学びの「物語」を創る大学教育実践の浮揚力 ─ 新企画「親・先カミング」と「ストーリー・サイク ル駅伝」を軸として─
著者 岡本 定男
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 57
号 1
ページ 13‑32
発行年 2008‑10‑31
その他のタイトル A Floating Power through the Creation of the Learning Story in the Lesson of
University ― As an Axis by the New Ideas of Oya‑Sen Coming and
Story‑Cycle‑Ekiden ―
URL http://hdl.handle.net/10105/722
学びの「物語」を創る大学教育実践の浮揚力
─ 新企画「親・先カミング」と「ストーリー・サイクル駅伝」を軸として ─
岡 本 定 男
奈良教育大学学校教育講座(教育学)
(平成20年5月7日受理)
A Floating Power through the Creation of the Learning Story in the Lesson of University
―
As an Axis by the New Ideas of Oya-Sen Coming and Story-Cycle-Ekiden
―OKAMOTO Sadao
(Department of School Education, Nara University of Education, Nara 630-8528, Japan)
(Received May 7, 2008)
Abstract
We fear now the terminal situations of the human race in a sence. Various systematic endeav- ors, researches, and technological settings has been tried. It has been pointed out and cared by many people that many incredible murderous cases ,for xample, murder among the family rela- tions , impulse murder and so forth , has happened daily.
On the other hand,many complaints has been thrown at almost all the schools by the pupil s parents in a several years in Japan. People feel that not only in the schools there arise clear avoid- ance and hatefulness to the children but also in the society. I think that the youth and the stu- dents are the powerful rescues against to these cool people s eyes to children.
By the way, I has been examined many new experimental ideas in my several kinds of my les- sons of university. In my opinion, lessons of university need to methodological innovation in order to extract student s awakening.
I have been brought new enterprise into my lesson so called Oya-Sen Coming two years ago. Oya-Sen Coming is the idea that the learning group s parents, teachers, elders and so on are invited to their lesson.
Further to this idea, I have attempted to introduce student s learning Story in their learn- ing groops in my last year s lesson. I named this idea Story-Cycle-Ekiden . This new project in my lesson gives a question that my students need to create a unique story of their group among their lesson s period.
I will report these trial procedures in this paper.
Key Words: Renovation of the whole Relationship, Oya-Sen Coming , Story-Cycle-Ekiden
キ−ワ−ド: 「全体的関連性の修復」「親・先カミン グ」「ストーリー・サイクル駅伝」
1.はじめに
21世紀初頭の今日は、10年後、50年後、はたまた22 世紀には、一体どんな時代として映ることになるのだろ うか? 教育学関係者には広く知られた世紀のメルクマ ールとして、「20世紀は、児童の世紀」(エレン・ケイ)
という有名な理念的標語があるが、教育を大きく超え出 た今日の状況は、相変わらずと言う以上に、
益々暗く、いわば人類の終末的様相を帯びてきているか に見える。
