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上海で働く日本人女性の現状と意識

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上海で働く日本人女性の現状と意識

――アンケート調査にもとづく考察――

石 川 照 子

はじめに

 2009年4月から2010年3月まで、筆者は本学の在外研修制度により1年間上海に滞在す ることができた。今回の研修の主な目的は近現代中国におけるキリスト教と女性に関する 資料を調査・収集することで、上海の史料館、図書館をはじめ北京、南京、香港、台湾及び ロンドンへも足を運んで大きな収穫を得ることができた。そして、この1年間の身分は上 海社会科学院歴史研究所の訪問学者ということだったが、久しぶりに余裕のある生活を送 ることができ、その中で現地の日本人との交流も始まっていった。

 後述するように、中国の急速な発展の中で最大の経済都市である上海には、現在およそ 10万人の日本人が滞在しているといわれる。上海は既に世界最多の在留邦人を抱える都市 となったのであるが、その中には多くの日本人女性の姿も見ることができる。かつて筆者 のゼミの卒業生の一人がこの上海で働く日本人女性について卒業論文を書いたことがあ り、それ以来筆者自身も上海を訪れるたびにそうした日本人女性たちと知り合うにつれて、

彼女たちに対する関心を深めていった。そして今回の長期滞在において交流を重ねる中で、

彼女たちの上海での仕事、生活、意識というものについてさらに知りたいという思いが強 くなっていった。そこで本来の研修目的とは少しずれるものの、同様に女性、ジェンダー に関する考察ということで、この小論をまとめてみたいと思いたったのである。

 上海で働く日本人女性たちとはどのような人たちで、どんな経緯で上海にやってきて、

どのような仕事や生活をしているのだろうか。またそれらの 上海経験 から何を感じ、何 を考えているのだろうか。そしてそこから見えてくるものは一体何だろうか。本稿ではこ うした問題意識に立ち、2010年1月から2月にかけて現地上海で実施したアンケート調査 の結果を主な資料として、ジェンダー視点からの考察を行ってゆく。

 なお、清末から民国期における上海の日本人に関しては、既に陳祖恩、高綱博文らの日 中双方においての研究が進んでいるが1、現在の上海で働く日本人については須藤みかに よるルポルタージュがあるものの2、本格的研究はまだ緒についていない。本稿はそうした 中での初歩的解明を試みようとするものである。

Ⅰ 近現代日本と中国における女性の変化

 上海で働く日本人女性について考察する背景として、まず近代以降の日本と中国の女性 の変化と課題を、特に労働を中心として略述したい。

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日本の女性の変化 明治維新後、新政府は上からの近代化を推進するために、それを担う 国民の創出に着手する3。そして民法における「家」制度・財産継承権や教育における良妻 賢母の強調と、そこには女性と男性の明確な区別が見られ、女性の様々な権利は認められ なかった。しかし実際には、繊維産業をはじめとする女工たちが富国強兵策を下支えして いたのである。

 第一次世界大戦後の1920年代になると、単婚姻小家族化が進み棒級生活者が増大する過 程で、専業主婦が誕生する。そして良妻賢母教育の強化も相まって、さらに性別役割分業 化は深化していった。その一方で、婦人参政権等女性たちの権利獲得の運動も高揚してゆ く中で、女工の組織化・運動化も進展した。しかし、戦争の時代を迎えると結婚・出産等の 国家による管理が強化され、民主的な運動は衰退して女性たちも積極的に国策へと協力す るようになる。

 敗戦後、GHQのもとでの一連の民主化政策の中で、改正民法公布による「家」制度の廃 止、婦人参政権の実現、男女統一学制の制定等、男女同一権利の実現が求められていった。

やがて高度経済成長時代を迎えると、産業構造の大きな変化は電気製品の普及、核家族化 の進行をもたらし、家庭・生活の姿も変貌させてゆく。そして昭和30年代に再編された戦 後型年功制は、40 年代にはさらに資格制(職能分類制)のもとで女性労働の底辺集中化が 進行し、また安定した単純労働の担い手としてのパート主婦が登場することとなった。50 年代以降になるとフルタイムで働く未婚・既婚の女性たちも増えて、多様な女性労働者像 が見られるようになる。しかし、職場の期待と実際の仕事は男女の間に大きな違いがあり、

結婚・出産・育児で退職し、その後非正規雇用で再就職する女性たちは多く、その結果正規 雇用者の所得でさえ、現在も女性は男性の約6割に留まっている4

 こうした背景として、日本の性別役割分業を肯定する高い割合を指摘することができる だろう。「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方に対して、「賛成」、「ど ちらかといえば賛成」の合計は男性59.3%、女性55.4%で、男女ともに過半数を超えている。

