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高齢者の認知容量が発話の正確性に与える影響

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Academic year: 2021

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共同研究 中間報告

高齢者の認知容量が発話の正確性に与える影響

健康医療学部言語聴覚学科准教授 健康医療学部言語聴覚学科教授 京都大学 こころの未来研究センター 研究員 健康医療学部言語聴覚学科講師

吉 村 貴 子 苅 安   誠 斉 藤 章 江 外 山   稔

【背景と目的】

 発話、つまり話すことは、言語の編成と発 話の運動だけでなく、相手や状況を踏まえた 調節といった認知機能が、並行して行われ る。これは、話す中枢である脳にとって二重 の課題とも考えられる。このような「なが ら」での課題遂行を近年、リハビリテーショ ン領域でも評価することで、実際の場面での 能力発揮を明らかにする取り組みがなされて いる。

 認知機能と運動・感覚といった入力・出力

とは関連がある。基本的な認知機能をベース に、より高次の要素的な認知機能が成り立つ

(図 1)。言語の発話処理について、発話ある いは構音運動に至るまでに、語の選択、語の 音韻形式の符号化など、さまざまな処理過程 が想定されている3 など。つまり、多くの脳機 能の過程は、独立して成立しているのではな く、相互の関連で実現されていることが、先 行研究で示されている。

 高齢者の認知機能低下に対しては、運動介 入を組み合わせることが有効であるとする多

図 1:認知機能と運動・感覚の関係性(Y Ben-Yishay1 ,Wilson2を基に作図)

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くの報告がある4 など。運動をしながら認知課 題を行う二重課題が、高齢者の認知機能に効 果的であるともいう5 など

 加齢によって認知機能に変化が生じ、発話 という運動にも変化がでることが予想され る。認知機能の変化、発話の変化など、それ ぞれの側面における加齢による変化について の報告はあるが、それらを重ね合わせた体系 的かつ多面的な報告は健常者に対して実施し た実験6以外は少なく、高齢者においては見 あたらない。つまり、加齢により低下する記 憶や言語等の認知機能、発話運動、あるいは それら両方の低下の影響は、若年成人とは量 的にも質的にも異なる可能性がある。

 そこで、我々は本共同研究で、認知機能に 負荷をかけて、高齢者における発話と認知容 量との関係を調べることにした。この研究ア プローチにより、高齢者における発話と認知 容量の関連性を解明することを目的としてい る。さらに、認知機能へ負荷をかけることに よる発話運動への影響を検証することで、認 知容量あるいは発話の維持、そして改善に向 けた効果的な介入方法について提言したいと 考えている。そして、本共同研究は認知容量 や言語という脳の重要な働きを反映する発話 を、スピーチエラーの観点で分析する。これ により、日常のコミュニケーション手段とし て重要な発話を認知容量との関連性から検証 できるはずである。

 さらに、認知容量をワーキングメモリ

(working memory:WM)の構成要素のひと つとしてとらえた場合、WM の言語情報処 理過程への関与についても、本共同研究にお いて体系的に検証できる。つまり、高齢者で は、認知容量が減少あるいは効率的な活用が 低下することにより、発話の不安定さにつな がる可能性がある。この点が明らかになれ

ば、WM と言語情報処理過程の間の関連性 を実証でき、言語情報処理過程を解明する方 向性を示すことができると考える。

 認知容量と発話の関連性は多くの臨床家や 研究家により推測されるものの、そのメカニ ズムが明らかでなく、この点を解明できる可 能性をもつ本共同研究の必要性は高いと考え る。さらに、高齢者のコミュニケーションの 特性を認知機能と発話の点で解明できれば、

困難な側面を補う視点や方法を示すことにつ ながり、さらには高齢者における発話の誤り のメカニズムを明示できる。

 そして発話のメカニズムの解明から言語情 報処理過程が明確化されれば、高齢者のス ピーチエラーのパターンから認知症等の認知 機能の低下を予測ができる可能性があり、学 術的な知見が、臨床的な発見につながること も予想される。

 これまでに行った共同研究の成果は、第 172 回米国音響学会7、第 28 回東北神経心理 懇話会8などで報告した。そのうち、高齢者 における言い間違いや、構音の不明瞭さなど が関連する発話の正確性と、認知容量との関 係について検証した内容9に基づき、共同研 究の成果の一部を本所報において示す。

【共同研究の成果報告(以下は、臨床神経心 理 28,2017(印刷中)9に掲載された論文の 内容を、東北神経心理懇話会から転載許諾を 得て、一部改変引用したものである。)】

