論 文》
大正期における行内検査の考察
銀行の内部監督充実に関する議論と行内検査の事例研究
大 江 清 一
キーワード:行内検査, 銀行の内部監督充実, 金融制度調査会, 地方銀行経営
は じ め に
本稿の目的は, 大正期における銀行の内部検査 (以下 「行内検査」 と略称する) の実態を, 金 融制度調査会での銀行の内部監督充実に関する議 論, 複数の行内検査実務書の内容比較, 行内 検査事例の検討等3つのレベルでの考察を通して 解明することである。 行内検査を検討するにあたっ ては, 地方銀行の行内検査報告書を材料とする。
第1章では, 大正15年10月13日に開催された
第二回金融制度調査会本会議での銀行の内部監督 充実に関する提案と普通銀行制度特別委員会で議 論された質疑応答内容を検討する。 そして, 幹事 サイドの大蔵省と一般委員とのやり取りを通して, 大蔵省が銀行の内部監督をいかなる方法でどのよ うに強化しようとしていたのかを考察する。
第2章では大正期の行内検査に関する一般的見 解を考察するにあたり, 識者3名の行内検査論を 比較検討する。 検討対象として取り上げる行内検 査論は磯部亥助の 「私的銀行検査論」(1), 藤城敬 二の 「銀行検査部論」(2), 榎並赳夫の 「自衛検査 目 次
はじめに
第1章 金融制度調査会における銀行の内部監督充実に関する議論 11 金融制度調査会第二回本会議における問題提起
12 金融制度調査会普通銀行制度特別委員会における議論 13 金融制度調査会における議論の総括的考察
第2章 大正期における行内検査についての見解 21 行内検査に対する一般的見解
22 行内検査の項目別見解比較 23 主要銀行の検査組織 第3章 地方銀行経営の実態
31 大蔵省による地方銀行経営の実態認識 32 地方銀行の行内検査に対する実務家の認識
33 地方銀行経営に関する大蔵官僚と銀行実務家の認識比較 第4章 地方銀行の行内検査事例
41 武州銀行妻沼支店と行内検査報告書概要 42 武州銀行妻沼支店の行内検査報告書の内容検討 43 地方銀行に対する官民の認識と行内検査事例の比較検討 44 行内検査論と行内検査事例の比較検討
おわりに
論」(3)である。 本章では3名の分析視角を重視し て, それぞれに 「私的銀行検査論」, 「銀行検査部 論」, 「自衛検査論」 と命名した。 また3名は一様 に行内検査をメインテーマにしつつも, それぞれ 異なる切り口から行内検査にアプローチしている ため, 比較項目は行内検査の概論や理論的部分に 限定される。 したがって, 比較検討にあたっては, それぞれの行内検査論で共通に取り上げている項 目の最大公約数部分を比較し, 各行内検査論の独 自ポイントは個別に検討する。
第3章では大正期の銀行経営と行内検査の実態 を地方銀行に代表させ, それらを官民の眼を通し て考察する。 地方銀行の経営実態については大正 9年当時, 大蔵省銀行局特別銀行課長であった岡 田信の長野市での講演をもとに, 大蔵省の認識を 考察する。 また地方銀行の行内検査の実態につい ては, 日本信託銀行に勤務していた上述の榎並赳 夫の論文をもとに, 民間の実務家がどのような認 識を抱いていたかを考察する。 つまり, 地方銀行 経営の実態については, 岡田の講演をもとに大蔵 省の認識を確認するとともに, 行内検査の実態に ついては, 民間サイドに身を置く榎並の認識を参 考にして行内検査事例を分析する。
第4章では, 地方銀行である武州銀行妻沼支店 の大正11年, 14年の行内検査報告書を材料とし て, その内容を検討する。 検討に際しては, 大正 10年の合併により熊谷銀行妻沼支店から武州銀 行妻沼支店に衣替えした背景事情や妻沼村の地域 特性, 取引先としての地元名士の実態について,
妻沼町誌 等の地方史料を参考に考察する。
監査役制度の充実によって銀行の内部監督強化 を図ろうとする金融制度調査会の思惑と, 銀行実 務の現場で実施されている行内検査を同じ論文で 取り上げることは, 本来異なるレベルで検討され るべき監査役監査と, 検査部による行内検査を牽 強付会に結び付けようとしているのではないかと 誤解される可能性がある。 しかし, 適法性監査を 中心に実施される監査役監査と, 経営の補佐たる 銀行の検査部が内部統制強化を目的として実施す る行内検査の役割を正確に棲み分ける一方, とも に内部者でありかつ監視・監督を行うという共通
部分も多くあることを正しく認識すれば, 両者が 密接に関係するものとして議論することは, 銀行 の内部監督充実というテーマを追求する上でむし ろ当然と考える。
本稿の考察は先行研究の実績に基づいてその未 開拓分野を補完する形で論点を定め, それを深く 掘り下げるものではないので中心的に参考とした 先行研究はない。 したがって, 日本金融史資料 明治大正編 , 銀行通信録 等の基礎的資料およ び 武州銀行史 , 妻沼町誌 等の社史や地方史 をもとに分析した。 武州銀行妻沼支店の検査報告 書については埼玉県立文書館史料を用いた。
第
1
章 金融制度調査会における銀行 の内部監督充実に関する議論 11 金融制度調査会第二回本会議における問題提起
金融制度調査会は大正15年10月から主たる活 動を開始し, 本会議や特別委員会では銀行制度が 抱える問題について議論してきた。 その主要議題 である銀行の内部監督充実については, 大正15 年10月13日に開催された第二回本会議以降本格 的に議論された。 本章では, 19項目に分けて検 討された 「普通銀行制度に関する調査」 の第9項
「銀行ノ内部監督ヲ一層充実セシムル件」 の提案 内容を概観する。 銀行の内部監督充実に関する提 案内容および提案理由はそれぞれ2つに分けられ ている。 提案内容は以下の通りである(4)。
第九項 銀行ノ内部監督ヲ一層充実セシムルノ 件
本項ハ左ノ通定ムルヲ適当ナリト認ム
