ロイズのコーポレートガバナンス
⎜⎜ 新生ロイズの復活と変貌について ⎜⎜
杉 野 文 俊
■アブストラクト
ロイズ危機を経て,ロイズは従前のロイズとは似て非なるものとなった。
ロイズ危機も,その後の復活と躍進もコーポレートガバナンスと強く関係し ている。ロイズにおけるガバナンスの歴史は,伝統的な 会員自治 の時代,
規制監督 の時代,および マネジメント の時代に区分することができ る。ロイズが近年その存在感を高めているのは,ガバナンスの軸足を 規制 監督 から マネジメント へとシフトしたことによるところが大きい。そ れは法人メンバーが太宗を占めるようになったこと,FSAの規制下に入っ たことなどと軌を一にするものである。その特徴は 株主価値最大化主義 モデルの範疇に属するものであること, ベストプラクティスが市場のスタ ンダードとなるよう規律付ける ものであること,すなわちコーポレートガ バナンスを単なる 不祥事の防止 とは捉えていないこと,そして自主規制 と公的規制のバランスがとれていることである。
■キーワード
会員自治,規制監督,マネジメント
1.はじめに
ロイズは1980年代の末から1990年代の始めにかけてその存立を揺るがす危
*平成22年3月19日の日本保険学会関東部会報告による。
/平成22年8月3日原稿受領。
機に見舞われた。それはロイズにおけるガバナンスの有効性を根底から問う ものであり,ロイズを滅亡させかねないものであった。その危機からの 再 建と再生 によって生まれ変わったロイズは 新生ロイズ と呼ばれる。
いまロイズは有力な損害保険市場として改めて注目されるに至っている。
それは現代のロイズが旧来のキャパシティーや引受けの柔軟性に加えて,新 たに効率性やマネジメントの改革に成功したからであり,そこでは 自由さ とガバナンスのバランス がとれており, 新旧のパーフェクトなミックス が実現されているからである(Ladbury, 2009)。またブローカーや保険購 入者にとってロイズはこれ以上に良い保険市場であったことはなく,かつて なく強固な規律のとれた市場になったと言われている(Coccia, 2009) 。
新生ロイズの復活と躍進を支えているのは,その効果的なコーポレートガ バナンスである。そこでロイズのコーポレートガバナンスとは何か,ロイズ におけるコーポレートガバナンスの意義とは何かを考察することによって,
現代のロイズとは何かを明らかにしたい。
2.ロイズ とは
2.1.現代のロイズ
ロイズとは文脈により,市場(Market)であり,ソサイエティー(Soci-
ety
)であり,コーポレーション・オブ・ロイズ (Corporation of Lloydʼs
)1) 1996年9月,3回のルーチンベルによって再建が宣言された後も,ロイズの先 行きが危ぶまれる状況はしばらくの間続いた。その当時,課題とされたのは①3 年会計方式,②ネームと法人メンバー間の利害対立,③バミューダなど新興市場 との競争,そして④
ART
への適応などの問題であった(細田他,2000,p.25)。2)
Lloydʼ s
という言葉の法的な意味は 1871年ロイズ法第3条に言う法人 の ことであり,Lloydʼs of Londonは商標である(Astor
, 2000,p
.1)。わが国で は ロイズ ロイズ保険組合 ロイズ保険協会 といった訳語が当てられてい るが, 市場 や 本部 の意味も含まれるので ロイズ が適当と考えられる。3) ロイズ・ジャパン株式会社は
Corporation of Lloydʼ sをそのままカタカナ
表記とするか,あるいは 本部 という言い方をしている(ロイズ・ジャパン 株式会社,2007,p.5)。 ソサイエティー と区別するためにはその方が望まのことである(Lloydʼ
s
, 2007)。ロイズの年次報告書によれば,ロイズ市場 を構成するのは①マネージング・エージェント,②ブローカーと保険契約者,③資本提供者(capital provider)であり,主要なステークホルダーは①資 本提供者,②マネージング・エージェント,③ブローカー,④保険契約者で ある(Lloydʼ
s
, 2009,p
.34)。ロイズと言えば,無限責任のネームからなる ものであったが,ここではネームやメンバーズ ・エージェント が出てこな い。それは資本提供者に占めるネームの比重が著しく低下しているからであ り,その点については後述する。コーポレーション・オブ・ロイズ(以下 コーポレーション )とは,ロ イズ評議会による市場とソサイエティーの規制監督をサポートし,ロイズが 市場としての機能を発揮するためのサービスを提供する 本部 のことであ る。その主要な業務は①メンバーが準備すべき資本のレベルを設定すること,
②市場とシンジケートの業績を監視すること,たとえば エクスポージャ ー・マネジメント サイクル・マネジメント クレーム・マネジメント
