研究論文
1 は じめに
市民社会論 と利害関係者論
一研究者 か らの批判 と意見への回答 ‑
小 島 大 徳
私 は、2007年10月に 日本経営学会 にお いて、 「コーポ レー ト・ガバナ ンス と 市民社会」 とい う題 目で報告 を行 った。 ここでは、 コーポ レー ト・ガバナ ンス の核心的概念 に市民社会 を据 えて論 じる必要があることを主張 した。その中で、
た とえば近年 、様 々な企業不祥事が起 こってい るが、それ らが発覚す る発端 は 内部告発 による ものであ り、それ らが一段落す る収束 はメデ ィアのキャンペー ンに よる経営者 の辞任 によってであることな どを詳細 に分析 した。 そ して、現 代 の企業不祥事 は、 コー ポ レー ト・ガバナ ンスの機能 によって防止 され解決 さ れ ていない ことを明 らかにす る とともに、既存 の コーポ レー ト・ガバナ ンス研 究の弱点 を指摘 したのである。 ここでの報告 の主題 について も詳細 に記 した拙 著 を、2007年11月 に文豪堂か ら 『市民社会 とコーポ レー ト・ガバナ ンス1』 と 題 して上梓 した。
予期せ ぬ幸いな ことに、 これ ら一連の研 究活動 を通 じて、非常 に多 くの研 究 者 か ら共鳴意見や反論意見 を頂いた。 そ こで、本稿 では、近年、私が考 えてい るコーポ レー ト・ガバナ ンス像 に対 して、様 々な意 見や批判 を寄せ て下 さった 親愛 なる研 究者 の先生方‑感謝 の気持 ちをこめ、私の考 えを表明 しつつ再反論
な どを行いたい。
私 の 「市民社会 を基礎 とした コーポ レー ト・ガバナ ンス」 とい う概念 は、大 き く分 けて2つの特徴 を有 してい る。1つ 目は、市民社会 とい う概念 が、数百 年来に及 んで語 られた ものであ り、複雑化の一途 をた どる経営学 こそ、市民社
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会論 との親和性 が高い ことである。 2つ 目は、 コーポ レー ト・ガバナ ンスの問 題 に市民社会 とい う概念 を持 ち込み、様 々な企業不祥事 を始 め とす る現代 にお ける企業の病 を解決す る有力な考 え方であることである。
今回の私の論に対 して、賛同や共鳴 を頂 いた研 究者 の先生方は、多 くの部分 において私 の考 えに同調 して頂いた とさせ ていただ き、次稿以降でお礼 を込 め て紹介 したい。本稿 では、 ご意見や ご批判 に対 して、私の論 に基づいて言葉 足 らず な部分 を補 いつつ論 を構成 し、反論 を してい きたい。 その中では、拙著で は書 きに くかった話や背景 も触れ てい きたい。 なお、私の論 に対す る疑問や批 判 を寄せ て頂いた研 究者 に対 して、 この論文 を もって回答 としたい と思 う。 も ちろん、再反論 な どがあ るな らば、 どんな形で も私 に寄せ て頂 けた らこれ以上 幸いな こ とはない。
2
『市 民 社 会 と コー ポ レー ト ・ガバ ナ ン ス 』の 内 容 と批 判 の概 要2.1 『市 民社会 とコーポ レー ト ・ガバ ナ ンス』の概 要 とコーポ レー ト ・ガバ ナ ンス原則
私は、 10年に満たない少ない研究期間ではあるが、経営学界に身 を置 き、コー ポ レー ト・ガバナ ンスの研究 を行 って きた。 コーポ レー ト・ガバナ ンスの中で もコーポ レー ト・ガバナ ンス原則 を中心的なテーマ として設 定 し、研 究 を重ね てきたのである。今回、発表 した 『市民社会 とコーポ レー ト・ガバナ ンス』は、
一見、原則 の研 究か ら離れ た研 究ではないか と思われ よ うが、実はそ うで もな い。
振 り返 ってみ る と、市民社会論 については、 10年 ほ ど前 に力 を入れ て勉強 を していた経緯 があるが、 コーポ レー ト・ガバナ ンス論 と市民社会論 を結びつ け る考 えは、数年 前まで無 かった。 もちろん、私の興味の一端 として研 究 スタイ ル の偏 向に影響 を与 えていた と言 えば、否定す ることがで きない。 しか し、直 接的 に市民社会論 とコーポ レー ト・ガバナ ンス論 の融合 の必要性 を痛切 に感 じ たのは、原則の研 究の 中か ら生 まれ たのである2。原則 を研 究す るに当たって、
避 けては通れぬ概念 に世界標準 コーポ レー ト・ガバナ ンス原則 (世界標準原則) がある。今 日、 この世界標 準原則 と しての地位 に経済協力開発機構
( OECD)
研 究論文●市民社会論と利害関係者論 が策定 した 『OECDコー ポ レー ト・ガバナ ンス原則 (OECD原則)3』 で ある。
しか し、 どの よ うな理 由で、OECD原則 を世界標準原則 として認 め られ るに至っ たのか、ただ単にOECD原則 が世界 中で参照 され活用 され てい るか ら世界標 準 原則 なのか、な どの疑問が強烈 に沸いたのであった。
この よ うな私の疑 問に対 して、それ程 に深 く考 える必要があることなのか、
と感 じるか もしれ ない。 しか し、それ は短期的な視点であ り、受 け入れ ること がで きない。 なぜ な らば、 100年や200年 のスパ ンで考 える と、必ず しもOECD 原則 が、未来永劫 に世界標 準原則 の地位 を死守す るわけではない。 そ うである か らこそ、世界標準原則 の枠組 み を詳細 に検討 し、延 いては経営学の発展 に役 立っ研 究 を行 わなけれ ばな らないのである。 それ に、私 たちが研 究対象 として い る企業 は、継続事業体 なのであるか ら。
2.2 『市民社会 とコーポ レー ト ・ガバ ナ ンス』の市民社会 という概念の提示
『市民社会 とコー ポ レー ト ・ガバナ ンス』 では、6つの問題意識 を持 ちつつ 論 を進 めてい る。 それ は、大 き く分 けて コーポ レー ト・ガバナ ンス原則 に関す る問題意識 と、 コーポ レー ト・ガバナ ンスに関す る問題意識 か ら構成 され る。
この両側面の解 明を迫 ることで、今 日にお ける企業経営の様 々な問題 を解決す る理論的かつ実証的な方策 を求 めてい る。
表1の問題意識 に基づいて、一つひ とつ問題意識 の内容 を紐解 き、解 を得 る ために研究 を重ねたのである。書 を発表 した後 に、市民社会 とコーポ レー ト・
ガバナ ンスの関係 は、 コー ポ レー ト・ガバナ ンス論 には市民社会論 を重ね合わ せ 、企業経営活動が存在す る基盤 には 市民 との合意 があることと、企業不祥事 や非倫理経営活動 には市民に よる当該企業の否 定 とを持 ち合わせ ることを基本
として論 を進 めていたのだ と振 り返 ってい るO
経営学の世界 に市民社会論 を重ね合わす と、今 まで未解決 であった多 くの研 究分野 に解決 に導 く光 を当て ることがで きた。企業倫理論や企業社会的責任 論 な どに進展 を もた らした。 しか し、一方で今 まで経営学 を支 えて きた論の1つ である利害 関係者論 の否定‑ と繋が ることに もなったのである。 さらに言 うこ とを許 され るな らば、 この利害関係者論が、特 に コー ポ レー ト・ガバナ ンス論 の停滞 を もた らしてい る と、今 では考 えるに至 ってい る。 この結論は、表1の
