サッカーにおける戦術トレーニングの指導について 一ゲーム状況の再生テストの分析一
中 山 雅 雄*
(平成元年10月31日受理)
Coaching of Tactical Traing in Soccer
Analysis of Recall Test of Game Situations一一r
Masao NAKAYAMA
(Received October31,1989)
1.目 的
優秀なスポーツ選手は自分の競技のゲーム状況について非常によく記憶している。これ は従来研究がなされてきたチェスや将棋,碁の上級者の優れた記憶に類似している3)。彼ら は,盤上の様々な状況をチャンク化するという認知方略を用いて記憶していると言われる。
つまり複雑な状況を構造化しているということである。上級者はこのように記憶されてい る構造化された状況に照合しながら,実際の外的ゲーム状況に適した作戦を実施すること によってパフォーマンスの向上に結びつけていると思われる。同様に,ボールゲームは様々 に変化するゲーム状況に対して適切な状況判断を行ない,プレーを決定していくというこ とが,パフォーマンス向上にとって重要な要素の一つである。いかにゲーム状況を構造化 し,記憶中に整理されているかがゲーム状況への対応に大きな影響を及ぼすものであると 思われる。
スポーツでの体力,あるいは技術的な問題に関しては科学的研究成果が現場に反映され てきている。しかし,状況判断に関する研究は最近盛んに行なわれるようになってきては いるが,現場に影響を与えるほどの成果はまだ上げていないのが現状である。状況判断の 能力は,プレーヤーのセンスとしてかたづけられ,十分なトレーニングがなされていない。
中川4)は,状況判断の指導の中心は,単に攻防練習をさせるだけではなく一回一回の攻防 練習の後に,状況判断の評価を行ない,討論や指導がなされなければならないとしている。
また,チャールズ・ヒューズ2)は誤った判断を繰り返すときは,ゲームをストップし指導す るという, ストップ・ザ・ゲーム の重要性を指摘している。状況判断能力や戦術的な能 力向上に関連するトレーニングはコーチングの重要な要素である。
*長崎大学教育学部保健体育教室
本研究では,ゲーム状況の記憶を状況認知能力の一つの指標として捉え,サッカーの2 vs2ゲーム状況におけるプレーヤーの記憶について,再生法を用いて分析し,戦術トレー ニングの指導について検討することを目的とする。
2.方 法
1)被験者
長崎大学本学サッカー部員20名。同サッカー部は九州大学サッカーリーグに所属してお り,大学サッカーの中では,平均的なチームである。被験者のサッカー経験年数は1年か ら12年,平均で5.2年であった。
2)基本戦術の指導
長崎大学サッカー部は通常1週問に6日問の練習を,約2時間行なっている。その通常 の練習の中で約20分程度を使い2vs2ゲームでの基本戦術であると考えられている「ワン ツーパス」「オーバーラップ」「クロスオーバー」についての指導を約3週間にわたってほ ぽ毎回の練習において行なった。
指導法は以下の様に実施した。
・用語の解説及び基本形態の確認
それぞれのプレーがどのように展開されるのかについて,実際に選手にプレーさせながら 説明を加えた。
・ストップ・ザ・ゲーム方式の指導
2vs2のゲームを実際にプレーしている際に,基本戦術を発揮するべき状況にありながら プレーされなかっ.た様なときあるいは,実際にそのプレーが有効に実施されたときに,即 座にプレーをストップしその指摘と,指導を行なった。その後再びプレーを再開するとい
う方法を用いてトレーニングをおこなった。
3)テストゲーム
2vs2ゲームでの基本戦術のトレーニングを約3週間実施した後,テストゲーム(test−
game)を行なった。
2人1組で10チームを作り,チーム内でのプレーの確認のために1チーム1分間のプレ ゲーム(pre−game)を2回行なった後,30秒問のテストゲームを実施した。ゲームのスター トは,味方のプレーヤーに横にパスした時点からとした。テストゲーム終了後に,直ちに 所定の再生テスト用紙にテストゲームについて決められた方法(図1)によってプレーヤー の動き,ボールの軌跡,攻守の切り替わりの地点について再生するように求めた。
プレゲーム,テストゲームに先立ち,再生テストを実施するという教示は被験者には与 えられていない。
