利用者視点を重視した新たな交通政策の展開
著者 松野 由希
著者別名 MATSUNO Yuki
その他のタイトル Economic Analysis of Land Transport: Toward User Oriented Transport Policy
ページ 1‑154
発行年 2018‑03‑24
学位授与番号 32675甲第437号 学位授与年月日 2018‑03‑24
学位名 博士(政策学)
学位授与機関 法政大学 (Hosei University)
URL http://doi.org/10.15002/00014634
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博士学位論文
論文内容の要旨および審査結果の要旨
氏名 松野 由希 学位の種類 博士(政策学)
学位記番号 第664号
学位授与の日付 2018年 3月24日
学位授与の要件 本学学位規則第5条第1項(1)該当者(甲) 論文審査委員 主査 教授 岡本 義行
副査 教授 梅溪 健児
副査(学外)東洋大学教授 堀 雅通
利用者視点を重視した新たな交通政策の展開
Ⅰ 著作内容の要旨 1.本論文の目的と意義
松野由希氏は、2000年に法政大学経済学部経済学科、2003年に中央大学大学院経済学研 究科修士課程をそれぞれ卒業・修了した後、複数の民間研究機関において調査研究業務に携 わり、現在は淑徳大学コミュニティ政策学部助教を務めるかたわら、法政大学大学院政策創 造研究科博士後期課程に在籍している。
松野氏の今回の学位請求論文「利用者視点を重視した新たな交通政策の展開」は、近年 の交通サービスを巡る経済社会環境の大きな変動に着目して行った実証分析の結果に基づ き、交通サービス市場の厚生を高めるためには利用者の視点を重視した政策を展開してい くことの重要性を明らかにしたものである。経済学の基本的な理論に即した地道な実証研 究の積み重ねを、交通政策の基本理念に即して論理的に体系立てており、時代の必要性に 合致する労作である。
2.本論文の構成と内容 2.1 本論文の構成
本論文の構成は次の通りである。
第1章 背景と先行研究
2 第1節 論文の導入
第2節 背景-交通問題の現状と政策
2.1. 計画的に行われてきた交通インフラ整備 2.1.1. 交通インフラ整備の経緯
2.1.2. 交通手段間調整の状況 2.1.3. 交通関連事業の活用 2.1.4. 営業展開による誘客戦略 2.2. 事業者保護的な交通行政
2.2.1. 交通事業者に対する交通行政の経緯 2.2.2. 弾力的な料金政策
2.2.3. 弾力的な料金政策が受け入れられない理由 2.3. 交通問題に対する政治的な介入
第3節 交通問題の現状と政策に関する先行研究 3.1. 交通政策の全体像について
3.2. 自由化・規制緩和の観点 3.3. 利用可能性の観点から 3.4. 地域交通再生の観点から
第2章 全体の位置づけ-なぜ交通政策を研究するのか 第1節 本研究の内容
第2節 リサーチクエスチョン 第3節 分析の内容
3.1. 対象とするイベント 3.2. 具体的な分析内容 第4節 本論文における定義 第5節 本論文の意義
第6節 利用者視点に関する先行研究 6.1. タクシー事業における規制緩和の観点 6.2. 高速道路における混雑課金・無料化の観点 6.3. 鉄道事業におけるリスクファイナンスの観点 第7節 陸上交通を取り巻く自由化の進展
7.1. 自由化の背景
7.2. 鉄道における自由化の進展 7.3. 道路における自由化の進展 7.4. タクシーにおける自由化の進展
第8節 経済学的な手法による交通サービスへのアプローチ
3 8.1. 公共財としての交通サービス
8.1.1. 公共財とは 8.1.2. 利用可能性とは 8.2. 社会的規制と経済的規制 8.2.1. 参入規制
8.2.2. 価格規制
第9節 最適な交通手段を目指して 9.1. 輸送機関の特性比較