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表1 『市民社会とコーポ レー ト・ガバナンス』の問題意識
2つの側面 問題意識の内容
(1)なぜOECD原則 が世界標 準原則 の地位 にあ り、世界標 準原則 は 如何 な る役割 と機能 を有 してい るのか○
‑ポ ー 十ヾナ ' (何 なる道筋 を辿 るのかoるかや 、そ もそ も世界標 準原則 が各国に浸透 してい く過程 は、如2)OECD原則 は、如何 に して発展途 上国 に浸透 させ よ うと してい コ ノ、レ ト.カハ /
ス原則 に関す る問題 意識
(3)原則 を用 いた企業経営 とは、如何 な る ものなのかや 、経営実践 を行 う方策には どの よ うな ものがあるのかo
(4)今 日は、様 々な企業 に関わ る者 が、個別 に コー ポ レー ト.ガバ ナ ンス活動 を行 ってい るが、 この よ うな状態 で、真 に有効 な コ‑
コーポ レー ト.ガバナ ン ポ レー ト.ガバナ ンスを企業 に繁栄 させ る ことがで きるのか○(5)企業不祥事の発見は内部告発 によ り、企業不祥事の収束はメデ イ アの キャンペー ンに よ り経営者 が辞任す ることに よるが コーポ スに関す る問題意識 レ‑ ト.ガバナ ンスの本 来的機能 が不全状態 に置 かれ てい るのでヽ
はないかU
(6)企業 不祥事 に よ り被害 を受 ける者 は、企 業に法的 な権利 を行使
(出所) 小島人徳 [2007]i‑vii頁を修止 の上、筆者 作成が ま とめる。
コー ポ レー ト・ガバナ ンスに関す る問題意識
( 4 )
か ら生み出 され た ものである。また、コーポ レー ト・ガバナ ンスの議論の拡散は、企業経営の コーポ レー ト・
ガバナ ンス構築 の進捗状況 を遅 らせ る一 因 とな る。 なかで も、 「企業 は誰 の も のか」 とい う企業所有者論争 は、甚だ馬鹿 げてい る。今 では、いつ まで どこま でや るのか、 とい う諦 めに似 た感情す ら持つ に至 る。 これ は、 コーポ レー ト・
ガバナ ンスに関す る問題意識(5)か ら生み 出 され るこ とにな る。 なお 、 これ ら を論 じる過程で、「所有」の概念 を分析す る必要が生 じたが、この ことは、コー ポ レー ト・ガバナ ンスに関す る問題意識(6)か ら生み出 され るこ とになる。
2.3 3つの疑問 と批判
私が発表 した 『市民社会 とコーポ レー ト・ガバナ ンス』 に対 して、多 くの研 究者 か らお褒 めの言葉や、疑問や批判 を噴 けた ことは、今後の研究活動 を継続 してい く上で、 この上ない財産である。特 に疑問や批判 に対 しては、私の真意 を伝 える努力 を継続 しつつ、真筆 に答 えていかなけれ ばな らない。私の論に対 す る疑問や批判は、概 ね3つ に集約 され る と考 えてい る。 この批判や意見は、
研 究論文●市民社会論と利害関係者論 寄せていただいた研究者の論 に立脚 してい るため、多方面か らの切 り口によっ てな されているが、簡単に要約す ると、以下の よ うにま とめることができる。
(1)利害関係者論 は不要 と言 うことか。
(2)企業の所有者 の分類がおか しいのではないか。
(3)企業の社会的責任 と市民社会 とは如何 に関係す るのか。
特 に多 くの批判 を頂 いたのは(1)と(2)であ り、 (3)は企業倫理論 な どとも絡 め て返答 を もらいたい 旨の意見であった。 そのため、本稿 では、(1)と(2)を中心 に、拙著では触れていない論の背景について も、できるだけわか りやす く言及 してい きたい と考 えてい る。(1)(2)(3)の批判や意見は、私 の予期 していた批判 もあれば、私が予期 していなかった ところを突いてきた批判 もある。 いずれ に して も、考 えさせ られ勉強になった ものばか りであった。 しか し、 これ らの批 判や意見のいずれ も、私が構成 した論 を訂正あるいは変化 させ るものは無 く、
逆によ り一層、今 までの論 を固め確信す ることになったのである。そ こで、 こ の3つについて回答す ることを本稿 の 目的 としつつ、付随 して論 じることが必 要な事柄 に関 して、私の考え方や論理構成の詳細 を述べて行 くことにす る。
3
利害関係者論 は不要である3.1 利害関係者論か ら市民社会論へ
多 くの研 究者 か ら頂 いた疑問や質問は、 「企業経営 を捉 えるにあたって利害 関係者論 か ら市民社会論 に移行す るべ きだ とい うのか
」
「利害関係者論 か ら市 民社会論 にシフ トす るべ きなのか」 とい う意見であった。一言で言 うと、その 通 りである。 もはや利害関係者論では企業経営の全体 を捉 えることができず、市民社会論 に立脚 した企業経営 を考えてい くことが、現代社会 に最 も整合 して いると考 える4。
確 かに、利害関係者 (ステー クホル ダー)論は、20世紀 とい う時代的要請 を 受 けて確立 した理論であ り、それな りの敬意 を払わねばな らない。 しか し、利 害関係者論 とい うよ りも、企業の利害関係者 とい う概念は、固執 あるいは固執 まで しない として も立脚す るな らば、今 日の高度 に成長 した企業 とい う生 き物 に対応 できない事態が生 じてきたのである。 20世紀 までは、多 くの場合 に企業
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活動も 1国で収まり、つまり企業に関係する者5を極めて限定的に考えても、
それ程に問題はなかった。だが、企業と人との関係が複雑化するにつれて、企 業と人との関係も進化せねばならない。企業は人のように身長が高くなるわけ でもなく、目で成長を実感できることはない。いつの間にか成人を過ぎて、働 き盛りになった企業を、いつまでも赤子のように扱ってはならず、育てる役割 を持つ者は、考えや付き合い方を変えてし、かなければならないのである。
3.2
利害関係者論と今日の企業経営企業が利害関係者を細分化する必要性と実益は、企業が営利活動を最も重視 しているところに求められる。企業は、営利活動を行う対象として消費者を、
性別や年齢、職業や年収などを画定した上で経営活動を行う。これ自体は当然 のことである。問題なのは、既存の利害関係者の枠組みの中には、対立する利 害を有する者もいれば、関係性を認識できない利害関係者もいるのに関わらず、
それを無視して利害関係者の枠組みに立脚して論じることである。それも、企 業経営活動における利害関係者の細分化を社会性に当てはめてしまっている。
