EU におけるフレキシキュリティ政策と 日本における職業訓練
名嘉座 元 一
1.はじめに
本報告は 2015 年から 2016 年にかけて調査したフレキシキュリティについての報告で ある。フレキシキュリティの定義については後述するが、労働移動を活性化させるととも に失業などした場合のセーフィティネットも同時に保障する政策である。 これは、 ヨーロッ パにおいてオランダやデンマークで最初に導入され、失業率の低下と経済の活性化が図れ たことからヨーロッパ各国が見習うようになり、EU 全体の労働政策でも重点政策となっ た。
日本でも高齢化の進行と人口減少によって労働力人口が減少傾向となっており、労働力 不足が深刻になっていくことが予想されている。そのために生産性の向上が必須の課題と なっている。また若年労働者の失業率・離職率も高いことからその対策も求められている。
失業者を再雇用し労働者の生産性をアップさせるためには職業訓練も重要である。このよ うな背景により、ヨーロッパの雇用政策に注目し日本の雇用政策の参考にする動きが見ら れる。失業率が全国一高く若年労働者の離職率も高い沖縄においてもフレキシキュリティ 政策は大いに参考になると考えられる。
本稿では、まず、フレキシキュリティ政策が導入されている EU における労働市場の現 状やフレキシキュリティ政策の導入経緯、 各国の政策の実施状況について検討する。次に、
日本と沖縄における労働市場について概観した後に、職業訓練に焦点を当て EU 諸国と比 較しながら職業訓練の現状と課題を述べ、最後にこのような EU の雇用政策を参考に日本 においてどのように展開したらよいのかについて検討した。
2.フレキシキュリティとは
フレキシキュリティ(flexicurity)とはフレキシブル (flexibility) な労働市場と雇用
の安定性(security)を合わせた造語である。フレキシブルとは労働移動に関して柔軟性
があるということであり、非正規雇用から正規雇用へまたはパートタイムからフルタイム
への移動、産業間の労働移動などが容易に可能であるということである。また、セキュリ
ティは手厚い社会保障、雇用保障等、失業した場合にも生活を支える制度が充実している
ということである。1990 年代後半にオランダやデンマークで導入され、特にデンマーク
では失業率の低下に大きな効果があったこともあり、EU の中でも優等生と評価されデン
マークモデルが代表例とされている。
デンマークモデルは、①柔軟な労働市場、②充実した社会保障制度、③充実した職業教 育プログラム等の積極的な雇用政策の 3 本柱(ゴールデン・トライアングル)で特徴づ けられる。もちろんこのような制度が整備された背景には長年にわたる労使交渉、社会保 障や職業訓練の実施に伴う高負担に対する国民的合意がある。
EU においてはこのようなフレキシキュリティの考え方を雇用政策の中心において、
様々な対策を展開している。以下で EU における労働市場の現状について検討してみよう。
3.EU の労働市場の現状
ここでは EU の労働市場の現状について、日本との比較を示しながら分析する。なお、
ここで EU-15 とは 1995 年までに EU に加盟した 15 ヵ国である。
⑴ 労働力人口
まず、人口、労働力人口、労働力率について日本と EU 諸国との比較をしたのが表1で ある。2014 年における 15 歳以上人口は EU-15 で約 3 億 3 千万人と日本の約 3 倍の規 模である。労働力率は日本が男女計 59.4%に対し EU-15 では 58.5%となっている。また、
男女別にみると男は日本の方が高く、女は EU-15 の方が高い。参考までにイギリス、ド イツ、フランスをみると、イギリスが男女とも他の2国より高い。EU においては働く女 性の割合が高く、日本は労働力人口が減少する中でいかに働く女性の数を増やすかが大き な課題となっている。
表 1 性別 15 歳以上人口・労働力人口・労働力率(2014 年)
人口(千人) 労働力人口(千人) 労働力率(%)
男女計 男 女 男女計 男 女 男女計 男 女
日本 EU-15 イギリス ドイツ フランス
110,820 330,264 51,607 69,435 50,826
53,460 160,306 25,166 33,894 24,324
57,360 169,958 26,441 35,541 26,501
65,870 193,103 32,639 41,944 28,588
