日本 管 理 会 計 学 会 誌
管理会 計 学1995 年 第3巻 第2号
論 文
オ プ シ ョ ン取 引 の 測 定 と管理
西 澤 茂 *
〈 論 文 要 旨〉
本 稿は,オ プシ ョ ン取 引の 会 計 測 定, 特に買 建オ プシ ョ ン と売 建オプシ ョンへ のヘ
ッ ジ会 計の適 用 方 法の違い を明ら かにする と共に,オ プシ ョ ン取 引に関 する会 計 情 報 を 用い た一管理手法を 提案 すること を 目 的 と し てい る.具 体的には,ヘ ッ ジ 目 的でプ
ロ テ ク テ ィ ブ ・プ ッ トお よび カバ ード・コ ール ・ライテ ィ ン グ と呼ば れる通貨オ プシ
ョ ン取引 を締結 した取 引モ デル を想定して検討 を行っ てい る.
2つ の オプシ ョ ン取 引の経 済 特 性を検 討して み る と,プロ テ ク テ ィブ ・プ ッ トの場 合
には,ヘ ッ ジ対 象か ら損 失が発生 し た時 点で,同 額の 本源的 価値の増 加が 発 生 す るの で,ほ ぼ完全 なヘ ッ ジ が働く.し か し,カ バ ード ・コ ール ・ラ イテ ィン グの場 合 に は,
オ プシ ョ ン料 の 受領 とい う 収 益機会が得られる反 面, その ヘ ッ ジ効果は受 領 した金額 の範囲内で し か働かない ば か りで な く,さら に為 替 変 動が不 利な方 向に進んだ場 合に は, 多 額の損 失を被る可 能 性がある.会 計で は,こ れ らの経 済 的 実 質を反 映 し た測 定 を行 うべ きで あ り,プロ テ クテ ィブ ・プ ッ ト に は,ヘ ッ ジ 対 象 か ら 生 じ る 損 失 が 発 生 し た時 点で , 同 額 増加す る本源的 価 値 を測定 するヘ ッ ジ会 計 を 適 用 すべ きであるが ,
カバ ード ・コ ール ・ラ イテ ィ ングには,ヘ ッ ジ会 計は適 用すべ きで ない .さ らに,そ
れ らの 取引 か ら 生 じ る リス ク を適正 に管理 す る に は,プロ テ クテ ィブ ・プッ トの 場 合
には,オ プシ ョ ン対 象 と同一通貨で の オ プシ ョ ン を設定して い る限 りヘ ッ ジ効 果が 有 効に働 くた め 問 題 は ない が, カバ ー ド ・コ ール ・ラ イ テ ィ ン グの 場 合に は
, 為 替変動
に対してオ プシ ョ ン取 引か ら発生する利 益 または損 失のポ ジショ ン を適 時 ・適正に把 握 する必 要が あ る.