他方、このような現状で、利害関係者論に立ってしまうと、企業経営が企業不 祥事を起こした時に対応できなくなる。また、企業法制度などを改廃する時に 対応できなくなる。たとえば、このことは企業不祥事の事例を検討すると良く 理解できる。昨今の企業不祥事は内部告発により発覚することが多いのである が、内部告発者は従業員(元従業員も含む)であったり、取引先の顧客で、あっ たりする。現在の企業と企業の関係する者との関係において、企業と従業員は、
従業員が労働サービスを提供し、労働サービスの対価として賃金を受け取ると いう労働契約に則った関係に立つ。一方、企業と顧客は、企業と経済的な取引 をする個人または他の企業を指す。この両者だけを見ても、内部告発などの制 度は、企業法制度においての基本的作用に予定されていない。つまり、コーポ レート・ガパナンスの機能は、少なくとも制度上、従業員にも顧客にも期待さ れていないのである60
このような制度を設計してきたのは、制度設計自体が頭の中でイメージしや すい利害関係者を生みだし、それぞれの役割を机上で当てはめられてきたから であろう。しかし、よく考えてみると、企業の隅々を知っている従業員に企業
研 究論 文●市民社会論と利害関係者論 経営のチ ェ ックアン ドバ ランスを期待す るのが合理的である。 また、 世間の見 方 も、内部告発 は悪 である、 とい うイ メー ジを持 ってい るの も、長年の利害関 係者 の役割 とい うもの を、先入観 に基づいてイ メー ジ してきた ことに起因す る のである。
図1 今 日の利害関係者と企業の経営活動
(出所)筆者 作成。
3.3 企業経営の利害関係者の画定 と市民社会論
企業が営利 目的で経営活動 をす る限 りにおいて、利害関係者 を細分化す るこ とは理 にかなってい る し、利害関係者 を画定す ること全てが駄 目だ と言 うこと ではない。 だが、時代 に流 され る恐れ があるの も確 かである。 た とえば、多 く の企業は、社会的責任報告書 (csR報告書)や環境報告書な どを公表 してい る が、最近では、 これ らの報告書の作成ブー ム も収束 を迎 えてい る。 これ らの報 告書 に継続性 が無 いのは、利害関係者 を区分 して対象 を明確 に してい るに も関 わ らず 、社会全体 に訴 えかけてい る とい う矛盾 が存在す るか らである。利害関 係者 を重視す るな らば、従業員報告書、地域住民報告書、顧 客報告書、投資家 報告書、消費者報告書、な どと細分化 して報告書 を作成す るべ きであろ う。 ま た、近年、投資家 向けに策定 され る有価証券報告書 な どに、 コーポ レー ト・ガ バナ ンスに関す る事項 の記載 が義務付 け られ たが、全 く無意味である。 なぜ な らば、投資家 に向けた情報 としての コーポ レー ト・ガバナ ンス情報であるか ら IR情報 にす ぎず、市民社会‑の情報提供 としては、本 当に必要 とす る情報が手 に入 らないだけではな く、検証す る手段 もないのであるか ら、多 くの場合は、
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利用価値に乏しい。
そこで、企業が営利性を求める経営活動はともかくとして、社会性を発揮す る場合は、利害関係者を細分化することを止めて、市民社会という捉え方で考 え、双方向型の誰でも企業情報にアクセスする手段の構築こそが求められるの である。また、内部告発など企業の制度設計にはない経営者の責任追及方法が 制度を越えて一般化しつつある。つまり、制度の枠内で解決しない事態が起こっ ているとも言い換えることができる。そこで、企業不祥事や、それに起因する 内部告発の問題は、社会システムの中で考えていかなければならないし、市民 社会の概念上で制度設計がなされていかねばならないと考えるのである。
3.4
市民社会論に立脚した企業経営研究者は、利害関係者論で蓄積された研究を、勇気を持ってシフトさせ、市 民社会論に立脚した企業として捉えていく必要がある。これまでみてきた理由 をも含めて、市民社会を捉えていくことが重要であり、市民社会の中で利害関 係者を捉えていく必要がある。
そもそも利害関係者というのは、暖味な概念である。ある時は消費者であり、
ある時は従業員、そしてある時は顧客などと立場によって変化する利害関係者 を、正確に画定することは概念上可能であっても、現実の社会では不適合であ
図 2 市民社会と利害関係者と企業の経営活動
市民社会
(出所)筆者作成。 、̲,J ‑
研 究論 文●市民社 会論 と利 害 関係 者請 図3 これからの市民社会 と企業の経営活動
(出所)筆者 作成。
る。そ もそ も、人は今 どの利害関係者 とい う立場で行動 してい るか とい うこと を認識 した上で企業 と付 き合 ってい るのではない。 た とえば、投資家 であった として、消費者 としての立場 で投資行動 を行 ってい る場合 もあれ ば、従業員 と して投資行動 を行 ってい る場合 もある。 この よ うな時に、投資家お よび株 主 と い う利害関係者 の分類 が、 どれ ほ どの価値 があるのか疑問である。
4
企業所有者論争 と企業所有者の概念4.1 企業所有論 とコーポ レー ト ・ガバナ ンス
コーポ レー ト・ガバナ ンスを論 じるにあたって、必ず言及 され るのが企業所 有者論争 である。企業所有者論争 は、一言で言 うと 「企業は誰 の ものか」を巡 る諸説 の対 立である.経営学 の中で 「企業は誰 の ものか」 を論 じることは、一 見 とて も興味深 い ものではある。経営学は企業その ものを研 究対象 としてい る のであるか ら、 この企業概念の核心 とも言 うべ き議論 は今後 も続 くのであろ う。
しか し、経営学 を研 究す る際に、あま りに も企業所有者論争 に深入 りす ること は、適切 ではない。殊 に、 コーポ レー ト・ガバナ ンスにおいて企業所有者論争 に興 じることは、控 えな くてはな らない。 なぜ な らば、事 あるごとに主張 して
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い るよ うに、 コーポ レー ト・ガバナ ンスは極 めて政策的な学問分野であるか ら である。
この議論 に私 は参加す るべ きではない し、参加 した くはない と考 えていたの であるが、市民社会 とコーポ レー ト・ガバナ ンスの関係、お よび コーポ レー ト・
ガバナ ンス原則 とコーポ レー ト・ガバナ ンスの関係 を論 じるにあた り、結局、
企業の位置付 けについて 自らの考 えを表明す る必要性 に迫 られた時に、企業の 所有者 について言及す る必要性 が生 じた。 また、や は り様 々な研 究者 か ら、あ なたの考 えを知 りたい、 と問いかけを受 けるよ うに もなった。 さらに、企業所 有者論争は、今 日の トピックであったためか、はたまた経営学の核心であった ためか、その背景はわか らないが、私の企業所有者 についての一見解 について、
予想以 Lの反応 を頂いた。そ こで、深 く入 り込む ことを回避 した企業所有者論 争に加 わ り、控 えめに表明 していた私の考 えを、今 回は詳 しく記 そ うと思 うに 至 った7。 そ こで、私 も時間的限定 を設 けつつ、企業所有者 論争 とい う土俵 に
とが ることを決意 したのである。
