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詩経の倫理 : 序説

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(1)

詩経の倫理 : 序説

著者 近藤 英雄

雑誌名 紀要

巻 21

ページ 18‑26

発行年 1967‑02

URL http://id.nii.ac.jp/1118/00000973/

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

(2)

1

− 序     説  

詩経は﹁前漠書蛮文志﹂によれば︑凡そ﹁詩六家四百一十六巻﹂とあるが︑

今日︑われわれが知りうる範囲は︑魯詩・韓詩・斉詩・毛詩の四家詩である︒

しかしながら︑魯・韓・斉の各詩は︑漢より酉晋のあいだに亡滅してしまっ

た︒打だし︑韓詩外伝六巻と毛詩l宇九巻のみは︑現在にいたるまで伝承され

これを知見することが出来るわけである︒

四書︵大学・中庸・論語・孟子︶と筍子との本文のなかには︑詩経が引用さ

れているが︑これらの詩は︑毛詩妃伝えられている詩のみではない︒たとえば

論語に︑﹁唐様の華︑偏として其れ反せり︒豊爾を息はざらんや︒室走れ遺け

ればなりと︒子日く︑未だ之を恩はざるなり︒乗れ何ぞ遼きことか之れ有らん

や﹂ ︵子窄︶と言うのがみえている︒この﹁唐織之華︑偏其反而﹂の語句は︑

詩経の詩句を﹁典﹂として︑引用されたものであるといわれている︒しかし︑

毛詩小雅・鹿鳴簾に︑﹁常棟﹂という詩は︑みえているが︑﹁唐林之華﹂とい

う詩題の詩は︑毛詩には見あたらないので︑逸詩とされているのである︒

論語に引用された逸詩﹁唐糠の華﹂の詩句は︑﹁前漢書蛮文意﹂に挙げられ

た︑六家四育一十六巻に収められたうちの︑一つの辞で︑あったであろうこと

ほ推定されうる︒しかし︑遺憾ながら︑現在では︑六家四首一十六巻の詩の全

貌は︑知りうることが出来ないので逸詩となっている︒四書・筍子の本文のな

かには︑かかる逸詩が少なからず散在的に引用されているが︑毛詩を基海とし

一︑大学に引用された詩経各詩︑ る ︒

雅︶

︑文 王︵ 大雅

︶︑ 早放

︵大 雅︶

︑皇 兵︵ 大雅

︶︑ 仮楽

︵大 雅︶

︑抑

︵大 雅︶

二︑中庸に引用された詩経各詩︑

畠兵

︵大 雅︶

︑抑

︵大 雅︶

︑烈 文︵ 周頸

︶︑

三︑論語に引用された詩経各詩︑

四︑孟子に引用された詩経各詩︑

柏舟

︵榔

︶︑ 南山

︵斉

︶︑ 七月

︵幽

︶︑ 鵡鴇

︵困

︶︑ 巧言

︵小 雅︶

︑大 東︵ 小 雅︶

︑北 山︵ 小雅

︶︑ 大田

︵小 雅︶

︑文 王︵ 大雅

︶︑ 擢︵ 大雅

︶︑ 恩斉

︵大 雅︶

(3)

皇兵

︵大 雅︶

︑霊 台︵ 大雅

︶︑ 下武

︵大 雅︶

︑文 王有 声︵ 大雅

︶︑ 既酔

︵大 雅︶

︑ 仮楽

︵大 雅︶

︑公 劉︵ 大雅

︶︑ 板︵ 大雅

︶︑ 桑柔

︵大 雅︶

︑桑 民︵ 大雅

︶︑ 我将

五︑有子に引用された詩経各詩︑

黍貰

︵小 雅︶

︑文 王︵ 大雅

︶︑ 械摸

︵大 雅︶

︑皇 桑︵ 大雅

︶︑ 下武

︵大 雅︶

︑文

四番・筍子に引用された詩経各詩を︑四始︵風・大雅・小雅・現︶の分頬に

ょり︑統計表を作成してみると︑つぎのようである︒ 詩経は︑国風ハ○簾︑小雅八〇喝 ︹大藩は歌詞なし︺︑大雅≡一席︑頒四〇簾︑計三二篇で︑歌詞の詩は︑三〇五鹿である︒