小松左京のベストセラーSF小説『日本沈没』が、単 なる小説の域を超えた人々の懸念と関心を集めたのは 1973年のことであった。顧みれば、この年は、高度経 済成長を終えた我が国にあって、すっかり消費生活に浸 った人々を根底から慌てさせたオイルショックや日航機 ハイジャック事件が起こった年であった。これらは、言 い換えれば、足下の大地や頭上の空、そして人々の暮ら しを支える日々に一種の終末的様相が現れ始めた年であ り、書籍における終末論が現れ始めるのもこの頃であっ た。(1)それ以降、1980年代、1990年代を経て、エイズ の拡大、オゾン層の破壊、大陸の砂漠化、酸性雨、熱帯 雨林の縮減、氷河融解等々、マスコミや専門的指摘によ って一般の人々にもその危機的認識が深まり、1997年 のいわゆる「京都議定書」締結による地球規模の環境危 機への認識が広がっていった。そして、ノストラダムス の終末予言は、正に世紀転換期の1999年7月のことであ った。
今世紀に入り、2003年の第2次イラク戦争、2005年の北 朝鮮の核拡散防止条約脱退などは、いつ第3次世界戦争 が勃発してもおかしくないような不安定な様相を見せつ つ今日に至っていると言える。まさしく今世紀は、「地 球存亡の世紀」と言って良いだろう。
ここで直視しなければならないのは、こうした地球環 境の危機は、酸性雨・オゾン層破壊・温暖化等、その多 くが地球上の生き物の自然的活動によってもたらされた ものではなく、他ならぬ人間の社会的活動によってもた らされた点である。地球上の全生物種のほんの一握りに 過ぎない人間の文明・文化活動そのものが、地球存亡に とっての癌細胞と化し、40億年に及ぶ地球の全生命史 に今や不可逆的な災厄をもたらそうとしている。
言うまでもなくこうした状況は、国連を含む各国や関 連団体での協議や各種条例等による改善への努力を急務と している。例えば、我が国の文部科学省は、国際的地球観 測枠組みとしてのIGOS(統合地球観測戦略)に基づく 地球観測態勢の強化を図り、地球規模の水循環予測システ ム研究等を積極的に押し進めようとしている。(2)
しかし、先に述べた終末的様相は、地球環境を含む 人間の物的生理的環境のそれに留まらない。端的に言
えば、人と人との関係、なかんずく社会的存在として の人間の存立が危機に瀕しているのである。
一例を挙げれば、成人を中心とした自殺者が、9年連 続で3万人を超えるという状況は一向に改善されていな い(3)し、鬱病を主とする精神疾患患者数は、2008年の 今年に入って、とうとう300万人を超えたと言われる。(4)
そして、増加の一途を辿る鬱病を主とする躁鬱病患者の 医学統計的発症率は0.44%とされ(5)、その数値で言え ば、優に50万を超える人が、治療対象ということにな る。確かに、これらは、「創り出されている」という側 面があり、「専門家(精神科医)、メーカー(製薬会社)、 許認可権者(官庁)、共認支配者(マスコミ)の三位一 体ならぬ4者一体」(6)による不正確な数値であったと しても、潜在的な要治療者の数を加味すれば、拠り所と なりうる数であろう。
これらに加え、2008年3月23日、茨城県土浦市で、
文化包丁などで通行人8人が殺傷される事件が起こった が、その2日後には、JR岡山駅で、列車待ちの男性が ホームに突き落とされ死亡するという出来事が起こっ た。注目すべきは、これらのいずれにおいても、「相手 は誰でも良かった」という無差別殺人であった点である。
因みに、この事件をテーマに『産経新聞』が募った意見 集約(692人)には、「『無差別殺人』への恐怖を感じま すか」という問いに対し、実に89%もの人が「イエス」
と答えている。(7)
『読売新聞』も、「連続世論調査 日本人」の「治安」
をテーマとした面接調査結果として、70%の人が「犯 罪被害者になるかも」と危機感を抱いていることを報じ た。(8)
一方、2007年秋田県藤里町で起こったHS容疑者に よる幼い娘殺害事件を初め、「親族間殺人」が多数発生 し、殺人・殺人未遂事件に占めるその割合は、1997年=
39.1%、2004年=45.5%、2005年=44.2%、2006年=
46.9%、2007年=47.8%と増加の一途を辿っている。(9)
これまで、一般に休息や安らぎの主たる場所の一つであ ったはずの家庭や家族が、殺傷事件の中心的現場となっ てしまったのである。家族は、人と人との関係作りやあ り方の原点でもあるが、今やそこはコミュニケーション の場と言うより、互いを排除する人間破壊の舞台に変容 しつつあるということなのだろうか。人類の末期的様相 は、地球環境や人間生理の危機段階と並んで、人間存立 の関係的基盤崩壊の縁に立ちつつあると言って良いのか も知れない。
しかしながら、ここで注目したいことがある。先に援 用した『読売新聞』が継続的に実施している世論調査
「日本人」の2008年初回に載った結果である。その結果 を見ると、「日本人を誇りに思う人」の割合が前年度よ り増えて93%という高い数値と並び、以下の設問に答
えている点である。
設問「日本の役に立ちたいと思うか」に対し、「そう 思う」と積極的に答えた割合(73.3%)に次いで聞いた 問い「あなたにとって国の役に立つとはどういうことか」
への回答の中身である。その中身として「平和と安全に 貢献する」「働いて税金を納める」などを抑えて一番に 多かった回答(約5割)が、「将来を担う子どもたちを 育てること」であった。(10)
自分の国に誇りを持ち社会に役立ちたいと積極的に思 っている人々の極めて高い数値にあってのトップが、広 義の子育てにあるというこの回答には、現状を良い方向 に変えたいという人々の強い意志や願望が表れていると 考えて良い。一新聞による一世論調査の結果ではあるが、
ここに、人類の終末的様相を脱する一つの確かな拠り所 を見ることは、余りに楽観に過ぎるであろうか?
加えて、先の茨城県土浦やJR岡山駅で起こったいわ ゆる「無差別殺人」事件をテーマに『産経新聞』が行っ た意見集約の幾つかにも注目したい。