4.2 企業所有者論争 の基本的スタンス
後 に詳細 に説明す るが、企業 は市民社会 の ものであ るHo株 主の もので もな けれ ば、従業員の もので もない。 ま してや経営者 の もので もな く、市民社会の 含有物 なのである。 そ うす る と、概念 も規模 も違いのであるか ら、既存の利害 関係者の枠内では論 じることができない。私は利害関係者論 を、コーポ レー ト・
ガバナ ンスの研 究 を通 じて否定 した。 くわえて、利 害関係者 とい う分類 こそが 経営学の停滞 を生み、議 論 を混乱 させ る要因だ とも主張 した。
企業所有者論争 は、利害関係者 の枠組み を前提 に して論 じるか ら、株 主、従 業員、経営者 な どとい う限定 された権能だけに焦点が集 ま り、全ての利害関係 者 の権能 が人に由来す ることや 、利害関係者の前 に人 としての立場 があること
を無視 してい る。 人は複雑な生 き物 であるか ら、株 主 に もなれ ば従業員 に もな り経営者 に もなれ る。つ ま り、人の立場 は、気分や場所 、立場や思想 によ り、
七変化す るのである。
一方、企業は社会の ものである とい う論 も、極 めて暖味かつ概念的である。
利害関係者論 に立脚 して、利害関係者 を細分化 した人 とい う単位 で論 じてい る
研究論文●市民社会論と利害関係者論 のに、 「社会」 とい う言葉 で表そ うとす る と、具体的存在 と抽象的想像 の比較 とな り、比較対象 として不的確 である と同時に、議 論がかみ合わない。 その う え、抽象的想像 に企業 とい う実態 を当てはめ よ うとす る と混乱が生 じ、問いか け と解 が異 な るベ ク トル を向 くこ とにな る。 そ こで、 「社会」 とい う言葉 に代 えて、 「市民社会」 とい う言葉 を用い る とわか りやす い し、概念 も しっか りす る と思われ る。
4.3 企業 は市民社会 のものである
「企業は誰の ものか」 とい う企業観 は、利害関係者論 が存在す るか ら、不要 な議論 を しなけれ ばな らないのである し、余計 に混乱す ることにな る と述べて きた。私 も便宜上、利害関係者 とい う言葉 を使用 して きた し、利害関係者 に関 す る分類 も行 った ことがあった。 そ こで、簡単に講学上の理論 を整理す る と、
利害関係者は第1義的利害関係者 と第2義的利害関係者 に分 け られ る。そ して、
この利害関係者 の分類 による と表 2の よ うに、各利害関係者 が存在す ることと され てい る。
しか し、実際に企業経営の実践段階で、利害関係者 を経営政策的に確 定 させ 、 経営活動 を行 ってい く際 には、利害関係者 の区別 が問題 に され るだけであ り、
学問的に利害関係者論 を これ以上、発展 させ る必要性 がない と言わ ざるを得 な い。簡単 にその理 由を述べ るな らば、繰 り返 しにな るが、私 たち人は、立場や 場 面、はたまた感情や気分 によって、利害 関係者 としての立場 をい か よ うに も 変化 させ るのである。 具体的には、出勤 中は鉄道会社の消費者 としての立場で あ り、勤務す る会社 では従業員であ り、昼休みに投資行動 をす る投資家にな り、
外回 りの営業 中には排気 ガスを考慮す る住民の立場 で、取引先の相手 とは顧客 とな り、帰宅時には再度消費者 であ り、 自宅 ではテ レビを見なが らマ スメデ ィ ア‑の加担や評価 を行 う。 この よ うに文字通 り七変化す る人に対 して、利害関 係者論 で太刀打 ちす るのは無謀 である し、意味が無いのである。
そ こで、 この よ うな利害 関係者論 に代 わって、市民社会論 を コーポ レー ト・
ガバナ ンスの核 に置 くべ きだ と主張 してい る。 これ に よ り、様 々な利害関係者 に七変化す る人 を画定的 に分 ける必要はな く、企業 と人の関係 を直視 し、社会 システムの 中で政策的に企業 を観 察す ることが可能 となる。 この よ うに考 える
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表2 企 業 の 利 害 関 係 者 の 分 類
代 表 的 な利 害 関係 者 立 場 や分 類
第1義的利 害関係 者 株主、経営者、債権者 、 (1)企 業 に対 して 直接 的 に要求や 対話 を行 う
(直接的利害 関係 者) 従業員な ど 行使 し影響 を受 ける利 害関係 者であるoな権利や権 力 を有 してい る と見なす ことがでことがで きる利害関係者である((きるo2)3)特 に株 主 は経営 者の選解任権 を有 し強力企業 の経 営活動 全般 にわた って影響力 を○
第2義的利害 関係者 消費者 、地域住民 、地 (1)利 害 関係 者 に関す る部分的 な事項 に関 し
(出所) ′ト島人徳[2007]181頁.
と、経営学の諸問題 に解決 を もた らす糸 口を手に入れ ることもで きるよ うにな る。
ここでひ とまず論 を まとめる と、今 までの実に不毛な議論 と言 う理 由は、2 つある。1つ 臼は、今 まで論 じて きた よ うに、七変化す る人 を確 定す るこ とが 無駄 であ ることで ある。 そ して、2つ 目は、 「所有」 とい う概念 を全 く理解せ ず に、数十年 も議論 してい ることである。 そ こで、2つ 目の理 由について、次 節では検討 してい くことにす る。
5
企業の所有者論争 と社会的所有5.1 市民社会 による所有 の意味社会的所有 と所有 の3段階
企業の所有者論争 にお ける隠れ た大問題 は、 「所有」 とい う言葉 が、全 く明 らかに され ていない ことに起因す る。 そ して、 「所有」 とい う言葉 が、今 まで の経営学 の世 界で全 く研 究 され るこ とな く、 「企業 は誰 の ものか」を議論 して いたのであ り、土台が しっか りしていないのに議論 を して も意味が無い。そ こ で、所有 とい う概念 を明確 にす ることか ら始 める。
所有 とは、使用す ることがで き、収益 をあげ ることがで き、処分す ることが で きる権利 を有す る ことをい う (使用 ・収益 ・処分 の権能)。所有権 は、イ ギ
研 究論文●市民社会論と利害関係者論 リスの歴 史 法 学者 で あ る メイ ン(Henry SumnerMaine,1822‑1888)が言 った
「身分 か ら契約‑ (from statusto contract)」と並び、近代社会では最 も重要 な 概念 の 1つである。 なぜ な らば、財産権 を明確 に肯定 し、財産権 の範囲を示す ことに、歴 史的に重要 な意味があるか らである。 それ は、契約 自由の原則 が確 立 して も、財産権 が保 障 され ていなけれ ば、人の経済活動が全 く意味 をな さな い ものになって しま う。 歴 史的 に見て も財産権 、つ ま り俗 に言 う所有の概念 を 確 立す ることが、近代 において常に求 め られ たのであった。