オペレーショナル・リスクマネジメント をフレームワークによって監視 すること,③マネージング・エージェントと協働すること,④ロイズの活動 報告を作成すること,そして⑤世界各国・地域におけるライセンスとブラン ドを管理することなどである(Lloydʼ
s
, 2009,p
.11)。コーポレーションの 従業員数は2008年12月31日現在,851名である。ロイズ・ビジネスの地域別割合はイギリス22%,米国・カナダ44%,欧州 16%など,種目別割合は,再保険35%,財物・災害保険43%など,資本提供 者の国別割合は,イギリス47%,米国15%,バミューダ9%などである
(Lloydʼ
s
, 2009)。元受のライセンスは80の区域(jurisdiction),再保険の ライセンスは200以上の国・地域(countries and territories)に及ぶ(Lloydʼs
, 2009,p
.27)。しいといえるだろう。
4) メンバーズ・エージェントの数は2003年には5つに減少している(NAIC, 2003,
p
.6)。2008年末現在は3つである(松岡,2009,p.60)。ロイズのミッションは保険取引のプラットフォームとなることであり,そ のための戦略上の優先課題は,第一にサイクルを管理すること,第二に市場 へのアクセスを改善すること,そして第三に効率的な業務環境を整備するこ とである(Lloydʼ
s, 2009, p
.2)。ロイズの強みは①変化に対応する迅速性,②優れた金融力,③リスクに関する専門性,④顧客ニーズに対する柔軟性で ある。ロイズのメリットは①パフォーマンスフレームワーク(上述4つのマ ネジメント),②キャピタルフレームワーク,③強固な財務基盤(高い格付 け評価),④マーケットアクセス(ブランド,ライセンスなど),および⑤効 率的な業務環境(事務処理の電子化など)を利用できることである。
ロイズの特徴は第一に,損害保険の市場であり,とくにその取引がロイズ の ルーム でなされること ,第二に,資本の相互化がその中心にあるこ と ,第三に,ロイズの強さはマネージング・エージェントや資本提供者の
5) 残りの15%は,有限責任のネームが9%,無限責任のネームが6%である
(Lloydʼ
s
, 2009,p
.11)。6) ルームでの取引は全体の7割であり,世界中で5000を超えるカバーホルダー による取引が3割ある(松岡,2009,p.64)。
7) 資本の相互化 とは, 保証の鎖(Chain of security) と呼ばれる①保険 料信託基金(premium trust funds),②ロイズ基金(funds at Lloydʼ
s
),③ 中央基金(central fund) のうち中央基金がメンバー共通の基金であること図表1 ロイズの市場構成 年度
出 所:Lloydʼ
s
, 2009他 ロ イ ズ 年 次 報 告 書,松 岡(2009,pp
.58‑59),Lloydʼs Press Release
(LL26/05),大沢他(2008,p
.89)より作成。2006年 2007年 2008年
個人メンバー数 1497 1124 907
法人メンバー数 714 1014 1155
シンジケート数 66 72 80
Managing Agent数 42 46 51
全引受能力(億ポンド) 148 161 160
法人資本の割合(%) 84 84 85
多様性に由来するものであること,第四に,ベストビジネスのスタンダード がロイズ全体のスタンダードとなる規律のある市場であること,第五に,ロ イズはすべての国・地域のブローカー,アンダーライター,資本提供者に開 放されたものであること,第六に,マネージング・エージェントは広範な損 害保険の市場へアクセスが可能であること,第七に,コーポレーションは非 営利の事業であることである(Lloydʼ
s
, 2009,p
.31)。2.2.ロイズ危機と新生ロイズ
1960年代の後半に大幅な赤字,1970年代に不祥事はあったものの1980年代 末までの20年間はロイズにとっては高収益の時代であった。しかし1988年に 赤字に転落して以降,毎年赤字が続き,1995年5月に発表された1992年度決 算は約12億ポンドの赤字となり,その累計額は79億ポンドというロイズ史上 最大の損失となった。その要因は第一に,個人会員の増加によって引受能力 が過剰となり料率が低下したこと ,第二に超過損害再保険へのキャパシテ ィー の 流 入 に よ り 再 保 険 ス パ イ ラ ル(London Market Excess of Loss
Spiral
)が生じたこと,第三に1987年から1989年にかけて巨大な自然災害が続発したこと,そして第四に米国で環境訴訟やアスベスト訴訟などによる保 険危機(1985年)が発生したことである。
こうした未曾有の赤字がもたらしたのは,第一に,個人会員の破産や脱退 によるキャパシティーの縮小であり ,第二に,ネームがマネージング・エ ージェント,メンバーズ・エージェントやアンダーライターを相手どって起 こした訴訟であり ,第三に,ロイズの信用力の毀損である。