一. 監査役ヲシテ命令ノ定ムル所ニ依リ監査書 ヲ作成シ, 銀行ニ備付クルノ義務ヲ負ハシメ 必要ニ応シ銀行ヨリ大蔵大臣ニ之ヲ提出セシ ムルコト, 右監査書ハ毎期二回之ヲ作成セシ メ其ノ内容トシテ役員, 使用人及其ノ関係先 ニ対スル貸出, 一般大口貸出 (第七項第一号 ニ該当スルモノ), 大口所有又ハ担保株 (第 七項第二号ニ該当スルモノ) 並回収困難ト認
ムル貸出等ニ関スル監査又ハ承認ノ事項等ヲ 記載セシムルコト
二. 監査役右ノ監査書ヲ作成セス又ハ其ノ監査 書中ニ不実ノ記載ヲ為シタルトキハ, 制裁ヲ 加フルコト, 銀行カ大蔵大臣ノ右監査書提出 ノ命令ニ違反シタルトキモ又同様タルコト
銀行の内部監督充実に関する提案理由を以下に 要約する(5)。
株式会社組織の銀行における監査役の多く は名前を列するにとどまり, 商法の期待する 職務を行う者は稀である。 したがって, これ らの監査役に業務内容に通暁させ, 併せて監 査の実を上げさせるため, 必ず毎期2回, ① 役員, 使用人およびその関係先に対する貸出,
②一般大口貸出 (1名に対する貸出, 預け金 およびその他の債権が払込資本金および準備 金の10分の1を超えるもの), ③大口所有株 または担保株 (銀行が所有し, または担保と して受け入れる一会社の株式が当該会社の総 株式の5分の1を超えるもの), ④回収困難 と認める貸出等に関する監査または承認事項 等の4つの項目を記載した監査書を作成させ 銀行に備付させることとする。 このようにし て大蔵大臣が監督上必要と認めた時は, 銀行 に対してこの監査書を提出させることとする。
監査役がこの監査書の作成を怠るか, また は不実の記載をした場合は他の同種の場合と 同じく相当の制裁を加える必要があることは 勿論である。 銀行が大蔵大臣の監査書提出命 令に違反した場合でも, 同様の制裁を加える 必要があると認める。
金融制度調査会本会議議事速記録 (第二回) に は上記のように提案内容と提案理由に分けて記録 が残されている。 本会議への提案理由は提案内容 を実質的に繰り返しているだけで, 監査書を作成・
備付させ命令違反や不実記載に対して制裁をもっ て臨む説得的な理由は示されていない。 実質的な 銀行の内部監督充実に関する提案内容や提案理由
については, 第二回金融制度調査会普通銀行制度 特別委員会で議論されるので, その内容を検討す る。
12 金融制度調査会普通銀行制度特別 委員会における議論
第二回金融制度調査会普通銀行制度特別委員会 第二回金融制度調査会普通銀行制度特別委員会 における銀行の内部監督充実に関わる議論では, 司法省民事局長の池田寅二郎委員が質問の口火を 切った。 池田は 「(監査役ヲシテ) 命令ノ定ムル 所ニヨリ」 とあるのは, 法律を定めてその根拠 に基づいて命令するのか, 銀行条例に基づく監 督権に根拠を置くのか, 銀行のある役員にこの ような命令をするのは現在の監督規定に基づくの か, 監査書を銀行に備え付けることになってい るが株主の閲覧に供するのか等について質問し た(6)。
この質問に対して大蔵省銀行局長で普通銀行制 度特別委員会幹事の松本脩は荒井大蔵省書記官に 以下の答弁をさせた。 藤山雷太委員の追加質問へ の答弁も含めた荒井の回答ポイントは以下の5点 である。
この監査役の特別の職務については, 商法 以外の法律の根拠を置いて, 監査役の職務と してこれを規定したい。
監査書はその法律の定めるところに従って 作成させることとする。
この監査書については商法の監査とは別に 取扱う。 銀行の内部のことであるので株主等 には見せる必要はないということにしたい。
銀行の内部監督の方法として特別な取扱い をするので, 普通の監査役監査とは別のもの として立案した。
監査書内容は時々大蔵省にも報告させ, 銀 行に備付させることにより銀行検査官が臨検 した際, 大体銀行の大口貸出が分かるように しておきたい。
荒井の答弁は法律間の守備範囲を調整するとい う意味において, 法技術的には整合性がとれてい るが, 現実を十分考慮しているとは言い難い。 つ
まり, 法律によって監査役に内部監査を義務づけ, その結果を株主等には開示せず, 大蔵大臣のみに 閲覧権を設定するということは, 民間企業の役員 を大蔵省検査の下部組織として利用しようとして いることに等しい。 そこには企業内部の自主モニ タリングを強化しようとする意図は見られない。
換言すると, 法的規制により銀行の内部監督を充 実させようという発想は, 「銀行内部者を利用し た大蔵省の銀行検査強化」 を目指したことに等し い。
藤山委員は監査役の勤務形態, 銀行業者の自己 監督について質問した。 その内容は以下の3点に 要約される(7)。
監査役は常勤しない者が多いが, 今回の措 置は常勤をさせて監査効果をあげようとする ものか。
銀行の破綻は同業者への影響も大きいので,
①銀行が同業者組合等を通じて独立機関を設 け, 自衛的に相互監視を行う, ②会計士のよ うな機能を導入して監督を強化する等の方法 はないのか。
日本銀行がその取引先銀行を検査するとい う話があるが, それらの多くは大銀行で破綻 の心配はない。 むしろ日本銀行とは関わりの 薄い地方の小銀行で不始末が生じやすいと考 えられる。 しかし小銀行でも破綻すると大銀 行も迷惑する。 このような点をこれまで考慮 しなかったのか。
監査役の勤務形態については荒井書記官が答弁 し, 銀行業者の自己監督については松本幹事が答 弁した。 その内容は以下の2点に要約される(8)。
今回の措置で意味する監査役は商法上の監 査役であり, 監査役が常勤しているかどうか は事実問題である。 監査役は常勤していなく ても, 大口貸出先等の実態把握については, 現在の監査役がもう少し周到に監査すれば可 能であると考える。
銀行が同業者組合等を通じて独立機関を設 けて相互監視を行うことや, 会計士のような 機能を導入して監督を強化する方法等につい ては十分研究した。 しかし, これは銀行業者
