浜松周辺の洪積層の研究
著者 静岡県立浜松北高等学校地学部
雑誌名 静岡地学
巻 31
ページ 1‑7
発行年 1976‑03‑31
出版者 静岡県地学会
URL http://doi.org/10.14945/00025708
31
号 (1976 )
松浜
の
関東立浜松北高等学校地学部
I は じ め に
i
佐町谷下{やげ)には主 の れ自に した の がある。した
o t J
、来、私たちは、谷下にワニ1968
年に私たちは、このしていた頃の浜松一帯の
からワニの
を話的として、 は、 を谷下から三方原台地 にまで広げ、浜訟周辺 について、研究を行なってきた。
7 . ふ 下 ヱ
J 主 内
イ ヲiイ在高校衰 え 正義路 ウ 5
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1
揺
3
谷下柱状密W
f c移鴨;エる女暴'"0
総 辺 罷 国
2
原 台 地 儲 商 圏瓦 研 究 方 針
研究を行なう際に、私たちは次のような研究方針を定めた。
① 古地理について
台地など、浜松罵辺の洪積層について地形・地震を調査する。特 に同時期に形成された面(段丘面など)、同時期 した層(火山灰層など) をたどることにより、地質構造を明らかにする
O
そして、それぞれの地質や、化 石の分脅からその当時の吉地理を推定する。@
古環境について現在、化石として残っている生物は、その当時の環境の影響を強く受けて生態 系 を つ く っ て い た は ず で あ る
O
出土化石を調べ、現生種の生怠環境を調べることにより、当時の古環境を推定する。
③ 地質年代、地史
①、②をもとに、地質年代、及び浜松周辺の地史を考察する。
‑ 1 ‑
上 故 掲 色 粘 土 躍 を
① 下 位 谷 下
下 位 谷 下 層 中 に は 、 バ ラ バ ラ に 分 離 し た 状 態 で 堆 積 し た 魚 化 石 よ り 成 る 盟 谷 下 洪
は、大部分がテラロッ と呼ぶ。
F3
・F 2
・F 1
・F0 2
・F0 1
t:呼ぶo F 2
化 右 が 発 見 さ れ て い る
o
く 種 の 判 定 >
ワ ニ 化 石 … … 谷 下 れ
の か ら 成 七 ‑自 を含む地層を下位谷下層、
からはカメの化石、
F3
が
8
層あり、下よりF 4 •
からはワニ・シナガメ・カワウソの
か ら 、 約
1 0
体 分 の ワ ニ 化 石 が 発 見 さ れ たO
ワ ニ の 歯 や 口 の 形 は 、 食 性 に よ っ て 決 ま っ て い て 、 ホ 乳 類 を 食 べ る ワ ニ は 口 も 留 も 太 く 、 丈 夫 に で き ており、魚を食べるワニは動きのすばやい魚を逃がさぬためか、留も鋭く、曲がりが強い。
そこで、歯の形状に注目し、現生のワニ(イリニ乙ワニ・ミシシッピワニ・シャムワニ・マライガピア ノレ)の歯先の角度を測定した結果、マラ
イガピアルの歯先の角度は小さく
17 0
と 正 躍 に 判 定 で き る が 、 飽 の 3 い ず れ も 250
前 後 で 、 互 い の 判 別 が 困 難 で あ るO
次に、出土した 20数 本 の 化 石 の 議 に つ いて調べたところ、ほとんどのものが
17 0
前 後 を 示 し 、 ほ ぽ マ ラ イ ガ ピ ア ル の も の であると准定される(函4
)。魚化石……
F3
魚、層から産出しているワ ニ化石、マライガピアノレや、シナガメは 淡水性であるので、魚化石については、淡 水 魚 を 調 べ た
O
現 生 の 淡 水 性 の 魚 類 、 ブ ナ ( キ ン ブ ナ ・ ギ
y
ブ ナ @ ニ ゴ ロ ブ ナ ・ ゲ ン ゴ ロ ウ ブ ナ ) ・ コ イ ・ ウ グ イ ナ マ ズ 等 を 、 約100
匹 程 度 解 剖 し 、 得 た 骨 を 化イリT.ワニ
閣ヰ ワニの歯の先端の
文 、 昭 頭 歯 以 外 で は 、 ウ ェ ー ベ ル
るコイ科の
Distoec
んodonではないかと患われる O
の骨と対比したところ、種の判定には、も有力である
O
隅頭留とは、魚の昭頭部を講成する日間頭骨上にある畿のことでありも日陣頭禽を有する魚、は限られ、魚 を分類する上で、咽頭髄配列・形状は非常に重要である。そしても淡水魚では、コイ科魚類では特に発
イ
ブ関
5
しているo (図
5 )
咽 頭 歯 の 比 較 調 査 の 結 果 、 当 時 谷 下 に い た 魚 は 、 ほ と ん ど が フ ナ と コ イ で あ る