〈 キ ーワー ド〉
通貨オプシ ョ ン取 引, リス ク ・エ クス ポージ ャ
, プロ テ ク テ ィ ブ ・プッ ト
, カバ ー
ド・コ ール ・ラ イテ ィ ン グ,経 済 的 実 質,ヘ ッジ,本 源 的 価 値,時 間 的 価 値
1994年11月受付 1995年 2月 受 理
*東 京 理 科 大 学 経 営 学 部 助 手
1. は じ めに
オ プ シ ョ ン取 引とは , ある物 を一定期間内 (また は将 来の 一定 期 日)に一定 数量 を, あ ら か じ め定め た価 格で 「買 う権利 」 また は 「売る権 利 」を売 買する取 引をい う.オプシ ョ
ン取 引は, デ リバ テ ィ ブ取 引 (金融 派生商 品取 引)の 一形 態で あ り,他の デ リバ テ ィブ取 引と ともに , リス クヘ ッ ジ手段 と して 利用 され る一方で , 投機手段と して も活用 さ れ巨額
の損 失を計上する事 例 も多 く報告 さ れ てい る.こ の よ うな背 景の もと, 市場 参 加 者の リス ク管理体制の 強化 と 会計基準の 整備 に よ るデ ィ ス ク ロ ージャ ーの拡 充 を図ろ うとする動 き が 国 際 的 に 盛ん で あ る.例 え ば,企 業 に お け るデ リバ テ ィ ブの リス ク管理に 関 して は,
BIS か ら 「金融 仲 介 機関 に よ る市 場 リス ク とパ ブ リッ ク ・デ ィ ス クロ ージャーに 関 す る報 告書」[BIS ,1994]や 民 間の有 力 金 融 機関か ら構 成 され る グ ル ー プ30 か らは 「デ リバ テ ィ ブー慣 行 と 原則」[G30 ,1993]等が 公表さ れ てい る.こ れ らの報 告 書で は,デ リバ テ ィ ブ に関する企業 内部の リス ク管理 シ ステム の 構 築 方 法が 示 さ れて い る ば か りで な く, その シ ス テ ム か ら導 出さ れる会 計 情報をデ ィ ス ク ロ ージャ ーに活用 する方 法 も提 示 さ れて い る. 一
方 、会計基準設定主体 におい て も、デ リバ テ ィ ブの会計基準 制 定の動 き は盛ん である. 例え ば, IASC (国際 会計 基準委員会)で は, 1988年か ら金 融 商品の 会計基準 設 定プロ ジェ
ク ト を発 足さ せ,1994 年1月には公 開草 案(Exposure Draft)「金融 商品」[IASC ,1994]を 公 開する にい たっ てい る。 ま た,米 国では, FASB (財務会 計基準 審議 会)が, 1986 年に金融 商 品とオ フ バ ラ ン ス フ ァ イナ ン ス に関 す る プロ ジ ェ ク ト を 発 足 さ せ て以 来 、Financial Accounting Standard(FAS )105[FASB ,1990], FAS 107[FASB ,1991], FASI15 [FASB ,1993],
FASI19 [FASB ,1994]とい っ た会 計基 準を発 行 し, デ リバ ティ ブに 関する会計基 準は整備 さ れつ つ ある.その 結果, 米国で は,デ リバ テ ィブに関 し て, トレーデ ィ ン
グ 目的の場 合に は,
当初 認識 ・測定に加 えて , 時価変動損益を その期の期 間損益に含め る事 後測 定が行わ れ, ヘ
ッ ジ目的の場 合には, ヘ ッ ジ会計 を適用する とい う実務慣行 が 既 に確立 さ れつ つ あ る. オ プ シ ョ ン取 引に関して も,他の デ リバ テ ィブ取 引と 同様に, 米国を代表とす る国 際的
な 動向と して は,トレ ーデ ィ ン グ目的の場 合に は,オ プシ ョ ン料 を貸借 対照表上 で当初認識 する と ともに, オ プシ ョ ン価 格の 時価変動損 益を その期 間損 益 に含め る事 後 測 定 を行 う会 計処理方法が定着 しつ つ ある. し か し, ヘ ッ ジ 目的の オプシ ョ ン取 引にヘ ッ ジ会 計を適用 する場合 に は,次の 3つ の論 点に関 して は,い ま だ多 くの 議 論が な され て い る と考えら れ る.
ヘ ッ ジ 目的の 買建オ プ シ ョ ン と売建 オ プ シ ョ ン と は, 異な る経 済 特 性を有 する た め , ヘ ッ ジ会計 を適用 して 同様の会 計測定 を行 うこ と は 可能で あ る か.
ヘ ッ ジ会計を適用する際に は,オ プ シ ョ ン料 を一括 して測定すべ きか,そ れ と も オ プシ ョ ン料を異な る経 済特 性に分解 して別個に測 定 すべ きか.
オプショ ン取 引の測 定と管 理
ヘ ッ ジ対象とヘ ッ ジ手段の時価変動に伴 う損益は, どの 時点で 認識 すべ きか .
