海 蓮 業 の 集 中
げ椎名幾三郎
一︑序
二︑海蓮業集中の主たろ原因
三︑其作用
四︑特殊の原因
五︑結論
往時に於ては︑商人自ら船舶を所有して︑自己の商品を運邊し尤︒從つて︑此時代には︑未だ海
運業なる濁立せる企業は存在してゐなかつ控のである︒然るに︑海上交通の密度が増大するにっれ
て︑商人の手を放る\に至つπ︒海運がか\る猫立の企業πる地位に達し虎る時期は︑國にょって
海蓮業の集中四七三
商學討究第二巻(下)四七四
異る︒これらの時期は西欧に於ては︑十七世紀の中葉︑米國に於ては十九世紀の初頭︑而して我國
に於ては明治二年と考へられる︒
さて︑かくの如く濁立せる乙とそれ自身がすでに海運業集中の第一歩である︒而して︑事實上︑
此企業は盆々集中の傾向を辿つπのである︒然し乍ら︑此傾向が急激となう且つ一般的となつπの
は︑實に+九世紀中葉以降の乙とである︒即ち其當時に於ては︑大船主と錐も歎隻の帆船を有する
に過ぎなかつたのであるが︑其後其所有噸藪は激壇し︑一九二四年六月末のロイド調査に依れば︑
総噸歎二十萬噸以上を所有する船主の数は四十九を算し︑五十萬噸以上を有する者のみにても︑入
つを歎へ得るのである︒而して此等の四+九船主は全世界の船舶総噸藪の三分の一強を支配し︑そ
のうち最大なる入船主は︑全船舶の六分の一強を所有しつ\ある︒
今現存する大海運會肚の過去を顧みるに︑世界第二の大船主たる英印會肚は一九〇一年に於て三
十六萬鯨噸を有しπるに︑現時に於ては七十七萬噸を有し︑PO會肚は同年三十二萬鹸噸を有しπ
るに︑現時に於ては五+三萬鯨噸を支配する︒わが日本郵船會肚は其創立當時即ち明治十入年十月
一日に於て︑其所有汽船の噸数は六萬入千飴噸に過ぎなかつ虎︒しかも︑當時︑我國に於ては︑薪
然頭角を現はせる大船主であつπ︒然るに現時に於ては︑大約︑之に十倍する船舶を有する︒ま
π︑わが大阪商船會肚は明治二十年には︑︼萬三千噸の船舶所有者であつπ︒然るに︑逓信省調査
に依れば︑同會肚は大正十四年末︑すでに︑四十萬噸鯨を所有する大會肚となつたのである︒
かくの如く︑海運業は集中しπ︒而して盆々集中しつ\ある︒勿論︑運逞の目的の異るに從つ
て︑其事業の集中の程度は同じではない︒例へば族客蓮邊業に於ては︑其集中が盛であるが︑貨物
浬邊に於てはさほどではない︒
さて︑然らば︑海運業集中の原因は如何︒更に進むで其集中の程度が旅客運邊業と貨物蓮邊業と
に於て異れる理由如何︒此小論文は正に此等の問に答へんとするものである︒
=
海運業集中が+九世紀の中葉即ち蒸汽が船舶に慮用されπる時期以後に於て急激となう且つ一般
的となつπ乙と及び他の産業に於て革命が行はれπるは蒸汽が工業に鷹用され穴るに因ることを知
るものは︑海運業集中の原動力は蒸汽であることを躊躇なく承認するであらう(註)︒然わ工業及び
蓮逞への蒸汽の慮用は蓮邊品の性質及び船舶自身に重大なる愛化を惹起しπ︒即ち直接的には︑蒸
汽の鷹用は船舶及び運邊の條件を漫化し︑かくて︑往時夢想だもされなかつπ物が長距離に亙つて
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︑
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運逸されるに至つカ︒間接的には蒸汽の慮用は海上貿易を支配する緯濟事情の全膿を墾化せしめた
のである︒されば我等は蒸汽が如何にして海蓮業を集中せしめπるかを問はねばならない︒以下族
客蓮邊業と貨物運邊業とについて別々に其経過を詳細に研究して見πい︒
(註)国・男﹂︒ぎ6ジ08醤彗山H巳着告芝緯臼月量霧℃︒﹃言仲δ♪憎﹂ω国.
