都道府県財政における 収入と支出の因果関係
―― 非対称的調整過程を考慮したモデルによる実証分析 ――
平 井 健 之
!.は じ め に
現在,わが国における国と地方の政府債務は増大する傾向にあり,国と地方 の財政は危機的な状況にある。そのため,とりわけ地方においては健全な財政 運営を図る過程での1つの段階として,多くの自治体は,まずは基礎的財政収 支(プライマリーバランス)を黒字化させること,あるいは黒字の状態を維持 することに関心を寄せている。このような状況の下で,基礎的財政収支をめぐ る政府の収入と支出の因果関係の実証分析は,地方の財政運営のあり方を検討 する上で有益な情報を提供する。この政府収入と政府支出の因果関係に関する 実証研究は,これまで諸外国においては多数存在し,そこでは次の4つの仮説 が挙げられている。
第1の仮説は,収入から支出への一方向の因果関係があるという仮説であ る。この仮説の下では,政府が収入の水準に応じて支出の水準を調整すること になる。例えば,Friedman(1978)によれば,増税は政府支出を増大させるの みで,結果として財政赤字の削減をもたらさないことが議論されている。一 方,Buchanan and Wagner(1977,1978)は,租税負担の減少が納税者によっ て知覚される公共サービスの費用を低下させ,政府支出の増大をまねく傾向に あることを論じている。前者は政府収入の変化が政府支出に正の効果を,後者 は負の効果を及ぼすことを示している。
さらに第2の仮説は,逆に支出から収入への一方向の因果関係が存在すると 香 川 大 学 経 済 論 叢
第84巻 第3号 2011年12月 1−17
いう仮説である。この仮説は,政府が予め設定した支出水準に収入の水準を調 整することを意味している。その例として,Peacock and Wiseman(1961,1979)
によって提案された転位効果の仮説は,政府支出が戦争のような社会的混乱期 を契機として新しい水準に増加し,それに伴い租税負担の水準も永続的に増加 するという見解を示している。また,Barro(1974,1978)は,リカードの等価 命題(Ricardian equivalence)の議論において,公債発行によって資金調達され た政府支出の増加が将来における増税として納税者に認識されるとしている。
このように,政府支出の増加は,租税負担の増加をもたらすとしている。
そして,第3の仮説は,収入と支出で双方向の因果関係が存在するという仮 説である。この仮説では,政府は,支出の望ましい水準とそれを賄うために必 要な収入を同時に選択しているといえる。例えば,Musgrave(1966)やMeltzer
and Richard(1981)は,そのような見解を支持する理論を提示している。最後
に,第4の仮説は,Hoover and Sheffrin(1992)やBaghestani and McNown(1994)
の実証研究で示されたように,収入と支出との間に因果関係がないという仮説 である。この仮説は,政府による支出と課税の機能が制度的に分離されている 状況を想定している。
これらの4つの仮説を検証する既存研究は,収入と支出の時系列データを使 用し,ベクトル自己回帰(VAR)モデル,または誤差修正モデル(ECM)の 枠組みで,Grangerの因果関係の検定に基づき実証分析を行っている
!
