人 文 論 叢 (三重 大 学) 第2 3号 2 0 0 6
マ レ ー シ ア の籾殻 発 電 に関 する基 礎 研 究
朴 恵 淑・ 荒 井 茂 夫・ 宇 都 宮 陽二朗・ 中川 正 ・ 福田 和 展・ 鹿 嶋 津・ 西 村 智 朗・ 宮 岡 邦 任・ 上野 達 彦
1 . は じ めに
日本の電 力 会 社は地 球 温 暖 化 対 策の 一 環と して、 自 然エネルギ ー に よ る発 電を全 電 力 量の
1 0‑ 1 5% を 占め る義 務か課せ ら れて いる。 1 9 9 7 年の温 暖 化 防 止 京 都 会 議 (c o p s) で の 「 京 都 議 定 書」 によ り、 日本は、 2 0 0 8‑ 2 0 1 0 年まで に 1 9 9 0 年に比べて 二酸 化 炭 素 量を6 % 削 減す る義 務が生じて いる。 し か し、 産業 部 門を は じ め 運輸、 民生部 門にお け る大 幅な二酸 化炭 素の 増 加によ って、 目標の達 成は極めて難しくな って いる。
中部 電力は、 これ まで にオ ー ストラリア にゆ か りの植 林な どによ る共 同 実施 行って釆た。 ま た、 タ イで の籾 殻 発 電 事 業を通じ た発 展 途上国とのク リ ー ン開 発メカニ ズム (C D M) によ る クレジッ ト を貰うこと をも視 野に入れ た国際 戦 略に基づく 積 極 的に取 り 組んで いる。 し か し、
先 進 諸 国との共 同実 施 ( JI) によ る二酸 化 炭 素 削 減の手 法は クレジッ ト が貰え ない 一 方で、 発 展 途上国とのク リー ン開 発メ カニ ズム (C D M) は削減に伴う ク レジッ ト を貰うこと か ら、 今 後、 発 展 途上国との C D M につ い てさ ま ざ ま な 工夫が必 要 不 可 欠と なっ て いる。
中部 電 力は、 東 南ア ジ ア の稲 作か ら出る籾 殻の燃 焼を利 用し たバイ オマス発 電の実 験 的な取 組を タ イにおい て行っ て いる。 これ まで にマ レ ー 半 島を は じ め、 東 南アジア諸 国は、 稲の収 穫
に伴う多 量の籾 殻の処 分に悩ま さ れてき た。 稲 作を中心 と す る東 南アジア の稲 作か ら出る籾 殻 は、 そ の供 給が充 分で安 定して いること か らバイ オマ ス発 電の燃 料 供 給 源と して有 効な価 値を 有す ること か ら、 今 後その重 要 性が増す と考え ら れ る。
本 研 究は、 マ レ ー シ ア にお け る籾 殻 発 電の可 能 性につい て、 人 文 ・ 社 会・ 自 然 科 学の分 野を 横 断 的に繋 ぐ学 際 的・ 総 合環 境 学 的 観 点か ら考察す ること を目 的と して いる。 具体 的に、 マレ ー
シ ア にお け る稲 作の状 況や、 籾 殻の扱い、 安 定 供 給のた めの経 済・ 社 会シ ス テ ム の特 性な ど を 把 握す る第1 段 階と して、 自 然 環 境の バ ック グラウンドであ る地 形、 気 候・ 水 文 学 的 特 徴を掴 むこと や、 人 文 社 会 的背 景と して、 政 治・ 文 化 ・ 産 業・ 農 業 ・ c D M の可 能 性につい て マ レ ー
シ ア で の基 礎 調 査を実 施し、 資 料 収 集や現 地の専 門 家や行 政 担 当 者か らの ヒ アリングを 行っ た 結 果を ま と め たもの であ る。
2 . マ レ ー シ ア北 部K E D A R 低地の地 形 (1) は じ めに
3 月1 日セ ントレ アを 立 ち、 S ingapole、 K u ala Lu m pu r を乗 り 継ぎ、 Pin a ng 空 港に到 着し
た。 翌日P in a ng か ら北 方、 約8 0 k m 離れ た A lo rSta r へ タ ク シ ー で移 動し た。 高 速 道 路で、
途 中 休 憩を交え約2 時 間 程 度の距 離であ る。 途 中で見た 丘陵 地のほ と ん ど はO il palm に利 用 さ れ、 そ の中にプラ ン テ ー シ ョ ン の就 労者 住 宅ら し き集 落が散 見さ れ た。 マ レ ー 半 島 中南 部の 山地に多い ゴ ムは高速 道 路 沿い の丘陵地には認め ら れ ない。 区画 整理 さ れ た平 野 部には調 査を