が自発的に行うべきことで, 政府として強制 することはできない。 したがって, 金融制度 調査会の調査対象として掲げて検討しても, それが実行されるか否かは定かではないので 議題には載せていない。 しかし, これらは結 構なことであるので政府としても実現を強く 希望する。
藤山の質問は企業経営の実態認識に基づいた率 直でかつ的を射たものである。 つまり, 監査役に よる監査の実績を上げようとすれば常勤が前提と なるであろうし, 監査役以外に同業者間の相互監 視あるいは外部の専門家による監視を補完手段と して提案することは, 通常の思考経路を辿れば当 然のことである。
これに対する荒井書記官の答弁は, 「監査役の 監査機能は常勤をしなくても正常に働き, 同業者 間の相互監視等は結構なことで推奨するが政府は 強制しない」 というもので, 藤山の真摯な問いか けに対して真正面から回答したものではない。 つ まり藤山は銀行の内部監査充実という命題を達成 するためには監査役機能の強化にとらわれず, 柔 軟に手段を選んで実践していくべきであるという 本質的な提言をしているのに対して, 大蔵当局は
「銀行の内部監査充実イコール監査役機能の強化」
という既成概念に拘泥して金融制度調査会で議論 されるべき問題の本質を見失っている。
第五回金融制度調査会普通銀行制度特別委員会 安田保善社専務理事の結城豊太郎委員は, 監査 役が監査書の作成を怠るか, または不実の記載を した場合に制裁を加えることを, 議案から削除す ることを提案した。 それは制裁を加えたところで 大きな効果は期待できないことと, 大蔵大臣の命 令に違反して監査書を提出しないことは実際問題 としてなかろうという理由からである。 これに対 して松本幹事は, 他の重役に義務付けられている 提出書類にはすべて制裁が伴っているので, 法的 な権衡上, 監査役に対しても制裁がなければ平仄 がとれないとして制裁文言を削除することに難色 を示した。 この結城の提案には賛成者がなく削除 案は否決された(9)。 三井信託社長の米山梅吉委員
は, 一般大口貸出, 大口所有株等の 「大口」 とい う表現が曖昧で疑いを起すとして削除を提案した。
この提案は受け入れられ, 「大口」 という表現は 削除された(10)。
結城の質疑に対する松本の応答にも大蔵省の硬 直的な姿勢が表れている。 つまり, 銀行の内部監 督充実を監査役機能の強化によって達成しようと する大蔵省にとっては, 監査役の職務怠慢に対し て制裁を与えることが目的達成の有効手段である。
現実を鑑みて制裁の有効性に疑問を投げかける結 城に対して, 大蔵省は他の規定との法的権衡を理 由に制裁規定を盛り込むことに固執した。 このよ うに 「銀行の内部監督充実」 に関するかぎり, 大 蔵官僚主導の議論誘導が金融制度調査会における 話し合いの意義を乏しいものにしている。
13 金融制度調査会における議論の 総括的考察
金融制度調査会における議論を見るかぎり, 大 蔵当局は一般委員の提言を真摯に受けとめて, そ れを銀行の内部監督充実に生かそうという姿勢を 見せていない。 大蔵当局は議論の準備段階ですで に内部監査充実を監査役制度の改革によって行う ことを決定し, それを法制度の整備によって実現 するシナリオが出来上がっていたと推察される。
その証跡は, 本会議や特別委員会において主催者 サイドの大蔵官僚が議論誘導的に会議を牽引して いる点である。
大蔵省が銀行の内部監督強化手段を監査役制度 の充実に限定せざるを得なかった理由としては, 明治期以来, 銀行監査役の有名無実化が深刻な 問題として認識されており, 大蔵省もその改革の 機会を探っていたと考えられること, 第二回金 融制度調査会普通銀行制度特別委員会における大 蔵省サイドの答弁からも明らかなごとく, 検査部 の設置強化や外部監査人の活用等, 法的強制力を 伴わない行政指導については消極的にならざるを 得ないこと, 検査部の充実と行内検査の充実を 指導する場合, その模範となるべき銀行検査の強 化が遅れていたこと等が考えられる。
銀行検査の強化については, 同時期の第四回金
融制度調査会本会議で日銀考査の実施も含めた抜 本的な対策が議論されていた(11)。 したがって, 金 融制度調査会を主催する大蔵省としては, まだ実 現していない銀行検査の充実を前提として, それ を行内検査の範たらしめることは時期的な問題か らも不可能であった。
さらに指摘すべき点は, 銀行の内部監督充実を 大蔵主導で実施しようとするあまり, 民間銀行の 役員である監査役を法的手当により実質的な大蔵 省検査局の外局として取り込もうとする意図が明 白なことである。 つまり, 大蔵省は罰則規定を設 けて半ば強制的に当局検査の下請業務を監査役に 押し付けようとしたと考えられる。 結城豊太郎の 罰則規定廃止提案が退けられたのは, この罰則規 定こそが大蔵省にとっての内部監督充実の拠り所 であったからである。
以上の考察により, 銀行の内部監督充実に関す る金融制度調査会での議論は, 大蔵省と一般委員 の思惑がすれ違うことにより, 実質的な検討が十 分行われたとはいえないと結論づけられる。
第
2
章 大正期における行内検査に ついての見解21 行内検査に対する一般的見解
大正期における行内検査の一般的見解を考察す るにあたっては, 同時代の識者3名の行内検査論 を比較検討する。 本章で取り上げる行内検査は, 磯部亥助の 「私的銀行検査論」(12), 藤城敬二の
「銀行検査部論」(13), 榎並赳夫の 「自衛検査論」(14) である。 磯部は行内検査を大蔵省検査等の公的検 査との比較において私的検査と位置付けて分析し, 藤城は行内検査を銀行検査部という組織・制度の 側面から分析した。 また榎並は日本信託銀行に勤 務する実務家である。 同氏は地方銀行の自衛検査 を分析するにあたり, まず銀行一般の行内検査を 総括する立場から行内検査を分析した。