37,630 103,956 17,414 22,479 14,862
28,240 89,147 15,224 19,465 13,726
59.4 58.5 63.2 60.4 56.2
70.4 64.8 69.2 66.3 61.1
49.2 52.4 57.6 54.8 51.8 資料:ILOSTAT 2015 年 11 月現在
⑵ 労働移動
日本と EU 主要国の失業率の推移をみたのが図 1 である。この中では、フランスが最 も高く 2014 年で 12.7%となっている。次いでオランダ(7.4%) 、デンマーク(6.5%)
の順となっている。日本は 3.6%であるので、EU 全体でも 5% ~ 12.7%と日本の倍近い
失業率である。オランダとフランスを除いてここ数年は低下傾向にある。デンマークとオ ランダはフレキシキュリティを 90 年代から導入し、失業率を低下させることに成功した が近年は再び失業率が上昇している。
図 1 EU 主要国と日本の失業率の推移
資料: (独)労働政策研究・研修機構(2016) 「データブック国際労働比較」
⑶ 長期失業率
日本と EU15 国平均の長期失業率をみたのが図 2 である。ここで長期失業率とは失 業者全体に占める失業期間が 1 年以上の失業者の割合である。2014 年では、日本が 37.6%、EU-15 は 49.8%と EU-15 の方が 10 ポイント以上も高くなっている。また、
2005 年以降の推移を見ると日本はやや上昇しているのに対し EU は増加傾向にあり、日
本とのかい離も大きくなっている。
図2 EU-15 と日本の長期失業率の推移
資料:図1に同じ
⑷ 労働時間
労働時間をみたのが図3である。それによると、日本が最も労働時間が長い。日本は 1990 年では年間 2000 時間を超えていたがその後減少傾向にあり 2014 年には 1,729 時 間となっている。しかしながら、依然として EU 諸国に比べて労働時間は長い。また、
EU 主要国の中ではイタリアが最も長く、1,734 時間、次いでイギリスの 1,677 時間となっ ている。
図3 EU 主要国と日本の労働時間の推移
資料:図 1 に同じ
次に
(注)長時間労働について見よう。図4は長時間労働の占める割合を示したものであ る。それによると、日本は 21.3%と最も高くなっている。次いでイギリスが 12.5%、ド イツ 10.1%と続いている。日本政府は長時間労働の解消を目指して様々な政策を展開し ているが欧州に比べるとイギリスの倍近くあり、まだ長時間労働を解消するには至ってい ない。
図4 長時間労働の占める割合
資料:図1に同じ
(注)長時間労働とは週 49 時間以上を指す
⑸ 働く意識
若者の転職に対する考え方(2013 年)を見たのが図5である。 「つらくても転職せず
一生一つの職場で働くべき」及び「できるだけ転職せずに同じ職場で働きたい」と終身雇
用を前提とした考え方の若者は日本のほうが欧州に比べ高い。そうかと言って日本が仕事
に対しては保守的かというとそうでもなく、 「自分の才能を生かすため、積極的に転職す
るほうが良い」と回答した者は 8.5%とフランスに次いで高くなっている。これを時系列
でみると、日本を含め全体的に転職に関しては消極的になっている傾向が窺える。これは
世界景気の悪化に伴い労働移動に関しては慎重になっているものと推察される。
図5 若者の転職に対する考え方
資料:図1に同じ
4.EU の雇用政策
EU では、雇用と成長に関する 10 年計画を 2000 年に初めて決定し、 「リスボン戦 略」として知られている。これを受け継いで 2011 年には 2020 年を目標年とする「欧州 2020」が合意された。これは、 「知的、持続可能かつ包括的な成長」が大テーマであり、
雇用政策に関しては以下のような数値目標を掲げている。
① 若者・高齢者・非熟練労働者の労働市場への参加、合法的移民の統合の促進などにより、
男女の 20 ~ 64 歳層の就業率を 75%に引き上げる(現在は 69%)
② 官民による研究開発投資と技術革新に GDP の 3%相当を充てる(欧州委員会は、これ に関する指標を開発する)
③ 学校教育中退者を 10%未満に抑制(現在は 15%)と、30 ~ 34 歳層の高等教育終了 率を 40%(同 31%)まで引き上げる
④社会的包摂を促進、貧困層を 2000 万人削減する
これを踏まえて、2012 年には若年対策として「若者パッケージ」政策が打ち出され、