。そこで は,地方政府を対象として,その収入と支出の因果関係を分析する研究も進め られてきた。その一連の研究として,Marlow and Manage(1987,1988), Chowdhury(1988),Ram(1988),Joulfaian and Mookerjee(1990),Miller and Russek(1990),Payne(1998),平井(2002)等がある
"
。
(1) 諸外国における政府収入と政府支出の因果関係に関する実証研究の動向については,
Payne(1993),平井(2002,2010)を参照されたい。
(2) 地方政府の収入と支出の因果関係に関する実証研究については,Holtz-Eakin,Newey and Rosen(1989)やDahlberg and Johansson(1998)のように,パネルデータを使用し た分析も行われている。また,わが国の地方財政(都道府県)を分析対象とし,パネル データを使用した因果関係の実証研究として,高橋(2008),近藤(2010)がある。
−2− 香川大学経済論叢 214
しかし,Ewing,Payne,Thompson and Al-Zoubi(2006)が指摘しているよ うに,これまでの既存研究では,収入と支出の関係を検討する際に,政府の財 政が赤字であるか,黒字であるか,あるいは財政赤字(または財政余剰)が悪 化する状態であるか,改善する状態であるかは問題にされていない。この点に ついて,例えば,政府の政策立案者は,実際にはこれらの要因に依存して収入 と支出の決定を行っているかもしれない。既存研究における従来の誤差修正モ デルは,財政の不均衡による収入と支出の調整過程が厳密に対称的であること を暗黙に仮定している。上記のように,実際には調整過程が非対称的であると すれば,従来の誤差修正モデルで仮定されている対称的な調整過程はモデルの 定式化に誤りがあることを意味している。
そのため,近年,Ewing,Payne,Thompson and Al-Zoubi(2006),Zapf and Payne(2009),及びSaunoris and Payne(2010)は,長期均衡への非対称な調 整過程を考慮に入れたより一般的な分析方法を適用して,収入と支出の因果関 係を実証的に再検討している!。平井(2010)は,わが国の一般政府を分析対象 として,これらの分析方法を踏襲し,調整過程における非対称性を考慮する共 和分検定と誤差修正モデルの推定に基づき,政府収入と政府支出の関係を検討 した。その結果,財政が悪化しているときのみ,政府の収入と支出はともに長 期均衡に向けて反応することが示されている。
そこで,本稿の目的は,わが国の地方(都道府県)の財政を分析対象として,
Ewing,Payne,Thompson and Al-Zoubi(2006)等と同様に,収入と支出の2変 数間の長期均衡に向けた非対称な調整過程を考慮に入れて,地方の基礎的財政
(3) Ewing,Payne,Thompson and Al-Zoubi(2006)は,アメリカ合衆国の連邦政府を分析 対象として,政府の収入と支出が,財政が悪化する状態においてのみ長期均衡に向けて 反応するという分析結果を導いている。さらに,Saunoris and Payne(2010)は,英国の 中央政府について,財政の悪化に対する収入の反応は財政の改善に対する反応よりも大 きいとして,長期均衡への非対称な調整を伴いながら政府支出から政府収入への因果関 係が存在することを示している。これに対して,Zapf and Payne(2009)は,アメリカ 合衆国の州と地方政府を分析対象として,それらの総収入と総支出の因果関係を分析し ているが,長期均衡への調整過程における非対称性に関する証拠は得られないという分 析結果を示している。
215 都道府県財政における収入と支出の因果関係 −3−
収支をめぐる収入と支出の因果関係を分析することである。ここで,わが国の 地方財政においては,支出の決定について地方政府にある程度の裁量の余地が あるものの,地方の収入は国からの財政移転に依存して実質的には中央政府
(国)の意思決定により調達されているといえる。そのため,平井(2002)は,
地方(都道府県)の収入と支出の因果関係を分析することにより,地方財政を めぐる国と地方の意思決定のあり方を検討した。これに対して,本稿では,基 礎的財政収支をめぐる地方(都道府県)の財政運営のあり方を検討するために 収入と支出の因果関係の分析を行うことにする。
本稿の構成は,以下の通りである。まず第!節では,本稿の実証分析で使用 するデータや,非対称な調整過程を考慮に入れた場合の政府収入と政府支出の 因果関係に関する実証分析の方法を解説する。そして第"節では,地方(都道 府県)の収入と支出の関係について,その実証分析の結果を提示する。最後に,
第#節で結論を述べる。
!.データと実証分析の方法
1.データ
本稿の実証分析では,わが国の都道府県全体の財政を分析対象とし,1955 年度から2009年度までの年度データを使用して,政府収入と政府支出の因果 関係の検定を行う。使用される収入及び支出のデータはそれぞれ,平井(2002)
と同様に,各年度における沖縄県を除いた46都道府県の歳入決算額及び歳出 決算額の合計額である。ここで,都道府県データを用いる理由は,分析期間を 通して自治体間の合併による影響について考慮することを回避できるためであ る。また,沖縄県のデータは本土返還後1972年度から利用可能となるため,
データの一貫性から沖縄県を除く46都道府県の合計額を用いている。
そこで,既述のように,本稿では地方政府の基礎的財政収支をめぐる収入と 支出の因果関係を分析するため,政府収入("#$)は歳入総額から地方債収入 を差し引いたもの,そして政府支出("!$)は歳出総額から公債費を差し引い たものとする$。これらのすべてのデータ(名目値)は,『地方財政統計年報』の