≡
蒸汽を船舶に鷹用しπるに依う︑船舶その竜のが愛化し︑船舶の愛化は︑運迭の目的物の種類に
大なる憂動を惹起した︒然b而して︑此愛動はさらに船舶を灘花するに至つ尤︒かくの如き因果關
係は相牽ゐて︑海運業の集中を激成したのである︒以下順次之を読明して見やう︒
A蒸冶3﹁の磨用
初めて太西洋を汽船が横断したのは一入二五年のことであり其船名をサヴアナといふ︒第二同の
横断は一入三一年ローヤル・ウイリヤムス號によつて行はれ︑第三同は一入三入年同名の船舶によ
つて行はれπ︒然し此等の航海は経濟的には失敗であつた︒而して海上蓮途の組織を革命化すべき
{
使命を帯びたる此の技術上の進歩が経濟上の結果を牧め得πのはた臆前世紀の中葉のことである︒
きて︑蒸汽船の出現が如何にして海運業の集中を來し虎るかを知らむとすれば︑其出現以前の船
舶即ち帆船と汽船の比較を試みねばなら澱︒
此比較より現る\第一の黙は蒸汽の使用はよう高慣なる船舶を必要ならしめたことである︒かつ
て鋼鐵を以て帆船を造つ力時代即ち今よう三十年以前に於て︑小速力の蒸汽船即ち最竜貧溺なる貨
物船の造船費は同じ積載能力を有する帆船のそれの二倍であつ虎︒即ち海上運途具は忽ちにして少
くと竜一〇〇%だけ其慣額を塘しカのである︒從つて中産の海運業者の多くは排斥されるに至つ
π︒換言すれば小額の資本と限ある信用しか無い者は其事業を放棄するか或は少くとも濁力で之を
途行することを断念せざるを得なかつカのである︒かくて他人と協力するの必要に迫まられた︒
然し乍ら︑か﹂る必要は船舶の購入又は建造の註文にのみ關して起つπのではない︒此等の船舶
は之を利用せねばなら滋︒然るに汽船の運航費は帆船のそれよう遙かに多額である︒例を三千噸の
帆船と汽船に採つて見やう︑三千噸の帆船の乗組員は同じ大さの汽船のそれよう竜︑多歎である︒
然し乍ら︑汽船に要する経費の項目は甚しく多い︒其最竜重大なるは燃料炭である︒三千噸の汽船
は少くとも約一千馬力の機關を備へてゐる︒而して︑一馬力一時間は︑凡そ一キロの石炭を清費す
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商學討究第二巻(下)四七八
る︒されば︑此汽船は一時間に約一噸即ち一日に二十四噸の石炭を消費する︒かうに︑實際上此船
が一年に二百五十日だけ航海するとすればi港濁に碇泊する時間及び修繕並に掃除等に要する時
間を控除しても此日藪はミニマムである一ケ年に六千噸の燃料炭を必要とする︒而して炭慣一
噸十二圓として計算すれば︑其燃料費は七萬二千圓に達するのである︒しかも︑此所に我等が取扱
ひπる船舶は小さい竜ので其速力竜逞い竜のなのである︒
さらに汽船の運航費は︑帆船の場合に比して︑蓬かに多数にして複難なる修繕に關する費用によ
つて塘加せらる\︒即ち帆船は微妙なる機械を備へてゐないから殆ど修繕を要さ諏が︑汽罐には定
期的掃除を要する︒すべての機械は︑それが如何に軍純であつても︑綿密なる手入を要し且つし
ばぐ取替ふることを要求する︒此等が︑結局︑費用を惹起すること勿論である︒
之等だけで︑すべてΨはない︒汽罐は船禮ようも短命である︒+年乃至十二年間使用しカる後に