を意味する。2008年の額は,それぞれ①383億ポンド,②106億ポンド,③8.5 億ポンドである(Lloydʼ
s
, 2009,p.12)。
8) 1965年大幅赤字の際にミニネームを導入したのを皮切りに,1969年には外国 人に,1970年には女性に会員資格を開放した。
9) ネームの数は1988年の32,433人が1993年には19,537人に減少した(南方,
1997,p.84)。
10) 1992年2月のアウスウェイト訴訟の解決(1億1600万ドルの和解)から1年
そのためロイズは1993年に初めて事業計画を作成した。1996年6月に完了 することになる再建・再生(Reconstruction and Renewal)計画である。
再建策の柱は,有限責任の法人メンバー制度の導入である。300年の歴史が ある個人の無限責任制度からの訣別であり,ロイズのコーポレートガバナン スを考える上ではきわめて重要な意味をもつ変革である。1994年以降,法人 メンバーは増加する一方,ネームは減少を続けたために,1998年には法人メ ンバーと有限責任ネームのキャパシティーが無限責任ネームのキャパシティ ーを逆転した 。ちなみにロイズのキャパシティーに占める法人資本の割合 は,導入当初の1994年が15%,1995年24%,1996年30%,そして近 年 は,
2006年84%,2007年84%,2008年85%である 。
それは法人資本による投資を促進するために,1995年に法人資本に対する 規制を大幅に緩和したからである。すなわち法人メンバーが特定のシンジケ ートへキャパシティーを提供する上での制限を緩和し,法人メンバーがシン ジケートを運営するマネージング・エージェントを買収することも認めた結 果,法人メンバーが特定のシンジケートをコントロールすることが可能とな った 。現在では米国,バミューダ,欧州などの世界的な保険会社が法人メ ンバーとなっており ,ロイズは保険会社の集合体であり,ネームのみであ
間のうちに15000人以上のネームが訴訟を提起するか,訴訟を考慮中であった
(Raphael,1994, 邦訳,
p
.281)。11) 1998年には548人のネームが有限責任に転換し,2019人が脱退した(細田他,
2000,p.33)。
12) 1994年〜1996年データは南方(1997,p.84),2006年〜2008年データは図表 1による。
13) その結果生まれたのがシンジケートの大型化とロイズ市場の寡占化である。
シ ン ジ ケ ー ト は1990年 に は400あ っ た の が,2003年 に は71と な り(NAIC, 2003,
p
.8),2008年の10大マネージング・エージェントによる保険料の割合は 全体の53%に達した(Lloydʼs
, 2009,pp
.138‑139)。14) 日本からは東京海上グループの
R J Kiln & Co
.Limited
と三井住友海上 グ ル ー プ のMitsui Sumitomo Insurance Underwriting at Lloydʼ s Limited
がメンバーとなっている。ったときのロイズとは全く異なるものとなった。
再建策のもう一つの柱は,過去の保険契約から生じる債務の処理であり,
ロイズは1996年,1992年以前の契約を移転するための再保険会社であるエク イタスを設立した。2006年,エクイタスはバークシャー・ハザウェイ・グル ープとの間で70億ドルの再保険契約を締結した(FT, 2006)。この時点で,
支払額は170億ポンド,リザーブは87億ドルにのぼった(Ferreira‑
Marques et al
., 2006)。3.ロイズの業績
ロイズの収益は1996年から黒字に転じ,1997年と1998年には2年連続で10 億ポンドを超える利益を計上して壊滅的な打撃からの復活を遂げた(細田他,
2000,p.31)。その後も業績は順調であり,2003年は前年の倍以上となる19 億ポンド,2004年13.7億ポンド,2005年は1億ポンドであったが,2006年 36.6億ポンド,2007年は史上最高額の38.5億ポンド,2008年19億ポンド,
2009年は前回の記録を上回る38.7億ポンドの利益を計上した(Lloydʼ
s
, 2009a
,p.1他) 。毎 年 の 格 付 け もFitch Ratings
,Standard & Poorʼ s
,A. M
.Best
がそれ ぞ れA+( Strong),A+( Strong),A( Excellent) で あ
り,アウトルックはいずれも 安定的 である 。4.ロイズのコーポレートガバナンス
4.1.ロイズの統治構造
⑴ ロイズ委員会
ロイズ・コーヒー店の開業から83年後の1771年,ロイズは9人の商人,ア
