世界遺産/特別史跡
平城宮跡 ガイド
公開施設 入場無料
・平城宮跡資料館・遺構展示館・朱雀門
・第一次大極殿・平城宮東院庭園
独立行政法人 国立文化財機構
奈良文化財研究所
奈良公園方面 国道 24 号線ヘ→
奈良公園方面 国道 24 号線ヘ→
法華寺 法華寺
宇奈多理神社 宇奈多理神社
東院庭園 第一次大極殿
朱雀門
遺構展示館
東院南門
(建部門)
東院南門
(建部門)
W.C.
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W.C. W.C.
W.C.
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東一坊大路東一坊大路 国道
24号線
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24号線 小子部門 小子部門
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←生駒大阪方面
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朱雀大路朱雀大路
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若犬養門
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←近鉄大和西大寺駅
←近鉄大和西大寺駅 奈良文化財 奈良文化財研究所 研究所
近鉄奈良線 近鉄奈良線 中央区朝堂院 中央区朝堂院 第一次大極殿院 第一次大極殿院
第二次大極殿 第二次大極殿
東区朝堂院 東区朝堂院
朝集殿院 朝集殿院 内裏
内裏 推定宮内省推定宮内省 平城宮跡資料館
平城宮いざない館 推定大膳職
推定大膳職
市庭古墳 市庭古墳
←西大寺方面
←西大寺方面
0m 100m 200m 300m 0m 100m 200m 300m
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造酒司井戸 造酒司井戸
協力:NPO法人平城宮跡サポートネットワーク
●アクセス:近鉄大和西大寺駅から東へ徒歩15〜30分、近鉄・JR 奈良駅から奈良交通バスで約30分
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●施設公開:9:00〜16:30(ただし入館は16:00まで)
※奈良文化財研究所に登録のボランティア解説が有ります。(無料/要お問い合わせ)
※駐車場は、都合により予告の上、使用制限される場合があります。
●休 館:月曜日(月曜が休日のときは翌平日)、年末年始
●お問合せ:奈良文化財研究所 広報企画係 電話0742-30-6753
Eメール [email protected]
●ホームページ:https: //www.nabunken.go.jp/
大阪方面 大和 西大寺駅
平城宮跡
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木津 JR線関西本線
復原事業情報館 復原事業情報館
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西大寺 西大寺
平城宮 平城宮
朱雀門 朱雀門
法華寺 法華寺
二条大路 二条大路
東大寺 東大寺
興福寺 興福寺
元興寺 元興寺
大安寺 大安寺
羅城門 羅城門 唐招提寺 唐招提寺
薬師寺 薬師寺
朱雀大路 左 京
右 京
■ 平城京と平城宮 ■ 朱雀門 ■ 東院庭園
■ 平城宮跡資料館
■ 遺構展示館
■ 第一次大極殿
■ 第二次大極殿と内裏
■ 平城宮は造りかえられた
平城京に都が移された710年から長岡京 に都が移る 784 年までの 75 年間を奈良時 代といいます。聖武天皇が 740 年から 745 年まで恭仁京や難波京などに都を移します が、その前後で平城宮の宮殿や役所は大き く造りかえられました。
復 原 さ れ た 大極殿は奈良 時代前半のも のです。奈良時 代後半には大 極殿は東のほ
うにある内裏の南に造りなおされまし た。これを第二次大極殿と呼んでいます。
