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音楽のアイデンティティをめぐる断想

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

音楽のアイデンティティをめぐる断想

著者 安田 寛

雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学

巻 56

号 1

ページ 141‑145

発行年 2007‑10‑31

その他のタイトル Reflections on Music and Identity

URL http://hdl.handle.net/10105/646

(2)

1.はじめに

音楽のアイデンティティという極めて曖昧な表現で、

音楽、日本人、アイデンティティの3つのキーワードを 含む問題を指し示そうとしている。それに日本という国 家を含めると、4つのキーワードを含む問題である。

私がこれから考えようとしている問題は定義からし て、あるいはただ表現するだけでも難しい。音楽によっ て日本人であることをアイデンティファイしようとする と、どんな問題がどんな時にどのように発生するのか、

ということである。

なぜ、音楽によって日本人であることをアイデンティ ファイしなければならないのか、誰がどんな状況で音楽 によって日本人であることをアイデンティファイしよう とするのか、なぜ、そうしなければならなくなるのか、

という問題の発生そのものがまず問題となる。

その次にそうして発生した問題はどのような広がりを 持つのか、どんな性質の問題なのか、どんな構造を持っ ている問題なのか、が問題となる。

こうしたことを出来るだけ鳥観することがこの論述の 目的である。

研究方法として、筆者のこれまでの研究で上記諸問題 について折々に考えたことをまとめることと、関係する と思われる論文や書籍を分析総合することになる。した がって典拠は2次資料だけである。しかし、民族学的観 点あるいは歴史的観点からする多くの音楽研究にとって 絶えずつきまとう問題であるから折りに触れて言及され る問題であるが、音楽とアイデンティティの問題それ自 体に的を絞った論述が意外に少ない現状では、それなり の意義が見いだせるものと思う。

論述には、具体例の提示とその一般化といった形式を 採用する。

音楽のアイデンティティをめぐる断想

安 田  寛

奈良教育大学音楽教育講座(音楽科教育)

(平成19年5月7日受理)

Reflections on Music and Identity

Hiroshi YASUDA

(Department of Music Education, Nara University of Education, Nara 630-8528, Japan) (Received May 7, 2007)

Abstract

The very vague expression of the identity of music is intended to express the problem that contain three key words, music, identity and Japanese. This problem can be hardly define or put into words. This problem occurs when Japanese try to identify music with himself. This paper treats what situations force Japanese to identify with his music and that the action to identify with his music involve Japanese in difficult conditions. The object of this paper is obtain an over view of this situations and difficult conditions. The concrete cases are shown in the following and general laws are drawn from there. The data to be used are only secondary data. However, since there are few papers which discussed this problem itself although this problem always hangs around when music is studied historically or ethnologically, as it is, this paper is considered with meaning.

Key Words: Music, Identity, Japan キ−ワ−ド: アイデンティティ、音楽、日本人

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2.問題の素朴な発生

音楽と日本人のアイデンティティの関係を問題にする と日本人にとっては実に悩ましいやっかいな問題になる のであるが、それはとりあえず置いておいて、アイデン ティティの問題は何かとても重要な問題、どうしても直 面しなければならない切実な問題である、というような せっぱ詰まった考え方は止めにして、そうであるよりも、

何かこう一時の気晴らしのように、クイズか何かの出題 だと考える。それともアイデンティティの問題は観光に つきまとうクイズだと考えてみると、この問題がどんな 状況で発生する問題なのか一番自然な形で納得がいくで あろう。

例えば音楽好きの日本人がイタリアのミラノに旅行し たとする。その時日本人観光客は自然に、時分がミラノ に来たと心底感じられるような音楽を聴きたいと思うに 違いない。わざわざ高いお金と大切な時間を使ってやっ てきて、アメリカのロック音楽をミラノで聴きたいと思 わない。だからスカラ座でヴェルディのオペラ、例えば 椿姫とかアイーダを聴けば、この欲求は満足させられ る。

同じことが日本に観光旅行に来た外国人に言える。彼 らは日本でヴェルディの椿姫とかアイーダを聴きたいと は思わない。彼らが日本に来たという感情を満足させる もの、だから歌舞伎とか能とかそんな音楽を聴きたいと 思うであろう。そんな彼らが日本の街で聞こえて来る音 楽がアメリカの若者の音楽とちっとも変わらないものだ ったら、当然というべき戸惑いに捕らわれてしまう。も しかしたら、こんなにも日本の音楽がアメリカの音楽だ らけだと気づかされたとたんに、自分が出会うはずだっ た日本はどこへ行ったのだと酷い失望に襲われかねな い。