15) 2008年の合算比率は,米国損保が105.15%,再保険会社19社が101.8%であ るのに対してロイズは91.3%であった。またロイズの2009年の合算比率は 86.1
%である。
16)
A+,A
はいずれも9から11に細分化されたランキングのうち上から2番目 のランクである。ンダーライター,ブローカーからなる委員会を設置した。委員会はロイズの 施設を引き継ぎ,2名のマスターを任命してロイズの運営を任せた。この 委員会による統治 は現代にも受け継がれているものであり,それが 現 代ロイズの始まり であるとされる(木村,1985,p.63)。
1811年にはメンバーが信託証書(Trust Deed)に署名を行なって,ロイ ズの規則は法律と同じ効力をもつ規約となった。その60年後,ロイズ委員会 が保険金を支払わないメンバーを懲戒できないという事態が契機となって生 まれたのが1871年ロイズ法(Lloydʼ
s Act
1871)である(Cockerell, 1984,p
.19)。それはロイズに法人格を与え,ロイズがメンバーを管理し,市場を 規制するための法的な権限を定めたものであった。これがロイズの法的な基 礎を定めた最初の法律である 。1871年には会員選挙によって12名のロイズ委員会が選出された。1981年に は,ロイズ委員会は16名の委員からなり,そのうち4名が毎年の会員総会で 改選され,退任した委員は,会長である場合を除き,1年間は再任が認めら れない(Cockerell, 1984,
p
.88)。その構成は1980年を例にとると,アンダ ーライター11名,ブローカー3名,アンダーライティング・エージェント3 名 で あ り,当 選 者 の 獲 得 票 数 は700票 か ら1,700票 で あ っ た(Cockerell, 1984,p
.90)。ロイズ委員会の役割は,①メンバーの認可,②アンダーライティング・エ ージェントやブローカーの認可と規制,③ ルーム など取引に必要なサー ビスの提供,④ロイズ保険証券のソルベンシー・チェックや納税,⑤メンバ ーの利益やロイズのレピュテーション,法的権利の保護などであるが,規約 の制定やメンバーの除名には会員総会の承認が必要であった(Cockerell, 1984,
p
.89)。後に1871年ロイズ法の 基本的な欠点 とされたのは,この 委員会では なく会員総会に権限を付与した ことである(Hodgson, 1984,邦訳〔下〕,
17) ロイズ法はその後,1888年,1911年,1925年,1952年そして1982年のものが ある(Davison, 1987,
p.31)。
p
.176)。たとえば1871年の会員(アンダーライター)は400名であったのに 対して(Beeman, 1937,p
.30),1979年には17,000名にもなり,そのうち 会員総会に出席したのはわずか513名(3%弱)であった。そのようにして 多くの問題を処理すべき委員会は権限をもたず,理論的に権限をもつ総会 はそれを行使すべき立場になかった ので あ る(Hodgson, 1984,邦 訳〔下〕,p.176)。
⑵ ロイズ評議会
1970年代の一連の不祥事はロイズの 自主規制 が形骸化していることを 示すものであり,1978年にロイズ委員会はロイズの自主規制の制度を検討す るための特別委員会を設置し,1980年に ロイズにおける自主規制 と題す るフィッシャー報告書が作成された。それは 自主規制 そのものの妥当性 を問題としたものではなく,自主規制を前提とした改革案を取りまとめたも のであった(Raphael, 1994, 邦訳,p.86)。そのフィッシャー報告書を受 けて制定されたのが 1982年ロイズ法 であり,新たな自主規制の制度を規 定するものである。
1982年ロイズ法は,ロイズの最高意思決定機関を従来の会員総会から新設 のロイズ評議会(Council of Lloydʼ
s
)に移し,内部規約の制定,メンバー の懲戒などの権限もロイズ評議会に委譲し,ロイズ委員会はロイズ評議会の 下で執行機関を形成し,規約改廃の安全弁として 特別決議 と メンバー 拒否権 の手続きを導入するという画期的なものであった。ロイズ評議会は,ロイズのワーキング・メンバー16名,エクスターナル・メンバー8名,その 他3名という3グループの代表27名からなるものとされた。
2009年3月23日現在,ロイズ評議会は,それぞれ6名のワーキング・メン バー,エクスターナル・メンバー,指名メンバーからなる18名のメンバーに よって構成されている。ワーキング・メンバーとエクスターナル・メンバー は会員(society member)の投票によって,指名メンバー はロイズ評議 会の指名によって選任される。いずれも通常の任期は3年であるが,指名メ ンバーは再任を妨げない。指名メンバーは
CEOである場合を除き, 統合
