【キーワード】
自然災害,災害看護,中長期支援 Natural disasters,Disaster nursing, Midterm support
【Correspondence】 菅原亜希
宮城大学看護学群 [email protected]
【Support】
研究助成・資金:本研究は,全国経済同 友会共同事業「IPPO IPPO NIPPON プロジェクト」の助成を受けて実施した支 援活動の一環として実施した。
【COI】
本論文に関して開示すべき利益相反関連 事項はない。
Received 2020.12.9 Accepted 2021.2.6
Abstract
OBJECTIVE: The purpose of this study is to clarify the perceptions and experiences of
survivors in the mid-term health support activities after the Great East Japan Earthquake and to obtain suggestions for such support in a large-scale disaster through the evaluation of such activities.
METHODS: Ten survivors who participated in the health support activities for more than
five years were interviewed. Verbatim transcriptions were made of the answers to the ques- tions, the reports of the experiences and perceptions of the health support activity, and the expressions of thoughts and feelings that arose through participation and support. These topics were then categorized according to their similarities and differences.
RESULTS: The following eight categories were extracted: “motivation for participation,”
“situation of the survivors at the time of participation,” “ripple effect of participation,” “ex- perience at the Smile Health School,” “experience at the Smile Farm,” “feelings of support,”
“difficulties in activities,” and “feelings after the disaster.” From these, 32 subcategories, and 68 codes were determined. The meanings of participation in the health support activities were described as providing survivors with a place to gather, time away from the disaster experience, and a positive sense of being well.
CONCLUSION: The health support activities helped to improve the participantsʼ daily phys-
ical activities, not only on the day of the event, but also by helping them to get in shape for that day and to apply what they had learned from participating in the activities to their daily lives. In order to provide support according to survivorsʼ physical and mental recovery states, external supporters must cooperate with local supporters. In addition, it is necessary to transfer the role of support to the local community while giving due consideration to the process so that the survivors do not feel left behind when the external support ends.
東日本大震災後 から 継続実施 してきた 被災地 での 健康支 援活動 の 評価 と 中長期支援 のあり 方
Evaluation of midterm health support in the disaster area of the Great East Japan Earth- quake and the ideal
菅原亜希,佐々木久美子,霜山真,真覚健,山田嘉明