南朱の朱子︵EuO〜−gO︶は︑﹁詩集伝序﹂のなかで︑国風の周南・召南の

麓を︑風詩の正経となし︑脚より園までは︑変風の詩であるとし︑雅碑の鮪

は︑萬世法程の正詩であると説明している︒論語では︑詩経について︑たとえ

は﹁千日く︑詩三日︑二言以て之を蔽ふ︒日く︑思邪無し﹂︵為政︶と︑また

﹁子伯魚に謂ひて日く︑女︑周南・召南を為びたるか︒人にして周而・召南を

為はずんは︑其れ猶ほ正しく胎に面して立つがごとき輿﹂ ︵陽貸︶と述べてい

る︒詩経のうちで︑周南・召南の二第は︑朱子は﹁夙詩の正経﹂となし︑論語

では︑周南・召南をまなはなければ︑播︵土塀︶に向って立っているようなも

ので︑前進の出来ない︑融通のきかない人間になると教えているのである︒と

もかく︑周南・召南の二簾は︑相当に重要視されていたものであったことはい

なめないようである︒

しかしながら︑前記の四書・筍子に引用された詩経の統計の結果は︑﹁風詩

の正経﹂である周南篇・召南簾では︑わずかに周南麓は︑桃天︑︵大学︶︑閑推

︵論語︶の二つの詩のみしか引用されていない︒召南簾の辞にいたってはまっ

たく引用されていないのである︒﹁萬世法程﹂′の正詩と説明された雅頒茄は︑

小雅︵22︶︑大雅︵31︶︑周現︵7︶︑各項︵1︶︑商環︵3︶となっており︑最

も多く四書・筍子に︑引用されている統計結果となっているのである︒

このことは︑先秦時代に︑四裔・筍子に拠って倫理思想の基礎づけがなされ

たとするならば︑﹁萬世法理﹂の正詩とされた雅頸筋の倫理理念が先衆儒教の

倫理思想の基礎をなしたものではなかろうかとも考えられるのである︒

(4)