さて、所有 には4つ の形態がある。 その4つ とは、単独所有、共有、合有 、 総有である。 まず は、企業の所有者論争 に ピ リオ ドを打つために、所有形態 に ついて細か く説 明 したい。第1に、単独所有 とは、文字通 り1人が全 ての所有 権能 を所持す る形態である。 単独所有 は、管理権、収益権 、処分権 が所有者 に 帰属 し、所有 を基礎付 ける相互 関係 に も制 限がない。 この単独所有 に対 して、
共有、合有、総有 には、 2人以上の所有形態 であ り種 々の制限がある。
第2に、共有 は、数人が別個 かつ独 立に所有権 を持つのであ り、 目的物 が1 つであるため、持分 とい う割合の上に制限 され る。複数 の権利 主体の下で、所 有権 の本質 をそのまま反映 してい る (共 同相続財産)。 具体的 には、管理権 、 収益権 、処分権 は各人 に存在す るが、2人以上の共有形態 にあ りなが ら、処分 権 を行使 しよ うとす る場合 な どには、分割請求な どの手続 を行 うことが必要 と
表3 共同所有形態と所有 所 有
単独所有 共有 合有 総有
管理権 各人 各人 団体 団体
収益権 各人 各人 各人 各人
処分権 各人 各人 極 めて制限 で きない
相互 関係 特 に制限がないo 団体 を形成 しないo 共同 目的のために団体 を形成す るo す るD各人 は団体 に包摂 (出所)筆者作成。
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な る。 しか し、 この共有 は、基本 的 に単独所 有 の流れ を受 けて、ほ とん ど全て の所有権 にまつ わ る権能 を持 ち、行使 す るこ とがで きる所有形態 で あ る。
第3に、含有 は、数 人が 共同 目的のた めに協力す る団体的結合 関係 にあ り、
持分権 を潜 在的 に しか有 しない。合 有 は持分権 が拘束 され た状態 にあ る点 で、
共有 と区別 され る (組合財 産 、民法668条)。 具体的 には、基本 的 に所有す るた めには、団体 を設 立す る こ とが必要 であ る。 そ して、その団体 に よって管理 さ れ る ことにな り、個人 と しての所 有権 は制限 され るこ とにな る。 団体 に管理権 があ る と して も、収益権 は各個 人 に存在す る。 しか し、個人 が団体 か ら脱退す る場合 に、持分返還 請求 を行 うこと時 な どの処分権 は、多 くの制 限 を受 ける。
第4に、総有 は、主体 が部 落 と して発生 した 自然 的結合 団体であ り、各個 人 の持分 が潜在 的 に も存 しない。 各個人 は 目的物 に対す る使用収益権能 を有す る のみ であ る。 (入会権 、権利能力無 き社団、民法263条) 具体的 には、基本 的 に 個 人 よ りも同体所 有が優 先 され 、個 人的 な所 有の権能 は、ほ とん ど認 め られ る こ とがない。 管理権 は団体 が 当然 に持 ち、収 益権 は、団体活動 の範 囲内で享受 す る ことがで きるが、個 人が団体 の脱退 に際 して、持 分 の返還請求権 を行使 す ることはで きない。
5.2 企業 の所有者理論
所有 の概念 で あ る単独所有 、共有 、合有 、総有 につ いて論 じて きたが、企 業 とい う存在 がいずれ に当た るのかについて理解 しな くてはな らない。 つ ま り、
所有物 の対象 で ある企 業の位 置付 けを明 らか にす る こ とが必要であ る。 なお 、 ここでの検討 は、所 有の概念 について法学的 (民法) に考 えてい るが、企 業の 所有 の概念 について経営学的 (現実) に考 える こ とにす る!'。
所有 の重要 なポイ ン トは、処分権 があ るか ど うかであ るか ら、まず 、処分権 について考 える。 処分権 は、共有、合 有、総 有の所 有権能 を比較 して も、明確 に特徴 が分 かれ るため比較対象 としてわか りやす い。共有 は、原則 として処分 す る権能 が認 め られ てい るため、個 人 に も処分権 が認 め られ る。 しか し、合有 と総有 は、団体 に処分権 が存在す るため、個 人 に よる処分権 は認 め られ ない。
ことのほか、総有 は、個人 に よる処分 が認 め られ ないだ けではな く、団体 とし ての処分 に も制限が あ る。 ここで、団体 を社会 に置 き換 えて、個人 は個人 のま
研究論 文●市民社 会論と利害関係者論
表4 企業という所有対象物の分析
特徴 理 由
管理権 経営者 にある○ (立す る心 に した経営者 にある○1)株 主が出資 し、社会 が認 めて企業が存∩ (2)企業の管理権 は、取締役 を中 収益権 直接 的な収益権 は、 ごく限 られ た者 に (1)企業 の直接 的収益権 は、株 主 に配 当 と 限定 され るが、間接 的な収 益権 は、社 い う形 でな され るO (2)しか し、企 業経 営
会 全体 に広が るo 活動 に よ り、経 営者 には報酬 を、従業員には賃金 を、 消費者 には商品や サー ビスを、社 会 には経 済発展 を もた らす た め、社 会全体 に収 益権 の受 益 を もた ら している と言える○
処分権 極 めて限定 され るo (度 に分散 し、経営者支配状態 にあ るので、に限定 され てい る現実には誰 も処分す ることができない○1)企業 の存在 を処分で きる権利 は、株 主o (2)しか し、株 主 も高 (出所)筆者 作成。
まで、会社 の所有について考 えてみ る。 そ うす る と、会社の所有は、個人が細 分化 され た株式 を売却 し、処分す ることがで きる と考 える と、個人に処分権 が あるよ うに思 われ る10。 しか し、処分権 の究極 の権利 であ る会社の解散権 な ど は、経営者支配状態 にある限 り、株 主にある とは言 えない。 なぜ な らば、株 主 が解散権 を行使 し、会社 を解散 させ た事例 は、同族会社 な どの特殊 な事例 を除 いて、皆無だか らである。 この よ うに考 える と、個人の解散権 は、細分化 され てい る事情 も考慮す る と、合有状態 に近い形 で制限 され てい る と見 ることがで きよ う。
つ ぎに、収益権 について考 える。 直接的な収益権 は、株 主な どの配 当による 収益 な ど、 ごく限 られ た者 に限定 され る。つ ま り、企業の直接 的収益権 は、株 主に配 当 とい う形 でな され るか らである。 しか し、間接 的な収益権 は、社会全 体 に広が る。 なぜ な らば、企業経営活動 によ り、経営者 には報酬 を、従業員 に は賃金 を、消費者 には商品やサー ビスを、社会には経済発展 を もた らす ため、
社会全体 に収益権 の受益 を もた らしているか らである。 そ うす る と、社会全体 が直接 的にせ よ間接 的にせ よ企業か ら収益権 を得 てお り、個人が収益権 を主張 す ることも、市民社会が収益権 を享受す ることもあるため、企業活動 を通 じた
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収益権 は、総有 に近い形態の収益権 を有 してい る と考 え られ る。