同じくアメリカは男性43.6%、女性42.6%、フランスは男性28.2%、女性23.4%、スウェー デンは男性8.9%、女性8.4%で、儒教が現在でも根強く定着していると言われる韓国でさ えも、男性52.6%、女性44.4%と男女とも日本より低くなっている5

 さらに、ライフサイクルが大きく変化し、仕事と社会活動を合わせた「複合活動型」のラ イフスタイルの充実が求められている現在、出産・育児休暇制度やファミリーサポート制 度の整備、男性の育児休暇取得の実現等、女性の職業継続への支援の充実もまた、上記の 意識の改善と共に課題として挙げることができるのである。

中国の女性の変化 前近代における中国女性の地位と状況を見ると、儒学理念のもとで日 本同様女性と男性との間には明確な区別が存在しており、それは女性の行動に対する抑圧 と権利における差別となっていた6。男性を主体とする社会通念を根底とする社会におい て、内にあって家庭を守り子を育てることが女性のつとめとされ、男女の地位はけっして

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平等とは言えなかったのである。しかし近代以降になると、女性解放思想が提唱され徐々 に教育が普及してゆく中で、職業に携わる女性たちが登場しその数を増していった。こう して女性の自立への公的・私的な活動が展開されることになったのである。

 そして中華人民共和国が誕生すると、社会主義政策のもとで女性の状況は大きく変わっ ていった。1950年代から70年代後半までの計画経済時代(いわゆる毛沢東時代に相当)に おいては女性の教化・動員がはかられ、女性たちは政策によって生産労働の現場へと押し 出されていった。それは確かに上からの政策に促されたものであり、実際には男性労働力 不足という事態に対応するためでもあったのだが、結果として女性たちの経済的自立を実 現したことの意味は大きい。女性が働くのは当たり前であるという状況を作り出し、女性 たちにおいても働く意識が内在化していった。そして男にできることは女にもできるとさ れ、「天の半分を支える」女性たちと男性との同化をはかることが、女性解放のめざすべき 方向であるとされたのである。

 さらに、生産労働に従事して経済的自立を果たした中国の女性たちを通して、「解放され た女性の理想像」が国内だけでなく海外へ向けても、さかんに喧伝されたのだった。しか し外では生産労働に従事する女性たちは、家でもまた家事・育児の主たる担い手であり、

この仕事と家事・育児の二重役割は女性たちに大きな負担を強いることとなった。そこか らのちに「婦女回家」(「女性よ家に帰れ」)の主張をめぐる論争7も活発に展開された。社会 主義体制に変わっても、家事・育児の問題は解決されず残されていたのである。

 さらに1970年代後半からの市場経済時代(いわゆる鄧小平時代から現在まで)を迎える と、競争原理、能率・効率が重視されて、計画経済時代とは対照的に女性と男性の異化が顕 在化していった。それは90年代から社会主義市場経済化の段階を迎えるとより加速され、

国有企業改革に伴う合理化の中での中年女性たちのリストラと再就職問題、女子大生の就 職難といった問題を多発させることとなった。

 こうして男女平等のたてまえが効率・競争優先の前に後退を余儀なくされる事態が頻発 するようになったのだが、女性たち自身に内在化された働く意識は簡単には消すことはで きなかったと言えよう。2000年になって女性労働の周縁化をもくろむ「段階就業」(日本 のM字型就業のように生涯の中に就業しない時期をもつこと)が提唱されると、婦女連合 会は激しく反論を唱えた8。そして、女性の男性より5年早い定年年齢の是正等、女性の労 働権をめぐる議論と模索は現在もなお続いているのである。

Ⅱ 現代の上海の発展と日本人

 次に、考察対象である日本人女性たちが在住し働いている街上海について、経済的側面 を中心にその概要をまとめ、さらに在住日本人の現況について言及することとする。

上海概要 上海は長江下流のデルタ地帯に位置し、その面積は6340平方キロメートルであ る。アヘン戦争後に締結された南京条約によって1843年に開港した上海は、その後急速な

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近代的発展を遂げて、列強の分割支配を受けながらも「東洋のパリ」と呼ばれるほどの繁 栄を誇る都市へと成長した。現在は4つの直轄市の1つとして18の市轄区と1つの県を抱え、

名実共に最大の経済都市として中国のめざましい発展を牽引している。

 人口は1921万人を数え、人口密度は1平方メートル当たり3030人と高い9。東京等の大都 市と同様、上海もまた元々は外地からやって来た人々によって形成された街であり、とり わけ隣接する江蘇省、浙江省、そして広東省出身者が多い。現在では各地から仕事を求め て次々にやってくる人々を吸収して、膨大な流動人口を抱えている。

