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第三章 「結果」に対する適用

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第三章 「結果」に対する適用

第一節 問題の所在

本章では、例えば、インターネットの WWW サイトの開設に際して、国外にいる者が、

国外のコンピュータから、国外のサーバに対して有害情報を送信・蔵置し公開した場合に、

国内犯として自国刑法の適用が可能か否か、という問題について扱う(以下、「本章の事 例」という)。

第一章で述べたように、ひとたびサーバに蔵置された情報へのアクセスは、世界中の誰 に対しても開かれており、蔵置行為者が意図しなくても、世界中にその蔵置の影響が及ぶ 可能性がある。このような、世界に開かれたアクセス可能性をもって犯罪の「結果」とす ることによる、国内犯処罰も考えられる。ただし、そうなると、特に、社会法益に対する 罪のような、各国が独自に異なる刑罰を規定している現在の状況においては、蔵置行為者 に対し、その予期しない国の刑罰権による処罰も考えられる。国外者への国家刑罰権のこ のような拡張が行われることが不当であると考えるのであれば、それを回避するための何 らかの制限が必要となる。

具体的には、電脳空間を介した、わいせつ物公然陳列罪や名誉毀損罪等の成否が問題と され、それらは、我が国では、一般に抽象的危険犯と呼ばれる犯罪範疇に属する。そして、

前章における検討により、それらの「行為」は国外で行われており、行為地は国外である と考えられるので、これらの犯罪「結果」への自国刑法の適用の可否が問題とされること になる。

第二節 危険「結果」の世界的拡散の制限 一 世界的効果事例の除外

学説においては、「結果」が国内で発生することを前提にした上で、何らかの適用制限 を試みる様々な見解がある。まず、端的に WWW 上の表現のような、「結果」が世界中 に及ぶ事象を、遍在主義の対象から除外しようとする見解がある

1

これまで、国境を越えて結果が国内に及ぶ通常の離隔犯については、その存在が想定さ

れていたが、ある行為による「結果」が全世界に発生するという事態は想定されてこなか

った。これに通常の場所的適用の考え方を適用すれば、WWW 上の表現に対しては、全

ての国家の法が適用されることになる。この見解は、このような不都合を回避するために、

(2)

WWW 上の表現については、結果地国等の一部の国で禁止されているに過ぎないような 表現に対しては、結果地国の刑罰権を適用しないことにする、というのである。

この見解の挙げる事実認識は全く正当であり、インターネットが言論の自由を国際化し ており、世界的に禁止された内容には、世界的に取り組む必要がある、と述べる部分には 共感できる

2

。しかし、このような特別な除外について、充分な法解釈上の理由が示され ていないところに、問題があると思われる

3

二 閲覧者の行為の介在

次に、コンピュータ・ネットワークを利用する場合の表現の流布形態の特殊性に着目し、

技術的な区別によって、可罰的な場合と不可罰的な場合を区別する見解がある。すなわち、

情報提供者が「Push 技術(Push Technologien)」によって、積極的に情報を発信する 場合にのみ、刑法の適用を認めるべきであり、情報利用者が「Pull 技術(Pull Tech- nologien)」によって、情報を取り寄せる場合には刑法の適用を認めない、という見解 である

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前者は、例えば電子メールの送信であり、後者は、例えば WWW サイトの開設・閲覧 である。後者の場合、国外で購入したわいせつ書籍の、購入者による国内への持ち込みと 同様に、情報利用者の「取り寄せ」行為に対して提供者の責任がない、ということを理由 とする

5

この見解に対しては、インターネット上のサービスは多様であり、例示されたサービス についても、発信的側面と、取り寄せ的側面の、両面を併せ持つものであるので、両者の 区別が曖昧不明確であるという批判や

6

、このような技術的区別による解決は、国際刑法 の問題解決には馴染まないとする批判がある

7

。また、公然陳列による認識の可能性には、

閲覧者の「取り寄せ」行為の介在によって、わいせつ性を認識する可能性も含まれている と解されるから、「Pull 技術」の特性を挙げただけでは、適用を除外できないのではな いかと考える。

三 外国における不可罰性

前章で述べたように、場所的適用範囲論について従来から議論があったのは、外国では

不可罰な正犯行為への国内での共犯の処罰は妥当か、という問題であった。一般には、属

地主義に関して遍在説・処罰条件説をとる通説によりつつ、「外国において不可罰である

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事実を我が国における違法性判断の一要素とすることは、純粋に国内法的評価として可能 である」との認識から、正犯の行為地法で不可罰であることが、国内の共犯者の違法性を 減殺する根拠となると解決されている

8

しかし、この見解によっても、逆に、外国では不可罰であるが、国内では可罰的な正犯 への外国での共犯の関与の場合、共犯者にとっては正犯者の犯罪地も自己の犯罪地である とされ、共犯が処罰されるようである

9

これを共犯と正犯の関係から、単純に単独犯の行為と結果の関係に当て嵌めれば、国内 で可罰的な行為によって国外で不可罰な結果が発生した場合には行為地で不可罰の可能性 もあるが

10

、逆に、本章の事例の場合で、外国では不可罰な行為によって国内で可罰的 な結果が発生した場合には、やはり結果地国の法で処罰されることになる。しかし、理論 的根拠は不明であるが、本章の事例であっても、行為地国で違法とされていない場合、当 該行為の違法性が、原則として阻却されるという見解もある

11

このような中で、国境をまたぐ共犯現象に関して、客観的処罰条件として適用を制限す る機能を有する、国際協調主義という政策的理由に基づく、「双方可罰性」を導入するこ とによって、不合理な結論を解決しようとする見解が登場した

12

。すなわち、「双方可 罰性」によって、犯罪がまたがっている国双方において、当該行為が可罰的でなければ、

共犯として関与する者は処罰されない、という考え方である。この考え方が、共犯現象の みならず、単独犯における行為・結果の関係についても、そのまま適用されるのであれば

13

、本章の事例において行為者の処罰を制限できることになるであろう

14

。しかし、こ のような要件について、現行の場所的適用範囲条項から充分な根拠が見いだせるかどうか は疑問である

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四 主観的側面における制限

さらに、前章でも言及した、個別的な構成要件の解釈により、構成要件の適用範囲が立

法目的上国内に限られる場合、保護法益が内国法益に限られる場合、あるいは、外国法令

による許容等によって処罰範囲が限定されている場合には、構成要件該当性が認められな

いとする見解や

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、結果説を採用する見解から、犯罪地の認識を要求するするならば