また榎並の自衛検査論本来の目的は, 地方銀行 の行内検査の実態を分析することであるので, 後 段の章において地方銀行の行内検査事例と検討す るにあたって同氏による地方銀行の実態に関わる
分析結果をさらに詳細に検討する。 上記3名の識 者の著作や論文構成から本章で比較対象とする項 目を抜粋整理して図表1に示す。
22 行内検査の項目別見解比較
行内検査に関する3著作は, 大正9年の磯部亥 助 私的銀行検査法 , 大正11年の榎並赳夫 「地 方銀行ノ自衛検査ニ就テ」, 大正15年の藤城敬二 銀行の検査部 の順序で発行されており, 後年 の研究ほど先行研究の影響を受けた記述や批判的 記述が多くなると考えられる。 しかし, これらの 研究は純粋な学術的研究としてではなく, 実務書 として発表されているので, 詳細な注記により引 用された先行研究が明確に示されているわけでは ない。 3著作とも大正9年から15年に至る5〜6 年間に著されているので, この時期をひとかたま りとして並列比較することに問題はないと考える。
しかし, 藤城敬二の 銀行の検査部 だけは大正 15年に開催された金融制度調査会における銀行 の内部監督充実に関する議論を勘案している。
行内検査に関する諸見解に基づく総括的考察 大正期の行内検査に関する3著作を比較した結 果言えることは, 3名の識者が独自の見解を有し ているということである。 つまり, 行内検査の定 義に関しては, 磯部が銀行の存立にとって行内検 査を必要不可欠なものとして位置づけたのに対し
て, 藤城と榎並は銀行業務の基礎を確立し, それ を完璧にする上で必要であるとしながらも, 銀行 の存立に不可欠であるというほどには行内検査の 重要性を絶対視していない。 このスタンスの違い は行内検査の権限に対する考え方にも影響を及ぼ している。 磯部は行内検査には最高の権限を与え るべしとして特段の制限は示していないが, 藤城, 榎並はそれほどまでに強力な権限を与えるべきと いうスタンスはとっていない。 藤城についてはむ しろ合理的な範囲で権限を付与すべきという限定 つき権限付与が望ましいとしている。
行内検査の目的に関しては3著作の特徴が明確 である。 磯部は行内検査を究極の目的から説き起 こし, 「預金者保護」, 「株主の満足」, 「経済社会 の発達」 を達成するために行内検査が実施され, それらを実現するための実務レベルの目的をさら に設定している。 つまり, 銀行はそのステークホ ルダーの満足と経済社会の発達を実現することが 行内検査の究極の目的であるとしている。 次いで マクロ面から行内検査の目的を論じたのは榎並で あるが, 同氏は銀行の基礎を固める上で必要であ るとして行内検査を位置づけており, 磯部ほどの 具体性はない。 藤城は行内検査の目的をマクロサ イドからは論じていない。
3著作の相違が最も顕著に表れているのが行内 検査の組織である。 主要な論点となるのは検査部 を監査役に所属させることの是非に関する議論で 図表1 行内検査論の論文構成比較
磯部亥助の 「私的銀行検査論」 藤城敬二の 「銀行検査部論」 榎並赳夫の 「自衛検査論」
私的検査の意義 私的検査の機関 私的検査の組織 私的検査の権限 私的検査の職務 私的検査の目的 私的検査の方針 私的検査の主義 私的検査の効果
検査部の組織
検査部の所属および地位 監査役制度改善説に関連する
検査改善説 検査部の権限 検査部各員の職務 検査事項
自衛検査の意義 自衛検査の制度及び組織 自衛検査制度の種類 検査部の組織 検査役の資格 検査部の権限職務
出典: 磯部亥助 私的銀行検査法 (隆文館図書, 大正9年)。
藤城敬二 銀行の検査部 (文雅堂, 大正15年)。
榎並赳夫 「地方銀行ノ自衛検査ニ就テ」 有岡直治編集 銀行ノ検査及監督法 第3版 (大阪銀行集会所, 大正11年)。
注:本図表は各著作の目次から主要論点を抽出して掲載した。
ある。 この論点に関しては, 磯部と藤城が鋭く対 立している。 磯部は商法上の権限に基づいて行わ れる監査役の監査監督と銀行の自存上, 自主的に 実施される検査部検査は似て非なるもので, これ らの近似する業務を安易に合体することは銀行の 内部監督上種々の問題を生じるとしている。 これ に対して藤城は, 監査役監査が皮相的であるがゆ えに, 監査役の下に検査部を所属させ法律的根拠 に基づいて行内検査を行うことは, むしろ検査制 度の根本的改革であるとしている。
両者の所説を比較すると, 磯部は行内検査の定 義や目的から検査組織に対する考え方に至るまで, 一貫して行内検査の特質を監査役による監督監査 と異なるものであるという論旨に則り理論展開し ている。 これは監査役監査と検査部の検査は似て 非なるものであるがゆえに, 両者はそれぞれの立 場で検査品質を向上させるべきであるとする考え である。 つまり, このような論理一貫した考えに 立てば, 単なる彌縫策に過ぎない両者の合体を相 乗効果の名の下に実行するということはとんでも ない愚行であるという結論に達する。
これに対して藤城の見解は, 組織内の監督機能 のダイナミズムを取り戻すためには監査役と検査 部のそもそもの定義や目的は二の次で, 建前より むしろ実を取って現実的に内部監督を強化するこ とが重要という趣旨と理解できる。 しかし, 現実 論として機能するのはむしろ磯部の考え方で, 藤 城の見解を実行に移すと, 銀行の内部監督機能を 強化するという現実的な目的からはむしろ遠ざか る結果になると考えられる。 なぜなら, 監査役監 査の皮相性は現実問題として銀行内部のみならず 金融制度調査会においても真摯に議論されるほど の深刻な問題で, 当時の実態から推察すると, こ のような実態なき監査機能に検査部を組み込むこ とはむしろ検査部の活動を停滞させ, 従来独立的 に機能してきた検査部本来の職能すらも全うでき なくなる可能性の方が高いからである。 藤城の考 え方は金融制度調査会が監査役機能を法制面で矯 正しようと考えたのと同じく, 同機能を検査部と の合体により活性化しようと考えたものと位置づ けられる。 大正15年に発行された藤城の著作は