規範 の関連では 独立のメンバー との位置付けである。任期1年の会長 と副会長はメンバーの中から互選によって任命される。会長は他の職務を兼 任することも認められる。ワーキング・メンバーに関する投票権は各会員に 1票,エクスターナル・メンバーについては引受能力に応じた投票数が割り 当てられる。
会員総会における投票権は,エクスターナル・メンバーおよびワーキン グ・メンバーとも引受能力に応じた投票数となる。ただし規約の一部あるい は全部を無効とするための会員総会の場合には各会員に1個の投票権が与え られる。
ロイズ評議会の構成の変遷を見ると図表2のとおり,指名メンバーが1982 年の3名から1986年の8名に増員となっていること,さらに2009年には評議 員の数が27〜28名から18名に減少する中で,指名メンバーが3割を占めてい ることが注目される。これは委員会を小さくすることによって意思決定の効 率化を図ること,指名メンバーの割合を増やすことによって 独立性 を高 めるためのものである。
ロイズ評議会の役割は,上述した 規約の制定 などの他, 新中央基金 への拠出金額の決定 フランチャイズ会議などのメンバーの任命 予算お よび戦略計画の審査 一定金額以上の支払いの承認 長期戦略の評価
フランチャイズ会議の監督 などである。
図表2 ロイズ評議会の構成
出所:Lloydʼ
s
, 2009他をもとに作成。ワーキング・メン バー
エクスターナル・
メンバー 指名メンバー 合計
1982年 16名 8名 3名 27名
1986年 12名 8名 8名 28名
2009年 6名 6名 6名 18名
⑶ フランチャイズ会議(Franchise Board)
2002年9月,会長戦略グループの改革案が特別会員総会のキャパシティー 比例の投票によって可決承認された。2003年1月,ロイズは従来の規制監督 会議と市場会議をフランチャイズ会議に一本化するという抜本的な改革に着 手した 。フランチャイズ会議の フランチャイズ とは,ロイズがマネー ジング・エージェントにそのビジネス・モデルをフランチャイズするという ことである。
その狙いは当時のライリー会長によれば(Lloydʼ
s
, 2002),統治構造を現 代化することによって 収益性 効率性 透明性 を高めることであった。収益性 については保険サイクルのために5年ごとに大赤字を出すといっ たことはもはや許されないし, 効率性 と 透明性 については競合市場 と同等のものにするということであった。フランチャイズ会議はロイズ評議 会の執行機関であり,ロイズがガバナンスの軸足を 市場の規制監督 から
市場のマネジメント へとシフトしたことを意味する。
フランチャイズ会議の役割はメンバーに長期的な利益をもたらす環境を創 造し維持することであり,ロイズ評議会が定めた 資本管理 業績管理
リスクマネジメント の活動を,①最優先原則(overriding principles),
② 資 本 原 則,③ 運 営 原 則 と い う 三 つ の 原 則 に 基 い て 行 う こ と で あ る
(Lloydʼ
s
, 2009,p
.86)。フランチャイズ会議は,2009年3月23日現在,①会長,②最高経営責任者,
18) ロイズの用語集によれば,フランチャイズとは マネージング・エージェン トとメンバーがロイズ市場で活動し,ロイズのブランド,共通の保険料率,相 互保障,および世界中にある営業認可を利用することによってその利益を最大 化することの認可を与える仕組み である(Lloydʼ
s
, 2009,p
.140)。19) フランチャイズ会議の他に,①アンダーライティング・ディレクターのポス トを新設すること,②2005年から1年会計方式に移行すること,③将来に向け ての無限責任制の廃止,すなわち2003年3月6日を最後に無限責任の個人メン バーの受け入れを停止すること(松岡,2009,p.54),既存のネームは2004年 中に有限責任に転換するか,無限責任にとどまるかの選択権を与えられること なども含まれた。
③フランチャイズ・パフォーマンス・ディレクター,④ファイナンス・リス クマネジメント・オペレーション・ディレクターの他に,市場関係者の非エ グゼクティブ・メンバー,独立の非エグゼクティブ・メンバーの6名からな る合計10名のメンバーで構成されている。会長はロイズの会長が兼務してい る。
その下に①マーケット監督・レビュー委員会,②キャパシティー・トラン スファー委員会,③アンダーライティング・アドバイザリー委員会,④投資 委員会,⑤フランチャイズ原則委員会,⑥監査委員会,⑦指名委員会が設け られている。
⑷ 規制改革命令(Legislative Reform Order)
2008年11月19日,英国議会は1982年ロイズ法を改正するための規制改革命 令(Legislative Reform Order)を成立させた。それは1982年ロイズ法が 定めたコーポレートガバナンスの仕組み,とくに不祥事防止のためのルール を一部緩和するものである。同法の制定以降,初めての大幅な改正であるが,