17

主観的側面において自国刑法による処罰が制限され得ることになる。また、わいせつ図画

販売目的所持罪における「『販売の目的』とは日本国内において販売する目的をいう」と

して、その成立を否定した最高裁判例を援用して

18

、本章の事例の場合に不処罰を導く

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見解も

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、犯罪地の認識を要求する点で類似した考え方であり、また、ドイツにおいて も、「ドイツに影響しようとする」行為者の「最終関心(finale Interesse)」を考慮す る見解が主張されている

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しかし、第一章で述べたように、場所的適用範囲の法的性格について、私見は、前法律 的な「犯罪状態」に対して、法的評価を行うための条件を定めたものであるという意味で、

処罰条件説が妥当であると考える。したがって、犯罪の場所は構成要件外の事情として認 識の対象とならないと考える 。

ただし、前章で述べたように、違法性の意識を喚起するために、行為者の所属する文化 圏の違いが影響を及ぼす可能性はあり、これを敷衍するならば、犯罪地の認識を得ること がなければ、当該犯罪地における可罰性を認識する契機も与えられず、違法性の意識の可 能性が与えられない

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、ということにもなり得る。しかし、この問題は、違法性の意識 に関する必要説と可能性説の対立とも関係するものと思われるので、ここではこれ以上立 ち入らない。

もっとも、仮に犯罪地の認識が必要であったとしても、WWW 上で表現を行っている 以上、世界的に情報が伝達されることを知っていることが前提であり、結果地の故意に欠 ける場合は、通常考えられないと思われる

22

。したがって、そのような主観的側面にお ける適用制限も、困難であるといえるであろう。

五 領域的特殊化

最後に、比較的支持を集めている見解として、例えば、問題となるサイトが自国の言語 で書かれている場合、自国の事物や人物に関係している場合、あるいはその他の、自国へ の特別の連結点(Ankn ü pfungspunkt)が存在した場合に限って、自国刑法の適用を認 める、「領域的特殊化(territorialen Spezifizierung)」と呼ばれる考え方がある

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。 この見解によれば、行為者の意図も、「領域的特殊化」のための一つの資料に過ぎない。

さらに、法的安定性のために、必要な連結点を盛り込んだ補充規定をドイツ刑法典第 9 条第 1 項に挿入することを提案する見解もある

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しかし、この手法は、論者自らが認めているように、適用制限を行う基準が事例の集積

に求められており、判断基準が不明確であると同時に、その根拠も明らかではないといえ

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。例えば、外国語で書かれた外国人が登場するページであっても、自国法益と無関

係とはいえない場合があるのであって、この見解の例示する「特別の連結点」の存否は、

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自国法益への影響の存否の決定的要素とはならない

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。また、多数の異なった国への連 結点が併存している場合に、どの国の刑罰権が優先されるのかは定かではない、という問 題もある

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以上のように、「結果」が国内で発生することを前提にした上で、適用制限を目指した 学説の試みは、いずれも理論的根拠が不充分であり、成功しているとはいえない。そこで、

以下では、「結果」概念そのものの検討を通じた、適用制限の可能性について検討する。

第三節 抽象的危険犯の「結果」と「影響」

一 抽象的危険犯の「結果」

「結果」の概念は多義的であるが、「行為客体に対する有形の事実的作用」を意味する

「形式的結果」と、「保護客体(法益)に対する侵害、又は侵害の危険」を意味する「実 質的結果」とに、概念的に区分できる

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。行為客体と保護客体との関係によって、両者 は、一致する場合も、分離する場合も、あり得る。また、行為犯(挙動犯)と呼ばれる犯 罪の場合には行為客体が存在せず、形式的結果は認められないともいえる。しかし、侵害 犯においてはもちろん、具体的危険犯においても、少なくとも、解釈論上危険の発生が要 求され

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、その意味で「実質的結果」は認められる以上、自国刑法の適用を及ぼす上で 問題はない

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問題となるのは、抽象的危険犯である。抽象的危険犯においては、法文上危険が要求さ れていないため、その成立を認めるために、個別事例において危険の発生が必要であるか 否か、従来から争いがあった。

抽象的危険犯については、実行行為が行われれば現実の危険の発生とは無関係に形式的 に犯罪の成立を肯定する、いわゆる「形式説」が従来の通説であった

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。形式説は、抽 象的危険犯の危険は立法者の動機に過ぎないとか、反証を許さない推定によって擬制され ていると説明する

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。形式説からは、行為こそが犯罪の構成要素であることになり、抽 象的危険犯は「結果」をもたないことになるので、属地主義における犯罪地の決定は行為 地のみを基準とする、という結論に達する。こうして、形式説の考え方を徹底させれば、

本章の事例のような、国境を越える犯罪の場合に、抽象的危険犯への自国刑法の適用を制 限することが可能である

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形式説に対しては、結果無価値的観点から疑問が提起された。そして、抽象的危険犯で

あるにせよ、何らかの危険の発生がなければ可罰的ではないとする、いわゆる「実質説」

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が現在では有力である

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。実質説は、一般的に抽象的危険と具体的危険の差を、侵害発 生の可能性の程度の差であるとする

35

。そして、抽象的危険犯として抽象的危険を生ぜ しめる行為は法文上に規定されており、行為が為されれば、通常は危険の発生が認められ るが、具体的な場合の特段の事情のために発生しない場合には、その成立が否定されると する

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なお、実質説の中には、抽象的危険犯の中でも、狭義の抽象的危険犯とは別に、「法文 上規定された行為それ自体に抽象的危険が一般的に十分に認めうるとは必ずしも言えない という場合」に、「その他の具体的な事情との関連で危険性が認められることが必要な」

犯罪として、「ある程度具体的な̶実質的危険の発生が必要と解される」、「準抽象的危 険犯」の概念を提唱する見解もある

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ここでは、行為の危険性判断の具体性が要求されているのか、あるいは、発生する危険 の程度の具体性が要求されているのかが、必ずしも明らかではない。(狭義の)抽象的危 険犯の説明において、「一般的・抽象的に危険な行為の遂行が要件として規定され、それ により結果である危険の内容が示されている」とされているため

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、あくまで結果とし ての危険を要求しながらも、実際上は、行為の危険性判断によってこれを代替しうると考 えているようでもある。そうであれば、準抽象的危険犯において要求されているのは、発 生する危険の程度の具体性ではなく、行為の危険性判断の具体性である、ということにな ろう

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。いずれにしても、そもそも、この概念はドイツにおける、「抽象的具体的危険犯

(abstrakt-konkreten Gef ä hrdungsdelikt)」概念を参考にした考え方であるので、こ の問題については、本章第六節のドイツの事例研究における、危険概念の検討に譲る。