同時期の金融制度調査会での議論を踏まえたもの であり, 結果的に公的機関による監査役機能の活 性化運動に, 民間サイドから呼応した形となって いる。
行内検査の職務に関しては, 唯一磯部が経営監 査的役割を検査部長の職務として明確化している。
これは本支店全部にわたって営業方針の可否につ いての回答を与え得る地位にある検査部長が最高 顧問として忠言を与えることがその職務の一つと なるという言葉に示されているように, 行内検査 の究極目的をステークホルダーの満足と経済社会 の発達への貢献であるとした磯部ならではの観点 と考えられる。 つまり, 磯部は行内検査が銀行の 内部統制厳格化に資するのみならず, 営業面での アドバイス機能を有するものとして位置づけてい た。
23 主要銀行の検査組織
大正12年に三井, 三菱, 住友等, 主要銀行3 行の検査制度・組織について, 銀行通信録 に
「銀行の検査自営制度」 と題した記事が掲載され た(15)。 この記事は主要3行の検査組織を並列に比 較したもので, 特段の分析や意見が付されている わけではないが, 前章での行内検査論の諸説と対 応するがごとく各行の検査制度や組織にはバリエー ションが見られる。 図表2に3行の検査制度を要 約し, 若干の考察を加える。
主要3行のうち最も検査制度を重層的に制定し ているのは三井銀行である。 検査は支店, 本店, 検査課, 監査役の4階層に分かれている。 検査課 は取締役に所属し, 営業諸規定に基づくオーソドッ クスな検査を実施する一方, 監査役監査は2名の 常勤監査役により, 取締役に回付される社内稟議 書内容の監査にまで踏み込んで実施されている。
この点に関しては前章で考察した磯部の所説をそ のまま実践しているように思われる。 しかし, さ らに念入りなのは支店レベルで, いわゆる自主的 モニタリングを実施している点である。 独立的モ ニタリングとしての監査役監査と検査課による検 査が自主モニタリングと並行して実施されている 点を勘案すると, 当時の三井銀行には現在の銀行,
あるいはそれ以上の内部監督制度が存在していた といえる。
三菱銀行は検査部を取締役, 監査役両者に所属 させる変則的な検査制度を採用している。 これは 前節で考察したいずれの行内検査論にも該当しな い。 銀行通信録の表層的な記事だけでは三菱銀行 の真意を正確に推し量ることは不可能ではあるが, 論理的, 実務的両面から見て一貫性, 整合性に欠 ける検査制度と思われる。 また, 常勤監査役が目 下休止中であるということは, 三菱銀行には基盤 が不安定な行内検査と事実上機能しない監査役監 査が併存している状態であり, 決して厳格な内部 監督が実施されている状況とは言えない。
住友銀行は支店レベルで随時自主モニタリング を行う一方, 常勤監査役に検査部を所属させその 補佐を行わせている。 この方式は一見前章で考察 した藤城の所説を実行しているように思われるが, 記事内容が正確な実態を示しているとすると, 住 友銀行の検査制度は必ずしも藤城の行内検査論を 正確に実行しようとするものではない。 藤城が検 査部を監査役に所属させようとする真意は, 皮相 的な監査役監査を検査部検査によって活性化し相 乗効果を得ようとするものである。 したがって, 検査部検査は必ずしも監査役の監査事務を補佐す ることを期待されているのではない。 つまり皮相 的な監査役監査の補佐業務を実施することによっ ては両者の相乗効果を期待することはできない。
以上のように, 首都に拠点を置く主要銀行にお
いてすら, 行内検査論が求める理想的な内部監督 制度を導入している事例は稀であることが理解で きる。
第
3
章 地方銀行経営の実態本章では銀行監督当局による地方銀行の実態認 識を大蔵事務官の講演を通して明確化し, 銀行実 務家による地方銀行の行内検査に対する認識を確 認する。 その上で行内検査の実例として武州銀行 妻沼支店の行内検査報告書を取り上げ, その内容 を検討する。 これらのプロセスを経て 「銀行監督 当局による地方銀行の実態認識」, 「地方銀行の行 内検査に対する銀行実務家の認識」, 「地方銀行に おける行内検査の事例」 の3者を比較検討するこ とにより, 地方銀行を通した大正期における行内 検査の実態を考察する。
31 大蔵省による地方銀行経営の実態認識 大正9年4月, 大蔵省銀行局特別銀行課長の岡 田信が行った, 「検査ノ立場ヨリ観タル地方小銀 行ノ通弊」 と題する長野市での講演の内容が大阪 銀行通信録に掲載された。 講演は大正9年3月 19日の株価暴落前に行われたが, 講演録の発刊 は株価暴落直後であった。 本節ではこの講演内容 に基づいて地方銀行に対する大蔵省の認識を考察 する。 岡田は銀行検査の本旨を概括的に述べた後, 地方銀行の通弊について詳細に論じている。 これ 図表2 主要銀行3行の検査組織比較表
三 井 銀 行 三 菱 銀 行 住 友 銀 行
取締役の下に検査機関を設ける以外に常任 監査役が取締役に対立して検査を行う制度。
第一次 各支店で検査委員3名を選定し臨時 検査を行う。
第二次 本店に内国課, 外国課を置き, 各支 店の営業状況の監督検査を行う。
第三次 取締役の下に検査課を置き営業諸規 定に基づき検査を行う。
第四次 監査役中2名を常任とし, 常務取締 役を経る書類を全て検閲するほか営 業一般の監査を行う。
第一次 検査部を設けて諸般の 検査を行う。 検査部は 取締役, 監査役両者に 属する。
第二次 監査役の監査 (常任監 査役は目下休止)。
第一次 各支店に随時検査委員 を選定し検査を行う。
第二次 常任監査役 (常任は最 近設置) の下に検査部 (従来よりあり) を置 き検査員を常置して監 査役の監査事務を補佐 させる。
出典: 銀行通信録 (第449号, 大正12年3月)。