アプレンティスシップ(公的に制度化された見習い訓練)やトレイニーシップ(公的制度
外の見習い訓練)が盛り込まれた。この背景としてはユーロ危機以降、景気低迷に伴う雇
用情勢の悪化により若年失業者の急増がある。この中でも財政危機にあるギリシャやスペ
インでは若年失業率は 6 割前後もある状況である。また、2013 年には域内の高失業地域
における若年失業者に雇用や教育訓練の機会を提供する施策に対して、2020 年までの 7 年間で 80 億ユーロを投じることが決定された。
EU における雇用の基本政策は前述したようにフレキシキュリティであり、労働移動の 促進とそれを担保する職業訓練システムの確立である。これは、大きく 2 つの政策から なり、まず失業者や求職活動をする被用者に対しての所得補助給付制度等であり、求職活 動中の生活の安定が主目的であり、 「受動的労働市場政策」と呼ばれる。また、公共職業サー ビス、職業訓練、ジョブシェアリング、雇用インセンティブ(失業者の採用における補助 金支給等)等の雇用政策は「積極的労働市場政策」と呼ばれている。
このうち、積極的労働市場政策の一つである公共職業サービスについて、EU 諸国にお ける公共職業サービス体制と日本の比較をしたのが図 6 である。これは公共職業サービ スに従事している職員数で就業者数を割ったものであり、数値が大きいほどサービス度合 いが低いと考えられる。日本が 6,078 人と突出しているのが分かる。このように日本は EU 諸国に比べて公共職業サービス体制は弱いことが分かる。
図6 公共職業サービス体制(職員 1 人当たりの受け持ち就業者数)
資料:柳沢房子(2009) 「フレキシキュリティー EU 社会政策の現在ー」レファレンス
「消極的労働市場政策」は所得補償政策が中心となるが、歴史的にヨーロッパでは福祉 国家を標榜している国が多いこともあり、日本に比べて所得補償においても充実している
(表2) 。例えばデンマークの失業保険は前職賃金の 90%で給付期間は 4 年間、オランダ
は前職賃金の 70%の 3 年半、であり日本の前職賃金の 80%の約 1 年間はこれらの国に
比べて低い水準にとどまっているといえよう。
表2 前職賃金比で見た失業保険料と給付期間の比較 失業保険料(対前職賃金比) 給付期間
日本 80% 360 日
デンマーク 90% 4 年
オランダ 70% 3 年半
資料:図6に同じ
また、労働法政策について見ると、ヨーロッパにおいては現在においても解雇規制が厳 しい。これが 80 年代、90 年代初頭におけるヨーロッパの景気低迷と高失業率による経 済的停滞をもたらした要因の一つにもなったのである。フレキシキュリティによる労働移 動の自由度を高める考え方においては、 あくまでも労働移動の自由度の高さを目標として、
解雇の自由については以前のままである。ヨーロッパのフレキシキュリティ政策は労働移 動の自由をどう確保するかが主眼となっていると考えられる。
5.日本における労働移動の実態
日本では 今後、 人口減少と高齢化が進む中、限りある労働力をいかに効率的に活用する かが経済成長を維持するかの大きなカギを握っている。そのためにも労働移動が円滑に行 われるかが重要である。次に日本における失業を含めて、転職などの労働移動の特徴につ いて概観してみよう。
⑴ 失業率
日本の 2011 年における失業率は 4.6%と長期的には上昇してきているものの、OECD 平均の 8.3%に比べると低い水準になる。また、若年失業率をみると、近年上昇傾向となっ ているが 2014 年では 20 ~ 24 歳で 11.4%となっている。これを EU 主要国と比較すると、
イギリスの 19.9%、フランス 16.0%に比べると低い水準にあることが分かる。
表3 若年者の失業率の国際比較
(男女計) (千人、 (%) )
15 〜 19 20 〜 24 25 〜 29 30 〜 34
日本 60 2.5 270 11.4 300 12.7 250 10.6
イギリス 328 16.1 403 19.9 280 13.8 163 8.0
ドイツ 99 4.7 229 11.0 252 12.1 241 11.5
フランス 169 6.0 452 16.0 452 16.0 352 12.5
イタリア 136 4.2 557 17.2 521 16.1 414 12.8
スウェーデン 65 15.8 88 21.3 50 12.2 35 8.4
資料: (独)労働政策研究・研修機構(2016) 「データブック 国際労働比較」