Aki Sugawara,Kumiko Sasaki,Makoto Shimoyama,Ken Masame, Yoshiaki Yamada 宮城大学看護学群
Miyagi University School of Nursing
Miyagi
University
Research
Journal
背景
東日本大震災
は,2011 年 3 月 11 日 14 時 46 分
に発生
した三陸沖
を震源
とする最大震度 7
の東北地方太平洋沖地震
とそれに伴
う原子力発電所事故
による災害
である。
この地震
は国内観測史 上最大規模
のマグニチュード(Mw)9.0
を観測
し[1],広域
に及
んだ地震・津波
は甚大
な人的・
物的被害
をもたらした。
本学
では,発災後早期
に学生
と教職員
による被災地域
の瓦礫撤去作業
を行
った。
その活動
の中
で学生
からの「看護学生
としてできることは他
にないだろうか?」
という相談
が契機
となり,大学
とし て復興計画
を担
っていたA 町
において活動
したのが,学生
ボランティア団体
である「
みやぎ絆
むす び隊」
である。A 町
が行
った住民
の健康調査
の結果,3 分
の1
に生活不活発病
の可能性
があり, 生活不活発病予防
にともに取
り組
むこととなった。
A 町
における「
みやぎ絆
むすび隊」
の健康支援活動
は,学生
とともに教職員
と現地支援者
が一 体
となって取
り組
んだものである。
その内容
は,健康講話
や健康劇,体操,歌
などで構成
した「
スマ イル健康塾」
と,日常
の中
で身体
を動
かすことを目的
とした「
スマイル農園」
であった。「
スマイル健康塾」
は,A 町保健師
の助言
を受
けながら,2011 年 11 月
から2017 年 3 月
まで継続
した。「
ス マイル農園」
は2013 年 3 月
に耕起作業
を開始
し,同年 4 月
から季節
の作物
の植
え付
け,除草,
収穫
を住民
とともに行
った。開園 3 年目
を迎
えた2015 年
には,地区組織
に依頼
し,協力
の得
られ た会員
で構成
された住民
サポーターのグループと共同
で取
り組
むようになり,徐々
に住民
サポーター が活動
を主導
するようになり,住民主体
の活動
へと移行
していった。
日本
の災害医療・災害看護
の発展
は過去
の災害
の教訓
に基
づいている。1995 年
の阪神・淡 路大震災後
の1996 年
にはじめて防
ぎえた死 preventable death
が論
じられ[2],
その後
の急 性期災害医療体制
の整備
につながった。
また,災害後
のストレスや生活環境
の影響
による災害 関連死 [3]
や被災後
の心的外傷後
ストレス障害(PTSD)
が俎上
に上
がるなど[4,5],被災 者
の心理的
な問題
への意識
が高
まり,「
こころのケア」
としてより長期的
な被災者
のpreventable death
の予防
も注目
された。
さらに,2004 年
に発生
した新潟中越地震後
の調査
から,高齢者
の日 中活動量
の減少
と生活機能低下
が明
らかとなり,preventable disability
の予防
が新
たな課題
と なった[6]。
一方,災害
ボランティア活動
に目
を向
けると,阪神・淡路大震災時
には全国
から延
べ130 万人 以上
のボランティアが活動
し,「
ボランティア元年」
と称
された。
ボランティアの定義
には,自発性・
公益性・無償性
の3
つが含
まれる。防災
ボランティア(災害
ボランティア)活動
とは,災害発生時
から復興
に至
るまで,被災地
のために復旧・復興
を手伝
うボランティア活動
を指
し,家屋
の片付
けや炊
き出
し等
の直接的
な復旧支援
のみならず,被災者
の活力
を取
り戻
すための交流機会作
りや被災 者
への寄
り添
いなど,被災者
ニーズへの対応
を中心
とした活動
を行
うことである[7]。復興
とは,被 災
した地域社会
が災害前以上
の活力
を備
えることができるように災害
からの再建
を目指
す活動
であり, 被災者
の健康維持・自己管理
の支援
や生活再建
に向
けた支援
が災害看護
の主
な役割
となる[8]。
私
たちが行
ってきた活動
は,災害
ボランティア活動
の中
でpreventable disability
の予防
を主軸
と した被災者
の健康支援活動
として位置
づけられる。
未曽有
の災害
であった東日本大震災後
の外部
からの支援
は多岐
にわたったが,
ボランティアを受
けた側
である住民
の認識
や体験
から支援
を評価
した報告
は見当
たらない。
そこで本研究
では,中 長期
にわたり継続
してきた本活動
について,住民
の認識
と体験
を明
らかにし,
その活動
の評価
を行
い,大規模災害時
の中長期支援
のあり方
について考察
する。
研究目的
本研究
の目的
は,東日大震災後
の中長期的
な健康支援活動
における,住民
の認識
と体験
を明
ら かにし,健康支援活動
の評価
を通
して大規模災害時
の中長期支援
のあり方
への示唆
を得
ることで ある。
Miyagi
University
Research
Journal
研究方法 1.調査実施日
発災後 7 年 9
か月経過
した,2018 年 12 月 15 日
にインタビュー調査
を行
った。 2.研究対象者
および選定方法
「
スマイル健康塾」
および「
スマイル農園」
に参加
した住民
のうち,5 年以上継続
して参加
し た住民 10 名
を研究対象
とした。
サンプリングは便宜抽出法
であり,参加年数
