日本小児循環器学会雑誌 1巻2号 154〜163頁(1986年)
完全大血管転位症II型の肺高血圧
(昭和60年10月1日受付)
(昭和60年12月3日受理)
東京女子医科大学付属心臓血圧研究所小児科
門間 和夫 高尾 篤良 安藤 正彦 中沢
同 小児外科今井康晴 黒沢博身
誠
key words:完全大血管転位症,肺高血圧症,肺血管閉塞病変,肺動脈絞拒術
要 旨
心室中隔欠損を伴う完全大血管転位症48例の心内修復手術前後の肺高血圧をしらべた.一期的心内修 復手術例の手術前肺血管抵抗は年齢とともに上昇する傾向があり年齢別に平均±標準誤差で示すと,平
均3ヵ月で7±1単位・m2(以下同じ),平均7ヵ月で8±2,平均15ヵ月で11±2,平均8歳で20±2 であった.5〜19歳の9例では全て14〜32単位の高値を示した.これらの例の心内修復手術後の肺動脈 収縮期圧は,35mmHgに下降したのは11%のみで,63%は35〜65mmHgの範囲であり,26%(5例)が 65mmHg以上で,この内3例が死亡した.手術後の肺血管抵抗はヘマトクリット値の低下とともに低下
する傾向を示した.12例の肺動脈絞拒術後の心内修復手術例では,肺動脈絞拒術を3ヵ月以内で行った 例では心内修復手術後に肺動脈圧が正常化したが,4ヵ月以後の肺動脈絞拒術例では心内修復手術後に 肺高血圧が残った.緒 言
完全大血管転位症の心内修復手術の方法は1960年代 のMustard手術に始まり,その後Rastelli手術, Sen−
ning手術, Jatene手術と進歩し,現在では内外の多く の施設でかなり安全に手術出来るようになった1).し かし完全大血管転位症の心内修復手術後の長期予後 は,右室の収縮力の低下,三尖弁閉鎖不全,肺高血圧 等本症に内在する問題点に,不整脈や上大静脈・肺静 脈系の狭窄など手術に関係した合併症が加わる為,必 ずしも良くない2)3).心室中隔欠損を合併する完全大血 管転位症(完全大血管転位症II型)は完全大血管転位 症の約30%を占める4)が,本症には肺高血圧と急速に 進行する肺血管閉塞病変が合併する事が知られてい る4).本症に於ける高度の肺血管閉塞病変の進行性と 経過については,おもに病理組織学的に研究され5) −9),
臨床的観察特に心内修復手術後の肺動脈圧の検討はま だ不十分なように思われる.そこでここでは完全大血 別刷請求先:(〒162)東京都新宿区市ケ谷河田町10 東京女子医科大学心研小児科
門間 和夫
管転位症II型の肺高血圧の問題を臨床的に検討し,本 症の治療方針を一層明らかにしたいと思う.
対象と方法
この論文で対象としたのは,1974年より1985年6月 の間に当科に入院し,心内修復手術をうけた完全大血 管転位症II型の内,心内修復手術の直前に肺動脈圧に 関するカテーテル検査結果が得られている48例であ る.この間に肺高血圧症の為に手術の適応無しとされ た本症II型の症例は無い.ここでは心室造影により大 きい,或いは中等大の心室中隔欠損が造影され,肺動 脈/大動脈の収縮期圧比が0.6以上であり,かつ肺動脈 一左室間に有意の狭窄なしと診断された完全大血管転 位症をII型とした.カテーテル検査時年齢は1ヵ月乃 至19歳であり,5歳以上の症例が9例である.カテー テル検査および右室造影,及び大動脈造影で明らかな 動脈管開存症が6例に合併し,その3例には大動脈縮 窄症が合併していた.カテーテル検査の前投薬には meperidineとhydroxyzinel°)を筋注し,全身麻酔は用 いなかった.カテーテル検査では経静脈性の・ミルーン カテーテルを右房一左房一左室とすすめて肺動脈への
表1 この研究に含めた完全大血管転位症II型の症例の手術法
手術方法 Mustard法 Senning法 Jatene法 計
一期的心内修復手術 (姑息的palllatlve)
二期的(肺動脈絞抗術後)手術
17
(7)
2
9
(4)
2
10
8
36
(11)
12
合 計 19 11 18 48
挿入を試み,或いは右室から心室中隔欠損をとおして 肺動脈への挿入をこころみた.動脈管開存症を合併す る例では下行大動脈から動脈管をとおして肺動脈ヘカ テーテルを容易に挿入出来た.肺血管抵抗の計算には Fick法による肺血流量10)をもちい,その計算の際の酸 素消費量は,開放回路法1°)による実測値,または160 ml/m2・分の値をもちいた.