O
また、F 1
魚、層からは、咽頭噛自己列が自本コイ科魚類にみあたらないものがあり、それは台湾と中国の揚子江付近にのみ生息す
々 判定に で 、 こ れ ら の 比 較 検 討
の 結 果 、 コ イ ・ フ ナ .Distoechodonに 加 え て 、 ナ マ ズ 亜 百 ・ ギ ギ 科 の 魚 類 が い た 事 が わ か っ た
O
ケイソウ化石……谷下では、
F 2
・F 1 • F 02
躍 で 、 ケ イ ソ ウ 化 石 が 産 出 す る が 、 地 の 愚 か ら は 見 出 さ れない。ケイソウ が 産 出 さ れ な い 理 由 と し て は
の る 時 の 水 流 が 速 く て 、 軽 い ケ イ ソ ウ が 水 沈 ま ず に 流 さ れ て し ま っ た こ と
O
したこと
O
が考えられる
O
出 土 化 石 を ご と に ま と め る と 、 次 の よ う に な るo ( 注 、 議 は ケ イ ソ ウ 化 石 を
FOl
… … コ イ 、 フ ナF0 2
・・・・・・ コイ、 フナ、 楽Syned γ α μJηα
、楽Cymbell α gp.
、滋Epithemi α t μ γ gid α
F
1
.・.H ・コイ、ブナ、Distoechodon
、ナマ 目、滋Coscinodiscus s p .
〕
F
2
...…コイ、フナ、ナマズ亜日、カメ、滋Coscinod
げcus c f oculus i γ idis
、殺Coscinodisc
ωγ α di α tus、楽
Rんop α lodi α gibbe γ ut α
、難Melosi γ α snlc α t α
、 議Hy α todiscus sp.
F3
… … コ イ 、 フ ナ 、 ナ マ ス 、 亜 岳 、 シ ナ ガ メ 、 ワ ニ 、 カ ワ ウ ソ F4
...コイ、フナ< 古 地 理 ・ 古 環 境 の 推 定 >
に 関 し て 、 産 出 し た 化 石 か ら 古 地 理 ・ 古 環 境 を 推 定 す る と 、 次 の よ う で あ る
O
気 温 ・ワニ→
16 0
以 上 ( 熱J I I
ワ ニ 閣 で の メ ガ ネ カ イ マ ン 《 熱 帯 性 ワ ニ 》 の よる)ただし、20.C
以 上 で な い と 生 殖 で き な い と 思 わ れ るO
水 温
e
コ イ 、 フ ナ サo . C
付近,‑,.,.;33
0C
付近。ただし、( 現 生 コ イ 、 フ ナ が 生 息 す る 天 竜 )
1 1
、に あ る 程 度 高 温 に な る 必 要 が あ る
O
、 浜 名 湖 、 佐 鳴j拐 の 水 温 )
‑ワニ→
20.C
以 上 ( 現 在 の ワ ニ の 生 息 地 域 の 水 温 )• Disto echodon→ 明 確 な 数 値 は
な い が 、 年 平 均 水 温 が20o C
,‑,.,.;30 . C
で あ ろ う と 推 定 ができるo ( 揚 子 江 の 水 温 )塩 分 濃 度 ,ワニ→淡水(マライガピアノレ)
・コイ、フナ→
0"‑'15%0(KaplanskY & Boldyrewa
の 実 験 、 私 た ち の 行 な っ た 実 験 )• Distoec
んodon→ 0‑‑7%
。‑ケイソウ
Coscinodisc μ s cf ocutus i γ idis→ 海 産 沿 岸 性 、 湾
内 封 鎖 水 潟Coscinodiscus γ adiat
ω → 外 洋 及 び 沿 岸Melosir α 四 lc α t α
→海水、中毒長汽水以上の湾や内障汽水底Rhopalodia qibberul
α→ 湖 沼 、 塩 水 湖 、 汽 水 湖 で も 生 活E]
泌tんemia torqid α
→ 淡 水上 に 述 べ た よ う に 、 産 出 し た 化 石 か ら 推 定 さ れ る 気 温 、 水 温 、 塩 分 濃 度 を 考 え る と 、 下 位 谷 下 躍 の 古 地 理 、 古 環 境 は 次 の よ う に ま と め ら れ る
O
O
地 形 … … 大 き な 内 湾 で あη、 河 川 の を 受 け て い たO
‑ 3 ‑
気 水 混 (年平均〕 塩
F 4
淡 水F3
約23
"c25 . C ' "
F 2
淡 水F 1
r、.、 . 汽F 02
約20 . C 20 . C 炎 ?