および年間
の参 加回数
を考慮
して研究者
が研究対象者
を選定
し,順次研究
の研究目的・内容
および倫理的 配慮
について説明
し,10 名
になるまで研究協力者
を募
った。
なお,活動
の参加者名簿
から研究 協力
を依頼
する住民
の名簿
を別
に作成
し,研究協力者
が決定
した時点
でその名簿
のデータを消去
した。
また,依頼
が強制
とならないよう十分配慮
した。
3.
データ収集方法・手順 1)
データ収集方法
半構成的
インタビューを行
った。
インタビュー前
に,A 町
での活動
をまとめた冊子
を住民
に配付
し,同冊子
に掲載
している写真
のスライドショーを投影
しながら,活動
を振
り返
った。
イン タビューでは,以下
の内容
についてインタビューガイドを用
いて聴取
した。
・参加
したきっかけ・継続参加
した理由
・「
スマイル健康塾」「
スマイル農園」
での楽
しみ・自分自身
の健康面
について・今後,必要
と感
じている支援
・「
スマイル健康塾」「
スマイル農園」
での交流
を通
して,今後行
いたいと思
っていること2)
データ収集手順
(1)
インタビュアーは,
ともに活動
に携
わってきたA 町保健師,
みやぎ絆
むすび隊 OG(現保 健師),
みやぎ絆
むすび隊学生(看護学群 3・4 年生)
が担
った。住民 1 名
につき,A 町保健師
は単独
で,
みやぎ絆
むすび隊 OG
と4 年生
は3 年生
とペアを組
み,2 名
でイン タビューを行
った。
インタビュアーは,事前
に研究者
から紙面
および口頭
で,
インタビュー の方法
について説明
を受
けた。
(2)
インタビュアーが30 分程度
のインタビューをインタビューガイドに沿
って実施
した。
インタ ビューはA 町
にある施設
の和室(個室)
で行
った。住民
の同意
を得
たうえで,IC
レコー ダーにインタビュー内容
を録音
し,音声
データを収集
した。
(3)
インタビュー終了後,
インタビューでは話
せなかったことや内容
の訂正
について希望
がある場合
は,
インタビュー終了後 2 週間
はいつでも研究者
が連絡
を受
け付
けることを説明
した。 4.分析方法
音声
データを逐語録
に起
こし,一意味一文
となるように切片化
した。
インタビューの質問項目
に沿
って,質問
への回答内容,「
スマイル健康塾」
および「
スマイル農園」
の体験
や認識,参 加
や支援
を通
して生
じた思
いに関
わる記述
を抽出
し,内容
を表
すコードをつけた。
そのコードを類似性
と相違性
によって分類
し,
サブカテゴリ,
カテゴリを生成
した。
倫理的配慮
本研究
は,宮城大学研究倫理規程
ならびに日本看護協会看護研究
のための倫理指針
に基
づ き,本学研究倫理専門委員会
の承認
を得
て実施
した(宮城大第 728 号)。実施
にあたり,研究
の参加・協力
の自由意思
の尊重,研究参加
によって期待
される利益,予測
される不利益
や危険
とそ の対応,個人情報
の保護
の方法,研究
の中断
や辞退
の自由
の保障,研究結果
の公表方法
につい て,研究者
が口頭
および文書
で研究協力者
に説明
し,同意
を得
た。
インタビューはプライバシーの
確保
できる個室
で行
い,他者
に知
られたくない内容
は話
さなくてよいこMiyagi
University
Research
Journal
とを
説明
した。
また,
インタビューに応
じることによって住民
の被災
の記憶
が甦
り,悲嘆
や喪失感,苛 立
ちなどの感情
が生
じた場合
に,
インタビューを中断
し,感情
の整理
や平静
を取
り戻
せる場
を提供
で きるよう,A 町内
の施設
を実施場所
として選定
した。
結果
インタビューに
応
じた住民
は10 名(男性 2 名,女性 8 名),年齢 81.0 ± 6.02 歳(平均±標準 偏差)
であった。
インタビュー時間
は14 〜 38 分
で,平均 21 分
であった。分析
の結果,8
カテゴリ, 32
サブカテゴリ,68
のコードが抽出
された(表 1)。以下,結果
について,
カテゴリは【 】,
サブカ テゴリは≪≫,
コードは<>,語
りは『』
で記
す。
1.参加
のきっかけと背景
にあった状況
「
スマイル健康塾」
や「
スマイル農園」
への【参加
のきっかけ】
は2
つのサブカテゴリで構 成
された。参加住民
の多
くは,≪地域住民
から誘
われた≫
ことがきっかけで活動
に参加
してい た。震災前
から地域
に存在
していた,住民同士
が集
まる会
で誘
われたり,「
スマイル健康塾」
や
「
スマイル農園」
の運営
を手伝
っていた現地支援者
から誘
われたり,
いずれも顔見知
りから誘
われたことで参加
につながっていた。
また,<仮設住宅
が離
れ離
れになり,活動
のリーダーが誘
ってくれた>
という人
もいた。『私,津波後
に〇〇
の促進住宅
に入
ったの。
こっちの仮設
は当
た らなかったのね。電話
よこして,
そういうのがきっかけで,呼
ばれてね,来
たんです。(住民 G)』
住民
の中
には,仮設住宅
で過
ごすことに対
してストレスを感
じ,≪仮設住宅
を離
れる時間
がほ しかった≫
ために,活動
へ参加
した人
もいた。『
やっぱり震災
になってから仮設
にいて,
やっぱり寂
しいんだよね。家
の中
にばかりいるとかえっておかしくなっちゃうのね。
そして,
こういうのあるからと言
われて,
それじゃ行
ってみるかというわけで,
そして幾
らかでも体動
かせば,体
のね。
かえって,
あ の仮設
にいるとさ,体