−4− 香川大学経済論叢 216
2005
1955 2000
政府支出 政府収入
1995 1990 1985 1980 1975 1970 1965
1960 年度
兆円
0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55
各年度版より得られる!。図1には,そのような政府収入("#$)と政府支出("!$) の1955年度から2009年度までの期間における動向がそれぞれ描かれている。
図1より,とりわけ1990年代のバブル崩壊以降,都道府県全体では支出が収 入を大きく上回る状態が続いていたが,近年はその状態は回復する傾向にある ことがわかる。以下の実証分析では,上記の政府収入("#$)と政府支出("!$)
(4) 都道府県の収入と支出の因果関係に関する実証分析において,平井(2002)は,財政 調整基金による年度間での過不足の調整を排除するために,歳入総額からさらに財政調 整基金の取崩し額を差し引き,歳出総額からは同基金の積立額を除外している。本稿の 分析では,そのような財政調整基金による調整については考慮しないこととした。
(5) 都道府県の歳入と歳出に関する近年のデータについては,総務省ホームページの地方 財政統計年報から入手できる。また,それ以前の同データは,『地方財政統計年報』(地 方財務協会)より得られる。
図1 都道府県の収入と支出
注:政府収入と政府支出は,それぞれ沖縄県を除く46都道府県全体の収入
("#$)と支出("!$)である。
出所:『地方財政統計年報』各年度版より作成。
217 都道府県財政における収入と支出の因果関係 −5−
の2変数をそれぞれ実質値で表して,さらに自然対数をとった政府収入と政府 支出のデータを用いることとし,各変数を#"$%と#"!%で表示する。
そのため,各変数の実質化には,『国民経済計算年報』(内閣府経済社会総合 研究所)より,GDPデフレーターを使用する。ここで,このGDPデフレータ ーについて,最近時点までのデータは,1993年改訂の国民経済計算体系(93
SNA)より得られる。ところが,この93SNAのデータは!及して1980年度
までしか公表されていない。一方,国民経済計算における68SNAでは,1955 年度よりデータを入手することが可能であるが,データの終期は1998年度と なっている。これより,政府収入("$%)と政府支出("!%)の各変数を実質 化するためのGDPデフレーターについては,68SNAの1990暦年基準のデー タに基づき,68SNAにおける1998年度のデータを93SNAの当該データの伸 び率により延長して推計することとした。
2.分析方法
実証分析ではまず,政府収入(#"$%)と政府支出(#"!%)の各変数につい て単位根検定を行う。そのために,一般的な検定方法として,Dickey and Fuller
(1979,1981)によるADF(Augmented Dickey-Fuller)検定を適用する。さら に,Phillips and Perron(1988)によるPP(Phillips-Perron)検定も実行する。
これにより,政府収入(#"$%)と政府支出(#"!%)がともに1次の和分過 程に従うと判断されれば,次に,これら2変数が長期的な均衡関係にあるかど うかを検定する。共和分検定は,Engle and Granger(1987)に従って,次のよ うに検定(Engle-Granger検定)が実行される。はじめに,政府収入と政府支 出に関する次式の共和分関係式を推定する。
#"$%""!##"!%!$%! "
ここで,"式における残差$!%は財政の不均衡を意味している。そして第2段
階として,残差$!%に関する次式における%のOLS推定値に基づいて共和分検 定を行う。
−6− 香川大学経済論叢 218
%$$)#&$$)!"""
'#"
(#'%$$)!'"%)! "
ここで,%は1階の階差演算子,%)は誤差項である。上記の"式において,
帰無仮説は&#!であること,対立仮説は&"!である。これより,もし帰無 仮説を棄却できれば,残差$$)は単位根をもたないと判断でき,$"%)と$"!) は共和分関係にあるといえる。
しかし,Ewing,Payne,Thompson and Al-Zoubi(2006)において指摘される
ように,"式による共和分検定では,対称的な調整過程の枠組みの下で検定が
行われていることに注意すべきである。その対立仮説は,財政の不均衡の周り で対称的な調整過程を暗黙に仮定している。さらに,これに基づく標準的な誤 差修正モデルも,財政の不均衡による収入や支出の調整過程が対称的であるこ とを暗黙に仮定している。もし調整過程が非対称的であるとすれば,対称性の 仮定はモデルの定式化に誤りがあることを意味している。そのため,財政の調 整過程における非対称性を考慮したより一般的なモデルで分析を進める必要が ある。
そこで,財政の不均衡における非対称的な調整を考慮した誤差修正モデルの 可能性を探る た め に,Ewing,Payne,Thompson and Al-Zoubi(2006)に 従 っ て,Enders and Granger(1998)とEnders and Siklos(2001)によって提案され たTAR(Threshold Autoregressive)モ デ ル とM-TAR(Momentum Threshold
Autoregressive)モデルを適用する。いま,共和分回帰式!における残差を用い
て,"式の代わりに,TARモデルは次の#式と$式で推定される。
%$$)##)&"$$)!""&"!#)'&#$$)!"""