 [研究背景]高齢者は、発話速度の低下10、 休止時間の延長11、語想起の低下12などの発 話処理の低下を示す。一方で、認知容量の低 下も認める13,14。認知容量は、発話など高次 の認知機能の処理を支える資源(resource)

と考えられ、WM スパンは認知容量をとら えると考えられている15,16

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 発話には認知容量あるいは WM が関与す ると考えられている7,17,18,19,20が、高齢者の発 話の正確性と認知容量あるいは WM との関 係は明らかではない。今回われわれは、高齢 者の認知容量を WM でとらえ、WM が低下、

あるいは認知負荷の程度によって、発話の正 確性がどのように変化するかを検証した。そ して、高齢者の発話の正確性、つまり言い間 違いや、構音の不明瞭さと、認知容量の関係 について考察した。

 [対象]対象は、一般市民を対象とした体 力測定会に参加した高齢者のうち、本研究の 内容を理解し、協力することに同意した 20 名であった。平均年齢 75 歳(69 〜 82 歳)、

平均教育年数は 11 年(9 〜 14 年)で、脳血 管疾患や精神疾患の既往歴はなかった。日常 的な聴力や視力に問題がない高齢者であっ た。また、いずれの対象者も言語、記憶、行 為、対象認知に関する神経心理学的なスク リーニング検査で明らかな成績低下を示さな かった。本研究の実施には、京都学園大学の 倫理審査委員会の承認を得た。

  方 法 と し て、 認 知 容 量 は WM 課 題 で ある高齢者版リーディングスパンテスト

(Reading Span Test:RST)を実施した。発 話運動ならびに発話については、言語性の交 互反復課題としてオーラル・ディアドコキネ シ ス(diadochokinesis:DDK) と、 文 の 音 読課題を実施した。

 高齢者版 RST は、日本語版 RST21に基づ き、文の長さを短くして、高齢者に読みやす いように作成されたものである。RST には 1 文条件から 5 文条件があり、それぞれの条件 には 5 試行ずつ設定されているが、今回は、

4 試行までの実施とした。つまり、実施した すべての文の数は、50 文であった。

 手順について、14 インチのパーソナルコ

ンピュータ(Hewlett-Packard 社製)の画面 に文が表示されると、被験者は提示された文 を音読するとともに、赤線の目標語を記銘す るように求められた。本試行を実施する前 に、本試行以外に用意した練習問題(1 文条 件と 2 文条件、合計 5 試行)を行った。

 採点は、5 試行中 3 試行を正答すれば当該 の文の数を桁数とするスパンによる方法と、

目標語を記銘再生できた文の総数である総再 生数による方法で行った。

 つぎに、発話運動の課題である DDK では、

各単音節をできるだけ早く繰り返することを 求めた。採点は、各単音節での構音の明瞭さ および構音運動低下の判定と、交互反復運動 の反復率を算出した。

 文の音読では、同じ文を 3 回続けて、で きるだけ早く読むことを求めた。各文での 構音の明瞭さによって、構音運動の低下を 評価した。文の音読で出現した言い間違い、

あるいは読み誤りの種類は次のとおりであ る。明らかな音の置換ではなく、不明瞭な 音である phonetic error、音の誤りである phonemic error(その内訳として、音の置換

(substitution)、音の省略(omission)、音の 付加 (addition)であった。ただし、語彙の 言い間違えである lexical error は、今回の文 の音読では出現しなかった。

 構音の正確性や言い間違いの分析は、知覚 印象に基づき行った。臨床経験 20 年以上の 言語聴覚士 2 名、スピーチエラー研究の専門 家 1 名が、音声を聴取し、発話特徴を知覚評 価し、判定した。

 分析について、年齢と RST の関係につい てはピアソンの相関係数を用いて統計分析し た。また、文の音読課題で読み誤りがあった 群を「音読エラーあり群」、文の音読で読み 誤りがなかった群を「音読エラーなし群」に

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分けて、RST の成績差を t 検定で統計分析 した。いずれも統計分析ソフト SPSS ver. 22 を用いた。有意水準は、1% とした。

 [結果]すべての対象者で、DDK 課題で の反復率が正常範囲内であり、運動低下を示 す構音の不明瞭さはなかった。つまり、対象 者には、運動障害性の構音障害はなかった。

 文の音読課題について、3 文のいずれかの 文のうち、3 回連続音読の 1 回目の音読を知 覚評定の対象とした。子音の構音での運動低 下は認めなかった。ただし、対象者のうち 1 名のみ、文の音読で発話速度が低下した印象 があったが、低下の程度に一貫性はなかった ため、運動低下による構音障害とは判断しな かった。

