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雑誌名 東京学芸大学紀要. 総合教育科学系

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道徳科の授業における発言や対話が道徳的価値観や 生き方についての理解や考えにもたらす影響

著者 中田 順子, 梶井 芳明

雑誌名 東京学芸大学紀要. 総合教育科学系

巻 71

ページ 81‑88

発行年 2020‑02‑28

その他の言語のタイ トル

Effects of remark and dialogue in moral

education class on understanding and thinking about moral values and way of life

URL http://hdl.handle.net/2309/152415

(2)

* 1 東京学芸大学 教育学研究科

* 2 東京学芸大学 教育心理学講座 学校心理学分野(184‑8501 小金井市貫井北町 4‑1‑1)

道徳科の授業における発言や対話が

道徳的価値観や生き方についての理解や考えにもたらす影響

中 田 順 子

* 1

・梶 井 芳 明

* 2

学校心理学分野

(2019 年 9 月 17 日受理)

1.「特別の教科 道徳」新設の背景

 小学校は 2018 年度から,中学校は 2019 年度から,

これまでの「道徳の時間」が「特別の教科 道徳」と して教科化され実施されている。今回「特別の教科 道徳」が新設された背景として,従来の「道徳の時 間」の見直し,道徳教育の指導の質的な転換,いじめ の防止,子供たちを取り巻く環境の変化,といった 4 つの要因が考えられる。以下 4 つの背景から,「特別 の教科 道徳」新設の背景をまとめる。

1.1 従来の「道徳の時間」の見直し

 第一に,従来の「道徳の時間」の性質を見直し,新 しい枠組みで捉えなおす必要があったからだろう。今 まで「道徳の時間」は教科ではなかったが,学習指導 要領に基づいて内容項目を中心として系統的に指導さ れるという点では,教科指導と重なる部分があった。

一方,教科書ではなく副読本等を用いて指導すること や定量的な評価を行わないことなど,教科としての性 質はもたないという特徴もあった。さらに,「道徳の 時間」を基にしながら学校全体の教育の中でも児童生 徒の道徳性を養うという,教科の性質と教科以外の性 質の二重性を持つ点も大きな特徴であった。このよう に,学習指導要領に基づいた指導がなされるといった 教科としての性質を持ち合わせている面と,定量的な 評価を行わないといった教科としての性質を持ち合わ せない面をもつ二重性の性質をすり合わせて,「特別 の教科 道徳」に改めることになったのだろう。

1.2 道徳教育の指導の質的転換

 第二に,道徳教育の指導に関する質的な転換が求め られていることが考えられる。文部科学省(2016)に よると,従来の道徳教育では,戦前の修身教育が徳目 主義であると批判されたといった歴史的経緯に影響さ れ,道徳教育そのものを忌避しがちな風潮があったこ と,他教科に比べて軽んじられてきたこと,主題やね らいの設定が不十分な単なる生活経験の話合いや読み 物の登場人物の心情の読み取りのみに偏った形式的な 指導が行われてきたことといった課題があった。そこ で,道徳教育の指導の質的な変換を図るため,これま での「道徳の時間」を「特別の教科 道徳」と位置付 けるための学習指導要領等の一部改正が行われ,道徳 が教科化されることとなった。

1.3 いじめ防止

 第三に,2011 年に,滋賀県大津市で起こった中学 二年生のいじめによる自殺が社会的な大問題になった ことが考えられる。その後 2013 年,安倍晋三首相の 私的諮問機関,教育再生実行会議は,いじめ防止を主 な理由に道徳を教科化するよう提言をとりまとめた。

しかし,皮肉にも,この事件が起きた中学校は文部科 学省の「道徳教育実践推進事業」の指定校であり,道 徳教育の主な目標の一つとして「いじめのない学校づ くり」を謳っていた。このような事実を踏まえると,

道徳教育の推進や道徳の教科化が,必ずしもいじめ防 止やいじめ問題の解決のきっかけにならない。

(3)

1.4 子供たちを取り巻く環境の変化

 第四に,社会の急速な発展より,子供たちを取り巻 く環境が変化していることが考えられる。進展し続け るグローバル化や情報化,また,家族の在り方の多様 化や,地域社会や町内会の弱体化に伴い,今日の社会 では,価値観の多様化や道徳意識の混乱が起きている。

酒井・田中・中村(2017)は,これが学校内の秩序崩 壊を招き,先述した深刻ないじめ問題や規範意識の低 下の要因にも繋がっていると考えている。このような 問題を解決すべく,道徳を教科として位置づけ,学校 教育において児童生徒に確実な道徳性を養う必要が あったのだと考えられる。

2.教科化に至るまでの学習指導要領の変遷

 1958 年に特設「道徳」が開設され,以降 6 回の改 訂が行われた。その概要を順に説明をする(以下,小 学校学習指導要領を中心に述べる)。

 まず,1958 年の学習指導要領改訂では,目標の先 頭に,「人間尊重の精神」が掲げられ,「社会の具体的 な生活の中に生か」すこと,「個性豊かな文化の創造 と民主的な国家および社会の発展に努め」ること,

「進んで平和的な国際社会に貢献できる日本人を育成 する」ことが明記された。また,道徳の趣旨として

「他の教育活動における道徳指導と密接な関連を保ち ながら,これを補充し,深化し,または統合して,児 童生徒に望ましい道徳的習慣・心情・判断力を養い,

社会における個人のあり方についての自覚を主体的に 深め,道徳的実践力の向上を図る」と記された。

 1968 年の学習指導要領改訂では,目標に,「その基 盤としての道徳性を養うこと」を加えられ,「各教科 および特別活動における道徳教育と密接な関連を保ち ながら,計画的,発展的な指導を通して,これを補充 し,深化し,統合して,児童の道徳的判断力を高め,