水F 01 " ' ‑ ' 25 . C
② 上 位 谷 下 層 ( 上 位 補 色 粘
上位掲色粘土層からは、ニホンザノレ
e
キ ク ガ シ ラ コ ウ モ リ 。 モ グ ラ ・ コ ウ ベ モ グ ラ ・ ヒ ミ ズ モ グ ラ ・ モ グ ラ ジ ネ ズ ミ e ジ ネ ズ ミ ・ ア カ ネ ズ ミ ・ ヤ チ ネ ズ ミ @ ハ タ ネ ズ ミ ・ タ ヌ キ ・ ク マ ・ イ タ チ ・ イ ノ シ シ・キジ・イシガメ・ヒキガコニノレ・サワガニ・キセノレガイモドキ・オオギセノレガイ・オオケマイマイ・ウ サ ギ 、 絶 滅 種 と し て 、 ニ ホ ン オ オ カ ミ 、 ニ ホ ン ム カ シ ム カ シ ア ナ グ マ ・ ク ズ ウ テ ン ・ ニ ッ ポ ン ム カ シ ジ カ ・ ニ ホ ン モ グ ラ ジ ネ ズ ミ ・ ト ラ 。 ナ ウ マ ン 象 @ オ オ ツ ノ シ カ な ど の 合 計
30
種 類 の 動 初 化 石 が 産 出 し て いるO
掲 色 粘 土 躍 の 地 質 構 造 ( 不 整 合 の 有 無 ) は 現 在 は っ き り と わ か つ て は い な い が 、 以 上 の 事 か ら 上 位 谷 下 層 の 時 代 の 古 地 理 @ 古 環 境 を 推 察 す る と 、 次 の よ う で あ る
O
地 形 平 地 か ら 山 地 に か か る と こ ろ の 森 林 で 、 近 く に は
) 1 1
が 流 れ て お り 、 石 灰 岩 潤 が あ っ たO
温
1 0 " ' ‑ ' 2 0
"C③ 他 地 域 と の 関 係
下 位 谷 下 層 中 の 白 色 粘 土 質 の 火 山 灰 層 は 、 粘 土 鉱 物 ( モ ン モ リ ロ ナ イ ト ) か ら 成 り 、 磁 鉄 鉱 の 黒 い 粒 を 含 ん だ 、 か な り 風 化 し た も の で あ る
O
そ こ で ¥ 火 山 灰 の洪 積 層 と の 関 係 を 考 え る こ と が で き る
O
N
に 大
B
せされる(図2
)。 の特徴は、原
灰 色 か ら 、 砂 質 機 形 ・ 機 質 i円 授 、 主 に 砂 @ チ ャ ー ト
と
をもとに、
より成る
O
さらに、北 東 部 で
20
側、高下するに従い綿粒イヒし、台地南縁では5cm
e
天 的 原 台 地と佐
江
、粘土分に富む砂質
棟形・磯質 │円療、主に砂・チャート質、腐り 標 準 穣 霞
I 3""'5cm
佐 浜 泥
、内睦部では踏灰色
そ の 抱 i動・植物化石を含む、二詳の火山灰層を含み、下位から
fH‑1
火山灰層j「百
2
火山灰j欝J
と呼ぶ。私たちは、このうち主に佐浜泥層の研究を行なった。
ワニ牛患現時の三方原付近の古地理・古環境を知るためには、まず、谷下魚震と同時期の層を 探す必要がある
O
そこで、谷下の白色粘土が火山灰が風化した粘土であることに着目して、谷下白色粘と佐浜泥躍中の
H‑1
火山灰層、H 2
火山灰層との対比を試みた。①
H‑1
火山灰層海 抜
10m
以下の火山灰層で、題厚2‑‑‑3cm
、臨1 0 ' ‑ " " ' , 20 c m
のレンズ状をしているO
佐鳴渇から雄踏にかけての地域に分布し、北に向かうにつれ、高設が下がり、地上では確認できなく なる
O
谷下白色粘土との類似点は特に見あたらない。②
H 2
火山灰層担 ‑
1
火山灰層の上約5 m
