特集◎中国古典思想・文学中国古典文学研究の視座から
中国の農村や宗族や市場の社会構造を基盤とする演劇の発生・発展を︑現地調査の成果を生かしつつ探求する田仲一成氏︒中国古代神話から物語へ︑さらに小説への展開を︑そこに潜む世界観・精神史を見すえつつ多角的に追及する小南一郎氏︒中国古典文学研究の視座から︑社会・民俗・宗教などに渉り考察を広げている両氏に縦横に語り合っていただく︒
田仲一成︿東洋文庫理事・東京大学名誉教授﹀×小南一郎︿綴謙鍛科﹀×内山俊彦︿轟欝翫︒﹀×馬場毅︿鶴歎轟撚﹀
■研究主題への道程■
内山まず研究主題の選択について︑お
二人が︑中国の祭祀︑芸能︑演劇︑ある
いは神話︑物語︑小説︑そういった研究
領域に着目され︑その方向に志された
きっかけからお話しいただけませんか︒
田仲なぜ今のようなテーマを選んだの
か︑これは意外に説明が難しいことです︒
自分なりに反省してみますと︑この学問
をやろうと思ったのは︑昭和二〇年代の 末︑学部生の頃の学界の影響というもの
がございます︒
一つは戦前の学問を批判するというこ
とです︒その批判にはさまざまな重点が
あったと思いますが︑中央よりも地方︑
文化よりも経済や社会という方向に力点
が置かれました︒私もまだ若かったので︑
そういう影響を受けました︒戦前の日本
の学問は︑やはり近代主義にのっとり︑
近代以前の近世︑中世を否定し︑例えば
万葉集など古代のナイーブなものを高く 評価しておりました︒それが戦争に負け
てから︑古代の後︑近代の直前である中
世に眼を向けるようになってきました︒
少なくとも都市よりは農村︑しかも近代
社会になる前の農村︑近代社会を産む母
体になった農村ということで︑中世の農
村に問題が絞られていったのです︒です
から中国を勉強しようというときに︑農
村のローカルな分野に手を付けることに
自然になっていきました︒
一方では演劇というものに興味があり
中国古典文学研究 の視座 か ら
M
ました︒私は都会の下町の育ちなもので
すから︑文学のプロパーというよりは︑
なんとなく野次馬根性で︑雑然とした芝
居というもの︑それも一流の芝居でなく︑
例えば神楽のようなものをやろうかなと
思っておりました︒
もちろん︑中華人民共和国成立の影響︑
その演劇運動の影響も強く受けました︒
そういうものを全部︑最大公約数的にカ
バーできるものとして︑最終的に中国の
当時﹁地方劇﹂と呼ばれていたものをや
ろうということになりました︒ 内山小南さんは︑一番初めは小説から
入られたんでしょうか︒
小南そうです︒卒業論文は﹃捜神記﹄
について書きました︒
内山志怪小説ですね︒
小南はい︒﹃捜神記﹄を扱ったのは単に
お化け話が好きだったからではなく︑文
学と民俗︑フォークロアとの接点になる
ものとして扱おうと思ったのでした︒そ
れまで志怪小説研究は︑幽霊の話がおも
しろいとして扱われる場合が多かったの
ですが︑それとはちょっと違った形で文
学を扱おうとしたのがきっかけになって
います︒
私が学んだ学問の師は吉川幸次郎先生
と小川環樹先生です︒吉川先生の学問は︑
狩野直喜先生以来の清朝の考証学を引き
継いだもので︑古典的な価値観を基礎に
しつつ︑言葉に執着して深く文献を読む
という基礎訓練を受けました︒同時に︑
小川先生はより広い視点に立って︑中国
の伝統的に価値があるとされている古典
的な作品以外にも広く興味を持っておら
れた︒そういった二人の先生に影響を受 けて学問を築いたと思っております︒
私は民俗的な︑フォークロアの方面に
興味がありますが︑そういう興味を持ち
ながらも︑古典的な文献の扱いがある意
味で基礎だということをいつも忘れては
ならんと戒めております︒
だんだん年をとってきて︑古典的な研
究方法が少しわかってきたような気がし
て︑さまざまなものを読んでいささか知
識が増えてくると︑逆に︑吉川幸次郎先
生が現在生きておられたらいろんなこと
をお尋ねしたいと痛切に思っているよう
な状態です︒
フォークロアの方は︑いろんな分野の
書物を読みながら切り拓いていったもの
で︑これも私自身の戒めとしては︑読ん
だ時に思いついたことはそれをそのまま
出すのではなく︑一旦自分のものにして
から問題を扱いたいと思っています︒新
しい方法論を読んで︑おもしろいと思っ
たとき︑新しい観念をそのまま中国の作
品に適用するのではなく︑一度あらため
て︑十分納得した後で何か言おうと気を
付けております︒まあ自戒であって︑と 4
きどき興味深い学説をそのまま当てはめ
て議論してしまうことがないではありま
せんが︑ただそうした議論はあとから読
むと後味が良くないですね︒
そういった古典学と民俗学との二つの
方法を結合させることのできる分野を︑
私は主題に選んで学問をしてきたように
も思っております︒
内山田仲さんは︑演劇︑特に地方劇を
扱われましたが︑ただ中国の地方劇は日
本ではまず見られなかったでしょうね︒
田仲そうですね︒
どういう方法をとったかというと︑戦
前から調べてあったらしいのですが︑﹃中
国地方戯曲集成﹄という本が戦後中国か
ら出版され︑各地の地方劇の脚本が︑例
えば安徽省の巻︑広東省の巻として大量
に収録されて︑一九五八年頃に完結して
いました︒そのテキストの内容と︑その
背景となる社会状態がどうなっているか
をまず考えました︒
社会状態は︑東洋史研究と同様の方法
