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五、企業政策論の展開

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(1)

処理学としての経営政策論(下)

処理学としての経営政策論(下)

−メレロヴィッツの所論を中心として−

菅家正瑞

一、序 二、経営の特質 三、経営経済学の体系 四、経営政策論の内容

五、企業政策論の展開………以下本号 六、処理の諸原則

七、メレロヴィッツの所論の検討 八、結

五、企業政策論の展開

メレロヴィッツによれば,その経営経済学の体系は,理論,政策,技術と いう部分から構成されるものであるが,理論も技術も共に政策に貢献すべき ものとして捉えられており,彼の究極的課題は,理論と技術に支えられた経 営政策論を展開することにあると解されるのである。ところで,彼は, 『企業 政策論』全3巻を著し,経営政策の体系的論述を試みている。ここに,われ われは,それが, 「経営」政策ではなく, 「企業」政策という名称を用いている ことを注意しなければならないであろう。すなわち,そこには, 「経営政策論」

から「企業政策論」への発展が見られうるのである。

『企業政策論』におけるメレロヴィッツの所論の特質は,まず第1に, 「企

業管理」 (Unternehmensfuhrung)という概念が前面に現われており,企業政

策の問題が企業管理論の枠組みの中で展開されていることである。その場合,

企業概念と経営概念とが同一概念とされていることが注意されなければなら

(2)

1 3 0   経 営 と 経 消

ない。すなわち,彼によれば,経営なる概念は,企業なる概念の上位概念を なし,企業は経営の歴史的ー形態として把握されているのであるが,ここで は,企業と経営とが同一視されているのである。しかも,その理由は必ずし も明快で あるとはいい難いのである。企業と経営とが同一概念をなすのであ れば,経営政策と企業政策も同一概念をなすこととなるのであるが,実践上

( 1 )  

の用法にしたがって,企業政策という名称が採用されるのである。

さて,メレロヴィッツによれば、,企業管理の基本機能または基本職分は,

1  .企業政策 2 組織 3 情報 4. 計画 5 調 整 6. 統制である。

これらの六つの基本職分の相互関係を正確に決定することは困難で あるが,

中心職分は企業政策であり,これは企業管理の中心に立つということは確実 にいえることである。企業の目標とそれを達成する方法という原則的種類の 意思決定を行なう企業政策によって,企業の針路が,その戦略が決定される からである。しかし,企業管理の職分は企業政策のみではない。企業管理を 可能にするための前提をつくることも,企業管理の職分に含まれるのである。

それらの職分が,組織,情報,計画,調整,統制である。これらの五つの職 分は,企業管理の職分であると同時に,企業政策の遂行のための手段であリ 企業政策の用具でもある。すなわち,それらは,広い意味で企業管理の手段 になり,狭い意味で企業政策の手段になるのである。このような関連を,メ

(2) 

レロヴイッツは次のょっな図で示している。

管理のための

前 提 の 創 造

( 職 分 )

企 業 管 理

政 策 の 遂 行 のための手段

企 業 管 理 の 職 分

原則的種類 の意思決定 ( 職 分 )

企 業 政 策

(3)

処理学としての経営政策論(刊 1 3 1  

企業政策という企業管理の職分は,他の職分とは異なって,下位の管理へ の委譲は不可能で、あり,部分的には中間管理に委譲しえようとも,圧倒的に 最高管理の義務であり,最高管理に固有な職分をなすのである。それは,企 業政策的意思決定が経営の存立と発展に関する意思決定であり,経営の基本 方針に関する意思決定であるという,その職分の重要性によるのである。企 業政策は,企業の運命に関して意思決定を行なうのであって,それは,企業 管理の最も困難な職分であり,最も責任ある職分であり,それ故に,企業管

( 3 )   理の中心職分をなすのである。

以上のように[j"企業政策論』においては,企業政策が企業管理の中心職分 として位置づけられ,他の職分との相互関連性の中で企業政策論が展開され ているのである。そこでは,まず,現代経済における企業管理の問題が述べ られ,現代社会における企業管理の一般的背景が取り扱われ,次いで企業管 理の本質と目標が述べられ,そして,企業管理の職分としての企業政策が論 述されているのであって,このように,企業政策論が企業管理論の枠組みの

(4) 

中で展開されていることが注目されなければならないであろっ。

『企業政策論』におけるメレロヴイッツの所論で注目しなければならないこ とは,第 2 に,企業政策の職分として r 収益性

J

( R e n t a b i l i t a t )の形成と維持

(5) 

が掲げられていることである。いわゆる商人的経営政策の職分として,彼は,

「経済性」の形成と維持をあげていたのであるが,ここでは,経済性と並ん で収益性もが付け加えられているのである。経営経済学が実践に役立つべき ものであろうとするならば,企業政策の職分として r 収益性」の形成と維持 がまず第 1 に掲げ.られるべきであろう。なぜならば,企業は収益性に志向す るものに外ならず,メレロヴィッツ自身 r 企業管理の目標は,……企業の収 益性が長期的に確保されるように,経営的給付共同体の経済的給付を調整し,

(6) 

操作することでなければならない」として,企業管理の目標が収益性にある ことを認めているからである。企業管理の目標が収益性の確保にあるならば,

その中心職分である企業政策の職分もまた,収益性に求められることになる であろう。

メレロヴイッツによれば,経営の管理の追求する基本目標は,利潤達成と

(4)