 しかし、中華人民共和国成立後中央政府のコントロール下で社会主義システムが徐々に 形成されてゆくと、上海は民国期までの多機能型都市から生産型都市へと変容させられて いった。国有企業等が産出した利潤は中央へと吸い上げられ、上海自体の都市建設、住宅 建設、公共事業は遅れて、街全体は老朽化した建物が煤けた姿を晒し出していた。

 こうした上海の再生は、ようやく90年代になって着手されることとなる。特に市内を流 れる黄浦江東側の浦東地区には発展が遅れていたために広大な土地が残されており、その 開発はナショナルプロジェクトとしてスタートした。中国の対外開放と市場経済化を象徴 するように、浦東地区には外資を積極的に導入するために保税区が設けられ、かつて田圃 だった風景は一変して今や高層ビルが競うように林立している。

 2009年の上海のGDPは1兆4900億9300万元に達し、これは全国の約4.4%を占め、かつ 初めて香港を超えた10。各種企業の平均賃金(2008年年収)は56,565元(全国平均は29,229 元)、都市部の1人当たり可処分所得は28,837.8元に達し11、消費財保有率も自家用車が100 世帯当たり14台、エアコン196台、携帯電話223台、パソコン123台と、生活水準の向上ぶ りを示している12。これらの数値は、巨大な生産都市であり消費都市でもある上海の性格 を如実に表しているのである。

 そして、中国のさらなる経済成長の起爆剤として期待されたのが、2010年5月1日から 10月31日まで開催された上海万国博覧会だった。「Better City, Better Life」をテーマに掲 げる万博開催の経済効果に期待を込めて、会場建設、都市整備、空港拡張、近郊地域を結ぶ 地下鉄等の交通網の整備等に4兆円ほどが投資された13。滞在中に筆者も街中が建設現場 と化した光景から、上海の急速な変貌ぶりをまざまざと見せつけられたものである。

 累計入場者数が7300万人余りに達し、70年の大阪万博の入場者(6340万人)を上回る史 上最多を記録して、中国政府は246の国・国際機関が参加した史上最大の万博を演出する のに、ひとまず成功したと言えるだろう14。日本が1960年からの20年の間に東京オリンピッ ク、大阪万博をテコにしてGDPを4倍に拡大したように、中国も2008年の北京オリンピッ クと今回の万博をエンジンとして、2020年までの20年間でGDPを4倍にする計画だとい 15。中国の国際的イメージや国力のアップをめざした万博で、中国が得た一番大きなも のは、国民が自国の発展と成功を実感し、自信を持ったことだろうと伝えられているが16 今後の上海、そして中国の変化が注目される。

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上海の日本人 上海の経済の活況は世界各国から企業や人、モノ、カネ、情報を惹きつけ てやまない。それは日本も例外ではない。安価で豊富な労働力を求めて日本企業も続々と 生産拠点を中国に移転してきたが、好調な中国経済が膨大な数の消費者を生み出すように なると、今度は消費市場としての中国が注目されるようになった。早期に中国の化粧市場 に着目した資生堂や、中国系コンビニに伍して人気を得ているファミリーマートやローソ ン、矢継ぎ早に店舗を開設しているユニクロ、中国の流通業に打って出た佐川急便やヤマ ト運輸等、既に上海には多数の日系企業が進出している。

 ところで上海に在住する日本人の実数については、正確な数字は把握されていない。最 初に触れたように、現在市内にはおよそ10万人の日本人が滞在しているといわれる。現地 領事館に登録されている人数は、2008年の時点で48,065人とされ、07年にニューヨーク を抜いて以降、上海は世界最多の在留邦人を抱える都市となった17。正式に就業ビザを取 得して長く現地で働いていながら在留登録をしていない日本人もかなりおり、10万人と いうのも信憑性がある数字ではないかと推測できるのである18

 その現地で働く日本人は多様化しており、日本企業の駐在員、日系・中国系その他の企 業の現地採用社員、起業家、店舗経営者等、その業種と職種は拡大している。さらに県人会、

同窓会、趣味のサークル等の日本人ネットワークも出来上がっていて、現地の日本語のフ リーペーパーには毎号会員の募集やイベントの案内が満載されている。その中の横断的な 団体として、上海和僑会と「上海で働く日本人女性の会」について簡単に紹介したい。

 和僑会とは2003年に最初に香港で成立し、その後中国の深圳、広州や日本国内等10ヶ国 に20余りを数える組織である19。華僑の強力なネットワークに刺激された主に現地で起業 を志す人々によって、相互扶助と地域への貢献をめざし、勉強会や講演会等を通して互い の理解と協力をはかることを趣旨として設立された。そして09年12月に上海和僑会も設 立され、現在は30代の若い世代を中心に、講演会や業種別分科会等を催して学習と親睦が はかられている。