これ らの論点 を検討 する ため , 本 稿で は, 為替リス ク ・エ クス ポージ ャ をヘ ッ ジする 目的
で締 結 する通貨 オプシ ョ ン取 引を 具体 例 と し て取 り上 げ ,買 建の 通貨オ プ シ ョ ン取引と売 建の通 貨オ プシ ョ ン取 引の取 引モ デ ル を設 定 する.その モ デ ル の下 , 取引の経 済 特性を明 ら かに し た 上で ,会 計 上の 測 定 方 法 の 検 討を 行い ,さ らに その 会 計 情報を利用 し た 企 業 内 部にお け る リス ク管理の 一
手法を 提 示 す るこ と を 目 的 と す る.
2. ヘ ッ ジ目的の通 貨 オ プ ショ ン取 引の 経 済特 性
以下 で は, 外 貨建 営業 債権に関する為 替リス ク ・エ クス ポージャ をヘ ッ ジする 目的で,通 貨オ プシ ョ ン取 引 を締結する状 況 を 取 り上 げる.具体 的には , ある輸 出 企 業 が 1994 年 7月
1 日に米国に $10,000 の 輸 出を行い 6カ 月後 に代 金を受 領 する ド ル建て の売 掛 金が発生 する 状 況におい て, 当該 営 業債 権の為 替リス ク ・エ クスポージャ をヘ ッ ジする 目的で, ドル代金 受領 時点 をオ プシ ョ ン の権 利 行使 日 とするオ プシ ョ ン取 引を締結 する こ と とする.その オ プ
シ ョ ン 取 引と して は, 買 建オ プシ ョ ン と して プロ テ ク ティ ブ ・プッ ト を締 結 する場合 と, 売 建オ プシ ョ ン と して カバ ー ド・コ ール ・ライテ ィ ン グ を締 結 する場合を考え,双 方の取 引に は どの よ う なヘ ッ ジ 効 果 が存在 す る か を検 討す る (表 1を参照).こ こに プロ テ クテ ィブ ・
プッ ト とは,あ る資 産を保 有 して い る当事者 が,当該資 産をヘ ッ ジ対象と す る プッ ト・オ プ
シ ョ ン , すなわ ち 当該 資 産を その時の公正価 格で, 特 定の期間 また は期日に売却する権利 を 購入する こ とに よ りヘ ッ ジ対 象の 値下が りリス クをヘ ッ ジ し よ うとする買 建オ プシ ョ ン をい 表 1 通貨オプショ ン取 引 の基 本的 形 態
オ プシ ョ ン 名 買建オ プシ ョ ン
[purchased option1
売建オ プシ ョ ン
[written option ] 当事 者
ヘ ッジ対象とヘ ッジ手段の関係 オプション形態
買い 手
[buyerl
売 り手
[seller]
買い 権利
(コー功 [call]
オ プシ ョ ン対象を購 入 する権利の買い
オ プシ ョ ン対象を購 入 する権利の売り アン カーバード(ネイキッ ド)
ポ ジ ション
[uncovered (naked )position】 売 り権利
(プッD [put]
オプシ ョ ン対象を売却 す る権 利の買い
オプシ ョン女橡 を売却 す る権利の売り 買い権 利
(コール)[call]
フ廿 テ クテ イブ・コール
[protective call]
カバード・コール ライティング
[covered call w 血ing亅
ヘ ッジ (カバード)
ポ ジショ ン
[hedged (covered )posjtion] 売 り権利
(プット〉[put]
プロテ クティブ・プッ ト
[protective put]
カバトド・プット・ライティング
[covered put w 而 ng ]
う.買 建オ プシ ョ ン に よ りドル 建の 売掛金 をヘ ッ ジ す る際には,売掛金 決済期 日 に ドル を 売 却 する オ プシ ョ ン を設 定す る こ と が有効で あ る た め, プロ テ クテ ィ ブ ・プッ トの締 結が
有効に なる.一方, カバ ー ド ・コ ール ・ラ イテ ィ ン グ と は
, ある資 産を保 有 して い る当事
者が , 当該資産 をヘ ッ ジ対 象 とする コ ール ・オ プ シ ョ ン , す な わ ち当該資産 を その 時の市 場 価 格で 買 う権 利を売 却 するこ とに よ り, 受 取オ プシ ョ ン料の 範囲 内でヘ ッ ジ対象の価 格 値下 が りリス ク をヘ ッ ジ し ようと す る売建 オ プ シ ョ ン をい う. 売建 オプシ ョ ンによ りヘ ッ ジ す る 際 には,売 掛 金決 済期 日におい て契約の相 手方に ドル を購入 して もら うオ プシ ョ ン
を 設定 するこ とが有 効で あ るた め, カバ ー
ド・コ ール ・ラ イ テ ィ ン ブ を締 結 する こ とにな
る .