9.2. 輸送機関の輸送能力 9.3. 都市間交通の分担率の実態 9.4. 最適な交通手段を目指すために
第10節 交通事業者による交通サービスの新展開 10.1. 利用者視点の交通政策が求められる背景 10.2. 利用者重視の交通事業者の創意工夫
10.3. 交通手段の連携や接続の改善による利便性の向上 10.4. 利用者視点の交通政策の必要性
小括
第3章 価格変化による交通サービス需要の変動に関する事例分析-タクシーの弾力運賃 第1節 タクシーとは
1.1. タクシーの概要 1.2. タクシー規制の経緯 1.2.1. 戦後の規制
1.2.2. 1990年代以降の規制緩和
1.2.3. 規制緩和の影響 1.2.4. 規制強化の動き 1.3. 事業者の運賃変更の内容 1.4. 規制緩和による運賃の変化
1.5. タクシー運賃の変化が市場に与えた影響 1.5.1. 市場をみるための指標
1.5.2. 対象都市
1.5.3. 値下げ都市の特徴 1.5.4. 値上げ都市の特徴 1.5.5. 市場環境の変化
1.6. タクシーの規制緩和が進まない状況 1.6.1. 規制緩和が進展しない理由
4 1.6.2. タクシー運賃の規制緩和が進まない状況 1.6.3. 公定幅運賃を下回るタクシー事業に関する判例 1.6.4. タクシー類似サービスが認められない状況 第2節 需要関数の推定
2.1. モデルと説明変数 2.2. 全国の分析結果 2.3. 地域別分析結果
2.4. 第2節のまとめ
第3節 供給側の市場構造 3.1. 供給側の状況
3.2. モデルと説明変数 3.3. 分析結果
3.4. 第3節のまとめ
小括
第4章 価格変化による交通サービス需要の変動に関する事例分析-高速道路の無料化 第1節 高速道路とは
1.1. 高速道路整備制度の概要 1.2. 高速道路の整備の優先順位 1.3. 高速道路整備財源方式の考え方
1.4. 道路公団の民営化によって期待されていること 1.5. 利便増進事業の割引
1.5.1. 自公政権のもとで導入された高速道路料金引き下げ 1.5.2. 民主党政権のもとでの上限料金制案の発表
1.6. 高速道路無料化
1.6.1. 高速道路無料化実験の実施 1.6.2. 東北地方の無料化
1.6.3. 原発事故による避難者に対する高速道路の無料措置 1.7. 政府による検討の方向性
1.8. 価格弾力性に基づく価格付け 第2節 無料化の影響(全体)
2.1. 国土交通省の検証結果
2.2. 高速道路無料化への影響(個別区間について)
2.2.1. プラスの側面 2.2.2. マイナスの側面
2.2.3. 個別区間で見た渋滞や公共交通への影響
5 2.3. 公式統計・発表による把握
2.3.1. 鉄道 2.3.2. フェリー
第3節 他の交通機関への無料化の影響
3.1. 他の交通機関への影響に関する把握の仕方 3.2. 分析1:経年的なトレンドの把握
3.3. 分析2:各交通機関の需要関数推定 3.4. 経年的なトレンドの結果
3.4.1. 深川~旭川鷹栖(道央自動車道)
3.4.2. 音更帯広~池田(道東自動車道)
3.4.3. 佐世保大塔~佐世保三川内(武雄佐世保道路)
3.4.4. 経年的なトレンドの小括
3.5. 第3節のまとめ
小括
第5章 地域における交通サービスの保障に関する事例分析-鉄道の災害リスク 第1節 鉄道の災害復旧とは
1.1. 鉄道の被災時の復旧 1.2. 鉄道災害復旧の概要と経緯
第2節 アンケートの内容と結果の概要 2.1. アンケートの内容
2.2. 付保状況の概要
第3節 仮説とモデルの説明 3.1. 付保行動を決定する要因 3.2. 付保行動についての検討 3.3. モデルと説明変数 3.4. 分析結果
小括
第6章 地域における交通サービスの保障に関する事例分析-地域交通の活性化 第1節 地域交通の現状と地域交通を支える政策の経緯
第2節 京丹後で始まった自家用有償運送の取り組み 2.1. 京丹後における自家用有償運送
2.2. 自家用有償運送の導入の経緯 2.3. ライドシェアのメリット