⑵ 失業確率と就業確率
労働移動にはいろんなフェイズがあり、失業から就職活動を経て就職に至る失業を挟ん だ労働移動と産業間の労働移動、地域間の労働移動などがある。この中で、就業者のうち 失業する者の割合(失業確率)と失業者のうち就業する者の割合(就業確率)の関係につ いて見てみよう。日本は就業確率・失業確率とも低い。就業確率が低いということは失業 が長期化する要因にもなることから、日本の特徴として、失業する割合は低いものの失業 してしまうとなかなか就職できないということが挙げられる。
⑶ 転職入職率と経済成長
労働市場が柔軟になり、労働者が希望する職種に就け、成長分野での産業で人材が十分 確保されることためには、入職や転職がスムーズに進むことが重要である。日本の労働市 場の流動性を見るために、転職入職率の推移を示したのが図 7 である。図は 1982 年から の推移であるが、緩やかに上昇傾向にあることが分かる。図では合わせて実質 GDP 成長 率も示した。1980 年代後半のバブル期には転職入職率は高まっており、バブル崩壊後に は減少している。90 年代はほぼ横ばいで推移し、2004 年からの景気回復期には再び高 くなり、2008 年のリーマンショック後には減少している。景気との関連でみると、景気 が良くなると転職入職率は高まり、景気が悪くなると低くなる傾向がある。ただ長期的に は上昇傾向にあり、雇用の流動化は高まっていると言えよう。これはバブル崩壊後、経済 成長が停滞し、海外との厳しい競争にさらされ事業環境も悪化する中、企業は非正規雇用 の採用を高めていったことによるものが大きな要因と考えられる。
図7 転職入職率と実質経済成長率
資料:内閣府「国民経済計算」 、厚生労働省「雇用動向調査」
⑷ 正規・非正規雇用
正規・非正規雇用者比率を見ると(図8) 、男女とも 2002 年以降一貫して増加傾向に ある。特に女性は 2003 年で正規雇用者と非正規雇用者の比率が逆転し、非正規雇用者が 50.6%と半数を上回った。非正規雇用者比率の上昇は、このように女性の非正規雇用者の 増加がある。また、ここには示していないが高齢者の非正規雇用者が増加していることも 要因となっている。
図 8 正規・非正規雇用者比率の推移
資料:総務庁「労働力調査(長期時系列表) 」
注:非正規雇用者比率は、役員を除く雇用者に占める割合
6.沖縄の現状
次に沖縄の労働移動の状況について検討する。
⑴ 失業
図9は沖縄と全国の失業率の推移を見たものである。1991 年のバブル経済の崩壊以降、
沖縄、全国共に失業率が上昇している。1990 年以降では、沖縄は 2001 年の 8.4%、全
国は 2002 年の 5.4%が最悪の失業率であった。この時代は就職氷河期に当たり、学生に
とっても就職では過酷な時期であった。その後は緩やかに下降しているものの、2014 年
では、沖縄は 5.4%と全国の 3.6%に比べると高くなっている。
図9 失業率の推移(沖縄・全国)
資料:沖縄県「労働力調査」
図 10 は 2015 年の失業率を年齢階級別に見たものであるが、最も失業率の高いのは 15 ~ 19 歳で 18.2%となり、同年代の全国平均(5.1%)より 4 倍近く高いものとなって いる。これに次いで 20 ~ 24 歳も 9.3%で全国(5.6%)の 1.7 倍となっている。このよ うに、沖縄県は若年労働者の失業率が高いことが特徴であると同時にそれが雇用政策上の 大きな課題となっている。
図 10 2015 年年齢階級別失業率(沖縄・全国)
資料出所:沖縄県、総務省「労働力調査」
⑵ 転職及び追加就業希望者
図 11 は、就業者に占める転職希望者と追加就業希望者の割合の推移を見たものである。
転職希望者率の動きを見ると、1980 年代前半は、4% ~ 5%台と落ち着いた動きであっ
たが、90 年代以降から急速に上昇し、2006 年には 10%を超え、その後もほぼ 10%台
となっている。追加希望就業者率についても同様な動きで 2005 年に 5%を超え、その後 も高止まりしている。これらは潜在失業者と見ることができ、景気の悪化に伴い潜在失業 率も上昇していることが分かる。
図 11 転職希望者率と追加就業希望者率の推移(沖縄県)
資料出所:沖縄県、総務省「労働力調査」
また転職希望者について、産業別にみたのが図 12 である。転職希望者率が最も高い産
業は宿泊業・飲食サービス業の 21.7%となっている。これに次いで高いのは、 生活関連サー