 「上海で働く日本人女性の会」は1995年に設立され、15年の歴史を経て現在会員は300 人を超えるまでになっている。参加資格は「日本国籍、上海・及び近辺で働く女性」20とさ れる。また、会の趣旨は「会員が、上海で働く意義を高めあい、個人の上海生活を充実させ ることを目的とする。」とし、具体的に「相互間の交流を行う。お互いをいたわり、関心を 持ち、健康で安全に働くことができるように心掛ける。中国・日本間の相互理解と友好を 深めることを心掛ける。」と述べられている。特に「お互いをいたわり、関心を持ち、健康 で安全に働くことができるように心掛ける。」ということが、そもそも会を設立する直接の 動機であったという21。活動は3ヶ月に1回の例会以外に、分科会(交流会、勉強会、スポー ツ等)も随時企画され、また会員のメーリングリストは、イベントの案内や各種情報の伝 達に活用されている。

 10万人という上海の日本人は、領事館のある市内西北の古北地区や浦東をはじめ市内各

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所に住み、700〜 800軒を数えるという日本料理店や大型デパート等で、日本食を食べ日 本の食品や総菜を手にいれることには不自由しない生活を送っている。日本語のカラオケ の歌も歌え、高価ながら日本の新聞や雑誌も購入することのできる上海で、働く女性たち はどのように働き、何を感じているのだろうか。次章で検討してみたいと思う。

Ⅲ アンケート調査の結果と考察

調査概要 上海で働く日本人女性たちを対象とするアンケート調査は、2010年1月から2 月にかけて実施した。前述した「上海で働く日本人女性の会」他の協力を得て、33の有効 回答が寄せられたが、回答者のほとんどは「働く女性の会」の会員である。その調査結果と 考察に関して既に3回報告の機会を持つことができたが22、本稿はそれらの報告をもとに 再構成したものである。

結果と考察 質問は選択式回答が20、自由記入式回答が2つの合計22であるが、選択式回 答のものでも選択肢の「その他」に具体的な記入があった。以下、図表に沿ってアンケート 調査の結果を紹介したい(32〜 35頁を参照)。

 まず回答者の年齢であるが、30代、40代が最も多く(図1)、その出身地は首都圏を中心 として各県にわたっている(表1)。上海滞在年数は5年以上が最も多く、次が2年以上であ るが、2年未満と比較的最近上海にやって来た人も30%近くいるのに対し、10年以上の滞 在者も4人いる(図2)。そして中国で働くことになったきっかけは、転勤が13人と最多で、

中国への関心、中国(または上海)への留学後に就職した人が多い(図3)。2番目に多かっ た「その他」として、「自分自身のステージの転換として」、「上海駐在ができる企業へ転職 した」、「日本の大学で勉強した中国語を生かせるのは、直接中国に行くことだと感じた」

という答えがあったが、中国、そして上海への期待の大きさが感じ取れる。

 上海以外の中国の都市での仕事の経験については、25人が無しという答えだったが、6 人の中国国内の勤務経験者と、ドイツ、アメリカ、台湾で働いたことのある1人がいた(表 2)。上海で働くことになった理由は、転勤、上海という街の魅力、自分の力を試したかった と続く(図4)。「その他」でも「以前の会社でたびたび中国へ出張していた…会社が上海に 会社を作ることになった際に、もう一度中国で働いて中国人との交流を通して仕事をした いと思い、希望して来ることになった」と、図3同様上海への期待と希望がうかがえる。

 上海で働く以前の経歴については、7割以上が日本で勤務した経験を持っていた(図5)。

その日本での勤務の経験から感じられた事は何かと尋ねてみると、長時間労働が4割近く あり、日本的経営、年功序列、男女の不平等も一定数を得た(図6)。それぞれの項目につい てさらに、「中国でもワーカホリックな人もいれば、手抜きだらけの人もいる。でも、意味 なく会社内に遅くまで留まっている人は、日本ほど多くないはずです」(「長時間労働」)、「型 にはめすぎ。臨機応変に対応ができていない」、「組織社会、縦社会」、「中国人とアメリカ人 の価値観は非常に現実的で、考え方も似ています。いわゆる グローバルスタンダード …

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一方、日本人はどこまでいっても ジャパンスタンダード で、世界の価値観とはちょっと 異質な価値観にとらわれすぎているのではないか」(「日本的経営」)、「優秀な女性が多くい るにもかかわらず活用(評価)できていない日本の社会は、女性人材を無駄にしている。と ても大きな損失だと思う。女性を活用できない会社はこれからの時代生き残れないと考え る」(「男女の不平等」)と記述されている。日本の企業の長い勤務時間、そして独特な経営 組織と体制の中での不十分な女性の活用(「その他」でも「上海は女性でも活躍の場が多く、