さらに、管理権 について考 える11。 直接 的 な管理権 は経営者 に存在す る。 も ちろん、企業 は株 主が出資 し、社会が認 めて企業が存立す る。 なお、 この出資 は、厳密 に言 うと、設立当時の出資 とい う面 と、企業経営 を行 ってい く上での 増資 とい う面 とを、分 けて考 えなけれ ばな らない。 そ して、 これ らの資金 を中 心 とす る経営資源 の管理権 は、取締役 を中心に した経営者 にある。そ うす ると、
企業の管理権 は、今 日の状態 で社会全体 によ り管理 されてい る とは言 えず、極 めて限定 された者 に よ り管理権 が行使 されてい る と考 え ざるを得 ない。 ただ、
組合 か ら会社組織 が発達 した経緯や 、経営者 が社会的監視 を受 ける とい うシス テ ムを検討す る と、企業の管理権 は、合有 と共有の狭 間に存在す る所有形態 に ある と思われ る。
この よ うに考 えると、企業の所有状態 は、共有 と合有の狭 間に存在す るのだ と考 え られ る。具体的には、処分権 は合有や総有に近 く、収益権 は総有 に近 く、
管理権 は合有 と共有の狭間にある。 これ を端的に表現す る と、企業の処分 を行 うには社会的制限がな され、企業の収益 は社会の共有物 であ り、企業の管理 は 専門経営者 に任せ る所有形態 である と言 える。 これ を さらにわか りやす く述べ ると、企業は、個 人団体な どの社会全体の参加 に よる経営活動 を広範 に認 めつ つ、企業の終息には直接的な権利行使 をす る者 の意思 とともに、社会の合意 も 必要である社会の所有物 となろ う。 なお、使用権 、収益権、処分権 の全てにお いて対象者 が異なることは、既存の利 害関係者論の分類者 に よ り、答 えを出す ことがで きない ことも導かれ る。
以上の よ うに検討す る と、まず は、 「企業 の所有者 は株 主で ある」 な どとい うことが、正 しくない ことが理解 で きる。 そ して、論者 に よって、共有的に企 業 を捉 えた り、合有的 あ るいは総 有的 に企 業 を捉 えた りしつつ 、 この こ とを
「所有」 と述べて しまってい るか ら、企業 の所有者論争 が多岐 に渡 り、無意味 な もの となってい ることをも理解 できよ う。
5.3 社会的所有 (含有) という見方
所有関係 は、企業 とい う生 き物 に限 りな く近い創造物 を対象 としているため、
今 までの説 明によって も、なかなか 一筋縄 で理解す ることが困難 であろ う。 そ
研 究論 文● 市民社会論と利害関係者論 こで、所有関係 を理解す るも う1つの方法は、支配関係 と同時に考えるとよい。
この よ うに考 えるのは、所有論争 において、支配 とい う概念 を も含 めて議論 を 行 ってい る論者 も多い ことに も関係す る。
私 は、以下の よ うに、所有の概念 を支配 の概念 と絡 めて論 じて きた。今 まで の説 明を した上で、所有 の概念 と支配の概念 を読む と、私の言いたい ことが少 しは理解 しやす くなる と思 う。 それでは、所有の概念 と支配の概念 について論 じた内容 を直接 引用す ることにす る。
/文麿 とノ所有のノ野係は、②虐‑援助所 有、②狭義 のjEgL7,@fl:会励所 有、④広 義 の支暦 、67)4つにf3J'L潜動 に広が っ てい (ノ習係に超 え るO まず、(か直■彦G折 有は、過 半数の株式矛 有する株̲≠/A:どが該 当L,、/す葺帝 に1企業麿 斉を左右 す 71)意′乱寿示 を行 う蔭帝膚f/Jを耳 する者 である J ま71‑.②狭義 の受像了は、②に ノ加え て、過 半数にば至ち な いが1企業,#/A/I,/=お け 71)影響力 を多少な りと i)与え ることが できる凍 土や看要な窟膚者 /JIどが該3'L,、腐 やか ではあ るが 企業経 営iL̲7度 好動 に意 見桑 野7:fどを行 う政敵膚f/Jを秀一する者 である O さ らに、③ f/: 会動所 有は、⑦ LL・②にノ加え て、滑密着や遭虜 住民 、腰凍環窟 な LL:tが該 当L、 政敵#
f / J
を有 L,てば いな いが、今 Bの̲企業,#,# で東署 なf/J宮原係者 と して位 置 づけ られ無 視 できな い者 である 。,なお、 こわばいわ ゆJ51企業 の社会公器′論 の爵囲 となるo そ L丁、豆)広義 の受座さば、庄)と② LL・β)に加 え て、1企 業,# 営,'= 全 (ノ野係のな い音圧や社会が該j'L,、全 ぐl企業経L 営に無厨心お よび撰7与 Lないが多少な r)と も影 響 を受 ける者 であ るoJ:J
rこれ を1企業窟 宮の窟/Eか ら考察 するLL‑、庄)/身彦斬 首 LL.磨)狭義 のiGL7/よ 蔭動 に膚f/Jが与え ら37,ているf/J算厨係者が 中心 とL,て膚成 され ることにな る【〕 I‑・方、③社会敢所 有 と④広義 の支暦は、彦節 に膚f/Jが保摩され ていな いが、
今 Bの企業窟 削 こ量 要な段,
i , / /
を有 するf/J害ノ野係者が 中心LL・L,て構成
され 、 市 民社会が 含まれ ているのが符徴 である L,図 5(本宿 では図4‑筆者‑)で虜 要■な事■項雷 、(1)今 ま での コーポ L‑‑
i ,・
ガ バ ナンスp‑=JpAば、(q PLL・②お よび③ の凝固 で しか′論 Cら来 ず、④広義 a)支密 で 加わ る市民社会 ま でをコーポレー ト ・ガバ ナン ス虜 の毒一囲LLJL,て加え る必 要 が あ ること、 (2)今 ま では庄)と虐)の範囲 で企 業凝 労に虜 い,?///響カ を行疲 する
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図 4 会社における支配と所有の概念
(出所 )筆者 作成。
と考え られ ていたが、庄)と② よ りも、 それ をノ除いた@ と蓮)の厨園 の/方がf/J害 ノ野係者が 多 いこ とは容易 に,哲俊が つ(L、 それ らを中心 に これ か らの コーポ
i,‑ il・ガバ ナンス霧 を倹討 す る必要が あ る こと、 の2つ であ る011J
5. 4
支配 と所有の概念 と社会所有の関係これ まで企業所有者 に関す る基礎的な概要 を論 じてきた。そ こで、 も う一歩 先に論 を進 める手助 けをす るために、以前に論 じた所有 と支配の概念 と、本稿 で論 じた企業所有者 に関す る位置付 けを重ね合わせ てみたい。既述の よ うに、
企業を捉 えるときは、所有だけではな く支配 も考 えるべ きである。そ こで、支 配 と所有の概念 と、単独所有、共有、含有 (社会的所有)、合有、総有の5つ についての相関関係 を表5で表 した。
具体的な事例は、前項 によって明 らかに してい る。 そ こで、 ここでの企業に 関係す る者 の役割 が、 どの所有形態 に合致 しているかを考える。 まず、①直接 的所有は単独所有形態が当てはま り、②狭義の支配 は共有形態が当てはまる。