ビス業・娯楽業(18.2%)、不動産業・物品賃貸業(17.9%)となり、3 次産業では転職
希望者率が高い産業が多い。
図 12 産業別転職希望者率
資料:沖縄県、総務省「労働力調査」
このように、転職希望者や追加就業希望者率が高く潜在失業率が高いのが沖縄の労働市 場の特徴であるが、失業率が高いこともあり転職したくても実行できないものと推察され る。また、全国の失業確率と就業確率で見たように、日本は失業しにくいがいったん失業 すると再就職するのは難しいという特徴があったが、沖縄では失業しやすく再就職も難し いというのが実態であり、このような特徴を踏まえると労働市場の移動性は低いと言えよ う。
7.フレキシキュリティ政策と職業訓練
ヨーロッパでは、1980 年代の経済不振に伴う高失業率時代を経て、フレキシキュリティ 政策の中でも積極的労働政策が展開されるようになった。ここでは EU 主要国の訓練制度 について検討しよう。職業訓練は、フレキシキュリティ政策の中でも労働市場を円滑にす る効果が大きく、各国とも今後力を入れていこうとする政策である。
このような観点から職業訓練に焦点を絞り、EU 主要国の職業訓練の状況について検討 する。
⑴ 職業訓練の概況
EU 主要国における職業訓練支出の対 GDP 比の推移を見たのが図 13 である。それに
よると、デンマークやスウェーデンといった北欧で職業訓練が重視されていることが分か
る。またフランス 、ドイツ も比率が高いものとなっている。これに比べて日本の職業訓練 支出は低いことが分かる。今後労働移動の円滑化を図るためには職業訓練を充実させてい く必要がある。
図 13 EU 主要国の職業訓練支出対 GDP 比(2005 年)
資料:柳沢房子(2009) 「フレキシキュリティ」レファレンス
当然このようなきめの細かいサービスを提供するためにはマンパワーも必要であるが、
各国の公共の職業サービス体制を見ると、デンマーク、スウェーデンでは人員が充実して いる。また、イギリスやドイツでは、今後、職員を増加させる職業サービス強化策が図ら れている。
⑵ 職業訓練の考え方と訓練制度内容
まず、職業訓練の考え方についてであるが、2000 年代から各国とも大きな転換点を迎 えている。その背景としてグローバル化する国家間競争に勝ち残るためには産業・企業の 競争力強化を図る必要があり、そのためには労働者の職業能力の向上が重要であるという ことである。
以下の 4 つは、EU が今後重点化していこうとしている職業政策の項目である。
①予防政策としての訓練政策
これまでは失業者対策としての性格が強かったが、これからは失業予防対策としての訓
練の重要度が高まっていることにある。伝統的な職業訓練政策を生涯訓練の一環として失
業予防のための政策に拡充している。つまり、対処療法的な政策から予防型政策へと転換
している。
②就業前若年者政策
各国とも高い若年者失業率の対策が課題であり、若年者向けの職業訓練を充実させてき ている。ドイツではデュアルシステムとして有名であり、日本でもこれを参考に日本型 デュアルシステムを導入している。これは、学校と企業が連携することが大きなカギで ある。つまり、職業訓練学校が座学で理論を教え企業において実習をするような OFF - JT と OJT の組み合わせによる訓練である。イギリスでも同様な仕組みとして徒弟制度あり、
フランスでは見習い訓練制度がある。
③事業主・在職者向け訓練
事業主から社員教育を促進するための費用を徴収する仕組みであり、事業主を職業訓練 政策の対象とし、徴収した資金を事業主に還元するということになる。フランスがこの政 策を重要視している。イギリス、ドイツにはこの仕組みはない。3ケ国で共通しているの は在職者を対象として訓練制度を組んでいることである。特にドイツは能力開発及び公的 資格等の取得やマイスター関連の資格取得を目標として、訓練機関と企業が連携して様々 な訓練を実施している。
④プログラムの個別化
個人個人の能力やこれまでの経歴に合わせたプログラムを作成し、カウンセリングから 職業訓練計画を立て実施する。特に若年者の長期失業者向けに設計されてきている。イギ リスにおけるニューディール政策が代表的な政策である。
以上が訓練政策の重点項目であるが、ドイツの職業訓練としてのデュアルシステムが日 本でも導入されていることから、参考事例として挙げる。
事例: ドイツの職業養成訓練生制度におけるデュアルシステム(Duallen system)