1 3 2   経 営 と 経 i 斉

経営維持(長期的な生存確保)である。しかも,両者は基本的には一体をな すものなのである。まず,利潤努力は,企業者的行動の第 1 の必要不可欠な 動機とみなされる。諸文献では,利潤動機は,他のさまざまな目標と並列さ れるか,最後の動機とされている。しかし,そこでは, 目的と手段とが交替さ

れてお 1) ,利潤動機は暗黙のうちに短期的な利 ìl~J 極大化と同一視されているの

である。しかし,手lJ i 閏動機は第 l 番の経済的動機であって,他の全ての動機は 何らかの形で利潤と関連し,利潤が達成されなければ ,それらは実現されえな いのである。全ての企業者的目標は,干 I J i 間によってのん j 主成されうるのである

O

さて,利潤は,計算的には,実体 ( S u t

脱 出

1 2 ) が維持された時にのみ達成 されるものである。しかし,実体維持の概念にはさまざまなものが存在する。

それらは,名目資本維持,実体志向資本維持,給付等価的資本維持,収益志 向資本維持である。最後のものは,少なくとも同ーの市場持分と同ーの収益 が要求される資本維持概念である。これらいかんによって,算出される利潤 に作用が及ぶ、であろう。

ところで,企業者に支持される最も重要な企業管理の目標として,経営 維持,すなわち長期的な生存確保があげ、られる。経営維持は実体維持を 必要とするから,実体維持の内容によっては,経営維持と実体維持とは交 差する。経営維持は,少なくとも同ーの市場持分を維持し,市場における企 業の地位を維持することである。それ故,メレロヴイッツは,実践的には,

経営維持は,収益志向資本維持と一致するというのである。ここに,利潤達 成と経営維持といっ目標が,収益志向資本維持を介して結びつくこととなる。

経営維持は企業管理の重要な目標をなすものであるが,この目標は,利潤達 成という目標に対立するものではない。経営維持は,長期的に,利潤達成を 前提とし,加えて,維持は成長を含むものであり,成長には利潤が必要であ

( 7 )   るからである。

以上を要するに,メレロヴイッツにおいては,企業管理の目標たる利潤

達成は,いわゆる「儲け J ( P r o f i t )   に志向する短期的な利潤の極大化とは

異なるものなのである。それは,経営維持と結びついた,経営維持を可能に

するものなのである。それは,まさに,長期的な利潤の極大化に志向するも

(5)

処理学としての経営政策論(円 1 3 3  

のであると解しうるであろっ。企業政策(ここでは商人的経営政策)の職分 たる収益性の形成と維持においても,それは,経営維持と結合した長期的な 利潤の極大化努力として理解されうるのである。

r 企業政策論」において注意されなければならないことは,第 3 に,企業政 策的問題として r 人間指導

J

(Menschenf 出 r u n g ) が取り上げられていること である。人間指導の問題は,人事政策といっ個別政策の領域に属するもので ある。しかし,企業政策が決定する戦略は,人間指導の様式にも作用を及ぼ すのである。メレロヴィッツにおいては,今日の企業における人間的側面の 重要性の故に,人間指導が特に企業政策の一般的論述において取り上げられ ていると解されるのである。

人間指導は,経営において必要なものである。なぜならば,経済的給付生 産に配慮、し,かつ管理されるのは,人間であるからである。その場合,人間労 働力が単なる生産要素とみなされ,機械の如く投入され除去される危険性が ある。その原因は,合理的処理の際の思慮、のなさにある。それ故,人間指導 を特別の職分として意識させ,経営社会学的作用が意思決定に先立って考量 されなければならない理由が述べられなければならないのである。人間指導 が企業の職分とみなされるのは,倫理的動機に基づくものであると同時に,

経済的理由に基づくものでもある。企業指導は,全ての共働者の,その自由な 意思決定に基づく協働が頼りであり,共働者の品位と利害に配慮する人間指 導を必要とするのである。また,人間指導は,手 J I 潤努力とならんで,企業者 の社会的義務でもある。今日の社会政策的条件のもとでは,人間指導の代替 案は存在しない。人間的原則と経済的原則とは,労働者の最大可能な満足と 最高可能な経済的給付とに表現される最適が生ずるょっに,均衡せしめられ なければならないのである。このように,企業政策の職分は,人間性と生産 給付をできるだけ広く,相互に極大化することにあるとメレロヴイッツはい

(8) 

うのである。

それでは,人間指導においてはいかなる問題が取り扱われるのであろうか。

経済的目標達成の第 1の前提は,各共働者が,経営の,部門の,あるいは集

団の共通的目標達成に利害を有することである。この利害がなければ、'共働

(6)

1 3 4   経 営 と 帝 王 i 斉

者の給付能力は不十分な給付用意によって害され,それは,最大可能な経済 的給付生産という目標と一致しないのである。第 2 の前提は,経営という共 同体において対立のない労働を確保することである。このための前提をつく ることが,人間指導の最も重要で、最も困難な職分をなすのである。管理する ということは,対立原因を芽のうちに見つけ出しそれを除去することなので ある。この場合,物質的領域では,賃金と負担の適切な配分が給付共同体の 中で努力され,この努力への信頼が達成され維持されなければならない。非 物質的領域でも対立原因が生じっるのであり,この経営社会学的領域では,