'#"
( #'%$$)!'"*)! #
ここで,*)は誤差項であり,#)は次の関数で与えられる。
#)#"
! '&
'&
$$)!"$'
$$)!""'
! $
このTARモデルについては,$式より,#)は1期前の財政の不均衡($$)!")に 219 都道府県財政における収入と支出の因果関係 −7−
依存する。これより,!式と"式は,財政の不均衡が閾値$からの正または負 の乖離によってどのように反応するかを,それぞれ#""$)!"と##"$)!"で捉える ことができる。したがって,TARモデルは,財政の不均衡が黒字であるか赤 字であるかにより,収入と支出の決定への効果が異なるかどうかを検討する。
一方,M-TARモデルは,関数$)について上の"式を次の#式に代えて,! 式と#式で推定される。
$)""
! (' ('
$"$)!"#$
$"$)!"!$
! #
上記の!式と#式に基づくM-TARモデルでは,その調整は,1期前の財政の 不均衡における変化($"$)!")に依存するとしている。そのため,M-TARモデ ルにより,財政の不均衡における変化について正の局面(すなわち,財政の改 善)の場合と負の局面(すなわち,財政の悪化)の場合では,収入と支出の決 定に対して異なる効果がもたらされるかどうかを検討できる。ここで,"式ま たは#式における閾値$は,Ewing,Payne,Thompson and Al-Zoubi(2006)等 の一連の実証研究と同様に,Chan(1993)の方法を用いて決定される。すなわ ち,閾値$は,TARモデルについては%"$)&,そしてM-TARモデルについては
%$"$)&を小さい方から大きい方へ並べ替え,その中から大小15%を取り除き,
残りの70%で残差平方和を最小化するものとして選択される。
上記の2つのモデル(TARモデルとM-TARモデル)における検定の手続き として,まず,共和分検定は,"統計量に基づき#""##"!の帰無仮説を検 定することにより行われる。さらに,もしこの帰無仮説が棄却されると,標準 的な"検定を使用して,対称的な調整過程,すなわち#""##の帰無仮説の検 定を実行できる。
そして最後に,これらの検定結果より,政府収入と政府支出の因果関係の検 定を行う。もしTARモデル,またはM-TARモデルによる検定において,政 府収入(%#&))と政府支出(%#!))の2変数間で共和分関係が存在しないと いう帰無仮説は棄却されるが,対称的な調整の帰無仮説,#""##は棄却され
−8− 香川大学経済論叢 220
ないという場合には,多くの既存研究のように,対称的な調整過程を仮定する 標準的な誤差修正モデルを推定する
%。一方,政府収入(%#&))と政府支出
(%#!))の2変数が共和分関係にあり,かつ財政の不均衡に対して非対称的調 整過程が存在することが判明すると,次式のような非対称的誤差修正モデル
(asymmetric ECM)を推定することにより,収入と支出の因果関係を検定する。
$%#&)##!"!
'#"
(#'$%#&)!'"!
'#"
($'$%#!)!'"$)&"%$)!""%"!$)&&#%$)!""*")"%
$%#!)##%!"!
'#"
(#%'$%#&)!'"!
'#"
( $%'$%#!)!'"$)&%"%$)!""%"!$)&&%#%$)!""*#)!&
ここで,*")と*#)は誤差項,%$)!"は共和分回帰式"における残差の1期前のラ グ付き変数であり,$)は#式または$式で与えられる。これより,%式の&"
と&#はそれぞれ誤差修正項,$)%$)!"と%"!$)&%$)!"に関する係数で,政府収入 の反応を表している。同様に,&式の&%"と&%#はそれぞれ誤差修正項,$)%$)!"