19 世紀初頭から行われておりドイツの職業訓練システムの基幹をなす。企業と職業学 校が管理運営主体となり、 基幹学校(ハウプトシューレ)を修了した者が多く参加するが、
ギムナジウムから参加する者もいる。年齢制限はなく社会人や高等教育を終了した者も参
加できる。良質な若年技能労働者を養成することを目的に、若年者を主対象として企業が
その職場で実施する職業訓練と職業学校等の教育機関での学習を同時に行う。事業主は養
成訓練生との間で職業訓練契約を結び、責任を持って職業訓練を施す。ドイツの若年者の
職業生活への移行に際し、基幹的な役割を担っている。ただし、近年は若年労働者を低賃
金で働かすための企業にとって都合のよいシステムになっているとの批判もある。
表4 イギリス・ドイツ・フランスにおける公共職業訓練の概要
イギリス ドイツ フランス
訓練政策の基本方向
失業者以外の雇用主、
成人対象へと訓練対 象者を拡大
個人支援の充実
失業者対策から対象 者を拡大
向上訓練と転換訓練 を継続訓練に統合す る
生涯を通しての訓練 提供の強化職業訓練 の対象が若者中心か ら成人まで拡大
訓練政策の地方政府 への移譲
政府の直轄機関 LSC の廃止
職業訓練政策を分権 化
教育と労働政策(訓 練)の統合
連邦職業教育訓練研 究 機 構(BIBB) が 中心となる
訓練事業の運営責任 等を州へ権限移譲
就業前若 者訓練 16 〜 25 歳の若年 者
制 度
徒弟制度、上級徒弟 制度、NVQ 訓練、雇 用準備訓練
デュアルシステム 見習い訓練制度
対象者と 企業の マッチン グ
自己開拓とコネクショ ン・サービスによるプ ロバイダー発見支援
職業訓練センター等 の支援を受け訓練受 け入れ企業を自己開 拓
経営者団体、地域の 職業安定所等
訓練内容
職務関連能力(NVQ)
専門知識(技術認証)
基礎学力
OJT と OFF-JT の 組み合わせ
実習 7 割、座学 3 割
OJT と OFF-JT の 組み合わせ
実習 1/3、座学 2/3
実施機関
OJT: 職 業 資 格 授 与 の認定機関
OFF-JT:企業と教育 訓練プロバイダー
OJT:企業
OFF-JT:職業学校
OJT:見習い実習セ ンター
OFF-JT:企業
失業者 中心とな る制度
ニューディール(1998 年から)
継続職業訓練支援プ ログラム
雇用アクセス個別計 画
概 要
パーソナルアドバイ ザー指導による就職 支援と訓練
若者で長期失業者に 強制適用
職安が認定し、職業 カウンセリングを行 う
職業訓練クーポン券 制度
職安での個別行動計 画作成と訓練・再就 職支援
州の訓練、交互訓練、
個人訓練休暇 事業主及
び在職者 政 策 Train to Gain(事業 主対象)
適応往生型、昇進向 上型
訓練支援政策、能力 認定支援策
訓練の目 的
低 技 能 社 員(NVQ2 級以上資格の非保有 者)の資格取得・能 力開発
能力開発及び公的資 格等の取得
マイスター関連の資 格取得が主
雇用維持、技能資格 取得、長期の高度技 術取得など
資料: (独)労働政策研究・研修機構(2009) 「欧米諸国における公共職業訓練制度と実態」
8.日本の職業訓練システムの概要と沖縄の職業訓練の現状
これまで EU 主要国におけるフレキシキュリティ政策における積極的労働政策としての 職業訓練サービスについて見てきた。ここでは、日本及び沖縄県の職業訓練サービスの内 容について検討する。
⑴ 日本における職業訓練システム
日本における職業訓練システムは、以下の 4 つのシステムが中心となって公共職業訓 練サービスを提供している。
①実務・教育連結型人材育成システム(日本版デュアルシステム)
ドイツで行われているデュアルシステムを参考にプログラムが開発された。対象者は概 ね 35 歳未満で、学卒未就職者、無業者、フリーター等でやる気のある者である。
具体的内容としては、企業における実習訓練(OJT)と教育訓練機関における座学
(OFF - JT) (企業における実習訓練に関連した内容)を並行的に実施し、修了時に能力評 価を行う。
管理運営主体は、厚生労働省、文部科学省、都道府県の職業能力開発施設、専門学校等 の民間の教育訓練機関等が企業と連携して実施している。
②専門学校等における実践的教育の導入の促進
高専、工業高校等の学生が対象であり、中小企業のニーズに応じた実践的な技術教育プ ログラムの実施、地域産業界との連携によるものづくり人材育成等を行っている。管理運 営主体は、経済産業省、学校、産業界である。
③実践型人材養成システム(実習併用職業訓練)