ゲームを行なうコートの大きさは,縦25m,横13.8mで,高さ1mのセーフティーコー ンを1.6mの間隔でゴールを作った。
テストゲームの状況は,フィールド全体が収まるようにセッティングしたビデオカメラ
(NATIONAL AG−400)にょってVT Rに記録した。
4)分析方法
VTRに記録されたゲームを再生し,それぞれのゲームについて再生テスト用紙に所定 の略図を用いて実験者が記録した。(図2)
その記録とVTRに記録されたゲームを参照しながら,各被験者の再生テストの結果に ついて,再生の正確性,内容を分析した。
また,2vs2のゲームについてパスの本数,ドリブルの数,攻守の切り替え,アトオブ プレー,シュートの数,
得点に.ついて分析した。
O一一一〉○
一一一一一》人の動き
一ボールの動き 吻ドリブル
× ボール保持の 移動地点
5)実験の限界 ゲーム状況の再生を 課題とした本研究では,
トレーニング前に再生 課題を実施することに より,トレーニング後 の再生課題のデータに 歪みが出る可能性が考 えられるため,トレー ニングの前後での同一 の課題を行なうことが できないと判断した。
図1 再生テストの記録用紙と略図の説明
1: × l v ∫ ψ
●○ ●○
窒
磁・塩
○ 、●
図2 ゲーム状況の再生(第2組のゲーム状況)
6)実験日及び場所 1989年8月17日 長崎大学グランド
3.結果と考察 1)テストゲームの分 析
テストゲーム5ゲー ムについて,パスの本 数,ドリブル,アウト オブプレー,攻守の切
り替わりの回数,
シュート数,得点,戦 術的に意味を持ったプ レーの数について分析 した(表1)。攻守の切 σ替わりの回数が平均 で3.2回で,30秒間の
表1 テストゲームの分析 (本)
アウトオブ攻守の切り 組\ パス ドリブル
プ レ ー替わ り 戦術的シュート 得点 プレー
合計 23 17 平均 4.6 3.4 S.D 1.62 1.50
11 2.2
0.75
16 3.2
0.75
8 3 6
1.6 0.6 1.2 0.8 0.49 0.75
ゲームの中で両 チームとも攻撃 を行なう局面が あったことにな る。シュートに 関しては5組以
外は2本の
シュートが出現 しており,30秒 間のゲーム時問 を考えると,積 極的にゴールヘ向かう姿勢が伺える。
また,戦術的に意味のあるプレーについては3組以外は1あるいは2回の出現が見られ る。このことからも戦術トレーニングの効果が示唆される。
先行研究の中に,2vs2のゲームについての分析がなされたものは見当たらない。その ため,本研究で行なわれたゲームがどのようなレベルであるかについては,明確に評価す ることはできない。筆者の主観的な評価としてまとめると,各プレーヤーに単純なミスが 多く,決して高いレベルにあるとは考えられない。しかし,基本的な戦術を基に意図を持っ たプレーを遂行しようとしている点については良い評価できるのではないかと思われる。
2)ゲームの再生について
ゲームについて何らかの再生ができたものは,17名で全体の85%であった(表2)。再生 できなかった3名についてその内容を検討してみると, プレーが行なわれた位置が問違っ ている ,黛ゲームの中で展開されたプレーが混同されて記憶されている , 全く記憶に残っ ていない という結果であった。ゲームの時間が30秒問と短く,ゲームの中ではパスが平 均4.6回と少なく,ゲームの状況を記憶に留め,再生するという課題は難度の高いテストで 表2 再生の有無について はなかったと思われる・ただ・テストを 実施する前に,ゲーム終了後に再生テス 項 目 割合 度数
トを行なうという教示がなされていな 何らかの再生ができた 0・85 17/20 かったため,ゲームをただ漠然とプレー 再生できなかった 0・15 3/20 しているプレーヤーにとっては難度の高 いテストであったかもしれない。
表3 再生の内容とその割合 何らかの再生ができたものについて,
項 目 割合 度数 その内容を検討した結果(表3)・プレー の位置,ボールの移動,各プレーヤーの
ほとんど再確に再生できた シュート場面を再生できた 戦術的に意味を持つプレー
を再生できた その他
0.2 0.4 0.3 0.2
4/20 8/20 6/20 4/20
動きについて,ほとんど正確に再生でき たものは4名で20%であった。シュート 場面についてのボールの動きや,プレー ヤーの動き等の再生ができたものは,8 名で40%であった。ほとんど正確に再生
