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余 嘉 錫 古 書 通 例 目 録 学 発 微 の 版 本 と 成 立 過 程

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余 嘉 錫 古 書 通 例 目 録 学 発 微 の 版 本 と 成 立 過 程

嘉 瀬 達 男 余

嘉 錫

︵ 一 八八 四

| 一 九五 六

︶ は 中 国近 代 を 代 表す る 文 献 学 者で あ る

︒ とこ ろ が 余 氏 が生 前 に 公 刊し た 著 書 は

︑ 四庫 提 要 弁 証 と 宋 江 三 十 六人 考 実 の 二 書 に とど ま

っ た

︒ 文献 学 者 と して 今 な お 余 氏の 評 価 を 高め 続 け て い る 古書 通 例 目録 学 発 微 は 大 学 の 講 義録 で あ り

︑初 め て 公 刊 され た の は それ ぞ れ 著 者 没後 の 一 九 八五 年 と 一 九 六 三年 で あ る

︒両 書 は公 刊 前 よ り 講義 録 の ま ま重 ん じ ら れ

︑多 くの 学 者 に 引用 さ れ

︑ま た 翻印 さ れ た

︒そ し て 公 刊 後︑ なお 多 数 の 出 版社 よ り 版 を改 め 刊 行 さ れ続 け

︑ 余 嘉錫 文 献 学 の 神髄 を 伝 え る名 著 と さ れ てい る

︒ 講 義 録 で あ った 古書 通 例 目録 学 発 微 は

︑ 改訂 さ れ た 数 種類 の 版 が 印行 さ れ て お り︑ 今 は い くつ か の 図 書 館 に収 蔵 さ れ て いる

︒ 没 後 に公 刊 さ れ た 版は

︑ 余 氏 の女 婿 が 晩 年 の講 義 録 を もと に 編 集 し たも の だ が

︑な お 多 く の 問 題を 残 し て い る︒ つ ま り 古 書 通例

目 録 学発 微 に は 多 数 の 版本 が あ る もの の

︑ 著 者 によ る 決 定 稿は 存 在 し な い 上︑ 調 査 し て みる と い ず れの 版 本 に も 問題 が あ り

︑定 本 と す べ きテ キ ス ト を定 め が た い ので あ る

︒ 筆 者 は か つ て 古 書 通 例 を 古 勝 隆 一・ 内 山 直 樹 両氏 と と も に翻 訳 出 版 し

︵二

〇 八 年︑ 平 凡 社

︑ 東洋 文 庫

︶︑ 現 在 目 録 学 発 微 の 翻 訳 出版 作 業 を 両 氏と と も に 進め て い る

︒ こう し た 翻 訳作 業 に 際 し

︑両 著 最 善 のテ キ ス ト を 求 めて 調 査 し た 諸版 本 に つ いて

︑ こ の 場 を借 り て 検 討結 果 を 報 告 した い

︒ 全 ての 版 を 把 握 でき た わ け では な い が

︑ 主 要な も の は 調 査で き た も のと 思 う

︒ そ の結 果 を も とに 余 嘉 錫 文 献学 成 立 の 一過 程 を 探 っ てみ た い

( )1 人 文 研 究 第 124 輯 6

2 0

ル の ノ ン ブ

変 わ

っ た

ら ︑

空 送

り が

変 わ

る の

で 注

意 ︒

ケ タ

(2)

︑ 古書 通 例 の 版本 に つ い て ま ず

︑ 古 書通 例 の 版 本に つ い て 検 討し よ う

︒ 余氏 生 前 の 講 義録 に つ い て筆 者 は

︑ 日 本国 内 の 大 学図 書 館 に 所 蔵 され る 三 本 の ほか

︑ 北 京 大学 図 書 館 の 一本 と 中 国 国家 図 書 館 に ある

四 本 を 調査 し た

︒ ま ずこ の 八 本 と︑ 一 九 八 五 年 に初 め て 公 刊 され た 上 海 古籍 出 版 社 本

︑近 年 刊 行 され た 余 嘉 錫 古籍 論 叢 本 の書 誌 事 項 を 示そ う

︒ な お 古 書 通 例 は︑ 上 海 古 籍 出版 社 本 以 外で は 古 籍 校讀 法 と 題さ れ て い る が︑ 現 在 広 く通 行 し て い るの は 上 海 古籍 出 版 社 本 と その 翻 印 本 で ある か ら

︑ 小論 で 総 称 す る時 は 古 書通 例 と 呼 ぶ︒

︻ 立命 館 大 学 本︼ 古籍 校 讀 法 三 巻︑

︶ 古 歴法 一 巻

︑ 余嘉 錫 撰

︑︵ 歴︶ 近 人 范 文 瀾撰 民国 刊

︑ 活 版

︑一 冊

︑ 二 七× 十 五 セ ン チ︑ 三 八 字

×十 二 行

︵ 注 小字 双 行

︶︑ 七十 葉

︑︵ 歴

︶三 八 葉

︑ 線装 版心

︑ 単 黒 魚 尾︑ 中 國 大 學講 義 古 籍校 讀 法 古歴 法 封面 墨 書

︑ 中大 未 竟 講 義

︑峻 題

︑ 古籍 校 讀 法

︑ 古歴 法

︒ 近 人峻

・ 平 中苓 次 自 筆 書 入本

︻ 関西 大 学 本

︼後 期 本 系 統 古籍 校 讀 法 四 巻︑ 余 嘉 錫 撰 民国 刊

︑ 活 版

︑北 京 大 学 出版 部

︑ 一 冊

︑二 七 セ ン チ× 十 五 セ ン チ︑ 四 十 字

×十 三 行

︵ 注 小字 双 行

︶︑ 七一 葉

︑ 線 装 版心

︑ 単 黒 魚 尾︑ 古 籍 校 讀法

北 京 大学

/ 出 版 部印 書扉 木 筆 署 名 袁 守 和

︒ 長沢 規 矩 也 旧蔵

(3)

︻ 大東 文 化 大 学本

︼ 古籍 校 讀 法 四 巻︑ 余 嘉 錫 撰 民国 刊

︑ 活 版

︑北 京 大 学

︑一 冊

︑ 二 六

×十 五 セ ン チ︑ 四 十 字

× 十三 行

︵ 注 小字 双 行

︶︑ 七一 葉

︑ 線 装 版心

︑ 単 黒 魚 尾︑ 古 籍 校 讀法

北 京 大學 封面 墨 書 古 籍校 讀 法 余嘉 錫

︒ 蔵 印 寒 泉 書 屋

︒ 麓 保 孝

︵寒 泉

︶ 旧 蔵

︻ 北京 大 学 本

︼後 期 本 系 統 古籍 校 讀 法 四 巻︑ 余 嘉 錫 撰 民国 刊

︑ 活 版

︑北 京 大 学

︑一 冊

︑ 目 録 學発 微 と 合

︑ 二 六

× 十 五セ ン チ

︑ 四十 字

× 十 三 行︵ 注 小 字 双行

︶︑

︵ 版 心

︶ 七一 葉

︵ 前 五 葉を 欠 く

︶︑ 線装 版心

︑ 単 黒 魚 尾︑ 古 籍 校 讀法

北 京 大学 出 版 部 封面 墨 書 古 籍校 讀 法

︑ 封面 印 燕 京大 學 圖 書 館 藏印

︑ 巻 頭 印 燕 京 大 學圖 書 館 珍 藏

︻ 国家 図 書 館 本一

︼ 後 期 本 系統

︵ 図 二

︶ 古籍 校 讀 法 四 巻︑ 余 嘉 錫 撰 民国 刊

︑ 活 版

︑北 平・ 輔 仁 大學

︵ 大 北 印書 局

︶︑ 一 冊︑ 二 三

× 十 五セ ン チ

︑ 三二 字

× 十 三 行︵ 注 小 字 双行

︶︑ 八 三 葉︑ 線装 版心

︑ 線 黒 口 無魚 尾

︑ 古 籍校 讀 法 輔仁 大 學 大北 印 書 局 代印 墨筆 眉 批

︵ 欧 近

Paul Siao

︶︑ 巻 首 署名 欧 近

Paul Siao 1st October 31

(4)

