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比喩の文芸 : 萬葉の枕詞から

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(1)

比喩の文芸 : 萬葉の枕詞から

著者 廣岡 義隆

雑誌名 三重大学日本語学文学

巻 10

ページ 63‑71

発行年 1999‑06‑27

URL http://hdl.handle.net/10076/6542

(2)

比喩の文芸 ■高葉の枕詞からー

一、はぃしめに

「枕詞」とは一体何か。コ愚書監の時代には、枕詞という

用語はなかった。「枕詞」の呼称の初見は、土橋寛氏によると

顧昭のヨロ今集註』 (序注)であるという(注一)。序注は寿

永二年(一一八三)に注進されている。ここでは『高葉菜』の

中で一回しか使われていない「孤例の枕蘭ごを取り上げ、その

機能を重んじて、比喩の側面から見てみようとするものである。

橋本達雄氏霜の「枕詞一発」 (注二)によって枕詞を検索す

ると、嚢中で用例が一例の「孤例の枕詞」は一九六寄

を数える。その「枕詞一瞥巴中、全枕詞は三九八誇であるから、

約半数が「孤例の枕詞」となる。「孤例」であるものを枕詞と

認定してよいかどうかという用語上の陸路に紛れこむことは避

け、今はその「枕詞」の表現価値に注目したい。右で確認した

ように、高菜時代には「枕詞」という用塾胃日体が存在せず、た

だ表現として歌の中にあったのである。その表現に注目したい

というのが本稿の意図するところである。

虞 岡

義 隆

以下は、そうした「孤例の枕葡ごの中から三件を取り上げて、

その巧みな表現を見るものである。

一一、荒后一の

恋人を隔てるものとしては、大きなものでは山や川がある。 ‥つるはしとあがもふいもを山川をなかにへなりてやすけ

くもなし (15・三七五五、中臣宅守、注三)

以下に見る「垣」は、山や川といった大規模なものではなく、

家を取り囲むものであり、ごく日常的に見られたものである。

①里人の言縁妻を荒垣の外にや書見む悪く有らなくに

(11・二五六二、注四)

①の歌に見られる「荒垣の」が枕詞であをのかそうでないの

かの詮索は今は頓に置き、その表現効果を見ることにしよう。

まず憂の中で「垣」は、どのように措かれているので

あろうか。

②花細し葦垣越しに直一日相ひ見し児故千遍嘆きつ

(u・二五六五)

‑63‑

(3)

この②の歌は、葦垣、即ち刈り取った葦を束ねたどこにでも

ある垣を措き、その垣根越しに一目見た彼女に恋焦がれてしよ

うがないと嘆く歌である。その葦壇の中は花が咲き満ちている。

初句の「花ぐはし」は花で美しい様をいう。形容詞の基本形が

連体修飾の機能をもって下の体言にかかってゆく盲用法である。

おそらく線化が咲き満ちていたので垣根を覗いたのに速いない。

そうしたきっかけによる一目惚れの歌である。初句の「花ぐは

し」は、葦垣の申の花を措いているだけではなく、垣の中の児

彗をも象徴する含意があるQ

③人間守り遭垣越しに吾妹子を相ひ見しからに事そさだ多

(u・二五七六)

②の歌は偶然のきっかけが二人を出合わせたが、この③の歌

は目当ての吾妹子が垣の中にいて、「人間」 (人のいない聞)

をねらってこっそりと覗き見したというのである。人間を狙っ

たのに、コ言そさだ多き」 (噂がしきりに立つ)と嘆いている

歌である○

亀の中の似児草にこよかに我と咲まして人に知らゆな

(u・二七六二)

④の歌は、垣の中の「似児草」を措きそのこコの青から第三

句「にこよかに」の序詞としている。こコ草とは元来は「柔ら

かい草」の意味をもつ普通名詞であり、アマドコロやハハコグ

サなどの植物をあてる説があるが、その比定は明らかでない。

注意してよいのは「似児葺」と表記されていることである。作 者未詳の歌であるが、おそらく件者は文字に馴れ親しんだ天平 貴族であろう。「嘘女に似ている草」 (似児草)と表記された