対立の回避は,適切な集団を構成し,それを絶えず改良し,職分と責任を広

〈委譲することによって達成されるのである。そこで v メレロヴイッツは,

人間指導の要素として次のものを掲げることとなる。 1 .共通的目標達成に 対する共働者の利害を発展させること。 2. a ) 社会学的観点において, b) 

負担と賃金の適切な配分に関して,共同体において対立のない労働を確保す ること,がそれである。人間指導のこれらの要素的職分が管理者によって達 成されるならば,共働者の自由意思に基づく協働が達成されうるというのが

(9) 

メレロヴィッツなのである。

注目 2 )3 )   Vg   , . 1 Mellerowicz ,  K . ,   U n t e r n e h m e n s p o l i t i k ,  S S .   46‑47 ,  S .   1 0 0 ,  S S .   80‑81 

4 ) 企業政策論』第 l 巻の内容は次のように構成されている。 1 .現代経済における 企業管理の問題 2 企業管理の本質と目標 3. 管理戦略の基礎としての企業政策,

4. 企業政策の管理用具 5 . 企業政策の遂行のための処理諸原理, 6. 企業政策の 操作的用具。

5 )  7 )   Vg   , . 1 Mellerowicz ,  K . ,   a . a . . o

S . 8 2 ,  S S .   60‑63. 

6 )   Mellerowicz ,  K . ,   a . a . o . ,   S .   8 4 .  

8 )  9 )   Vg   , . l Mellerowicz ,  K . ,   a . a . o . ,   S S .   85‑86 ,  S S .   84‑85 u .   S S .   90‑91. 

六、処理の諸原則

企業政策とは,企業の目標設定とその達成方法に関する意思決定であり,

それは処理とも称される。処理とは,企業管理における精神的動機にもとづ

(7)

処理学としての経営政策論(刊 1 3 5  

くものであり,そこに規則を発見することは極めて困難である。なぜならば,

人間の精神は,常に新しい形態と形成可能性を有するからである。しかし,

このような困難性にもかかわらず,処理において一連の本質的メルクマール

(1) 

が認識される。それらは,処理における思考であり,メレロヴィッツは,こ こに 1 限界思考 2 全体思考 3 規範思考 4 安全性思考, とい う四つのものを,処理思考として掲げ、る。処理は,これらの思考過程の中で なされるものであり,それ故,これらの思考過程を前もって準備することに よって,処理経過が容易になり,誤った意思決定を阻止しうるのである。こ こに,この思考過程を指導し,容易にする,科学的に作られた原則が必要と

(2) 

なるのである。これが,処理原則と称されるものに外ならなし、。それでは,

処理における思考とはいかなるものであり,それらの思考を準備し,指導し,

容易にする処理原則として,いかなるものが掲げられるのであろうか。

「限界思考 J ( G r e n z d e 出 e n ) は , 処 理 に お い て メ レ ロ ヴ イ ッ ツ が 最 も 重 視 する思考をなすものであり,そこから,処理原理としての「限界原理

J

(G

r e n z p r i n z i  p ) が導き出される。彼によれば,限界層一一一最後に発生する層ま たは脱落する層一一は,それがし、かなるものであれ,改善へのまたは悪化へ の変化をもたらすので,経営にとって特別の意義をもつのである。短期的な 処理は,この限界層のもたらす変化に基づいてなされるべきであり,それ故,

短期的な処理思考は,層思考であり,限界層の思考なのである。必要なのは 限界層一一限界原価,限界収益,限界成果ーーの計算のみである。なぜな らば,それは,平均成果の変化方向と変化量を決定するからである。この限 界層が,短期的には,処理対象であり,処理基準をなすのである。このよう に,限界層とそこから生ずる作用に注目する思考が,限界思考と称され,そ れは,一般的に妥当する,方向指示的原理であるので,メレロヴィッツはこ れを限界原理と呼ぶのである。限界原理は,平均値に対して限界層の有する 特別な重要性を表わしている原理であり,短期的な経営的処理にとって,こ の原理は決定的に重要なものとして捉えられるのである。

限界原理は,二つの職分をもっている。その一つは,それは,経営の経済

性を改善するか減少せしめる層を採用するか撤廃するかの選択基準となると

(8)

1 3 6   経 営 と 栓 j 斉

いうことである。すなわち,新しい注文が生じ,能力上の限界がある場合,

経営は全ての注文を計算し,最大の成果を約束する注文を選択するであろ う。その時,最後に選択された注文は,拒否された全ての注文より相対的に 最も収益的であり,ヲ│き受けられた全ての注文より相対的に最も収益的でな い。それ故,最後の注文の限界成果,すなわち限界原価と限界収益との関係 は,注文に対する選択基準をなす。このように,限界層は,経営的処理に対 して特別な意義を有するのであり,限界原理は,能力の利用競合の場合の方 向指示的処理原理であることが示されるのである。第 2 の職分は,それは,

経営に存在する全ての層の最も経済的構成を可能にするということである。

経営は,今まで存在している層で,最大の効用実現をもたらさなければなら ない。その場合,全ての層が限界値で評価され,給付能力が最適に利用される まで,より経済的な層が加えられ,より不経済的層が撤廃される。その時,