それからこんな状況も想像出来る。オペラが楽しめる 日本人なら、スカラ座でヴェルディのアイーダでもオテ ロでも切符が手に入ればそれこそ喜んでみることであろ う。でもそのとき彼は別に自分が日本人であると特に意 識しているわけではない。

しかし彼が楽しんでいるとき横からイタリア人が、あ なたは日本人なのにヴェルディをとても楽しんでいらっ しゃいますね、と言ったら、それこそ不意をつかれた気 分になるに違いない。彼はその時、自分が日本人である ことを忘れていたわけではないだろうが、特に意識して いなかったことに気づかされるからである。そのイタリ ア人の言葉に悪意があるわけではないことはよく理解出 来ても、そこに自ずと非難のようなものを感じてしまう ことが避けられないこともあり得る。あなたは日本とい う私たちから最も遠い国の方であるのに、私たちのヴェ ルディを本当に理解出来ていらっしゃるのですね、と。

そう言われていることを明瞭に感じてしまう。もしかし たら、外国人であるあなたがヴェルディを理解出来るな んて不思議ですわ、とか、外国人であるあなたのような 方にも感動を与えることが出来るヴェルディはわたした ちの誇りですわ、と言いたいのに違いないとすぐにそこ までの含意を了解してしまう。

この不意をつかれて狼狽える感じがアイデンティティ の問題の核心だと言ってもいい。

状況がさらに複雑になった例としては、ヨーロッパの どこかの歌劇場でプッチーニのオペラ「蝶々夫人」を見 た場合が考えられる。詳しく状況を描写はしないが、こ のオペラの舞台が長崎であることから、どうしても日本 人であることを意識せずにこのオペラを見ることが不可 能だからである。

こうした事例を一般化するなら、音楽のアイデンティ ティとは常に意識されている問題ではなく、ある特定の 状況下で折りに触れて出現する問題である、ということ であろう。

次に、別の例を提示してみる。

それぞれの楽器に日本で最も優れた独奏者を集めて組 織されたオーケストラによるコンサートが終わった。ロ ビーに出てきたベルリンの聴衆は言った。「素晴らしい 演奏だった。でもあのブラームスはドイツのとは少し違 う」と。この感想はドイツの聴衆たちのとまどいを見事 に言い表している。当然自分たちのものと思っていた音 楽が、いきなり縁もゆかりもなさそうな遠い異文化から やってきたオーケストラが、もしかしたら心の奥底に密 かな優越感を感じている異民族のオーケストラが物の見 事に演奏したのだから、自分たちのものと疑いもしなか った音楽が。

自分たちの独自性、当然自分たちにだけ帰属し、自分 たちしか分からなかったはずのものが、遠慮無しに提示 されたものだから、彼らは必死になって、どんな小さな 違いをも見つけ出さずにはおかないのだ。自分たち以上 にそれらしく演奏することは許し難い行為なのだ。自分 たちの音楽が他人に奪われる可能性があることを知った 彼らは、どこまで行っても僅かな違いを必ず見つけ出す だろう。

ドイツ人だけによる歌舞伎公演が東京で行われた、と 逆の状況を想像すると、この場合に起きるであろう事態 は理解出来る。その公演が日本の歌舞伎と寸分違わず見 事なものであればあるほど、日本人はそのわずかな違い に対して明らかに過敏に反応するに違いない。

ベルリンの例にもどると、ドイツ人の聴衆はどこか違 っている、と言うことで、彼らは奪われそうになったブ ラームスを再び自分たちのもとへ取り戻すのだ。

この問題を一般化すればある音楽(の演奏の仕方)の 安 田  寛

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正当性を決めるのは誰であるか、という問題である。誰 にその権利があるのか、という問題である。

さらに別の例を提示する。

著作権という人工の権利には期限がある。それを過ぎ ると作品は著者の専有物ではなくなる。同一性の保持と か勝手な改編を禁ずるとかの権利は消滅する。音楽作品 がもしも主として作曲者が帰属する民族に帰属するのだ として、その帰属には期限はないのだろうか。

借用して、まるで自分たちのものと厚顔に主張する。

それに対して元の所有者は敏感に意義を唱える。これに 関して、ハワイ大学で民族音楽学を教えているムーラン 教授の講演で思い出すことがある(1)