できたものと,シュート場面について再生できたものとを合わせると,全体の60%の者が シュート場面についての再生が可能であったことになる。次に, ワンツーパス , クロス オーバー 等のサッカーの基本戦術といわれるプレーについて再生できていた者は6名で 30%であった。また,その他として, キックオフから1〜2本のパス ゲームの途中の
1〜2本のパスの移動 について再生できたものは4名で20%であった。
シュート場面はサッカーの中で最も重要な意味を持つ得点に関係する状況である。その ため,プレーヤーはゲーム状況への注意を高めることになる。その結果として,ゲームの 再生の成績が高くなったと考えられる。経験的にも,通常のゲームでの,得点に関する状 況については,多くのプレーヤーが非常によくそのことを記憶しているものである。
戦術的に意味を持つ状況の再生の結果は,シュート場面のそれと比較するとやや悪いも のであった。』しかし,全体の半数のプレーヤーが再生できている。ゲームの中の1〜2本 のパスについて記憶することと比較して,複数のプレーヤーの動きとボールの動きを記憶 することとでは後者の方が難しいと思われる。しかし,1〜2本のパスについての再生の 成績よりも良いことは,一つにトレーニングの効果として捉えることができるだろう。ラ ンダムに並べられた数字の記憶についての研究で,チャンク化による記憶力の増大が認め られている。これは,、サッカーの1本1本のパスだけに注目してもあまり意味を持たず,
それを1本毎に記憶に留めておくことは非常に困難なことであり,またゲーム状況の認知 についてあまり意味を持たないものである。しかし1つ1つのプレーをある意味を持った
1つの単位として構造化注目することによって初めて,何らかの意味を持つことになると 考えられる。トレーニングによって戦術的に意味を持つプレーとして,1本のパスにこだ わるのではなく,ある単位をもって一つのプレーとして整理することにより,1本の意味 を持たないパスよりも,数本のパスやプレーヤーの動きで一つの単位として構造化された 戦術的プレーについてに注意が向けられるようになったと考えられる。サッカーのゲーム 状況では,1本の重要な意味を持つパス,あるいはランニング,ドリブルといった技術,
スキルも現実にはあるが,だいたいはいくつかの技術を集団でプレーし,1つの意味を持 っプレーとなり得る状況が非常に多いスポーツである。そのため,トレーニングの中で,
このようなプレーを数多く作り出し,具体的名称をつけるなどして,記憶の中に整理して おくことが状況判断能力の向上にとって重要である。これらのことより,中川4)が指摘する ように,ただ攻防練習を反復するだけではなく,一つ一つのプレーに対して評価,討論を 行なうトレーニングが必要であると考えられる。
4.今後の課題
今回の研究は,日々の実践の中からのデータの収集であったため,非常に研究のデザイ ンやデータが粗いものであった。特に,戦術トレーニング実施前の2vs2ゲームのパフォー マンスに関する客観的なデータがなくトレーニングの効果を十分に明確に示すことができ なかった点は今後の課題となる。
論
5 結
本研究では,戦術トレーニングの指導の効果について,ゲーム状況の記憶の分析によっ て明らかにしようとした。その結果,戦術的に意味を持つプレーについて,トレーニング
の中で指導し整理させることが,状況判断能力の向上に効果があることが示唆された。
引用・参考文献
1〉Allard,F.,Graham,S.and Paarsalu,M.E., Perception in sport:Basketball, Joumal of Sport Psychology,2:14−21,1980.
2)チャールズ・ヒューズ(鈴木泰子訳),サッカーの戦術と技術1,日刊スポーツ出版社,1988,pp,
31−36.
3)麓 信義「外界の意味的認知」 麓 信義・工藤孝幾・伊藤政展著,運動行動の心理学,高文堂出版 社, 1989, pp.147−168.
4)中川 昭「ボールゲームにおける状況判断の指導に関する理論的提言」スポーツ教育学研究,6−2:
39−45, 1986.
5)冷水啓子「熟練者一初心者の差異」波多野誼余夫(編),認知心理学講座4 学習と発達,1986,
pp.133−151.