と%"!$)&%$)!"に関する係数で,政府支出の反応を表している。
%式と&式において,非対称的な誤差修正項の係数は長期均衡への調整を示 しており,これらの係数の値が)検定により有意であるかどうかに基づき,政 府収入と政府支出の長期での因果関係を分析する。さらに,収入と支出の2変 数間での短期の因果関係については,%式より,$%#!)が$%#&)のGranger 因果ではないとする帰無仮説は,$%#!)!'の回帰係数$'が"検定で有意であ れば棄却される。同様に,$%#&)が$%#!)のGranger因果ではないとする帰 無仮説は,&式より,$%#&)!'の回帰係数#%'が"検定で有意であれば棄却さ れる。
!.実証分析の結果
実証分析でははじめに,政府収入(%#&))と政府支出(%#!))の各変数に
(6) 標準的な誤差修正モデルの推定に基づく因果関係の検定については,平井(2010)を 参照されたい。なお,もし政府収入と政府支出の2変数間で共和分関係が存在しないと 判断される場合には,一般に,各変数の階差変 数 を 用 い てVARモ デ ル を 推 定 し,
Grangerの因果性検定が行われている。
221 都道府県財政における収入と支出の因果関係 −9−
ついて単位根検定を行う。表1には,ADF検定とPP検定による単位根検定の 結果が示されている。表1より,$"%'と$"!'の各系列は単位根をもち,そ の1階の階差変数,#$"%'と#$"!'はそれぞれ定常であることがわかる。し たがって,$"%'と$"!'はいずれも#$"%変数であると判断する。これより次 に,"式と#式に基づき,$"%'と$"!'の2変数間で共和分関係が存在する かどうかについて,Engle-Granger検定を行う。その検定結果も表1に報告さ れている。表1より,共和分関係が存在しないという帰無仮説は,10%の有意 水準で棄却される。そのため,政府収入($"%')と政府支出($"!')の2変 数は共和分関係にあると判断して,誤差修正モデルを推定することにより,2 変数間の因果関係を分析することができる。
しかしここで,第!節でも述べたように,標準的な誤差修正モデルは,財政 の不均衡による収入と支出に関する調整過程が対称的であることを暗黙に仮定 している。既述のように,財政収支が黒字であるか赤字であるか,あるいは財 政が改善する状態であるか悪化する状態であるかは,地方(都道府県)の収入 と支出の決定行動に非対称な効果をもたらす可能性がある。もし調整が非対称 的であるとすれば,そのような分析方法は政府の収入と支出の決定に関する
変 数 ADF検定 ラグ数& PP検定
$"%' −2.01639 3 −1.18943
#$"%' −4.81379*** 2 −4.82436***
$"!' −1.90594 1 −0.80572
#$"!' −3.32989* 3 −4.75047***
共和分関係式
$"%'"!!#$%!!!&%!$"!'!"'' −3.10426* 3 表1 単位根と共和分の検定
注:各変数における#は,1階の階差演算子である。ADF検定とPP検定は,ともに定数 項とトレンド項を含むモデルによる検定である。ラグ数&は,ADF検定における拡張項 の次数を表している。この次数は,最大次数を4とし,Ng and Perron(1995)に従って,
拡張項の回帰係数の推定値に関する'統計量の値の有意性に基づき選択されている。ま た,PP検定におけるラグ数は1としている。さらに,Engle-Grangerの共和分検定につい ては,#式に基づき共和分回帰式の残差に関してADF検定を行っている。
***は1%水準で有意,*は10%水準で有意であることを示す。
−10− 香川大学経済論叢 222
誤った情報をもたらすかもしれない。そこで,財政の調整過程における非対称 性を考慮に入れて,TARモデルとM-TARモデルによる共和分検定を実行す
る。そのTARモデルとM-TARモデルの推定結果は,表2に示されている。
まず,表2の2列目には,TARモデルにおける回帰係数,!"と!#の推定値 が報告されている。この!"と!#の推定値に基づき,帰無仮説,!"!!#!!