これらの例の大部分でカテーテル検査の後1〜2カ 月で心内修復手術(表1)が行なわれた.心内修復手 術は1974年より1979年にはMustard手術が行なわれ
(19例),1979年から1982年までは主にSenning法が用 いられ(11例),1982年からは主にJatene法が行われ ている(18例).この48例のうち11例は9ヵ月以上で高 度の肺血管閉塞病変を合併していたので,心室中隔欠 損症を閉鎖しないか(7例),或いは孔あきpatchで閉 鎖する(4例),姑息的Mustard手術1または,姑息的 Senning手術を行なった(表1).肺動脈絞拒術(PAB)
後の心内修復手術例が12例あった.また手術の成績は 肺高血圧との関連でのみ取り上げた.手術後のカテー テル検査は原則として手術後3乃至6週に行ない,2 例は3及び8ヵ月後に行なった.
結 果
初めに本症の肺高血圧の自然歴について,手術前の 年齢別の肺血管抵抗値について述べ,次に心内修復手 術後の肺動脈圧と肺血管抵抗について,PABの効果を 含めて述べる.
1.手術前の肺動脈圧と肺血管抵抗.
PABを行わずに一期的に心内修復手術(ICR)を 行った35例について,肺高血圧症と肺血管閉塞病変
(PVO)の進行程度を検討した.これらの心内修復手術 前の肺動脈又は左室収縮期圧は,45乃至135mmHgで あり,70mmHg以下は乳児の4例のみであった.この
うち心内修復手術前に肺血管抵抗が測定出来た26例と 手術前に測定出来ず手術後1〜2月で測定された7例 の値を図1に示す.
この図の値を年齢別に5ヵ月,12ヵ月,3歳で区切
り平均をとると次のようになり,一期的心内修復手術 例の肺血管抵抗は年齢とともに上昇する傾向があきら かになる.即ち年齢別に平均±標準誤差で示すと,平 均3ヵ月で7±1単位・m2(以下同じ),平均7ヵ月で 8±2,平均15ヵ月で11±2,平均8歳で20±2であっ た.この内乳幼児では肺動脈収縮期圧と肺血管抵抗の 間に相関があり,肺動脈収縮期圧が70mmHg以下では 肺血管抵抗は10単位以下であり,75mmHg以上ではそ の半数が肺血管抵抗10単位以上であった.5〜19歳の
9例では全て14〜32単位の高値を示した.
2.手術前の肺動脈収縮期圧と肺血管閉塞病変.
この両者の相関を調べるために,手術前カテーテル 検査による肺動脈収縮期圧と肺血管抵抗値を図2に示 す.手術前の検査が不完全で,肺血管抵抗が手術後に のみ測定出来ている例は,手術前の左室収縮期圧と手 術後の肺血管抵抗を示した.年齢5〜24ヵ月では肺動 脈収縮期圧が74mmHg以下の全例が肺血管抵抗10単 位以下で,肺血管閉塞病変が軽度であった.この場合 の右室・大動脈の収縮期圧は80〜100mmHgであり,肺 動脈収縮期圧との間に10mmHg以上の圧差が存在し た.一方肺動脈収縮期圧が75mmHg以上の12例では肺 血管抵抗が7単位以下は例外的で2例のみであり,
50%が10単位以上の高い肺血管抵抗値を示した.これ ら肺動脈または左室圧が75mmHg以上の例では,この 圧と右室又は大動脈収縮期圧はほぼ等しく,10mmHg 以内の圧差であった.
5歳乃至19歳の幼稚園児と学童の群では,9例の全 例が90mmHg以上の肺動脈収縮期圧と14単位以上の 高い肺血管抵抗を示した.この場合には肺動脈と大動 脈の収縮期圧は等しくなり,肺動脈収縮期圧と肺血管 抵抗との間には相関は見られなかった.
