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[書評] 太田義器著 『グロティウスの国際政治思想 -主権国家秩序の形成』

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[書評] 太田義器著 『グロティウスの国際政治思想

‑主権国家秩序の形成』

その他のタイトル [Book Review] Yoshiki OTA, Political Thought of Hugo Grotius : Emergence of Modern

International System and the Idea of Sovereign State, 2003

著者 安武 真隆

雑誌名 關西大學法學論集

巻 56

号 4

ページ 986‑1004

発行年 2006‑12‑15

URL http://hdl.handle.net/10112/12370

(2)

︹ 書

﹃ グ ロ テ ィ ウ ス の 国 際 政 治 思 想 主 権 国 家 秩 序 の 形 成

二0

0三

︶ 年

評 ︺

全体の構成と各章の内容

政治思想史研究としての評価

現代国際政治への展望

らず︑これまで研究が盛んとは言いがたかったオランダの政治思想に着目するとともに︑

( 1 )  

み出している点で︑注目に値する︒本書評では︑本書の内容を概観した上で︑評者による一定の評価を試みたい︒

太田義器著

一国史を超えた﹁国際政治思想﹂へと踏

西欧政治思想史研究における初期近代の重要性が叫ばれるようになって久しい︒本書は︑英仏独といった︑いわゆる西欧列強の 国家統合に焦点をあてて展開されてきた旧来の政治思想史研究とは異なり︑初期近代において重要な地位を占めていたにもかかわ

(3)

著者は︑序章﹁グロティウス研究の現状と課題﹂において︑﹁国際法の父﹂﹁近代自然法の父﹂といったグロティウス理解が近年 になって脱神話化され︑彼の法学以外の神学等の著作にも注目が集まっていること︑他方で︑国際関係論では﹁現実主義﹂的ホッ ブズと﹁理想主義﹂的カントの中間に位置するものとする定型的な理解が依然として支配的なことを指摘する︒そして︑グロティ

( 2 )  

ウスの政治思想の研究として︑

Ha gg en ma ch er

Tu ck のそれに注目する︒著者によれば︑前者がグロティウスの意図を解明し

﹃戦争と平和の法﹄が中世以来の正戦論と連続していることを主張するのに対して︑後者は 懐疑主義に対抗しうるものへと自然法論を革新した近代への貢献を強調する︒この二つの解釈が架橋されないまま並存している結 果︑﹁グロティウスの政治思想を理解するための適切な視座が失われてしまっている﹂︵八頁︶

﹃グロティウスの国際政治思想ーー←王権国家秩序の形成

l

第五章 第四章 第三章 第一章第二章

全体の構成と各章の内容

オランダ擁護論

宗教対立と主権論

自然法論の意義

正戦論における革新

主権論と抵抗論との関係

主権と戦争│ー対内関係と対外関係

本書の構成は以下の通りである︒

と著者は主張する︒

(4)

これに対して著者の提示する﹁適切な視座﹂が︑﹁近代政治の基本枠組﹂すなわち﹁主権国家秩序﹂の形成に﹁与った﹂重要人 物としてグロティウスを理解する︑というものである︒著者によれば︑﹁主権国家秩序﹂とは︑

るために主権概念を援用し︑と同時に︑主権を持つ各国家間に正しい秩序を確立するために自然法概念を援用して︑構想されたも

︵凡九頁︶︒このように本書では︑﹁グロティウスの国際政治思想﹂を形成する過程において彼が﹁経験した思想的格闘

を共有する」ことを通じて、副題にある「主権国家秩序」の「古典的な理解を明らかにする」

(i_~11 頁)こともまた目指されて

第一章﹁オランダ擁護論﹂では︑グロティウスがオランダの政治指導者として活躍した時期︑

戦協定(‑六0

までの著作として︑﹃十一命題﹄﹃捕獲法論﹄︵ともに一六

0四ー五年頃執筆︶︑そして後者の公海自由の原

則を論じた十二章だけを独立させて公刊された﹃自由海論

J

(

0九年︶が取り上げられる︒

当時のオランダでは︑

スペインに対する反乱を正当化するために︑君主への抵抗を正当とすることで首位性

( p r i n c i p a t u s )

を弱

める議論が援用された︒しかし︑このような議論は近隣の君主の支持を失い︑かつ謀反を安易に助長する危険性があった︒これに 対してグロティウスは﹁十一命題﹄において︑祖国の反乱を正当化する確実かつ害のない理論として︑抵抗権論に頼るのではなく︑

敵国スペインで流通していた正戦論︑並びに人民の自由にも君主の大権にも依拠しない﹁主権﹂概念を援用する︒すなわちグロ ティウスによれば︑正戦は﹁君主の権威﹂を条件として行われるが︑その権威︵主権︶をスペイン国王のみならずオランダの州政 府も分有しており︑したがって︑オランダは戦争を遂行する正当性を有しているのである︒

次に﹃捕獲法論﹄では︑東インド貿易をめぐる対立の中でスペイン・ポルトガル船をオランダ船が拿捕し︑その積み荷を売却し

た海賊行為を正当化することが目指され︑﹃自由海論﹄

のである

0

0年代からスペインとの休

アナーキーを克服し国内統合を図

スペイン・ポルトガルの航行と通商の独占を廃し︑オランダが東イ

ンド貿易に携わることの正当性が主張される︒これらの著作の検討を通じて著者は︑オランダ擁護という目的のために︑﹁正戦論﹂

﹁主権論﹂﹁自然法論﹂が便宜的に用いられているが︑これらの完成度は暫定的なものに留まるとする

二五四

(5)

