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妊娠中の喫煙と周産期異常
日本子ども家庭総合研究所 大正大学人間学部
中村 敬
はじめに
妊娠中の喫煙が胎児に与える影響については多くの研究報告があり、低出生体重児出生 率が高いこと、早産の頻度が増加することなどが知られている。今回、機会を得たので、
筆者が東京都母子保健サービスセンターに在籍中に、東京都母性医療ネットワークのデー タを用いて、妊娠中の喫煙と産科異常および新生児異常について分析した結果を紹介した い。
【1】対象および方法
分析対象は東京都母子保健サービスセンターにおける東京都母性医療ネットワークのデ ータのうち、多胎を除く1987年10月から1993年 12月までのデータから、妊娠中の喫 煙群908件を抽出し、対照群として、喫煙群の約3倍の非喫煙群2999件を無作為に抽出 して分析を行った。
(1)分析の対象とした妊娠分娩異常は、妊娠中の飲酒、早産の頻度、切迫流早産、重症 妊娠中毒症、前期破水、胎盤早期剥離、前置胎盤、胎盤機能不全、胎盤梗塞、DIC、胎 児仮死、胎児死亡、新生児仮死、低出生体重児の頻度、SFD児の出生頻度、出産時体重 および身長の平均値について、妊娠中の喫煙群と非喫煙群に分け2群間の差を検定した。
(2)統計処理は東京都母子保健サービスセンターにおける汎用機上のSASを用いて、
χ2検定、およびt検定を行い、さらに、低出生体重児出現率に関しては、コクランマン テルヘンゼル統計を用いて、出生体重に影響を与える因子である児の性別、初産経産別、
早産(妊娠37週未満)の有無、前期破水の有無による補正を行った。
【2】結果
(1)妊娠中の喫煙と妊娠中の飲酒および産科異常(表-1):
妊娠中の喫煙群および非喫煙群の2群間における環境因子および産科異常の頻度差を検討 した結果を表-1に示した。これによると、妊娠中の喫煙群では妊娠中に飲酒しているも のの頻度が有意に高かった。産科的異常では、早産や前期破水の頻度が有意に高く、さら に、胎盤早期剥離、胎盤梗塞などの胎盤の異常の頻度が有意に高かった。前置胎盤や胎盤 機能不全は両群で差はなく、今回の検討では、胎児死亡の頻度は両群間で差がなかった。
(2)妊娠中喫煙と新生児異常(表-1):
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新生児異常について検討すると、喫煙群で低出生体重児の出生頻度が有意に高かったが、
SFD児の出生頻度、新生児仮死の頻度は両群で差がなかった。
(3)コクラン・マンテル・ヘンゼル検定(表-2、図1,2):
先ず、低出生体重児出生に影響を与えると考えられる4つの交絡因子、児の性別、初産・
経産、早産、前期破水で補正(コクラン・マンテル・ヘンゼル検定)して、低出生体重児 出生率をみてみると、妊娠中の喫煙群で有意に高く、相対危険度 1.224で約1.2倍の危険 度を示していた。表-2は各交絡因子の組み合わせによりグループを作成し、喫煙群と非 喫煙群での相対危険度をみたものである。これによると、作成した 15 グループのうち、
10グループで、喫煙群で相対危険度が1以上を示し、これら交絡因子の影響を取り去って も、低出生体重児出生率は妊娠中の喫煙により増加するものと考えられた。
(4)出生体重および出生時身長の平均値の差(図3):
喫煙群および非喫煙群における出生時体重の平均値を比較してみると、喫煙群では、
2917±551 グラム、非喫煙群では 3005±546 グラムでt検定では、両群の間に有意差
(P<0.01)を認めた。出生時身長は喫煙群では48.3±3.1cmであり、非喫煙群では、48.7
±3.1cmであり、t検定では両群間の有意な差(P<0.01)を認めた。
【3】考察
妊娠中の喫煙により、種々の産科異常、早産および低出生体重児出生率が増加すること が知られており、健康教育の課題として重要視されている。
従来報告されている喫煙と妊娠分娩および新生児異常は、
1)早産の増加 2)自然流産の増加 3)周産期死亡率の増加
4)胎盤早期剥離、前置胎盤、出血などの危険性の増大 5)低出生体重児の増加
6)SFD児の増加 などである。
厚生省編「喫煙と健康」によれば、妊娠中の喫煙群では、非喫煙群に比し約1.2~3倍近 く早産が多いことが示されている。次に妊娠中毒症に関して、従来の報告では喫煙群では 非喫煙群に比し中毒症(子癇前症)発生率が有意に少く、喫煙量との関係では負の量-反 応関係がみられることが諸外国の調査により報告されている。この理由はたばこ煙中の
thiocyanate の降圧作用や喫煙妊婦にみられる妊娠後期における血漿量増加の停止などが
原因といわれている。今回の筆者らの重症中毒症の発生率の比較では両群間に差はみられ なかった。