2.4. ライドシェアが信頼を獲得していくために
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第3節 京丹後で行われている鉄道の上下分離とまちづくり 3.1. 北近畿タンゴ鉄道の上下分離
3.2. WILLER TRAINS社の鉄道事業を通じた沿線地域の活性化
3.3. WILLER TRAINS社が提案している価値とは
第4節 課題の提示 4.1. 既存事業者の反対 4.2. 地方交通線問題への対応 4.3. 交通インフラの優先順位 4.4. 冗長性の考え方
4.5. 都市と交通の関係 小括
第7章 おわりに 第1節 論文のねらい
1.1. 論文全体の統一的なねらい 1.2. 自由化の進展と論文の全体像 第2節 リサーチクエスチョンへの答 2.1. 交通問題の現状と政策に対する知見
2.2. 価格変化による交通サービス需要の変動に関する事例分析-タクシーの弾力運賃に おけるリサーチクエスチョンの答
2.3. 価格変化による交通サービス需要の変動に関する事例分析-高速道路の無料化にお けるリサーチクエスチョンの答
2.4. 地域における交通サービスの保障に関する事例分析-鉄道の災害リスクにおけるリ サーチクエスチョンの答
2.5. 地域における交通サービスの保障に関する事例分析-地域交通の活性化におけるリ サーチクエスチョンの答
第3節 政策提言と今後の課題 3.1. 全体としての政策提言 3.3. 個別モードにおける政策提言 3.4. 課題と今後の展望
参考文献
7 2.2 論文の概要
本論文は、7章から構成されている。その概要は以下の通りである。
第1章「背景と先行研究」では、まず交通問題の現状が整理される。そのポイントと して、第一に、これまで交通インフラ整備は計画的に行われてきたが、各種インフラが 概成したことから、「つくる」ではなく「つかう」視点が重視されるようになったこと、
第二に、交通行政は事業者育成的な色彩が濃い性格にあるが、近年は規制緩和により参 入や料金の弾力化が進み、利用者側に立った政策の視点が芽生えだしたことを挙げる。
先行研究の整理により、交通政策の目的は、①資源配分の「効率」と②所得分配の「公 正」の2つであることを明らかにしている。とくに、現在のように人口減少・低成長下 の経済社会においては、不採算を理由に交通サービスの供給を縮小するのではなく、そ の利用可能性を確保することが公正にかなうと主張する。
第2章「全体の位置づけ-なぜ交通政策を研究するのか」は、2つのリサーチクエス チョンを設定している。第一は、市場メカニズムを通じて社会的余剰の最大化を図ると いう経済学の原理に照らして、現状をどう評価するか、そして、第二は、人口減少・低 成長下にはどのような形の公的関与(規制や財政支援など)のあり方が望ましいか、で ある。そして、本論文で分析を行うイベントとして、タクシー(規制緩和)、高速道路
(通行料金の無料化)、鉄道(災害復旧)、地域交通(技術革新)の4事例であることを 簡潔に整理している。これらの事例については経済学の分析手法を用いた先行研究が数 多く存在する。筆者は内外論文を俯瞰した上で、自由化を切り口として近年のわが国の 政策展開を丁寧に描写する。その上で、本論文は、市場参入・市場価格・補助金などの 政策変更のインパクトや利用者・事業者の行動原理を明らかにし、事業者目線ではなく、
利用者目線に立った交通政策の姿を構築していくことが目的であるとする。
第3章「価格変化による交通サービス需要の変動に関する事例分析-タクシーの弾力 運賃」は、4つの事例分析の最初である。本章は、交通政策の2つの目的のうち、資源 配分の「効率性」に重点を置いた分析である。すなわち、厚生経済学の第一基本定理に よれば、完全競争市場の均衡はパレート効率的な資源配分を実現する。本章は、この観 点からタクシー市場における資源配分の効率性を検証する。近年のタクシー市場は規制 緩和の前進と後退が連続して生じるというきわめて異例な展開が生じ、しかも規制緩和 にもかかわらず通常想定される価格の低下と需要の増加が起こらなかったという点に おいても、特徴的であった。