﹃グロティウスの国際政治思想││!主権国家秩序の形成

1

続く第二章﹁宗教対立と主権論﹂では︑スペインとの休戦後︑

指導者としての地位を逐われ死刑宣告まで受けることになる︑

オランダ国内で発生した宗教対立に起因する国内統合の問題に関

0年代のグロティウスの対応が検討される︒この章は︑これまで日本で充分に検討されてこなかった神学に関する彼の

思想が紹介されている点で︑注目に値する︒まず一六

0三年から始まり︑後にグロティウス自身も巻き込まれ一六一八年には政治

( 3 )  

オランダにおける宗教対立の経緯が

R a b b i e

の研究に依拠して概観

され︑次いで宗教対立に彼が関与する以前に書かれた﹃メレティウス﹄

︵一六一三年に公刊?︶︑﹃聖的な事柄に関する最高権力の支配権﹄

二五五

著者によれば︑﹃メレティウス﹂においてグロティウスは︑﹁宗教平和論﹂を展開する︒彼は︑その主題が平和であるはずの宗教 によって﹁憎しみや怒り︑そして戦争までもが﹂引き起こされている現状を打開すぺく︑キリスト教のみならずあらゆる宗教︵し

たがって無神論と不敬虔は除外される︶

に共有される点︑すなわち神が存在し︑報いる者である点を強調し︑﹁正しい理性﹂に基 づいて全宗教がより優れたキリスト教へと合流することを訴えるのである︒さらに彼は︑宗教には理論︵教義︶

両側面があり︑実践における﹁理論の役割についての不適切な理解﹂にオランダにおける宗教対立の原因を求める︒彼によれば︑

理論は﹁実践上の調和﹂に従属すべきであり︑その観点からは︑教義をめぐる違いは非本質的なものにすぎず︑寛容な態度で臨む ことが求められる︒そして彼にとって﹁実践上の調和﹂のためには︑国家権力の命令に服することもまた︑

キリスト者の模範なの

以上のグロティウスの姿勢は︑著者によれば︑﹃敬虔論﹄においても継続している︒グロティウスはこのパンフレットのなかで︑

ホラント州政府の寛容政策を非難したルベルトゥスに対して個人攻撃を展開したが︑それは︑その州政府非難が﹁不適切な理解﹂

に基づき﹁実践上の調和に従属すべき理論的な教義を優先させ﹂ていたためであった︒﹃敬虔論﹄において︑教義上の問題につい 筆︑死後一六四七年に出版︶が検討される︒ なった﹃両州政府の敬虔論﹄ と﹁万民法﹂とは区別されない︶︒

一六一六ー一七年執

︵一六︱一年執筆︑未公刊︶と︑それに関与する契機と

(6)

著者によれば︑﹃敬虔論﹄

この頃の彼の政治思想の中心的主題であったことが示唆される︒

新性が確認されるとともに︑その様な革新をグロティウスがなした理由も探られる︒

著者によれば︑﹃戦争と平和の法﹄

O )

ては宗教会議を経ずして政府が解決すること︑聖職者の叙任権を政府が行使することの正当性を説いたのも︑同一の姿勢に由来す る︒しかしこの書は︑結果としてオランダにおける宗教対立の火に油を注ぎ︑それまで中立と目されていた彼を追いつめることと

の公刊を契機に自らへ向けられた非難を緩和すべく執筆された﹃聖的な事柄に関する最高権力の支配

権﹄でも︑同様の姿勢が見られる︒あらゆる宗教上の最終決定権を︑主権を持つ政府に帰す︑と主張している点で︑この時期のグ ロティウスは一貫していたのである︒さらに著者によれば︑宗教対立の文脈で展開される彼の﹁主権﹂概念は︑オランダの反乱を 正当化する『十一命題』で採用されたそれと基本的には同一であった。以上、第一章•第二章における検討から、「対外的、対内 的双方における実践上の調和のために﹂グロティウスが選び取った鍵となる概念が﹁主権﹂であり︑﹁主権国家論の構想﹂こそ︑

一六ニ︱年の劇的な脱獄以後︑亡命中にグロティウスが公刊した﹃戦争と平和の法﹄

の検討に移る︒著者によれば︑この時期の彼の著作は︑オランダにおける政治指導者の時代とは異なり︑﹁何らか

の特定の現実問題のために書かれたものではない﹂

(1

0三頁︶点に特徴がある︒第三章では︑この書における﹁自然法論﹂の革

では︑懐疑主義を論駁し﹁戦争が法による規制を受けるものであることを明らかにする﹂と

いう﹁実践的目的のための理論的道具﹂として﹁自然法論﹂が展開される︒人間が利己的な存在であるが故に人間の本性に法はそ ぐわず︑戦争と法は無関係︑とする懐疑主義に対し︑グロティウスは利己的な人間像と自然法の存在とは両立すると反論する︒彼 によれば︑確かに自己利益の追求が人間本性であるが︑同時に人間には﹁社会に対する欲求﹂もあり︑社会と法とが不可分の関係 にあることから︑﹁人類や多くの国民を結びつけるためにも法を必要とする﹂のである︒さらにグロティウスは︑神意法と自然法 とを区別して︑キリスト者間に限定されない法の普遍性を探求し︑自然法と意思法とを区別することによって︑万民法が国家間で