私見は、実質説を支持するものである。苟も刑罰をもってのぞむ以上、何らかの危険の 発生は必要であろう。上述のように、実質説からは、抽象的危険「結果」の発生が必要と されるので、抽象的危険犯も「結果」をもつ犯罪である。危険犯の「結果」について、特 に、価値中立的な構成要件概念を採用する見解からは、具体的危険犯については、法文上 要求される実質的結果(例えば、刑法 109 条 2 項における「公共の危険」の発生)が、

抽象的危険犯については、法文上要求される形式的結果(例えば、同条 1 項における

「焼損」)が、構成要件的結果とされている

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。しかし、抽象的危険が具体的危険と同

質の要素であり、両者は危険の程度に量的な差があるに過ぎないと考えれば、抽象的危険

結果という実質的結果が、書かれざる構成要件要素としての構成要件的結果であると把握

することも、可能であるように思われる

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この抽象的危険結果は、国内においても発生することになるのであって、構成要件的結 果の発生がある以上、自国刑法の適用は避けられないとする見解もある

42

。しかし、抽 象的危険犯における構成要件的結果の発生場所を、危険の及ぶ全ての場所と考えるべきか 否かは、一つの問題である。

第二章において述べたように、「結果」は規範論上要請される犯罪構成要素であると考 えられるので、構成要件上どのような「結果」が要求されているかが、「結果」の意味を 確定するための基準となる。そのように考えれば、当該構成要件の実現場所、すなわち、

当該危険の発生した場所を、構成要件的結果の発生場所と捉えるのが、妥当であると考え る。爾後の事情について、規範的評価が要請されていないと考えるからである。

抽象的危険犯の場合には、構成要件上要求されているのは、抽象的危険の発生という危 険結果であり、爾後の危険性の拡大過程における具体的危険の発生ないし侵害の発生は、

構成要件の枠外の、「影響」あるいは「効果」であると捉えるべきであろう。

しかし、場所的適用範囲論においては、「結果」概念を、このように狭く把握するべき ではない、という考え方がむしろ主流である。以下では、「結果」概念が問題となったド イツの判例を紹介しながら、「影響」への適用の可能性について検討する。

二 「構成要件に属する結果」

第一章において述べたように、ドイツ刑法典第 9 条においては、犯罪地の決定につい て、遍在説が採用されており、さらに、刑法典が場所的適用を及ぼすべき「結果」とは、

「構成要件に属する結果(der zum Tatbestand geh ö rende Erfolg)」であることが明 記されている。しかし、構成要件の捉え方の問題とも関連して、その解釈には争いがある。

この点に関して、国境を越える酩酊運転の事例についての連邦通常裁判所判例がある

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。事案は、オランダで飲酒し酩酊に陥って責任無用力状態となった被告人が、アウト バーン上をオランダからドイツへ向けて無免許で自動車を運転し、ドイツ国内に入って二 人の国境担当警察官をはねて死亡させた、というものである。以上のような事実関係の下 で、裁判所は、完全酩酊罪(ドイツ刑法典第 323a 条)について、ドイツ刑法の適用を認 めた。

完全酩酊罪とは、自らを酩酊状態に陥れ、その状態において違法行為(酩酊犯行)を行 った者を処罰する規定であり、この酩酊犯行は客観的処罰条件であると理解されている。

したがって、完全酩酊罪は客観的処罰条件を伴う抽象的危険犯であると位置づけられるが、

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ドイツでは抽象的危険犯については形式説が通説であり、完全酩酊は構成要件的結果を持 たないことになる。しかし、裁判所は、「刑法典第 9 条の意味における『構成要件に属 する』結果として、何が理解されうるかということは、一般的な構成要件論の概念構成か ら出発して追求することはできない」として、完全酩酊状況における酩酊犯行(道路交通 危殆化、刑法典第 315c 条第 1 項)は、構成要件外の客観的処罰条件であるとしても、

「刑罰規定がその回避を目的としている、法益侵害ないしその危殆化」であり、ここでい う「結果」に含まれるとした

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この判例の考え方を敷衍すれば、構成要件とは無関係な事情が、刑法典第 9 条第 1 項 の「構成要件に属する結果」の概念に含まれる可能性が出てくる。ドイツ刑法典第 13 条 の不作為犯規定、あるいは第 78a 条の時効の開始規定において、「構成要件に属する結 果」という同一文言が規定されており、「結果」を持たないはずの抽象的危険犯について も、これらの規定が適用されていることから、このような柔軟な解釈も可能であるという 指摘もある

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。したがって、構成要件的結果を越えて、犯罪既遂後も残存する「影響」

の発生の場所も含めて、「構成要件に属する結果」の概念の下に服し、自国刑法の適用が 認められることになる。

その後、本章の事例についても、このような考え方を認めた連邦通常裁判所判例が登場 した

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。事案は、オーストラリア国内からオーストラリアのサーバへ、いわゆる「アウ シュビッツの嘘」の主張を含むサイトを蔵置した、というものである。以上のような事実 関係の下で、裁判所は、民衆煽動罪(ドイツ刑法典第 130 条)について、ドイツ刑法の 適用を認めた。

民衆煽動罪とは、「平穏撹乱の適性(Eignung)」を要件とする、いわゆる「適性犯

(Eignungsdelikte)」であると理解されている。裁判所は、「平穏攪乱の具体的な適 性」が国内で発生しているとしたのであり、この事案では、(純粋な)抽象的危険犯が問 題にされたのではなかった。しかし、上述と同様に不作為犯規定等を援用した上で、

「『構成要件に属する結果』の要素は、結果の発生が刑罰構成要件との密接な関連におい て認められる、ということを、たんに明確化しただけであろう」とも述べており、構成要 件外の事情であっても、「構成要件に属する結果」の概念の下に服さしめる可能性を認め たものといえる。

しかし、旧規定(旧第 3 条第 3 項)においては、限定なく、「結果(Erfolg)」とだ

け規定されていたものが、新規定において「構成要件に属する結果」と規定され直した、

(9)

という経緯からも、自国刑法の適用の基準としては、新規定においては、文言から読み取 れる通り、構成要件的結果の発生の場所でなければならない、と理解すべきであったよう に思われる

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三 「影響」に対する適用

上述のように、我が国の刑法 1 条 1 項においては、ドイツ刑法典第 9 条第 1 項のよう な犯罪地の決定に関する規定がなく、ただ「罪を犯した」場所のみが問題とされている。