おかしくなるし,頭
もおかしくなるから。(住民 C)』『農園
のほうやっているとい うことで,私
も連
れていってください,
とっても落
ち込
んでいて具合悪
くなってきて,
ここにいるのいやだっていうことで
,
いいよって言
われて,
そこから入
ったんです。(住民 F)』
そのような
住民
の【参加時
の住民
の状況】
はさまざまであった。≪何
もすることがなかった≫人
もいれば,避難
してきた別居家族
の世話
や被災
により病状
が悪化
した家族
の介護
で≪役割
が増
えていた≫人
もいた。災害時
こそ<
みんなと交
わって,友達
を増
やしていくようにみんなで考
えようと言
っていた>
というように,≪明
るくなろうとしていた≫人
もいれば,<
お世話
になった人
の遺体
を目
の当
たりにして落
ち込
んでいた>
という人
もいた。
また,被災
や避難
の影響
で≪身体的
な困難
があっ た≫人
もいた。
2.「
スマイル健康塾」
や「
スマイル農園」
における住民
の体験 1)「
スマイル健康塾」
における住民
の体験
【
スマイル健康塾
での体験】
は4
つのサブカテゴリによって構成
された。「
スマイル健康塾」
では
,被災
によって住
まいがばらばらになった地域住民
が,<近所
や仮設住宅
だけでなく広
い地域
の人
と交流
し,懐
かしい顔
に会
う>
ことができる場
であり,住民
は≪交流
が楽
しい≫
と感
じ ていた。
そのような交流
の中
でゲームをしたり,≪体
を動
かす≫
ことで,≪健康
が維持
できる≫
と感
じていた。
さらに,<大学生
と交流
して若
い力
をもらう>,<
すずめ踊
りに高揚
する>
など,≪
元気
になる≫体験
もしていた。特
に,
すずめ踊
りに元気
づけられた体験
を語
る住民
は多
くいた。
『私,大好
きなんです,
あのすずめ踊
り。特
に娘
すずめちゃん。(住民 A)』『
あいつがものす ごく思
い出
にあるな。
すずめ踊
りしたあの学生
さんたちの。
あれで,楽
しいし,元気
づけられた な,
あのすずめ踊
り。(住民 C)』
2)「
スマイル農園」
における住民
の体験
一方, 【
スマイル農園
での体験】
は4
つのサブカテゴリによって構成
された。「
スマイル健 康塾」
と同様
に,住民
は≪交流
が楽
しい≫
と感
じており,住民同士
や学生
との交流
を通
して≪ 元気
をもらう≫体験
をしていた。
また,農作業
は初
めての住民
もおり,草取
りから収穫
までの作 業
や,作業後
の食事
までの過程
を含
めて≪農作業
を楽
しむ≫時間
となっていた。
そして,内陸
Miyagi
University
Research
Journal
で
行
ったこの活動
は,住民
にとって≪被災
を忘
れて時間
を過
ごせる≫場
にもなっていた。『
うち にいるとどうしても津波
のことから,
すっかりうちから海
が見
えるの,瓦礫
だけでね。瓦礫
だらけで, 毎日死体
が上
がるので,
とてもそれを見
るのが嫌
で,
そっちに行
くと忘
れるんです。空気
が清々
し くていいし,別世界
に来
たような感
じで。
そして皆
さんとお話
もできるし,
そういうところがここに来
ていると
忘
れるんです。(住民 F)』
3.参加
の波及効果
【参加
の波及効果】
は6
つのサブカテゴリで構成
された。<活動
での体験
を生
かして,日常
の身体活動
を増
やす>
ことや,<活動
に参加
できるように体調
を整
える>
など,住民
は≪健康行動
をと るようになった≫
と語
り,
それらを通
して≪身体機能
が向上
した≫感覚
を得
ていた。『
とにかく自分
の健康
に注意
しないと参加
できないものだから,
その健康
をまず考
えて,
そして何
かあったときは,必
ず参加
できるように自分
で健康
を管理
しています。(住民 B)』『私
は毎日,30 〜 40 分
ずつ歩
いてい るんです。(前
から)
やっていたのではないんです。
やっぱりこういうなのがきっかけで。(住民 H)』
『健康塾
は,本当
に1
センチくらいのジャンプもできなかったんですけれども,
だんだんにできるように なってきて。(住民 A)』
また
,<顔見知
りが増
え,声
をかけ合
うようになった>
など,活動
への参加
を通
して得
たつなが りにより,≪地域
での交流
が活発
になった≫
と感
じていた。『
さまざまのに出
るな。
おかげで。私,
今本当
に,
おっかあ亡
くなったけれども,一番楽
しい生活
してるな。
だって,本当
にあれだな,何
だかんだってみんな誘
ってくれるでしょう。(住民 C)』
その
他,≪地域
を知
ってもらえた≫
ことの喜
びや≪大学
への親近感
が沸
くようになった≫
ことも語
られた。
4.今後
の支援
について今後
の支援
に関
する語
りは, 【支援
への思
い】
と【活動
における困難
さ】
の2
つのカテゴリに分
けられた。
【支援
への思
い】
は4
つのサブカテゴリで構成
された。≪支援
を続
けてほしい≫
という思
いが ある一方
で,<被災
の程度
が違
うから,
いろいろな意見
があって迷
う>
や<他
の地域
にも被災者
がいるのに支援
を受
け続
けていいか迷
う>
といった,≪支援
を受
け続
けることへの迷
いがある≫状 態
であった。『
ほかのほうにもいっぱい被害
に遭
った人
たちがいるからなあとも思
ったり,楽
しいなと思
ったり,
あれば楽
しいなと思
ったりもしています。(住民 F)』
住民
の中
には,地域
の人口減少
や高齢化
を案
じ,≪地域
として自立
を目指
す≫
ことを望
む声
も聴
かれた。『多分