︻ 国家 図 書 館 本二

︼ 後 期 本 系統 古籍 校 讀 法 四 巻︑

︶︹ 漢書

︺ 藝 文 志 一巻

︑ 東 安 日程 一 巻

︑︹ 余嘉 錫

︺ 撰

︑︵

︶ 漢

・ 班 固︑ 清

・ 晉 民国 刊

︑ 活 版

︑一 冊

︑ 二 六× 十 五 セ ン チ︑ 四 十 字

×十 三 行

︵ 注 小字 双 行

︶︑

︵藝

︶ 十 四 葉

︑︵ 東

︶ 十 六 葉︑

︵ 古

︶ 六 八 葉︑ 線 装 版心

︑ 単黒 魚 尾

︑︵ 藝

︶ 目録 學 講 義 本科

中 法 大 學服 爾 德 學 院

︑︵ 東

︶ 目 録 學 中 法 大 學 服 爾德 學 院

︑︵ 古︶ 校 学 講 義 中 法 大 學 服爾 德 學 院 木筆 書 入

︻ 国家 図 書 館 本三

︼ 後 期 本 系統 古籍 校 讀 法 四 巻︑ 余 嘉 錫 撰 民国 刊

︑ 活 版

︑北 平・ 輔 仁 大學

︵ 大 北 印書 局

︶︑ 一 冊︑ 二 三

× 十 五セ ン チ

︑ 三二 字

× 十 三 行︵ 注 小 字 双行

︶︑ 八 三 葉︑ 線装 版心

︑ 線 黒 口 無魚 尾

︑ 古 籍校 讀 法 輔仁 大 學 大北 印 書 局 代印 印 陳 垣 同 志 遺書

︒ 陳 垣 旧蔵

︻ 国家 図 書 館 本四

︼︵ 図 一

︶ 古籍 校 讀 法 四 巻︑

︶ 弁 服名 物

︵ 三 禮名 物 之 一

︶ 一巻

︑ 余 嘉 錫撰

︑︵ 弁

︶ 近人 呉 承 仕 撰 民国 刊

︑ 活 版

︑北 京 大 学 出版 部

︑ 一 冊

︑二 七

× 十 五セ ン チ

︑ 四 十字

× 十 三 行︵ 注 小 字 単 行/ 双 行

︶︑ 目録 八 葉

︑ 提 要 二葉

︑︵ 弁

︶ 本文 四 六 葉

︑︵ 古

︶ 七 一 葉

︑線 装

(5)

版心

︑ 単 黒 魚 尾︑

︵ 弁

︶ 三禮 名 物 弁服 名 物 北京 大 學

/ 出 版部 印

︑︵ 古︶ 古 籍 校 讀法

北 京 大學 印 佩 韋 藏 書

︻ 上海 古 籍 出 版社 本

︼ 古書 通 例 四 巻

︑余 嘉 錫 撰 一九 八 五 年 七 月刊

︑ 上 海 古籍 出 版 社

︑ 一冊

︑ A 五 判︑ 一 三

〇 頁 周祖 謨 前 言 現在 根 拠 一 九四

〇 年 排 印 本整 理

︑ 分 別段 落

︑ 重 加 校訂

・ 標 点

︑以 供 研 究 和 整理 古 籍 者 参考

︻ 余嘉 錫 古 籍 論叢 本

︼ 余嘉 錫 古 籍 論 叢︵ 文 津 文 庫之 一

︶ 古籍 校 讀 法 四 巻︑ 書 制 度補 考

︑ 古 籍 序跋

︑〟 讀 已 見書 齋

〝 随 筆︑ 余 嘉 錫 撰 二〇 一

〇 年 十 月刊

︑ 北 京

・国 家 図 書 館 出版 社

︑ 一 冊︑ A 五 判

︑ 一七 五 頁 出版 説 明 本 書所 收

︽ 古 籍校 讀 法

︾ 據 國家 圖 書 館 藏民 國 年 間 北 平輔 仁 大 學 鉛印 本 重 排 講

義 録 は

︑ 刊記 の 類 が 一切 示 さ れ て いな い

︒ 当 時の 他 の 講 義 録の 多 く が そう で あ っ た よう に

︑ 大 学内 外 の 印 刷 所 で排 印 刊 行 さ れ︑ 学 内 で の流 通 を 目 的 とし た た め であ ろ う

︒ た だ︑ 講 義 を 行な っ た 大 学 名が 版 心 に 印刷 さ れ て い る ので

︑そ れ に よ っ て版 本 の 系 統 をあ る 程 度 考え る こ と が でき る

︒大 学 名 を挙 げ て み る と︑ 北 京 大 学

︵関 西 大 学 本︑ 大東 文 化 大 学 本︑ 北 京 大 学本

︑ 国 図 本 四︶

︑ 輔 仁 大学

︵ 国 図 本一

・ 国 図 本 三︶

︑ 中 国 大学

︵ 立 命 館大 学 本

︶︑ 中 法学 院 服 爾 徳 学院

︵ 国 図 本二

︶ が あ る︒

(6)

こ の う ち 版 心に 北 京 大学 と あ る 関大 本 と 北 京大 本 を 調 査 して み る と

︑両 本 に 差 異 は全 く 見 当 たら な い の で

︑ 同一 の 版 本 と 考え ら れ る

︒そ し て

︑ 関 西大 学 と 北 京大 学 に は 目録 学 発 微 も 収 蔵 さ れ てお り

︑ や はり 版 心 に 北 京大 学 と 印 され 差 異 の な い同 版 と 考 えら れ る か ら

︑両 校 に は 同時 期 の 版 が 二冊 一 組 で 所蔵 さ れ て い るよ う で あ る︒ ほか に 輔 仁 大学 の 名 のあ る 国 図 本 一と 国 図 本 三に も 違 い は なく

︑ 同 一 版本 で あ る

︒ こ れ ら 国 図 本一

・ 国 図 本三 と 関 大 本

・北 京 大 本 を比 較 す る と

︑文 字 に 多 少の 異 同 が あ り︑ 版 式 も 異な る も の の

︑ 文章 や 内 容 に 大き な 差 異 はな く

︑ ほ ぼ 同じ 頃 に 印 行さ れ た 系 統 の近 い 版 本 と考 え ら れ る

︒そ し て

︑ 版心 に 中 法 学 院服 爾 徳 学 院 と あ る 国 図本 二 も

︑ 上 記四 本 と の 違い は 小 異 が 認め ら れ る 程度 で あ る か ら︑ ほ ぼ 同 じ頃 に 印 行 さ れ た系 統 の 似 た 版本 と 考 え られ る

︒ 他 方

︑ 立 命 館本 と 大 東 文化 大 本

・ 国 図本 四

︵ 大 東文 化 大 本

・ 国図 本 四 は 同版

︒ 図 一

︶ は︑ 上 記 五 本︵ 以 後

︑ 後 期 本系 統 と 呼 ぶ

︶と は 明 ら かに 異 な る 点 がい く つ か 見出 せ る

︒ ま ず︑ 巻 一 冒 頭に 置 か れ た 書名

・ 著 者 名の 後

︑ 巻 一 の

(7)

篇題 案 著 録 第一 の 下 に小 字 で 凡 三篇 と 印 字さ れ て い る 点で あ る

︒ この 三 本 以 外 の 古 籍 校 読法 は

︑ 全 て 凡四 篇 と 印し て お り

︑ 実際 に 四 篇 ある

︒ 大 東 文 化大 本・ 国 図 本四 も 四 篇 ある が

︑ 立 命 館本 の み 巻 三の 第 七 一 葉 以 下を 欠 失 し た 三篇 本 で あ る︒ 文 章 が 第 七十 葉 で 途 切 れる 欠 落 本 であ る か ら 速 断は で き な いも の の