は︑汽罐を取替へることが殆ど一般の慣習である︒其作業費は多額であう︑且つ船燈を改造せねば
なら諏ことがしばくある︒而して︑汽罐の第一同の取換後は︑其船舶は第二同の取換を駕すの慣
値を有すること稀である︒實に其時には船齢ば二+歳を超えてゐるのである(註)︒そして︑疲れ切
つて藻臓けの殼となつてゐる︒之に反して鋼鐵帆船はよく手入をすれば普通三十︑時には四十の年
{
β
O
齢を保つ︒從つて其減償償却はよ6長期に亙る︒よつて︑蓮航費はそれだけ輕減される︒之を實例
に徴するに帆船所有者にして其船舶の原慣の三%を毎年規則的に償却する者は普通に愼重なる船主
と考へられるが︑汽船所有者にして毎年五%以下を償却するものは危瞼なる経濟状態に在る者と見
倣されるのである︒
(註)便東氏に二十五年な以て瀕齢期と見ろ(同氏著日本の海蓮旧四六頁)
かくの如く︑近世の海運業には多額の資金を要するが故に小資本家は之に指を染むることが出來
ない︒緩行船さへを竜所有し得ない︒その上︑蒸汽力の慮用に依つて︑船舶の速力が塘加するに至
つては︑愈々盆々然りである︒もとよう︑高速力は︑蒸汽力が要する多額の費用に劃する報酬であ
る︒然し乍ら︑速力は︑技術上︑甚だしく塘加し易きを以て︑汽船間に速力競宰が起る︒而して︑
此種の競孚は莫大なる費用を招くのである︒此黙は後に之を説明する︒勿論︑帆船時代にも︑すで
に速力競孚が行はれた︒然し︑それは極めて狡い範園に限られπ一種のスボートであつた︒即ち水
夫の熟練と造船者の工夫によつて極く少しばかり速力を大にし得力のである︒然るに現時に於て
は︑速力競箏の範園は援大し相手方を追越すには互額の費用を要するに至つπ︒而して此等の費用
を自ら負憺し得る汽船會肚は例外的にしか無いのである︒即ち最も有力な會肚でも直接又は間接に
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商學討究第二巻(下) 國家の補助をうけゐるのである︒ 四八〇
B海上蓮逡目的物の愛遷̀
船舶の憂化及び海運業の集中に及しπる蒸汽の影響を更に明確に捕へんには︑海上商品が如何に
愛化し︑而して此漣化が更に船舶自身に反作用を爲しカるかを見なければならない︒
抑々汽船による運逸は次に述ぶるが如き種々の利盆を件ふが故に︑此等の利盆に引きつけられて
若干の新商品が海上運迭の目的となつた︒
其利盆の第一は言ふ懐でもなく運迭が規則的になつπといふことである︒即ち蒸汽の慮用は航海
の期間を確定的にした︒之は正しく重大なる新事實である︒帆船は少くとも風の懐にー動かされ
る︑勿論水夫は弱い風や逆風などをも利用し得やう︒彼は電光形を作つて進み得る︑然し乍ら水夫
は風なる推進力に服從せねばなら綴︑然るに汽船に在つては彼は推進力の主人である︒長い航海に
於ては︑一方には数遇問に達する不確實があウ︑他方には殆ど一定不動の航海期聞がある︒欧洲と
一=ーカレドニァとの間を追風を受けて航海する帆般は其航海に九十日を要するに過ぎ諏が︑同じ
帆船にて竜︑追風を受け滋ときは百二十日乃至百四十四日を要する︒然るに⁝貨物汽船はいつも十週
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