したがって、その適用基準に結果地が含まれると解した場合であっても、それがいかなる 意味での「結果」地なのかは、文言上は判然としないままである。ドイツ刑法典と同様に、

構成要件的結果の発生場所であると捉えることも、構成要件実現後の「影響」を含めて

「結果」と捉えることも、一応はどちらも可能である。

この問題に関連して、例えば、国内に滞在する人への、国外からの越境射撃の事例にお いて、弾丸が国境直前で落下して未遂に終わった場合であっても国内犯適用を認める、と いったように、一般に具体的危険犯とされる未遂犯において、具体的危険の発生場所のみ ならず、侵害結果の発生予定場所までもが、未遂犯の危険が及ぶ場所として、結果地に含 まれるという見解もある

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抽象的危険犯の場合であっても危険の阻止自体が規定創出の目的ではなく、そこから先 の法益侵害の回避こそが究極目的に他ならないといえる。そこで、抽象的危険の発生場所 からさらに進んで、具体的に高まった危険の発生場所や、危険の実現した場所について、

現実的な法益侵害を問題にして適用を肯定する見解も多い

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。もっとも、一応は適用を 肯定しながらも、起訴裁量により訴訟法的に解決すべきであるとする見解もある

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また、場所的適用範囲論において近時有力化しつつある、結果説の主唱者も、その主張 が、犯罪論における法益侵害性の重視に由来しているためか、構成要件的結果を越えた、

法益侵害という「影響」をも含めて、「結果」と解すことが妥当であるとしている

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。 なお、この見解は、従来の構成要件的結果を前提とする結果説に対して、危険犯の危殆化 される法益の場所を追加したものとして、「修正結果説」と自称している。

以上の見解に従えば、場所的適用範囲論における「結果」は、行為が「影響」を及ぼし

うる、あらゆる場所で発生することになり、現実の侵害の発生がなくとも、侵害が発生す

る可能性のある「危険源の周りの全危険範囲(gesamte Gefahrenkreis um die Ge-

fahrenquelle)」が、結果地に含まれることになる

52

。そしてそれは、インターネット

(10)

のような世界的情報通信網の場合、世界中に拡がることなるのであって、全ての国家が、

WWW 上の全ての表現行為に対して、刑罰権を拡張することが可能になる。

このような状況は、相手国の刑事管轄権を不当に侵害するおそれがある、と批判されて いる

53

。また、保護主義の下で、国外犯として処罰される犯罪についても、属地主義に よって、国内犯として処罰することが可能になってしまい、刑法 2 条や 4 条の国外犯処 罰規定の趣旨に反する、という批判もある

54

。後者の点に関しては、これらの規定は、

確認規定であると考えることができる、という反論もあるが

55

、保護主義の根拠とされ ている、法益の重要性による区別の考慮を働かせるためにも、やはり、このような「影 響」の処罰は、国外犯として保護主義の適用対象への当該犯罪の追加という形で、立法で 為されるのが筋であると考える

56

もっとも、構成要件的結果の発生後の事情であって、行為者の行為の「影響」であるよ うに見えるものであっても、刑法的評価を及ぼしうる事態があり得る。法益侵害ないしそ の危険が発生し、犯罪の既遂に達した後であっても、なお犯罪が持続していると評価され る場合があるからである。すなわち、継続犯における違法状態の継続がそれである。

法益侵害の発生と犯罪の終了時期との関係について、一般に、即成犯、継続犯、状態犯 の区別が行われている

57

。継続犯、状態犯の双方において法益侵害は続いているが、継 続犯では、法益侵害の継続している間は犯罪も継続するのに対して、状態犯では、法益侵 害の発生と同時に、犯罪は終了するとされる。継続犯と状態犯の区別に関しては、侵害の 維持ないし強化の観点が重視されるが

58

、侵害の継続の観点とともに、行為の継続によ る構成要件の充足の継続の観点が、また重要であるともされている

59

。そして、状態犯 の終了後は時効が開始し、その法益侵害状態に対しては、共犯の成立もない等の効果があ るとされる。そしてそれは、状態犯の場合、初回の法益侵害の発生を処罰することで、爾 後の侵害状態は評価され尽くしているからである、と説明される。

この、初回の法益侵害の発生を越えた、爾後継続する法益侵害状態を、ここで「影響」

と呼ぶものと同様に考えることができるのではないだろうか。すなわち、本章の事例の場 合、構成要件的結果の発生以後の危険の拡散や、現実の法益侵害について刑法の適用を及 ぼさなくとも、抽象的危険結果の発生を処罰することで「犯罪」として評価され尽くして いる、といえるか否かが問題となるのではないだろうか。

有害情報が公開された場合、侵害の危険及び爾後の侵害状態は確かに続いている。公開

後、認知範囲が拡大すれば、当該情報に接触する者の数は増える。その意味では、侵害が

(11)

強化されているともいえる。しかし、情報への接触によって有害化された者を、同一の情 報への再度の接触によって、それ以上に有害化することはできない。したがって、情報へ の新たな接触者の出現によって、侵害の範囲は拡大するといえるが、社会全体としての有 害化に着目すれば、その有害化の程度は必ずしも増大しているといえないのではないか。

当該情報に接触するものが増えれば増えるほど、社会が有害化されていく。しかし、新た な接触者が減少していけば、その有害化された社会への当該情報の影響力は、次第に減少 していくという関係にあり、侵害の程度は減少することになると思われる。したがって、

情報の認知範囲の拡大の過程は、法益の侵害程度の拡大の過程であるとは必ずしもいえず、

むしろ、最終的には侵害の程度は減少していくものと考える。

また、行為の継続の観点からも疑問がある。情報を削除しないという不作為によって公 開行為が継続しているといえるのかもしれない。インターネットの電子掲示板上の記事に ついて「先行行為により惹起させた被害発生の抽象的危険を解消するために課せられてい た義務を果たしたと評価できる」削除依頼の時点に名誉毀損罪の終了時期を求めた判例も

60

、このように理解できる。しかし、不作為犯の成立要件を充分に検討することなく行 為の継続を認めることは疑問であり、行為の側面からは、専ら情報の蔵置による認識可能 状態の積極的作出が問題にされるべきであるように思われる。

このように考えれば、本章の事例では状態犯と同様の事態が生じていると考えられ、抽 象的危険の発生、すなわち、犯罪既遂後の「影響」は刑法の評価の枠外の事態であると思 われる。したがって、このような構成要件的結果を越えた「影響」をも含めて自国刑法を 適用すべき「結果」と解することはできないものと考える。