子供がいて、男性と同じように働ける環境がある」という記述が見られる)といった状況を、

彼女たちは痛感していたのである。

 それでは、現在の彼女たちの仕事はどのようなものなのだろうか。現在の仕事は会社勤 務が8割強を占め、その中でも半分近くが日系企業に勤めているが(表3)、これは日本語 が仕事で生かせることからも、予想される結果である。そして勤務先の業種も貿易・商社、

製造、コンサルティング等多岐にわたっている(表4)。その職場の人数は10人以下も2割 以上だが、100人以上の大規模なものも30%を占めており(図7)、職場が大企業から小企 業まで広がっていることが分る。職場の女性の割合については、半分以上女性が占めてい る所が過半数であるが(図8)、その大半が中国人である所も多い。

 職場の日本人数は10人以上の所も4分の1あるが、1人も2割以上ある(図9)。職場の日 本人女性数は半分近くが1人であり(図10)23、唯一の日本人社員として製造現場の多数の 中国人従業員を管理・指導している女性もいる。そして月収は2万元以下も4割以上いる が(図11。1元は約13円)、現地の物価水準から見ればそれは必ずしも安いとは言えない。

現地採用者の給料は日本の水準よりずっと低いとはいえ、中国人の場合、大卒者でも給料 5千元未満の者も少なくなく、総じて日本人の給料は恵まれていると言える。一方月収が4 万元を超える高所得者もおり、そのほとんどは企業駐在員である。

 上海で働く中ではさまざまな問題にもぶつかる。職場の悩みでは6割の人が仕事上の問 題を抱えている(図12)。例えば「仕事への意識の違い」、「マネジメントの難しさ」、「本部 と現地の認識のずれ」、「仕事を丸投げされ責任のみで権利は与えられない」等が挙げられ ており、現地で働く際の本社と現場との間での苦悩を知ることができる。人間関係でも、

「普段意識しないが、中国人と日本人は違うという結論に至りがち」、「日本人女性が他にい ないので気軽に相談できない」、「赴任者同士の交流(KTV[カラオケ])、ゴルフ等)のお供 をしなければならない雰囲気がある」等がある。「その他」にも、「人材教育、特に中国人教 育の難しさ」、「中国人スタッフの保険、福利厚生が法律に則っておらず保障がない」、「中 国人スタッフから 日本人スタッフの待遇が良すぎる という声が以前より上がっている」

とあり、前述したような現地中国人社員と日本人社員との待遇格差への不満への気遣いが 述べられている。実際、中国人社員たちの中には日本語が堪能で実務能力に優れた者も少 なくなく、彼らは日本人社員の優遇ぶり、特にその日本人が必ずしも優秀でない場合のそ れに対しては大きな不満を抱いていることは想像できる24

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 そうした苦労をしつつも、上海で働く中で得たことは大きいと言える。異なった文化・

価値観を理解する能力が6割、自分の能力を発揮する機会が5割、友人が4割に上っている

(図13)。「その他」にも「たくさんの出会い」、「ビジネスをする力、自分への一層の理解」、

「語学、タフさ」、「図太さとたくましさ」、「自分の言いたいことは主張しなければならない ということ」と、外国で働く中でたくましく成長していく様子がうかがえる。

 余暇の過ごし方も実にエネルギッシュである。友人との会合の7割弱の他に、習い事(4 割)、ショッピング、スポーツと続く(図14)。その習い事も多彩で、語学、中国楽器、琵琶、

太極拳、ヨガ、フラメンコ、乗馬、生け花、東洋医学、ヒーリング、テディベア作り、中国金 山農民画等が挙げられており、「その他」でも「家事、家族と過ごす」以外に、「読書」、「DVD 鑑賞」、「友人を招いての食事」、「旦那と釣り」、「上海近郊へ旅行」と、充実した時間を過ご していることがうかがえる。日本人駐在員男性の多くが、日本より早い退勤時間後に連れ 立って居酒屋やカラオケ、バーに繰り出す姿とは対照的である。

 とはいえ勤務、生活する上で感じている問題・課題も少なくない。自身の将来への不安 と外国人の就業に対する不十分な保障を感じている人がそれぞれ4割いる他、仕事・職業 等に対する日本人と中国人の考え方の違い、衛生・食品、健康についても3割が問題を感じ ている(図15)。「その他」でも「外国籍企業に対する政策(の)変化は当たり前。国の政策 しだいで企業の存続が決まる」、「日本にいる時のように、行政が乳がん検診のお知らせを 送ってくれることもないし、子供の幼稚園入園案内をくれるわけでもないので、すべての ことをイチから調べ、自分で決定を下さなければならないことが大変であり面倒」、「家族 の将来、拠点をどこに置くかなど」と、外国での生活、勤務ならではの苦労が見られる。中 には国際結婚している人もいて、「主人は中国人なので、教育方法をどうすべきか考える必 要があると思っている」(「子供」)といった声もある。