3.肺動脈絞ffE術の効果.
PAB後の心内修復手術例が12例あり,全例が手術に 成功した.この12例のPAB時と心内修復手術時及び 手術後カテーテル検査時の年齢と肺動脈収縮期圧を図
3に示す.3ヵ月迄にPABを行なった9例はすべて
156−(20) 日本小児循環器学会雑誌 第1巻 第2号 PVO of TGA(II)
●PRE OP O POST OP 30
20 10
山
O
Z< トのあ山匡α<﹂⊃O㎝︿﹀左くZOΣ﹂記 ●●
●
●
○
●
●
●
●O ●
oo
o(IK)
o(KD)
●
● ●●
■
● o
o
●
●
● ●
●
●
●
●
●
●
U m2°
。 6 12 18 24・L−3 5 7 9 ,eg
AGE MONTHS YEARS
図1 完全大血管転位症II型33症例の肺血管閉塞病変.横軸に手術年齢,縦軸に肺血管抵抗値を示 す.手術前に肺血管抵抗を測定出来た26例と手術後にのみ測定出来た7例を示す.( )内は2歳 以下で高度の肺血管閉塞病変を生じた例(表2)のイニシャルを示す,
30
20
山O Z<ト辺の山α
α<﹂コOの︿﹀
10
>α
<Z
◎Σ﹂⊃江
AGE 5−24 months
o
●
●
●Pre_Op PAP & PVR AGE oPre−Op LVP & Post−Op PVR
O O
●
●
●
●
●
○
●
●
●
●
●
●
o
o o
●
4−19years
●
●
●
●
●
●
●
●
●
Um20
50 60 70 80 90 100 90 100 110 120 130 140SYSTOL|C PULMONARY ARTERIAL PRESSURE(mrn Hg)
図2 完全大血管転位症II型に於ける肺動脈収縮期圧と肺血管閉塞病変との相関.5−一・24ヵ月の21 例(乳幼児群)と4〜19歳の9例(幼稚園・学童群)に分けて示す,肺血管抵抗が手術後にのみ 測定された6例は手術前の左室収縮期圧でプロットした.
山匡
⊃のの山α匹 ﹀江﹈ト匡︿﹀α︿ZOΣ﹂⊃△OコOトの﹀の
mmHg O
TGA(II) & PAB ●before PAB(■assumed pressure)
obefore ICR ロafter ICR
(TN)
一一一一
〇 6 12 18 24 3 4 5 6 7
AGE MONTHS YEARS
図3 完全大血管転位症II型に於ける肺動脈絞拒術(PAB)後と心内修復手術(ICR)後の肺動脈収縮期圧.肺 動脈絞拒術前の肺動脈収縮期圧は実測された値を黒丸,実測出来ていない場合には左室圧その他の値からの推 定値を黒四角で示した.心内修復手術前後の値は実測値のみ記載した.横軸はカテーテル検査時の年齢.
TGA II,PRE & POST ICR PVR 5
1
江〉 江
巳0ートの2 10
5
00 5 10 PRE・OP PVR
REGRESSION LINE
Y=0.43X◆1.7(r=O.80)
15 20U.M2
図4 完全大血管転位症II型14例の心内修復手術前後の肺血管抵抗値の比較.9例で は肺血管抵抗が手術後に低下した.
158−(22)
肺血管閉塞病変の進行がおさえられ,心内修復手術前 後の肺動脈圧が40mmHg以下であった.5ヵ月及び13 ヵ月でPABを行った2例(後出)は心内修復手術後の 肺動脈収縮期圧が80mmHg台であり,かなり高度の肺 血管閉塞病変が残った.
4.手術前後の肺血管抵抗とヘマトクリット値.
心内修復手術の前と後で肺血管抵抗が測定出来た14 例について,その値を比較して図4に示した.肺血管 抵抗値の平均値は,手術前の6.6単位から手術後には 4.6単位へと,30%低下した.図4に示すように,手術 前値を横軸,手術後値を縦軸にとると,この2つの値 の回帰直線はY=0.43X+1.7(r=0.80)となった.