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人 文 論 叢 (三重 大 学) 第2 3号 2 0 0 6
実 施し た乾 季の 3月ではpad i の切 株が認め ら れ るのみであ る。 現 在の 二期 作は、 杉 本 (1 9 8 2) 及び野 崎 (1 9 8 6) によ れ ば、 組織 的には第2次 大 戦 中に現 地日本 軍 政 府が半 強 制 的に台 漕 を種 籾 を 作 付す る な どによっ て開始さ せ た が、 1 9 4 4 年の乾 季 作では失 敗し た が翌4 5 年には成 功す る な ど、 失 敗と成 功が半ば し た が、 本 格 的な二期 作の導 入は1 9 7 0 年 代と さ れ る。
(2) Keda r 低 地と その周辺の地 形
p in a ng 島の砂 塀上に発 達す るG e o rgeT o wn か ら半 島へ ば橋を わ たり、 対 岸のマ レ ー 半 島部
の But terw o rth か ら高 速 道 路をA lo r Sta r へ 向かい北 上す る が、 途 中の But te r w o rth か ら3 0 余
km 付 近に位 置す る標 高3,9 9 2 fe et の G .Je r ai 山 ( 写 真1) の東 麓丘陵地 帯を越え る とK eda r 低 地に入る。 こ の山 地の東の丘陵 地を通 過す る高 速 道 路 沿い の小 露 頭にはラ テラ イ ト 土壌が、 比 較 的大き な露 頭では山地の基 盤 をな す砂 岩や頁 岩が顔 を 出して いる( 写 真2)。 G .Je r ai 山はこ れ らの構 成 層と酸 性 火 成 岩の質 入か ら な る が、 山 体の高 所は 主に貫 入 岩か ら構 成さ れて いる。
ya n 集 落に臨む G .Je r ai山 北 西 部の標 高6 0 ‑ 7 0 m 付 近に認め ら れ る緩 傾 斜 面は沖 積 低 地と
は急 崖で隔さ れ、 海 岸 段 丘 面と推 定さ れ る。 こ の Y a n か ら北 方の K a nga r にか けては約7 5 k m
の平 滑な砂 質 海 岸 をな す K eda r 低 地が広が る。 こ の平 野は東の タ イ国との 国 境を な す
N aka w a n 山地 及びK edah 山地に限ら れ、 平 野の東 西 距 離は北 部では1 6 km 、 Jitr a で 2 0 k m 、
A lo rSta r で 2 6 k m 、 南の Ya n で 1 3 km を有し、 や や短 冊 状の平 面 形 をな す。 な お、 日本で同 様の輪 郭 をな す海 岸 平野と して、 九 十 九里平 野が考え ら れ る。 九 十 九里平 野 を 時 計 回りに丁 度、
9 0 度 近 く 回 転さ せ た状 態を想 定す れ ば凡そ の地 形 を 理 解でき よ う。
上部 第3 系の頁岩、 砂 岩、 磯岩や古 生 代 石 炭 紀の砂 岩を伴う千 枚 岩、 粘 板 岩、 頁 岩か ら な る N aka w a n 山 地 及び中 生 代三 畳紀の砂 岩、 シ ル ト岩、 頁 岩の混 合 層、 主に流 紋 岩と凝 灰 岩の火 成 岩、 下 部で石 灰 岩 及び磯 岩、 チ ャ ー ト よ り な るK edah 山 地とkeda r低 地との境 界 部には粘 土、 シ ル ト及び硬か ら な る堆 積 岩や変 成 岩が分 布す る。 標 高3 0 fe et 以 下の平 野 部に は
A lo rSta r 北 東 部で沖 積 面と比 高2 1 0 m 余 を 有す る 三畳 紀やペ ル ム紀の石 灰 岩か ら な る丘が散 在す る が、