第三章﹁自然法論の意義﹂以下では︑

二五六

(7)

これに対してグロティウスが □﹁正しい原因﹂

︵したがって私戦は︑裁判が可能な

四節度と衡平など

順守されていなくても︑また国家毎に国法が異なっていても︑それは意思法の次元の問題であって︑唯一の普遍的かつ不変の自然 法が存在しないことの根拠とはならない︑とする︒続いて著者は︑﹃捕獲法論﹄との比較を通じて︑自然法を否定する懐疑主義に 対する反駁が︑神の意志を基礎とするものから︑﹁社会に対する欲求﹂に基づくものへと ていることを指摘し︑その理由を明らかにする鍵が﹁正戦論﹂にあることを示唆する︒

第四章﹁正戦論における革新﹂においては︑まずスアレスやビトリアなどの立論を手がかりに﹁伝統的正戦論﹂の特徴が示され︑

次いでグロティウスにおけるその革新が明らかにされるとともに︑﹁自然法論﹂の精緻化との関連が探られる︒この章は︑正戦論 者︑あるいは自然法論者として解釈されてきたグロティウスを︑著者の視点から統一的に解釈しようとする点で︑本書の核心を成 す︒著者によれば︑﹁伝統的正戦論﹂は︑﹁実力に実力でもって対抗することは許されている﹂として︑侵害に対する防衛戦争を

︵私戦であっても︶自明視する一方で︑攻撃戦争については一定の制約の下に置こうとする︒﹁伝統的正戦論﹂においては︑戦争を 正当化し制限する条件でもある﹁戦争への法﹂として︑日﹁君主の権威﹂

が挙げられるが︑前二者により攻撃戦争は国家の裁治権の発動としてのみ認められ︑私戦は否定されるのである︒

﹃戦争と平和の法﹄において展開する﹁正戦論﹂は︑﹁自然法﹂に従って戦争の正当性を判断する 点にその革新がある︒彼は﹁自然の第一原理﹂として自己保存を肯定しつつも︑人間の﹁社会を求める性向﹂に由来する﹁自然 法﹂に基づき︑戦争を制約しようとする︒彼によれば︑戦争の正当性は︑防衛戦争や攻撃戦争︑私戦や公戦の区別なく︑﹁正しい 原因﹂に基づくか否かによって判断されるのであり︑その﹁正しい原因﹂の内容は︑﹁自然法﹂の内容

I所有権の不可侵︑返還

義務︑約束履行義務︑損害賠償義務︑刑罰ーに対応して︑侵害に対する防衛︑財産の回復︑財産の追求︑刑罰とされる︒

以上の検討からも示唆されるように︑

グロティウスの﹁正戦論﹂は︑﹁伝統的正戦論﹂において自衛の場合を除いて認められな かった私戦を正当化する余地を残す︒彼にとって戦争は︑公戦であれ私戦であれ︑﹁国法を共有せずそれによって拘束されない者 たち﹂の間︑すなわち︑政治権力による裁判が機能しない状態において認められるからである

﹃グロティウスの国際政治思想ーー←王権国家秩序の形成ー﹄

口方正な企図

﹃戦争と平和の法﹂において精緻化され

(8)

場合には認められないことにもなる︶︒著者によれば︑これは自然状態と政治権力に関するロックの見解の先取りであるのみなら ず︑グロティウスの﹁自然法論﹂の精緻化の理由を解く鍵でもあった︒確かに私戦を正当化する立論は︑既に﹃捕獲法論﹄にも認 められた︒その場合︑私人の自己保存が神の意志であることがその根拠であった︒しかし︑これでは裁判が機能している際に私戦 を封じる事が困難となり︑無制限の抵抗を容認する事にもなりかねない︒神の意志を根拠に私戦を行うならば︑それを人間の意志 たる裁判によって禁止する事は理論的に困難だからである︒著者によれば︑﹃戦争と平和の法﹄

志を介在させないものへと精緻化されたのは︑以上の難点を克服するためであったのであり︑

T u

c k

はこの点を充分に理解してい

第五章﹁主権論と抵抗論との関係﹂では︑﹃戦争と平和の法﹄における私戦を正当化・制限する立論と︑主権と抵抗をめぐる彼 の議論との対応関係が示される︒グロティウスは︑人民主権であれ絶対君主政であれ︑それが普遍的に適用されるとの見解を退け︑

それぞれの国にそれぞれの事情に即して主権が存在するとし︑国政の相違に優劣をつけない︒その上で彼は︑各人は政治社会設立

以前において侵害に対する抵抗権を有していたが︑

禁じられる︑とする︒以上のことから著者は︑彼の﹁主権論﹂を﹁自然的自由に基づく絶対的服従論﹂と定式化する︒そのような 主権を持つことで︑各政治社会内部には﹁実践上の調和﹂が確保される︒また︑そうした政治社会相互の関係においても︑ビトリ アにおけるように神的権力が最終調停者として登場するのではなく︑自然法が支配することで︑それぞれが複数平等に並存するこ とで﹁実践上の調和﹂が図られる︒グロティウスが構想した﹁主権国家秩序﹂はこのような二重の﹁実践上の調和﹂を実現するも