この14例のうち肺動脈絞拒術後の4例を除く10例に ついて,心内修復手術前後の肺血管抵抗とヘマトク
リット値を比較すると,図5のようになる.10例の平 均では,ヘマトクリット値は術前の56±3%(平均±
標準偏差)から40±1%に低下し,肺血管抵抗は9.5±
1.8単位・m2から5.7±0.8単位・m2に低下した.この図 には肺血管床でのヘマトクリット値と血液粘稠度の関 係を示す曲線23)を併記した.10例の内7例がこの曲線
日本小児循環器学会雑誌 第1巻 第2号
にほぼ平行して変化していた.
5.手術後の肺動脈圧と心内修復手術成績との関係.
心内修復手術の前後のカテーテル検査により測定さ れた肺動脈収縮期圧を19例について図6に示した.こ こではこの2回のカテーテル検査の出来た例のみ示 し,また肺動脈絞拒術後の心内修復手術例は除いた.
心内修復手術後の肺動脈収縮期圧は,35mmHg以下に 下降したのは11%のみで,63%は35〜65mmHgの範囲 であり,26%(5例)が65mmHg以上で,この内3例
が死亡した.
48例全体について死亡例を検討すると,手術後32日 迄の死亡が6例,遠隔期死亡が4例ある(表2).この うち初めの5例は高度の肺血管閉塞病変をもち,これ が死亡の重要な因子となったと思われる.次に肺高血 圧症と手術後の経過の点で,典型的な3症例に就いて
述べる.
(症例Y.R.)(肺血管閉塞病変が残り遠隔期死亡した
例)
完全大血管転位症II型の男児で2歳でカテーテル検 査を受け,肺動脈圧80/48mmHg,肺血管抵抗7単位の
TGA(II):PVR vs Ht. PRE & POST ICR ● o 20
15 10
(凡ヒ⊃︶﹈OZ<トの♂U匡 き⊃Uψ︿﹀
5
〉匡くZΩユー5止
)〉 卜
§﹀ 山≧ヒ︑﹂Uα
HEMATOCRIT(・ .)
図5 肺動脈絞掘術例を除く,完全大血管転位症II型10例の心内修復手術前後の肺血 管抵抗とヘマトクリット値の変化.10例内7例で手術後にヘマトクリット値の低下 と共に抵抗値が低下した.ヘマトクリット値と粘稠度(肺血管抵抗)との関係23)を点 線で示す.
125
∞
1
山5のの山α江
75
50 25
>α 山ト 匡〈
〉㏄
〈
Z O
Σ﹂⊃ユOコO↑の﹀ψTGA(II)
8
|
IK)D
f
●PRE・ICR oPOST ICR ◆LATE DEATH
︶
刈
龍﹁1←→ll← |
(YR)
︶
M
Y
ー
mmHg O
O
3 6 9 12 15AGE MONTHS
18 21 24 84
ト
図6 完全大血管転位症II型の心内修復手術前後のカテーテル検査による肺動脈収縮 期圧.横軸は手術時年齢.心内修復手術後の遠隔期死亡例,或いは肺血管閉塞病変 残遺例(表2)のイニシャルを()内に示す.
表2 手術死亡例.肺動脈収縮期圧と肺血管抵抗値は手術前値
手術 年歯令
肺動脈圧
mmHg
SN 13ヵ月 71 KD l3カJJ 83 YR 2歳 80 SS IOhk l10 0S 19∬曳 135
JT 8ヵ月 72
SR 5歳 (PAB後)
ST 14ヵ月 70 KS 14ヵ月 7⑪ DK 10ヵ月 28(PAB後)
肺血管抵抗 単位・m2
M M
閃 声
PH, TR残り,2年後死亡.
PH残り,5ヵ月後死亡.
PH残り,16ヵ月後死亡.
5日後肺動脈瘤破裂で死亡,
6H後低心拍出症候群で死亡.
TR, SVC閉塞を生じ再手術後死亡.
経過不明であるが6ヵ月後死亡.
肺出血で32日後死亡.
敗血症で28日後死亡.
心筋梗塞で5ヵ月後死亡.
S:Senning, M:Mustard, P:palliative, J:Jatene, PH:肺高血圧症. TR:二尖弁閉鎖不全.