「私も現在、子供を持ち、精いっぱい育てているつも りだが、子育てに自信がなくなってきてしまった。」
(兵庫・主婦)
「茨城県土浦市、岡山県の双方とも、他人や自分の将 来に対する想像力が欠如している若者のストレスが短 絡的に殺人に結びついたように感じた。この事件は、
個人の性質で片付けられる問題ではない。社会全体で ストレスを与えないような環境作りなどの対応をとる 必要があるのではないだろうか」(京都・女子大生)
「自制する力がなくなってきている人が増えてきたよ うな気がする。こうした実態が、無差別殺人という犯 罪を助長しているのではないだろうか。自分以外の人 への興味や共感力が持てるように風潮を改めていく必 要がある。」(宮城・女性非常勤嘱託)
これらの発言には、「無差別殺人」の遍在という危機 的状況の中で、なんとか社会システム改変や他者への共 感力育成を志向する国民的な願いが込められていると言 えよう。
教育、そして広義の子育ては、仄見える終末的様相を 深く的確に見据えつつ、今を未来に繋げる国民的拠り所 の主領域である。そして、そのことへの一つの方策やヒ ントは若者への取り組みにあり、その中に希望と支えを 見いだそうとする見地は、益々の国民的支持を受けるに 違いない。
本稿は、こうした見地に立つ筆者の教育的問題意識を 広く社会的に問いつつ、継続的実験的大学教育実践の最 新の到達点を提示することで、人類の終末的様相に棹さ しうる若者教育のあり方を探求しようとする一試みであ る。
2.全体的関係性の修復と子ども
2.1.「他者攻撃」と「自傷行為」の間
言語哲学者の丸山圭三郎は、『文化のフェティシズム』
の中で、1980年代の我が国の概況に関して、以下のよ うな視点を提示していた。
「人間は、確かに文化によってその貧弱な生物が直面 した多くの危険な曲り角を乗り超えてきたが、そのま さに同じ文化によって、種としてのヒトの滅亡をも用 意しかねないところまで来てしまった。核兵器と人工 衛星を組み合わせれば、一瞬にしてその百万年の歴史 とともに人類の全面的抹殺が可能である。(略)私たちは 人間の栄光であるとともに悲惨の源である文化のもつ両 刃の剣的性格を、今こそ冷徹に直視すべきではないだろ うか。この人間文化の畸形化は、特に現代において著し いと言わねばならない。ごく身近な一九八〇年代の日 本に目を向けてみても、家庭内・校内暴力、サラ金悲 劇、無差別殺人といった忌まわしい事件に始まって、
高度産業社会が生み出した自然環境の破壊や汚染、遺 伝子工学の発達によるクローン人間製造の可能性、試 験管ベビーの誕生、さらには技術進歩の結果ロボット が人間にとってかわり、物が豊かになるのと反比例し て人間性が喪われるという状況が起こっている。これ もまた、すべて文化の一面なのである。」(11)
文化というものを、「種としてのヒト」の存立に関す る物的人的環境のあり方として広義に把握する丸山の視 点に添いつつ、こうした状況を、少し敷衍して捉えてみ よう。
1980年代半ば頃までの我が国で、一般に「キレル」
という表現は、まとまりが途切れるとか進む向きが変わ る、或いは、刃物などの切れ味の良さやそこから転じて の鋭敏さを示す言葉であった。分けても、人のあり方や 状態を修飾する直接表現としての「あの人は切れる人だ」
といった場合の意味は、明らかに肯定的評価を示してい た。
しかし、1987年から89年にかけて、東京や埼玉で幼 女が連続誘拐殺害されたいわゆるMT事件が起こり、彼 が、自宅に大量のビデオを収蔵して鑑賞していたことが 明らかになった頃から、一連のサブカルチャーを偏愛す る人々の総称として「お宅族」という汎用語が生み出さ れ、1990年代に入り、無感覚無感動でものおじしない 新たなタイプの若者群への呼称としての「新人類」が多 用される辺りから、こらえ性のない怒りや苛立ちを示す 言葉へと意味を変じた。言葉の意味合いは、時代の変化 を確かに映す。同じ刃物であっても、利用目的に叶った 使い方と誤った使い方があるが、食材や物を切る刃物が 生き物や人間を傷つける道具に変わるような「切れ」が、
1990年代後半以降の「切れる」の主たる語義に転じた
意味は大きい。
1990年代後半は、主として子ども・若者の生態を巡 って、「ひきこもり」や「児童虐待」が取りざたされ、
顕在化する「登校拒否・不登校」や「学級崩壊」、「子ど もの荒れ」現象の頻発と相俟って学校のみならず、家庭 における子ども・若者の生きやすい空間が極度に狭めら れていった。「拒食症」や「リストカット」といった一 種の自虐行為の多発は、生き生きとした人との関係喪失 による苛立ちの表現と考えられ、その行為とは裏腹の生 きることへの希求をメッセージする行為でもあった。
こういう現下の状況を思うにつけ、筆者は、例えば、次 のようなあり方を思い浮かべてしまう。
長年釜ケ崎に住みつき,フリーターからプロの日雇い になって行った水野阿修羅は、そこでの生活や見聞を綴 った著作『その日ぐらしはパラダイス』の中で、釜ケ崎 に住み働くようになった当初、「一番驚いたのは、若さ のせいと、今までのアルバイト人生の影響で一生懸命に 働いていると、先輩の労働者から『そんなに働いたらア カン』と言われたことだった。」(12)と述べている。
くだんの先輩労働者は、こう言ったという。
「わしらはサラリーマンと違って、一生懸命やったか らって、ボーナスがあるわけやない。自分の体だけが 財産なんやから、体をこわさんようにすること、一生 懸命やっても、チンタラやっても一日の日当にかわり はないんやから、チンタラやらなアカン。若い者が一 生懸命やったら、会社側はそれを基準にして、年寄り にも同じことを要求してくる。楽な方を基準にさせな アカンのや」(13)
「拒食症」「ダイエット」「リストカット」といった 1990年代以降顕在化した、総じて社会的人間関係喪失 による自分を生ききれない自虐的行為の増加の裏側に、
住む家も家族も人間関係も絶たざるを得ないいわゆる