第四節 各論的検討

一 わいせつ物公然陳列罪

本章の事例において最も議論されているのは、国外のサーバ上での、ポルノサイトの公

開である。わいせつ物公然陳列罪については、憲法論的観点から、その正当性が疑問視さ

れ、その保護法益についても、わいせつな物を見たくない者の自由や、性的に未成熟な青

少年の保護に限定しようという見解もある

61

。しかし、受け手の範囲を限定していない

現行法の解釈としては、保護法益は、通説・判例のいう、「健全な性風俗、性道徳、ない

しは性秩序の維持」という、社会的法益であると解釈せざるを得ないであろう。

(12)

国境を越える犯罪に対する自国刑法の適用の際に、最も問題性が大きいと思われるのが、

各国の文化的社会的あるいは政治的背景が色濃く反映する、社会法益に対する罪であると いえよう。この種の犯罪には、他に、上述のドイツの民衆煽動罪等が含まれると思われる が、このような犯罪においては、ある国で違法とされるものが、他の国で違法とされない という事態が生じやすいので、蔵置行為者の予期しない国の刑罰構成要件に基づいた処罰 が行われる可能性も高い。

わいせつ物公然陳列罪の構成要件的結果は、性秩序撹乱の抽象的危険であり、それは陳 列と同時に発生する。もちろん、抽象的危険犯について実質説を採る立場からは、具体的 事例における「結果」の不発生を論じる余地があるが、同罪の場合、既に客体の「わいせ つ性」の判断が為されているのであるから、その一般的な危険性の判断を覆すような具体 的な事情が存在することは、考え難いように思われる。また、「わいせつ」という不明確 な価値概念の特殊性から、具体的事案において現実の法益侵害の発生を認定することはで きないのであるから、さらに、その危険が発生していないというような具体的な状況は想 定できないのではないか。その意味で、同罪において、「わいせつ」と判断されるような 客体が陳列されれば、危険は常に発生しているともいえる。陳列と同時に陳列場所で、性 秩序侵害の危険は発生している、と解さざるを得ない。

本章の事例については、抽象的危険結果は危険源たる国外のサーバ上で発生し、その時 点では自国刑法の適用外である。その後、危険範囲は拡大し、情報は世界中に拡がり、法 益侵害結果も順次発生し、その範囲も拡大するであろうが、それは「影響」の拡大に過ぎ ない。つまり、危険「結果」はサーバ上で発生し、「影響」は世界中で発生する。私見に よれば、陳列場所が結果地であり、アクセス場所は影響地に過ぎない。したがって、「結 果」は国外にあり、自国刑法の適用の基準とはなり得ない。

二 賭博罪

表現活動規制には含まれないが、有害情報の発信という意味では、国外のサーバ上の賭 博サイトに国内から自由に参加できる場合の、国内犯としての賭博罪の適用が問題になる

62

。賭博罪についても

63

、その正当性については議論があり、賭博を行う者の財産を保

護する財産犯の一種であるという説もある

64

。しかし、自ら進んで賭博をする者は、賭

博によって自らの財産が奪われる可能性があることを知りながら敢えて賭博を行っている

のであって、被害者による財産の喪失についての同意があるといえ、そのような解釈には

(13)

無理がある。したがって、通説・判例のいうように、賭博が射幸心を助長し、「国民をし て怠惰浪費の弊風を生ぜしめ、健康で文化的な社会の基礎を成す勤労の美風を害するばか りでなく、甚だしきは暴行、脅迫、殺傷、強窃盗その他の副次的犯罪を誘発し又は国民経 済の機能に重大な障害を与える恐れすらある」ことから

65

、保護法益は、いわゆる「勤 労の美風」という社会的法益である、と解釈せざるを得ないであろう。

賭博罪も抽象的危険犯にあたると考えられ、その「結果」としては、保護法益との関係 から、社会の「美風」が乱される危険の発生地が問題になる。そして、「美風」が乱され、

不健全な社会に至る危険は、一般的には、賭博が実際に行われる賭博場において発生して いると考えることができる。なお、賭博場開帳図利罪を継続犯とする見解もあるが

66

、 前節で述べた理由から、状態犯と解して良いであろう。

ところで、判例は、賭博参加者が集合する常設の場所を提供する場合だけではなく、賭 博参加者の場所的集合のなかった場合についても、賭博場開張罪の成立を認めている

67

。 事案は、いわゆる「野球賭博」と行わせて利を図るため、事務所に電話や売上台帳等を設 置し、電話を用いて賭博の申込みを受け、集計・整理するなどした、というものである。

以上のような事実関係の下で、裁判所は、賭博場開帳図利罪の成立を認めた。

判例は、賭博が「事務所を本拠として各賭博との間に行われたものであるから、賭博場 開帳の場所を欠如するものではない」とした。したがってここでは、事務所と賭博者との 空間全体が、「賭博場」と解されているといえなくもない

68

。しかし、少なくとも「結 果」としての危険の発生の場所として「賭博場」を論じる場合には、賭博を「成立させる べき場所」が問題にされるべきであり、この判例においても、賭けを成立させるため本拠 となっている事務所が、「賭博場」と呼ぶべき実質を備えているものと考えられる。

インターネット上では、各々の参加者が随時賭博サイトにアクセスし、ギャンブルを愉 しむことになる。そして、このサイト上において、各賭博行為の受付けや、集計・整理等 が、おそらくは自動的に行われることになる。したがって、このサイトが賭博を「成立さ せるべき場所」であり、「賭博場」にあたると捉えてよいと思われる

69

。つまり、この サイトを構成するためのデータが蔵置されているサーバ上で、賭博罪における「結果」、

すなわち、「勤労の美風」に対する危険が発生していると考えられる

70

。したがって、

「結果」は国外にあることになり、また、その後に発生する「賭博の蔓延による実質的な

法益侵害」は「影響」に過ぎず、いずれも自国刑法の適用の対象とはなり得ない

71

(14)

三 名誉毀損罪

電脳空間における表現活動の特質である、匿名性やアクセスの容易性によって、名誉毀 損表現の氾濫も大きな問題となっている。名誉毀損罪については、「人の名誉を毀損した 者」というように、法文が保護法益の侵害を明記している関係上、侵害犯とする見解も有 力である

72

。この見解にしたがえば、自国刑法の適用を認めることは可能であろう

73

。 しかし、本罪は、名誉の低下の認定が困難であることを理由として、一般に抽象的危険犯 とされている。したがって、上述の他罪と同様に考えれば、サーバ上で抽象的危険が発生 し、そのサーバが国外であれば、自国刑法の適用ができないようにも思われる。