しばらく年数
はかかると思
うんだけれども,徐々
に徐々
に自立
していってほしいな。 一番
は人口
が減
っていますでしょう。学生,小学生
も,本当
にうちの部落
って1 人
や2 人
の時代
ですので。戻
ってきてほしいんですけれどもね。(住民 A)』
また,今後
の支援継続
にあたっては,
<住民
と学生
がより交流
できるよう工夫
したほうがよい>
という意見
もあった。
【活動
における困難
さ】
は2
つのサブカテゴリによって構成
された。加齢
に伴
い,活動
への参 加
が難
しくなっている地域高齢者
の存在
や,関節痛
や移動手段
の確保
といった≪参加
への障壁
がある≫
ことが語
られた。
また,当該地域
には大学
がなく,≪大学生
への遠慮
がある≫人
もいるこ とがわかった。
5.被災後
の思
い【被災後
の思
い】
は4
つのサブカテゴリで構成
された。住民
は,震災後
のさまざまな支援
に対
し て感謝
しており,東日本大震災後
に他
の地域
で災害
が起
きたとき,仮設住宅
にいながら募金活動
をするなど,≪助
けてもらった分,恩返
ししたい≫
という思
いを抱
いていた。
その一方
で,<子
どもを亡
くした人
はまだ立
ち上
がれない><人
が流
されていく様
を今
でも思
い出
すことがある>
など,震災後 7 年以上経過
しても,
なお≪被災体験
が胸
につかえる≫体験
をしていた。
この体験
は,自身
の被災 体験
のことだけでなく,他者
の被災
についても生
じており,震災前
と同
じ生活
を取
り戻
した住民
にとっ ては,<家
が残
って申
し訳
ない>
という思
いにつながっていた。『全然変
わらないって,何
かだから皆
さんに申
し訳
ないというのが残
っているんです,
このごろ。
だから,
まちに行
っても途中
で会
うでしょう,
「
いいですね,
おうち残
って」
と言
われるのが一番
つらかったですね。(住民 A)』『私
たちなんか,
Miyagi
University
Research
Journal
〇〇会館
さんにいたんだから。
だから,
もうすっかり,
もう病院流
れる,
ちょうど窓
が後
ろにあってそこ から見
たら,
ベッドまんま流
れるのがまともに見
えたので,
たまにやっぱり思
い出
すとね。(住民 H)』
また
,震災
を機
に故郷
を離
れた人
からは≪生
まれ故郷
へ戻
りたい≫
という思
いが,故郷
で暮
ら し続
けている人
からは,自分
の生
まれ育
った地域
に対
して≪活気
ある地域
になってほしい≫
という思
いがあることが語
られた。
表1-1.参加住民へのインタビューから形成されたカテゴリ
カテゴリ サブカテゴリ コード
参加のきっかけ 地域住民から誘われた 既存の所属組織や住民サポーターから誘われた(A・B・D・H・I・J)
地域のこれからを話し合う場で誘われた(E)
仮設住宅が離れ離れになり、活動のリーダーが誘ってくれた(G)
仮設住宅を離れる時間がほ しかった
仮設住宅で家の中にばかりいると体も頭がおかしくなる(C) 落ち込んでいて、仮設住宅にいたくなくて、参加したいと伝えた(F) 参加時の住民
の状況
身体的な困難があった 体が不自由だった(A・C)
帯状疱疹は出る、膝が痛い、体が痛いところだらけだった(F)
何もすることがなかった 家にいるばかりで何もすることがなかった(D)
明るくなろうとしていた みんなと交わって、友達を増やしていくようにみんなで考えようと 言っていた(B)
精神的に落ち込んでいた 仮設住宅にいて寂しかった(C)
お世話になった人の遺体を目の当たりにして落ち込んでいた(F)
地域住民と離れて生活して いた
親しかった住民と離れて生活していた(G・H)
役割が増えていた 子どもの家族が避難して来ていて、孫の面倒を見ていた(F)
家族の病状が悪化して、入院のために別の地域で生活していた(H)
参加の波及効果 身体機能が向上した 徐々に体力がついた(A)
健康行動をとるように なった
活動での体験を生かして、日常の身体活動を増やす(B・F・G・H・I)
活動に参加できるように体調を整える(B・J)
地域での交流が活発に なった
顔見知りが増え、声をかけ合うようになった(A・C・D・G)
活動をきっかけにみんなで集まる(A・B)
他の活動にも積極的に参加するようになった(C)
大学への親近感が沸く ようになった
宮城大学や看護学生と聞くと反応してしまう(A・E)
主体性が高まった 住民サポーターが楽しそうに活動している(E)
地域を知ってもらえた 自分が生まれ育った地域を多くの人に知ってもらえた(E)
被災後の思い 被災体験が胸につかえる 家が残って申し訳ない(A)
子どもを亡くした人はまだ立ち上がれない(E)
被災の程度が違うから、住民同士の会話にも気をつけながら話す(A)
人が流されていく様を今でも思い出すことがある(H)
活気ある地域になって ほしい
若い人が減って寂しい(D)
寄り合う場の完成を楽しみに待つ(J)
助けてもらった分、
恩返ししたい
災害と同じくらい支援の温かさに衝撃を受けた(E)
仮設住宅にいても他の地域のために募金活動を行った人たちがいた
(E)
生まれ故郷へ戻りたい いつかは故郷へ戻りたい(G)
支援への思い 支援を続けてほしい 空気のきれいなところでのんびりしたいから農園は続けてほしい(A)
農園には行けないから健康塾は続けてほしい(B)
移動手段が確保できる集まりを続けてほしい(C)
体を動かしたり話したりする機会として続けてほしい(H)
支援を受け続けることへの 迷いがある
被災の程度が違うから、いろいろな意見があって迷う(A)
他の地域にも被災者がいるのに支援を受け続けていいか迷う(F)