この上旬は単なる序としてあるのではなノ\彼女そのものの隠

喩として措かれていると見てよい。下旬は、「私と頼笑みを交

わすのはよいが、人目につかないように」と彼女の頼笑み攻勢

にタジタジとなっている自身をあからさまに措いている。彼女

の余りにもオープンな姿勢に、蹄躇している男の様である。

⑤吾妹児が家の垣内のさゆり花ゆりと云へるは不欲と云ふ

に似る (8・一五〇三)

⑤の歌は女性の拒否を受けた歌である。この歌の第三句まで

は序詞であり、垣の中で咲いている百合を措き、その百合(ユ

リ)の青から「ユリ」 奪の語を導いている。この歌の序詞

においても「垣内の小百合花」は④の「似児草」同様に、高度

に象徴的なスケッチ、即ち彼女の隠喩として措かれていると見

てよい。

⑧あしかきのくまとにたちてわぎもこがそでもしほゝにな

きしそもはゆ (20・四三五七)

⑥の歌は、上総国の防人がその門出の様を詠ったものであり、

別れの場としての「葦垣」が措かれている。

⑥の歌は別れの場であり他と異なるが、①〜⑤の歌の「壇」

は、いとしい女性を隔てるものとして措かれている。

⑦春去れば宇の花ぐたし吾が越えし妹が垣間は荒れにける

かも

(10・一八九九)

64

(4)

⑧章毎の未掻き別けて君越ゆと人にな告げそ事はたな知れ

(13・三二七九)

⑦・⑧の二首は「隔て」としての垣を越える歌である。一線

を越えた二人が措かれるが、入り口から適うことは許されてい

ない。この「垣根の通い」は、娘を守る母の眼を盗んでの適い

であることを意味している。『伊勢物盗巴第五段の「わらはべ

の踏みあけたるついひぢのくづれより通ひけり」も、こうした

表現の流れの上に位置するものである。

さて⑦の歌はウツギの生け垣を措く。越えるとあるから、低

い垣根である。かつては卯の花を押し渡して通い、衣服を汚し

た煩わしい記憶も今はなつかしいというところであろ・笑何か

事情があって通わなくなり、荒れてしまったと嘆いている歌で

ある。荒れたのは男が通わなくなったからではなく、垣根の手 入れをしなくなったからであり、それは女性の不書意味して

いる。女性がこの世から去り、母親は老年に達しているのであ

ろうか。その辺の事情は何も措かれていない。「垣間」は「垣

間見る」の語を形成することばであるが、今の場合はことさら

壇のすき間という意味ではなく、「垣」そのものを意味してい

るのであろう。

⑧の歌は、⑦の垣よりもやや丈高い葦垣で、生け垣ではな7\

刈った葦を挿し込んだ壇である。草原を掻き分けるように、挿

し立てた垣の葦を左右に分けて越える様である。この歌は、そ

の「垣根通い」を受け入れる女性の歌ながら、垣根通いのこと を他人に告げないでと「な……そ」の表現で一基厳している。第 五句の「言はたな知れ」 (私の希望はしっかり聞いて)は哀願

よりも厳命に近い。

右の歌における「垣」 「葦垣」は歌の景であり、枕詞ではな

い。こうした「垣の歌」の線上に、⑨〜⑫の「葦垣の」という

枕詞が存在する。

⑨わがせこにこひすべながりあしかきのほかになげかふあ

れしかなしも (17ユニ九七五) この歌だけ巷見れば、女歌である。②′・1ノ⑥の歌に見られた垣

が専ら男を隔てるものとして存在していたのに対し、⑨の歌で

は、女が垣根の外に出、男に恋い焦がれる様が描かれている。

ではあるが、徒労に終わり、自嘲しているとい・コ歌である。基

本的にこのように読みとってよい。現実の贈答は、大伴地主が

大伴家持に恋の女歌の形式を借りて贈った歌である。

ー65‑

こ ひ

⑳あしかきのほかにもきみがよりた〜し孤悲けれこそばい

めに見えけれ (17・三九七七)