のであった︑とされるのである︒

このように本書は︑﹃戦争と平和の法﹄に至るグロティウスの思想形成過程を辿りつつ︑彼の﹁自然法論﹂﹁正戦論﹂﹁主権論﹂

の発展︑三者間の密接な連携を明らかにしている︒また︑彼が当時利用可能であったこれらの諸理論・言説の射程と限界を見極め

つつ︑宗教戦争を克服し国内的にも対外的にも﹁実践上の調和﹂を確立するために︑それらに対して彼独自の読み替えを施したこ

における﹁自然法論﹂が︑神の意

一旦国家が設立されれば︑﹁実践上の調和﹂のためにそれは︵緊急時を除いて︶

(9)

に︑フランスのそれの影響があることを指摘している をとった主権論﹂との橋渡しとして理解している る ︒

政治思想史研究としての評価

二五九 フランスではボダンのポ 一七世紀当時ヨーロッパ世界において とが示されている︒その限りで本書は︑﹁グロティウスの政治思想を理解するための適切な視座﹂を提示することに成功していると言えるであろう︒以下では︑本書の冒頭において示唆された課題の二重性に応じて︑まず政治思想史研究の観点から︑次いで﹁主権国家秩序﹂をめぐる彼の構想が現代国際政治に対して持つ意義について︑私見を述べることとしたい︒

グロティウスを政治思想の観点から整合的に解釈するために︑彼の生きねばならなかった時代の課題として宗教対立と

それに伴う内乱の克服に着目し︑彼の神学上の立論にも言及している︒この作業は︑従来論点毎に断片的に解釈されてきたグロ

ティウス個人のトータルな理解にとって多大な貢献であるのみならず︑初期近代政治思想の理解にとっても待ち望まれていたもの

である︒周知のように︑初期近代の西欧政治思想史研究においては︑各政治思想家の神学・宗教的側面が注目されるようになり︑

既にフランス宗教戦争やイングランド内乱に即して堅実な研究が蓄積されてきた︒本書は︑

重要な地位を占めながら︑これまで不当に軽視されてきたオランダにおける政治権力と宗教との関連を示している点でも重要であ

グロティウスの立論には︑英仏における議論を初佛とさせるものが少なくない︒グロティウスが展開した寛容論は︑フラ

( 4 )  

ンス宗教戦争の前後に展開されたいわゆる原理的寛容論と類似しているし︑信仰における非本質的事項をめぐる議論もまた︑ジョ

ン・ロックの寛容論を想起させるものである︒また教義よりも﹁実践上の調和﹂を重視する彼の姿勢は︑

リティークとして︑イングランドではホッブズのエラストゥス主義として︑

ている︒事実︑著者は︑グロティウスの﹁主権論﹂を︑ボダンの﹁主権論﹂と﹁一七世紀イングランドの社会契約論というかたち

『グロティウスの国際政治思想—|!主権国家秩序の形成—ーー』

いずれも﹁主権﹂概念を伴って示された姿勢と近似し

オランダにおける反乱正当化論やグロティウス自身の議論

︵ 二 OI

(10)

このように本書は︑初期近代において︑

0

(

( 5 )  

フランス︑イングランドのみならず︑オランダも類似の問題圏にありえたことを示唆す

一国史に還元されえない西ヨーロッパにおいてある程度共有された論点をめぐる比較政治思想史研究の可能性を示して

いる︒本書を契機として︑それぞれの国の宗教対立やその克服の方途の相違へと探究が進むならば︑寛容論や主権論が支持・受容

される歴史的条件について︑より深い洞察へと達することが出来るであろう︒

本書によって切り開かれた政治思想史研究の新たな地平は︑これ以外にも指摘できる︒既に示唆したように︑本書がグロティウ

スの神学に関わる思想も踏まえながらその政治思想を解明したことの意義は大きい︒そして︑神学・宗教に関連して彼の﹁経験し

た思想的格闘を共有する﹂という点では︑本書を起点として今後さらなる研究の進展が望まれる︒例えば︑

草に関わった州政府による寛容決議﹃教会平和決議﹄(‑六︱四年︶が当時極めて論争的な文書であったことは︑その後これに反

発した「反抗議派」によるクーデタやクロティウス自身の逮捕•投獄を引き起こしたことを想起すれば明らかである。確かにグロ

ティスウスの政治思想を理解する鍵は︑本書の指摘するように﹁実践上の調和﹂であるかもしれない︒しかし︑﹁実践上の調和﹂

の訴えが︑即︑既存の政府に宗教上の決定権を委ねることに繋がるとは限らない︒むしろ︑いかなる状態が望ましい調和であるの

か︑世俗上の調和を重視することがそもそも望ましいことなのか︑誰がその望ましさを判定するのか︑調和の確立・維持の担い手

として具体的に想定される主体は誰か等々が︑極めて論争的であり︑また︑その解答の妥当性も個別具体的な文脈に依存し︑妥当

( 6 )  

だと思われた解決策が︑薮蛇となりえたことが強調されるべきであろう︒その点で︑﹁反抗議派﹂の宗教・権力観などとの比較対

照へと進むならば︑グロティウスの寛容論の︑ひいては﹁主権国家秩序﹂の政治性をより重層的に評価することが可能となるので

さらに︑著者も認めるように︑神学は﹁晩年までグロティウスが探究し続けた領域﹂︵六0

頁 ︶

問的活動領域であり続けた﹂︵六頁︶︒しかも︑ホイジンガの指摘にもあるように︑

の法﹄よりも彼の神学上の著作﹃キリスト教の真理﹄

グロティウス自身が起

であったし︑﹁かれの中心的な学

グロティウスの同時代人にとって﹃戦争と平和

の方が重要であった︒また︑宗教対立の和解を模索する動きは︑この時期︑

(11)