住民と学生が交流できたほ うが良い
住民と学生がより交流できるよう工夫したほうがよい(E)
地域としての自立を めざす
徐々に自立していきたい(A)
活動における 困難さ
参加への障壁がある 年齢的に参加が難しくなってくる(A・G)
関節痛があるために農作業が難しい(F・G・I)
移動手段がないと集まれない(B・H・I)
大学生への遠慮がある 大学生に緊張する人もいる(E)
Miyagi
University
Research
Journal
表1-2. 参加住民へのインタビューから形成されたカテゴリ
カテゴリ サブカテゴリ コード
スマイル健康塾 での体験
交流が楽しい 近所や仮設住宅だけでなく広い地域の人と交流し、懐かしい顔に会う(C)
絆をつくることができる(B)
津波のことも話すけれど、みんなと話すことが楽しみだった(F)
みんなの顔を見て、共同作業(ゲーム等)をするのがおもしろい(A・G)
元気になる すずめ踊りに高揚する(A・C・G・H・I)
大学生と交流して若い力をもらう(B・I)
気持ちが明るくなった感じがする(H)
健康が維持できる 健康維持になる(B・F・J)
脳の活性化になる(A・B)
体を動かす 体操が楽しい(B・G・H)
スマイル農園 での体験
交流が楽しい みんなと会えるのが楽しみ(A・G・I・J)
話し相手が増える(D・J)
学生の反応が面白い(D・G・J)
被災を忘れて時間を 過ごせる
いろいろな植物を見て四季を感じる(D)
家族を亡くした人もいて笑い顔がなかったから、みんなの笑い声が聞けて 嬉しい(E)
海から毎日死体が上がるのを見るのがつらく、農園に行くと忘れられた(F)
海が見える窓を開けることがつらかったから、海の見えないところで解放 された(I)
気持ちが和らいでのんびりできる(A)
農作業を楽しむ 痛みを忘れて農作業をした(F)
初めての農作業を楽しんだ(D・J)
作業後の食事がまた楽しい(A・F・G・J)
収穫が楽しい(D・F・I・J)
元気をもらう 学生の存在に元気をもらう(D・E・F・G・I・J)
みんなと会えて元気になって家に帰る(G)
考察
「
スマイル健康塾」
での住民
の体験
には,健康
が維持
できることや体
を動
かすことが含
まれており, 実際
にジャンプができるようになるなど,住民
は身体機能
の向上
を体験
していた。「
スマイル農園」
での
住民
の体験
として,住民
は農作業
を楽
しんでおり,楽
しみながら体
を動
かすという「
スマイル農 園」
の目標
は達成
された。以上
のことから,生活不活発病予防
として一定
の成果
があったと考
えら れる。「
スマイル健康塾」
も「
スマイル農園」
も住民
の日常的
な活動
ではなかったが,住民
は「
ス マイル健康塾」
や「
スマイル農園」
での体験
を生
かして,日常
の身体活動
を増
やす行動
を実践
し ていた。
また,活動
に参加
できるように体調
を整
えるというように,「
スマイル健康塾」
や「
スマイル農 園」
が健康維持
への動機
づけになっていたことも明
らかになった。以下,被災者
のニーズの視点
か ら本支援活動
を評価
し,大規模災害時
の中長期的
な支援
のあり方
について考察
する。
1.被災後
の住民
の状況
と生活不活発病
リスク災害時
の生活不活発病
を起
こす因子
として,「参加
の低下」,「環境
の悪化」,「遠慮」
の3
つがあり,
それらは相互
に関連
している[6]。
「
スマイル健康塾」
は2011 年 11 月(発災後 7
か月)
に初
めて開催
した。同年
の8 月
には, A 町
の応急仮設住宅(町外建設
を含
む)2,195 戸
が完成
しており[9],被災住民
が仮設住 宅
へ入居
した時期
であった。当時
の住民
の状況
には,役割
の増加
もあったが,何
もすることがな かったという「参加」
そのものの減少
と,身体的
な困難
や気分
の落
ち込
みといった心身
の状況,
地域住民
と離
れるという環境
の変化
といった,「参加」
の減少
をもたらす心身機能
の低下
と「環 境
の悪化」
があった。
また,発災後 7 年以上経過
した調査時
においても,被災後
の思
いとして, 申
し訳
なさや被災体験
の違
いへの気遣
いが語
られ,健康支援活動
を開始
したころの住民
は,
よ り強
いサバイバーズ・
ギルトsurvivorʼs guilt[10]
を体験
していたと考
えられる。
サバイバーズ・
ギルトは
心的外傷反応
の一部
であり[10],社会的孤立
との関連
が報告
されている[9]。社会
Miyagi
University
Research
Journal
学者
の関
は,被害
の多
いところが被災
の中心
となり,被災者自身
でさえ被害
の程度差
によって自
ら を周辺化
すると述
べている[11]。
すなわち,
サバイバーズ・
ギルトは苦痛
な心理反応
であるにも かかわらず,支援
の「遠慮」
をはじめとする自己犠牲的行動
をもたらし,「参加
の低下」
につな がりうる。以上
から,本支援活動
の参加者
においても,発災 1 年目
には生活不活発病
の3 因子
の存在
が捉
えられた。
2.健康支援活動
への参加
と被災者
のニーズ生活不活発病
リスクから健康支援
へのニーズがあったことは明
らかであるが,心身機能
の低 下,
コミュニティからの分離,
サバイバーズ・
ギルトを体験
していた住民
が健康支援活動
に参加
したのはなぜだろうか。
語
られた参加
のきっかけの多
くは,震災前
の交際関係
に基
づいた勧誘
であった。外部
からの支援
に対
し,「
もっと被害
の大
きい人
がいる」「