夢(いめ)を歌う女歌で、相手が患う故に自分の夢に現われ

ると詠む当時一般の夢の型に依拠した歌である。実はこの歌は、

大伴家持が大伴地主の⑨の歌に返した歌である。この他主と家

持の歌よりも以前に次の表現がある。

⑫・・・葦壇の 恩ひ乱れて…(9・一八〇四、田辺福麻邑)

⑫・・・遭垣の

息ひ乱れて…(13・三二七二、蓋

いずれも長歌の一節である。ここには、葦垣の「外」で泣き、

(5)

恋焦がれ、患い乱れる姿が事実以上にリアルに措かれている。

⑫は挽歌、⑫は相聞の歌である。 こういった表現の積み上げの具に、「荒垣の外」という表現

は成立してい絶てつま‑‑...しか

にく

①里人の言縁妻を荒垣の外にや書見む悪く有らなくに

(u・二五六二)

里人はしきりに彼女と私の仲を言い立て、噂の中では妻にま

でなってしまっている(第一・二句)。そういう風に噂を立て

られるので、逢いたくても逢うことが出来ない。「荒垣」とは

作り方がしっかりしていない垣で、隙間がいっぱい出来ている 垣をい・笑入ろうと思えば壇の隙間からいとも簡単に入って行 くことが出来る。心底憎からず患っているのに(第五句)、噂

が高いだけに逢うに逢えないという嘆きがこの歌にはある。

本稿は枕詞における比喩文芸性を見る観点から、「孤例の枕 詞】の中から適宜三件の枕詞を取り出し、見るものである。こ

の内、「荒垣の」については、賀盲明氏が「万葉情意萬」の観

点か.ら、「垣」

「章毎」

「荒垣の」などについて、詳しく分析

されており、本稿と重なるところが少なくない。当稿は賀盲氏

論とは別個に書きあげたものであるが、脱稿後1賀盲氏論に気

付いた。とは言え、取り上げ方が異なっているので、このまま

にしておく。読者はより詳細な賀盲明氏の論者(注五)を参照

されたい。なお賀盲氏の論者には、以下で見る「朝髪の」及び 「壇木の」は見られない。

一二、朝髪の

大伴坂上郎女が、大伴家の田庄(跡見庄)から、都の宅で留

守をしている娘の大嬢に送った歌がある(題詞「大伴坂上郎女

従跡見庄聾女子大嬢歌一首井短歌」)。その長歌の反歌が

次の⑬の歌である。

⑬朝髪の念ひ乱れてかくばかりな姉が恋ふれそ夢に見えけ

(4・七二四)

この歌を見る前に、「ゼ巴は『萬葉集』中でどのように措か

れているかを見ておこう。

⑯人音は今は長しとたけと言へど君が見し髪乱れたりとも

(2・一二四)

三方抄弥が園臣生羽之女を要った時の歌であると題詞にある。

⑭はその娘子の歌。この歌の第四句「君が見し髪」とほ「君が

愛撫,した髪」であり、たとえ乱れたままでも手を入れたくない

という歌である。「乱れ髪」の語は与謝野晶子によって誰もが

知っている語になっているが、既に『青葉集』にその様が措か

れているQまた、

⑬朝宴吾は琉づらじ愛はしき君が手枕触れてしものを

(11・二五七八) この作者未詳の歌も女歌である。この歌も⑭の歌と同様であ

‑66‑

(6)