︑当 初三 篇 本 で あ っ た可 能 性 も 考 えら れ る

︒ 以下 に そ の 点 を少 し く 探 って み よ う

︒ 立 命 館 本 が 他の 四 篇 本 より 不 足 し て いる の は

︑ 巻三 の 二 葉 分 と巻 四 の 六 葉分 で あ る が

︑立 命 館 本 の巻 三 に は 一 葉 分の 重 複 が あ る︒ 巻 三 の 丁合 の 際

︑ 誤 って 一 葉 が 重複 し た た め に︑ 巻 三 の 末尾 二 葉 の 欠 落を 招 い た 可能 性 が あ る

︒ そし て 立 命 館 本は

︑ 古 籍 校読 法 の 後ろ に 范 文 瀾 古 歴 法 を 合わ せ て 綴 じ込 ん だ 一 冊 本で あ る

︒ 製本 の 状 態 は 相 応の 経 年 を 感 じさ せ る か ら︑ 最 近 の 製 本で は な か ろう

︒ と は い え本 の 保 存 状態 が 悪 い わ けで は な い ので

︑ 巻 三 の 二 葉と 巻 四 の 六 葉全 て が 破 損し た と は 考 えに く い

既 に 数 本 を 比 較 し て わ か る よ う に

︑ 古 書 通 例 は 著 者 に よ っ て 修 訂が 何 度 も 重ね 続 け ら れ た本 で あ る

︒そ し て 最 後 の 一 文 に 示 され る よ う に未 完 の 書 で ある

︵ 後 述

︶︒ 第 四 篇 の 内 容 が 他 の 三 篇に 比 べ 三 分の 一 か ら 四 分の 一 と 極 端 に短 い こ と か ら 見 て も

︑第 四 篇 は 最後 に 増 補 さ れた 一 篇 で あ った と 思 わ れ る

︒ こ の よう に 立 命 館 本・ 大 東 文 化大 本

・ 国 図本 四 に 印 さ れ た 凡 三 篇 は 単 な る誤 植 で は な く︑ 第 四 篇 をも た な い 三 篇 本 が 存 在 した こ と を 疑い た く な る ので あ る

︒ 話 を 戻 し︑ 後 期 本 系統 と 立 命 館 本・ 大 東 文 化大 本

・ 国 図 本 四 の 比 較 を続 け た い

︒ほ か に 後 期 本系 統 と 明 確 な違 い と し て

(8)

指摘 で き る の が︑ 立 命 館 本・ 大 東 文 化 大本

・ 国 図 本四 の み 緒 論 に資 料 と し て 法 言 吾 子篇 の 文 を 二条 引 用 し て い る点 で あ る

︒ 余嘉 錫 が 目録 学 発 微 の講 義 録 を 改訂 し た 際 に は引 用 資 料 を増 補 す る こ とが 多 く

︑ 除 す る こ と は 稀で あ る

︒ と ころ が 緒 論 を繰 り 返 し 読 み︑ こ の 法言 の 引 用 につ い て 考 えて み る と

︑ 増補 で は な く︑ 立 命 館 本

・ 大東 文 化 大 本

・国 図 本 四 にあ っ た 資 料 を後 期 本 系 統が 冗 漫 を 厭 って 除 し たよ う に 考 え られ る

︒ 実 際に 一 九 四

〇 年 の排 印 本 に 拠 った と い う 上海 古 籍 本 は

︑後 期 本 系 統よ り 更 に 引 用資 料 が 少 なく な っ て い る︵ 後 述

︶︒ 後 期 本 系 統 と大 東 文 化 大本

・ 国 図 本 四の 違 い を もう 一 点 指 摘 した い

︒ そ れは 巻 末 の 一 文に あ る

︒ 立命 館 本 は こ の 部分 を 欠 い て いる の で

︑ 比較 で き な い が︑ 後 期 本 系統 で は 其 説甚 繁

︑ 別 詳於 後

︒ 與 此 可以 互 考 也

︵そ の 説 は 繁 雑 にな る の で

︑ また 後 に 詳 述す る

︒ こ の 部分 と と も に参 照 し て ほ しい

︶ と す るの に 対 し

︑大 東 文 化 大 本・ 国 図 本 四 は 其説 甚 繁

︑ 別具 於 後

︑ 與 此參 而 互 考之 可 也︵ そ の説 は 繁 雑 に なる の で

︑ また 後 に 述 べ る︒ こ の 部 分と 参 照 し て ほ しい

︶ に 作 っ てい る

︒ 意 味内 容 に 変 わ りは な く

︑ 表現 の 差 異 で ある が

︑ 元 とな る 原 稿 が 異な っ て い たこ と は 明 ら か であ ろ う

︒ な お︑ 上 海 古 籍本 は 其 説 甚繁

︑ 當 別 詳述 と し て おり

︑ 後 期 本系 統

・ 大 東 文化 大 本

・ 国図 本 四 と も 異 なっ て い る

︒ 以 上 に 述 べ た通 り

︑ 余 氏生 前 の 講 義 録の 版 本 は

︑大 き く 後 期 本系 統

︑ 立 命館 本

︑ 大 東 文化 大 本

・ 国図 本 四 に 分 け られ

︑ 立 命 館 本と 大 東 文 化大 本・ 国 図 本四 の 版 も 近 い版 と 思 わ れる

︒ そ し て 後期 本 系 統 は本 文・ 版 式 とも 比 較 的 整 っ てい る の に 対 し︑ 立 命 館 本と 大 東 文 化 大本

・ 国 図 本四 は 行 数 が 不揃 い で

︑ 誤字 脱 字 な ど 混乱 が 多 い ので

︑ 後 期 本 系 統に 先 行 す る もの と 考 え られ る

︒ 一 方

︑ 余 氏 没後 に 出 版 社よ り 刊 行 さ れた 版 本 は 二系 統 あ る

︒ その 一 つ は 一九 八 五 年 に 上海 古 籍 出 版社 よ り 刊 行 さ れた 版 で あ る

︒こ の 本 は

︑余 氏 の 女 婿 で著 名 な 言 語学 者 で あ る 周祖 謨 が

︑ 一九 四

〇 年 の 排印 本 に よ って 分 段 し て 整 理し

︑ 更 に 校 訂と 標 点 を 加え 出 版 し た もの で あ る

︒こ の 本 に よ って 古籍 校 読 法 は

︑ 初め て 公 刊 さ れた の で あ る︒

(9)

出版 部 数 は 一 万三 千 五 百 部に と ど ま り

︑ま も な く 絶版 と な っ た が︑ そ の 後 あま た の 出 版 社が こ の 本 に基 づ い た 影 印 本や

︑ 版 式 ま で改 め た 翻 印本 を 出 版 し てお り

︑ 現 在も っ と も 流 布し て い る 版で あ る

︒ 本 書は 周 祖 謨 の手 を 経 た 校 訂 本で あ り

︑ 講 義録 に 見 ら れた 誤 植 や 脱 字の 多 く は 正さ れ た も の の︑ な お 文 字や 引 用 の 誤 りは 多 く 残 され て い る

︒ 後 期本 系 統

︑ 立 命館 本

︑ 大 東文 化 大 本

︑ 国図 本 四 の いず れ と も 版 は異 な る ら しく

︑ 文 字 の 異同 が 多 い 上︑ 引 用 資 料 が 少な く な っ て いる

︒ そ し て︑ こ の 本 の み書 名 を 古書 通 例 と 称し て い る

︒ 出 版 社 の 刊 行し た も う 一種 類 の 版 本 は︑ 二

〇 一

〇年 に 北 京 の 国家 図 書 館 出版 社 が 出 し た版 で あ る

︒同 社 の 文 津 文 庫に 収 め ら れ

︑ 余 嘉 錫 古 籍論 叢 と 題さ れ た 一 冊 の中 に

︑ 余 氏の 書 冊 制 度補 考 古 籍序 跋

〟 読已 見 書 斎

〝 随 筆 と と も に 収録 さ れ て いる

︒ こ の 版 は︑ 同 書 の 出版 説 明 に 国 家図 書 館 所 蔵の 輔 仁 大 学 排印 本 に 拠 った と あ り

︑ 国 図本 一

・ 国 図 本三 を 底 本 とし て い る

︒ 国図 本 一

・ 国図 本 三 と 余 嘉錫 古 籍 論 叢本 を 比 較 す ると 文 字 の 異同 は 見 当 た ら ない

︒ た だ し 上海 古 籍 本 に倣 い

︑ 分 巻 分章 を 施 し てい る

︒ 二

︑ 古籍 校 讀 法 の書 き 入 れ と刊 行 時 期 以 上

︑ 古 書通 例 の 諸版 本 を 比 較 検討 し た が

︑講 義 録 で あ った 古籍 校 読 法 は い ず れも 刊 年 を 定め が た く

︑ た だ各 本 の 版 式 およ び 内 容 の異 同 か ら 前 後関 係 を 推 測す る に と ど まっ た

︒ と ころ が 幸 い な こと に 講 義 録と し て 学 生 に 提供 さ れ た か ら︑ 現 存 す る 古 籍 校 読 法 に は 学 生に よ る 書 き 込み が 数 多 く見 ら れ る