で史料を探せば資料が見つかるかもしれ
ないと思っていました︒もちろん︑まだ 何もやってませんから見通しは立ってい
ませんでしたが︒もう一方のテキストは︑﹃中国地方戯曲集成﹄が意外にあまり価値
がないと思いました︒﹃集成﹄では方言の
ほとんどを共通語に直してしまっていま
すから︑何を読んでも同じなのです︒こ
れではとにかく現地に行かなければどう
にもならない︑とその頃から思っており
ましたが︑当時の日本と中国の関係では
行けませんから︑とにもかくにも記録を
探してどういう状況で行なわれているの
かだけを調べようと思いました︒
もちろん戯曲史の研究は歴史がござい
まして︑吉川(幸次郎)先生や孫楷第先
生がすでに社会的な面にも眼を付けてお
られ︑俳優や劇作家などの分野について
もかなり精密な研究もなされていまし
た︒ただそれでもまだもう少しやる余地
があるのではないかと︑自分で思ったん
ですよ(笑)︒でもあまりそれは正しい見
通しではありませんでした︒実際調べて
も新しい史料はもういくらも出てこな
かったのです︒吉川先生の後を拾おうと
しても難しかったと思いますね(笑)︒孫 楷第先生︑吉川先生の研究のあと︑しか
も元代や宋代という古い時代の文献は︑
随筆その他を含めてもその量は限られて
います︒その中から関連資料を探そうと
落ち穂拾いのようなことをやりまして
も︑なかなか成果はあがりませんでした︒
宋元はもう資料が出ない︒方法をすっ
かり変えようと仁井田先生に相談しまし
た︒
内山仁井田陞さんですね︒
田仲はい︒すると︑清からやらなけれ
ばだめだ︑清ならまだたくさん残ってい
ると︒また宋代史の周藤吉之先生にもう
かがったところ︑﹁南宋はあるけれど︑北
宋はだめだ﹂︑南宋の文集を徹底的に洗え
ば出るかもしれないけれども︑元の初め
から明代の初期まではほとんどないと言
われました︒もちろん元は孫楷第先生と
吉川先生がなさっているので︑それ以上
はないということだったと思います︒
結局︑清代から遡ろうとしても︑あま
り近代に寄ってはいけないので︑清の初
期から明の末期︑その一五〇年間ぐらい
の資料を漁ってみることにしました︒そ
中国古典文学研究 の視座 か ら
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れから資料の性格としては︑仁井田先生
の忠告ですが︑まず随筆の類をあたらず
確実に記録が出るものを探しなさいと言
われました︒随筆というのはやってみな
いとわからないもので︑見当がつかない︒
また︑君は法律を少し扱ったことがある
ので法律の文書が読めるだろうから︑明
清の判決文をずっとあたってごらんなさ
い︑と言われました︒
内山法律文書の中に現れた演劇関係の
記事ですね︒
田仲そうです︒つまり裁判記録という
ものには︑さまざまな社会の事件が入っ
ているので︑演劇に関する記事というも
のも必ずそこに出てくるに違いない︒演
劇の上演中に殺人事件とか窃盗事件と
か︑そういうものは多いはずなのだから
と︒そこで先生の教えに従って︑例案と
言われる裁判記録を捜索しました︒清代
中期の乾隆ぐらいに︑例案集などの書名
になってたくさんあるんですよ︒明代に
もありますがただ文集に収録されている
んです︒それぞれの文集の一番後ろの方
に役人をやった時の文書が入っておりま して︑それをあたることになりました︒
これは確かに効果がありました︒同じ
ような記述なのでそこに限界があるので
すが︑どこでどういう状況で芝居が行な
われたかということが出ています︒たい
ていお祭りです︒そのお祭りの状況はそ
れほど詳しく書かれていないのですが︑
廟のお祭りや季節のお祭りですね︒そう
いうなかで演劇が行なわれ︑芝居の最中
に姦通が起こったとか︑殺人が起こった
とか︑芝居の役者が船でやって来て上演
している最中に事件が起こったとか︑た
くさん書いてあります︒それらを探って
しばらく仕事をしました︒
そのころの私の仕事のバックは︑例案
や役人たちが発布する行政文書︑公順と
言っているものです︒それらに芝居がど
の程度あるかというのを調べました︒こ
れは元から明初が抜けていますが︑南宋
の文集の中にもございましたので︑そこ
まで一応カバーする仕事で二〇代は終っ
てしまったと思います︒三〇代の初めぐ
らいまでずっとやっていましたから︒も
ちろん中国には行けません︒ 内山祭祀︑祭りと演劇との関係に注目
されたのは︑それがきっかけになったの
ですね︒
田仲そうです︒どういう祭りなのかわ
からないのですが︑とにかく祭りのこと
がわからなければと思い始めました︒
内山小南さん︒﹃捜神記﹄等の中の
フォークロアは結局︑神︑祖霊に関係し
てきますよね︒当然祭りにも関係する︒
だからそういう方面に関する論文をたく
さん書いておられますが︑﹃捜神記﹄等の
小説を扱っておられて︑そこから祭祀︑
あるいは神話など︑古代の宗教の世界へ
と眼を向けていかれたわけですか︒
小南範囲が広がっていったというより
も︑ある意味で初めからそういう方面に
興味があったように思います︒神話を扱
うのもなかなか難しく︑神話が何を表明
しておりいかなる機能を持っているのか
については極めて多様な説があり︑現在
でも盛んに新しい神話理論が提出されて
いる︒松村武雄さんの大著﹃神話学原論﹄
を︑私も学生時代になぜかちゃんと全部
読んでおりました(笑)︒ですから︑その