研 究論文●市民社会論と利害関係者論
表5 支配と所有の概念と社会的所有の関係の詳細
単独所有 共有 (社会的所有)含有 合有 総有
①直接的所有 ○
②狭義の支配 ○
③社会的所有
○
(出所)筆者作成。
そ して、③社会 的所有 は今 まで検討 してきた よ うに、含有 (社会的所有)が 当 てはま り、④広義の支配は、合有 と総有が当てはまる。 この よ うに検討 して も、
所有分類 と支配 と所有 の概念 は、敵齢 を生 じることがないため、本稿 で提示 し た企業の所有者 に関す る考 え方 に間違 いがない ことが検証 された と言 えよ う。
企業 は、共有 と合有の間に存在す る所有状態 であると位 置付 けて きた。そ し て、上記の検討 の結果、企業の所有状態 は、含有 (市民社会 に基づいた社会的 所有 を も含 めた所有形態) とい う所有状態 にある とすべ きである。
6
企業の社会的責任 の規準化への批判6.1 企業の社会的責任 の規準化 とコーポ レー ト ・ガバナンス原則
私の拙著 に対 して、3つ 目に多かった質問や意見は、 コーポ レー ト・ガバナ ンス と企業 の社会的責任 (CSR)、企業倫理論 との関わ りであ る。 特 に企 業の 社会的責任 は、 コーポ レー ト・ガバナ ンス と同 じよ うに、企業経営の中で重視 され てい る企業活動 である。 ただ単に企業の社会的責任 について、私 の考 えを 論 じるだけでは面 白くないので、近年 、活発化 して きた企業の社会的責任 の規 準化 についての評価 も絡 めつつ論 じることにす る。 この規準化 の流れ は、徐 々 に企業倫理論 に も浸透 し始 めて きてい るか ら、企業倫理 の行 く末 を研 究す る上 で も有用 となろ う。
近年 、企業の社会的責任 を規準化 しよ うとす る流れ が存在す る。一時期 、 こ の潮流 は、世界的に、そ して多 くの企業 に広が るかに見 えた。 しか し、 コー ポ
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レー ト・ガバナ ンス原則 に比べた ら、その動 きは鈍い。 では、論 を進 めるに当 た って、企業の社会的責任 の規準化 に関す る動 向を検討す る。
まず、企業の社会的責任の規準化は、各国公的機 関や国際機 関によって広がっ ていった。 た とえば、国 レベルでは、イ ギ リスの 『サ ステナ ビ リテ ィ統合マネ ジメン トシステ ム ・ガイ ドライ ン(SIGMA)』、 フランスの 『持続 可能 な開発 一 企業の社会 共同体的責任‑(SD21000)』 な どが挙 げ られ 、国 を超 えた レベル で は、国際標準化機構(ISO)の 『ISO社会的責任指針』 な どが代表的である。 これ らの規準の広が りと企業経営‑の浸透 は、依然 として様子 を見る必要があるが、
ISO14001のブー ムの収束 な どを見 る と、懐 疑的 な見解 を有せ ざるを得 ないの である。
また、企業 は社会的責任報告書な どを2000年頃か ら作成 し公表 してい るが、
今 日では、社会責任報告書がそれ ほ ど浸透 し広が ってい る とは思 えない。つ ま り、企業の社会的責任 も営利性 を基 に した企業のイメー ジア ップの感が否めず、
社会的責任報告書 もIR活動 の域 を出ていなか ったのではないか、 とい う疑念 を 持 たれ た として も仕方がない。 また、私 は企業の社会的責任 を専門 として研 究 してい るわけではないが、最近では社会的責任報告書が環境報告書 に含 まれて 記載 され てい る事態 を どの よ うに考 えるべ きか、 専門家 あるいは経営者 か らの 答 えを頂 きたい と感 じている。
なお 、本稿 では、CSRを企業の社会的責任 として表記 したが、厳密 に言 うと 企業社会責任 とい うのが正確 である と思 う。 日本の高度成長期 に発達 した企業 の社会的責任 とい う概念 は、その ころの時代背景か らして、企業の営利性 の他 に社会性 があるのだ とい うことを控 えめに表示 した ものである。それ は、 「的」
とい う言葉 を 「社会」 と 「責任」 とい う言葉 の間に入れ た ことか らも酌み取 る ことがで きるIl。今 日の企業 は、営利性 を常 として、社会性 を高度 に実現す る とい う使命 を有 してい ることは明 らかなのであるか ら、企業社会責任 あるいは 社会責任1‑1と自信 を持 って表記すべ きである。
6.2 企業社会責任 の規準化への疑問
企業社会責任 に関す る規準化は、全 く意味を持たない。その理 由は3つある。
これ を原則 と比較 して理解す る とわか りやすい。 まず 、企業社会責任 の規準化
研究論文●市民社会論と利害関係者論 が行われ て も、それ は実行指針 にす ぎず 、原則 が利害関係者 を含 む広範 な企業 の存立を規定す るものであるのに対 して、 これ は、企業社会責任 の範囲は、企 業の営利性 とい う根本的性質 と正反対 にある概念 ともいえ、規準化 による実効 性 にかな りの疑問を持 た ざるを得 ない。
また、今 日、企業社会責任 は企業が 当然行 うものである と認識 され 、各企業 が独 自の社会責任 を実施 してい る。 もちろん、企業の業種や規模 、マ ンパ ワー や業績 によって千差万別 である。 そのため、 どの よ うな ことを規準化す るのか とい う疑問 と同時に、それ を した として も企業経営 にお ける実効性 は無いので はないか との疑念 が沸 くのである。
そ して、既 に企業は、社会責任 に対 して基 準化作業 よ りも、速 いス ピー ドで 理念 の確 立お よび実行 を行 ってい る。規準化作業は1970年代 までであれ ば受 け 入れ られ ただろ うが、今 日において規準化作業 をす る とい う意味は、企業経営 に よる理念 の確立お よび実行 が既 に行 われ てい るのであるか ら、あま り意味の ある もの とは考 え られ ない。 それ に、規準化作業が啓蒙的役割 を果 た している と して も、それ以上で も、それ以下で もない。決定的に規準化 に意味がない こ とは、企業社会責任 に関す る内容が、 も う既 に コーポ レー ト・ガバナ ンス原則 の内部 に取 り込まれ てい ることを見れ ば理解 で きるはずである。
7 おわ りに
本稿 では、 コーポ レー ト・ガバナ ンス論 にまつわ る重要な問題 を明 らかに し 解決 に導いた。その出発点は、以下の項 目についての懐疑的な言及か ら始 めた。
まず 、 「企業 は誰 の ものか」 とい う企業観や企業 目的観 な どは、今 日の企業経 営制度 の歪かつ制度疲 労によって議論が行 われ てい るに過 ぎない。つ ま り、企 業制度 を再構築す る必要 に迫 られ てい るに過 ぎず 、企業間や企業 臼的観 の問題 ではない。 また、 コンプライア ンス経営や企業倫理 の議論 は、範 囲 を狭 く設定 し過 ぎてお り発展性 がな く、今 日の企業経営 に合致 しない。つ ま り、企業の承 認 と合意が行われた根本的な レベル まで議論 を引き上げる必要がある。 さらに、