1980年代のある年、ムーラン教授が借用の問題に 最初に興味を持つようになったのはある学生からの抗議 がきっかけだった。

「私の講義に出席していたクックの学生が、私が見せた タヒチのダンスの起源について、クックから来たものだ と主張した」

ムーラン教授は学生のクレームを「文化的盗用」とし て理解した。

「彼は、タヒチのダンスがクックのものを盗み、起源 を分からなくしていると感じていた」

学生が「文化的盗用」を問題にせざるを得なかった事 情とは、次のようなものであった。彼は、1980年代 初期にハワイ大学の学生のとき、ハワイのポリネシア文 化センターにクック村を作ろうとしたことがあった。し かし、彼の提案は拒否された。その理由は、「クックの 音楽とダンスはタヒチと同じではないか。それならすで にタヒチ村にある」というものだった。

クックの音楽とダンスがタヒチに盗用され、タヒチの 音楽とダンスとして通用していたためクックの音楽と ダンスのアイデンティティが失われたことで学生は明ら かに不利益を被ったのである。

クックの学生に不利益を与えることになった、クック のダンスがタヒチのダンスに取り入れられた事情は次の ようなものであった。

まず1950年代、多くのクック諸島人がフランス領 ポリネシアにやって来て、マカテア(Makatea)のリン 鉱山で働いた。彼らがタヒチにクックの文化を伝えたの だった。

舞踊団(Royal Tahitian Dancers)を創設したPaulette Vienot(タヒチ−フランス人の子孫)はクックの有名な ダンサーで振付師であるTurepu Turepuを雇い入れた。

彼はクックから音楽とダンスを持って来て、タヒチの音 楽家とダンサーに教えた。1972年から1973年に かけて起こったことだった。1973年の海外公演は大 成功し、この後、クックの歌とダンスはTahiti Nuiの通

常のレパートリーとなった。そして、これらはタヒチの ホテルで常時、演奏されるようになった。

ムーラン教授は講演の中で次のように述懐した。

「私自身はレパートリーがクックから盗んだものとは当 時知らなかった。

振付師について言えば彼に当時政府から援助はなかっ たし、島民からも何のサポートもなかった。それで、彼 は、ボランティアでタヒチの人たちに教えることを選択 し、報酬を得ていたのである。伝統の外にいる人に情報 を伝えるときは、いつも同じ問題が起きる」

そして、ダンスに「使用されたタヒチの商用レコード の法律的問題を指摘することが出来る。そのレコードに はクレジット無しに、クックの歌が使われていた」。こ のように「一般にかなりの量の『盗み』が存在する」

ムーラン教授の「一般にかなりの量の『盗み』が存在 する」という意見は他人事ではなかろう。確かにブラー ムスのシンフォニーは尋ねられれば「ドイツの音楽です」

と返事する。しかしこれは反省のレベルであって、普通 は、いちいち日本人はドイツ音楽を聴いているのだ、と 特に意識はしていない。外国の異文化の音楽を聴いてい るという意識などはまるで無い。クックの音楽とダンス がタヒチのホテルで常時演奏されることで、「クックの」

という意識が無くなったのと同じく、日本でかなり長い 年月ブラームスのシンフォニーを親しく演奏し聴くこと で、「ドイツ」のという意識は無くなっていると言えよ う。ただ知識のレベルや、ことさら反省する場合には

「ドイツ音楽」と知っているにすぎない。

ここには常態化した無意識の盗みがある、と言っても いいのではないだろうか。

この例を一般化すれば、音楽は誰のものか、という問 題である。

次にこの問題に関する別の問題を考えてみよう。

ドイツ音楽、フランス音楽、タヒチ音楽、日本音楽と いった言い方はごく普通である。しかし、ある音楽がド イツ音楽なのか日本音楽なのかといった音楽の帰属の問 題は見た目ほど簡単ではない。

実際著作権をめぐって裁判で争われたブラームスの

「ハンガリー舞曲」を例に考えればこのことはよく理解 出来る(2)。つまり、「ハンガリー舞曲」はドイツ音楽な のかハンガリー音楽なのかという問題である。編曲した 作曲家ブラームスはドイツ人だからドイツ音楽である、

と考えることが出来る。一方。素材となった舞曲は、ハ ンガリーに伝わる音楽であったりハンガリー人が作曲し たものであったりするから、ハンガリー音楽である、と 考えることも十分に可能である。

有名な作曲家マーラーの場合は彼自身の民族的帰属が

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曖昧となる。彼はチェコのユダヤ人であり、ウィーンで 活躍した音楽家であったから、彼自身自分の民族的アイ デンティティがかなり揺らいでいる。マーラーの場合、