ソクラテス︵S︒CrateS−P C.ま∽〜∽罠は︑デルフィのアポロソ神殿に掲

げられた﹁敦自らを知れ﹂︵GnOtESea喜n︶の言葉を己れの活動の標語とし

たことは︑周知のことであろう︒アポロソ神殿に掲げられた﹁汝自らを知れ﹂

の原熟は︑もともと白魚と神に対して︑人間の分際を忘れるなという意味のも

のであった︒しかるに︑ソクラテスは︑この言葉の原義を離れて︑道徳的自覚

使

ことは︑同語異義ともいうべく︑その異義は︑古代史にみる神人分離過程の意

識と︑人間的自覚の意識との相違から︑﹁汝自らを知れ﹂について︑それぞ

れ異った解釈がなされたように患われ︑ソクラテスの場合は︑人間的意識に

もとずいて︑その思考は道徳的範博に属してなされたように思われるのであ

る ︒

詩経と詩経考証との場合についてみると︑アポロソ神殿の﹁汝自らを知れ﹂

と︑ソクラテスの﹁汝自らを知れ﹂との解釈的忠義の相異に頬似した候向が︑

詩経と詩経考証との関係にも表われているように思われるのである︒

詩経の各詩は︑詩一つ一つが︑詩人の詩的感興の﹁志﹂を述べたもので︑そ

の詩詞には︑詩的感興を表現した言葉のみであるが︑後世になって︑伝承され

たその詩詞を考証する人達は︑詩詞の原義を離れ︑道徳的自覚を示す形におい

て︑詩詞が解釈され︑そこに︑儒教的倫理観ともいうべきものが︑樹立された

ように思われるのである︒その一例を挙げてみると︑つぎのようである︒

詩経・小雅・小弁I

H弁たる彼の翫準帰り飛ぶこと提投たり︑民穀からずということ美し︑

我独り千に躍ふ︑何ぞ天に戟ある︑我が罪伊れ何ぞ︑心の憂ある︑l霞之

を貼付

肖 撒撒たる周道︑鞠まって茂草と為る︑我が心憂傷し︑感鷺として︑薄く

が如し︑候課して永嘆す︑維菱へて用て老いぬ︑心の憂兵︑灰しきこと

母に匪ずといきと廃し︑毛に属ならずや︑配に肝かずや︑天の我を生み

たる︑我が辰安んか在る︒

囲視たる針の鵜野離郷喫喫たり︑泥たる渕あり︑荏聾湧瀞たり︑彼の舟

の流れて︑届る所を知らざるに嘗ふ︑心の憂桑︑候族に達あらず︒

囲鹿の斯之奔る︑維足伎位たり︑雉の朝に肝く︑齢其の肘を求む︑彼の壊

木の︑疾みて用て枝無きに響ふ︑心の変奏︑寧ぞ之を知ること英き︒

内 牧の投兎を相れば︑尚時先立ことあり︑行に死人あれば︑尚は耀之こと

あり︑君子心を乗ること︑維れ其れ忍り︑心の変奏︑沸既に隕之︒

掴 君子詮を信じて︑之に韓ゆること或るが如し︑君子敵いまずして︑厨く 之を究めず︑木を伐るには橋をし︑薪を析くには地をみる︑彼の罪あるを

舎て︑予に之れ佗へたり︒

由ふること無れ︑耳塩に属けり︑我が梁に逝くこと無れ︑我が筍を発くこ

と無れ︑我が窮すら関れられず︑我が後を他ふるに達あらんや︒

一般的にみて︑詩をよむ場合︑作詩者の主観と︑鎧宜者の主観とのあいだに

は︑主観の相異の存在することはいためないことであろう︒かかる意味で小弁

(5)

の辞意を表現することは︑難しいことではあるが︑この詩は﹁親子の変﹂に関

係のある詩で︑詭言のために親から棄てられた子の切々たる心の感動を訴えた

詩であろう︒その内容には︑無実の罪への嘆き︑父母に対する愛慕︑吉凶め星

占い︑孤独への憂愁︑情理への意欲︑蔑言への警告の諸概念が包含されている

と言えよう︒

この小弁の詩について︑つぎのごとき見解がある︒

孟子告千草下に﹁公孫丑問ひて日く︑高子日く小弁は小人の詩なりと︒孟子 日く何を以てか之を言ふ︒日く怨みたり︒日く固なるかな高嬰の詩を為むる

や︒此に人あり︑越人弓をひきて之を射むとせば︑則ち己談笑して之を道はむ︒

他なし之を疏んずればなり仇其の兄弓をひきて之を射むとせば則ち己深泣を垂 れて之を道はむ︒他なし之を戚しめはなり︒小弁の怨むは親を親むなり︒親を 親むは仁なり︒固るかな︑高安の詩を為むるや︒日く凱風は何を以てか怨みざ

る︒日く凱風は親の過 小なる者なり︒小弁は親の過大なる者なり︒親の過

大にして怨ざるは走れ愈々疏ずるなり︒親の過小にして怨むは是れ磯すべから

葬は其れ至孝なり︒五十にして慕ふと﹂と述べられている︒

小弁の詩の原義は︑けだし棄てられた子の切切たる心の感動の詩であろう

が︑高嬰という人が︑この詩は﹁怨﹂の詩であると述べたのに対して︑孟子

は︑﹁越人が人を射んとする場合に疏んずる場合には︑談笑して︑その暴挙を

いうが︑自分が親近感をもっている兄が︑人を射んとする場合は号泣して︑そ

の暴挙を怨むものである︒これは親しいことが深いからで︑随ってこれを怨む

したしむことであり︑親をしたしむことは仁である︒﹂と説明しているので訂 る︒また︑小弁詩は︑親から棄てられた子の歌であり︑凱風は︑母の再婚を諌める子の歌である一ので︑小弁詩の親と︑凱風詩の親との﹁過﹂の大小を比牧して﹁孝﹂を述べているのである︒

以上の考察からして︑小弁の詩詞およびその辞意と︑孟子の﹁戚怨−親親1 仁1孝﹂にいたる連鎖的解釈とを比較してみると︑詩経小雅・小弁の詩の原義

を離れて︑仁・孝といった道徳的自覚を示す形にまで︑人間化されて︑小弁の

詩は︑使用されているとみられよう︒■

つぎに︑詩経各詩の詩詞の一部章句を倫理規範の資料的説明のために引用す

るいわゆる﹁断章取義﹂と呼ばれるものがある︒四書・有子には︑この用例が

非常に多く見受けられるものである︒

その一例を挙げてみると︑つぎのようである︒

1

﹁詩に云く︑邦畿千畢惟民の止まる所︑詩に云く︑緒蛮たる黄鳥︑丘隅に止

まると︒子日く︑止まるに於て其の止まる所を知る︒人を以て鳥にだも加か ざる可けんや︒詩に云く︑穆穆たる文王︑ 於 緯澤にして敬して止まる と︒人の君と為っては仁に止まり︑人の臣と為っては敬に止まり︑人の子と