は当時の銀行監督当局の地方銀行に対する認識を 代表する見解と考えられる(16)。 講演内容は体系的 かつ詳細であるので, 項目に沿って内容を概観す る。 岡田の講演内容は以下の範囲に及ぶ。
1. 銀行検査の本旨 2. 地方銀行の通弊
重役の無責任, 情実に囚われる地方の小 銀行, 執務の不規律
3. 営業上の欠陥
大口の貸出, 信用貸と担保貸, 担保品 の取扱方, 借用人の資金の使途, 手形の 取扱方, 期限を経過せる貸出, 手形貸付 と割引手形, 未払利息と未経過割引料, 利鞘の目安, 所有有価証券, 不動産, 所有物の見積価格と消却,物品の出納保管, 所有物の処分方, 支払準備, 預金の争 奪, 貯蓄銀行業務の営業, 倉庫業の兼営, 決算, 滞貸金の消却, 積立金, 増資, 重役の怠慢と通弊, 取締役会, 営業費, 事務の分課, 株主総会の軽視, 公告の 間違, 支店の設置
4. 銀行合同の必要
大蔵省検査関連通達との比較による地方銀行 経営の特徴
地方銀行の実態に関する岡田の指摘内容を, 大 正13年8月に普通銀行全般を対象として発牒さ れた 「銀行注意事項三十箇条諭達」 (以下 「三十 箇条諭達」 と略称する) の内容と比較することに より, 地方銀行に固有な指摘を浮き彫りにする。
「三十箇条諭達」 の30項目をまとめた大蔵省のね らいを要約すると以下の通りとなる(17)。 岡田の講 演は大正9年に行われたので, 両者間には4年の 時期的な開きはあるが, この間に銀行監督行政の 根本的な変化はないので概ね同時期とみなして比 較する。
財務報告の信頼性確保 9件 銀行役員の規律付け 7件 銀行・会社の経営・資本の充実 4件 情報公開 4件
法令遵守 3件
与信管理強化 3件
三十箇条諭達を岡田の指摘内容と比較しても, 大きく異なる点は見られない。 しかし岡田が地方 銀行の通弊として強調した重役の無責任, 特に地 方固有の 「大株主すなわち有力者, 有力者すなわ ち重役」 というコーポレートガバナンスが機能し にくい構造に端を発する情実の問題は, 普通銀行 一般を対象とした三十箇条諭達の記述からは窺い 知れない地方銀行の宿である。 また貸出運用機 会が少ないという地方銀行特有の経済環境に起因 するのは, 投機を目的とする無軌道な有価証券投 資と手形の取扱いの粗雑さに代表される事務未習 熟の問題である。
換言すると, 地方銀行の通弊は当時の普通銀行 が有する通弊でもあったが, 都市部と地方の間に 存する地域間格差, つまり地縁の強さと, 経済が 未発達であることに起因する, コーポレートガ バナンスの機能不全, 貸出運用における規律不 足の2点が地方銀行の際立った通弊であるという ことになる。
32 地方銀行の行内検査に対する実務家の 認識
榎並は地方銀行を 「金融市場所在銀行ヲ除キタ ル地方ノ銀行」 と定義した。 つまり, 銀行が財界 の勢力を指導し得る東京, 大阪, 京都, 名古屋等 の大都市を除く, 地方に所在する銀行を地方銀行 と定義した。 榎並の地方銀行に対する認識は以下 の5点に要約される(18)。
経済界の膨張にしたがって地方銀行も増資, 合併を実施してその規模を拡大しているので, 都市部に所在する銀行と同一業務を行い地方 財界の中核となっている。
しかし, 地方銀行の経営を都市部に所在す る銀行と同一に議論するには両者の差異が大 きい。 地方銀行の執行機関はおおむね行務に 対する責任観念が薄弱な人が多い。 この状態 は地方的には普通であるかも知れないが銀行 本来の使命を考えると心配である。
具体的な問題点は, ①実際の業務は支配人
任せで, 事件が起こって初めて驚嘆する, ② 株式組織の銀行を自己の所有と同一視して公 私混同し, 不知不識の間に犯罪に陥る, ③実 務技能を有しない行員の監督が不十分なこと 等である。
上記からにより, 弊害や問題が起こる ことや波及効果が大きい点等, 銀行の存立に 関わる点を慎重に考量すべきであることは都 市部の銀行と比較してもその重要性は劣らな い。
業務執行機関はこれらの点を考慮して銀行 業務運営の研究を行うことが必要で, 自衛検 査部の設置を十分慎重に考慮すべきである。
自衛検査部を既に設置している場合は改良し, 未設置の場合は分課して長期的観点からその 設置を考えるべきである。
榎並の地方銀行に対する基本認識は, 地方銀行 役員の経営姿勢と行務に対する責任感が, 都市部 の銀行と比較して薄弱だということである。 その 一方で, 地方銀行の重要性は増資や合併により増 大しているので, 経営階層の銀行経営への姿勢に 問題があるということは, 地方経済のみならず日 本経済全体にとっても重大なマイナス影響がある ことを意味する。 榎並の所属組織である日本信託 銀行は, いわゆる都市部に中枢機能を有する金融 機関であるので, 自組織との比較で地方銀行の問 題点を語る場合, どの程度の客観性が確保される かという点に疑問の余地はある。 しかし, 大蔵官 僚とは異なり, 自ら銀行業務に携わる実務家の目 線から見た地方銀行の実態認識については傾聴の 価値があると考える。 榎並は上記の視点から地方 銀行経営の態様に応じた検査部の設置を提言して いる。
33 地方銀行経営に関する大蔵官僚と 銀行実務家の認識比較
地方銀行の経営実態に対する大蔵官僚と銀行実 務家の認識には大きな相違は見られない。 しかし, 地方銀行経営態様に応じた検査部のあり方に焦点 を絞ると, 実務家としての榎並の認識は以下の3 点で, その内容は地方銀行の特質を捉えている。
地方銀行規模による影響度の大小は, 都市 部の銀行との比較で計るべきではなく, 地方 経済に対する影響で考えるべきである。
地方銀行と都市部の銀行の間では検査部設 置の基本的考え方は大きく異ならない。 古い 歴史を有する銀行, 新設銀行ともに支店数, 兼営業務, 機関銀行であるか否か等を斟酌す ることが必要である。
地方銀行の重役はその社会的良心を地方産 業界のために発揮することが緊要で, 適切に 都市部の銀行に人材を求めるべきである。