利害関係者論か ら脱却 して、市民社会 を基礎 に企業 を捉 えるべ きである。つま り、 この よ うに考 えた上で、経営学 を再構築す るべ きである。以上の私見は、
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コーポレート ・ガバナンス問題だけではなく、これらは既存の利害関係者論や 企業倫理論、はたまた企業論などに深く影響を与える問題である。そう易々と ー主張するべきではなし、かもしれないが、私には確固たる信念があるため提示さ
せて頂いた。
さて、人間は様々な感情を持つ自身が持つ理想、とはかけ離れた生き物である。
その人聞が作った社会や会社もまた、窓意的な意識が入り込んだ極めて不完全 なものであると導くことができる。このような人と企業の不完全性を完全なも のに近づける方策は、人心とシステムの両面から検討する必要がある。人の欲 望は無限であり、かっ多様で、ある。人の欲望を満たすために、会社としづ枠組 みが作られ、そして高度に発展し、株式会社制度が存置している。この人とい う存在を初期における利害関係者といい、会社は、このような利害関係者のた めに存在していた。つまり当初は、会社は利害関係者の欲望の調整の役割に担っ ていたのである。これを仮説的に提示すると、次の通りとなる。
〔個人〕人間は欲望を持つ→人間集団で、は隠れた原始的契約関係に立つ→権利 と義務を持つ→その範囲内で行動をする
〔組織〕個人のパワーを最大限発揮→個人の抑止力は集団になると薄れる→迎合 このように考えると、コーポレート ・ガバナンスは、人の欲望を抑えること に役割を見いだすこともできるため システムの中でコーポレート・ガパナン スは語られるべきである。また、そのシステムを構築するためには、政策を語 ることが重要なのであり、コーポレート・ガパナンス政策論を構築し、実施し て行くべきである。
コーポレート ・ガパナンスの実施主体も、突き詰めると経営者である。これ は経営者問題を重視するべきであることも意味する。経営者問題というと、経 営者教育などが中心に語られる風潮にあるが、そこに真の解は存在しない。な ぜならば、これは経営政策の問題だからである。
注
1 小島大徳[2007]
2 ここでは、市民社会論とコーポレート・ガパナンス論の融合という形で表現しているが、
私としては、経営学の中心にこそ、市民社会論の基礎的考えを導入するべきだと考えてい
研 究論 文●市民社会論 と利 害 関係 者論 る。
3 0ECD[1999],OECD[2004]
4 企 業 を捉 え るた めに、利 害 関係 者 論 か ら市 民社 会論 ‑ と移行 しな けれ ばい けない理 由に つ い ては 、小 島大徳[2007]第10章(172‑187頁)を参 照 して頂 きたい。 また、私 の考 え る コー ポ レー ト ・ガバナ ンス と市民社会論 の関係 につ いて深 く理解 す るた めには、小島大徳[2007] 第 Ⅲ部(155‑245頁)を参 照 して 頂 きたい。
5 ここでは利 害 関係 者 と言って も良い と思 うが 、利 害 関係 者 とい う概念 を否 定 してい る限 り、可能 な限 り概 念 をわか りや す く分離 して表現す る こ とにす る。 なお 、私 は、今 までの
「利 害 関係者 」 とい う呼び方 に代 えて、 「企業 関係 者」 と呼ぶべ きだ と考 えてい る。
6 会社 法 には、企 業 の財務 状 態や経 営成績 が悪化 した ときな どに、債権者 に対す る保 護 を 目的 と して種 々の規 定 が設 け られ てい る。 財 産 上 の 直接 的経 済 関係 を有 してい る者 を保護 す る趣 旨はわか らないで もないが 、企 業 の財務 状態や経 営成績 の悪 化 に よる被 害 は、複雑 た あ る意 味強制 的 な資金 供給 な どが あ る以 上 、いわ ゆ る利 害 関係 者 の範 囲 を制度 上も広 げ ない と、今 日の あ るべ き姿か らは遠 く乗離 して しま う。
7 これ までの私 の企 業所 有 者 に関す る考 えは 、小 島大徳[2007]196‑197頁 にて、(1)直接 的 所 有、(2)狭義 の支配、(3)社 会 的所 有、(4)広義 の支配 、 の4段 階 に分 けて所 有者 を論 じ るべ きで あ る と表 明 してい る。
8 「企業 は市民社会 の もの」 とい える根拠 と意義 は、い くつか あ るが 、詳細 につ いては、小 島大徳[2007]172‑187頁 を参照 して頂 きたい。
9 民法 上の共 有 に関す る議 論 を、企 業 につ い て も商法や 会社法 の規 定 を分析 して法学 的 に 考 えて も、実際 の企業経 営 を見 な けれ ばの意 味が ないた めに、経 営学的 に分析 を行 うこ と にす る。
10実際 は、他 の個 人 に株 式 を譲 渡 してい る形態 で あ るためであ る。
11所有権 は、使 用 、収 益、処分 の権 能 を指す が 、 ここで管理権 とい う言葉 を使 用 してい る の は、所 有者 が使 用す る こ とがで きるは 当然 で あ り、問題 なの は使 用 の なかの検討 と して の管理権 とい う概念 であ るか らであ る。
12小 島大徳[2007]196頁.
13小 島大徳[2007]196‑197頁.
14 「的」 とい う言葉 には、 「それ ら しい」 「そ の よ うな様 +の」 とい う意味 が含 まれ てお り、
社会 に対す る責任 が明確 に確 立 した今 日にお い て、 「社 会的 責任 」 とい う言葉 は正確 に表 さ な くな った とい える。
15今 日、企業 の社会性 が営利性 と同等 の価値 を得 る よ うにな ったので あ るか ら、企業社 会 責任 また は社会 責任 の対義語 と して 、企 業営利 責任 また は営利 責任 とい う言葉 と共 に、企 業 の性 質 を明確 に しつつ論 じてい くべ きで あ ろ うと考 えてい る。
参考文献 日本語文献
菊池敏 夫 ・平 田光弘(編著)[2001
]
『企業統治 の国際比較』 文L/5.壁.国際経営フォーラムNo.19
菊池敏 夫 ・平 田光弘 ・厚 東偉 介(編 著)[2008]『企 業の 責任 ・統治 ・再生』 文豪堂.
小 島大徳[2008]「経 営学 と株 式 会社論 」『国際経 営論 集』 第35号 ,神 奈川 大学経 営学 部, 13‑
25頁.
小島大徳[2007]『市民社会 とコーポ レー ト ・ガバナ ンス』 文英堂 .
小 島大徳[2004]『世 界 の コー ポ レー ト ・ガバ ナ ンス原 則 一原 則 の体 系化 と企 業 の 実践‑』 文 最堂.
外国語文献
OECD[2004],OECDPrl'ncI'pJesofCorporateGovemance,OrganisationforEconomicC0‑Operation andDevelopment.
OECD[1999],OFJICDPrl'ncJb/esnfCorporateGovernance,OrganisationforEconomicC0‑Operation andDevelopment.