しかし、認定の困難性が、名誉毀損罪を抽象的危険犯と把握することの理由であれば、

逆に言えば、抽象的危険犯とした場合であっても、充分な危険の発生が無い、という認定 が可能な場合には、既遂を認めるべきではないということになる。名誉の低下を問題とす るのではなく、名誉の低下の可能性が問題とされているのであっても、毀損発言が名誉の 低下の可能性の極めて低い場所にとどまるような場合、抽象的危険犯として処罰すべき危 険は発生しないのではないか。すなわち、攻撃客体(名誉主体)の生活領域に毀損発言が 及ばなければ、充分な名誉の低下の可能性がない、と考えられるのではないかと思われる。

本章の事例については、少なくとも、国内にいる者に対する名誉毀損が認められるため には、国内への毀損情報の伝播が必要であり、国外で当該情報が蔵置されたのみで国内に 情報が及んでいない状況では、公然性は認められても、処罰に値する充分な危険の発生は 無いといえるだろう。したがって、必ずしも閲覧者による認識までは必要ではないが、国 内からのアクセスによって、当該情報が国内のコンピュータに到達していることが、既遂 要件である。この点が、個人法益への攻撃を問題にする名誉毀損罪の特徴であるのではな いか。

そのような、当該情報の認識可能性がある状況に至れば、名誉低下の危険という抽象的 危険結果が、国内で発生したということになり、この危険結果に国内法が適用できるもの と考えられる。したがって、名誉毀損情報が国外に留まり、名誉主体の生活領域に毀損発 言が及ばなければ、国内犯としても国外犯としても処罰されることはないことになる。な お、同種の犯罪として、侮辱罪や信用毀損罪も同様に考えて良いであろう。

第五節 小括

(15)

以上のように、電脳空間における危険犯への自国刑法の適用の可否を考える場合、全体 を統一して理解することはできない。各犯罪ごとに構成要件的結果たる危険が国内で発生 したといえるかどうか検討することが必要である。

そして、個人法益への攻撃を問題にする犯罪については、そもそも国内に所在する法益 主体への情報の接近がなければ「結果」そのものが発生しないので、その場合には自国刑 法の適用が可能となるが、社会法益の保護規定においては、国外においても「結果」の発 生はあり得るので、「影響」が生ずるに過ぎない国の刑法は適用できない。

それが世界的見地から観ても、真に保護に値する法益を保護する規定であるならば、そ もそも「結果」の発生地でも当然処罰されていたはずであるし、処罰に欠缺があるならば、

当該規定への保護主義ないし世界主義の適用が立法によって為されるべきだと思われる。

そうでないならば、当該規定の存在の是非自体の再検討が必要であるといえよう。

第六節 事例研究 一 序

以下では、本章の事例におけるドイツ刑法典第 130 条(民衆煽動罪)の適用が問題と なった

74

、ドイツ連邦通常裁判所の判例(BGH,Urt.v.12.12.2000,BGHSt 46,212)に ついて検討する。

本判決において問題となった民衆煽動罪が、適性犯ないし抽象的具体的危険犯として把 握されている点で、前節までの検討における対象犯罪とは、若干異なる犯罪について扱っ ているものの、抽象的危険犯一般に対する適用の議論に資する、詳細な判決理由を述べて おり、有益な判例であると思われる。

二 事実の概要

ドイツ生まれのオーストラリア国民である被告人は、オーストラリアの Adelaide 研究 所の代表であった。彼は、ホロコーストについての「修正主義的(revisionistische)」

主張を含む以下のような記事を、以下の三つの方法で、インターネット経由で接近可能

(zugänglich)にさせた。

①被告人は、オーストラリアのサーバに、研究所のページから呼び出されうる、以下の

英語の記事を含むウェブサイトを蔵置した。すなわち、「アウシュビッツで殺されていな

い者が 320 万人はいる。それは祝典の理由となる。」「我々は、何百万人もの人間がガ

(16)

ス室で殺されたということに今日まで何の証拠も与えられていない、ということを誇らし く宣言する。」「その主張は、何らかの事実や文献資料によって、何ら裏付けられていな い。しばしば熱っぽい脳から発する疑わしい証言がその例外であり、それはドイツの恩給 を狙ったものであった。」

②被告人は、区裁が Deckert に対して、アウシュビッツの生き残り達に対する侮辱罪 を認めたことについて、裁判官に宛てた「公開文書(offenen Brief)」を書き、それを ドイツの雑誌等に送った。彼は、その文書の英語版を研究所のページに記録した。その中 で、彼は、生き残り達を非難した他、以下のことを述べた。すなわち、「私は 1997 年 4 月にアウシュビッツを訪れ、そして私の独自の調査に基づいて、今や最終的な推論に達し た。戦争の時期の収容所は、ガス室として運営されてなどいなかった。」

③被告人は、研究所のページへ、さらに「1999 年の新年に思う」と題した英語の記事 を含む、別のウェブサイトを記録した。すなわち、「ドイツ人は、アウシュビッツ強制収 容所又は他の場所にある死をもたらすガス室で、ヨーロッパのユダヤ人を抹殺してなどい ない。それゆえ、全てのドイツ人及びドイツ出身者は、押し付けられた責任コンプレック ス(Schuldkomplex)なしに暮らすことができる。そのコンプレックスで、彼らは、た ちの悪い思考法に半世紀の長きに渡って隷属させられてきたのである。」

原審(LG Mannheim,Urt.v.10.11.1999)は、以上の三つ全ての事実について、死者 の追想の誹謗(刑法典第 189 条)と侮辱(刑法典第 185 条)との、そしての②の事実に ついては、さらに民衆煽動(刑法典第 130 条第 1 項第 2 号)との観念的競合で、被告人 に 10 ヶ月の自由刑を言い渡した。しかし、インターネット経由の民衆煽動については、

「構成要件に属する結果(der zum Tatbestand gehörende Erfolg)」が存在しないの で、ドイツ刑法が適用されないとした。これに対して、被告人、検察官の双方が上告した。

三 判旨

⑴ BGH は、①と③の事実における表現についても「刑法典第 130 条第 1 項第 1 号及 び第 2 号(「重大なアウシュビッツの嘘(qualifizierte Auschwitz-L ü ge)」)、刑法典 第 130 条第 3 項(国家社会主義支配下での大量殺戮の「否認」、「瑣末視」)の成立を 認めた(観念的競合)上で、以下のように述べた。すなわち、「平穏撹乱の適性