を,"統計量を用いて検定する。表2より,"統計量の値5.10761は,Enders and Siklos(2001)で与えられる10%の有意水準における臨界値6.79よりも小 さい。したがって,TARモデルでは,政府収入($#&()と政府支出($#!() の2変数間で共和分関係が存在しないという帰無仮説は棄却されない。次に,
表2の3列目には,M-TARモデルにおける回帰係数,!"と!#の推定値が報 告されている。上記のTARモデルと同様に,帰無仮説,!"!!#!!に関する
"統計量の値8.36855を,Enders and Siklos(2001)で与えられる5%(1%)
パラメータ TARモデル M-TARモデル
!" −0.387381(−2.64773) −0.063540(−0.48048)
!# −0.253825(−2.27606) −0.450428(−4.08535)
ラグ数' 3 3
閾値" 0.037448 0.004521
""!"!!#!!# 5.10761 8.36855**
""!"!!## 0.65045[0.42410] 6.06267[0.01761]**
AIC −123.140 −125.939
%統計量 0.257396[0.879] 0.059440[0.971]
表2 共和分と対称性の検定
注:TARモデルは!式と"式を用いて推定され,M-TARモデルは!式と#式を用いて推定 される。括弧( )内には,!"と!#の推定値に関する(統計量が示されている。ラグ数 'は,!式における拡張項の次数である。この次数は,最大次数を4とし,Ng and Perron
(1995)に従って,拡張項の回帰係数の推定値に関する(統計量の値の有意性に基づき選 択されている。共和分関係が存在しないという帰無仮説は,回帰係数の制約,!"!!#!!
によって検定される。この検定に関する"統計量の分布の臨界値は,Enders and Siklos
(2001,Table5,p.172)より得られる。また,対称的調整の帰無仮説は,回帰係数の制
約,!"!!#によって検定される。この検定では,標準的な"分布が使用される。%統計
量は,2次までの自己相関が存在しないという帰無仮説についてのLjung-Box統計量であ る。なお,括弧[ ]内の数値は'値である。
**は5%水準で有意であることを示す。
223 都道府県財政における収入と支出の因果関係 −11−
の有意水準における臨界値7.11(9.79)と比較すると,$#%'と$#!'の2変 数間で共和分関係が存在しないという帰無仮説は,今度は5%の有意水準で棄 却されることがわかる。
そのため,M-TARモデルにおいて,さらに,対称的な調整の帰無仮説,
$!"$"についての検定を行うことができる。この検定結果からは,標準的な
"統計量の値6.06267に基づき,対称性の帰無仮説は5%の有意水準で棄却
されることがわかる。したがって,M-TARモデルによる検定結果は,政府収 入($#%')と政府支出($#!')の2変数間で共和分関係が存在し,かつ財政 の調整が非対称性を有していることを示している。また,$!と$"の推定値よ り,$ $$!"$$ $"であることから,財政が悪化しているときの調整速度は,財政 が改善しているときのそれよりも速いといえる。ここで,上記の2つのモデル の選択をAIC(Akaike Information Criterion)の基準で判断すると,表2の結果 より,TARモデルよりもM-TARモデルが選択されることになる。
そこで最後に,M-TARモデルによる検定結果に基づき,"式と#式で表さ れる非対称な調整過程を考慮した誤差修正モデルを推定する。ここで,"式と
#式のラグ数&については,最大ラグ数を4として,&"!から&"$までを 設定してそれぞれ誤差修正モデルを推定した。表3には,&"$の場合におけ る誤差修正モデルの推定結果が示されている。表3より,"式と#式の誤差修 正項について,係数$&"の推定値は,'統計量で判断して5%の有意水準で統 計的に有意である。したがって,これより,!式における残差の1期前の変化
(##%'!!)が閾値%を下回る場合(すなわち,財政が悪化しているとき)におい てのみ,政府支出が財政の不均衡に対して反応するという結果が導かれること になる。それゆえ,誤差修正項を通じた長期の因果関係については,財政が悪 化するときにのみ収入から支出への因果関係があると判断される。なお,この ような結果は,ラグ数が&"!!"!#の場合にもそれぞれ同様に得られた。
また,表3では,短期における因果関係の検定結果も示されている。"式よ り,"統計量に基づき,#$#!'が#$#%'のGranger因果ではないとする帰無 仮説は,10%の有意水準で棄却されることがわかる。一方,#式より,#$#%'
−12− 香川大学経済論叢 224
が#%#!)のGranger因果ではないとする帰無仮説は,10%の有意水準では棄 却されない。これより,短期においては,支出から収入への因果関係が存在し ているといえる。ただし,この短期の因果関係の結果はラグ数が("%の場合 にのみ得られており,他のラグ数((""!#!$)では因果関係の存在は確認さ れなかった。そのため,上記の短期の因果関係の存在については不確定である といえよう。
パラメータ #%#') パラメータ #%#!)