限界層は最小の効用の層ではあるが,撤廃された層に対しては最も経済的で、

ある。このような方法で,限界原理は,経営に,全ての層の最も経済的構成 ( 3 )  

をもたらすのである。

以上のように,メレロヴイッツは,限界原理の一般的な説明を行なった上 て¥より具体的な限界現象を,限界原価,限界利子,限界成果,そして限界 収益均衡の法則に関して説明している。

さて,経営的処理は,常に複雑な性質を有している。つまり,特定の部分 領域を対象とする処理は,通常,他の部分領域にも作用を及ほすのである。

経営は,相互依存的関連をもっ部分からなる有機体であるからである。そこ で,調整思考 ( A u s g l e i c h s d e n k e n )は,経営的処理にとって重要な関心事とな る。このように,処理はその複雑性によって特徴づけられ,常に全体経営に 対する作用を注意しなければならないという r 全体思考 J ( G a n z h e i t s d e n k e n )  

(4) 

が処理思考として掲げ、られることとなるのである。

処理は,予測的に思考しなければならず,期待に基づく行為であり,そこ

には,事実の不明瞭性と人聞の非合理性による危険要因を苧んでいる。この

不明瞭性と非合理性は,何らかの方法で合理化されなければならない。すな

わち,処理は,非合理的なものを合理的なものに,論理的なものに変形しな

(9)

処理学としての経営政策論(刊 1 3 7  

ければならない。これは,将来の予測と,最も合理的方法の選択と,実際 の展開の統制によって,つまり計画によって行なわれる。したがって[""計

(5) 

画 ・ 規 範 思 考 J ( P l a n u n g s ‑ u n d  N  onndenken) が,処理における思考となる。

処理は,特定の対象に関連し,特定の情況のもとで生ずる。処理に決定的 影響を及ぼすのは,処理の対象のみならず,その情況でもある。経済と社会 における情況の変化は,経営的安定性と

L

汁経営経済的に重要な目標の重要 性を認識せしめ,必要な安定性を達成するために[""安全性・維持思考 J ( S ‑ i c h e r h e i t s ‑ u n d  Erha 1 t u n g s d e n k e n )は,処理における特徴的思考をなすので

(6) 

ある。

以上が,処理における思考として,メレロヴイッツが掲げているものであ る。それでは,次に,これらの思考を準備し,指導し,容易にする処理原則 とはいかなるものなのであろうか。メレロヴイッツは,ここに,処理原則と して,次の六つのものを掲げている。それらは 1 企業政策の統一性の原 則 2 企業政策の弾力性の原則 3 純利潤の基準性の原則 4. 利子の 利潤判定尺度性の原則 5 ,限界収益の(経営内的)均衡の原則 6 統制 の原則,である。

まず[""企業政策の統一性の原則

J

( G r u n d s a t z  d e r  E i n h e i t   d e r   U n t e r n e h ‑ m e n s p o l i t i k )  

I

とは,個別的処理の基礎には,全ての企業政策的方策に対し て確固たる基礎を形成しうる,企業政策の全体構想、がおかれなければならな いというもので,これは,企業政策の第 1 の原則をなすものである。処理の 大部分は,必ずしも直接的に全体的経営形成を目ざすわけではなく,経営現 象の個別的経過と部分経営に関連するものである。わずかな処理のみが,全 体経営に直接的に基本的に影響を及ぼすにすぎない。しかし,個別的処理が,

全体経営の政策の完結性と統一性を失なわせしめではならない。これらを失 なう潜在的危険を予防するのが,経営の処理中心である業務管理の職分であ る。それは,個別的処理の基礎となる経営政策的構想、を展開し,経営発展の 基本方向を確定することである。その結果,個別的処理問で予盾の生ずるこ とが防止され,完結的・目標意識的企業政策が展開されうるのである。実践

(7) 

的には,この原則は,経営計画においてその実現を見ることとなるのである。

(10)

1 3 8   経 営 と 経 済

企業政策の統一性の原則とは,経営管理には確固とした経営政策的目標が なければならないということである。しかし,計画において確定される経営 目標は,大略的性質であるにすぎない。なぜならば,経済生活の全ての変化 を予測し対応することは不可能で、あるからである。そこで,毎日の個別的処 理においては弾力的であらねばならないといわ「企業政策の弾力性の原則」

( G r u n d s a t z   d e r   u n t e m e h m e n s p o l i t i s c h e n   E l a s t i z i t a t ) が処理原則として必 要になる。全体的経営計画の場合に,既に弾力性が必要である。経営が設定 した目標を硬直的に追求するには,あまりにも多くの対抗力が現代経済を形 成しており,それらの利害も必ずしも常に同一であるとは限らない。それ故,

計画に際しては,適応と弾力性が必要であり,個別的計画は弾力的で変動し なければならないのである。計画の実現においても,経済生活の変化に適切 な手段で対応するために,弾力性の原則が必要である。しかし,弾力性は評 価の一般的原則に結び、つけられていなければ、ならないから,この原則は,企 業政策の統一性の原則という上位原則に結合されていなければならないので

(8) 