﹃グロティウスの国際政治思想ーー!主権国家秩序の形成ー﹄

いることを非難した 神学や聖職者組織に内在する形︵世俗の各国政府ではなく︑宗教会議による解決︶

グロティウス個人のみならず︑この時代のヨーロッパにおける戦争と平和の問題の考察にとっても︑著者が強調する以 上に大きかった可能性がある︒著書の主張する﹁近代﹂的な﹁主権国家秩序﹂もまた︑キリスト教世界の和解といった世界観を土 台として構想されたものではなかったか︒残念ながら本書では﹃キリスト教の真理﹄が正面から扱われていないが︑著者が本書冒 頭に提起した問い︑﹁なぜとりわけ政治思想を取りあげるのか︑それはかれの思想全体のなかでどのような位置を占めるのか︑周 辺的なものにすぎないのか︑それとも重要な部分であるのか﹂︵八ー九頁︶

( 7 )  

直されるべきであろう︒

また既に指摘したように︑

でもありえた︒したがって︑神学・宗教の占め は︑今後のグロティウス研究においても繰り返し問い

グロティウスの思想形成過程の中に諸著作を位置づけた点もまた︑

グロティウス研究に対する本書の 重要な貢献である︒そしてこの点は︑評者の見るところ︑副題にある﹁主権国家秩序﹂の﹁古典的な理解を明らかにする﹂作業を 進める上でさらに重視されるべきであるように思われる︒既に紹介したように︑

オランダにおいて活躍する政治

﹃戦争と平和の法﹄を公刊した︒オランダという彼が生きなければならない政治社会と 密接な関連の中で政治指導者として展開されたその知的・政治活動の特徴・目的が︑亡命を契機としていかに変化したのか︒オラ

フランスという大陸国家を目撃したことによるパラダイム・シフトはあったのか グロティウスが亡命知識人であったという伝記的事実は︑彼の構想した﹁主権国家秩序﹂の特徴と不可分な関係にあるのではな

かろうか︒特定の主権国家への帰属を断念せざるを得ない思想家であったがゆえに︑彼は︑﹃戦争と平和の法﹄を法律学︵正義の

の書と自認し︑政治学︵どのようにすれば有利であるか︶

( p r o l .  

5 7 )  

のではないか︒このことが即︑

の書ではないと記し︑ジャン・ボダンについて︑両者を混同して グロティウスの﹁政治﹂思想を語ることを無効とする訳ではない

が︑主権国家の枠内に正義の問題を閉じ込めようとする指向性が強化されつつあった時代に︑あえて主権国家相互の間に適用され 等々︑興味は尽きないからである︒ ンダという先進的とはいえ小規模な国家から︑ 家としての地位を失い︑亡命知識人として

(12)

ける主権論の意義﹂が示されたとする ではなく︑主権論を展開する﹂とある

( 8 )  

るべき正義を論じようとしたグロティウスの政治性については︑さらに考えてみることもできるように思う︒

次に︑評者から見た際の本書に対する疑問点を挙げることにする︒本書は︑これまで個別研究の形で扱われてきたグロティウス の﹁自然法論﹂﹁正戦論﹂﹁主権論﹂を統一した視座から解釈しようとする意欲的試みであるが︑残念ながら著者が論述を展開する に際して︑鍵となる分析概念を当初から一貫した見通しを持った上で用いていない結果︑読者に余計な混乱を与えているようにも 思われる︒確かに﹁正戦論﹂については︑

スアレス︑ビトリアの名とともに︑

9 ( )  

射程について貴重な論考を公刊している著者の論述が︑この点で混乱をきたしているわけではない︒とはいえ本書では︑第一章か ら﹁正戦論﹂についての検討が含まれるにもかかわらず︑第四章になってようやく﹁正戦論﹂

同様のことは﹁主権論﹂﹁自然法論﹂についても言える︒しかも両者については︑その概念が﹁正戦論﹂程の確立したジャンル たりえていない印象を持たざるをえないのである︒まず﹁主権論﹂については︑第一章で だけでは単なる﹁主権﹂概念の使用と﹁主権論﹂との差異は判然としない︒確かに著者は︑第一節︵第二節?︶

大権でもなく︑ポリティーク︑﹁ボダン流の主権論﹂が採用されたが︑﹁君主政擁護論﹂とならないよう﹁主権分有論﹂として展開

オランダ反乱の正当化のために用いられた︑といった記述である︒ここでは確かにボダンを想起させる﹁主権﹂という用語 が認められるようであるし︑﹁抵抗権﹂の使用は回避されている︒とはいえ︑ポリティーク︑﹁ボダン流の主権論﹂が採用されたと

( 1 0 )  

までは言いがたいのではないか︒

関法

第五六巻四号

︵二六頁︶が︑他方で﹁主権論﹂が﹁それ自体の資格で論じられていない﹂ともある︒これ

で﹁初期近代にお

︵四七頁︶︒しかし︑そこで確認できるのは︑﹃十一命題﹂において︑人民の自由でも君主の

﹁+︱命題﹄が﹁主権概念を用いるだけ

一般についての解説が登場するので

ローマ法とキリスト教教父哲学という明確な起源を持ち︑

一定の明確な論述のスタイルを想起することができる︒既に﹁正戦論﹂の現代的

アウグスティヌス︑トマス・

(13)