地方銀行に検査部を設置するにあたっての重要 なポイントは, 都市部を含めた銀行全体との比較 で検査部の規模を定めるのではなく, 第一義的に は当該地方における地方銀行の規模と影響度が重 要である。 榎並はその点を認識していたと考えら れる。 また, 地方銀行では特に支店数, 兼営業務, 機関銀行であるか否か等を考慮すべきであるとし ているのは, 地方銀行が営業上のニーズをあま り考えずに都市部に支店網を拡張する傾向がある こと, 地縁や血縁等の関係から兼営業務, 機関 銀行が地方銀行経営の桎梏となる可能性が都市部 の銀行より大きいこと等の理由が考えられる。 地 方銀行の重役にはあまりに多くのしがらみが地場 企業をはじめとする地元関係者との間にあるので, それらから自由な都市部の銀行から人材を迎える ことは 「経営ノウハウの移転」, 「地場とのしがら みの切断」 の両面から有効と考えられる。
榎並の認識は, 都市部と地方銀行はほぼ相似形 の問題点を互いに有しながら, 地方銀行には地場 とのつながりからくる厄介な問題があり, それが 地方銀行家にとっては正論を貫いて銀行経営を行 う上で決定的な足枷となるというものである。 し たがって, 地方銀行の役員が腐敗する原因も都市 部の銀行と比較すると格段に多く, 加えて役員の 責任感や業務知識の不足が経営の乱れに拍車をか ける可能性がある。
後段の章では, 地方銀行の一例として武州銀行 菱沼支店の行内検査事例を分析し, 行内検査論 で述べられている理想が実務でどのように実践さ れているのか, 都市部の銀行と比較した地方銀
行特有の問題点が検査報告書に表れているのか等 について考察する。
第
4
章 地方銀行の行内検査事例41 武州銀行妻沼支店と行内検査報告書概要 本章で事例研究の対象とする武州銀行妻沼支店 は, 大正10年10月12日, 熊谷銀行との合併を 機に同行から継承した支店である(19)。 妻沼支店は 明治27年7月の熊谷銀行設立後17年経った明治 44年10月に開設された支店で, 合併時点で10 年を経過していた。 合併直前の大正10年7月29 日時点の熊谷銀行の資本金は100万円, 総資産は 306万円であった。 一方, 同年12月末時点の武 州銀行の資本金は662万円, 総資産は2,400万円 であったので, 資本金で1対7, 総資産で1対8 の吸収合併となった。 両行の合併契約書には片務 的な条項はなく, 熊谷銀行も大正10年7月時点 で前期繰越金が1万3千円程度あったので, いわ ゆる救済合併ではなく時代の趨勢と監督当局の指 導に従った合併であったと推察される(20)。
しかし, 妻沼町誌 は両行合併の背景として, 熊谷銀行の傍系である熊谷貯蓄銀行で発生した不 祥事をあげている。 店舗が別で役員は殆ど共通で あった両行は一体経営を行ってきたが, 熊谷貯蓄 銀行行員の投機失敗で役員が経営に嫌気し合併を 決意したというのである(21)。 背景事実の真偽は別 として, 両行の合併は熊谷銀行の合併当時の規模 からして前章で取り上げた岡田信が, 地方銀行監 督政策の結論として述べた, 「競争単位に満たな い小銀行の効率的合併」 を推進する大蔵省の意向 に沿ったものであった。 本章で検討対象とする行 内検査報告書は, 合併1年後の大正11年6月と 4年後の大正14年3月に実施された2回分であ る。 両報告書は体裁もボリュームも異なるので個 別に検討する。
42 武州銀行妻沼支店の行内検査報告書の 内容検討
妻沼支店検査報告書 (大正11年6月) の要約 本検査報告書は田辺, 吉田2名の検査員によっ
て実施されたが, 報告書目次はなく, 簡単なまえ がきに続いて1. 当座預金, 2. 当座貸越, 3. 定
期預金, 4. 事務取扱上の注意, 5. 付記の順に検
査結果が記載されている。 以下項目ごとに内容要 約する(22)。
まえがき
妻沼支店は土地柄, 取引先に農家が多く担 保は大半不動産で有価証券は殆どない。 した がって, 商業銀行というよりは不動産銀行と 呼んだ方が良い。
これは熊谷銀行時代の弊風であり, いたず らに土地抵当を安全第一と考え, 金融の円滑 迅速を無視することは改める必要がある。
1. 当座預金
小切手に加えて支払伝票を作製するのは二 重手間であるので, 小切手をもって支払証憑 とすべきである。 但し, 小切手の引き落とし により貸越が生じる場合は割印を使用するこ と。
印鑑簿の整理が不完全である。 但し, 合併 以後取引を開始したものについては整理が行 き届いている。
[付記] 妻沼支店は合併以後専心整理に努めたと聞く が, 熊谷銀行時代の取引先に対しては印鑑証の 提出を再三督促するものの, いずれも過去の慣 例に倣って提出しないと聞く。
小切手は諸伝票とともに整理し, 小切手帳 受領証は別に整理すること。
当座取引契約書 (当座規定) は合併以後に 開始した取引客分は整理されているが, 旧銀 行時代からの分は印鑑簿同様整理されておら ず, 徴求する必要がある。
2. 当座貸越
印鑑は当座預金同様整理されておらず, 至 急督促する必要がある。
担保として差し入れた有価証券に差入証, 委任状, 承諾書等を添付しているが, 有価証 券とこれらの書類は別保管する必要がある。
貸越約定書は全部整理してあるが, 当座預 金契約書のないものが多い。 徴求しておくこ とが必要。
貸越利息の算出に違算がある。 再調してい ないためと思われるが, 注意を要する。
承認状は当座貸越取引先だけに発送してい るが, 以後は当座預金者にも発送すべきであ る。
3. 定期預金
支払済証書は原簿に添付してあるが, 消印 がないのは遺憾である。
定期預金の印鑑を徴求していないものが多 くある。 至急追徴すること。
定期預金記入帳を1年期限のものと6ヶ月 期限のものに別口整理するのは良いが, 定期 預金証書は一冊で両者兼用とするべきである。
別冊を用いると番号を混同するおそれがある。