り、あなたの腕枕が触れていた髪だから、そこに櫛を入れるこ

とはしないというのである。二首ともに、共寝の後の朝髪の乱

れを詠んでいる。

こうい・基現の上に、大伴坂上郎女の「朝髪の・・」の表現が

ある。ただし、大伴坂上郎女歌における「念ひ乱れて」に男女

の共寝の事実があるわけではない。単なる娘の寝乱れ髪を想い

やって歌い送っているに過ぎないものである。ただ、表現とし

て、母を恋い慕うあまりの娘の寝乱れ髪と措き、しかも「念ひ

乱れて」に男女の共寝のイメージまでも重ねて楽しんでいる歌

であると言えよ・笑

高菜の中には「黒髪敷きて」とい・て平安朝の「衣片吸音」

につながる表現が見られる。 ・置きて行なば妹恋ひむかも敷細の黒髪布きて長き此の夜

(4・四九三)

●ぬばたまの勢ぃ副引u良き夜を手枕の上に妹待つらむか

(u・二六三一)

・……ぬばたまの 矧矧矧割竹 人の凍る 味眠は睡ずて

(13・三二七四)

・・…・・ぬばたまの 黒髪敷きて 人の凍る 味涙は宿ずに

・・・・・・

(13・三三二九) ・……あけくれば 門によりたち ころもでを をりかへ しっつ ゆふされば とこうちはらひ ぬばたまの

髪しきて いつしかと なげかすらむぞ…… ・(17・三九六二)

・・…・・いはひべを とこへにすゑて しろたへの そでを りかへし ぬばたまの くろかみしきて ながきけを まちかも恋ひむ はしきつまらは (20・四三三こ

これら「黒髪」の表現については、島田修三氏に歌語生成の

面からの考察があるので(「万葉の黒髪†1歌語の生成をめぐ って」注六)、今一々の歌に触れることを避けるが、女性の髪

には熱い情念が渦巻いていると言えよう。

このように見ると、「朝髪」の語には後世歌語化する条件が

揃っていると言えよ・笑ところが、枕詞「朝髪の」にしても、

歌語「朝彪巴にしても、その定着を見ない。しかし、この常に

注意を払った歌人が皆無ではなかった。

67

・あさかみのおもひみだれてあぢきなくわれのみ物をおも

ふころかな (光線集・五一七)

惑大鵬巴七

この歌の作者、藤原光線は生没年未詳ながら中世の歌人であ

る。近世になるとさすがにこの誇に注意を払う人が出てくる。 ・玉づさのつかひもこぬか朝l矧司おもひみだれてこひつつ

をれば (鈴屋集・一八四〇) 『新編国歌大観』九

・よもすがら恩ひあかして朝がみのみだるるこころ人はし

らずや (亮々遺稿・九】五) 覇編国歌大観』九 ・朝髪のみだれにたぐふ桜ばな春のかがみと何むかひけむ

(柿園詠草・一六〇) ⊇製栴国歌大観』九

順に、本居宣長、木下重文、加納諸平の歌である。

(7)

ー川H、埋木の

枕詞以前に、「埋木」の誇について、解釈に搾れがある。例

えば璧別国語大辞典

上代鍔』 (三省堂、一九六七年一二

月)には、

埋もれた木。木の幹が土や水の中にながくうまって、炭化 し化石のようになったもの¢材質は黒檀に似る。・・・用例略

…(万一三八五) (「うもれぎ」の項) とあり、苫畠天守澄 (中田祝夫氏編、小学館、一九八三年

一二見)にも、

水底や地中にうずもれて炭化し、化石状になった木。質は

黒檀に似ている。…用例略・・・(万葉・七・一三八五)…用

例略・・・(古今・恋三・六五〇) (「うもれ嘗」の①の導

とある。この「化石状になった木」という解を採ってよいもの

かどうか、理解に苦しむ。F日本国語大辞典』

(3、小学喝

一九七三年五且)の次の記述の方が、「化石状云々」よりは穏

やかである。

樹木が長い年月、水中、または土中にあって炭化してでき た木質亜炭の一種。黒茶色で材質が堅く、細工物に用いら

れる。*万葉‑七・二;八五…用例略… *古今‑恋三・

六五〇…用例略…(他例、略) (「うもれぎ」の①の項)