『グロティウスの国際政治思想ー|;王権国家秩序の形成—|'』

然法論﹂は欠如している︑と述べる あることから︑﹁神の命令に反することを命ずる君主﹂

﹃+︱命題﹂では﹁自然法﹂概念は登場しても﹁自

﹃聖的な事柄に関する最高権力の支配権﹄も著者によれ

﹃+︱命題﹂において展開さ

以上のような疑問を抱きつつ本書を読み進めると︑第五章になってようやく著者の﹁主権論﹂についての説明が示される︒それ によれば︑﹁内乱に代表されるアナーキーをいかにして回避するのかという問いをめぐって展開されることを固有の特徴とする﹂

という福田有広氏の理解が紹介され︑抵抗権に対する応答・反駁とも言い換えられる(‑六五頁︶︒さらに﹁主権は不可分﹂で

﹁最高﹂というボダンの﹁主権論﹂も︵﹁論争的﹂との留保を伴いながら︶紹介される︒こうなると れた﹁主権﹂をめぐる議論が﹁主権論﹂の名に値するのかどうか判然としなくなる︒著者もこのような疑問が生じることを認めつ つ︑第五章では︑﹃戦争と平和の法﹄における﹁かれの主権論がそう呼ぶにふさわしい内実を備えているのか﹂を問うのである︒

結論的に著者は﹁グロティウスが主権論と呼ぶに値する主権論を展開していた﹂(‑八六頁︶

立論が抵抗を否定する﹁絶対的服従論﹂であることを挙げている︒とはいえ︑ホッブズとは異なり︑

合国政も認め﹂ているため︑彼の議論には﹁絶対的服従論をほりくずす要素﹂がある︒それでも著者によれば﹁基調をなしている のは︑絶対的服従論である﹂という︒しかし︑残念ながら﹁絶対的服従論﹂ということで著者が言わんとしていることは判然とし

( 1 1 )  

ないのである︒さらに︑﹁主権論﹂の名に値するか否かという論点については︑ビトリアの政治権力についても検討がなされ︑抵 抗の否定という点ではグロティウスよりも徹底しているが︑君主権力の神授性を否定しておらず霊的権力からの独立性が不十分で

主張される

への抵抗を理論的に排除し得ないが故に﹁主権論﹂とは理解できない︑と

︵一九三ー四頁︶︒しかし︑第二章で扱われたグロティウスの

﹁自然法論﹂の用法においても同様の印象を抱く︒例えば︑著者は第一章で

と主張し︑その根拠として︑彼の

グロティウスは﹁共和政も混

ば﹁主権論﹂であったが︑そこでの主権の説明には︑﹁神の支配権にのみ服従する﹂との記述が含まれていた︒また神授王権論に ついては︑﹁主権そのものが神的権威を帯びているのだから︑抵抗否定論としての主権論でありうる﹂(‑九六頁︶とも述べられて

( 1 2 )  

いる︒このように著者の﹁主権論﹂の内容には︑文脈毎にぶれが認められるように思われる︒

︵二六頁︶︒他方︑﹃自由海論﹄については︑﹁簡単な自然法論を認めることができる﹂が︑﹃十

(14)

れているもののごとく扱って﹂いる 一命題﹄と同様に︑﹁自然法論が独立して論じられていない﹂ともある さらに﹃戦争と平和の法﹄

ローマ法やジェンティリ︑

自然法論の歴史的意義﹂についてのダントレーヴの見解が紹介されもしている

いかな る基準を満たせば︑単なる﹁自然法﹂概念の使用ではなく﹁自然法論﹂の名に値するのか︑ここで示されていないために︑両著作 の相異を特定することは難しい︒﹁自然法論﹂の定義が登場するのはこの後の第一章の第四節であり︑それは﹁それが存在するの か︑それがどのようなものであるのか︑それについてわれわれはどのようにして知りうるのか﹂という問いとして示される︒しか

( 1 3 )  

し︑﹁正戦論﹂や﹁主権論﹂の場合とは異なり︑その様な論述のスタイルを共有する他の先行する思想家の名前は示されない︒

の検討に移った第三章の第二節以下では︑﹁自然法の存在証明﹂という表現は登場するが﹁自然法論﹂

という表現が少なくなり︑彼の﹁自然法の基本的特徴﹂(︱ニニ頁︶が︑万民法︑神意法︑国法と比較されながら明らかにされる︒

ところが以上の作業を受けて次頁の第四節ではそれが﹁自然法論の特徴﹂と言い換えられる︒確かに第三章では自然法と万民法と

サラマンカ学派︑特にスアレス等との対比があり︑﹁グロティウスの

﹁自然法論﹂の独自性というよりも︑法の分類︑あるいは広く法理論におけるグロティウスの独自性︑あるいは﹁自然法﹂概念の 独自性と言うべきものであろう︒事実︑﹃戦争と平和の法﹄

の狙いは︑自然法であれ︑万民法であれ︑﹁国法を共有せずそれによっ て拘束されない者たち﹂の間の関係についても法と正義の言語で記述・説明可能であることを示すことにあったのではないか︒

このような叙述の混乱は︑著者も部分的に認めているように﹁自然法論﹂﹁正戦論﹂﹁主権論﹂を︑著者が﹁あたかも共通了解さ

︵一三三頁︶ことに求められるのではないか︒これら﹁

OO

論﹂という表現は︑﹃戦争と平和 の法﹄に看取できる自然法︑正戦︑主権という用語それぞれが単独で核をなす三つの体系的理論が存在するとの前提︑あるいは︑

グロティウスのみならず多くの思想家・理論家によって共有されている論述のパターンが三つ存在することを前提としていると思 われる︒このような前提は︑これら三者が初期の暫定的で便宜的なものから脱して︑発展・革新を経て