内裏やほかの多くの役所でも、奈良時 代の間になんども造りかえがおこなわ れます。建物が古くなったからではなく、
ほかの理由があったと考えられます。
平城京の入り口には〔羅城 門〕があり、75m幅のメインス トリートの朱雀大路を北へ3.7 km 歩くと突き当りが平城宮
の正門の〔朱雀門〕です。平城 宮の周囲は大きな築地塀で囲 まれ、合計 12 の門がありました。朱雀門は平成 10 年(1998)に復原さ れました。朱雀門の規模は間口 25m、奥行き 10m、高さ 22m、二重の 屋根で他の門より特に立派に造られていました。
門の南にある広場は朱雀大路の一部を復原したもので、門のすぐ前 を幅 37m の二条大路が東西に横切っています。
〔大極殿〕は宮殿の中でも最も重要な 建物で、即位の儀式や元日の朝賀には 天皇の玉座である〔高御座〕が置かれま した。間口44m、奥行20m、屋根の高さ 27mで平城宮の中でも最大の建物で す。復原に際しては発掘調査のデータ や現在残っている奈良時代の建物など 参考に多くの専門家が研究して、平成 13年(2001)から9年の歳月をかけ〔平 城 遷 都 1300 年〕の 平 成 22 年(2010)
に完成しました。
平城宮の東に張出した部分は『続日本紀』にみえる「東院」にあた ります。昭和 42 年(1967)、その南東隅に大きな庭園の遺跡が発見 され、平成 7 年(1995)から10 年(1998)にかけて復原されました。
これが「東院庭園」です。東西 80m、南北 100mの敷地の中央に複雑 な曲線の池がありました。称徳天皇はこの近くに「東院玉殿」を建 て、宴会や儀式を 催しました。現 代 の迎賓館にあたる もの です。前 期 は 大陸風庭園で、後 期に日本風庭園に 造りかえたことが 分かりました。
平城宮跡は奈良文化財研究所が昭和 34 年(1959)から毎年計 画的に発掘調査をしていますが、その成果を総合的に分かりやす く展示しているのが〔平城宮
跡資料館〕です。
役所と宮殿の内部を実物 大で再現し、発掘調査の出土 品を展示しています。
ミュージアムショップや休 憩室もあります。
発掘した状態(遺構)をそのまま見ることができるのが〔遺構展示 館〕です。3棟からなり、北棟では奈良時代に4回も建てかえられた建 物 の 柱 跡、北 棟 や 中央棟では大型の 復原模型や発掘さ れた大きな井戸、南 棟は大量の磚(レン ガ)を 敷 き つ め た めずらしい建物跡 を見ることができ ます。
だいごくでん ちょうどういん だいり
しょう む く に きょう なにわきょう
らじょう
つい じ べい
ちょう が ぎょく ざ たか み くら
し が らき
ただし
ひわだ ぶ
しょうとく
げいひんかん
い こう
せん 大極殿院第一次第一次
大極殿院
中央区朝堂院 中央区朝堂院
朱雀門 壬生門
朝堂院東区東区 朝堂院 内裏
【奈良時代前半】
西宮
推定大膳職 推定内膳司
推定宮内省
中央区朝堂院 中央区朝堂院
朱雀門 壬生門
兵部省 式部省 朝堂院東区東区 朝堂院
朝集殿院 第二次大極殿院
【奈良時代後半】
朝集殿院 第二次大極殿院
推定宮内省
内裏
もん
天平17年(745)、聖武天皇は 紫香楽宮から平城宮に戻って新 たに大極殿を造りました。これ が〔第二次大極殿〕です。
この大極殿や南の朝堂の土 壇が残っていて、明治時代の終 わりに建築史家の関野貞が平 城宮跡を発見するきっかけとなりました。また明治時代から大正時代にか けて、地元の棚田嘉十郎達が保存運動に取り組み、今日の礎を築きました。
第二次大極殿の北側の植込みがある一帯は天皇の住まいである〔内裏〕
跡です。内裏の東に復原されている檜皮葺きの建物は宮内省と推定され ている役所です。
和銅 3 年(710)、飛鳥に近い藤原京(奈良県橿原市)から奈良盆地 の北端に新しくつくられた平城京に都が移されました。
唐の長安をモデルにして設計され、南北約5km、東西約6km、都の 中央北端には政治の中心となる〔平城宮〕が造られました。平城宮は 約 1km 四方の広さで、大極殿や朝堂院などの宮殿のほか、天皇の住 まいである内裏があり、周囲には国の役所が立ち並んでいました。