次の『角川古語大辞典』 (第一巻、角川書店、一九八二年六見) の記述はより詳細である。

舌代の樹木が、水中や土中に埋れたまま年月を経て炭化し

たもの。特に仙台地方名取川の境木は有名である。質は黒

檀に似ていて、器具・装飾品などの用材として珍重される。

また、これで香道用の炭を作る。和歌にも多く詠み込まれ、

堪れたまま人に顧みられない境涯にたとえられる。…用例

略・・・〔古今・恋三〕・・・用例略…〔拾遭・雑下〕 簡略)

(「うもれぎ」.の[山=黙)の項)

「壇木」の或る場合には右に見るような硬化した材という意味 も恐らくは認められるのであろ・ちしかし、歌句表現に見られ

る「境木」の解として、右のように理解するのは何としても苦

しい。F日葡辞書』に、

ウモレギ(埋れ木) 土に埋没したり、覆われたりしてい

る木。たとえば、谷に落ち込んで土に覆われてしまった木、

など。 竃mOreg亡i.) (土井忠生民地絹訳【邦訳臼葡辞書』岩波書店、一九八〇

年版による) 重曹きを響きに変更して示した) とあるような単純な意味と理解してよい。『和歌大辞崖

(明

治書院、一九八六年三見)の「うもれぎの」の項には、

蛮地中に埋もれている木。心の中の意の〒」にか

かる。・‥用例略・・・(万葉二七二三)。平安時代以後新古今

集時代までの現存用例七。

(滝沢圭

とある。こういった理解が穏当なところであろう。ところが、

‑68‑

(8)

最近の片桐洋一氏のコロ今和歌集全評釈』 (講談社、一九九八

年二月)においても、六五〇春歌(この歌は次貢掲出の⑳の歌)

粂で、

河瀬に埋まって化石状になっている古木。

(六五〇春歌「瀬々の埋もれ木」の【語釈】)

とある。しかし「古今集』の舌注を見ても「化石状云々」とい

う理解は出てこない(竹岡正夫氏コロ今和歌集全評釈 盲注七 種集成』による。.右文書院「一九七六年二口G。恐らくこの 解の底には、新編日書典文学全集本コロ今和歌集』 (】九九

四年一言且の頭注が指清する、

植物が長い年月、水中あるいは地中にあって炭化した木質

亜炭の一種.。今も仙台地方の名産として知られている。 という事実が尾を引いて流れているのであろ・葛即ち、『古今

集』六五〇番歌が名取河(宮城県名取市を流れる川)を歌い、 この地域は炭化石を産出するという「草芦」が相侯って、この

ような理解が定着していると理解出来る。

蓋六五〇春歌の場合「炭化石にまで潜み込んで理解

してよいものか、むつかしいところである(後述)。

境木論議に筆毒やしてしまった。今は「痩不】が、樹間に

埋もれた風倒木などのように、人に知られず埋まっている木で あればよいという理解で筆を前に進めよ・笑万葉びとが炭化石

にこだわったとは思われない。

さて、次の高菜歌が「榎詞」とされている例である。 ⑳あまた有らぬ名をしも惜しみ境木の下ゆそ恋ふる去方知

らずて (11・二七二三)

これは分かり易い歌である。コJ】とは心の底を表現するこ

とばで、心に秘めて恋焦がれる様を「境木の」と表現している。

右以外に、単に「境木」の寓で、次の歌がある。

⑰眞柁持ち弓削の河原の境木の顕はるましじき事に有らな

くに

(7・一三八五、寄境木)