2.1 プロ テ ク テ ィブ ・プッ トの経済特性
前述 し た 輸 出取 引をヘ ッ ジす る た め に 締結 し た プロ テ ク テ ィ ブ ・プ ッ トの取 引 条 件は ,
次の と お りで あ る.
∴ 鵜
_讌 響
許 M鬥
表 2 為 替 レー トの 変動お よびプロテ ク ティ ブ ・プッ トの 価値変 動 金額
日付 為替レート オプション価格 (変動額) 本 源的価値 (変動 額) 時間 的価値 (変動 額) 7月 旧 ¥1001$ ¥20,000 ¥ 0 ¥20,000
9月1日 ¥ 97/$ ¥47,000( 27,000) ¥30,000( 30,000) ¥17,000(△ 3,000) 11月1日 ¥1021$ ¥ 8,000(△ 39,000) ¥ 0(△ 30,000) ¥ 8,000(△ 9,000) 12月31日 ¥ 98ノ$ ¥20,000( 12ρ00) ¥20,000( 20,000) ¥ 0(△ 8,000)
7月か ら12月までの 為 替レ ー トの変 動お よ び当 該オ プシ ョ ンの価 格変 動は, 表 2 の と お り とする,こ こ で , 契約 締結 時 点に おける支 払オ プシ ョ ン料の 金額は, 修 正ブ ラ ッ ク= シ ョ ウ ルズ ・モ デ ル等の オ プシ ョ ン価 格モ デル を 基礎 と して算 定し, オ プシ ョ ン期 間を通 じて リス
ク ・フ リーの利 率 10%, 標準偏差 30% を前 提 と して い る.ま た オ プシ ョ ン価格は,オ プシ
ョ ン市場にお ける対象オ プシ ョ ン の 取 引相 場を表 し たもの である.オ プシ ョ ン価 格の経済価 値 は, 本 源 的価 値と時間的 価 値 に分 類 する こ と が で きる. こ こ に本 源 的価 値(lntrinsic Value)と は,オ プシ ョ ン対 象の時価 と行使 価 格との差 額をい い ,オ プシ ョ ン 自体が有 する本
オ プシ 日ン取 引の 測定と管 理
図 1 オプ ショ ン価 格の 時系列 的推移
図 2 プロ テ ク テ ィ ブ ・プッ ト の損益図
損益 (¥)
益
↑
↓
損
1 A
、、 、、
、 、 、
、 、 、 、
、
、 、 、
VT
\
H
、、
O 、
P
〜〜
97 、98\、 100
、、
、
、
、 、
102 \
1
為 替 レ (¥1
000 一一一一一一一一0
A :ヘ ッ ジ対 象の損益線
1 :本 源 的価 値
T :時 間的価 値 (7月1 日)
V :オプシ ョ ン の 価 格 曲線 (7 月 1 日) O :オ プシ ョ ン の 損益曲 線
P :支払オ プシ ョ ン料
H :プロ テ ク テ ィブ ・プ ッ トの損益 曲線
:利益 犠牲 部 分 (オ プシ ョ ン料に よる コ ス ト部 分) :損 失 回避 部 分
:ヘ ッ ジ効 果