このような市場においてタクシーサービスの需要関数を推計し(全国72都市、20年 分のパネル推計、固定効果有り)、その構造を明らかにしたところ、①タクシー運賃は 需要に対して有意に負の影響を与え、②規制緩和を経て需要の価格弾力性は高まり、③
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他方、この期間に運賃を値下げしていた都市では弾性値が非弾力的であることが明らか となった。すなわち、規制緩和によってタクシー運賃の引下げが実現しても、需要の増 加はそれに見合うことがないために、結果として事業者は収入減に見舞われたのである。
そのため、その後改めて規制を強化する展開となった背景を経済学的に明らかにする。
第4章「価格変化による交通サービス需要の変動に関する事例分析-高速道路の無料 化」は、引き続いて「効率性」の観点から高速道路料金の変化に焦点をあてた分析であ る。日本の道路整備は国の長期計画に基づいて計画的な整備が行われてきたが、高速道 路整備においては巨額の有利子負債を抱えることになった。道路公団の民営化を経て、
国の国土形成計画はインフラの利活用に重点を置く方向へ転換した。こうした中、利活 用増進による経済の活性化を主たる目的として高速道路の通行料は「休日普通車上限
1,000 円」(2009 年)、そして「無料化」(2010 年)へと政権党主導により劇的な変化
を遂げた。
無料化に関しては、国土交通省が地元の意見を吸い上げながら広範なデータを収集し、
その事後評価を行っている。しかしながら、それはデータを集計する直接的な評価にと どまっている。これに対し、筆者は無料化対象50区間について、①同区間の渋滞発生 状況、②当該区間に並行する鉄道・高速バス・一般道及び競合する鉄道・フェリーへの 影響、との観点から詳細な分析を行う。とりわけ経済学の概念に基づきながら、混雑課 金が存在しないことによる無料化区間における私的限界費用と社会的限界費用のかい 離、他の公共交通機関への外部不経済を明瞭に解き明かしている。
このような検証を経て、全国一律の基準に基づく料金設定からの転換の可能性が芽生 えたことを筆者は評価し、地域の交通利用状況と利用者の需要価格弾力性を反映した料 金設定が効率性重視の方向であることを主張する。
第5章「地域における交通サービスの保障に関する事例分析-鉄道の災害リスク」は、
交通政策のもう一つの目的である所得分配の「公正」の観点から、鉄道事業者の災害リ スクへの対応行動と発災後の復旧問題を分析する。この問題に関しては、利用者のサー ビス利用可能性を維持することが政策の目的にかなうといえよう。わが国の鉄道事業は 基本的に上下分離が行われずに、線路等のインフラは事業者が責任を負う仕組みとなっ ており、これは世界でも稀な事例である。したがって、大規模災害が発生した後の復旧 に備え、鉄道会社は保険に加入しリスクに対処することが必要である。
地域社会にとって交通サービスの維持は持続性の鍵であり、地域住民にとっては交通 サービスの保障が生活に不可欠である。そのため、発災後の地域に交通サービスが速や かに再開されることは「公正」にかなう。
筆者は84の鉄道事業者のデータに基づいて、保険加入に関する二項選択モデルを推 計し、保有資産が少ない事業者、経営体力の弱い事業者では保険加入の確率が低下する
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結果を得た。その上で、災害復旧の公的支援(補助金)は事業者の付保行動を促進する ような組合せとし、効率と公正の両目的を目指していくことを主張する。
第6章「地域における交通サービスの保障に関する事例分析-地域交通の活性化」は、
人口減少・高齢化に直面する京都府京丹後市を事例として取り上げ、引き続き「公正」