(Eignung)は、刑法典第 130 条第 1 項、第 3 項の共通の構成要件要素であり 民衆煽

動は、その適性文言で、抽象的具体的危険犯(abstrakt-konkreten

(17)

Gef ä hrdungsdelikt)となる。 そのような危険犯は、抽象的危険犯の下位類型であ る。」「平穏攪乱の適性のためには、それゆえ具体的危険の発生は必要でない。しかし、

裁判官による、各々の行為が一般的な考察の下で危険適性があるかどうかの審査が、必要 とされる。」その適性は、「抽象的に存在するだけではなくて、(一般化された考察に基 づくものであっても)具体的に確定されなければならない。それゆえ、個別事例における、

平穏撹乱の適性の不存在の反証可能性がある。」

⑵ 「ドイツ刑法は、刑法典第 130 条第 1 項と第 3 項の民衆煽動の抽象的具体的危険 犯について、インターネット事例にも適用される。 というのは、連邦共和国において構 成要件に属する結果(刑法典第 9 条第 1 項)が生じているので、そこに国内犯(刑法典 第 3 条)が存在するからである 抽象的具体的危険犯は、具体的危険犯と純粋な抽象的 危険犯の間に存在する。それは、 具体的危険犯と比較しうる、なぜならば、立法者が、

回避されるべき危険を(結果を)、規範の構成要件において明示しているからである。

抽象的具体的危険犯の場合、刑法典第 9 条の意味における結果は、構成要件に記述され た法益を顧慮して、具体的行為がその危険性を発揮しうるところで、発生する。刑法典第 130 条第 1 項と第 3 項の民衆煽動の場合、それはドイツ連邦共和国における平穏撹乱の 具体的な適性である。」

⑶ 「結果地の概念は、一般的な構成要件論の意味で理解されない。それで、連邦裁判 所は、抽象的危険犯の場合に、刑法典第 78a 条第 2 文(時効の開始)の意味での『構成 要件に属する結果』が可能であると考えてきた。 また、不作為による抽象的危険犯も、

同様にして行われうる。 『構成要件に属する結果』の要素は、結果の発生が刑罰構成要 件との密接な関連において認められる、ということを、単に明確化しただけであろう。」

⑷ 「民衆煽動の場合のドイツ刑法の適用のために、 国際法的に正当であると認めら れた連結点(Anknüpfungspunkt)が存在する。というのは、行為が重要な国内法益に 関わり、加えて、客観的にドイツ連邦共和国の領域に特別の関連を示すからである。」

四 検討

本判決においては

75

、インターネットを経由した、国外からの情報発信に対する、ド

イツ刑法による国内犯処罰の可否が問題となった。なお、ドイツ刑法は、属地主義を原則

としており(第 3 条)、さらに「行為」もしくは「構成要件に属する結果」を適用基準

とする遍在説が法定されている(第 9 条)。

(18)

そこで、以下では、⑴「適性犯」ないし「抽象的具体的危険犯」とはどのような犯罪か、

⑵本件において国内における「結果」発生が認められるか、⑶「構成要件に属する結果」

の意味、そして、⑷本件のような場合に特別な適用除外原則が必要か、の各論点について 検討する。なお、手続法的問題の検討

76

、及び、問題の記事が、そもそも民衆煽動的表 現に該当するか否かの問題に関する検討は省略する。

⑴ 危険犯の中には、民衆煽動罪(以下、本罪という)のように、「適性」を構成要件 に含む犯罪がある。このような犯罪を「適性犯(Eignungsdelikt)」と呼ぶことができ るが、その性質については争いがある

77

。本判決においては、本罪は抽象的危険犯の下 位類型たる「抽象的具体的危険犯」であるとされた。このような理解は、刑法典第 311 条(電離放射線の遊離)についての、連邦裁判所の判例に相応するが

78

、本判決でも示 されたように、「一般的考察による危険適性」判断の「具体的確定」とされるだけでは、

この概念の内容は不明確なままである。

この点については、立法者によって、行為の一般的(抽象的)危険性に基づいて創出さ れた犯罪について、具体的事例において、裁判官に具体的行為の危険性(適性)判断が委 されているという意味で、判断主体及び判断される行為についての具体性が特徴とされる 犯罪である

79

、ということもできる。これは、いわゆる「行為の危険」判断の具体化で あると思われるが(後述の「具体的危険性犯」)、ここで問題とされるべきは、必要とさ れる危険の具体化の程度であるようにおもわれる。というのは、本件では、ドイツ刑法の 適用の可否、すなわち、刑法の適用の根拠とされる「結果」としての危険の発生が問題に なるはずであるからである。

具体的危険犯においては、一般に、このような危険「結果」が、具体的危険の発生によ って争いなく認められているが、これとの対比において、「抽象的具体的危険犯」におい ても、「結果」としての危険の発生が論じられるべきである。もっとも、「行為の危険」

判断の具体化と、具体事例における「結果としての危険」発生判断との区別は、実際には 困難であろう。

ところで、危険犯論において、必要とされる危険の具体化の程度に応じて、危険犯を、

従来の抽象的危険犯及び具体的危険犯の二分説から、新しく四つの範疇に分類する見解が ある。すなわち、個別事例における事情を度外視して、行為の類型的な危険を問題にする

「抽象的危険性犯(abstraktes Gefährlichkeitsdelikt)」、個別事例における行為の具

体的な危険を問題にする「具体的危険性犯(konkretes Gef ä hrlichkeitsdelikt)」、そ

(19)

れらの危険性から生じる、具体的な危険状態を問題にする「潜在的危険(危殆)犯

(potentielles Gef ä hrdungsdelikt)」、そして、法益主体が行為者の危険領域に到達 し侵害発生が偶然にのみ依存していることが必要な「具体的危険(危殆)犯(konkretes Gef ä hrdungsdelikt)」である

80

前二者が「行為の危険」であり、後二者が「結果としての危険」である、と位置付けら れるので、後二者の差は、具体的事例において発生する危険の程度の差であると言うこと ができる。この分類に抽象的危険犯の危険発生の必要性についての従来の議論をあてはめ るとすれば、具体的事例において危険を要求しない見解(形式説)によれば、抽象的危険 犯は「抽象的危険性犯」であるということになり、何らかの危険の発生が必要であるとす る見解(実質説)によれば、それは「潜在的危険犯」にあたるということになろう。

適性犯について、学説においては、上の四つの範疇のいずれに分類されかについての一 致をみていない

81

。四分説の論者によれば、適性犯が一律にいずれかの範疇に属するの ではなく、適性文言を含む犯罪のそれぞれについて、個別的に、必要な危険の程度を判断 しなければならないとされている