保険購入者(リスクマネジャー)やブローカーとロイズ保険者との間のビ ジネス・モデルに関する限り大きな変化はないだろう と見られている
(Dowding, 2008)。改正の背景としてあったのは米国,バミューダ,ダブ リン市場の台頭であり,それらの市場と競争する上で,ロイズにおける保険 取引のコストを軽減し,ロイズをより使い勝手のよいものにする必要があっ たことである。主な変更点は第一に ブローカー・ルール ,第二に ダイ ベストメント・ルール ,そして第三にロイズ評議会の メンバー・ルール である。
ブローカー・ルールは,英国財務省によれば,1997年に
FSA
が設立され た こ と に よ っ て 時 代 遅 れ の も の と な っ た(HM Treasury, 2008,p
.11)。つまりすべてのブローカーはFSAの監督下に置かれることになっ
たのでこのルールは必ずしも必要ではないということである。その結果,保 険購入者はロイズ・ブローカー以外のブローカーを起用することや,ロイズ 保険者への直接コンタクトが可能となった。ダイベストメント・ルール(divestment rules)もマネージング・エージェントとロイズ・ブローカー がともに
FSA
の監督下に入った以上,その役割は終えたということである(HM Treasury, 2008,
p
.12)。両者の提携を認めてもロイズが利益相反の 有無を監視することにすれば問題はないとのことであり,そのためにマネー ジング・エージェントにはディスクロージャーの義務を課すこととした。メ ンバー・ルールに関する変更点は ワーキング・メンバーの再任 や ロイ ズ評議会のメンバー以外からの会長,副会長の選任 を可とし, 指名メン バーの任命に際しての英国銀行総裁の同意は不要 としたことなどである。2008年3月,英国財務省は改正の提案書を公表して意見公募を行い,5月 21日に開催された特別会員総会では99%以上のメンバーが賛成票を投じると いう圧倒的な支持を受けて,11月19日,英国議会にて成立したものである
(Collins, 2008)。ロイズ・ブローカーの独占を改めることについては,ロ イズ・ブローカーの側に 今までロイズ・ブローカーとして長年にわたり築 いてきたものは何だったのか という思いがあり,また米国でもその影響に 関する議論があった(Dowding, 2008)。しかし結論的には,米国ブローカ ーがロイズ・ブローカーを起用しなくなるとか,ロイズ・ブローカーの存在 意義が薄れることはないだろうとのことである(Roberts, 2008)。
4.2.自主規制
1993年1月,ロイズはガバナンスを強化するために規制監督会議(Lloydʼ
s Regulatory Board以下 LRB)と市場会議(Lloydʼ s Market Board
)を設置した。その目的は規制監督とビジネスの機能を分離して,ロイズ法の制約 の下で,その自主規制に公的規制のベスト・プラクティスを反映させること であった(NAIC, 1998,
p
.36)。LRBの下にある規制監督部門(RegulatoryDivision
以下RD)の役割は①規制監督の方針を作成すること,②メンバー
に対する営業の認可とルールの遵守を徹底させること,③不正行為を調査し,
ルールの違反者に対する指導や処罰を行なうことである。
RD
は①方針,②認可,③モニタリング,④強制,⑤規制手続きという5つのグループからなり,その業務は シンジケートやマネージング・エージ ェントの認可 合併・再編などの審査 ソルベンシー・テストの実施・報 告 などから 現場への立ち入り検査 証券署名局でのスリップの抽出検 査 などに至るまで広範多岐にわたる。ちなみに2005年中にロイズからマネ ージング・エージェントへ出された通知は,ロイズ会報(market bulletin) が246件,メールが200件以上もあり(LCT, 2006,
p
.3),ロイズのリーガ ル・コンプライアンス・チームが既存の規約を見直したところ,38もの規約 が廃止されることとなった(LCT, 2006,p
6)。ロイズの規制がいかに複雑 であり,変更や規約の改廃がいかに多いかということの証左である 。しかし全米保険庁長官会議(National Association of Insurance Com-
missioners以下 NAIC
)の実態調査 によれば,ロイズの内部統制をは じめとする自主規制が適切なものではないという証拠は見出せなかった(NAIC, 1998,
pp.5‑6)。さらにロイズの自主規制は継続的に改善されてお
り,主要な改善策は1995年5月から1998年1月までの間に21件を数えた(NAIC, 1998,
pp.44‑47)。たとえば1995年5月の 現実的災害シナリオ
(Realistic Disaster Scenarios) ,1996年1月の アンダーライティング・