︒ 中で も 国 図 本一

︵ 図 二

︶ の 書き 込 み は 興 味深 く

︑ 刊 年を 推 測 す る 手掛 り を 与 えて く れ る

︒ まず 巻 首 の 欄外 に 欧 近

Paul Siao

31  1st October と い う 黒 イン ク に よ る署 名 が あ る

︒ 欧 近

Paul Siao

は 所有 者 の 名 前で あ ろ う が

︑詳 細 は わ から な い

︒ 上 海 古籍 本 の 周 氏 前言 に 古 籍校 読 法 は 一 九 三

〇 年代 の 講 義 録と 言 う か ら

1st October 31

は 一 九 三一 年 十 月 一 日 のこ と で あ ろ う︒ 更 に

︑ 巻一 の 欄 上 や 本文 に は 日 付ら し き 数 字 が黒 イ ン ク の同 一 書 体 で 書き 込 ま れ てい る

︒ 図 二 の

(10)

下に そ の 数 字 と位 置

︵ 葉 数と 表 裏

︶ を 示す

︒ こ れ ら の 数 字が 講 義 日 であ る と す れ ば︑ 十 月 九 日よ り 十 五 回 分の 記 録 で ある

︒ 同 じ 日 付が 二 回 あ るの は も し か す ると

︑ 一 日 に 二回 講 義 を 行っ た の か も しれ な い

︒ 暦を 調 べ て み ると

︑ 火 曜 が七 回

︑ 木 曜 が七 回

︑ 十 月九 日 だ け 金 曜 で

あ る

︒十 一月 二 十 日 か ら十 二 月 十 六日 の 日 付 は 見え な い

︒一 九 三 一 年と 言 え ば

︑九 月 に瀋 陽 で 満 州 事変 が 勃 発 し︑ 十一 月 に 毛 沢 東ら に よ っ て共 産 党 の 政 府が 江 西 省 に樹 立 さ れ て いる

︒ こ う した 動 乱 の 時 期に 北 京 で 開か れ た 講 義 の 記録 と 考 え て よか ろ う

︒ 一月 七 日 以 後 の書 き 込 み はな い

︒ こ の 書 き 込 みか ら

︑ 国 図本 一 は 一 九 三一 年 に は 印行 さ れ て お り︑ 講 義 に 用い ら れ て い たと 考 え て 問題 な か ろ う

︒ 更に 国 図 本 一 を含 む 後 期 本系 統 の 五 本 も一 九 三 一 年を 前 後 す る 時期 の 本 で ある 可 能 性 が 高い

︒ そ う する と 後 期 本 系 統の 諸 本 は

︑ 上海 古 籍 本 が拠 っ て い る 一九 四

〇 年 排印 本 よ り も 古い 版 と い うこ と に な る

︒後 期 本 系 統よ り 混 乱 の 多

9/10(5葉)

20/10(9葉裏)

22/10(10葉)

27/10(11葉)

29/10(11葉、11葉裏) 3/11(11葉裏)

5/11(11葉裏)

10/11(12葉)

17/11(12葉裏)

19/11(13葉)

17/12(14葉)

22/12(15葉)

24/12(15葉裏、17葉)

29/12(18葉、18葉裏)

7/1(22葉)

(11)

い立 命 館 本

︑ 大東 文 化 大 本・ 国 図 本 四 は更 に 古 い 版で あ る と 思 われ る

︒ 三

︑ 目録 学 発 微 の版 本 に つ いて 古 書 通 例 に つ い て は 都合 十 本 の 版を 比 較 し た が︑ 目 録 学 発微 は 更 に版 の 種 類 が 多い

︒ 古 書 通例 に 比 べ︑ 講義 を 開 い た 回数 が 多 い のか も し れ な い︒ ま た 余 嘉錫 も 盛 ん に 改訂 を 行 っ たよ う で あ る

︒そ れ ら は 著者 生 前 の 講 義 録と し て 印 行 され た 版 と

︑没 後 に 女 婿 周祖 謨 が 校 訂を 加 え

︑ 中 華書 局 と 巴 蜀書 社 か ら そ れぞ れ 出 版 した 本

︑ 及 び こ の中 華 書 局 本 の影 印 本 や 翻印 本 に 大 き く分 け ら れ る︒ 以 下 に 書 誌事 項 を 記 す︒

︻ 東京 大 学 本 一︼ 北 平 師 範 大学 本 系 目録 学 発 微 不 分巻

︑ 付 図

︑余 嘉 錫 撰 民国

︑ 排 印

︑ 一冊

︑ 二 六

×十 五 セ ン チ

︑四 十 字

× 十三 行

︵ 注 小 字双 行

︶︑ 九 八葉

︑ 線 装 版心

︑ 単 黒 魚 尾︑ 目 録 學 國 立 北 平 師範 大 學 印 東 方 文 化 学院 圖 書 印

︒墨 筆 書 入

︻ 東京 大 学 本 二︼ 北 京 大 学 本系 目録 学 発 微 不 分巻

︑ 余 嘉 錫撰 民国

︑ 北 京 大 学出 版 部 排 印︑ 二 冊

︑ 二 六× 十 三 セ ンチ

︑ 四 十 字

×十 三 行

︵ 注小 字 双 行

︶︑ 九 七 葉

︑ 線 装 版心

︑ 単 黒 魚 尾︑ 目 録 學 發微

北 京 大学

/ 出 版 部 倉石 武 四 郎 旧 蔵

(12)

︻ 関西 大 学 本

︼北 京 大 学 本 系 目録 学 発 微 不 分巻

︑ 付 図

︑余 嘉 錫 撰 民国 刊

︑ 活 版

︑北 京 大 学 出版 部

︑ 一 冊

︑二 七

× 十 五セ ン チ

︑ 九 四葉

︑ 四 十 字× 十 三 行

︵ 注小 字 双 行

︶︑ 線 装 版心

︑ 単 黒 魚 尾︑ 目 録 學 北 京 大 學 書扉 木 筆 袁 守和

︒ 長 沢 規矩 也 旧 蔵

︻ 同志 社 大 学 本︼ 北 平 師 範 大学 本 系 目録 学 発 微 不 分巻

︑ 付 図

︑余 嘉 錫 撰 民国 刊

︑ 活 版

︑国 立 北 平 師範 大 学

︑ 一 冊︑ 九 八 葉

︑二 六

× 十 五 セン チ

︑ 四 十字

× 十 三 行

︵注 小 字 双 行︶

︑ 線 装 版心

︑ 単 黒 魚 尾︑ 目 録 學 國 立 北 平 師範 大 學

︵ 又︑ 北 平 國 立師 範 大 學

︶ 書扉 墨 書 原 敏 文 保 堂

︻ 大東 文 化 大 学本

︼ 開 宗 明 義本 系 目録 学 発 微 不 分巻

︑ 付 図

︑余 嘉 錫 撰 民国 刊

︑ 活 版

︑一 冊

︑ 二 七× 十 六 セ ン チ︑ 四 十 字

×十 三 行

︵ 注 小字 双 行

︶︑ 九二 葉

︑ 線 装 版心

︑ 単 黒 魚 尾︑ 目 録 学 発微 封面 墨 書 古 籍校 讀 法 余嘉 錫 蔵印 寒 泉 書 屋

︒ 麓 保 孝

︵寒 泉

︶ 旧 蔵

(13)