為っては孝に止まり︑人の父と為っては慈に止まり︑図人と交っては信に止

まる﹂と︒

大学説に引用されている﹁詩に云く︑邦畿千里云★﹂は︑詩経・商頸・玄鳥

の詩詞︑一章二十二句のうち︑十五旬︑十六句を引用したものである︒﹁躇蛮

たる黄鳥云々﹂は︑小雅・綿蛮の詩詞の︑三章︑章八旬のうち︑二章二句を引

用したものである︒﹁超越たる文王云々﹂は︑大雅・文王の詩詞︑七草︑章八

(6)

旬のうち︑四章二旬を引用したものである︒玄鳥・綿蛮・文王の各々の詩のl

部の章句は︑大学説の本文によれば︑孔子の﹁止﹂の説明をするための資料と

して︑引用されているものである︒そこで孔子の﹁止﹂の思想についてみる

と︑鄭住に﹁論語日︑里仁為美津不慮仁焉得知﹂とあるので︑論語里仁第を考

察してみると﹁千日く︑仁に呈るを美と為す︒揮びて仁に磨らずんは︑焉ぞ知

たるを得ん﹂とある︒孔子の﹁止﹂の思想は﹁仁﹂の倫理徳目に止って︑行動

る ︒

さらに︑本文の詩に云く︑趨穆たる文王云々から以下は︑人君の仁︑人臣の

敬︑人子の孝︑人父の意︑国人の借と︑それぞれ人君・人臣・人千・人父・国

人の立場にあるものが︑それぞれ仁・敬・孝・慈・倍の倫理徳目を拠りどころ

として行動すべきことを述べているのである︒

以上の考察からして︑大学説に引用された︑玄鳥・綿蛮・文王の各詩の詩詞

は︑断章取義によって︑孔子の止の思想を説明するために引用され︑﹁止﹂の

思想概念を規定する︑仁・敬・孝・慈・借の倫理徳目の自覚を示す形にまで玄

鳥・綿蛮・文王の詩の詩詞が使用されているように思われるのである︒

註山 岩牧哲学辞典︵大正十三年刊 六〇四賀︶

〃倒 道徳の原理︵信渡教育九二九号 務台理作翰文︶

﹁辞﹂﹁志なり︒言十寺声﹂<詩経︑毛伝序>に﹁心に在るを志といい︑

官に発するを詩という﹂⁝⁝⁝心が何かをめざして進むのを志といい︑

その心の進みかたを言語に表わしたのが詩である︒

l

凱風南よりし︑彼の萩心を吹く︑

麻心天犬として︑母氏幼労す︑

凱風南よりし︑彼の辣新を吹く︑

母氏生害なり︑我令入鹿し︑

妾に寒泉あり︑波の下に在り︑

千七人あり︑母氏労苦す︑

睨暁たる黄鳥︑伐ち其菅を好す︑

千七人あり︑母の心を慰むること顛し︑

雄雅子に飛んで︑其の羽を泄泄す︑

我が俵は︑白から伊阻を静せり︑

雄雉千に飛んで︑其の晋を下上にす︑

展 兵君子︑実に我が心を労す︒

彼の日月をみて︑悠悠として我恩ふ︑

道の云に遺き︑局ぞ云に能く来らん︑

首そ爾君子︑徳行を知らざらんや︑

位はす求らずんは︑何を用てかよからん︑

※ <辞意>親思う子の純情の歌にも思われるが︑堆雉の旬から︑七人の子

の母の再婚の詩とも思われよう︒

〃㈲ 集疏﹁正義日︑此記断章︑喩二其民人l而択レ所レ止︒貫人君緊則来也︒

衡楔︑古人引番︑多断章取鶉︒不独詩也︒

0 0 0 0 0 0 0 0

耗域彼四海︑釆四海釆倣

来候郁神 泉見維河︑

(7)