"! 0.011595(1.50970) "'! 0.007532(0.85175)
"" 0.566465(2.03185)** "'" 0.101366(0.31582)
"# −0.008405(−0.02889) "'# 0.071078(0.21217)
"$ −0.465107(−1.85482)* "'$ −0.615176(−2.13094)**
"% 0.641436(2.55753)** "'% 0.569386(1.97195)*
#" 0.108694(0.45015) #'" 0.446579(1.60648)
## 0.261910(1.08253) #'# 0.152895(0.54891)
#$ 0.171462(0.75737) #'$ 0.526211(2.01895)*
#% −0.541391(−2.31901)** #'% −0.402940(−1.49918)
誤差修正項
%" −0.052177(−0.23028) %'" 0.081171(0.31116)
%# −0.039406(−0.19222) %'# 0.484645(2.05340)**
&統計量 2.53475[0.282] &統計量 1.49388[0.474]
短期の因果関係
"統計量 2.55385[0.05406]* "統計量 2.01027[0.11201]
表3 非対称的誤差修正モデルの推定
注:誤差修正モデルは,!式と"式に基づいて推定される。各推定値における括弧( )内 の数値は,)統計量を示している。%"と%#はそれぞれ,!式における誤差修正項,$)$&)!"
と$"!$)%$&)!"に関する係数である。また,%'"と%'#はそれぞれ,"式における誤差修正項,
$)$&)!"と$"!$)%$&)!"に関する係数である。&統計量は,2次までの自己相関が存在しな いという帰無仮説についてのLjung-Box統計量である。さらに,短期の因果関係に関する
"統計量は,!式では#%#!)が#%#')のGranger因果ではないとする帰無仮説,"式で は#%#')が#%#!)のGranger因果ではないとする帰無仮説についての検定統計量であ る。なお,括弧[ ]内の数値は(値である。
**は5%水準で有意,*は10%水準で有意であることを示す。
225 都道府県財政における収入と支出の因果関係 −13−
!.む す び
本稿では,わが国の(沖縄県を除く)都道府県財政を分析対象とし,非対称 的な調整過程を考慮に入れた共和分検定と誤差修正モデルを適用して,都道府 県の基礎的財政収支をめぐる収入と支出の因果関係を分析した。実証分析で は,政府の収入と支出の決定が,財政収支の不均衡の水準やその変化にも依存 すると考え,財政の調整過程における非対称性の可能性を考慮するために,
TARモデルとM-TARモデルに基づく新たな分析方法が適用された。
これより,まず第1に,とりわけM-TARモデルでは,政府収入と政府支出 は共和分関係にあり,かつ財政の不均衡における調整過程は非対称的であると いう分析結果が提示された。また,M-TARモデルの推定結果からは,調整の 速度は財政が改善している状態よりも悪化する状態の方が速くなることが示さ れた。そして第2に,M-TARモデルに基づく非対称的誤差修正モデルの推定 結果からは,財政が悪化しているときのみ支出が財政の長期均衡に向けて反応 するという分析結果が示された。それゆえ,わが国の都道府県全体では,財政 が悪化する状態においてのみ,収入から支出への因果関係が存在すると判断さ れた。一方,短期の因果関係に関する分析結果は,誤差修正モデルにおける変 数のラグ数に依存している。本稿で提示されたように,ラグ数が4の場合に は,短期において支出から収入への因果関係の存在が確認された。ところが,
他のラグ数では,因果関係の存在が確認されないことから,短期の因果関係に ついては明確な分析結果は得られなかったといえよう。
そこで,本稿での注目すべき分析結果は,非対称的誤差修正モデルの推定に より,都道府県の支出が財政の悪化に対してのみ反応するということである。
したがって,ここで導かれる政策的含意として,都道府県全体の財政が悪化し ている場合には,収入面からの操作が財政収支を改善するための有効な手段に なり得ると考えられる。ただし,政府の収入をどのように操作するかは,収入 の変化が支出の水準に正の効果をもたらすか,あるいは負の効果をもたらすか に依存する。もし収入の変化が正の効果を及ぼすとすれば,地方交付税等の国
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