肺血管閉塞病変と診断された.つづいてMustard手術 と孔あきpatchによる心中室中隔欠損閉鎖を行った が,手術台上で手術開始時に電磁流量計ではかった肺 動脈:大動脈の流量は2.2:2.4L/分であった.手術後
1ヵ月のカテーテル検査で肺動脈圧は130/55mmHg
で,肺高血圧が持続し,手術の16ヵ月後に自宅で死亡
した.
(症例Iw.K.)(肺高血圧症を残した生存例)
完全大血管転位症II型で,心室中隔欠損,大動脈縮 窄,動脈管開存,肺高血圧を合併する男児である.生
160−(24)
後1ヵ月で他施設でBASを受け,9ヵ月のカテーテ
ル検査で95/52mmHgの肺高血圧があった.手術は14 ヵ月で,Mustard手術と心室中隔欠損閉鎖,動脈管切 離,大動脈弓と下行大動脈をgraftで接続する手術を 行なった.手術後4ヵ月のカテーテル検査で肺動脈圧 は140/90mmHgあり,心不全と心室中隔欠損の閉鎖部 をとおしての左室一右室短絡がのこった.しかしその 後比較的元気に過ごし,10歳で強心剤と利尿剤を服用しているが,NYHA 2度の生活をしている.
(症例Is.K.)(孔あきpatchで心室中隔欠損閉鎖と Senning手術後に肺動脈圧の低下した例)
男児で2ヵ月と8ヵ月のカテーテル検査で肺動脈収
縮期圧が80mmHg,8ヵ月の肺血管抵抗が14単位で
あった.チアノーゼは高度で著しい赤血球増多症があり,ヘマトクリット値は78%であった.9ヵ月でSen−
ning手術と孔あきpatchによる心室中隔欠損閉鎖を 行った.その2ヵ月後のカテーテル検査では肺動脈収 縮期圧は40mmHgに低下しており,肺血管抵抗は測定 出来ていないが,正常より少し高い程度と推定された.
考 察
心室中隔欠損を合併する完全大血管転位症は肺高血 圧を合併し,且つ肺血管閉塞病変が早期に進行するこ
とが,従来知られている.その進行の早さについては,
従来主に肺の組織学的検索から,生後6ヵ月以後急速 に進行する事が判明している5)〜9).しかし臨床では肺 生検による組織学的検索は一般的でなく,個々の症例 の肺血管閉塞病変の診断は主にカテーテル検査により 行なう事になる.
カテーテル検査で測定された肺血管抵抗値で肺血管 閉塞病変を正確に評価する事が困難な理由は次の通り である.まず理論的には,乳児期には胎児の特徴であ る強い肺血管収縮が様々な程度に残存して肺血管抵抗 を上昇させており,塩酸トラゾリン試験等により初め て血管収縮と器質的な肺血管閉塞病変を(不完全では あるが)区別できる事である1°).また完全大血管転位症 では赤血球増多症により血液の粘稠度が増加11)12)して おり,そのため手術前の肺血管抵抗値は高くなる.図
5に示すように私達のデータもヘマトクリット値の低 下が本症心内修復手術後の肺血管抵抗低下の一因であ
る事を示す.症例Is.K.の手術前の高い肺血管抵抗値 が手術後に低下した理由に1つはヘマトクリット値の 低下であろう.技術的には,Fick法で乳児の肺血流量 を測定する際の困難さがある.まず酸素消費量の測 定13)が必ずしも容易でない.また肺動脈と肺静脈の
日本小児循環器学会雑誌 第1巻 第2号 samplingを同時,あるいは状態が変わらない間に続け て行う事が容易でない.こうした制約を認めた上で以 上の結果を考察したい.
出生後早期,少なくとも1〜2月の間は,本症でも 肺血管閉塞病変が生じていない事は,従来の組織学的 研究により明らかである.私達の研究でも生後3ヵ月 迄に肺動脈絞拒術を行った場合には肺血管が保護され ていた事もこれを支持している.