従来の他の妊娠合併症に関して検討した報告では、胎盤早期剥離、前置胎盤、出血、前 期破水などの妊娠合併症の危険が高まるといわれており、喫煙量とこれらの異常の発生率
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との間に量-反応関係が成立することが指摘されている。また、妊娠中の喫煙と前期破水 について検討した Harger J.H.らのCase-Control Studyによれば、妊娠中喫煙群で有意に 前期破水が多く、禁煙により前期破水のリスクが減少することが指摘されている。筆者ら の検討でも、前期破水は喫煙群で有意に頻度が高かったが、前置胎盤の発生頻度は両群に おける差はなかった。しかしながら、胎盤早期剥離や胎盤梗塞など胎盤異常は喫煙群で有 意に高く諸家の成績と一致していた。
次に、低出生体重児出生率およびSFD児出生率を検討してみると、諸家の報告では、喫 煙妊婦では約2倍の発生頻度を示しており、これは妊娠中の喫煙により、先に述べた早産 が増加すること、胎内での児発育が障害されることの2つの理由で低出生体重児発生率が 増加すると考えられている。今回、筆者は喫煙の胎内発育への影響をみるために、早産や 前期破水の影響を取り去って、喫煙群と非喫煙群の間で、低出生体重児出生率に差がある かどうかを検討してみた。これによると、妊娠中の喫煙群では非喫煙群に比べ、明らかに 低出生体重児出生率が上昇しており、喫煙が胎内での胎児発育に大きく影響を与えている ことが証明された。
妊娠中の喫煙で胎児発育が悪くなるのは、喫煙によるニコチンと一酸化炭素の作用によ り、胎児・胎盤系の低酸素状態が生じ、さらに、継続した喫煙により長時間の低酸素状態 が持続し、結果として胎児の発育障害が発生し、これにともなって種々の胎盤異常が発生 すると解釈されている。
上記のメカニズムから、分娩に際して、胎盤機能不全が分娩の経過に大きな影響を与え ることが示唆され、喫煙妊婦では喫煙量の増加とともに低アプガースコアー児の頻度が増 加し、大量喫煙者では非喫煙者に比べ低アプガースコアー児の頻度がとくに高くなると報 告されている。今回の筆者の検討では喫煙群と非喫煙群での単純な比較では、アプガース コアー3未満の頻度は両群で差を認めなかった。
【4】結論
1)妊娠中の喫煙による影響で、早産、前期破水、胎盤早期剥離、胎盤梗塞などの産科異 常が増加するものと考えられた。
2)妊娠中の喫煙群では、関連する因子で補正しても低出生体重児出生率が高くなり、喫 煙は胎内での胎児発育に大きな影響を与えることが証明された。
3)妊娠中の喫煙による周産期の異常は、早産が増加すること、胎盤早期剥離、胎盤梗塞 など胎盤異常が生じやすいこと、前期破水を起こしやすいこと、早産の増加と胎内発育不 全により低出生体重児の出生頻度が高くなることであった。
参考文献
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4
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4)濱田洋美他:妊婦の喫煙および受動喫煙の妊娠、分娩に及ぽす影響、周産期医学、18:
1585-1590,1988
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9)Kleinman,J.,C,. et al:The effects of maternal smoking on fetal and infant mortality Am.,J.,Epidemiol.,127(2):274-281,1988
10)厚生省編:喫煙と健康、第 5 章 女性・妊婦および青少年の喫煙、PP.125-138、
保健同人社、東京、1997
母子保健情報 37号、 特集「生涯を通じての女性の健康」掲載論文
表−1:妊娠中の喫煙と産科・新生児異常
因子 喫煙群 % 非喫煙群 % 相対危険度 (95%信頼限界) χ二乗値 確率 有意差 飲酒 425/908 46.81 34/2999 1.13 41.667 29.412 58.824 1402.279 0.000 P<0.01 重症妊娠中毒症 15/908 1.65 51/2999 1.70 0.972 0.549 1.718 0.010 0.921 N.S.
重症妊娠貧血 13/908 1.43 63/2999 2.10 0.682 0.377 1.233 1.635 0.201 N.S.
早産 110/908 12.11 252/2999 8.40 1.441 1.167 1.783 11.422 0.001 P<0.01 切迫早産 142/908 15.64 467/2999 15.57 1.004 0.845 1.193 0.002 0.961 N.S.