新規学卒者が主たる対象者であるが、中途採用も含む 15 歳 ~ 35 歳未満の若年者も対 象である。訓練内容は「教育訓練機関における企業のニーズに即した学習(OFF-JT)と 企業と雇用関係を結び、実習(OJT)とを組み合わせて行う 6 カ月から 2 年間の研修シ ステムとなっている。管理運営主体は厚生労働省で受け入れ企業と連携して実施する。
④新規学卒者を対象とした職業訓練 訓練内容は、以下の 3 つに分かれる。
ⅰ)普通職業訓練・普通課程(都道府県、市町村設置の職業能力開発校で実施) :中卒 者又は高卒者等を対象とし、 基礎的な技能・知識を取得させるための長期間(1 ~ 2 年)
の課程
ⅱ)高度職業訓練・専門課程
高卒者等に対し、将来職業に必要な高度の技能・知識を有する労働者となるために 必要な基礎的な技能・知識を習得させるための長期間(2 年間)の課程である。都道 府県設置の職業能力開発短期大学校、職業能力開発大学校等で実施される。
ⅲ)応用課程 ( 職業能力開発大学校等で実施 )
専門課程修了者等を対象に、高度な技能・技術や企画・開発能力等を習得し、生産 技術・生産管理部門のリーダーとなる人材の育成を目的とした 2 年間の訓練
管理運営主体は厚生労働省(高齢・障害・求職者雇用支援機構含む) 、都道府県、
市町村である。
日本の職業訓練システムは EU に比べると、フレキシキュリティ政策における積極的労 働政策としての職業訓練の性格は弱いと言える。新規高卒者を対象とした職業能力開発校 の普通課程や職業能力開発大学校はあるが、EU のように生涯職業教育という大きな枠組 みの中での訓練システムの体制までは確立されていない。
⑵ 沖縄の職業訓練の現状
ここでは沖縄県内の職業訓練の現状について述べる。もちろん沖縄の職業訓練システム は日本の職業訓練システムに組み込まれており、ここで述べる現状は公共訓練施設の概要 と訓練内容についてである。訓練内容は沖縄の地域特性に応じた内容になっている。
沖縄県内には、4 つの公共職業訓練施設がある。まず、 県立の職業能力開発校が 2 校あり、
厚労省管轄のポリテクセンター 沖縄 と沖縄ポリテクカレッジ(職業能力開発大学校)があ る。
県立の職業能力開発校は具志川校と浦添校があり、それぞれ高卒者対象の普通課程と離 職者対象の短期課程がある。ポリテクセンターでは、離職者の再就職を支援する短期の職 業訓練を行っており、ポリテクカレッジでは、専門課程と応用課程があり、専門課程は高 卒者に対してより高度な職業訓練を実施している。卒業すると短大並みの扱いとなり、応 用課程は専門課程を卒業した者が対象で卒業すると大卒並みの扱いとなる(表 5 参照) 。
表5 沖縄県内の公共職業訓練施設
名称 訓練内容 訓練課程等 定員 運営主体
県立職業能力 開発校
・具志川校
・浦添校
新規学卒者、離 職者、障がい者、
在職者に対する 職業訓練
普通課程(新規学 卒者対象、2 年間)
短期課程(離職者 対象、6 ヶ月間)
具志川校 普通課程 120 名 短期課程 140 名 浦添校
普通課程 75 名 短期課程 190 名
沖縄県
ポリテクセン
ター沖縄 離職者 短期課程(6 カ月、
7 カ月間) 280 名
(独)高齢・障害・
求職者雇用支援 機構
沖縄ポリテク
カレッジ 新規学卒者 専門課程(2 年間)
応用課程(2 年間)
専門課程(130 名)
応用課程(40 名)
(独)高齢・障害・
求職者雇用支援 機構
資料:沖縄県商工労働部「沖縄職業能力開発校のあり方」2013 年
沖縄県内の公共職業訓練における課題としては、県内産業のニーズに充分に対応できて いないことや今後必要とされる国際物流構想に基づく物流関連のエキスパートや航空整備 者の育成など県内産業及び産業振興策との強い連携が必要とされている。また、県立の訓 練校では高度化・専門化する技術へ対応するための職員の資質向上などがあげられている
(沖縄県「沖縄県立職業能力開発校のあり方」平成 25 年より) 。
9.まとめと提言
これまでフレキシキュオリティ政策を中心に、EU と日本及び沖縄県の労働移動実態や 各国の労働政策等をみてきた。ここでは、EU のフレキシキュリティ政策から何が学べる のかについて検討してみた。
⑴ EU フレキシキュリティ政策の整理
EU におけるフレキシキュリティ政策はデンマークモデルに代表されるように、①柔軟 な労働市場、②充実した社会保障制度、③充実した職業教育プログラムの 3 つが柱となっ ている。②は失業者に対する所得補償等を整備することで国民が安心して暮らせるように することであり、③は「積極的労働政策」と呼ばれ長期失業者や若年失業者対策だけでな く在職者に対する職業訓練プログラムを充実させ、国内産業の生産性向上を図ろうとして いる。