 そして将来の計画・展望については、「第三国で働きたい」が「できればずっと上海で働 きたい」、「将来は日本で働きたい」を上回っており、さらなるチャンスを求める姿勢がう かがえる(図16)。最も多かった「その他」には、「働けるうちは中国で働きたいが、老後ま でいるかどうかは考えていない」、「上海を基点としグローバルに活動したい」、「どこでも 興味のある仕事があれば国は関係ないと思う」、「独身なので、健康な限りアジアの大都市 で仕事をしていきたいと思う。日本は除外」、「上海に固執するつもりはないが(第三国で も可)、少なくとも日本では働けないと思う」とあり、中国、上海へのこだわりと新天地へ の期待の半面、日本へ固執する気持ちの低さがうかがえる。

 以上が20個の選択式の問いとそれに対する答えである。続いて最後の自由記入式の2つ の問いと回答について述べたい。

 21番目の「あなたにとって上海の魅力とは何ですか?」の問いに対しては、大変熱心な 記述が見られた。以下少し長くなるが紹介してみたい。

 「生活物価、移動コストの安さの魅力」、「流行や世間の論調に合わせる必要がないのがと

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ても楽」、「日本人だけではなく、欧米人も多く、国際都市であるところ」、「圧倒的なマーケッ トとチャンス」、「発展がめまぐるしく、 あったらいいな がどんどん実現されていく街」、

「強欲なエネルギーが轟々と渦巻いている場所」、「日本人の勤勉さ、日本社会の経験がこち らでは希少価値になること」、「チャンスがたくさんあり、自分がやりたいことを強く願っ て行動に移せば、必ず結果が得られる場所」、「どんな人にもチャンスが与えられること、

日本のように女だから、年だから、経験がないからというような制限、枠がない」、「仕事面 でいえば、日本にいる時より男性女性関係なく仕事ができる点が魅力」、「女性が普通に仕 事ができる、結婚・出産がキャリアの障害に全くならない」、「結婚したら即退職、という概 念が全くなく、働いていない女性は自立していない、という考え方を持っているため、結 婚していても、子供がいても、誰の目を気にすることなく、普通にフルタイムで働くこと ができ、働きやすい環境があるところ」等。異口同音に発展する上海のエネルギーとパワー、

国際性と溢れるチャンス、そして仕事における低いジェンダーバイアスを実感しているこ とが分る。

 そして最後の22番目として、「上海での就業、生活の経験から感じられた事」を尋ねた。

この問いに対しても想いを込めて長い回答を寄せてくれた人が多かった。以下、主な答え を紹介してみよう。

 「日本のものさしで測らず自分が外国人で外国にいることを意識し、中国人の生活、文 化を理解しようと心がけていること」、「郷に入っては郷に従え。仕事ではまず中国人の意 見、言い分をよく聞くこと」、「中国人とうまくやっていく(仕事で)場合、やはり相手に尊 敬される人であることが大事と感じる」、「上海だけを知っている人が中国を知っている気 になっているのは大きな間違いだと思う」、「何かと政府が介入してくる」、「上海は確かに 居心地が良く、それなりに過ごしやすいが、皆さん将来の漠然とした不安は抱いていると 思う」、「日本での女性の活躍、活動の機会はまだまだ」、「いかに日本人が特殊なのかが分っ た。一億総神経症大国、と何かで見たが、良きにつけ悪しきにつけ、かなり的を射ていると 思う」、「上海はサバイバルの都市。かつてニューヨークや東京もそうだったように、今後、

アジアのみならず世界の兵隊がここで決戦をする場所になるのではないだろうか」。

 上海が中国のすべてではないという冷静な見方、外国で生活し働いているという意識と 感じる日本との違い、その中で見えてくる日本の姿、そして将来の自分自身への不安は感 じつつも、痛感する上海の大きな将来性といったことが見て取れる。不安や問題もあると はいえ、上海滞在は彼女たちに実にたくさんの貴重な経験を与えているのである。「中国に 泣かされ、中国に助けられ、中国と共に成長してきたと感じた14年でした。」回答者の一人 の言葉である。

おわりに

 以上のアンケート結果から、上海で働く日本人女性たちの仕事・生活を通して見て感じ

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た上海と中国、そして日本へのまなざしを理解することができた。多くの女性たちが性別 に関係なくチャンスを与えられて働く手ごたえを感じており、そしてそれは日本を相対化 する視点の獲得へとつながっていた。そこからは彼女たちが日本ではなく上海で働く理由 を知ることができる25