股受命成宜︑官禄是何︒

0 0 0 0 0 0 0

〃S 腐硫黄鳥︑止干丘隅

堂敢慣行︑畏不能趨

飲之食之︑教之諏之︑

命彼後事︑謂之耽之︑

0 0 0 0 0 0 0 0 0

〟㈲ 穆穆文王︑於緯県敬止

仮戟天命︑有商孫子︑

蘭之孫子︑其離不億︑

上帝既命︑侯干周服︑

シラー︵ScEFerLヨ亭〜−警∽︶は︑﹁自然はその自然的創造において︑膏

人が道徳的創造において歩まねばならない道を我々の前に示してくれる﹂︑と述

詩経では︑詩詞・音奏から六義ということが言われている︒﹁一に日く風︑

の風・胱・比・興・雅・現の分炉型を六義とよんでいるのである︒さらにこの

六義のうち︑胱・比・興を挙げて︑三体と称しているのである︒駅・此∴興の

なかで︑﹁興﹂は︑詩経三百余鰭のうち約半数を占めている︒

辞の﹁典﹂には︑シラーの言薬のような︑自然的創造の示している﹁道﹂な

るものを︑道徳的実践の﹁道﹂として考えていたと思われる歌詞がある︒すな

わち︑﹁興﹂には自然現象の山川草木から鳥獣虫魚にいたるまで︑その姿相・

生態が詠ぜられている︒その姿相・生態の自然的・法則的なものが︑人間の道 徳的なるもの︑すなわち﹁道﹂なるものを示蚊しているという思考形式である ︒

﹁詩疏図解﹂には︑詩経のなかに︑うたわれている自然現象について.笹︵四

九種

︶︑ 木︵ 三二 檻︶

︑鳥

︵二 三種

︶︑ 獣︵ 七種

︶︑ 魚︵ 八種

︶︑ 虫二 七柾

︶を

挙げて︑説明をしているのであるが︑ここに一例として︑閑艦の詩の﹁興﹂と

しての︑﹁開聞推鳩﹂についてみると︑つぎのようである︒

﹁推鳩大小如鳩︑深目︑目上骨露出︑幽州人謂之常一説々多けれども︑本草

綱目にみえたる鶉︑釈名に魚脛︑推難︑唯鳩︑王唯と云ものなり︑脇の叛に

て艦に似て土糞の色︑深目このんで崎つ︑雄雌相得︑懲而有別︑交則饗

翔︑別則異処︑みさごと云とりなり︑山嵐の叛に出たり︒﹂と述べられてい

﹁集伝﹂では惟鳩についてつぎのように説明している︒ る ︒

﹁贈鳩水鳥︑一名王肺︑状規免驚・今江准間有之︑生有定偶︑而不相乱︑偶

﹁詩疏図解﹂と﹁集伝﹂とにより︑﹁惟鳩﹂について︑その生態をまとめてみ

ると︑眼鳩は︑みさごとよばれる﹁かもめ﹂に煩した水鳥であって︑河南省河

北省地方に棲息し︑生れながら定偶であって雌雄一つがい︑いつも並び遊ん

で︑しかも相狩れない︑相乱れない姿相を皇している鳥である︒

詩経・周南・閑膿は︑この﹁みさご﹂を﹁興﹂として︑つぎように歌ってい

る ︒

﹁関閑たる聯鳩は︑河の洲に在り︑窺宛たる淑女は︑君子の好述︑参差たる

符菜は︑左右に之を耽る︑効宛たる淑女は︑清聴に之を求む︑之を求むれど

も得ず︑審森に思服す︑悠なる哉︑麺転反側す︒

(8)