ある。

さて,メレロヴィッツによれば,利潤は処理の中心概念をなすものである。

利潤は,全ての計画と処理の出発点をなし,企業政策は,原則的に利潤に調 整されるのであり,それ故,ここに,利潤が企業政策の基準となるという,

「純利潤の基準性の原則

J

( G r u n d s a t z   d e r   M a s g e b l i c h k e i t  d e s   R e i n g e w ‑ i n n e s ) が現われることとなる。経営の第 1 目標としての利潤の極大化概念に 代わって,今日では,利潤極大化は制限され,適正利潤,平均(標準)利潤,

計画利潤という目標の認識が広まっている。利潤標準を確定することが,経 営の基本的処理をなすのであり,標準利潤とは,制限された(極大)利潤な のである。ここに,メレロヴイッツは,利潤を制限する要因として,次のも のを掲げている。①潜在的競争者の気勢をそぐこと。②公衆関係の観点で,

価格を適正な高さに保つこと。③高い賃金要求を防ぐこと。④従業員に重い

負担を招かないこと。⑤用心さ,慎重さの観点で,危険を高めないこと。こ

れらの要因が利潤の制限に作用を及ぼし,手Ij潤計画の際に考慮されなければ

ならないのであるが,さらに,次のような経営的要請も考慮されなければなら

(11)

処理学としての経営政策論(刊 1 3 9  

ないのである。①資本市場での資本調達で経営拡大をはかろうとするならば,

利潤標準は新資本を引き寄せうるほど高くなければならない。②自己金融で 成長の資本調達をしようとするならば,利潤は計画された成長率の値をもた なければならない。③好んで用いられる利潤標準は正常利潤であり,それは 過去の期間の平均利潤に相応する。④標準利潤は適正利潤であり,それは,

利潤の適正さに関する公衆の意見に従うものである。いかなる標準に決定さ

(9) 

れるかは,その経営の情況に依存するであろう。

マリ子の利潤判断尺度性の原則 J ( G r u n d s a t z   d e r   M a s s t a b l i c h k e i t   d e s   Z i n s e s  f u r   d i e   G e w i n n b e u r t e i l u n g )   とは,利子が収益性の尺度として用いら れるべきことを示す原則である。すなわち,投資意思決定の判断尺度はその 収益性であるが,収益性の判断尺度は利子であり,利潤は,少なくとも,貨 幣・資本市場における利子と同じ高さでなければならないのである。企業全 体の収益価値は,純利潤の利子率による資本環元によって確定される。利子 は,投資の適切性に対する判断基準となり,計算利子としても,それは,意

( 10) 

思決定の尺度となるのである。

メレロヴイッツによれば,限界原理は基本的な経営的意思決定原理をなす ものであり,ここに,限界原価と限界収益が均衡し,限界成果が Oになる点 で,経営の絶対的最適が実現し,それは経営の目標をなすという r 限界収益 の(経営内的)均衡の原則

J

( G r u n d s a t z  vom  ( i n n e r b e t r i e b l i c h e n )   A u s g l ‑ e i c h   d e r   G r e n z e r t r a g e )   が現われる。彼によれば,限界収益の均衡は,経営 の目標ではあるが,経営が完全には達成しえない目標であり, しかし,経営 が常に注意しなければならない目標をなすのである。すなわち,経営は,限 界収益均衡に努めなければならないのであるが,さまざまな困難性と防害に 直面するのであり,その場合場合に応じてこの基本原理を修正しなければな らないが,決してそれを断念してはならないのである。限界収益均衡の法則 が,実践的にもたらすのは,次のことである。①経営は,最良の限界成果 を与える生産を拡大するであろう。②経営は,限界原価が限界収益に等し

し 限 界 成 果 が Oになるまで,生産を拡大するか縮少するであろう。この場

合の意思決定は一回限りのものではなく,絶えず変動する新しい情況に対応

(12)

1 4 0   経 営 と 経 i 斉

して新たな行動がとられることによって,限界収益の継続的均衡への傾向が 生ずるのである。個別経営は,最も有利な限界成果に努めるのであって,常 に最高の限界収益の場所を求め,最高の効用達成の場所を求め,このように して,生産される財の絶えざる限界収益の均衡がもたらされるのである。企 業者の職分は,最高の限界収益の場所を求め発見すること,最低原価投入で の効用極大化にあるのであり,このような職分を完全に解決する企業者は,

(11) 

最高の利潤を達成するというのがメレロヴ、イッツなのである。

経営的処理は,標準利潤に基づいて行なわれなけれはならないが,それが,

経営の個別的領域での直接的日常的問題の解決に関連して行くにしたがって,

経営的処理も個別的なものになって行く。しかし,これらの個別的処理から,

計画された利潤が生じなければならない。計画利潤がどれ程達成されるかを 明らかにするのが「統制」であり,統制は,計画期間に達成された佃別成果 を把握し,それらを全体経営的価値で凝縮するのである。経営の進行方的 j は 財務領域の価値によって,何よりも利潤標準によって決定されるのて¥全て の価値の統制も財務領域と標準利潤に帰らなければならな

¥'¥0

今まで述べら れた処理の諸原則は,全体経営の姿を描くことのできるこの「統制の原則」

( 12) 

(Grundsatz der K o n t r o l l e ) によって,完全なものになるのである。

以上が,処理の諸原則に関するメレロヴィッツの所論の大要である。

注 1 )2 )   V  g   , . l Mellerowicz ,  K . ,   a . a . o . ,   S .   3 9 0 ,  S .  3 9 4 .  