︻ 国家 図 書 館 本一

︼ 北 平 師 範大 学 本 系 目録 学 発 微 不 分巻

︑ 余 嘉 錫撰 民国 刊

︑ 活 版

︑一 冊

︑ 二 六× 十 五 セ ン チ︑ 四 十 字

×十 三 行

︵ 注 小字 双 行

︶︑ 九七 葉

︑ 線 装 版心

︑ 単 黒 魚 尾︑ 目 録 学 國 立 北 平 師範 大 學 封面 墨 書 援 先 生 教 正

/嘉 錫 謹 呈

/ 目録 學 發 微

︻ 国家 図 書 館 本二

︼ 開 宗 明 義本 系 目録 学 発 微 不 分巻

︑ 付 図

︑余 嘉 錫 撰 民国 刊

︑ 活 版

︑一 冊

︑ 二 三× 十 七 セ ン チ︑ 四 五 字

×十 六 行

︵ 注 小字 双 行

︶︑ 一三 六 頁

︑ 洋装 印 長 鄭 氏 書 之 印

︒ 鄭振 鐸 旧 蔵

︻ 国家 図 書 館 本三

︼ 開 宗 明 義本 系 目録 学 発 微 不 分巻

︑ 付 図

︑余 嘉 錫 撰 民国 刊

︑ 活 版

︑一 冊

︑ 二 八× 十 六 セ ン チ︑ 四 十 字

×十 三 行

︵ 注 小字 双 行

︶︑ 九二 葉

︑ 線 装 版心

︑ 目 録 学発 微 印 雲 林

︻ 国家 図 書 館 本四

︼ 開 宗 明 義本 系 目録 学 発 微 不 分巻

︑ 余 嘉 錫撰

(14)

民国 刊

︑ 活 版

︑一 冊

︑ 二 七× 十 五 セ ン チ︑ 三 八 字

×十 三 行

︵ 注 小字 双 行

︶︑ 一〇 三 葉

︑ 線装 版心 中 國 大 學講 義 目 録學 發 微

︻ 国家 図 書 館 本五

︼ 北 京 大 学本 系 目録 学 発 微 不 分巻

︑ 余 嘉 錫撰 民国 刊

︑ 活 版

︑一 冊

︑ 二 七× 十 五 セ ン チ︑ 四 十 字

×十 三 行

︵ 注 小字 双 行

︶︑ 九四 葉

︑ 線 装 版心

︑ 単 黒 魚 尾︑ 目 録 學 北 京 大 學 封面 墨 書 此 未完 全 不 知 余氏 當 日 曽 否 寫成 以 無

/ 別本 始 購 存 之

/甲 申 六 月 九日 以 百 金 得 於友 人

/ 呉 氏所 設 之 文 華 閣 友荒 印 長 鄭 振 鐸西 諦 藏 書 長 鄭 氏 書 之 印

︒ 鄭振 鐸 旧 蔵

︻ 国家 図 書 館 本六

︼ 古 本

︵ 図三

︶ 目録 学 発 微 不 分巻

︑ 付 図

︑余 嘉 錫 撰 民国 刊

︑ 活 版

︑民 国 大 学 印刷 部

︑ 一 冊

︑二 六

× 十 六セ ン チ

︑ 三 五字

× 十 三 行︵ 注 単 行

︶︑ 九 六 葉

︑ 線 装 版心

︑ 単 黒 魚 尾︑ 目 録 學 民 國 大 學 講義

本 校 印刷 部 印

︑ 各葉 枠 外 右 下 余 嘉 錫 版心 葉 数 三 十 五

︑三 十 六

︑ 三 十七

︑ 三 十 八︑ 三 十 九 を 五 十五

︑ 五 十 六︑ 五 十 六︵ 重出

︶︑ 五 十 七︑ 五 十 八

︑ 五 十九 に

︑ 七十

︑ 七 十 一 を 三 十

︑三 十 一 に 誤る

︒ 第四 六

︑ 四 七

︑四 八

︑ 四 九葉 重 出

(15)

︻ 北京 大 学 本

︼北 京 大 学 本 系 目録 學 發 微 不 分巻

︑ 付 図

︑余 嘉 錫 撰 民国 刊

︑ 活 版

︑北 京 大 学

︑一 冊

︑ 古 籍 校讀 法 と 合

︑ 二 六

× 十 五セ ン チ

︑ 四十 字

× 十 三 行︵ 注 単 行

︶︑ 九 四 葉

︑ 線 装 版心

︑ 単 黒 魚 尾︑ 目 録 学 北 京 大 学 古 籍 校 讀 法 北 京 大 学/ 出 版 部 印 封面 墨 書 目 録学 余 嘉 錫 印 燕 京 大 學 圖書 館 藏 印 燕 京 大 學 圖書 館 珍 藏

︻ 工農 本

︼ 開 宗明 義 本 系

︵ 図四

︶ 目録 学 発 微 不 分巻

︑ 付 図

︑余 嘉 錫 撰 民国 刊

︑ 活 版

︑一 冊

︑ 二 三× 十 七 セ ン チ︑ 四 五 字

×十 六 行

︵ 注 小字 双 行

︶︑ 一三 六 頁

︑ 洋装 印 北 京 大 学 附設 工 農 速 成中 學 圖 書 室

︒ 家 蔵

︻ 中華 書 局 本

︼ 目録 学 発 微

︑ 付図

︑ 余 嘉 錫撰 一九 六 三 年 三 月︑ 北 京

・ 中華 書 局 刊

︑ 一冊

︑ A 五 判︑ 一 五 四 頁 周祖 謨 前 言 現在 根 拠 著 者晩 年 増 訂 校 正標 点

︑ 特 為印 出

︻ 巴蜀 書 社 本

︼ 目録 学 発 微 四 巻︑ 付 図

︑ 余嘉 錫 撰

(16)

一九 九 一 年 五 月︑ 成 都

・ 巴蜀 書 社 刊

︑ 一冊

︑ A 五 判︑ 一 五 三 頁 周祖 謨 前 言 取作 者 手 校 批注 本 与 一 九 六三 年 印 本 対勘

︑ 印 本 中 有脱 字 処 和 注解 不 完 備 処 都得 拠 手 校 批注 本 加 以 刊 正 増補

︒ 四

︑ 目録 学 発 微 講義 録 ま ず

︑著 者 生 前 に 講義 録 と し て用 い ら れ て いた 版 を 整 理し て み る

︒講 義 録 で筆 者 が 目 し え た の は 十三 本 で あ る︒ まず 日 本 国 内 では 東 京 大 学東 洋 文 化 研 究所 の 蔵 本 を二 本

︑ ほ か に関 西 大 学

︑同 志 社 大 学

︑大 東 文 化 大学 の 蔵 本 を 調 査で き た

︒ 中 国で は 北 京 大学 図 書 館 の 蔵本 を 一 本

︑国 家 図 書 館 古籍 館 の 蔵 本を 六 本 調 査 した

︒ 更 に 中国 の 古 書 店 よ り筆 者 が 購 入 した 一 本

︵ 工

農 本

︶ を 加 え︑ 都 合 十 三本 で あ る

置 注 意

⬅➡

表 の

(17)

調 査 し た 十 三本 は

︑ 古 籍校 読 法 同様 に 諸 本 い ずれ も 刊 記 のな い

︑ 活 版 本で あ る

︒ そし て や は り 古 籍 校 読 法 同様 版 心 に は 講義 に 使 用 した と 思 わ れ る大 学 名 が いく つ か 見 え てい る

︒ 特 に多 い の が 国立 北 平 師 範大 学 と 北 京大 学 の 名 であ る か ら

︑始 め に こ の 二系 統 の 版 を整 理 し て み る︒ 版 心 下 部 に 国 立 北 平 師範 大 学 と 印刷 さ れ て いる 本 は

︑ 東 京大 学 東 洋 文化 研 究 所

︵ 以下

︑ 東 大 本一 と 略 称

︶ と 同志 社 大 学︵ 同 大 本

︶︑ 中国 国 家 図 書 館︵ 国 図本 一

︶に 各 一 本 あ る︒ 版 式 は いず れ も 四 周 双辺 無 界

︑ 四〇 字

× 十 三 行 で︑ 版 心 上 部 には 目 録 學 と 題 さ れ てい る

︒ 三 本と も 目 録 書之 體 制 四 以 前 の 書 名 や人 名 の 多 くに 波 線 や 傍 線 が引 か れ て お り︑ 巻 末 に 目 録 要 籍 提 要 が 付 録 され て い る