一 般に海 陸 成の粘 土 及びシ ル ト、 砂、 磯を伴う ピ‑ ト か ら構 成さ れ る。 こ の海 岸 平 野 ( 沖 積 低 地) は、 主に水田に利 用さ れて いる が、 1 9 5 6 ‑5 7 発 行の地 形 図によ る と、 濯 概 用 水 路が張り巡ら さ れ、 既に区 画 整理 が実 施さ れて いる。 1 9 4 2 ‑ 4 3 ( 昭 和1 7,1 8 年) に現 地日 本 軍 政 府が英 領マ レ ‑ 植 民 地 作 製の 6 3,3 6 0 分の 1 地 形 図の応 急 修正 により 作 製し た5 万 分1 地 形 図 ( 所 謂 外 邦 図) で も、 すで に K eda r 低 地の K a nga r 付 近で は濯 概 用 水 路が認め ら れ、
早 期か ら地 形の人工改 変が進んで いたこと が示さ れて いる。
3月3 日‑ 4 日の K eda r 事 務 所とJE T I 精 米工場 訪 問の際に車 中よ り観 察し た 一 瞥では、 調 査 範 囲が限ら れ、 群 盲 象 を 撫で るの観が あ る が、 地 形 図そ の他 資な ら びに その解 釈を加え Keda r 低 地とそ の周辺の地 形、 特に平 野 部の微 地 形の発 達の 2,3 に つい て以 下に記 載す るこ とに し たい。 本 記 載は地 形 発 達に関す る予 察であり、 今 後の十 分な現 地 調 査により、 情 報を収 集し、 検 討 を加え る必 要が あ る。
A lo r Sta r を中心 と す る K eda r 低 地は東 側の標 高1 2 0 ‑ 1 4 0 m 余の丘陵やA lo r Sta r の北 西
1 8 ‑ 2 2 km 及び9 km に位 置す る G .Keria ng、 三角 点7 1 4 (2 3 5 m) な どの数 個の孤立 丘 を除 くと5 0 fe et以 下のき わ めて低 平な沖 積 低 地を な し、
一 般に水田に利 用さ れて いる ( 写 真3)。
これ らの丘陵は、 北部はPe r mia n、 南 部ではT ria s sic の石 灰 岩よ り構 成さ れ、 いず れの丘 も、
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朴 恵 淑 他 マ レー シ ア の籾 殻 発 電に関す る基 礎 研 究
石 灰 岩の孤立峰を な し、 所 謂、 H aァsta ck と推 定さ れ る。 東 側の N aka w a n 山地の山 麓部を な す 丘陵の周辺 は5 0 ‑1 0 0 fe et の高 度にあ り、
一 般に、 樹 木 畑と して利 用さ れ る が、 上記の Y a n 付 近に見ら れ る海 岸 段丘 と同 様の段丘 が発 達して いる と推 定さ れ る。 Ya n 付 近と同 様、 本 地 域の今 後の精 査が必 要であ ろ う。 これ らの丘陵 部の山 地 斜 面の標 高1 5 0 fe et 以 上で は 一 般に Ju ng le を な す。
こ の K edar 低 地の土壌は野 崎 (1 9 8 6) に よ れ ば、 モ ン モリロ ナイ ト系 粘土鉱 物 を 多 量に含 む重 粘な海 成土壌で、 酸 性が強 く、 酸 性 硫 酸 塩土壌で あ る と さ れて いる が、 5 0 万 分の 1 土壌 図 (Soil Su rvey D ivisio n ,1 9 6 8) によ れ ば、 K eda r 低 地の A lo rSta r より 北の沖 積土壌は、 海 岸 沿い の K e r a njiか ら、 内 陸に向かい、 C he ngai、 T elok‑G u a r、 C he ngai土壌が、 ほぼ M alaya n R ly よ り東 側で は河川氾 濫 原 堆 積 物、 低 位 河 岸 段 丘 堆 積 物の H uta n‑Se mbrin 土壌が発 達す る。
一 方、 A lor Sta rの南では、 海 岸 沿い の K e r a nji か ら、 内 陸に向かっ て、 Telok‑G u a r、 C he ngai 土壌が、 こ の東 側には河 川氾濫 原 堆 積 物、 低 位 河 岸 段丘 と さ れ るH uta n‑Se m brin 土壌が発 達 す る。 A lo r Sta r 南 部では海 側に C he ngai 土壌を欠き、 直ちに Telok‑G u a r が海 岸 沿い の