生後3〜4ヵ月以後は肺血管の器質的な閉塞病変が 進行してくる時期であるが,その進行は肺動脈圧,或 いは左室圧が高い程速やかである.逆に心室中隔欠損 が余り大きくなく,左室圧が右室圧より低い場合には,
肺血管閉塞病変の進行は遅い.右室に対する相対的な 左室圧は断層心エコー図によりおおよそ推定する事が 出来る14)ので,この事は臨床上重要である.
完全大血管転位症II型の肺血管閉塞病変の進行度を 肺高血圧症を伴う心室中隔欠損のそれと比較すると,
完全大血管転位症II型の1歳前後での心内修復手術後 に60〜100mmHgの肺高血圧症が時々見られる事,心 室中隔欠損の心内修復手術後の肺高血圧症残遺は通常 2歳以後,多くは4〜6歳での手術例にみられる事か ら,完全大血管転位症II型の肺血管閉塞病変の進行速 度は,肺高血圧症を伴う心室中隔欠損の3〜6倍速や かなのではないかと推定される.この点を肺血管の組 織学で研究したYamakiの研究6)では,完全大血管転 位症で心室中隔欠損より約4倍早く肺血管閉塞病変が 進行する事が示されている.
本症の手術時期については,以上の結果から次のよ うに考察される.手術後遠隔期に正常の肺動脈圧が得 られる為には,手術時期は生後2ヵ月以内が良い.こ
の点では最近本症1型の新生児に対して積極的に Jatene手術を行い,80%の成功率を上げている
Castaneda15)の成績が注目される.しかし一般に本症II型に対する心内修復手術は3ヵ月迄は不良なので,
2ヵ月迄に肺動脈絞拒術を行い,その後に心内修復手 術を行う二期的手術が勧められる.
一方,肺動脈絞拒術後の心内修復手術では,心嚢の 癒着の問題と肺動脈形成術が必要になる事からこれを 避け,生後3ヵ月以後に一期的に心内修復手術を行う 方法もある.この場合にはある程度の肺血管閉塞病変 の進展は避けられない.私達の研究でも八巻の研究5)6)
でも生後5ヵ月以後は肺血管閉塞病変が進行する.特 に心室中隔欠損が大きく肺動脈圧が高い場合には肺血 管閉塞病変の進行が早く,手術は早い方が良い.私達
はこのような例で1歳前後で手術をして肺血管閉塞病 変の為の遠隔期死亡例を経験している.このような手 術後遠隔期死亡の場合に手術後に更に肺血管閉塞病変 が進む事が報告されている16) 7).逆に心室中隔欠損が 大きくなく,肺動脈圧が70mmHg以下の場合には,手 術をそれほど急ぐ必要はない.
肺血管閉塞病変を生じた本症の心内修復手術の適応 の限界については,一般に肺血管抵抗10単位・m2迄と 考えられている18)19}.しかし2歳以下で肺血管抵抗が 10単位以上の場合は,それが肺血管収縮と赤血球増多 症により器質的肺血管閉塞病変そのものによる以上に 高い値になっている可能性が大きい.このような例で は,まず肺血管抵抗を出来るだけ正確に測定すること,
次に塩酸トラゾリン試験で肺血管の反応をしらべる事 が大切である.塩酸トラゾリソで肺血管抵抗が8単位 以下に低下する例は,心室中隔欠損を閉鎖して心内修 復手術を行うのが良い.塩酸トラゾリソ注入後にも肺 血管抵抗が10単位以上の例では,次に述べるような姑 息的心房位switch手術か,孔あきpatchによる心室 中隔欠損の閉鎖と心内修復手術を行うのが良いであろ
う.
完全大血管転位症のII型の肺血管閉塞病変が4歳以 後PABをしていない例では例外なく高度に進行して
しまう事と,その場合には姑息的心房内switch手術が ほぼ安全に出来る事がこの研究でも示された.姑息的 心房内switch手術は,初めLindesmithにより始めら れ,その安全性と効果については,内外の報告18ト22)に より,ほぼ確立されている.しかしこれは3〜4歳以 上に達して,肺血管閉塞病変が高度になった例に対す るやむをえない手術方法であり,根治手術とは言い難
い.