エージェントの調査 ,1996年4月の シンジケートのビジネス・プラン な どである。また2003年のフォローアップ調査によっても,1999年から2003年 の間に著しい進歩があったとのことである(NAIC, 2003,
p
.5)。その後フランチャイズ制の導入に伴い規制監督会議は廃止されることにな ったが,2002年4月〜12月の移行期間中,規制監督部門(Regulatory Divi-
sion
)は市場監督部門(Market Supervision Division)と名称を変更し,2002年の末をもって,市場監督部門は再編され,規制監督の機能の大部分は,
フランチャイズ制度のもとで中心的な役割を担うリスクマネジメント部門へ 20) 2009年4月現在有効なロイズ規約は40ある(松岡,2009,p.73)。
21) 米国内保険契約者や資本提供者の保護およびロイズなどに課している保証金 ルールの見直しの観点から米国の保険規制当局としてロイズの実情を包括的に 調査したものであり,1998年(78頁),1999年(60頁)および2003年(71頁)
の報告書が公表されている。
移管された(NAIC, 2003,
p
.22)。4.3.公的規制
伝統的に自主規制の自由を認められていたシティーの金融機関の中でも,
ロイズは良くも悪くも,その最たるものであった(Davis, 1987,
p
.33)。ロイズのビジネスは保険であって投資ビジネスではない,あるいはネームは 保険者であって投資家ではないという理由によって長い間,他の金融機関に 課せられた公的規制を免れてきた 。フィッシャー報告書を受けて制定され た1982年ロイズ法でもロイズの 自主規制 は踏襲され,ロイズは英国財務 省の限定的な規制の下で自主規制を行ってきた。しかし2000年の金融サービ ス 市 場 法(Financial Services and Markets Act2000)に よ り2001年12 月1日付でロイズは
FSA
の監督下に入り他の金融機関と同様の規制を受け ることとなった。FSA
の目的は①金融制度に対する信頼 性 の 確 保,② 国 民 意 識 の 向 上(public awareness),③ 消 費 者 保 護,④ 金 融 犯 罪 の 防 止 の 4 点 で あ る
(FSA, 1998,
p
.18)。ロイズの場合には,とくに 保険契約者の保護 と 市場の信頼性確保 について,他の保険会社との間に整合性を保つことで ある 。FSAによる規制は,過去20年間,自主規制の不備により80億ポン ドもの損失を押し付けられたネームにとっては歓迎すべきことであった(ALM, 1999,
p
.2)。1990年代の後半には,規制監督会議あるいはRD
の 強力な取り組みの下で,ロイズの自主規制は大いに改善された。しかし規制 監督会議がロイズ評議会の指揮下にあるために,ロイズ評議会が規制を骨抜 きにするような規約を作成する,あるいはロイズ評議会のメンバー自身が不22) 1986年金融サービス法(1986
Financial Services Act
)では適用対象外で あった(FSA, 1998,p
.14)。23) 中央基金については,①契約者保護制度(compensation scheme)による のと同等の保護を与えるものであること,②メンバーの倒産による支払不能分 をカバーするに足る中央資産(新中央基金を含む)を保持することが求められ た。
祥事を働くといったことに対しては無力な一面があった。もちろん1982年ロ イズ法により,ロイズ評議会が作成する規約は会員総会によって拒否するこ とが可能であるが,それとは別に
FSA
の規制はロイズ評議会を外部から公 的に規律付けるものであるという点に意義がある。FSA
とロイズの二重の規制があることは,ガバナンスの面では好ましい かもしれない。しかしFSA
の規制についても,たとえばそのハンドブック は1万頁を超える膨大なものであり,マネージング・エージェントの側に新 たな負担を強いるものであった。そのため両者の重複を軽減するための措置 が必要となり,2001年12月と2007年8月に,FSAとロイズとの間で,規制 監督上の協力に関する協定が成立した。2007年の協定(FSA, 2007)では 認可 監督 規制 について15項 目の合意がなされた。それは内容に応じて,両者がそれぞれ行なうこと,一 方が主となり,他方が従となることなどを定めたものである。たとえば,マ ネージング・エージェントの認可は両者がそれぞれ行なう,ブローカーにつ いては
FSA
の認可が前提となる,役員の認可はFSA
が行なう,シンジケ ートの認可はロイズが主となりFSA
が従となるなどである。4.むすびにかえて
ロイズのコーポレートガバナンスについては,①ロイズ危機以前の ロイ ズ委員会 と ロイズ評議会 の時代,②危機後の 規制監督会議 の時代,