出自としての民族、生まれ育った環境、身につけた文化 が素直に一致していない場合に相当する。ということは マーラーが作曲した音楽全体を単純にドイツ音楽であ る、と決めつけることは出来ない。

こうした問題とは全く無縁に見える民族音楽にも同じ 問題が発生する。民族音楽の中でももっとも人気があり、

学校教育でもっともよく使われる教材ともなっているの がバリのケチャである。インドネシアを代表する伝統音 楽だと考えられているケチャは、ドイツ人のワルター・

シュピースが作り出したものであった(3)。だから、も しも作曲家でもって音楽の民族的帰属が決まるのであれ ば、ケチャはバリの音楽ではなく、ドイツ音楽であると いうことになるのである。

同じような問題は西洋のスタイルで日本人が作曲した 音楽にもたえずつきまとう。それは日本音楽なのか西洋 音楽なのか、日本人は絶えず迷っている。これに関して 興味深い研究が、石井由理氏によって行われている。氏 の研究はアイデンティティを確立しようとする国家の意 図を戦後の教科書に掲載された外国の音楽と日本の音楽 との割合とその変化から読み取ろうとした研究である。

氏は次のように結論を提示している(4)。「とりあえず

「日本人が作っていること」を持って「日本の音楽」で あるとし、現代の日本の公式の知識としての音楽におけ るアイデンティティとすることにした」

この問題を一般化すれば、音楽を民族とアイデンティ ファイしようとすれば、多くの場合、たちまち決定しが たい困難な状況に巻き込まれる、ということである。

3.問題が発生する深刻な状況

歴史上には音楽のアイデンティティが先鋭に浮上する 時期がある。例えば、自分の国が外国に占領されている とか支配されているといった状況下である場合がそうで ある。あるいは日本のいわゆる明治維新のように新しい 国家が誕生するときである。

チェコという国が出来たのは実に第一次世界大戦後で ある。近代日本よりずっと新しい。それまではウィーン のハプスブルク家に支配されていた。そんなチェコでゲ ルマン化を拒絶して愛国心が爆発したのは19世紀であ った。そのもとをただせば焚刑にあった宗教改革の先駆 者ヤン・フス。その後裔であるプロテスタントたちが1 7世紀にハプスブルク家と戦って敗れ、チェコ民族はほ とんど絶滅したとまで言われる事情があった。それだけ に彼らにとって民族の自立とそのためのアイデンティテ ィの確立は極めて切実な問題となった。そうしたチェコ

人にとっては、何をおいてもまずは音楽。チェコ人の愛 国心、民族のアイデンティティを体現したのがスメタナ、

ドヴォルジャーク、そしてヤナーチェクの音楽だった。

彼らが民族のアイデンティティを保証するものとして 頼ったのは古い聖歌とか民謡であった(5)

明治日本の場合は古代の音楽を復興して国楽にする、

という壮大な企図があった。王政復興という思想の大き な枠組みからもたらされた企図であるに違いない。これ は当時の世界の潮流の中で見てみるとかなり独自な目論 みであった。普通には国楽あるいは国民音楽の創出の根 拠は民謡に求められた。民謡こそ民族の宝であり、民族 独自の新しい音楽の源泉となる、と考えられていたので ある。

明治政府が思うほど雅楽は普及しなかったのでこの企 図は失敗に終わった(6)

こうした状況を一般化すれば、民族のアイデンティテ ィそのものが脅かされたと感じた場合に音楽のアイデン ティティが問題視され、表面に浮上してくることが分か る。アイデンティティの喪失の危機に立たされたときに、

音楽にもその堅持とか回復とかが強く求められるのであ る。

これに関連して民族のアイデンティティの回復期に起 こる特定の音楽が禁止される場合を考えてみる。

日本の植民地から解放された韓国ではそれ以後、日本 音楽の演奏が禁止された。それにも関わらず、教科書に 載っていた童歌が実は日本の童歌であったことが後にな って発見されると、大問題となり、教科書から削除され るということも起こる。日本の「鉄道唱歌」なども普通 の韓国人には韓国の歌として意識されていて、日本の歌 という認識はない場合が多い。

北朝鮮には金日成が作曲したとされる模範的革命歌が 存在する。それは民族の自立と誇りを模範的に表現した ものとされている。しかし、実はその多くが日本の軍歌、

つまり日本人作曲家が作曲した軍歌であることを閔庚燦 氏の研究が明らかにしている(7)