「ホームレス」が急増し、2005年初頭の時点で今や全国 にいるホームレスの数は、「3万人を軽く超えていると みられる」(14)状況にある中、「自分の体だけが財産なん やから、体をこわさんようにすること」を諭したという
「先輩労働者」の話は、改めて状況の複雑さを知らしめ ている。
「キレル」という意味の主たる内容が人間関係の連続 性を一時的であれ遮断する他者攻撃であるとすれば、一 連の自傷行為は、明らかに自己バッシングに属する新状 況である。社会的人間関係を円滑に生ききれない自分へ の処罰行為が、「自傷」となって表れるのであろう。こ こには、体を唯一の資本として程良い加減に働くことを 諭した先の「先輩労働者」のような心構えとは、次元を 異にした把握があるようである。
家庭や子ども部屋という密室の中で、自分にとっての 根元的環境と言える自分の体を傷つけることで、一時の
安らぎ(?)を得ようとする悲痛な行為が、「自傷」の 本態であろう。
以下は、筆者自身が、数年前、勤務校のある女子学生 から救いを求められた一文の一節である。
「先生、息が苦しくて、辛いです。毎日、喉の奥を親 指で押さえつけられてるような感じがします。(略)
死んじゃうかも知れない。一線をパニックの時に越え ちゃうと、死んじゃうかも知れない。取り返しのつか ないことをしてしまうかもしれない。こわい。どうす ればいいのか。(略)びょーきだからお母さんが泣き ます。私がうっとうしいって。うざいって。(略)鏡 の中の私は、すごく不細工です。いくらメイクをした って、びょーきだから。うざいって。息が苦しいで す。」
この場合は、明らかに、家族関係に自傷的行為の原因 が潜んでいたが、行き場を失った潜在的自己バッシング の意識が、自身への不安や恐怖となり、呼吸困難という
「症状」を生んでいたものと考えられる。
翻って考えてみれば、「自分を生きる」とは、本質的 に「他人を生きる」ことと同義である。見えない多重的 な網の目の中で、個人が生きられる場所や生き方は規制 され、目の前のちっぽけで些細な物や事象も、全て社会 的産物であり、その維持・改変は、社会的要因によって 為される。そして、多くの場合、意識すると否とに拘わ らず、ある行為の決定は、システム的フリーハンドの域 内において為されるとみなして良い。
しかし、こうした把握は、決して受け身的あるいは、
宿命論的待機主義とは異なる、と考えるべきなのではな いか。「あるシステムが普遍化されるということは、そ のシステムの矛盾も普遍化されるということ」(15)でも あり、一般にこの矛盾こそが、事物の固定化を防ぐ力と なり得るからである。「キレル」という行為や自傷行為 もともにこうあるのが良いという、それ自体真っ当な願 いが高じたソフトシステムへの過剰適応行為の表れと見 ることもできる。そうとするならば、事態や関係への柔 軟で融通無碍な関係構築こそが、社会的な人間関係の目 指すべきあり方であると考えることができよう。
この際の「融通無碍」は、決して事なかれではない。
むしろ、真に積極的な改変姿勢の表れである。出来事の 基本は、たとえ社会的システムが誘導し、そのしからし むる結果のように見えるとしても、それを良い方向に変 える契機や力のきっかけは、どこまでも自分であり個人 である。
「自分にどれほど責任がないように思える事であって も、たとえ災害のように自分の力を超えた所に原因が あるように思えても、あなたに起こることは、すべて 内側に何らかの原因があるのだ。それでも、起こるこ とは、あなたなら解決できる。」(16)
こうした把握、即ち、事態の改変の基本は、根本的に 主体の意識のあり方や力を高める点にあり、立脚点とし ての「あなたなら解決できる」という信頼と励ましに基 いる、と言って良い。今日における広義の教育的課題の 一中心点は、実にこの点に係っていると言って過言では ない。
1980年代以降の我が国に顕著な他者攻撃と、その裏 腹としての自傷行為の増大傾向の中で、広義の教育的課 題の中心点もまた、この点を巡って存していると考えら れよう。
2.2.子どもへの眼差しの社会的不寛容
ここ数年の間にマスコミ用語と関わって急速に人口に 膾炙し始めた事象として、学校への理不尽な要求を繰り 返す一群の親を指す「モンスターペアレンツ」(17)の問 題が広がり始めた。例えば、2007年9月から11月にか け大阪市が、市内252校の小中学校へのアンケート調査 を実施した内容によれば、「運動会が中止になったから、
遠方から来た祖父母の旅費を返せ」「不登校児になった から教科書を買い取れ」「校内で2度と怪我させないよ う念書を書け」といったやや唖然とする内容があったと いう。(18)そして、大阪市は、こうした結果を踏まえ、
2008年4月、全市の小中学校に向けての手引き書『保 護者とのいい関係を築くために』を作成するところまで 来たといい(19)、今や事態は、単なる苦情の域を超え、
給食費不払いや訴訟事例の全国的な展開へと様相をエス カレートさせつつある側面が見える。
さて、こうした苦情や訴訟発展ケースのうち、学校内 外にあって目立ち始めている事例として、子どものたて る騒音への苦情がある。
2006年度に総務省が把握した全国市町村への苦情全 般の内、騒音苦情の増加が対前年度比5.9%増の1万 6692件もあり、そのうち自治体に寄せられた子どもの 騒音への苦情事例には、次のようなものがあったとい う。
「運動会の練習のマイク音やブラスバンドの練習音へ の苦情」(東京都江東区)
「小中学校の終末の校庭開放で野球やサッカー等のコ ーチ・子どもの声がうるさいと苦情」(埼玉県所沢 市)
「スケートボード大会の音響に近隣住民から苦情」
(埼玉県川口市)
「府立高校の校門の開閉音がうるさいと苦情」(大 阪市天王寺区)
「私立幼稚園の園児の声で静かに休めないと苦情」
(福岡市城南区)(20)
2007年10月、東京都西東京市にある「西東京いこい の森公園」では、「公園に隣接する住宅で独り暮らしを
