ラ ル と い う か 、 ひ とつの農村が国土空間の中に明確に位置づけられ、
そ の 位 置 づ け の 根 拠 に あ っ た の が 、 農 業 生 産 と 食 料 や 工 業 原 材 料 の 供 給 機 能 に 重 点 を 置 く 生 産 主 義 と い う考え方です。それがすべての農村で地域概念とし
(CURESNEWSLETTER)
ても政策理念としても成り立たなくなっていると理 解されました。生産主義の崩壊からポスト生産主義 への移行と位置づけられます。
農村の生産機能が低下してくると、農村空間をど のように使うのか、ということが問題になってきま す。士地の使い方がマーケヅトに委ねられる傾向が 強まり、例えばイギリスでは、それはサッチャー政 権下での規制撤廃政策ともからんでいます。こうし た農村空間の商品化はけっして新しい現象ではな く、農産物市場や労働力市場、近郊農村の土地市場 を め ぐ る 議 論 は た し か に あ っ た わ け で す 。 し か し 1990年代の議論はやや違っています。ポール・ク ロークは、「居住専用地域としての田園地域、売買 される文脈としての農村コミュニティ、入植されう る農村のライフスタイル、工芸品化・パッケージ 化・市場化される農村文化の肖像、国立公園から入 場料賦課方式のテーマパーク開発用敷地に至るまで の新しい潜在力をもった農村景観」までが商品とし て売買され、その背景として、「農村景観は自然 美、健康、生活の充実、問題のない暮らしを提供す るものと性格づけられ、農村コミュニティは親愛あ ふれ、望ましい安全な生活環境とみなされる」と指 摘しています。
こうして価値づけられた農村の景観やライフスタ イル、その肖像などを売り出すことが、規制撤廃や 民営化、ローカルイニシアチブを強調する政策的環 境 の 中 で 「 む ら お こ し 」 の 切 り 札 と な っ て い き ま す。地域は自分たちで何とかしなさいという時代で した。もちろん、サッチャー時代に穀物の国内自給 率は増大していて、実は企業的農業に対する手厚い 保護政策は続いていたのですが、食料生産の面で劣 り、ほかに売りもののない地域は「むらおこし」の 試行錯誤に苦盧します。例えば、この時期のイギリ スでは、農村のテーマパークが増えました。怪しげ なものもあるのですが、多くは田舎らしさをアピー ルしたものです。それまで何の使い道もなかった土 地が、このような方法で商品化されたわけです。こ れを「第三次囲い込み運動」と呼ぶ人もいました。
この時期における農村空間の商品化は、四つの特 徴をもっていると思います。第一に、士地の魅力が 農業生産上の価値よりも、それ以外の活用方法で評 価されるようになったということです。士地の使用 価値が一元的でなく、市場動向でくるくる変わるよ