この例から分かることは、音楽で民族をアイデンティ ファイする関係は音楽そのものに根拠はなく、かなり恣 意的な関係である、ということである。あるいは、音楽 と民族のアイデンティティの結びつきは感覚的でも感情 に関するものでもなく、知的な人工物でもある。

植民地と並んで音楽のアイデンティティの問題を広範 囲に引き起こしたのが18世紀後半から始まったキリス ト教宣教とそれに伴って普及した讃美歌だった。キリス ト教宣教の波がアジア・太平洋に押し寄せ、これらの地 域では伝統音楽が禁止され、宣教師が持ち込んだ讃美歌 に置き換えられたという出来事が起こった。明治から始 安 田  寛

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まった日本音楽の西洋化もこの流れの一環として考える べきである。

音楽のアイデンティティは宣教師には関係のない観念 であった。彼らは讃美歌を広めることで民族の独自性、

特色が失われるといったことには一切関心がない。彼ら に関心があるのは放っておけば地獄に堕ちる魂の救済だ けである。ということは、宣教師の行為はアイデンティ ティを喪失するようにし向ける行為であるということに なる。アイデンティティを喪失するかわりに、あなたは 天国に入れます、というわけである。

その一方で彼らは野蛮で下品で、悪魔の音楽と考えた 伝道地の音楽を厳禁した。

こうしたことによってキリスト教が布教されたアジア 太平洋の多くの地域では伝統音楽の復興とアイデンティ ティの回復という問題が突きつけられることになった。

こうしてみると、一般に、アイデンティティの問題は 皮肉なことにアイデンティティが揺らいだときに、脅か されたときに、さらには失われたときに発生する問題で あることが分かる。失ってしまって、もはやどこにも見 つからないのに、それでも探さなければならない、とい った状況に似ている。

ここで音楽のアイデンティティの問題は、植民地、キ リスト教宣教、異民族の間で暮す、異民族と絶えず接触 する、などによって音楽が変容したり、入れ替わったり、

異文化としての音楽が流入したときに発生する、と整理 することが出来る。

あるいは、ここでは触れることが出来なかったが、他 民族国家での国民意識の形成に際して発生する問題であ り、さらには、資本の力によってあらゆる音楽が商品化 され民族や国境に関係なく流通することによって発生す る問題である。

4.問題に対して取ることが出来る態度のいろいろ

最後に音楽のアイデンティティの問題に対して取りえ る主な態度を整理しておく。

1.音楽と民族あるいは国家とをアイデンティファイ する関係は絶えず変化し、流動的である(8)。(音楽 とある特定の民族との関係は、永続的で固定的な関 係ではなく、期限つきの関係である。)

2.音楽と民族あるいは国家とをアイデンティファイ することはもはや不可能である。

3.音楽は世界共通語であるとするインターナショナ ルな考え方に見られるように、音楽は民族あるいは 国家とアイデンティファイする関係にはない。

() 2004年3月に奈良教育大学で行われたジェーン・ムー ラン氏(Jane Freeman Moulin)の講演 INTERNATION- AL EXCHANGE IN THE ARTS

() 西原稔「ブラームス『ハンガリー舞曲』の成立とオーセン ティシティーの問題」(赤いはりねずみ、通号32、2004年)

pp. 5−35.

() 大田好信「文化の客体化:観光をとおした文化とアイデン テ ィ テ ィ の 創 造 」( 民 族 學 研 究57巻4号 、1993年 )pp.

389−390.

() 石井由理「公式の知識としての音楽」(研究論叢。芸術・

体育・教育・心理54巻3号、2004年)p. 108.

(5) 内藤久子「チェコ音楽における『地方主義(Regionalismus)』

――モラヴィアの音楽文化再評価をめざして」(民族藝術 Vol. 1、1985年)pp. 125−129.

(6) Hermann Gottschewski「音楽の特性とアイデンティティ についての定義と考察」(『近代音楽・歌謡の成立過程にお ける国民性の問題』平成13・14年度科学研究費補助金研究 成果報告書、平成15年)p. 14.

() 閔庚燦「北朝鮮の革命歌と日本の歌」(韓国音楽史学第20 巻、1998年)pp. 125157.

(8) 原恵理子「音楽とアイデンティティ――D・H・Hwangの

M.Butterflyにみる文化のポリティクス――」(東京家政大

学博物館紀要3集、1993年)pp. 7588.

参照

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