K e r a nji土壌に続 く。 土壌 分 布か ら判 断す る と恐らく 予 想のと おりであ ろ う が、 こ の Telok‑
G u ar 土壌が他に比 較して泥 質で、 泥 炭に富み、 その泥 炭 層の層 厚が大であ れ ばラグー ン堆 積 物と解 釈さ れ る。 こ の T elok‑G u a r が海 岸に近 接す ること ば、 その西 側に発 達し た砂 州が、 海 蝕によ る海 岸 線の後 退によっ て、 かっ て ラグ ー ン であっ た地 域まで、 侵 蝕が及んで いることを 示して いる。 全 世 界で同 時に生じ た沖 積 世の高 海 水 準 時を経て現 海 水 準へ の海 面 低 下の過 程の 中で、 keda r 低 地 ( 海 岸 平 野) が形 成さ れ た が、 本 平 野の表 層土壌の分 布か ら平 野 内部にお け る地 形 変 化の地 域 差 ( 北 部よ り南 部の海 岸線が後 退して いること) が示 唆さ れ る。
平 野 部の海 岸 線に着 目す る と、 山 地が海にせ ま る タ イ国境より 北 側のタ イ領では烏肢 状の三 角 州が見ら れ る。 一 方、 K eda r 低 地の南 方に位 置す るS. K e ria n の形 成し た平 野では弧 状三角 州が発 達して いる。 対 照 的に、 こ の K eda r 低 地のほぼ中 央 部を流れ るK eda r 川の形 成す る現 三角 州は、 や や カス プ状を な し、 尖 角三角 州と見ること が でき よ う。 これ は、 東 方の
N aka w a n 山地 及び, Kedah 山 地や丘 陵 地 を 流れ る小 河 川の供 給す る流 出土砂 量が少なく、 一 方で は、 マラッ カ海 峡の沿 岸 流が強 く土砂 移 動が相 対 的に著しいた め と推 定さ れ る。
日本で同 様の輪 郭を な す九 十 九里平 野に認め ら れ る な顕 著な浜 堤や砂丘地 形はこ の K eda r 低地で は、 ほ と ん どの発 達してないよ うであ る。 K edar 低 地の濯 減 水 路の発 達に見る よ うに英 領 植 民 地 時 代、 日本 統 治 時 代 及び その後の土地 改 良を受け平 野 部の地 形の人工改変が著しい こ とにもよ る。 九 十 九里平 野にお け る平 野の微 地 形の発達は、 地 殻 変 動 もあ る が、 中緯 度に位 置 す る 日本が偏 西 風や顕 著な冬 季の季 節 風の影 響 下にあり、 これ らの微 地 形の発 達に好 条 件であ ること を示して いる。 な お、 九 十 九里平 野 北 東 部で ラグ ー ンを な す椿 海が地 形 図上の土地 利 用
パタ ー ンと して認め ら れ た が、 土地 改 良事 業 ( 耕 地 整理) 後の編 図では不 明 瞭と な って いる。
A lo r Sta r 付 近で、 S.A . M e ng kude、 S.K .S im pa ng とS.Be s a r の 3 河 流が合 流して K eda r 川と な る が、 これ らの川は、 K eda r 低 地を西 流し、 A lo r Sta r の西1 1 k m (Ku ala K edah) で
M ala c c a 海 峡に注 ぐ。 こ の K eda r 川は東の丘陵地か ら平 野に入る と曲 流を開 始し、 旧河 道 跡
を示す湿地を両岸 部に残して いる。 こ の平 野の集 落は、 K eda r 川に限ら ず、 旧流 路や川 幅の狭
い現 流路 及び濯 概 用 水 路に沿って発達して いる。 こ のよ うに、 Keda r 低 地 ( 海 岸 平 野) で比 較 的 大き な Keda r川 を は じ め、 北 部の K a ngar 付 近 を 流れ るS.Pe rlis な どの小 河 川 も 同様に曲 流を示し蛇 行 帯を形 成す る が、 そ の幅はK eda r 川の約4 ‑ 5 k m に比べ狭 く2 k m 程 度し か な
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