もっと傷
ついている人
がいる」
と遠慮
する住民
にとっ て,同
じ被災住民
から誘
われ,「行
ってもいいのかな」
と保障
が得
られることで参加
につながったと考
える。阪神・淡路大震災
から20 年後
に行
われた調査
では,心理的苦痛
を抱
えたまま適応的
に生活
している人々
の存在
が疑
われ,
そのような人々
へどう支援
を届
けるかが中長期的
な被災者
の心理的支援
の課題
とされた[12]。
このことから,被害程度
の差
によって支援
を受
けることに消極的
になっている住民
には支援
が届
きにくいことがわかり,参加
への潜在的
ニーズがあったと考
える。一 方,友達
を増
やして明
るくなろうとしていた人
や,避難先
が散
り散
りになるなど,
それまで親
しかった人
となかなか会
えない環境
にいた人
もおり,被災後
の再会
や集
える場
への顕在化
したニーズもあった。
さらに,開催場所
までの移動
に使
うバスのルートと停留場所
の決定
は住民
サポーターが行
い,身
体的
に困難
を抱
える住民
も参加
しやすい環境
が整
えられたことで,参加
が促進
されたものと考
える。
もう一
つの参加
のきっかけは,仮設住宅
を離
れる時間
への要求
であった。住民
は仮設住宅
に いることでの不快
な感情
を体験
していた。Horikoshi
らの報告[13]
と同様
に,仮設住宅
は住 宅同士
が密着
しているうえに壁
は薄
く,住居面積
も狭
いため,一軒家
で暮
らしていた住民
はそれま でにない居住環境
によってストレスを抱
えていたと考
えられ,仮設住宅
を離
れられることが参加
の動 機
となっていた。
3.被災住民
にとっての集
うことの意味
2013 年 3 月(発災後 2 年)
の「
スマイル健康塾」
では,参加住民
が歌
や踊
りを披露
した。 元気
でいることや笑
うことへの抵抗感
が少
なくなってきた時期
であり,住民
サポーターに住民
の様 子
を尋
ねながら,住民同士
の交流
が一層深
まり,
にぎやかに過
ごせるようなプログラムの工夫
を行
った。
そして,2013 年 4 月(発災後 2 年 1
か月)
には「
スマイル農園」
を開園
した。 「
スマイル健康塾」「
スマイル農園」
に共通
する住民
の体験
は,交流
が楽
しい,元気
になるということであった
。
その中
では,被災体験
を分
かち合
うことよりも,再会
の喜
びや共同作業
の楽
し み,相互連帯感
が語
られた。体験
を語
ることで気持
ちの整理
をするトーキング・
スルー[14]
は被災後
の心理的回復
をもたらすとされているが,「
あなたたちは家
があっていいね」
と言
われ,何
も言
えなくなってしまうなど,被災体験
の相違
により地域内
のコミュニケーションが減
っていくことも報 告
されている[11]。A 町
においても自宅
の被害
や家族
の死
など,住民
の被災体験
は様々
であっ たが,参加
によって相互連帯感
が生
まれていた。住民
の「津波
のことも話
すけど」
という言葉
か らは,
トーキング・
スルーのように自
らの被災体験
を具体的
に語
ることは少
なかったのだと思
われ る。再会
を喜
ぶ中
で「
まず無事
でよかった」
と声
をかけ合
って確認
し,大変
な災害
から生
き延
びたという共通体験
によって相互連帯感
が強
まったものと考
えられる。
また
,自分
より被害
の大
きかった住民
の笑
い声
が聞
けて嬉
しいということも語
られ,
サバイバー ズ・
ギルトの緩和
にも寄与
していたと捉
えられた。Tanaka
ら[9]
は,阪神・淡路大震災後 1
〜 5 年経過
した時期
の罪悪感
や喪失感
といった苦痛感情
が社会的孤立
を招
いていたことを報 告
している。Underwood[10]
もまた,
サバイバーズ・
ギルトをもっている人
は日常生活
を回復
するための地域社会
を失
っていると述
べている。本支援活動
によって,住民
が互
いに少
しずつ笑 顔
を取
り戻
していく様
を見
られたことでサバイバーズ・
ギルトが緩和
されていったことと,
サバイバー ズ・
ギルトを抱
きながらも継続的
に集
まる機会
をもち続
けたことが相互
に作用
し,住民
の心的回復
Miyagi
University
Research
Journal
が
促
され,元気
でいることへの肯定感
がもたらされたのだと考
える。
さらに
,「
スマイル農園」
での象徴的
な住民
の体験
は,被災
を忘
れて時間
を過
ごせるということ であった。震災
から2 年
が経過
してもなお,海
を見
るのがつらかったり,
そのために窓
を開
けること ができなかったりする人
がいた。「
スマイル農園」
は,海
から離
れた内陸部
での活動
であった。 一方,「
スマイル健康塾」
もA 町内
のホテルで行
っており,震災前
からある華
やかな場所
での共同作業
や体操
を通
して,故郷
の喪失
や死傷者
との遭遇
といった被災体験
から離
れる時間
を提 供
していたと考
えられる。
この住民
の体験
から,集
う場所
も考慮
すべき重要
な要素
であることが示 唆
された。
4.移行期
の支援
「
スマイル健康塾」
は2017 年 3 月(発災後 6 年)
で終了
し, 「
スマイル農園」
は現地住民
サポーターによって現在
まで継続
している。被災地支援
としての活動
をいつまで継続
するかは議 論
となったが,A 町
における復興住宅全戸
が完成
したことで本支援活動
を終了
した。
しかし,住 民
は,他
の災害
に心
を痛
め,支援
を受
け続
けることに迷