て融合し精緻化された︑という本書の論述からも伺える︒しかし︑三者それぞれを単独で切り取ることは︑本書以前の個別研究の いった法の区分の系譜について︑

︵第三節︶︒しかし︑そこで論じられているのは︑

二六四

(15)

﹃グロティウスの国際政治思想ー│主権国家秩序の形成ーー'﹄ て妥当する法﹂として神学的前提に依存しない 現代国際政治への展望

手法に回帰することにならないか︒さらにその様な分析概念を︑とりわけ初期の著作を検討するにあたって適用することは︑それ

ぞれの時期の作品をそれぞれの文脈︑課題に即して理解することよりも︑まず﹃戦争と平和の法﹄ありきの立論とはならないか︒

( 1 4 )  

このような作業は︑﹁自然法論﹂﹁正戦論﹂﹁主権論﹂が彼の生涯を通じたテーマであったという﹁一貰性の神話﹂を前提としてい

終章﹁主権と戦争I対内関係と対外関係﹂で示唆されていることであるが︑主権国家が国内統合の主体としても︑国際社会

の主体としても反省を迫られている現代において︑

我々が政治社会を構想する時︑﹁一定の社会単位での統合﹂に基づくならば︑﹁その社会単位を超えた関係での暴力は正当化されざ

0八頁︶︒著者のこの言葉を吟味すべく︑複数の主権国家を包摂する﹁社会﹂が︑

の広がりを持っていたのかを確認しておきたい︒著者によれば︑

争の絶えない時代において︑また非ヨーロッパ世界への進出が始まり︑深まりつつある時代において︑あらゆる立場の相異を超え

限り︑理論上はあらゆる非ヨーロッパ圏もこの﹁社会﹂に含まれると解しうる︒しかし︑﹃捕獲法論﹄

との東インド貿易をめぐる権益争いが扱われ︑その際︑権益の対象たるインドネシアが主権を備えた﹁社会﹂の構成員と認識され

ていたとは思われない。非ヨーロッパ世界への征服•植民は、他人の権利を侵害せず「古くからの境界線を乱さない」ことを称賛

する彼の姿勢︵﹃戦争と平和の法﹂ グロティウスの政治思想を重視する意義とは何であろうか︒著者によれば︑

グロティウスにとってどの程度

グロティウスの﹁自然法論﹂は︑﹁宗教対立と政治対立による戦

﹁自然法﹂を提示するものであった(︱二0ーニニ頁︶︒この記述を前提とする

オランダ・スペイン

と︑どこまで整合するのであろうか︒やはり︑﹁その社会単位を超えた関

( 1 5 )  

係での暴力は正当化されざるをえない﹂ということであろうか︒

近代の﹁主権国家秩序﹂は︑宗教戦争の多大な犠牲の経験から︑神ならぬ人間が﹁社会﹂を無制限に拡張することを断念し︑ るようにも思われるのである︒

(16)

( 1

)  

ロティウスの構想よりも遥かに後退して主権国家の中に﹁社会﹂を限定することを選択したのではないか︒この選択によって我々

は国外における﹁人間が人間に対して狼となる﹂事態を看過してきたとも言いうる︒それは︑我々が道徳的に完全でなく︑看過す

ることに利益があったからであり︑さらに﹁不正を阻止すべき﹂という﹁正義﹂に基づく主張があったからといって︑実践的に常

( 1 6 )  

にそれがなし得るとは限らないからでもあった︒これに対して現代の国際政治において︑幾つかの主権国家の間に信頼醸成に伴う

﹁社会﹂が成立しているとして︑それを国際人権レジームなどに基づく﹁国際社会﹂を記述することもあるいは可能かもしれない︒

しかし︑この範囲の内側に対してなされる政治活動を正当化する論理は︑その論理の前提となる﹁社会﹂から幾つかの国々や地域

が事実上疎外されているという明白な事実を看過してはじめて成り立つ︒現代の国際社会における政治や正義であっても︑神なら

ぬ人間が形成するものである以上︑狼とならぬよう︑何らかの断念が必要であることには変わりはない︒否︑何らかの断念なくし

ては現代の国際﹁社会﹂における政治や正義が危機に陥ることにもなろう︒結局のところ︑

界観とは異なるものを︑我々は依然として持ちあわせていない︒そのことを確認した上で︑現代の国際﹁社会﹂をグロティウスに

代わって適切に構想することこそ︑我々の課題なのだ︑これがグロティウスの政治思想史研究を通じて現代に生きねばならない

我々に投げかけられた著者のメッセージであるように思われる︒

以下必要に応じて︑本書のページ数を本文中に明記する︒なお本書の書評としては︑山内進﹃社会思想史研究﹂

N n 2 8

0

0四年︑藤原書店︑一五一ー一五五頁︑辻康夫﹁グロティウス研究の新展開﹂﹃政治思想研究﹂第六号︑二

0

0六年五

月︑四二

OI

四ニ︱頁がある︒また本書に先立ち︑グロティウスの著作とのその影響を仔細に紹介したものとして︑柳原

正治﹃グロティウス﹂清水書院︑二000

( 2

)  

P .   H ag ge nm ac he r, r   G o t i u s   e t   l a   d o c t o r i n e   d e  l a   g u e

r r e   J u s t e ,   P a r i s ,

1

 

9 8

3   ; 

R .  