に位置するO
題数は2""'3
で、2""
数m
の葉!醤となっているO
三方原合地西部に広く分布し、特に、油田(あぶらでん〉では層厚
60 c m
ほどの軽石麓となり、引 では、粘土化したH 2火山灰層がある O
この引佐高校裏の白邑粘土は、谷下の白色粘土と非 に類似しているO
このことから、谷下の白色粘土質火山灰と H ‑ 2火山灰層がつながる可能性は高い。しかし、これだけの資料では不明確なので、次に火山灰麗付近から、貝化石を検出し、それぞれの環 境を推定し、前の章で述べた谷下の吉地理・古環境と比較した
O
③
H‑1
火山灰層の時代の環境H‑1
火山灰層付近からは、ヨコハマチヨノハナガヘイヨスダレ、カガミガイ等々の化石が出土しているO
これらの化石をもとに、当時の古地理・古環境を推定すると、水深
10m
程度の浅い内湾で、潜水面は 現在より約2 0
悦高く、水混は25
0C
龍後と現在よりも温暖であったO
以上の環境は、谷下の古環境とは、潜水面の高さにおいて全く一致しない。
③ 託ー 2火山灰麗の時代の環境
荘一2火山灰層付近からは、カガミガイ、サノレボウ、アカニシ、イタヤガイ等々の化石が出土している
O
これらの化石をもとに、当時の古地理・古環境を推定すると、内湾、は水深40悦と深くなり、海水面は 現在より約
50m
高く、水温は2 5 . C
前後で、湾、全体が汽水化していたO
以上の環境は、谷下の古環境と、全てにおいて、ほとんど一致する
O
従って、 H ‑ 2火山灰層付近と 谷下洪積層とは、同時期の堆讃物であると考えられるO
‑ 5 ‑
次 に 、 ケ イ ソ ウ 化 石 に よ るH ‑ 2火 山 灰 層 の 時 代 の 詳 し い 吉 地 理 @ 古 蹟 埼 の
図
6
の 様 に 、 火 山 灰 躍 をを試みた
O
として、上下約
20 c m
ず つ サ ン プ ル を し、ケイソウ化石を検出し、で グ ラ フ に し た
O
図6
は 、 庄 内 の 露 頭 か ら 採 集 し た ケ イ ソ ウ 化 石 の 資 料 で あ る が 、 最 初 淡 水 で あ っ た が 、 汽 水 と な り 海 水 化 し て 、 ま た 淡 水 化 し て い る と い う よ う に か な り 頻 繁 な 環 境 の 変 化 が あったと考えられる。V 夫{島諜台地洪議欝
図
s
ケ イ ソ ウ 化 石 の天 佑 原 台 地 は 、 段 と ん ど が 砂 磯 層 か ら 成 り 、 間 に 鷲 津 泥 麿 を は さ ん で い る
O
分 布 (
E
案内〉は、中 縮砂砂層または細擦 粗粒砂質磯}欝であり、多くは天竜
) 1 1
の 砂 磯 が 、 沿 岸 流 に よ っ て ばれ、堆積し、砂州、i
を 形 成 し て い た も の と 思 わ れ るO
は、潜}亭
1""2m
の 青 灰 色 泥 層 で 、 火 山 灰 層 を 合U
o この火 は三方原台地のH 2
火山 と 同 ー の も の で あ る と 思 わ れ るO
は 、 ほ と ん ど み ら れ な い 。 ケ イ ソ ウ 化 石 で は 、 淡 水 汽 水 性 の も の が 多 い 。
荘 地 質 年 代
①
三 方 原 磯 層 と 磐 田 は 、 新 鮮 磯 か ら 成 り 、 浸 食 を あ ま り 受 け て い ず 、 原 田 を よ く 残 し て い る
O
ワ スーウノレム間近く期ではないかと考えられるO
@ 浜 松 累