 すなわち、上海のPULL要因としては、その発展のパワー・エネルギーと国際性、多くの チャンスの存在、そしてそこから感じられるジェンダー的解放感が指摘できるだろう。一 方日本の側のPUSH要因として、長時間労働や根強い性別役割分業意識が再確認できた。

仕事上の不満や問題、異文化理解の難しさ、衛生・食品や健康面、自身の将来への不安26 があるとはいえ、それに勝る上海の魅力が彼女たちを捉え、そうした 上海経験 は彼女た ちの中にかけがえのないものを残している。

 社会構造と企業環境、雇用・就労状況が大きく変化している現在の日本では、少子高齢 化が進む中での高齢者、そして女性の活用は大きな課題となっている。また、リストラの 可能性もある中でリスク分散、セーフティネット構築の意味で、家族においても複数の所 得者がいることが望まれる。その為には女性が働き続けられる労働環境を整えなくてはな らない。前述した出産・育児休暇制度や男性の育児休暇取得の実現等が再度求められるが、

何より男性の長時間労働を短縮し、ワークシェアリングを実現してゆくことが急務ではな いだろうか。女性が男性並みに働くのではなく、男女共にその働き方を変えてゆくことが 必要なのである。

 中国についても、女性の早い定年年齢等の問題はまだ解決されていない。しかし、建国 以来60年を経過して、女性たちの中に働く意識と経験は深く植えつけられ、蓄積されて いった。その結果男女の区別なく働くのが当たり前で、女性たちも経済的に自立した社会 というものが実現でき、多数の意欲ある日本人女性たちをも惹きつけることになったので ある。とはいえ中国もまた女性たちの家事・育児負担、国家・政府の強力な統制の下での個 としての自由な生き方の選択の難しさといった課題を抱えている。

 それでは、中国、上海で生活、仕事をしてゆく上で大切なことは何なのだろうか。まず、

中国の歴史や文化、社会を知ることが不可欠である。上海で働く日本人の中には、例えば 中華人民共和国成立の年さえ曖昧な者がいるが、自分のいるその中国を知らなければ一緒 に働く中国人の思いを理解することも難しい。さらに、アンケートの答えの中に「相手に 尊敬される人であることが大事」であるとあったが、その為には同じ人間としての敬意を もって中国人に対する姿勢が必要である。

 男女の違いを絶対化するような「二項対立」的思考を乗り越え、一人一人の可能性を制 約している男女分業意識を克服して、多様な価値観・意識に基づく多様な生き方の選択が 可能な社会の構築が、現代日本にも求められている。男性、女性、そしてすべての人々が自 分らしく生き生きと生きられる社会への模索と努力の重要性を、上海で働く日本人女性た ちは示してくれているのではないだろうか。

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 末筆ながら、上海在外研修の機会を与えて下さった大妻学院、今回のアンケート調査の 実施にご協力頂きその結果報告の機会を提供して下さった、「上海で働く日本人女性の会」

と旦旦会、同じく報告の機会を与えて下さった中国女性史研究会、そして調査報告の集計・

整理に力を貸して下さった名古屋大学院生の服部明子さん(当時復旦大学大学院留学生)

に感謝の意を表したいと思います。

      

陳祖恩『尋訪東洋人――近代上海的日本居留民(1868-1945)』上海社会科学院出版社、2007年(大里浩秋 監訳『上海に生きた日本人――幕末から敗戦まで』大修館書店、2010年)、同『上海日僑社会生活史(1868- 1945)』上海辞書出版社、2009年、高綱博文『「国際都市」上海のなかの日本人』研文出版、2009年等。 

2   須藤みか『上海で働く』めこん、2004年、同『上海ジャパニーズ――日本を飛び出した和僑24人』講談社

+α文庫、2007年等。

3   以下の記述は、総合女性史研究会編『史料にみる日本女性のあゆみ』(吉川弘文館、2000年)、熊沢誠『女 性労働と企業社会』(岩波新書、2000年)、同「女性労働の戦後」総合女性史研究会編『日本女性史論集6  女性の暮らしと労働』(吉川弘文館、1998年)、井上輝子・江原由美子編『女性のデータブック 第4版』

(有斐閣、2005年)、独立行政法人国立女性教育会館・伊藤陽一編『男女共同参画統計データブック―日本 の女性と男性―2009』(ぎょうせい、2009年)を参照。

独立行政法人国立女性教育会館・伊藤陽一編、同上書、53頁。2007年の数字。なお、同年に年間所得250 万円未満の稼得者割合は、正規雇用者の男性の13%、女性の40%、パート男性の92%、女性の98%、派遣 男性の58%、女性の78%を占めている(同頁)。