︒ 三本 と も 全 九八 葉 あ る が

︑国 図 本 一 と東 大 本 一 は 第 二十 二 葉 の 版 心を 又 二 一 と し て い る︒ た だ し 国図 本 一 と 東 大本 一 も 書 名や 人 名 の 波 線や 傍 線 の 位置 が 異 な っ て いる

︒そ し てこ の 三 本 は 改訂 箇 所 が それ ぞ れ 少 し く異 な っ て いる の で

︑非 常 に よ く似 て は い る が別 版 で あ る︒ ま た︑ この 三 本 は 刊 行の 先 後 も 見定 め が た い

︒以 下 で は この 三 本 を 北 師大 本 系 統 と呼 ぶ こ と に する

︒ 版 心 下 部 に 北 京 大 学 と 印 刷 さ れ てい る 本 は

︑東 京 大 学 東 洋文 化 研 究 所︵ 以 下

︑ 東 大本 二

︶ と 関西 大 学

︵ 関 大 本︶

︑ 中 国 国 家図 書 館

︵ 国 図本 五

︶︑ 北 京大 学

︵ 北 京大 本

︶ に あ る︒ 版 式 は いず れ も 四 周 双辺 無 界

︑ 四〇 字

× 十 三 行 で︑ 版 心 に 単 黒魚 尾 が あ る点

︑ 北 師 大 本系 統 と 同 じで あ る

︒ そ して 東 大 本 二以 外 は 巻 末 に 目 録 要 籍提 要 も 付 録 され て い る

︒ 国図 本 五 と 東大 本 二 は 表 を欠 く が

︑ 表の 叙 例 は 残 され て い る

︒四 本 と も に 北師 大 本 系 統に あ っ た 波 線 や傍 線 は な い

︒こ の う ち 関大 本 と 国 図 本五

︑ 北 京 大本 の 三 本 は 本文 に 差 異 は見 当 た ら ず 同一 版 本 で

ある

︒ 東 大 本 二 は別 版 で あ る

︒両 版 本 の 差は

︑ 関 大 本

・国 図 本 五

・北 京 大 本 は 版心 上 部 に 目 録 學 と 題す る の に 対し

︑ 東 大 本 二 は 目 録 學 發 微 と す る こと

︑ 全 体 の 葉数 が 関 大 本・ 国 図 本 五

・北 京 大 本 は九 四 葉 で あ るが

︑ 東 大 本二 は 九 七 葉 あ る点 な ど に 見 出せ る

︒ 本 文や 内 容 で は 関大 本

・ 国 図本 五

・ 北 京 大本 は 引 用 資料 な ど 東 大 本二 よ り い ささ か 少 な く

︑ 次に 挙 げ る 国 図本 六 と ほ ぼ同 じ で あ る

︒こ の 四 本 を以 下

︑ 北 京 大本 系 統 と 呼ぶ

(18)

以 上

︑ 北 師 大本 系 統 と 北京 大 本 系 統 は︑ 講 義 録 の中 で も 比 較 的古 い も の と考 え ら れ る

︒北 京 大 本 系統 の 関 大 本

・ 国図 本 五

・ 北 京大 本 と 本 文は 近 い も の の︑ 版 心 に 目 録 學 民國 大 學 講 義 本 校 印 刷 部印 と 印 され て い る 線 装 本が

︑ 中 国 国 家図 書 館

︵ 国図 本 六

・ 図 三︶ に あ る

︒こ の 本 は

︑ 第三 四 葉 ま では 印 刷 さ れ た句 読 点 の 上に 墨 筆 で 同 じ 句読 点 が 重 ね 書き さ れ て いる が

︑ 三 五 葉以 降 は 最 後ま で 句 読 点 が印 刷 さ れ てい な い 無 点 本で あ る

︒ ただ し

︑ 引 用 符 号の 鍵 括 弧 は 存し て い る

︒ま た

︑ 北 師 大本 系 統 な どと 異 な り

︑ 注を 小 字 双 行に せ ず に 単 行を 丸 括 弧 で括 っ て い る

︒ 四周 双 辺 無 界

︑三 五 字

× 十三 行

︑ 九 六 葉で あ り

︑ 目録 要 籍 提 要 は な い

︒ この よ う に 国 図本 六 は

︑ 北師 大 本 系 統 や 北京 大 本 系 統 と異 な り 版 式が 簡 略 で あ る︒ そ し て 関大 本・ 国 図本 五・ 北 京 大 本と 同 程 度 に文 字 数 も 少

ない

︒ 目 録 学 発微 の 版 本 の中 で は よ り古 い 本 で あ ると 考 え ら れる

︒ 講 義 録 の 中 で︑ 北 師 大 本系 統 や 北 京 大本 系 統 と 大き く 異 な り

︑後 出 と 考 えら れ る の は 中国 国 家 図 書館

︵ 国 図 本 二︶ と 工農 本

︵ 図 四

︶で あ る

︒ 洋装 本 で 無 枠

︑一 三 六 頁 あり

︑ 柱 に は 頁 数 の上 部 に 目 録學 發 微 と印 刷 さ れ て おり

︑ 同 一 版本 で あ る

︒ 他 本 との 大 き な 違 いは 三 点 あ る︒ ま ず

︑ 洋 装本 で あ る こと

︒ 次 に

︑ 第 一 篇 目 録 學 之 意義 及 其 功 用 を 開 宗 明義 篇 第 一

︵ 孝 経 第 一 章 の名

︒︶ とし て い る こと

︒ も う 一 つは

︑ 巻 末 付録 の 古 今 書 目 分 部 異 同表 の序 に あ る

︒ ここ に は ま ず︑ 古 今 書 目分 部 異 同 表 の ほ か に 分 類 沿 革 表 を 作 っ た こと が 記 さ れ てい る が

︑ これ は 他 の い く つ かの 版 本 に も 見え る

︒ 他 本と 異 な る の は︑ そ の 後 の小 字 双 行 注 に 分 類沿 革 表 未 成容 俟 續 出

︵ 分 類 沿 革 表 は ま だ 完 成し て い な い

︒ 以 後出 版 の 予 定

︶と い う 十 一字 が 加 え ら れて い る こ とで あ る

︒ そ し

(19)

て十 三 本 の 中 で洋 装 本 は この 二 本 の み であ る か ら

︑最 後 出 の 版 と考 え ら れ る︒ そ し て こ の 二本 と 同 じ 特色 を も つ 線 装本 が

︑ 大 東文 化 大 本

︑ 国図 本 三 と 国図 本 四 で あ る︒ こ の 三 本は

︑ 第 一 篇 を 開宗 明 義 篇 第一 と し

︑巻 末 付 録 の 序に 小 字 双 行で 分 類沿 革 表 未 成容 俟 續 出 の 十 一 字を 注 し て いる が 線 装 な の で︑ 国 図 本 二

・工 農 本 に 先行 す る 版 と 思わ れ る

︒ 版式 は

︑ 四 周 双辺 無 界

︑ 単黒 魚 尾 で あ り︑ 大 東 文 化大 本

・ 国 図 本 三は 四

〇 字

× 十三 行

︑九 二 葉

︑国 図 本四 は 三 八 字× 十 三 行

︑一

〇三 葉 で あ る︒ 大 東 文 化 大本 と 国 図 本 三の 版 心 は 目 録学 発 微 と 題が 見 え る のみ で

︑ 印 行 所は 示 さ れ てい な い が

︑ 差異 は 見 当 たら な い の で 同版 で あ ろ う︒ 国 図 本 四 は 版心 の 上 部 に 中 國 大 學 講義 と あ り

︑そ の 下 に 目 録 学 発 微 と あ る ほ か︑ 第 一 篇 開宗 明 義 篇 第一 の 明 字を 期 字 に誤 り

︑ 墨 筆で 訂 正 し て いる

︒ 以 下 では こ れ ら 第 一篇 を 開 宗明 義 篇 と する

︑ 国 図 本二

・ 工 農 本

・ 大東 文 化 大 本

・国 図 本 三

・国 図 本 四 を 開宗 明 義 本 系統 と 呼 ぶ

︒ 以 上 の よ う に︑ 講 義 録 は大 き く 北 師 大本 系 統 と 北京 大 本 系 統

︑ 開宗 明 義 本 系 統に 分 け ら れる

︒ 本 文 や 内容 を 比 べ ると 前 二 者 は 開 宗明 義 本 系 統 より 引 用 資 料が 少 な く

︑ 余氏 の 文 も 後の 周 氏 校 訂 本 と異 な る と こ ろが 多 い の で︑ 目 録 学 発微 の 中 で は初 期 の 本 と 考 えら れ る