この研究の結果心内修復手術の前後の肺血管抵抗の 低下がヘマトクリット値の低下と平行して生じている 事は,手術前の高い肺血管抵抗の一部がヘマトクリッ ト値上昇による事を示す.一般にPoiseulleの法則か ら,血液の粘稠度と血管抵抗は比例し,ヘマトクリッ ト値の上昇が血液の粘稠度増加を生じる事も良く知ら れている.実験的に犬の肺血管床を用いての測定では,
ヘマトクリット値が40%から72%になると粘稠度が2 倍に,82%で3倍になる23).ヘマトクリット値が60%以 上の症例では,赤血球増多症による見掛け上の肺血管 抵抗増加がある事を記憶すべきであろう.
結 語
一期的に心内修復手術を行った完全大血管転位症II
型36例の臨床的観察から,本症の肺血管閉塞病変の進 行に関しては,肺動脈収縮期圧75mmHg以上の場合に 生後4ヵ月以後かなり急速に高度の肺血管閉塞病変が 出現して来る事,4歳以後には高度の固定した肺血管 閉塞病変がほぼ全例に生じる事が示された.また生後 3ヵ月以前の肺動脈絞拒術が肺血管閉塞病変の進行防 止に有効である事と,5ヵ月では肺動脈絞拒術が無効 の場合がある事が示された.従って肺動脈絞拒術後の 場合は手術を急ぐ必要はないが,肺動脈絞拒術をして いない例,特に肺動脈圧が80mmHg以上の例は,生後 3ヵ月以内に心内修復手術を済ませるのが望まれる.
謝辞 手術後遠隔期の2症例の追跡検査データーをお知 らせいただいた熊本赤十字病院小児科石橋健二朗先生と西 原重剛先生に感謝します,
文 献
1)Moulton, A.L.(Editor):Congenital Heart Sur−
gery. Current techniques and controversies.
Appleton Davis, Pasadena,1984, p.3−60.
2)Kidd, B.S.L. and Rowe, R.D.(Editors):The Child with Congenital Heart Disease after Sur−
gery. Furtura, Mount Kisco,1976, p.187,195,
201,217.
3)門間和夫,高尾篤良,長谷直樹,和田寿郎:完全大 血管転移症Mustard手術後の遠隔期死亡.心臓,
12:60, 1980.
4)Paul M.H.:D−transposition of the great arteries. In Adams, F.H. and Emmanouilides, G.
C.(Editors):Moss Herat Disease in Infants,
Children, and Adolescents.3rd edition. Wil・
liams&Wilkins, Baltimore,1983, p.296−332.
5)八巻重雄:完全大血管転移症に伴った肺動脈病変 の特異性に関する組織計測的研究.日胸外会誌,
25:1119, 1977.
6)Yamaki, S. and Tezuka, F。:Quantitative analysis of pulmonary vascular disease in com−
Plete transposition of the great arteries. Circu・
lation,54:805,1976.
7)Newfeld, EA., Paul, M.H., Muster, A.J. and Idriss, F.S.:Pulmonary vascular disease in complete transposition of the great arteries:A study of 200 patients, Am. J. Cardiol.,34:75,
1974.
8)Edwards, W.D. and Edwards, J.E,:Hyperten−
sive pulmonary vascular disease in d−transposi・
tion of the great arteries. Am. J. Cardio1.,41:
921,1978.
9)Viles, PLH., Ongley, P.A. and Titus, J.L.:The
spectrum of pulmonary vascular disease in transposition of the great arteries. Circulation,
162−(26)
40:31,1969.
10)小柳 仁,門間和夫,鈴木 紳:新・心臓カテーテ ル法.東京,南江堂,1984,p.73,78.
11)Nihill, M.R., McNamara, D.G. and Vike, R.L,:
The effects of increased blood viscosity on pulmonary vascular resistance. Am. Heart J.,
92:65,1976.
12)Mair, D.D.(Editorial):Effect of markedly elevated hematocrit level on blood viscosity and assessment of pulmonary vascular resis・
tance. J. Thorac. Cardiovas. Surg.,77:682,
1979.
13)門間和夫,西原重剛:小児心拍出量測定法.Fick 法と熱希釈法の検討.心臓,12:725−1980.
14)Satomi, G., Nakamura, K., Takao, A. and Imai,
Y.:Two・dimensional echocardiographic
detection of pulmonary venous channel stenosis after Senning s operation. Circulation,68:545,
1983.