の観点から交通サービスの利用可能性をどのように維持することが可能かを具体的に 検討する。これまで地域が過疎に陥ると公共交通を独立採算で維持することは不可能と なり、収支赤字からサービスの縮小、そして撤退・廃止が実行されてきた。まして民間 事業者が供給する場合はなおさらである。しかし、交通サービスの利用可能性が保障さ れない地域では経済社会の活性化を実現することは困難である。このため、一たび地域 が交通需要の減少局面に入るとその地域は衰退していくという悪循環が働く。これに対 処するには、交通サービスの保障について政策創造の力が問われる。
論文は、京丹後市が2016年に導入した自家用有償運送(Uber)に着目し、その利便 性・低価格性(タクシー料金の半額程度)を詳細に記録している。これは世界で普及し ているスマホアプリを利用するものであり、住民はもとより観光客も交通サービスを消 費できる。しかしながら、スマホ活用やカード支払いなどが、とりわけ高齢住民にとっ て普及の壁となりかねない状況にある。
このような課題に対処するため、筆者は改めてライドシェアの今日的意義を経済学の 考え方で整理している。それは、不定期的な需要の発現に対する弾力的な供給が可能で あること、利用者と事業者の双方が相互評価することによる情報の非対称性の克服、幹 線交通へのアクセスと幹線交通から目的地へのイグレスが効率的に改善することによ る経済合理性などである。このような考察を経て、地域交通においてサービスを保障す る政策の一つとしてライドシェアの有効性を明快に主張する。
そして、第7章「おわりに」では、4つの事例分析の結果に基づいて本論文のリサー チクエスチョンに対する答を述べている。以下、簡潔に整理する。
第一のリサーチクエスチョンは、経済学の原理に照らした現状評価についてである。
タクシー市場の分析からは、規制緩和が進展したにも関わらず、市場の需要と供給を一 致させるようには運賃調整が行われず、市場環境に応じた価格設定を実現するような規 制緩和が必要であるとの評価を下している。また、高速道路無料化の分析からは、通行 料に価格がないことにより高速道路の渋滞や公共交通の利用減という外部不経済を通 じて、多大な費用が追加的に発生し資源配分が最適ではなかったことを述べている。
鉄道の災害リスクに関する分析及び地域交通の活性化に関する分析からは、発災後の 速やかな復旧を実現させて交通サービスの利用可能性を確保すること、そして、技術革 新によって新しく利用可能となる交通サービスを活用すれば、過疎地においても新しい 発想で交通サービスを保障することが可能となることを述べている。地域の交通サービ
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スを保障していくことは、地域衰退の悪循環にストップをかけるために不可欠であり、
所得分配の公正の観点からその必要性を主張する。
第二のリサーチクエスチョンは、人口減少・低成長下における公的関与のあり方につ いてである。前述した現状評価を踏まえ、筆者は次のように結論づける。市場メカニズ ムによる需給の一致を通じて本来は達成されるはずである資源配分の効率性は不十分 なものにとどまっており、市場メカニズムの活用による利用者視点の徹底が必要である。
全国のほとんどの地域はもはや交通サービス需要の持続的増加が見込めない経済社会 環境にあり、サービスの価格設定はその地域の実情を踏まえて弾力的になされるべきで あり、同時に他の交通モードへの影響を十分に考慮すべきと主張する。
また、交通サービスの保障の観点からは、災害リスクへの事業者の付保を促進するよ うに災害復旧補助金制度を適切に設計することに加え、利用者視点に立った地域交通政 策を展開していくことが必要であり、民間の創意工夫を積極的に促すことや地域交通を 担う主体を増やしていくことを主張する。
Ⅱ.審査結果の要旨
1.審査経過
政策創造研究科では、松野氏の申請を受けて、学位論文審査小委員会を設置し、2017 年 10月17日、松野氏からの口頭説明を受け、審査委員との質疑応答を行った。これを踏まえ て、審査小委員会として学位を授与することが適当であるとの結論に達した。