︒ 北 師大 本 系 統 と北 京 大 本 系 統の 東 大 本 二は 小 差 が 認 め られ る も の の

︑ほ ぼ 同 時 期の 本 で あ ろ う︒ 国 図 本 六と 関 大 本

・ 国 図本 五

・ 北 京 大本 は 引 用 資料 が 更 に 少 ない の で

︑ より 古 い 版 と 考 えら れ る

︒ そ れ に 比 べ 開宗 明 義 本 系統 は

︑ 周 氏 校訂 本 に 近 く︑ よ り 新 し い 版と 考 え ら れ る︒ 開 宗 明 義本 系 統 の う ち︑ 大 東 文 化大 本

・ 国 図 本

(20)

三と 国 図 本 四 は︑ 以 上 の 北京 大 本 系 統 と北 師 大 本 系統 の 後 に な ると 考 え ら れる

︒ そ し て 洋装 本 の 国 図本 二 と 工 農 本 が著 者 生 前 の 版で は 最 後 にな る

︒ 十 三 本 の う ち同 一 だ っ たの は

︑ 関 大 本と 国 図 本 五・ 北 京 大 本 の三 本 と

︑ 大東 文 化 大 本 と国 図 本 三

︑国 図 本 二 と 工 農本 で あ る

︒ 残り が 六 本 ある か ら

︑ 著 者生 前 の 版 は九 種 類 見 た こと に な る

︒余 嘉 錫 が 講 義を 行 な っ てい た の は 二 十 年程 度 と 考 え られ る か ら

︑改 訂 の 頻 度 は比 較 的 多 いも の と 言 え よう

︒ た だ

︑ 目 録 学 発 微 十 三 本 を 調査 し て 疑 問 を 感じ る の は

︑ 余嘉 錫 の 本 務校 で あ っ た 輔仁 大 学 の 刊本 が 一 つ と して 見 当 た らな い こ と で ある

︒ 古 籍 校読 法 の 講 義 録は 八 本 の う ち二 本 が 輔 仁大 学 で あ っ たこ と を 考 える と 尚 更 で ある

︒ そ こ で 目 録 学 発 微 の 中 で も後 期 の 版 で あ る開 宗 明 義 本 系統 の 数 の 多さ や

︑ 余 嘉 錫が 本 務 と して い た 時 期 と重 な る こ とを 考 え る と

︑開 宗 明 義 本系 統 の 諸 本 が 輔仁 大 学 で 用 いら れ て い た可 能 性 を 考 えて よ い と 思わ れ る

︒ 五

︑ 目録 学 発 微 余氏 没 後 公 刊本 目 録 学 発 微 は 余 氏 没 後七 年 を 経 た一 九 六 三 年

︑ 古 書 通 例 同 様 周 祖 謨に よ っ て 初 めて 公 刊 さ れる

︒ 周 氏 の 序 によ れ ば

︑ 著 者晩 年 の 増 訂本 を 校 正 し

︑標 点 を 加 えた も の で あ る︵ 二 四 六 頁 参照

︶︒ 中 華 書局 本 は 開 宗明 義 本 系 統 を 受け 継 ぐ も の で︑ 特 に 洋 装の 開 宗 明 義 本の 版 式 を よく 残 し て い る︒ 両 本 と も一 行 に つ き 四五 字 の 縦 書き で

︑ 開 宗 明 義本 が 各 頁 十 六行 の と こ ろを

︑ 中 華 書 局本 は 十 五 行に し て い る

︒ま た

︑ 引 用資 料 の 書 名

・篇 名 を 亀 甲括 弧 で く く る など

︑ 基 本 的 な版 式 が 非 常に よ く 似 て いる

︒ た だ し︑ 中 華 書 局 本は 書 名 や 人名 に 傍 線 を 加え

︑ 双 行 小字 注 を 単 行 小 字注 に 改 め て いる

︒ と こ ろが 本 文 を 比 較し て み る とそ の 違 い は きわ め て 大 きい

︒ 中 華 書 局本 は 開 宗 明義 本 の 多 く の 誤植 を 訂 正 し

︑特 に 引 用 資料 の 校 訂 は 枚挙 す る に 暇が な い ほ ど であ る

︒ ま た開 宗 明 義 本 まで 引 用 さ れて い な か っ た 資料 が

︑ 中 華 書局 本 で は 多数 増 補 さ れ てい る が

︑ 同時 に 余 嘉 錫 の文 章 が 改 めら れ て い る 部分 も 少 な くな い

︒ 両 者 の

(21)

字数 を 比 較 し てみ る と

︑中 華 書 局本 は 約 六 千字 ほ ど 増 加 して い る

︒し か し 惜し い こ と に

︑何 箇 所 か 中 華書 局 本 が 誤 っ たと こ ろ も あ る︒ 中 華 書 局 本 の発 行 部 数 はわ ず か 二 千 七百 部 に と どま り

︑ ま も なく 絶 版 と なっ た

︒ 台 湾 や香 港 で は この 本 が 影 印 出 版さ れ た が

︑ 読書 子 の 需 要に 応 え る も ので は な か った

︒ そ こ で 一九 九 一 年

︑成 都 の 巴 蜀 書社 よ り 再 び周 祖 謨 の 手 に よっ て 新 版 が 刊行 さ れ る

︒周 氏 に よ れ ば巴 蜀 書 社 本は

︑ 著 者 の 手校 や 批 注 に基 づ き 中 華 書局 本 の 脱 字や 注 釈 の 不 備 を訂 正 し 増 補 を加 え た も のと い う︵ 二 四五 頁 参 照

︶︒ こ の 本 は

︑ 体裁 を 大 き く変 更 し た の が特 色 で あ る︒ 従 来 の 縦 書 きを 横 書 き に 改め

︑全 十 篇の 不 分 巻 であ っ た の が

︑巴 蜀 書 社 本で は 目 録 書体 制 一

〜 四 を 巻 二

︑ 目 録 学 源 流考 上・ 中・ 下 を 巻 三に ま と め

︑は じ め て 四 巻本 と し た ので あ る

︒ 中 華書 局 本 に 付さ れ て い た 文中 の 書 名 や固 有 名 詞 の 傍 線は す べ て 廃 され

︑ 巻 頭 には 余 嘉 錫 の 肖像 写 真 が 掲げ ら れ て い る︒ 本 文 は 大き な 増 補 を 数箇 所 に 施 し︑ 中 華 書 局 本 の誤 植 を い く らか 訂 正 し てい る も の の