いを感
じながらも,支援
を継続
してほしい と思
っていたことが明
らかとなった。災害後
の幻滅感
は災害
がもたらした様々
な喪失
を認識
するこ とで生
じ[14],A 町
の住民
は,人命,住居,震災前
の人間関係,海
を愛
しむ心
など,物心両
面
の喪失
を体験
していた。2014 年 7 月(発災後 3 年)
にA 町最初
の復興住宅 84 戸
が完 成
し,2017 年 3 月(発災後 6 年)
に全戸
が完成
したが[15],仮設住宅
で形成
されたコミュ ニティの分断
や徐々
に減少
する外部
からの支援,「
わが家」
の喪失
など,住民
の喪失体験
は継 続
していたものと考
えられる。幻滅期
に強
い影響力
をもつのは局外者
の態度
であり,被災者
が「
も う立
ち直
って平常状態
を回復
しているべきで,外部
からの格別
の配慮
や支援
を求
めるべきでな い」
と思
うことを期待
するような態度
を局外者
が示
しがちであると指摘
されている[14]。私
たちが,
「
スマイル農園」
の運営
を住民
サポーターと共同
で行
うようになったのは2015 年(発災後 4 年)
であった
。発災後 7 年目
に行
った本調査
では,地域
の自立
や活性
を望
む声,助
けてもらった分 恩返
ししたいという被災後
の思
いが語
られ,地域
での交流
が活発
になった,住民
サポーターが楽
しそうに活動
しているという語
りから,住民自身
が積極的
に地域活動
に参加
するようになったことが わかった。
これらは,発災後 4 年目頃
の住民
の思
いとは異
なる可能性
はあるものの,継続
して地 域住民
が交流
できる場
を提供
しながら,徐々
に住民自身
が活動
の担
い手
となっていけるよう支援
し たことで,住民
の地域
における役割遂行
や参加
の促進
につながったと考
える。一方,災害
からの立
ち直
り状況
の個人差
が広
がるこの時期
においては,外部
からの支援
の終了
により,住民
が取
り残
されたような感覚
にならないよう十分
な配慮
が必要
である。
5.大規模災害時
の中長期支援
のあり方
災害後中長期
には,避難所
から仮設住宅,災害公営住宅
へと被災者
の生活環境
が変化
す るため,災害看護
では,
それに応
じて被災者
が健康的
な生活
を立
て直
すことができるように支援
を行
う[16]。本研究
において,被災後
には,被災
の程度
に関
わらず生活不活発病
リスクが生
じていた。
そのため,被災住民
の健康支援
を通
じ,preventable disability
の予防
を図
ること が重要
である。
さらに,大規模災害
では復旧・復興
に時間
を要
することから,生活環境
の変化
に伴
うストレスが長期
にわたり,継続的
な被災
や繰
り返
される喪失
を体験
することから,心理面
へ の配慮
も重要
となる。本研究
では,被災住民
が集団活動
への参加
を通
して相互連帯感
を高
め ており,部分的
であっても互
いの災害
からの回復
が確認
できることで,心的回復
が促
されていたと考
えられた。
その際,考慮
すべき事項
として,被害
の程度差
によって生
じる罪責感
への配慮
や被 災体験
から離
れられる実施場所
の選択
が考
えられた。
そして,復興住宅
への入居
が始
まる頃
は, 災害
からの立
ち直
り状況
の個人差
が拡大
している時期
でもあるため,必要
な人
へ継続
して支援
が届
くよう,現地
に役割
を移行
していくことが求
められる。
このような
外部
からの支援
が,自治体
や住民
のニーズに合
った支援
となるためには,現地支援 者
の協力
が不可欠
である。地域
の課題
の認識
を共有
してくれる現地
の保健師
や,住民
の状況
を把握
している住民
サポーターの存在
によって,長期的
に地域
に受
け入
れられ,住民
の主体性
を引
き出
す関
わりができると考
える。
Miyagi
University
Research
Journal
結論
A 町
における本学
の健康支援活動
である「
スマイル健康塾」,「
スマイル農園」
は,実施日
のそ の時
だけでなく,
その日
に向
けて体調
を整
えることや,活動
に参加
して知
ったことを日常生活
に生
かすな ど,住民
の日常
の身体活動
の向上
に役立
っていた。
その背景
には,被災体験
から離
れられる安心
できる環境
と集
うことを通
して得
た元気
でいることへの肯定感
があった。大規模災害時
の中長期的支 援
においては,住民
の心身
の回復状況
に応
じた支援
となるよう,現地支援者
との協力
が求
められる。
そして,外部
からの支援
の終了
により,被災者
が取
り残
されたような感覚
にならないよう十分
に配慮
し ながら,現地
に役割
を移行
していくことが求
められる。
Acknowledgement
本支援活動
は,全国経済同友会共同事業「IPPO IPPO NIPPON
プロジェクト」
の助成
を受
けて実施
した。
また,本論文
は,2011 年
から2018 年
の活動報告書『東日本大震災
みやぎ絆
むすび隊 活動
を未来
へつなぐ』
に掲載
した内容
に考察
を加
えたものである。
本活動
にあたり,A 町保健師
や行政区長,民生委員,住民
サポーターの皆様
に現地支援者
と して継続的
に協力
いただいたこと,
また,本活動
の一部
を住民活動
として継続
していただいていること に深
く感謝申
し上
げます。
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