裏書譲渡禁止文言の記載がない。 早速準備 が必要である。
4. 事務取扱上の注意
振替伝票を使用せず, 全部入金, 支払両伝 票によって整理しているが, 現金の出入りに 関係ない取引が発生した場合には振替伝票を 作製する方法が可能である。
印鑑照合係がまずその真偽を確認すること は大いに結構である。
諸伝票は翌日必ず日記帳と照査し, 日記帳 の誤記を訂正すべきである。
諸伝票, 証憑類は翌日必ず検査し, 法律上 の欠陥および支配人, 各係員の捺印の有無を 確かめるべきである。
事務取扱は行員全員の手を経て, 比較的分 科的に行われていること, および家族的に執 務していることは喜ばしいことである。
5. 付 記
当地方は, 数年以前は秋繭の出廻期になる と繭仲買人の買入資金に対して相当の貸出が あった。
しかし昨今彼等は高利で銀行から借入れる よりむしろ, 農家から繭そのものを原価より 割高に買い取って他に転売することにより利 益を得るという得策を覚えたので, 以前より 貸出が減少しているという。
妻沼支店検査報告書 (大正11年6月) の考察 行内検査は合併1年後の早い段階で, 武州銀行 出身の検査員による事務レベルのチェックを主眼 として実施されたものと考えられる。 検査指摘に は熊谷銀行時代の通弊をついたものが見られるが, 概ね事務的で淡々とした内容の報告書となってい る。
検査報告書の冒頭では, 「妻沼支店は土地柄, 取引先に農家が多く, 担保は大半不動産で有価証 券は殆どない」 と断定しているが, 3年後の大正 14年に実施された行内検査資料によると, 貸出
全体の64%を占める証書貸付合計49口の内, 有
価証券担保貸出が21口あり, 証書貸付合計金額 57,042円62銭の内有価証券担保貸出は34,067円
35銭と約60%を占めている。 これに対して不動
産担保貸出は全体の34%とむしろマイナーであ る。
妻沼支店検査報告書 (大正14年3月) の要約 本報告書は田辺正次, 山崎孝蔵2名の検査員に より実施され, 重役各位に提出された。 検査を実 施するにあたり諸勘定残高は大正14年3月12日 によることが明記されている。 大正11年6月の 行内検査と異なり, 目次で検査報告書の概要が把 握できるようになっている。 目次は以下の通りで ある(23)。
1. 当店の歴史
2. 営業方針と当店の使命 請求に厳ならざること 手形の形式を利用せざること 3. 注意事項
(甲) 貸 付
証書貸
当座貸越
(乙) 預 金
定期預金 当座預金 特別当座預金 その他
1. 当店の歴史
大正7年まで妻沼地方の住民は熊谷銀行本 店まで取引に来なければならない不便さがあっ たことと, 当地方の発展可能性を考えて妻沼 支店が設置された。 当地方に対する貸出回収 を看過できないことが設置の理由であった。
当時の妻沼支店支配人は同町出身者であっ たので, 町内の人々の便宜と町の発展を図る ことに熱心であった。
当時は普通銀行が不動産担保貸出を行うこ とが危険視されなかったために, 現支配人が 苦心する素因を作った。 これは先年妻沼支店 の検査を実施した際, 不動産をめぐり当時の 支配人と検査員が衝突したことからも明らか である。
一方預金は農村が疲弊したことが減少の要 因であろう。
2. 営業方針と当店の使命
当店の営業方針は, 固定貸付の整理と預金 増加であることは明らかである。 大正12年 2月と大正14年4月の預金, 貸出金を比較 すると図表3, 4の通りである。
貸出は24千円程度減少したが, 預金は21 千円程度増加した。 貸出の減少は当店の現支 配人就任後が大部分であるが, 割合小口が多 い。 回収し易い部分が回収され困難な部分は 残されているといっても過言ではない。 真の 整理には, なお道遠しの感がある。 その原因 は以下の通りである。
請求に厳ならざること
支店の営業方針が前述のごとくである以 上, 町内で勢力を有する者であろうと, ま た多忙の如何に拘らず根気強く請求すべき である。 他に影響する点について考慮する ことは程度問題であるが, 都合に応ずるこ
とは整理上大いに問題がある。
手形の形式を利用せざること
当店の貸出合計89千円 (3月12日現在) のうち57千円は証書貸付で, 手形貸付が 皆無であることが大きな欠点である。 当行 の本支店に類がないこの証書貸付という形 式が整理を阻害すると信ずる。 証書貸付の 期限は短くても半年であり, かつ債務者は 利息を支払いさえすれば期限経過は可能で あるという見方が生じやすい。 これを改め ることは困難であろうがこれも支配人の考 え一つである。 つまり, 手形という武器を 利用することである。 手形の期日は長期で も90日であるので, 証書貸付と比較する と請求権の行使期日が速やかに到来する。
このようにして強硬な態度で債務者に接す れば, 整理の実績が上がると思われる。 3 月12日現在の残高により証書貸付を担保 別に整理すると以下のようになる。
不動産担保抵当 17口 19,620円 有価証券 21口 34,067円35銭
信用保証 11口 3,356円27銭
合計 49口 57,042円62銭
上記のうち不動産抵当はその性質上, 証 書貸付の形式で良いが, 有価証券, 信用保 証は手形貸付の形式に改めるべきである。
預金は21千円増加しているので, この点 については支配人, 行員は努力をしたと思 われるが, さらに進んで預金増加策を検討 したかという点については疑問が残る。
当町内では深谷商業銀行が県金庫取扱店 であるので, 高金利で勧誘し当行では熊谷 支店の勢いが盛んなこともあり, 当店はそ の背後で目立たないかも知れない。 しかし, このような難関を切り抜ける努力と方策を 尽くしたであろうか。
わが銀行の看板 「武州銀行妻沼支店」 を もって遠慮なく預金吸収策を打ち出したら どうだろうか。 検査の結果, 営業案内の影 すらも見当たらなかった。 また従来, 広告, 宣伝は効果が少なからずあるが, 個別訪問