3 ) 4 ) 5 ) 6 )   Vg   , . l Me l 1 e r o w i c z ,  K . ,   a . a . O . , SS.396‑397 , SS. 390‑391 , S .   3 9 1 ,  S .   3 9 4 .  

7 ) 8 ) 9 )   Vg , . l M e l l e r o w i c z ,  K . ,   a . a . o . ,   S ,  4 1 9 ,  S S .   419‑420 , SS.  420‑423  1 0 ) 1 1 ) 1 2 )   Vg   , . l Me l 1 e r o w i c z ,  K . ,   a . a . O . , S S .   424‑425 ,  S .   4 2 5  u.SS. 416‑418 , 

S. 4 2 5 .  

七、メレロヴィッツの所論の検討

以上を要するに, メレロヴイッツの展開する経営(企業)政策論は,企業

者に,その処理意思決定,すなわち企業目標とその達成手段に関する意思決

(13)

処理学としての経営政策論(下) 1 4 1  

定に際して,処理原則を手渡そうとする処理学として把握される。そして,

その提示された処理諸原則について見るならば,それらは,利潤を基準とす る,手I J 潤の計画と統制に関するものであると解すことができるであろう。彼 がのべるように,利潤は処理の中心概念であり,処理の出発点であり,企業 政策は利潤に調整されるのである。純利潤の基準性の原則は,まさに処理の 中心原則として把握されうるのである。企業政策の全体性と弾力性の原則は,

計画利潤の設定にあたって考慮されなければ、ならない一般的性質の原則であ ると解される。具体的な計画利潤の内容の決定において考慮、されるべきもの として,純利j 問の基準性の原、即1.手 J I 子の利潤判断尺度性の原則,限界収益の (経営内的)均衡の原員 J I が拘げられると解されるのである。そして,最後に,

この計画利潤の現実的達成にかかわる原則として,統制の原 H I J が位置づけら れるのである。このように, メレロヴイッツの提唱する処理諸原則において は,経済性の概念が後退しており,収益性なる概念が前面に現われているの であリ,処理諸原則は企業の収益性の形成と維持に志向するものとして把握 されるのである。

メレロウ、イッツの展開する経営(企業)政策論が処理学として把握される ならば,それは,経営の実践に,その行動の拠り所となるべき実践規範を提 示しようとする「実践」的経営政策論として捉えることができるであろう。

等しく実践志向的でありながら,経営政策の原則を形成することを拒否し,

(1) 

理論的認識の段階にとどまったザンディッヒの立場と比較するならば,メレ ロヴイッツの立場は,これを来り越え,処理諸原則の提示によって実践を直 接的に形成しようとするものであり,その実践志向性はより強められている のである。両者は共に,経営政策論の対象を,管理の目標設定と手段意思決 定に見出しているのであるが,経営政策論の科学的目標を,一方は,理論的 認識に,他方は,実践規範の形成においているのである。「ザンデイッヒの場 合の,理論的実在科学的目標への限定と結びついた管理意思決定への現実志 向的制限に,メレロヴイッツの場合の,実践的実在科学的目標に還元された

(:.;) 

経常経消学が対立する」のである。

ところで,既に指摘したように,メレロヴイッツの所命は,方法論的には,

(14)

1 4 2   経 営 と た 壬 i 斉

規範論的色彩を帯びていることが任意きれなければならないであろう

η

すな わち,彼の所論においては,経営政策論の研究対象を,体制無関連的な経済 性原則に指導される経営概念に置き,最高の経済性を達成するための行動規 則あるいは行動原則を設定することをその科学目標としているからである。

このような規範性の所以を,われわれは,有機体としての経営を,越歴史的 な経済性によって指導される非現実的概念たる「経営」として把握する所に 求めることができるであろう。有機体としての経営は決して経済性原則に指 導されるのではなく,器官としての経営と同様に,体制原理こそがその生得 的 指 導 原 理 を な す と 解 さ れ つ る の で あ る 。 資 本 主 義 的 経 営 た る 企 業 の 実 践 的指導原理は,営利原則に外ならないであろう。

しかし,メレロヴィッツの所論における形式的規範性は

rr

企業政策論」の展 開において実質的には解消されていると解される。そこでは,商人的経営政 策の職分として,経済性と収益性の形式と維持が掲げられているのであるが,

実質的な論述では,企業管理内目標は利潤達成にあるとして,経済性よりも 収益性に志向するものとして経営政策が位置づけられているのである。そこ で提示された処理諸原則は,まさに収益性の達成のための行動原則に外なら ないであろう。それらは,企業目標として利潤達成を設定し,利潤の計画と 統制に関する原則であると解されるのである。彼の所論は,現実的・実質的 には,営利原則に指導される資本主義的経営たる企業を研究対象とし,収益 性達成のための実践規範としての処理諸原則を提示しょっとする技術論とし て把 J 屋されるのである。