する60代女性が、噴水で水遊びをする子どもの声やス ケートボードの衝撃音などによる健康被害を訴え、東京 地裁八王子支部は市に対し、噴水やスケート場の使用禁 止を命じる仮処分決定をした」(21)という。
顧みれば、騒音問題が世間の耳目を集めたのは1974 年のいわゆる「ピアノ殺人事件」であったが、先の総務 省集計に見られる如く音を巡るトラブルは、近年頻発増 加傾向にある。実際、子どもや若者が集まる学校や公園 ばかりでなく、音に関するトラブルへの対応に苦慮して いる代表的な場面として住宅領域がある。
一例を挙げれば、住宅情報誌『CHINTAI』の 2008年3月14日投稿受付のQ&Aコーナーには、次の ような微妙で悩ましい質問が寄せられている。
「木造建築、築6年。4世帯入居可の物件。大家には 結婚して家族が増えたことを伝えてないため、独身世 帯と思われているかもしれません。(略)現在階下は 空室で入居者を募集しています。子どもが2歳前の双 子で日中元気よく歩き回っています。フローリングに 絨毯をひいただけで、振動や声で迷惑をかけると思い ます。入居される前に、大家に家族が増えたことを伝 えたいと私は考えてますが、夫は必要ないと言います。
以前私は子どもの騒音が原因で引っ越しをしたことが あり、その後物件探しの際は、自分が住む部屋の上下 の住人が独身か子供がいる世帯かを確認していまし た。」(22)
かつて欧米から「ウサギ小屋」と揶揄されてきた我が 国の狭くて貧弱な住環境は、分けても住宅密集地や集合 住宅における悩みやトラブル例の代表的な一つとなって いるのである。
さらには、『読売新聞』2008年4月7日付「人生案 内」コーナーには、以下のような悩みが寄せられてい る。
「40歳代女性。公園前のアパートに夫婦二人で暮らし ています。緑や花に癒やされますが、ここ数年、公園 に来る子どもの甲高い声を聞くとイライラするように なりました。そこで引っ越しを決め、昨秋、町内に新 築の賃貸マンションを見つけました。(略)よく考え た末、契約したのですが、5か月たっても引っ越せま せん。家計は本当に大丈夫なのか不安になるのです。
かといって、やっと見つけた部屋をあきらめるのも惜 しい。気持ちばかり焦ります。家賃などで既に100万 円近く無駄な出費をしています。夫はもう契約を解除 したいようですが、私が混乱しているのでそのままに してくれています。医者にかかったら、うつ病の薬を 飲むように言われました。」
2006年4月に奈良地裁判決が出たいわゆる「平群の 騒音おばさん」の事例のように、常軌を逸した大人によ るトラブルも散見されるが、上記2例を見るだけでも、
住環境における子どもの騒音への対応案件は、当事者間 にあっての深刻な問題と化している。
先の八王子支部仮処分決定後、西東京市は、騒音対策 としての防音壁設置等の対応を検討しているが、ここで 重要な点は、音や声の問題は、本質的に社会的人間的関 係のあり方の問題でもある、という点である。
言うまでもなく、子どもの問題は、それ自体が独立し た問題と言うよりも、歴史的社会的な子ども観や子ども への処遇と当然に関わっているし、一方で、「子ども一 般」なるものは存在せず、具体的に、どこの、どういう 場面の、どんな様子の、どういうことをしている子ども かということこそが、問題なのである。さらに、子ども の問題は、そのまま大人の社会的地域的関係の反映でも あり、トラブルや訴訟への発展の背景には、「音の大き さ以上に人間関係の希薄さや、社会からの孤立感がひそ んでいる」(23)と言って良い。子どもの出す騒音の問題 は、家庭・地域・学校、そして社会全般における子ども への大人の眼差しのあり方と大きく関わっているのであ る。
この点で、2008年4月4日放映の「マンションの騒 音」(NHKシリーズ企画『難問解決! ご近所の底力』) での事例や議論は、示唆的である。東京都江戸川区のと あるマンションでは、かつて騒音トラブルが相次ぎ、マ ンション自治会を中心にそれへの対応に苦慮、以来粘り 強い対策を追究した。その過程で、住民同士が、普段の 声掛けやゴミ出し等での共同作業に取り組む事が、極め て有効であるという結論に達し、実際に、現在では、こ の種のトラブルや問題は事実上解消した、という内容を 含むドキュメントである。マンションや住民の実名を出 し、NHKスタジオでの当事者間を含む議論を交えての 放映には、騒音や子どもの問題に限らず、一般に問題自 身は、それ固有の問題とともに、それを生み出す関係の あり方自身の問題でもあることを明らかにしたわけであ る。このケースは、子どもの起こす問題と関わって、か つては、わだかまりやささくれだった関係に移行しがち な大人同士のあり方が、共同的友好的関係へと変じた好 取組の紹介であった。
無論、こうした観点や取り組みが、それ自体、希で困 難なケースに属するという指摘はあるだろう。しかし、
ここには、まさに、子どもや若者の問題を通じて、大人 の関係や社会システム自身を改変しうる説得的な示唆が 含まれている。(24)大人や社会は、子どもや若者の引き 起こす時に厄介事に対し、主体的かつ忍耐強く取り組む ことで、大人としての真のあり方や社会性を学び直すこ とになるからだ。そこから、大人自身の居場所や楽しみ 自身が生まれ、望ましい社会的機構が維持・再生産され る契機となる。2001年6月の大阪教育大学付属池田小 で起こった乱入殺傷事件や2004年11月の奈良女児誘拐
殺人事件などを契機に全国に広まった登下校時や学校園 の安全対策意識の強化や人的設備的取り組みにも、こう した視点や副次的効果が期待できるのかも知れない。
2.3.声・音の隠喩を読み解くこと
一般にある出来事が起こり、それに対し、あり得ない、
とか信じられないといった言辞や感想をもたれるが、物 事が起こるということに本質的には、偶然やあり得ない ことなどない、と見ることこそ大切であろう。例えば、
誰でも病気にかかったり不調に煩わされるが、これだけ 科学や医学が進歩した状況にあっての根本的到達点に関 して、第一線の医学者・科学者の以下のような疑問や見 地には、深く耳を傾けるさせる説得力が潜んでいる。