巻第七の「馨晶茹巴の部に「墟木に寄す」と題して載ってい

る作者未詳の歌である。第一句の「長蛇持ち」は、弓を削る意

で地名「弓削」を修飾する枕詞である」 「弓削川の河床に埋も

れている木が決して現れない事ではないように、二人の秘め事

が世間にオープンにならないということばないだろう」と二人

の恋の将来を危惧している歌である。この「嘘木」の解におい

ても、浦某氏【仝釈』・金子氏靂・日本古典文学全集本

妻・新潮日本古典集成本妻・新編全集本『萬

妻集』・伊藤氏【釈脾巴などは炭化し化石状になった木として

いる。小数派の解ではあるが、無視出来ないものがある。

ここは大水が土を決って、水面上に出て来る境木を措いてい

る。実はその形容をも兼ねるのが第一句であろ・笑即ち、飽で

木の表面を削ってゆくという第一句の枕詞は、下旬において水

が土砂を洗い流して行く様を暗示しているものであろ・ろ上旬 の枕詞が下旬の描写を暗示する

そういった複相の表現構造 ‑

を持っている歌と見るのがよかろう。

‑69‑

(9)

この「境木」の表現は→むもれ木」の語形でコロ今集』以下

によく見られる。歌語の座を獲得した語であると言えよう。

・……今の世中色につき人の心花になりにけるよりあだな

る歌はかなき言のみ出来れば色好みの家にむもれ木の人

知れぬこととなりてまめなる所には……

(古今和歌集十仮名序) 『新編国歌大観』一

⑩名とり川せぜのむもれ木あらはれば如何にせむとかあひ

見そめけむ(古今和歌集・六五〇) コ新編国歌大整一 ・…・・・年のをはりに きよめずは わが身ぞつひに

くち ぬべき一たにのむもれ木 春くとも さてややみなむ…

(拾遺和歌集・五七四、後嵯峨院) 『新編国歌大逆一 ・春やくる花や咲くともしらざりきたにのそこなる埋れ木

なれば (和泉式部集・七二六)

重大観』三

・君が代にあふくま川の研創川副州甘氷のしたに春をまちけ

(斬首今集・一五七九、家隆) コ藍海国歌大斬』一 ・ふかからじみなせの河のむもれ木はしたのこひぢに年ふ

りぬとも(新勅撰和歌集・六五六、康資王母) コ新編国歌大整一 ・むもれ木のしたにやつるる梅の花香をだにちらせ雲の上

まで(玉葉和歌集・六五、紫式部) 『新編国歌大観』一

⑩むもれ木のさてやくちなむ名取河あらはれぬべき瀬瀬は

過ぎにき(新後漢和歌集・八一六、津守国助女)

『新鋸薗訂歌大観』一 右には、枕詞「塵木の」の例と、歌語「壇木」の例が見られ る。.そのいずれにおいても化石状を考慮する必要はないぺ殊に ⑳の歌(読人不知)は「名取川」を詠みながら「朽ちなむ」と あって、・硬化石を想定するとおかしいことになってしまう。′

⑩の歌は、論議の的となっていた「名取川」を詠むコロ今集』

の歌である。実はこの歌は憂の⑰歌を敷歌にして「現れ

ば」と詠作している。東北仙台地域の名取川においては炭化石 の解もー案としては考えることも出来よう。しかし、名取川に

主意があるのではなく「埋れ木」に主意があり、『富重美』の

弓削川を名取川へと場所を変えたに過ぎない.。炭化木に拘るこ

とば何】つないのである。しかるに、この『盲今集』一の注解が

『盲愛葉』の解にまで遺流している有様である。これはまさに

古今伝授的お笑い草である。 この歌語「壇木」から中古後期以降になって歌語「墟水」と

いう語の生成展開を見るに至る。「埋れ水」とは、物陰に隠れ

て見えない水、不遇沈檎の身を表現することばである。

・もらさばやはそたにがはのむもれみづかげだに見えぬ恋

にしづむと(金葉和歌集・四七八) 『新編国歌大観』一 ・人しれぬこのはのしたのむもれ水おもふ心をかきながさ

ばや(千載和歌集・六六一、実定) 『新編国歌大観』一 ・谷川のこのはがくれのむもれ水ながるるもゆくしただる

も行く (玉葉和歌集・二六一九) 『新編国歌大観』一

ここに、歌語の生成展開の面白さが見て取れる。

70

(10)