ところで,ここで,収益性とは,決して短期的な利潤の極大化を意味して いるのではないことが注意されなければならないであろう。計画利潤とは,

「適正利潤

J

, r標準利潤」であり,それは制限された極大利潤なのである。

企業内外のさまざまな要因が極大利潤の達成を制限するのであるが,制限さ れるのは短期的な利潤の極大化であると解される。適正利潤や標準利潤とは,

長期的な経営存立の確保すなわち経営維持と結合したものであり,それは,

長期的な手lJ i 閏の極大化に外ならないと解される。メレロヴイッツの所論は,

企業目標として,短期的な利潤の極大化に代えて,長期的な利潤の極大化を

(15)

処理学としての経営政策論(刊 1 4 3  

主 リ L : するものとして埋解しうるのである。経営政策論の課題は,企業目標と してた則的な利潤の極大化を設定し,その達成のための処理原則を提示する ことにあると解されるのである。

長期的な利潤の計画と統制とし汁長期的な経営的処理に関する規則として 処理諸原則が把握されるならば,短期的な経営的処理に関する規則としての 限界原理との関係が問題となるであろっ。限界原理も処理諸原則も共に処理 規則であると解されるのであるが,メレロヴイッツは限界原理を特に重視し,

短期的な経営的処理にとって決定的な処理規則として位置づけているのであ る。ここに,長期的な処理規則と短期的な処理規則とが混在することとなる のである。われわれは,長期的なものと短期的なものとがしばしば対立する ものであることを注意しなければならな

¥')0

限界原理に基づく短期的処理が,

長期的処理と対立することが考えられるのである。この場合,長期的思考と 短期的思考とをいかに調和せしめるかが経営的処理にとって重要な問題とな るであろう。ここに,企業政策の統一性の原則と企業政策の弾力性の原則と を n 1 l i 思考の調和にかかわる原則として捉えることができるであろう。経営計 画において長期的思考と短期的思考とが調和的に統ーされ, しかも,経営計 画の作成と実行においては,長期的情況の変化と短期的情況の変化に対応し

た弾力性が確保されなければならないからである。その際,基本的には,短 期的思考は長期的思考に拘束されざるをえないであろっ。なぜならば,長期 的な利潤の極大化,あるいは経営維持という長期的思考に企業目標が志向す るものである限リ,短期的思考も究極的にはこの長期的思考に奉仕するもの であらねばならないからである。それ故,限界原理はあくまでも長期的思考 の枠内でその有効性を主阪しうるのであって,決して限界原理それ自体が他 の処理諸原則から離れて独自的に絶対性を王張しうるものではない。われわ れは,短期的な経営的処理の原理としての限界原理のこのような限界を認識

しなければならないのである。

限界原理のもつ短期性の故に上のような限界が指摘されるならば,処理思

考における限界思与・の位置づけが問題とされなければ、ならないであろう。す

なわち,限界忠 J 7 は , メレロヴイッツによって,故も主要な処理思考として

(16)

1 4 4   経 営 と 経 i 庁

掲げられているのであるが,それは,彼ものべるように,短期的処理に関す る思考に外ならないのである。企業管理の目標が,既にのべたように,長期 的な利潤の極大化,あるいは経営維持という長期的なものである限リ,企業 政策における思考は,何よりもまず,長期的な処理思考であらねばならない であろう。そして,この長期的思考の枠内でのみ,短期的処理思考としての 限界思考の意義が認められると解されるのである。長期的な処理思考は,あ るいは限界思考以外の処理思考にお

L

、て期待されているのかもしれない。しか し,そこでは,長期的処理思考に関しては触れられておらず,その上,限界 思考が第 1の処理思考とされている限り,メレロヴイッツにおいては,長期 的企業目標の主張にもかかわらず,短期的処理思考に重点がおかれていると 解されざるをえないのである。われわれは,企業政策における第 1の思考は,

長期的利潤極大化思考あるいは経営維持思考という,長期的処理思考でなけ ればならないと解せざるをえないのである。

さて.メレロヴイッツによれば,経営(企業)政策は,商人的経営政策と 社会的経営政策とに大別されるものであった。しかも,これらは,その重要 性において同ーとされているのである。これらは,それぞれ独自の目的を達 成しようとするものである。すなわち,商人的経営政策は,経済性と収益性 の形成と維持に志向し,社会的経営政策は,社会的な経営の形成に志向する

ものであった。そして,これらの目的を達成するための行動規則を提示する

ことにメレロヴイッツの課題があったと解されるのである

O

ところが,経営

政策の行動規則として彼が提示しているものは,商人的経営政策における行

動規則以外の何ものでもないと解されるのである。限界原理は,企業の短期

的な経済的問題の処理に関する原理であり,決して社会的問題の処理規則で

はない。その他の処理の諸原則もまた,利潤の計画と統 i l i iJという経済的問題

の処理規則j に外ならないのである。社会的経営政策が商人的経営政策と同ー

の重要性を有するのであれば,処理規則の究明にあたって,社会的経営政策

における処理規則もまた検討され提示されるべきであろっ。しかし,経営に

おける処理の原則としてメレロヴイッツが提示しているものは,商人的経営

政策のもののみであり,社会的経営政策の処理規則は何ら提示されないまま

(17)