5   同上書、180頁。なお、数字は2005年時点のものである。

6   以下の記述は、中国女性史研究会編『中国女性の一〇〇年――史料にみる歩み』(青木書店、2004年)、関 西中国女性史研究会編『中国女性史入門――女たちの今と昔』(人文書院、2005年)、末次玲子『二〇世紀 中国女性史』(青木書店、2009年)、中華全国婦女連合会編著、中国女性史研究会編訳『中国女性運動史  1919-49』(論創社、1995年)、顧秀蓮主編『20世紀中国婦女運動史 上巻』(中国婦女出版社、2008年)を参照。

7   「二重役割負担と婦女回家論――「改革開放」後の女性労働」同上『中国女性の一〇〇年――史料にみる 歩み』214〜 216頁。

8   同上文、216頁。

9   数字は2009年末の時点による。21世紀中国総研編『中国情報ハンドブック 2010年版』蒼蒼社、2010年、

118頁及び大和総研

  http://www.dir.co.jp/souken/asia/asian̲insight/101027.html、2010.10.27。

10 サーチナhttp://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0308&f=business̲0308̲009.shtml、2010.10.27。

11   21世紀中国総研編、前掲書、301、335頁。

12   人民網http://j.peopledaily.com.cn/94475/6897002.htm、2010.10.27。

13  信金中央金庫総合研究所編『図解 中国ビジネスQ&A』蒼蒼社、2004年、184頁。

14  『朝日新聞』2010年11月1日、朝刊。

15   信金中央金庫総合研究所編、前掲書、185頁。

(12)

16   前掲『朝日新聞』。

17   21世紀中国総研編、前掲書、465-466頁。なお、2010年10月1日の時点で、在留邦人は5万人を突破した という(『朝日新聞』2011年2月18日、朝刊)。

18   かつてアジア太平洋戦争勃発後にも、上海に在住した日本人は10万人を超えていた(高綱博文、前掲書 等を参照)。

19   以下の記述は主に、2009年12月12日の「上海和僑会立ち上げキックオフ大会」での配布資料と説明によ る。なお、「ASIAN PASSION―アジアを駆ける日本人―上海ドリームをつかめ〜 和僑 たちの挑戦〜」

(2010年5月 NHK福岡)、「クローズアップ現代  チャイナドリーム 追いかけて」(2011年1月 NHK 総合)という番組で、和僑会の人たちが取り上げられていた。中国で働く日本人に対する関心の高まりを うかがわせる。

20   2009年付の「上海で働く日本人女性の会」規約。以下、同様。なお、現地のフリーペーパー『コンシェルジュ 上海』2009年11月号に、同会の女性たちについての特集記事が掲載されている。

21   会長の金子亜紀子さんによると、当時上海で働いていた知人女性がガス中毒で不慮の死を遂げたことに 大きな衝撃を受け、相互扶助の必要を痛感して会の設立に至ったという。

22   2010年3月6日於旦旦会(上海)、3月20日於「上海で働く日本人女性の会」(上海)、9月25日於中国女性 史研究会(東京)。なお、旦旦会とは、上海の復旦大学に関係のある日本人と中国人によって始められた 組織で、月1回主に日本人を講師とした例会を開催している。

23   図9の数字と矛盾するが(図9の数字は日本人男性だけで、日本人女性は含まれていないとも推測できる が)、ここでは回答の数字に従った。

24   実際には中国人社員の転職は珍しくない。せっかく一生懸命教育したのに簡単に辞めてしまうという日 本人社員の不満もよく耳にするが、その背景としてキャリアアップを求めてより高給な条件の職場へと 移るのが当たり前であるという中国人の考え方と共に、日本人と中国人の待遇の大きな格差が指摘でき るのではないだろうか。

25   筆者の所属する大妻女子大学は、一般には「良妻賢母大学」として有名であるが、今回の滞在中、現地採 用で日系企業に働く筆者の学部の卒業生と、他学部卒業の企業駐在員の女性と出会うことができた。上 海での彼女たちの活躍がとても嬉しく感じられたものである。

26   将来への不安については、見てきたとおり仕事に関してが大きいが、私生活についても同様に感じてい る。というのも回答者、そして上海で働く女性たちの多くが独身で、かつ結婚願望はけっして小さくない。

しかも結婚相手としては日本人を希望する人が多いのに、日本人男性たちは企業駐在員等既婚者も多く、

適当な相手と巡り合うことは実は簡単とは言えない。夫が中国人や第三国の人である女性もいるが、そ うしたケースは多くはない。日本人との見合いを経験する人もいるが、国籍にこだわらない姿勢も必要 であると感じられる。

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参照

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