82

。したがって、そのような判断を経て、本罪が、結 果としての危険を問題にする、「潜在的危険犯」ないし「具体的危険犯」に該当するとす れば、本件において適用の根拠となる「結果」が認められるということになる。

⑵ 本判決においては、本罪の構成要件的「結果」(平穏攪乱の具体的適性)が、ドイ ツで発生するとされた

83

。本判決が本罪を抽象的危険犯の下位類型としている以上、上 述の四分説にあてはめれば、少なくとも「具体的危険犯」ではなく、「潜在的危険犯」に あたることになろう

84

。ドイツにおける危険「結果」発生が認められたのは、危険判断 のために「構成要件に記述された法益」が顧慮されるために、法律の適用されるドイツの 公共の平穏が保護されるべきである以上、ドイツにおいて危険が発生すると考えられたか らであろう。

しかし、一旦適用の問題を離れて考えれば、本罪で問題となる「ユダヤ人に対する敵意

(の危険)」の場所は、ドイツ国内に限定されている訳ではない。国外に住む者が、国内 の(保護法益を予め「ドイツの」公共の平穏に限定しなければ、国外の)ユダヤ人に対し てそのような敵意を持つことも、実際上はあり得るからである。

私見は、各犯罪の構成要件判断の前に、事実的な(危険)結果の発生を観念することは

可能であって、場所的適用範囲条項は、そのような前法律的・事実的な「犯罪状態」に対

して規範的評価を加え、犯罪を確定するための規範の発動要件としての「処罰条件」であ

(20)

ると考える

85

。このような前法的な結果発生という視点からは、民衆煽動表現による公 共の平穏攪乱の事実的な危険、すなわち「敵意」への影響可能性は、ドイツ国内のみなら ず、世界中至る所で発生しうる。

本件において、それは、まず、被告人が当該記事を蔵置したサーバの存在するオースト ラリアにおいて発生し、その後、危険は拡大し、ドイツにも到達することになる。規範的 評価は、この一連の事実に対して行われうるが、拡大する危険の全てに対して及ぼされる わけではない。というのは、本罪が具体的危険ではなく、より程度の低い危険を問題にし ている以上、爾後の危険の拡大(具体的危険ないし侵害)については評価の対象とならな いと考えるからである

86

。本罪は、属地主義により国内犯としての適用のみが認められ ているので、本件のように、国外において危険が発生している場合には適用がなく、不可 罰とせざるを得ないと考える。

⑶ 他方で、適性文言を含まない、(純粋な)抽象的危険犯については、形式説を前提 に、構成要件上結果が規定されておらず、場所的適用条項における「結果」が認められな いという見解もある

87

。しかし、本判決は、第 9 条と同様に「構成要件に属する結果」

を要求する、時効の開始規定や不作為犯規定における、純粋な抽象的危険犯を援用して、

このような「結果」は、「一般的な構成要件学説の意味において理解されない」と論じた。

すなわち、「構成要件に属する」とは、「結果」の構成要件との密接な関連を意味するも のに過ぎず、必ずしも(危険)結果犯の構成要件的結果を意味しないと解する可能性を認 めたものともいえる。

このように解すれば、本来は構成要件外の事情である、(純粋な)抽象的危険犯の事実 的危険、あるいは実質説における抽象的危険発生後の危険の拡大についても、「構成要件 に属する結果」の解釈として読み込むことが可能である。したがって、本件においてはも ちろん

88

、抽象的危険犯一般について、ドイツ刑法の適用を及ぼすことが可能になる。

しかし、そもそも、実質説によれば、このような無理な解釈は必要ではない。端的に構成 要件的結果を認めるものも含めて、抽象的危険犯一般に適用を認める見解は多いが

89

、 そうであれば、形式説に固執する必要はなく、抽象的危険犯においても結果を認めるべき であるように思われる。

私見は、危険犯全てにおいて、結果としての危険を要求するのが妥当であると考える。

したがって、上述の四分説でいえば、「潜在的危険犯」及び「具体的危険犯」のみが問題

となり、結局は、危険の程度に応じて、それぞれ抽象的危険犯及び具体的危険犯という、

(21)

従来の二分説の使用していた概念で説明できることになる。「適性」判断は各々の危険判 断に解消されることになろう。

したがって、抽象的危険犯一般についても、本罪と同様に危険の発生を前法律的に判断 する必要があるが、そこで評価の対象となる危険は、程度の低い抽象的危険に留まるので あって、爾後の危険の拡大は「構成要件に属する結果」には含まれず、個別犯罪の事情に より危険の発生地が国外であれば、国内犯としては不可罰になる。

⑷ 学説においては、本件のような国境を越える犯罪について、全世界への無制限な処 罰の拡散、行為者に予期されていない国による処罰、という不都合を回避しようとするた めに、「結果」が国内で発生していることを前提にした上で、何らかの特別な適用除外原 理を用いて、自国刑法の適用を回避しようとする、様々な試みが行われている。

例えば、端的に WWW 上の表現のような「世界的効果事例」の除外を論じる見解

90

、 行為者の最終関心に着目し主観的な制限を試みる見解

91

、コンピュータ・ネットワーク を利用する場合の表現の流布形態の特殊性に着目する見解

92

、そして、使用言語や自国 の事物・人物との関連性等の自国との何らかの客観的な「連結点」に着目する見解等があ る

93

。本判決は、最後の見解に言及しているが、被告人の蔵置した記事の内容が「重要 な国内法益に関わる」ことを理由に、「国際法的に正当と認められた連結点」の存在が認 めれ、結局は適用制限が否定されている

94

このような何らかの「連結点」に基づいた客観的制限を志向する見解は多い

95

。しか し、いずれも、その法的根拠が不明であるとか、判断基準が恣意的になりかねない、ある いは、「連結点」の存在が容易に認められてしまったり、複数の国に関して認められた場 合に、結局は制限ができなくなる等の様々な批判を

96

、回避できていないように思われ る。

五 結語

本判決は、抽象的危険犯の特殊類型とされる犯罪について、インターネットを利用した

国外からの情報発信に対する、国内犯処罰が問題となった最初の事例として、国際的にも

高い関心が寄せられた。また、「アウシュビッツの嘘」の公開という、ドイツ及びその周

辺国に特有の処罰規定が問題になったにもかかわらず、自国刑法適用を認めたことは、独

自のわいせつ処罰基準を持つ、我が国の議論にとっても参考になると思われる。本判決の

(22)

判断が、抽象的危険犯一般に対してどこまで波及するのか、今後の判例の動向が注目され

る。

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