T u c k ,   N a t u r a l   R i g h t s   T h e o r i e s ,   C a m b r i d g e ,  

1 9 7 9

;  

"

Th e' mo de rn 't he or y  o f   n a t u r a l   l a w "

i n ,     P

ag de n  ( e d . ) T ,   he   L a n g u a g e s   o f  P o l i t i c a l   T h e o r y n     i E a r l y

m o d e r n   E u r o p e ,   C a m b r i d g e ,

1

 

9 8 7 .

 

ただし著者は︑グロティウスの意図に関する

Ha gg en ma ch er

の解釈の妥当性については︑踏み込んだ評

価を下していない︒

グロティウスが一七世紀に提示した世 二六六

( 1  0

00

) 

(17)

﹃グロティウスの国際政治思想

1

'

二六七

( 3

)  

E .   R a b b i e ,   ^ ' I n t r o d u c t i o n "

n     i Hu go   Gr o t i u s ,   rd iu m  H ol l 

d i a e   ac e s   W t f r i e s i a P i e   s t a s  

(

1 6 1 3 ) ,  

B r i l l ,

1

 

9 9 5 .  

(4 )Q

S ki nn er

の研究に負う︒スキナーが﹁原理的寛容論﹂として想定するものの︱つは︑各宗教に共通の普遍的真実の存

在から出発する︑ギヨーム・ポステル﹃世界の調和﹂

(D O e r b i s   T e r r a e   C o n c o r d i a   L i b r i   Q u a t t u o r ,  

1

5 4 4 )

や︑セバスチャ

ン・カスティリヨン﹃異端について︑彼らは処罰されるべきか否か﹄

(D eh a e r e t i c i s ,   a n  s i n

e r

s e q u e n d i ,

1 5 5 4 )

の議論であ

る︒前者では︑この世界の全ての主な宗教の根底には共通の普遍的な真実があるに違いないという想定に基づき︑キリスト

教の真理とは︑ドグマ的な神学的主張にあるのではなく︑論証可能な道徳的事実の集合であって︑合理的人間であれば誰で

あれ即座に理解できるものとする︒他方︑カスティリオンは︑カルヴァン派であったが︑カルヴァンによる異端迫害に疑問

を持ち︑キリスト教の本質は︑﹁この世において︑主の到来を期待しつつ︑聖者として正しく敬虔に生き﹂ようとすること

にあり︑教義論争はキリスト者として生きるのにふさわしくない︑金貨が︑どんな刻印を付されていても︑どこにおいても

貨幣として通用するように︑あらゆる理性的な人間に受容可能な宗教の金貨が存在する︑と主張した︒

Q. S k i n n e r , T  he   F o u n d a t i o n s   o

f  M od er n  P o l i t i c a l   T h o u g h t , o l   v

.   I I ,  

C a m b r i d g e ,  

1 9 7 8 ,  

p p

245

.  

2 4 7 .

( 5

)

ポーコックの言う﹁保守的啓蒙﹂も同じ文脈に置くことが可能であろう︒

G

J .

.  

A .   P

o c o c k ,   "

C o n s e r v a t i v e   E n l i g h t e n m e n t   an d  D e m o c r a t i c   R e v o l u t i o n s

"

,   Go ve rn me nt   an d  O p p o s i t i o n ,   V o l .  

2 4 ,  

N o .  

1 ,   1 9 8 9

 

(福田有広訳﹁﹃保守的啓蒙﹄の視点﹂﹃思

想﹄七八二号︑一九八九年八月︶

B a r b a r i s m   a nd   R

' g i o n , C a m b r i d g e ,

1999-•

 

この他、「最高権力 (summa

p o t e s t a s )

関する﹁現実態

( a c t

u s /活動/エネルゲイア︶﹂と﹁所有態

( h a b

i t u s /状態/ヘクシス︶﹂という区別︵二三︑五三頁︶は︑

de   j u r e

には神聖ローマ帝国に従属するルネサンス期のイタリアの各都市が︑

im pe ri um

概念を

de f a c t

に読み替えることを

通じて

l i b e r t a s を獲得していった際の概念操作に対応しているのであろうか︒

Q. S k i n n e r ,   T he   Fo u n d a t i o n s   o f  M od er n  P o l i t i c a l   T ho ug

v o l . I ,   C a m b r i d g e ,  

1 9 7 8 ,  

p p

3

.  

‑ 1 2 .

  ~

るいは︑ホッブズ﹃リヴァイアサン﹂における主権者と公共的代行

者との区別︵第二巻第二三章︶に通じるものであろうか︒

( 6

)

事実︑本書第二章で紹介されたグロティウスの宗教論の辿った皮肉な運命は︑ホッブズの﹁リヴァイアサン﹄第三部以降

がイングランドにおいて辿った経緯と︵それぞれの理論内容は異なるものの︶類似しているようにも思われる︒なお︑ホッ

ブズの宗教政策に関する﹁デ・キウェ﹄と﹃リヴァイアサン﹄との差異は︑﹁実践上の調和﹂のための政府と教会との関係︑

あるいは政府の聖書解釈権の是非について多様な解があったことを示唆するものと思われる︒なお山内進は前掲の書評の中

(1

00

1)

 

参照

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