前期破水 190/908 20.93 532/2999 17.74 1.179 1.017 1.368 4.696 0.030 P<0.05 胎盤早期剥離 13/908 1.43 20/2999 0.67 2.146 1.089 4.237 4.868 0.027 P<0.05 前置胎盤 9/908 0.99 22/2999 0.73 1.351 0.624 2.924 0.588 0.443 N.S.
胎盤機能不全 9/908 0.99 14/2999 0.47 2.123 0.922 4.878 3.275 0.070 N.S.
胎盤梗塞 9/908 0.99 8/2999 0.27 3.717 1.437 9.615 8.443 0.004 P<0.01 DIC 1/908 0.11 5/2999 0.17 0.661 0.077 5.650 0.146 0.703 N.S.
胎児仮死 84/908 9.25 238/2999 7.94 1.166 0.919 1.477 1.594 0.207 N.S.
胎児死亡 6/908 0.66 19/2999 0.63 1.043 0.418 2.604 0.008 0.928 N.S.
新生児仮死(APGAR<3) 22/908 2.42 68/2999 2.27 1.068 0.664 1.718 0.075 0.784 N.S.
低出生体重児 141/908 15.53 329/2999 10.97 1.416 1.179 1.701 13.685 0.000 P<0.01 SFD 37/908 4.07 91/2999 3.03 1.342 0.923 1.953 2.381 0.123 N.S.
表−2:妊娠中の喫煙と低出生体重児出生率
(低出生体重児出生と関係のある因子の組み合わせでみた頻度)
因子 喫煙群 % 非喫煙群 % 相対危険度 95%信頼限界 A
初産、男児、前期破水
なし、早産なし 12/231 5.19 30/749 4.01 1.297 0.675 2.494 B
初産、男児、前期破水
なし、早産あり 15/21 71.43 47/53 88.68 0.805 0.606 1.073 C
経産、男児、前期破水
なし、早産なし 8/125 6.40 14/421 3.33 1.923 0.826 4.484 D
経産、男児、前期破水
なし、早産あり 8/13 61.54 21/33 63.64 0.967 0.586 1.597 E
初産、女児、前期破水
なし、早産なし 11/179 6.15 43/668 6.44 0.955 0.503 1.812 F
初産、女児、前期破水
なし、早産あり 12/13 92.31 36/43 83.72 1.103 0.898 1.353 G
経産、女児、前期破水
なし、早産なし 9/112 8.04 15/433 3.46 2.320 1.043 5.155 H
経産、女児、前期破水
なし、早産あり 14/15 93.33 16/21 76.19 1.225 0.931 1.613 I
初産、男児、前期破水
あり、早産なし 4/61 6.56 9/161 5.59 1.174 0.375 3.663 J
初産、男児、前期破水
あり、早産あり 12/14 85.71 21/28 75.00 1.143 0.845 1.546 K
経産、男児、前期破水
あり、早産あり 12/9 88.89 16/18 88.89 1.000 0.754 1.326 L
初産、女児、前期破水
あり、早産なし 7/48 7.89 12/152 7.89 1.560 0.771 4.425 M
初産、女児、前期破水
あり、早産あり 12/16 75.00 29/34 85.29 0.880 0.641 1.205 N
経産、女児、前期破水
あり、早産なし 1/12 8.33 1/54 1.85 4.505 0.302 66.667 O
経産、女児、前期破水
あり、早産あり 5/8 62.50 4/19 73.68 0.848 0.465 1.546 組み合わせが0になるテーブルは除外
各因子で補正後の低出生体重児出生率相対危険度 1.224 (0.997-1.302)
図1:喫煙群の非喫煙群に対する 因子別相対危険度
1 10 100
飲 酒
早 産
前 期 破 水
胎 盤 早 期 剥 離
胎 盤 梗 塞
低 出 生 体 重 児 相
対 危 険 度
図2:各因子の組み合わせ別にみた喫煙群 の低出生体重児出生率の相対危険度
0 1 10 100
A B C D E F G H I J K L M N O 因子の組み合わせ
相 対 危 険 度
図3:妊娠中の喫煙群と非喫煙群の妊娠週数別出生体重
2,000 2,500 3,000 3,500 4,000
36 37 38 39 40 41 42
○:非喫煙群
●:喫煙群 ー:標準偏差
図3:妊娠中の喫煙群と非喫煙群の妊娠週数別出生体重
2,000 2,500 3,000 3,500 4,000
37 37 38 38 39 39 40 40 41 41 42
出生体重(グラム)
妊娠週数