とは不整合関部にある
O
また、三方原機層と同時期の堆積物である磐田原磯層は、!露摩60
7九以上もあるので、あるいはミンデノレ…リス間近く期のものかも知れない。しかし、三方原磯層と浜松累 と の 不 整 合 面 が 、 一 氷 期 臨 て た も の に し て は 、 あ ま り は っ き り と し て い な い な ど の 疑 問 点 を 残 す 。
③ 下 位 谷 下
浜松累!習と同時代であると思われる。
@ 上 位 谷 下
出 土 し た 動 物 化 石 の う ち 、 絶 滅 種 か ら 判 断 す る と 、 ナ ウ マ @ オ オ ツ ノ ジ カ な ど は 氷 期 の 代 表 的 な 動 物 で あ る し 、 特 記 オ オ ツ ノ ジ カ ・ ク ズ ウ チ ン は ウ ノ レ ム 氷 期 の 動 物 で あ る の で 、 少 な く と も ウ ル ム 氷 期
の 堆 積 物 は あ る と 思 わ れ る
O
そ の 他 の 化 石 は 、 ウ ル ム 氷 期 よ り 古 い と 思 わ れ る が 、 不 整 合 面 の 蒋 在 が は っ き り し な い た め 、 こ れ 以 上正確なことはいえない。
現 擢 塁 塁 の
菌
7
廷‑2
当 時 推 定 海 岸 線 鎧合 同 生 劇 介
/¥ 幸子田原台地
/1
て 台j告 / 九 一 九れ止戸 f マ 三 五 」 ; 1 1 1
国
8
地 史 誰 定 図ミンデノレーリス関氷期前期、古浜名識は水深
o' " " 10 m
の浅い海水瀬であったO
古天竜)[I
は現在よりも西側を 流れ、入野付近に河口を持っていたO
この時期に火山活 動 が あ り 、 日 ‑1火山灰が堆積したO
その後海水面が上昇し、また沿岸流によって天竜)11の 流されて、雄踏から、天佑原台地にかけて、砂チ1'1
の特揮を見る
O
それとともに、浜名湖は汽水化し、汽水 性、強内湾性の貝が生息する様になったO
海 水 面 が 現 在 よ号約55m
高くなると、谷下は古浜名、湖の岸辺となり、近くの小河 )1
1
の影響も受けて、淡水化したO
その当時に は淡水性のマライガピアノレや、コイ、フナなどが生怠し ていたO
この頃の古浜名湖は水深40mであり、水温20‑ ‑ ‑
25"(
、気品20‑‑23
0Cと温暖な気候であった O
砂ナ1 1
は 泊滅をくり返し、消滅の度に海水が古浜名湖に流入、に大きな影響を与えた。また、この頃火山活動が あり、日
‑2
火山灰が堆積したO
海退期に入ると、吉浜名湖はしだいに浅くな号、鴨江 まった
O
リス氷期では、天竜JfIによる浸食が始まり、主に現在 の三方掠台地東方を深く浸食した
O
リスーウルム間氷期では、
の堆積をみた。また、谷下は陸地となって、
ニッポンムカシジカ、 トラなどの動物が生息していた
O
ウノレム氷期では、再び浸食が始まり、現在の沖讃平野 及び浜名湖のあたりを深く浸食した
O
谷下では、ナウマ ン象、オオツノジカ、クズウテンなど氷期の動物が生息形に至った
O
ウノレム後氷期では、海進が起こり、天竜JfIによる沖積平野の堆積、及び砂丘の発達があり、現在の地 していた
O
班 後 記
最後に、私たちの研究に御指導・御援助をいただいた、国立科学博物館の長谷川善和氏、静岡大学の 加藤芳朗氏、日本ノレーテル神学大学の上野輝弥氏、静岡大学の上野実朗氏、大阪教育大学付属高校の野 口寧世氏、静岡大学の土経一氏、名吉屋大学の森忍氏、熱