「生命体の精緻な構造と機能は、長い生命進化の歴 史の中で、様々な環境の変化への適応を通じて、作り 上げ、磨き上げられたものと考えられる。それにもか かわらず人は少なからぬ頻度で病気に罹患する。極め て強力な生体防御機構を発達させながら、人はなぜ繰 り返し、風邪や胃腸炎にかかるのであろうか。なぜエ イズには、現在も対応できないのであろうか。眼はど のようなカメラにも負けないほど精巧に作られている のに、なぜ赤と緑の区別ができない色覚異常が比較的 多く存在するのか。なぜ、青と赤の識別のできない色 覚異常は存在しないのか。心臓が極めて精巧な自己調 整系を持ちながら、なぜ心臓病による死亡がこれ程多 いのであろうか。自然はなぜ病気にならない体を進化 させることができなかったのであろうか。疑問は尽き ない。病気の原因と、その成立の過程を明らかにする ことは、医学にとって大変重要な課題である。それに よって、正確な診断法と、適切な予防・治療法を確立 することができるからである。しかし、医学が問い続 けてきたことは、主にどのようにして(how)人は病 気になるかであって、上記のような、なぜ(why)と いう問いへの答えではなかった。なぜという問いかけ への答えは仮説となってしまうことが多いので、医学 はむしろ避けてきたとすら言える。」(25)
「生物の死と私たちの死を比べてみると、大きなちが いがあることに気づく。私たちは病気や事故で若くし て死ぬのでなければ、次第に老化して死ぬ。人間の死 のみを考えていると、老化と死は切り離せないように 思われるが、実際には、老化が死に先立つとかぎらな い。サケやミツバチのように若さの盛りに突然寿命が つきる生物もある。一方、老化することなく何千年も 生きる生物もある。(略)いろいろな生物の死をみる と、性と死の間に密接な関係があるように思われる。
サケは産卵後すぐに死んでしまい、ミツバチは射精後 ただちに死ぬ。卵を産みつくしてしまった女王バチは 殺される。植物でも栄養状態が悪くなると、花を咲か
せて、種子を残して死んでしまうものがある。栄養状 態が悪くなると、有性生殖を行うのは、生物界に普遍 的な現象である。このように、死という現象を俯瞰し ただけでも、それは私たちが自分たちの死から連想す るような、老衰による生の終わりというような単純な ものではなさそうに思える。死は生を支えるための非 常にダイナミックな営みではなかろうか。生命の歴史 についてはよく語られるが、死の歴史については、こ れまでほとんど語られてこなかった。けれども、地球 上に生命が誕生してこの方、生き残ってきた生物はご く一部であり、山をなす死体のなかの一条のいのちの 流れに過ぎない。」(26)
真に医学や科学が進歩したと言い得るならば、より深 い次元での「なぜ(how)」への示唆や解明こそが求め られている。子どもの立てる騒音や若者の引き起こす問 題にも、こうしたより深い次元での「なぜ(how)」へ の問いかけや改善への努力が大切であろうし、「死は生 を支えるための非常にダイナミックな営み」であるなら ば、全てのトラブルや問題も、「生を支えるための非常 にダイナミックな営み」であるはずである。
ヨーロッパの中世及び近世の音のコスモロジーを考察 した上尾信也は、歴史における音のイメージ作用を探求 しつつ、以下のような見解を述べている。
「音は理性をこえる。フランス革命歌の〈ラ・マルセ イエーズ〉は、理性的な議論とは無関係に人心を把握 する道具として使われていたし、歌詞の内容と音の相 乗効果によって鼓舞される感情はもはや発せられる言 葉の内容では制し留めることができなくなっていっ た。(略)音は人知・人能を離れたものとして、われ われの他界から内界へと侵入してくる。侵入の経路を われわれはそれぞれの時代の音イメージとして知り、
表わしているのである。」(27)
ものや生き物や人が発したり立てたりする「音」が、
それぞれの「時代の音イメージ」として聞くものに受け 止められ、理性を超えた感情を刺激するものであるなら ば、生き物や人の発する「声」は、一層その声の内容を 超えて、聞く者を刺激する。
工芸家の稲本正は、「木の聲を聴いてしまった人」た ちを全国に訪ね歩いた証言集を編もうとしたきっかけに ついて、次のように語っている。
「木の聲を聴いてしまった人々がいた。まさに聴いて しまったのだ。努力に努力を重ねて聴きとった人もい る。ふとした出来事で聴こえてきてしまった人もいる。
なにしろ木の聲を聴いてしまった人は、それこそ何者 かに取り憑かれたように、木に対して必死で行動する。
木を植える人、木と語る人、木と暮らす人、木を守る 人、そして木を組む人。それぞれ夢中になって、まる で木の聲に導かれるように仕事に打ち込む。」(28)
木さえ「聲」を発するのなら、人の発する声には、も っと複雑な隠れたメッセージ(隠喩)があるのであり、
求められるのは、単に快不快の2分法で仕分けし、不快 な声や音を「騒音」として封じ込め排除することではな く、その発するメッセージを聞(聴)きとることであろ う。
ここまで論究を進めたところで、全く折良く届けられ た一学生の自発的に提出してくれるレポートが、以下の ように結ばれているのを目にした。
「近所の子どもが部屋でキャーキャー遊んでいる声が 私の部屋に届いた。それを聞いてホッとして笑ってし まった。何気ない日常のなかに、幸せ、子どもの笑顔 が溢れているんだなぁと、またひとつ優しい気持ちを 覚えた。」(29)
子どもの声や歌が起こり広がることで、それを耳にし た人も何だか優しい気持ちになれる。学校や公園での子 どもたちの立てる声が、騒音でしかなくなるのは、声そ のものの大きさの問題ではなく、それを聞いて起こる感 情や子どもたちとの関係の問題である側面を見落とすこ とはできまい。
加えて、「子どもの泣き声」と題するブログの一節に、
次のような記述を見つけた。
「子どもの泣き声に、もう少し寛容でないと、ホント に街の中から子どもの声が聞こえなくなってしまうよ ネ。」(30)