︑ま た 新 た な誤 植 が 数 箇 所に 生 じ て いる

︒ そ し て 活字 の 配 列 が不 揃 い な 部 分 が多 く

︑な お 善 本 とは 言 い 難 い

︒ち な みに 巴 蜀 書 社本 を 国 図 本 六や 関 大 本 など と 比 較 し てみ る と

︑ 目 録学 源 流 考 下 篇な ど は 二 倍 に近 い 量 に なっ て い る

︒ ただ し こ の 巴蜀 書 社 本 も 発行 部 数 は 二千 部 余 り に 過ぎ な か っ た︒ そ の 結 果

︑ 中華 書 局 本 を 用い た 影 印 本や

︑ 版 式 の み改 め た 本 が今 な お さ ま ざま な 出 版 社よ り 刊 行 さ れ続 け て い る︒ 六

︑ 目録 学 発 微 の書 き 入 れ につ い て 古 籍 校 読 法 同 様

︑ 目録 学 発 微 にも 旧 蔵 者 の記 名 や 蔵 印

︑無 数 の 書 き入 れ が あ る

︒た と え ば 国図 本 一 に は

︑ 封面 に 援 先生 教 正

/ 嘉錫 謹 呈

/ 目 録學 發 微 と墨 書 が あ る

︒余 嘉 錫 が 陳垣

︵ 一 八 八

〇| 一 九 七 一︶ に 贈 呈 し た 陳垣 旧 蔵 本 な ので あ り

︑ 墨筆 に よ る 誤 植の 訂 正 と 赤鉛 筆 に よ る 傍線 や 丸 印 が加 え ら れ て いる

︒ 国 家 図書 館 に は か の 鄭振 鐸 の 蔵 印 をも つ 旧 蔵 本も 二 本 収 め られ て い る

︵国 図 本 二・ 国図 本 五

︶︒ その う ち 国 図 本五 の 封 面 には 此 未 完 全

(22)

不知 余 氏 當 日 曽否 寫 成

︑ 以無 別 本

︑ 始 購存 之

︒ 甲 申六 月 九 日

︑ 以百 金 得 於 友人 呉 氏 所 設 之文 華 閣

︒ 友荒

︒ と 墨 書 さ れて

い る

︒ 友荒 は 鄭 振 鐸の 筆 名 で あ る︒ 未 完 の 疑い を も ち つ つも 北 京 大 学系 統 の 古 本 を友 人 よ り 購入 し た の で あ ろう

︒ ほ か に 長 沢 規矩 也 旧 蔵 の関 大 本 に は

︑書 扉 に 鉛 筆で 袁守 和 と 記 名 さ れて い る

︒ 袁 守和 は 袁 同 礼︵ 一 八 九 五

| 一 九六 五

︶︑ 一 九四 二 年 に 北 平図 書 館︵ 現 中 国 国家 図 書 館

︶の 館 長 とな っ て お り︑ 一 九 二 四 年に は 北 京 大学 で 目 録 学 を 講義 し た 人 で ある

︒ 同 大 本は 書 扉 に 原 政庭

︵ 一 九

〇三

| 九 二

︑ 後の 陝 西 省 師範 学 院 副 院 長︶ の 名 が 見え る

︒ 原 氏 は 一九 二 九 年 か ら三 一 年 に 北平 師 範 大 学 の歴 史 系 に 在籍 し て い る から

︑ あ る いは 余 嘉 錫 の 講義 を 受 け た学 生 で あ っ た かも し れ な い

︒東 大 本 一 には 東 方 文 化学 院 圖 書 印 が あ り

︑ 東洋 文 化 研 究所 の 原 簿 に よる と 一 九 三二 年 に 収 蔵 さ れた と の こ と であ る

︒ そ して 東 大 本 二 は倉 石 武 四 郎旧 蔵 書 で あ る︒ こ う し た 所 蔵者 の 記 録 や無 名 氏 の 書 き入 れ を 見 てい る と

︑ 百 年前 こ れ ら の本 の 置 か れ た情 景 が 目 に見 え る よ う で ある

︒ と こ ろ が以 上 の 調 査を 以 て し て

︑な お 明 確 にで き な い の が︑ 講 義 録 の 古 書通 例 目 録学 発 微 各 本 の 刊 行 年で あ る

︒ 余 嘉錫 文 献 学 の成 立 を 考 え る上 で も 極 めて 重 要 な 点 であ る が

︑ 刊記 を も つ 版 が一 つ と し てな い の で

︑ 各 本の 正 確 な 刊 行年 を 考 え るこ と は 誠 に 困難 で あ る

︒そ こ で 最 後 に︑ 古 籍 校 読法

目 録 学発 微 の 成書 時 期 に つ い て︑ 想 定 の 可 能な 時 期 を 検討 し て み た い︒ 七

︑ 古籍 校 読 法 目 録 学 発 微 の 成 書 時 期に つ い て 古 籍 校 読 法 目 録 学 発微 は い ず れも 北 京 の 大学 で の 講 義 用に 印 行 さ れて い る か ら

︑ま ず 初 め に余 嘉 錫 が い つ 北京 に 上 京 し

︑講 義 を 始 めた の か を 見 てお き た い

︒余 氏 は 上 京 後ま も な く 古 籍 校読 法 目 録学 発 微 の 講 義 を 開 始し た と 考 え られ て い る ので

︑ 上 京 時 期と 古 籍 校 読法

目 録 学発 微 の 成 立時 期 は ほ ぼ重 な る と 考 えら れ て い る︒

(23)

とこ ろ が 上 京 及び 成 書 の 時期 に は 諸 家 異な る 見 解 があ り

︑ 必 ず しも 明 確 で はな い

︒ 初 め 周祖 謨 は 中 華書 局 本 目 録 学発 微 序 文 に 一 九 三二 年 上 京

︑ 目 録 学 発 微 は 一九 三 二 年 か ら四 八 年 の 間の 講 義 録 と 述べ た

︒ と ころ が 巴 蜀 書 社 本 目 録 学 発微 序で は

︑ 一 九 三〇 年 上 京

︑ 目 録 学 発 微 は 一 九三

〇 年 か ら四 八 年 の 間 の講 義 録 と 述べ て い る

︒ そ して 古 書 通 例 は そ の 序に

︑ 一 九 三

〇年 代 の 講 義録 と し て

い る︒ こ の ほ か周 氏 が 一 九 三〇 年 上 京 した と 述 べ る 巴 蜀書 社 本 目 録学 発 微 は︑ 表 紙 裏 に 付さ れ た 作 者簡 介 で 一 九 二九 年 よ り 北京 の 各 大 学 で主 に 目 録 学を 講 じ た と い う︒ 更 に 早 く

︑ 一九 二 七 年 上京 の 可 能 性 を示 す の が 陳 垣 来 往 書 信集 所 載 の余 氏 書 簡 で ある

︒ 一 九 二七 年 に 余 嘉 錫 が陳 垣 に 送 っ た書 簡 に

︑ 余嘉 錫 が 民 国 大学 で 担 当 する 科 目 の 変 更を 願 い 出 る文 面 が あ る

︒陳 垣 の 紹 介で こ の 頃 民 国 大学 に 出 講 し てい た こ と を示 し て い

よ う︒ ま た 輔仁 大 学 会 友貝 勒 府 も一 九 二 七 年 に余 嘉 錫 が 輔仁 大 学 国 文 系 教授 に な っ た と

10

す る

︒ こ のよ う に 諸 説 ある 中

︑ 現 在最 も 信 頼 さ れて い る の は周 氏 の 妻 で あり

︑ 余 氏 の息 女 の 余 淑 宜 が周 祖 謨 と 連 名で 発 表 し た 余 嘉錫 先 生 伝 略 の説 で あ る

︒ 余 嘉 錫 先 生 伝略 は 余 嘉 錫文 史 論 集

︵一 九 九 七 年︑ 岳麓 書 社

︶の 巻末 に 付 さ れ

︑そ こ に は 一 九二 八 年 に 上京 し

︑北 京 大学 ほ か の 大 学で 目 録 学 の講 師 を し た と記 し て

11

い る︒ そし て

︑ 今 は この 一 九 二 八年 説 を 採 る 論者 が

12

多 い

︒ い ま

︑ 余 氏 の上 京 時 期 と 古 籍校 読 法 目録 学 発 微 の 成 立 時期 に つ い て詮 索 す る の は︑ こ の 一 九三

〇 年 前 後 は 中国 目 録 学 史 上︑ 重 要 な 書物 が 相 次 い で刊 行 さ れ てい る か ら で ある

︒ 以 下 にそ の 一 部 を 挙げ て み よ う︒ 一九

二 九 年 鄭鶴 声

・ 鄭 鶴春 中 国 文 献学 概 要

︵ 商務 印 書 館

︶ 一九 三 一 年 劉紀 沢 目 録学 概 論

︵ 中華 書 局

︶ 一九 三 三 年 名 達 目 録学

︵ 商 務 印書 館

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