⑵ EU のフレキシキュリティ政策から学ぶこと
沖縄において、EU 諸国のフレキシキュリティ政策から何を学ぶことができるだろうか。
沖縄というよりも、日本全体で学ぶべきことといった方が良いかもしれない。なぜなら所 得補償から失業対策、若年雇用者対策などの労働行政は厚労省を中心に行われているから である。その中で地域独自にできることを考えていくということになろう。以下に、EU のフレキシキュリティの実際と政策の分析を踏まえて、いくつかの提言を述べる。
①失業者対策から失業予防対策へ
EU 各国の失業者対策は、以前は日本と同様に失業者になってからの所得補償や再雇用
のための職業訓練が中心であった。近年は上述した積極的労働政策として、失業者を出さ
ない政策つまり失業予防対策が中心になっている。伝統的な職業訓練政策を生涯訓練の一
環として失業予防のための政策に拡充している。具体的には、ドイツ、フランスなどのよ
うに訓練対象者を、失業者だけでなく、学生、在職者などに拡大していることである。沖
縄でも大学生の 3 年以内の離職者は 4 割を超えることから、キャリア教育の充実を図る
ことが効果的である。その場合、ドイツのようにディアルシステムをとり、座学と実習を
同時に行うようなプログラムを積極的に高等教育機関でも導入してくことが望ましい。
②企業との連携強化
これは EU において、失業対策から失業予防を重視する生涯にわたる職業教育対策へと 政策の重点が変化してきたこととも関連する。積極的労働政策においては、ドイツにおけ る訓練機関と企業との密接な連携が参考になる。ディアル職業訓練においては学生が自己 開拓により受け入れ企業を探すのであるが、この場合、公的な職業訓練センターが支援し ており、ほとんどの学生が受け入れられている。訓練中は有給であり、働きながら実習し 学校で座学を行うので訓練効果は大きい。企業にとっては、 優秀な人材の確保と長期間(2 年 ~ 3 年半)の採用試験という要素もあり、自主的に費用も負担している。
日本でもそのまま取り入れるわけにはいかないが、すでに日本版ディアル方式としてポ リテクカレッジなどで取り入れられている。しかしながら、まだ一部であり、さらに企業 との連携を図っていく必要がある。
③個人個人に合ったプログラムの提供
失業対策・失業予防対策では個々人にあった訓練プログラムや研修プログラム提供する ことが重要である。EU 主要国では、 職業相談と職業訓練及び職業紹介からなる一連のサー ビスを総合的・個別的に提供するよう整備されてきている。例えばデンマークでは、長期 失業者に対して公共職安のキャリアアドバイザーが時間をかけてでも再就職できるような 訓練プログラムを個人のカウンセリングをしながら作り上げ、職業訓練から再就職まで支 援する仕組みがとられている。そのためには、職業訓練サービス職員の増強が必要とされ るが実際 EU 諸国ではそのような方向にある。日本においてもキャリア・コンサルティン グ能力の向上や職員の増強などの公共職業サービスの充実が求められる。
④ワーク・ライフ・バランス政策の充実
生涯職業訓練として在職者が訓練を受けるためには企業の理解が必要であるが、制度と して支援することも重要である。なぜならば、本格的にスキルアップするためには長期的 な時間の確保が必要であるが、そのために余暇時間をつくれるようなワーク・ライフ・バ ランス政策が整備されていなければならない。スウェーデンでは、1970 年代中頃に有給 の教育訓練休暇が導入されたが、さらに 2005 年からは最長 1 年間のサバティカル休暇も 導入されている。
日本においても職業訓練や自主研修など労働者がスキルアップを図れるような環境づく
りとして休暇制度の充実を含むワーク・ライフ・バランスの積極的な導入促進を図ってい
く必要がある。
参考文献
厚生労働省 「雇用動向調査」
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(2012) 「平成 24 年版 労働経済の分析」
総務省、沖縄県 「労働力調査」
(独)労働政策研究・研修機構(2009) 「欧米諸国における公共職業訓練制度と実態」
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