参差たる得業は︑一左右に之を来る︑窃宛たる淑女は︑琴宏之を友しむ︑参差

たる芹菜は︑左右乏を苺む︑窺宛たる淑女は︑鐘鼓之を楽しむ﹂と︒

この詩については︑毛序は﹁后妃之徳也﹂とし︑集伝は后妃は周文王の妃

﹁大敗﹂としている︒また詩詞の﹁淑女﹂について︑﹁大損﹂とし若しくは

﹁衆妾﹂とするなど︑諸注がまちまちであるが︑﹁よき乙女を思いこがれて︑

多もすがらねがえりする悩みの軌﹂とする説もでてきている︒この詩は︑H推

鳩のごとき乙女こそ︑よき伴侶である︒肖得業︵供物・食糧︶をとる乙女を求

める︒肖述め待ねはよもすがら悩む︒︵前半詩︶的よき乙女を得たら琴変をひ

いていつくしもう︒.囲よき乙女を得たら鐘鼓をならし楽しまそう︒︵後半詩︶の

内容を包含しているように思われる︒

そこで詩に︑うたわれている﹁乙女﹂は︑﹁脈鳩のごとき乙女﹂を意味して

おり︑自然現象たる唯鳩の﹁生有定偶︑而不相乱︑偶常塩遊而不相押﹂の生態・

姿相を暗示しているように思われる︒さらに唯鳩の詩については︑論語ではつ

ぎのように述べている︒

﹁子白く︑関艦は楽みて両も浬せず︒羞射て配も禦率﹂︵八倍︶

﹁千日く︑師蟹の始は︑閑姫の乱︑洋洋乎として耳に盈てる我︒﹂︵泰伯︶

八備簾については︑H孔子が閃姫の詩詞を評したもの︑⇔詩経を音曲化した 演奏を評したものである︒という二説がある︒また泰伯筋は演奏を述べたもの

であると云われている︒八僻篇と象伯篇の二篇を通して言えることは︑詩詞と

しても︑演奏の音曲を評したものとしても︑﹁中和﹂という概念の範囲に属す

る評語で︑述べられているということである︒

唯鳩の生態・姿相について︑毛伝はつぎのごとき見解を述べている︒

﹁若唯鳩之有別蔦︑然後可以風化天下︑夫婦有別則父子親︒父子親則君臣

この見解は︑推鳩の自然現象としての︑﹁生有定偶而不相乱︑偶常拉遊而不

相押﹂を唯鳩の﹁有別﹂の生態・姿相と把握して︑有別を自然の﹁道﹂とし

て︑道徳的﹁道﹂にまで発展的解釈をしたもののように考えられよう︒すなわ

ち︑姫鳩の生態・姿相から﹁有別﹂という道徳的﹁道﹂を把握して︑夫婦の有

別を説き︑夫婦の有別は︑父子の親を斎らし︑父子の親は︑さらに︑君臣の敬 となり︑君臣敬なれば︑朝廷が正しくなり︑朝廷が正しければ︑王化が成ると

説いているのである︒

﹁詩疏図解﹂と﹁集伝﹂とによる︑自然現象としての階鳩の解釈︑眼鳩を詩

の興として詠じた詩詞︑閑唯の詩に対する論語の評語︑﹁毛伝﹂の見解などの 考察からして︑﹁自然はその自然的創造において︑推鳩の生態に現われた︑定

偶・不相乱・不相押という自然の﹁道﹂と思われるものを︑詩経・開唯の詩

は︑これを﹁典﹂として歌いだしているのである︒また自然の﹁道﹂という概 念の内容をなしている︑定偶・不相乱︒不相狩ということを︑吾人が道徳的尤

歩まねばならない﹁道﹂とも考えて︑定胤叫不相乱未相押ということを︑道

徳的倫理・理念を表現する言葉として︑﹁中和﹂という理念・或いは﹁有別﹂と

いう理念で︑表現されたものと思われるのである︒

註旧 シラー人間の巽的教育についての章節七︑世界大恩想全集︑河出番房︑

〃閻 中国古典文学全集︑平凡社刊︒日加田誠訳︑詩経︑楚辞︑

前述の﹁自然はその自然的創造において︑吾人が道徳的創造において歩まね

ばならない道を我我の前に示してくれる﹂と云うこととは異って︑自然的創造

(9)