音や声は、その意味内容とともにその「調べ」や「響 き」と不可分であり、その意味内容が理解できない場合 には、当然に、意味内容以上に「調べ」「響き」が聞く 人に与える影響は大きくなる。一学生の自発レポートも このブログの一節も、子供の声や泣き声の内容ではなく、
それの響く空間の価値や貴重さを指摘している。
これらと関わって、哲学者の中村雄二郎は、かつて、
音楽(音)と身体の関わりについて、次のように語って いた。
「音楽というとメロディ、ハーモニー、リズムに分け て考えますが、やはり私はリズムというものが一番興 味があります。それはリズムがその三つの中で一番身 体的だからです。音楽がいろいろな芸術ジャンルの中 で、特に私たちを感動させるのはなぜか。それはリズ ムがあるからだと私は考えているのです。音楽が私た ちの心に染み入るのは、リズム体である音楽が、やは りリズム体である人間に深く共振を引き起こすからで す。(略)音楽が知的・精神的なものではなく、躍動 的なリズムによって、強く身体に働き掛けてくるから なのです。」(31)
一方で、「音楽療法」の施策やその効用は、1990年代 に入って広く知られるようになり、「最近では病院にお いて、手術中にリラクセーション音楽を流したり、たと
え意識がなくなっても、その人の好きな音楽をかけてお くような配慮をするところが増えて」おり、「昏睡状態 になっても、家族が患者に向かって声をかけるように指 示する医師もいる」(32)という。アメリカやカナダで
「セラピューティック・タッチ」(手当て療法)を実践し ているジャネット・F・クインは、「癒す」という言葉 の語源等に触れて、次のように述べている。
「『つながり』のイメージは、疎外・隔離・疎遠・分断 などとは正反対のものである。それと意識するしない にかかわらず、そうした否定的なことばで表されるこ との一部またはすべては、人間生活のさまざまな局面 で実際に起こっている。われわれは自分のからだから、
真の自己から、親友や社会から、疎外されることがあ る。いかなる局面であれ、疎外され隔離されたとき、
われわれは『全体』ではなく『非安楽(dis-eased=
病気)』の状態にある。真の癒しが起こるときは、関 係性が再建されているときなのだ。」(33)
「治癒とは回復や成長に向かう個人の内部から発現し てくる、全体的・有機的・共働的な反応のことであ る。」(34)
病気とは全体性・関係性の減少・消失であり、反対に 病気が快方に向かうとき、その内部では、全体的関係性 の修復がなされているというこれらの指摘は、子どもの 声を騒音とみなし、すぐさま隔離・排除・規制の対象と するあり方への間接的警告と見て良いであろう。
3.「親・先カミング」の狙いと展開
3.1.関係性修復を目指す授業内企画
「全体的関係性の修復」を、できるところから様々な 形で図るということは、単に個人の癒しを促すのみでは なく、今や社会そのものの活性化にとっての急務の一つ であろう。分けても出会い系殺傷、無差別殺人、ネット 情報によるいじめや自殺、ひきこもり、リストカット、
親族間殺人等々、毎日のように起こっている悲惨な事件 や出来事の主役格たる若者と関わり、ともに深く考え行 動しながら、実践的な「全体的関係性の修復」を図るこ との教育的意義は、すこぶる大きい。
筆者は、10年来、勤務校における多人数授業におい て、独自の方式による実験的継続的取り組みを為してき た。(35)
それらに通底する狙いは、一言で言えば、筆者の提示 する独自概念たる「TIPE(タイプ)」の養成にあると言 って良い。「TIPE(タイプ)」とは、「Thinking(思 考)」「Imagination(想像)」「Practice(実践)」そし て、「Expression〈Exhibition〉(表現)」のイニシャル をとった略語であり、これら「4つの力」を総称した筆 者の造語である(36)が、その養成は、授業としての継続
性とともの進化・発展をとげつつある。
「はじめに」で指摘した如く、今日我が国における
「親族間殺人」の頻発は、今や「家族をやめよう! 親族 間殺人より」とするネット新聞(37)の見出しを飾るくら いの頻度を示しているが、社会的関係の原初的学びの場 たる「家族」は、そのあり方を大きく問われている。
「家族の解体というテーマが、今日不安げに私たちの 日常を揺さぶっています。」(38)
このようなやや文学的とも言える家族イメージを共有 できたのは20年前のことであるし、「最近『家族の崩 壊』がとりざたされている」(39)と指摘した上野千鶴子 の把握は、2000年のことであるが、今日の家族の様相 は、崩落とでも言いうる危機的局面に瀕してもいよう。
こうした状況の中、筆者は、2000年度以来、勤務校 の一講義「教育基礎論ⅠB」を意識的に「TIPE(タイ プ)」養成のための実践的科目として位置づけその進化 を図ってきたが、2006年度及び2007年度、かねてより の一念願であった実験的企画をスタートさせることにし た。あくまでも一科目における数回分ではあるが、それ 以前の、受講生が専修ごとに学外からテーマ性をもって 講話してくれる人を呼んでくる「狩(借)り人 オンス テージ」をレベルアップさせたものである。名付けて
「親・先カミング」。
受講生(40)たちはおしなべて人間関係の原初形態たる 家族の核たる「親」に発し、成長過程での多大な影響関 係の次なる人的関係としての広義の「先生」に関わり、
同時に、多数の広義の「先輩」と関わりを結びつつここ に至っている。即ち、広義の「親」及び「先生」「先輩」
との関わりを主要な関わりとしながら青年期を迎えてい ることになる。無論、青年期における主要な影響関係と して、これらに並ぶものとしての「友人」「仲間」関係 があるが、これは、本講義にあっての動的因子として、
作用するという位置づけである。基本的に受講者にとっ ての他者である学外者を授業に招請するというこれまで の「狩(借)り人 オンステージ」を、他人ならぬいわ ゆる関係者を受講者が呼んできて、その凝縮されたエッ センスや伝えたいことをアピールしてもらうのが新企画