審査委員は以下の3名である(同年4月に委員が交代した)。 岡本 義行(法政大学大学院政策創造研究科教授) 主査
堀 雅通(東洋大学国際観光学部国際観光学科教授) 副査 外部委員
小峰 隆夫(前法政大学大学院政策創造研究科教授) 副査(2017年3月まで)
梅溪 健児(法政大学大学院政策創造研究科教授) 副査(2017年4月から)
2.評価
2.1 論文の成果
本論文は、「交通問題に関する筆者の深い造詣と時宜にかなった鋭敏な問題意識」「経済 学に裏打ちされた厳密な計量分析」「本研究科における地域経済に関する専門的訓練」とい う3要素が裏打ちする優れた論文であるという点において、審査委員が認識を共有した。
先行研究に対比して、本論文のオリジナルな貢献として次の3点を特記しておきたい。
第一に、適時性(タイムリー性)である。日本の交通政策における規制緩和と自由化の 大きな流れ、過去10年余りの間に生じた高速道路サービスの供給と需要に関する一連の政 策変更、そして大災害が惹起した鉄道の復旧問題など、近年の交通政策分野ではきわめて
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大きなイベントが絶え間なく生起した。それぞれは、経済学の切り口である市場メカニズ ムの活用を通じて、どのように効率と公正を実現していくかに関して重要な研究テーマを 提供する。それらについて的確な実証分析を行い、利用者視点の重視という統一した基準 で体系だった論文に完成させたことは、筆者独自の大きな貢献である。
第二に、時代を見据えた構想力である。筆者が論文で繰り返し問うている点は、①主要 な交通インフラが概成したこれからは「つくる」から「つかう」へ重点が移るべき、②わ が国経済が人口オーナス期にあり、人口減少・低成長が中期的に持続する下では、利用者 視点からのインフラ利活用が政策として優先されるべきということである。部分均衡や部 分最適ではなく、大きな時代認識を核とする考察は説得的である。
第三に、庶民感覚である。学位申請論文であるにもかかわらず、一つ一つの事象に対す る問題意識は一貫して生活者目線である。例えば、タクシーの規制緩和が進むのになぜ子 どもを連れた親の利便性は高まらないのか、ふつうの日本人観光客が外国で満足を経験す る自家用有償運送がなぜ日本では広まらないのか、という疑問が、筆者を学術的な実証分 析へ駆り立てる。わかりやすい動機に促され論文を仕上げたことは、大きな功績である。
2.2 残された課題
このように松野氏の論文は、日本の地域経済をすべてカバーする普遍的な政策意義を有 するものであり、交通問題の専門家のみならず広く地域活性化を考える政策担当者に政策 立案の糸口を与える優れた内容となっている。しかし、残された課題もあり、審査小委員 会で議論されたいくつかの点を示しておきたい。
第一は、利用者視点で交通政策を考える場合に、特定の交通手段に焦点をあてて考察を 深めることは一つの研究段階であり、交通手段間の連携が進み利用者の利便性が高まるよ うにさらなる研究が必要であるとの指摘があった。
第二は、交通サービス市場は、供給者(事業者)と需要者(利用者)が対等の立場で市 場に参加しているわけではなく、往々にして供給者は業界団体を形成し既得権益を守ると いう優越的な地位を占めている。地方の交通政策に関する議論や意思決定の場に、既得権 者のみが参加し利用者は参加することができない。利用者視点に立って交通投資が無駄に ならないような仕組みの設計が重要になるとの指摘があった。
3 結論
以上のように松野由希氏が提出した学位請求論文は、テーマ設定と全体構成、分析手法 と仮説検証などいずれの点をとっても、オリジナリティと学術的な寄与が認められ、博士 号の授与に値するものであると考えられる。
本論文審査小委員会は、委員全員の一致した意見として、松野由希氏に博士号(政策学)
が授与されるべきであるとの結論に達した。