の﹁道﹂に背反して︑反道徳的な内容を包含している詩がある︒その詩を反省

として︑﹁道﹂なるものを自覚する形式のものである︒

詩経の四始の分塀のうち︑国風は二南を正風として︑以下十三国風を変風と

し︑小雅は鹿嶋から菅育者我までを正中雅とし︑以下を変小雅とし︑大雅は文

王から巻阿までを正大雅とし︑以下を変大雅としているのである︒そこで︑変

1

9

10

1

0

10

2

1

11

7121010447

二二五詩が変風の詩となる︒

変小雅は六月から何事不黄まで︵57︶︑変大雅は民労から召鼻まで︵13︶︑変

夙・変小雅︑変大雅の総計は二〇五詩である︒詩経三〇五簾のうち︑正風・正

雅は一〇〇詩︑変凪・変雅は二〇五詩と云うわけで︑詩経三〇五篇のなかで︑

正風・正雅と変風・変雅との占める割合は︑正風・正雅は33%で︑変凧・変雅

67

詩経のなかで︑67%の割合を占める変風・変雅の各詩は︑﹁風詩の正経﹂とよ

はれる正風でもなく︑﹁万世の法程﹂とよばれる正雅頒でもない︒

すなわち︑変風・変雅の詩のなかには︑﹁風詩の正経﹂︑﹁万世の法糧﹂とは

なりえない反娩範的な要素を包含している﹁詩﹂があることを意味しているよ

うに思われるのである︒このことは︑﹁詩集伝序﹂の説明をみると︑国風では

﹁郷より以下は︑その国の治乱の状態が同じでないことから︑人の賛否も異

い︑その感ずるものも︑邪正・是非が一様でない﹂という意見が述べられてお

り︑変雅たついては■︑﹁賢人君子が︑時世の乱を開み︑風俗の悪しきを貰うる

ために︑また聖人はその惇厚側恒の心から︑睾をのべ︑邪を閉ずる窓から︑変

風・変雅の詩を詩経中に採択したと云う意味の説明をしている︒ そこで︑変風・変雅の詩は︑反規範的な詩も交っており︑その詩の反規範的ということは︑反道徳的の意味にも通ずるものがあり︑その反規範的・反道徳的な詩は︑﹁善を陳べ︑邪を閉ずる﹂目的をもっていたように思われるのである ︒

国風・椰・相鼠1

鼠を相れば皮有り︑人として儀無けんや︑

人として儀なくは︑死せずして何か為ん︒

鼠を相れは歯あり︑人にして止無けんや︑

人にして止無くんは︑死せずして何か倹ん︒

鼠を相れば体あり︑人にして礼無けんや︑

人にして礼無くんは︑胡ぞ遥かに死せざる︒

この詩は︑毛序に﹁刺無礼也﹂とあるように︑礼儀をわきまえない人をそし

る歌である︒鼠の皮︑人の儀︑鼠の歯︑人の止︑鼠の体︑人の礼と︑すなわち

皮儀・歯止・体礼と対照的にうたっている︒鼠は鼠としての皮・歯・体を具え

た相貌があるという自然現象としての生態を﹁興﹂としているのである︒この

鼠の﹁興﹂に反して︑無儀・無止・無礼という背徳を挙げ︑﹁礼儀のない人間

は︑死せずして︑世の中に生きていても︑何事もよくしない﹂⁝⁝と歌ってい

るのである︒相鼠の詩にって︑﹁礼迎﹂につぎのように述べられている︒

﹁孔子日く︑夫れ礼は先王の天の道を承けて︑以って人の情を治む.故に之

を失う者は死し︑之を得る者は生く︑詩に日く︑鼠を相るに体有り︑人にし て礼無からん︑人にして礼無くは︑胡ぞ遥かに死せざる⁝⁝﹂ ︵礼記・礼遇

鰐 九

孔子は詩経・相風のこの詩を︑道徳的﹁道﹂としての﹁礼﹂の尊重の説明のた

(10)

めに引用しているのである︒

このことは︑国風・椰・相鼠の詩は︑詩詞そのものは︑無礼の人をそしる歌

であるが︑無礼をそしることは︑逆に﹁礼﹂を尊重するという形式の詩となっ

ていると思われるのである︒

変風の各詩には︑﹁詩集伝序﹂に︑﹁人之賛否亦異其所感而発着︑有邪正是非

之不斉﹂とあるごとく︑正邪の詩︑是非の静がある︒そのうちの﹁邪の詩﹂︑

﹁非の詩﹂は 前述のごとき反道徳的な内容を包含している辞である︒したが

って︑先秦の儒教倫理というものは︑かかる﹁邪の詩﹂︑﹁非の詩﹂の反規範

的・反道徳的なものへの反省から﹁道﹂なるものを自覚して︑樹立されている

面もあるように思われるのである︒

註出 自レ堀而下︑則其国之治乱不レ同︑人之賢香亦異︑其所二感而発l者︑有二

邪正是非之不lレ斉︑而所謂先王之風者︑於レ此焉変奏︒

〃側 室二於雅之変薯一︑亦皆一時賢人君子︑開レ時病レ俗之所レ為︑而聖人取レ

之︑其息厚側悼之心︑陳レ啓開レ邪之意︑尤非三後世能貫之士︑所能及︼レ

之 ︒

︵四一︑一〇︑一八︑歴史学担当︶

参照

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