15)Castaneda, AR., Norwood, W.1., Gomes, R.A.,
Colon, SD., Sanders, S.P. and Lang, P.: Tran・
sposition of the great arteries and intact ventricular septum. Ann. Thorac. Surg.,38:438,
1984.
16)八巻重雄:完全大血管転位症の術後遠隔期におけ る肺血管病変の変化について.日胸外会誌,27:
178, 1979.
17)Yamaki, S. and Horiuchi, T.:Quantitative analysis of posterperative changes in the pul・
monary vasculature of patients with complete transposition of the great arteries and pul一
日本小児循環器学会雑誌 第1巻 第2号
monary hyperyension. Am. J. CardioL,44:284,
1979.
18)Byrne, J., Clarke, D., Taylor, J.FN., Macartney,
F.,De Leval, M and Stark, J.:Treatment of patients with transposition of great arteries and pulmonary vascular obstructive disease. Br.
Heart J.,40:221,1978.
19)Mair, D.D., Ritter, D.G., Danielson, G.K., Wal−
lace, R.B. and McGoon, D.C.:The palliative Mustard operation. Rationale and results. Am.
J.CardioL,37:762,1976.
20)土屋幸治,今井康晴,本多正知,龍野勝彦,谷本欣 徳,福地伸治,橋本明政,金 公一,富野哲夫,夏 秋正文,弓削 一,村上保夫,上村 茂,高尾篤良:
重症大血管転移位症II型に対する姑息的Mus・
tard手術の2治験例.日胸外会誌,25:1655,
1977.
21)Marcelletti, C, Wagenvoort, C.A., Losekoot, T。
G.and Becker, A.E.:Palliative Mustard or Rastelli operation in complete transposition of the great arteries, J. Thorac. Cardiovas, Surg.,
77:677,1979,
22)Mair, D,D., Ritter, D.G., Ongley, P.A. and Helm・
holz, H.F,:Hemodynamics and evaluation for surgery of patients with complete transposition of the great arteris and ventricular septal defect. Am. J. Cardiol.,28:632,1971.
23)Bucens, D. and Pain, M.C.F.:Influence of hematocrit, blood gas tensions, and pH on pressure・fiow relations in the isolated canine lung. Circ, Res.,37:588,1975.
Pulmonary Hypertension in Complete Transposition of the Great Arteries Associated with Ventricular Septal Defect
Kazuo Momma, Atsuyoshi Takao, Masahiko Ando, Makoto Nakazawa,
Yasuharu Imai and Hiromi Kurosawa
Departments of Pediatric Cardiology and Pediatric Surgery, The Heart lnstitute of Japan,
Tokyo Women s Medical College
Pre and post operative pulmonary hypertension and pulmonary vascular obstructive disease were evaluated in 48 infants and children with complete transposition of the great arteries and ventricular septal defect. In this study, only those patients with a systolic pulmonary to systemic pressure ratio of more than O.6 and without organic stenosis at the left ventricular outflow tract were included. Twelve patients had had previous pulmonary artery banding. Methods of intra−cardiac repair include Mustard procedure(19cases), Senning Procedure(11cases)and Jatene procedure(18 cases).
Preoperative pulmonary vascular resistance in cases without pulmonary artery banding showed a rapid increase in infancy. Pulmonary vascular resistance was more than 10 units in 400ro of cases aged 12 to 24 months. In these infants systolic pulmonary arterial pressure less than 70 mmHg was associated with a mild increase in pulmonary vascular resistance. Five patients expired following intra−cardiac repair because of residual pulmonary hypertension. The youngest of these 5 patients was 13 months old at operation. A119patients aged more than 4 years showed high pulmonary vascular resistance ranging from 14 to 32 units, and ventriculor septal defect was left open at the time of intracardiac repair.
Comparison of pre and post−operative pulmonary vascular resistance and hematocrit revealed that high hematocrit was related to an increase in preoperative pulmonary vascular resistance. Pulmonary arterial banding effectively inhibited the progress of pulmonary vascular obstruction if it was done before 3 months of age. Intracardiac repair is recommended before the age of 3 months in those patients with complete transposition of the great arteries, ventricular septal defect and systolic pulmonary arterial pressure of more than 75 mmHg.