「親・先カミング」の狙いである。
一般に、年齢的社会的にも家族、そして「親」及び広 義の「先生」との関係からは相対的に遠ざかりつつ、日 常的時間的接触としての主要な関係となりつつある「先 輩」「友人」「仲間」の関係性の中で、やがて社会人とな り、今度は自らが「親」や「先生」、そして「先輩」に なろうとしつつある受講生である若者が、リアルタイム の「関係的他者」(41)との「全体的関係性の修復」への 有効な契機と為すのが新企画「親・先カミング」の狙い である。
翻って、この企画は、筆者の中での長年の懸案であっ
た。1998年以来、筆者は、本科目「教育基礎論ⅠB」
(42)の中で、その授業の数コマ分を費やして、意識的継 続的に多数の外部者にテーマ性のある講話をしてもらい 続けてきたが、2000年以来の「狩(借)り人 オンス テージ」(43)の予想外の成果と達成の中で、新たな必要 性とその具体化への願望を抱き始めた。2002年の本科 目における「第2部」としての「狩(借)り人 オンス テージ」に入る段階で、受講者に次のような内容のこと を言ったことをはっきり記憶している。
「さて、次の次の回から、これまでに大きな反響や成 果を生んできた授業第2部『狩(借)り人 オンステ ージ』という企画に入る。ただ、私としては、これ以 外にも色んなアイディアや進化した内容を構想してい るんだけれども・・・。」(44)
しかし、こうした発展的願望は、「狩(借)り人 オ ンステージ」の法外な反響と支持(45)の継続の中で、そ の実現機会を得られないできた。その主要な要因は、受 講人数の多さであったが、幸か不幸か、その機会が到来 した。2006年度の本学学部再編による履修受講生の大 幅な減少が起こり、長年100名を優に超えた受講生が、
2006年度、一気に、40名程度に激減したのである。し かし、これは、この発展企画胚胎にとっての絶好の機会 到来であった。
3.2.新企画「親・先カミング」の始動
こうして、2006年度、およそ5年間の構想待機を経 て具体化させたのが、「親・先カミング」である。
2006年10月、激減した受講者に、別の意味での衝撃 を覚えつつ、その実現の機会が訪れたことに強い満足感 も覚えた筆者は、授業第2部のこの新企画「親・先カミ ング」について、こう提起した。
「今やっているこの『第1部 謎掛けイントロダクシ ョン』は、もうじき終えて、次は、今年からの新企画 に入ります。名付けて『親・先カミング』。きみたち の育ちの今ある過程、そして、今及び将来における 様々な価値的なヒントの宝庫となる広い意味での
『親』、直接の親だけではなく、親の親、或いは、親類 という捉え方でも良い。そして、これまた広い意味で の『先』、つまり、先生とか先輩とか、先に立って示 唆や励ましを与えてくれた、或いはくれている人々を、
きみたち自身が、この講義に呼んできて、教育の理念 や思想という本講義名への生きた素材とする新企画で す。一緒に組みたい人、あるいは、組める人3〜4人 でグループにしますから、早速計画をたて、取り組ん で下さい。」
昨年度までの「狩(借)り人 オンステージ」におけ る生々しく生きた教育的素材提示の甚大なる効果を確信 してはいたが、果たして、自分たちの身の回りの人を毎
回この講義に呼んでくることができるのかどうか? 提 起した筆者にもかすかな懸念が無きにしもあらずではあ った。しかし、7年間の実践の中で、90名に達する学 外からの「狩(借)り人」を、一度も穴をあけることな く呼んで、素晴らしいステージを構成・展開した実績は、
そのことの可能性を後押ししていた。
以下、この初年度に当たる2006年度の「親・先カミ ング」の受講者の声を抄録しておこう。
「親や先生、先輩などを呼んで話をしてもらう、親先 カミング。最初にそれを聞いたときは、そんなの無理 だよ、と思った。私の実家は静岡だし、他のみんなだ って、奈良や大阪、京都の人ばかりではない。だから、
親を呼ぶことはまず不可能だし、先生だって、高校ま での先生を呼ぶのは無理だ。だから、奈教の先生か先 輩を呼ぶしかないのではないかと思っていた。」(K M)
「初めて『親先カミング』という言葉を聞いた時は
『はぁ?何するんやろ?』という不審感があった。そ んなことをして何になるんだろう、誰を呼んできたら いいんだろう、そんなことを親や先輩や先生に依頼し て来てくれるんだろうかなどの疑問と不安しかなかっ た。私たちのグループは1番目じゃなくてよかったな とつくづく思っていた。
一回目でアリサママさんが来たときのお話は今でも 鮮明に覚えている。」(KC)
こうして、受講者の「不審」と、提起者のかすかな懸念 を孕んで開始した2006年度の「親・先カミング」(46)は、
しかしながら、予想通りのスムーズな展開となった。
受講者にとって、自分たちが今ある成り立ちに大きな 示唆とヒントを生身を晒した刺激的な形で訴えてくるこ の「親・先カミング」は、聞く者の耳を一瞬たりともそ らさない深い説得力をもった。
校外からの来講者には、遠く岐阜県から奈良の本学ま でわざわざやって来てくれた人もいたし、何よりも、大 学での、或いは、人前での纏まっての話など初めてとい う方も多かった。以下に、この初企画を終えての受講者 の所感の幾つかを引いておこう。(47)
「この授業で起こった『ミラクル』について。一日も 欠けることなくこの木曜日の3コマに親先を呼べたこ と、これももちろん『ミラクル』であると思うが、私 がすごいと思ったことは、回を追う毎にステージのレ ベルが上がっていき、最終の班が図ったかのように最 高のフィナーレをサプライズしてくれたことである。
私達生徒はもちろん、先生の言ったとおり前の班より は高みを目指して計画を進めてきたが、これ程までに 全体を通して『一貫してすばらしい』と言えるような ステージになるだろうと予想できていた人は、そう多 くはいないであろう。」(KM)