処理学としての経営政策論(刊 1 4 5  

に終わっているのであるつなるほど,企業政策の一般的検討の際に 企業政 策における人間j { ‑ [ i '   4 + . の重要性についてのべ,企業‑における社会的側面に言及 しているのではあるが,それらの検討が処理規則の提示と結びついていない のは,処理学としての彼の経営政策論の展開に問題を残すことになるであ ろ う 。 確 か に , 彼 は 企 業 政 策 論 」 の 第 2巻において,部分的経営政策につ いて論じ,そこで,経営的社会政策の原則として r 支援の原則 J (Grundsa‑

t z   der  S u b s i d i a r i t a t ) と 「 連 帯 の 原 則 J (Grundsatz d e r  S o l i d a r i t a t )   と

(3) 

を掲げてはいるのであるが,これらが部分的経営政策の部分的処理規則とし てではなく,一般的処理規則として,商人的経営政策の処理規則と並んで取 り扱われるべきであろう。そして,その上で, さらに,商人的経営政策と社 会的経営政策とを統一し調和せしめる処理規則が究明されるべきであろう。

なぜならば,企業は技術的経済的社会的な統一休であるからである。処理学 としての経営(企業)政策論は,最高経営管理の学として,企業の技術的経 済的領域と社会的領域とを統合する総合原理を解明し,そのための処理規則

を提示することにまで及ばなければならないのである。

j 主1) V  g   , . l S a n d i g ,  c . ,   a . a .   0 . ,   S .  

133. 

拙稿管理;百;思決定の理論としての経営経済政策論一一一ザンディッヒの所論を中心 として一一一

J

,1 0 4 頁参照。

2 )   D l u g o s ,  G . ,  U n t e r n e h m u n g s p o l i t i k ,  i n :   Handwa

・地

r b u c hd e r  B e t r i e b s w i r

c h a f t 4 .   Auf   , . l h r s g .   E .   G r o c h l a  und W.Wittmann ,  S t u t t g a r t   1 9 7 6 ,  S .   4 0 9 4 .   3 )   V  g   , . l M e l l e r o w i c z ,  K . ,   U n t e r n e h m e n s p o l i t i k ,  2.  B d . ,  S .   3 6 8 .  

八、結

メレロヴイッツの展開する経営経済学は,企業実践の合理的形成という高

い実践的課題を有するものであり,その課題を直接的に担うものが,経営政

策論に外ならないのである。そこでは,処理という経営政策的意思決定にお

ける行動規則を発見し提示することによって,実践の合理的形成が期待され

ているのであって,経営経済的理論や技術もともに,合理的行動規則の発見

と設定と

L

汁経営政策的課題.の実現に奉仕すべきものであり.それが故に,

(18)

1 4 6   経 営 と 経 済

彼の展開する経営経済学は[""技術論」的経営経済学として特質づけられうる のである。

ところで,経営的実践の合理的形成の主体は企業管理に外ならない。経営 政策は企業管理の中心職分であり,合理的経営形成の出発点をなすが故に,

彼の展開する経営経済学の体系の中心に据えられているものと解される。し か し , 彼 も の べ て い る よ う に , 企 業 管 理 の 職 分 は 経 営 政 策 の み で は な い 。 組 織 以 下 の 五 つ の 職 分 も ま た 企 業 管 理 の 職 分 で あ り , し か も 経 営 政 策 の 遂 行 の た め の 手 段 を も な す の で あ る 。 経 営 経 済 学 が 実 践 の 合 理 的 形 成 と い う 課 題 に 志 向 す る も の で あ る な ら ば , そ れ は , 経 営 政 策 の み な ら ず , そ れ を も 含 め た 形 成 主 体 た る 企 業 管 理 全 体 を 経 済 経 済 学 の 研 究 対 象 と し て 取 り 上 げ , 企 業 管 理 論 と し て 構 築 さ れ つ る で あ ろ っ 。 彼 も の べ る ょ っ に , 経 営 経 済 学 は 経 営 の 合 理 的 管 理 の 学 と し て 形 成 さ れ う る の で あ る 。 経 営 経 済 学 が あ く ま で も 実 践 志 向 的 で あ ろ う と す る な ら ば , そ の 一 つ の 方 向 と し て , 経 営 政 策 論 を 越 え た 企 業 管 理 論 的 展 開 が 示 さ れ る こ と と な る の で あ る 。 そ の 具 体 的 な 展 開 を , わ れ わ れ は , メ レ ロ ヴ イ ッ ツ の 『 社 会 志 向 的 企 業 管 理 論 」 に 見 出 す こ と が で き

(1) 

るであろう。

注 1 ) M e l l e r o w i c z ,  K . ,   S o z i a l o r i e n t i e r t e   U n t e r n e h m e m β

r u n g , 2 .   Auf . l v o n .   >  S t ‑ r u k t u r w a n d e l  und Unternehmensfuhrung 

<< 

( F r e i b u r g  i   B . r .   1 9 7 5 ) ,  F r e i b u r g  i   . B r . 1 9 7 6  

拙 稿 メ レ ロ ヴ ィ ッ ツ の 社 会 志 向 的 企 業 管 理 論 一 一 市 場 経 済 体 制 と 企 業 管 理 一 → 上 ) (

)J

,長崎大学「経営と経済

J

,第 5 9 巻第 1・ 2 号,昭和 5 4 年 7・ 9 月,参照。

参照

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