五、おわれノに

「孤例の枕詞」のア行冒頭部から「荒垣の」 「朝髪の」

「墟

木の」のlニ例を取り上げて見た次第である。これが枕詞である

のか否かの儲議はさておいて、そのいずれもが一首の中で文芸

上の位置をしっかりと担っていた。

かつて私は、折口信夫の「らいふ・いんで専す(生命醤」

説に靡く最近の風潮に対し、「言語遊戯としての枕詞」を韓喝 したが(注七)、その論中で断ったように、「言語蛮ごとは

単なる「ことば遊び」というものではなく右で見たような高 度な文芸性までも含めたものとして措定していた。

高葉当時、その持つ意味が既に風化して、ある特定の寓(被

枕)を導くに過ぎない四音節乃至玉音節の音数律のみの枕詞も

存在はしたが、多くの枕詞は一首申に自分の足場を確保して文

芸的存在として存在していたと言い得るのである。

その修辞上の含意を生かしてこそ、作者の表現意図に迫り得

たと言うものであろ・笑

〔附託〕

本稿は、一九九九年六月二七日(日)に開催された

三壬大学日本詩学文学会大会における♯清会において」

同島で話した内容をまとめたものである。

【注】

『和歌大辞典】 (明治書院、】九八六年三月)の「枕詞」の項(滝沢

貞夫氏、担当)によると、「枕詞の呼称は浄弁の古今和歌集注が初見」 とある。これだと千lニ百年代にまで降ることになるが、土橋寛氏は顕昭 のF古今集序注』の例を指摘している(F‡書類従Lでは策士ハ輯の首 七十四真の箇所がそれである)。

土橋寛氏「枕詞の概念と種猿」 (『立命館文学」一二四号、一九五五

年九月、同氏着F舌代歌確論L第九章、所収)。該当箇所は所収本の三

八一貢である。

橋本達雄氏絹「万乗集枕詞一声】 (有精望版F高菜集事典』所収、一

九七五年一〇月)。

拙稿に「山川陥る恋‑中臣宅守と狭野弟上娘子」がある。参照さ弟た

い(F万葉集相聞の世界 恋ひて死ぬとも』雄山閣、】九九七年八且)。

二五大二番歌第由句の「外」の訓、多くの諸注釈書は「よそ」と訓ん

でいる。「ほか」と訓むのは葵沖の『萬葉代匠記ナ精扶本(外也ヲハホ

カニヤト漬ヘシ)や武田氏『全注釈』、日本古典文学大系本程度で少数

であるが、本稿で後掲する⑨・⑳の「ほか」と仮名書する歌の例に従う

のがよいと考えられるので(契沖もそのことを指摘している)、「ほか」

と訓読した。

賀盲明氏F万葉集新論

万葉情意語の探究‑ト」 (風間書房、一九

六五年三月)。

島田修三氏「万葉の黒髪

歌帯の生成をめぐって」 (同氏F舌代和

歌生成史論】砂子崖書房、一九九七年七月。初発『英夫君志』第四三号、

一九九一年一〇月、初発副題「《髪》の表現をめぐって」)。

拙稿「言語遊戯としての枕詞

「生命指標(らいふ・いんできす)」

脱は成り立つか

(犬養孝博士米寿記念論集F萬薫の風土・文学』

塙書房、一九九五年六月)。

[ひろおか よしたか

本学教具

71

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