そして③ フランチャイズ会議 の時代の三期に区分することができる。第 一期は伝統的な 会員自治 の時代,第二期は 規制監督 の時代,第三期 は マネジメント の時代である。第一期の伝統的な 会員自治 が破綻し たのはメンバーが変質したからであり ,第二期を経て第三期のガバナンス
24)
Davis
(1987,pp.33‑34)によれば自治組織において自主規制が機能するた めにはいくつかの条件がある。①閉鎖的なサークル,②メンバーの利益,③法 律によるルール,④自発的なルールの受容,⑤コンサルテーションのプロセス,⑥積極的な参加,⑦公的利益の視点である。ロイズにおける メンバーの変
が可能となったのは法人メンバーが主体の組織となったからである。危機に なったのも,危機から復活したのもメンバー次第というのは,ロイズが自治 組織だからである。
コーポレートガバナンスに関して,法人メンバーが主流となったことの意 義は,第一に,情報開示によって市場の透明性が確保されること(Kelley, 1995,
p
.7),第二に,メンバー自身にもコーポレートガバナンスが問われ ることである。かつてのロイズでは情報開示は無きに等しかった。それはロ イズの閉鎖性や秘密主義によるものとされるが(細田他,2000,P.30),た とえばアンダーライティング・エージェントとネームの関係について言えば,ネームは完全に受動的な立場にあるという
Passivity Ruleなどにより,ネ
ームに対する情報 開 示 は 全 く 必 要 と さ れ な か っ た か ら で あ る(Astor, 2000,p
.3)。なお直接,情報開示に関係するものではないが,Passivity Ruleととも に,Impenetrability Rule,
Collectivitization Rule
,Separate Rule
,Several Liability Ruleなど,ロイズの伝統であった規則や慣習も,法人メ
ンバーが中心となることによって変化せざるを得ないものであり,新旧ロイ ズの違いを際立たせるものである。ロイズにおいては コーポレートガバナンスの主体者はロイズ評議会 で あり,ロイズ評議会は コーポレートガバナンスの原則にコミットし,ソサ イエティーと市場のガバナンスに関する限り,コーポレートガバナンスの統 合規範をサポートする とされている(Lloydʼ
s
, 2006)。そして コーポレ ートガバナンスの統合規範 によれば,コーポレートガバナンスとは 取締 役会にその任務を全うさせることによって,業績を向上させ,株主利益に貢 献するもの である(FRC, 2008)。質 とは過去300年間,そうした条件を満たしていたメンバーがそうではなく なったことである。それは
IT
化やグローバリゼーション,メンバーの増加に よって,ロイズの特徴であったメンバー間の人間的な絆や信頼がかつてのよう なものではなくなったからである(Kelley, 1995,p
.3)。したがってロイズのコーポレートガバナンスは,自治組織である点を除け ば, 株主価値最大化主義 モデル の範疇に属するものである。しかしロ イズのコーポレートガバナンスで特筆されるのは,それが 市場のベストプ ラクティスが市場全体のスタンダードになるように規律付ける ものであり,
コーポレートガバナンスを単なる不祥事の防止とは捉えていないことである。
自治組織であることから自律型コーポレートガバナンスが基本になってい ることは当然であるが,2001年以降は
FSA
による規制も強化されてきてい るので,他律型コーポレートガバナンスの側面も過小評価されるべきではな い。FSAの規制強化はロイズのコーポレートガバナンスが 規制監督 型 から マネジメント 型へ移行したことと軌を一にするものであり,逆にFSA
の規制対象となったことによって,マネジメント型へ舵を切ることが できたともいえよう。いずれにしてもロイズのコーポレートガバナンスは 資本提供者へのリターンを長期的に最大化 するという目的指向型のコー ポレートガバナンスを中心にバランスのとれたものになっているといえる。ロイズの強みはメンバーの多様性であり,特定のメンバーが突出した力を もつことはロイズとしては好ましいことではない。今後の課題はロイズがロ イズたる所以のところ,すなわちメンバーの多様性やサブスクリプション・
マーケットとしての特色をいかに維持・発展させるかであろう。
(筆者は専修大学准教授)
この論文は損害保険事業総合研究所の 損害保険研究費助成制度 による研究 成果の一部である。
25) コーポレートガバナンスの主権論(所有論,主体論)についていえば,コー ポレートガバナンスの形態は 株主価値最大化主義 洗練された株主価値主 義 多元主義 という三つのモデルに分類することができる(稲上,2002,
pp.11‑28)。
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