 すべての対象者で、RST スパン(平均値

= 2.05、標準偏差= 0.15)は 2 スパン以上

(2 〜 2.5 スパン)であった。高齢者の平均的 な WM 容量は、1.9 ± 0.41 と報告されてお り22、一貫している。RST の総再生語数と年 齢との間には、有意な相関関係を認めなかっ た。

 音読エラーなし群(11 名)は音読エラー あり群(9 名)に比べると、RST 総再生数が 多かった(t(18)=3.99, p<.01)。つまり、音 読課題単独ではエラーがでない対象者は、

WM 容量が多く、音読課題単独でもエラー が出る対象者は、WM 容量が少ない可能性 が示された。

 [考察]発話の正確性と認知容量の関係を 議論するための前提として、まず、一次的な 運動障害の要因を除外するための評価を行っ た。その結果、今回の高齢対象者では、発話 運動課題で明らかな運動低下や構音障害がな いことを確認した。また加齢による RST の 成績については、年齢と認知容量の相関関係 も認められなかった。苧阪13は、60 歳から

85 歳までに有意なスパン得点の低下を認め ているが、ここでの高齢者対象群では年齢段 階における参加者の数も少ないため、有意な 相関が認められなかったものと考えられる。

 このように、本研究での対象者は、WM の評価値は明らかな低下が認められなかっ た。しかし、文の音読課題での読み誤りにつ いての分布をみると、読み誤りが多い群と読 み誤りが少ない群に分かれることがわかっ た。そこで、WM 容量を測定する RST 課題 での総再生語数の違いを 2 群間で分析する と、読み誤りが多い群(音読エラーあり群)

は、読み誤りが少ない群(音読エラーなし 群)より、WM 容量の低下が認められた。

 各群で音読における読み誤りが生じた背景 を、WM の観点で考察する。今回の文の音 読は、同じ文を繰り返し 3 回音読することを 求めた。この課題では、提示されつづける文 を、連続音読するのみの単一課題であった。

異なった指示内容を同時に行う二重課題より も、WM の負荷はかかりにくいと考えられ た。

 認知容量の負荷がかかりにくい対象者、つ まり WM 容量が比較的多い場合は、単一の 言語課題が入力されると、音読に必要な符号 化や構音企画に向けてのみ認知容量を使用で き、そのため音読は安定して行われ、安定し た音読、あるいは発話運動として出力される と推測される。

 しかし、認知負荷がかかりやすい対象者、

つまり WM 容量が比較的少ない場合は、単 一の課題でも、繰り返すことで認知負荷がか かり、WM が削減された状態となり、目標 の発話運動が達成できず、音読における発話 の正確性が低下したと考えられた。

 以上より、高齢者の発話の正確性や言い誤 りには、認知負荷、あるいは WM が関与す

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ることが示唆された。

【結語】

 高齢者における言い間違いや、構音の不明 瞭さなどが関連する発話の正確性と、認知容 量との関係について検証した結果、文の音読 で読み誤りがあった群は、読み誤りがなかっ た群に比して WM 容量が低い傾向が認めら れ、そのため音読に対してのみ認知容量を使 用できず、発話の正確性が低下したと考えら れた。

 今回の共同研究では、高齢者の発話の正確 性に WM あるいは認知容量が関与すること が示唆された。今後は知覚印象の背景にある 発話運動について、音響分析と実際の構音運 動の評価によって、さらに詳細に分析する。

また若年群との比較をし、さらには高齢者群 においても、同一課題に対する教示の難易度 の変化で、認知処理や発話運動に影響が出現 する否かについても検証する必要がある。

 さらに、高齢対象者の年齢段階における参 加人数を増やし、年齢と認知容量に関連した 発話運動の特徴を精査する。そして、正常加 齢以外に、認知症などにおける認知機能低下 が、発話運動に与える影響についても検証 し、認知症の評価のひとつとして、音声・発 話運動課題を活用できるかついても検証する 予定である。

  引用文献

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8 吉村貴子,苅安誠,斉藤章江 他「高齢者 の発話の正確性と認知容量との関係 - 言 い誤りと発話運動低下の分析 -」第 28 回 東北神経心理懇話会 2017(於宮城県 東 北大学)

9 吉村貴子,斉藤章江,苅安誠 他「高齢 者の発話の正確さと認知容量との関係―

ワーキングメモリ容量による検討―」臨 床神経心理 2017; 28 印刷中

10 Smith BL, Wasowicz J, Preston J Temporal characteristics of the speech of normal elderly adults. Journal of Speech and Hearing Research 1987;

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14 苧阪満里子 脳のメモ帳 ワーキングメ モリ.東京:新曜社; 2002.

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図 1:認知機能と運動・感覚の関係性(Y Ben-Yishay 1  ,Wilson 2 を基に作図)

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