道徳的心情を豊かにし,道徳的態度と実践意欲の向上 を図る」と記された。

 1977 年の学習指導要領改訂では,目標に,新たに

「教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本 精神に基づく」ことが加えられた。

 1989 年の学習指導要領改訂では,目標に「生命に 対する畏敬の念」が付け加えられた。また,「主体性」

というキーワードが加えられた。

 1998 年の学習指導要領改訂では,目標に「教育活 動全体を通じて」道徳性を養うことが加えられ,内容 には,法や決まりの遵守,自他の義務を果たし,社会 の秩序と規律を高めることなどが加わった。

 2008 年の学習指導要領改訂では,目標に大きな変 化はないものの,改訂教育基本法を受けて,「総則」

に「道徳の時間を要として学校の教育活動全体を通じ て行うもの」とし,道徳の時間が道徳教育における中 核的な役割を担うことを明確にした。目標には,「伝 統と文化を尊重」,「わが国と郷土を愛す」,「公共の精 神を尊ぶ」,「国際社会の平和と発展や環境の保全に貢 献」が加わった。さらに,職場体験活動や情報モラル に関する指導が新たに加わった。また,「校長の方針 の下に,道徳教育の推進を主に担当する教師(「道徳 教育推進教師」という)を中心に」と記された。

 2015 年に学習指導要領を部分改訂し,「特別の教科 である道徳」とした。2017 年の学習指導要領の改訂 に伴い,目標も「物事を多面的・多角的に考え」るこ と,「自己の生き方についての考えを深める学習」を することが明記され,「主体的・対話的で深い学び」

に沿った目標となった。

 現行の 2017 年の学習指導要領において,「教科化」

に伴う教科書の使用が開始された。

 以下,道徳の学習指導要領における目標の変遷を表 にまとめる(表 1)。

表 1 学習指導要領の変遷

改訂年 目 標

1958 人間尊重の精神を一貫して失わず,この精 神を,家庭,学校その他各自がその一員で あるそれぞれの社会の具体的な生活の中に 生かし,個性豊かな文化の創造と民主的な 国家および社会の発展に努め,進んで平和 的な国際社会に貢献できる日本人を育成す ることを目標とする。

1968 人間尊重の精神を,家庭,学校その他社会 における具体的な生活の中に生かし,個性 豊かな文化の創造と民主的な国家および社 会の発展に努め,進んで平和的な国際社会 に貢献できる日本人を育成するため,その 基盤として道徳性を養うことを目標とする。

1977 教育基本法及び学校教育法に定められた教 育の根本精神に基づく。すなわち,道徳教 育は,人間尊重の精神を家庭,学校,その 他社会における具体的な生活の中に生かし,

個性豊かな文化の創造と民主的な国家およ び社会の発展に努め,進んで平和的な国際 社会に貢献できる日本人を育成するため,

その基盤として道徳性を養うことを目標と する。

1989 教育基本法及び学校教育法に定められた教 育の根本精神に基づき,道徳教育は,人間 東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 71 集(2020)

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 以上のように,学習指導要領における道徳の目標は,

追加項目を増やしながら何度も変遷を重ねてきた。特 に,1989 年より,日本の教育の軸である教育基本法 と学校教育法に定められた,人権尊重の念や生命に対 する畏敬の念,伝統と文化の尊重や,公共の精神を尊 ぶことといった根本精神に基づいた目標が掲げられる ようになったことが,教育全体における道徳教育が一 段と重要性を増していくきっかけとなったと言える。

 1.「特別の教科 道徳」新設の背景で述べたよう な背景とともに,道徳教育は少しずつ変化し,2018

年より「特別の教科 道徳」として実施されている。

 以上,道徳に関する学習指導要領の変遷を述べたが,

学習指導要領の改訂では,道徳に限らず,教育全般の 改革が行われる。以下,今回の学習指導要領の柱であ る「主体的・対話的で深い学び」について触れながら,

今後追究していく必要があると考える,対話的な学び について述べる。

3.対話的な学び

3.1 主体的・対話的で深い学び

 今回の学習指導要領では,「主体的・対話的で深い学 び」が掲げられた。「主体的・対話的で深い学び」の視 点に立った授業改善を行うことで,学校教育における 質の高い学びを実現し,学習内容を深く理解し,資質・

能力を身に付け,生涯にわたって能動的に学び続ける 子供を養うことが目的である。文部科学省(2016)「幼 稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の 学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」で は,主体的・対話的で深い学びについて,それぞれ以 下のように説明している。主体的な学びとは,学ぶこ とに興味や関心を持ち,自己のキャリア形成の方向性 と関連付けながら,見通しを持って粘り強く取り組み,

自己の学習活動を振り返って次につなげる学びである。

対話的な学びとは,子供同士の協働,教職員や地域の 人との対話,先哲の考え方を手掛かりに考えること等 を通じ,自己の考えを広げ深める学びである。深い学 びとは,習得・活用・探究という学びの過程の中で,各 教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせなが ら,知識を相互に関連付けてより深く理解したり,情 報を精査して考えを形成したり,問題を見いだして解 決策を考えたり,思いや考えを基に創造したりするこ とに向かう学びのことである。

3.2 対話的な学びの重要性

 中でも対話的な学びについては以下の理由から重要 であると考えられる。

 まず,対話的な学びが行われることで,主体的な学 びに向かう姿が生まれるからである。対話とは,双方 向の相互作用である。自分の考えが相手に伝わり,そ れを相手が受け入れてくれることによってはじめて成 立する。また,対話の成立は,自分の考えを伝えて納 得を得たり,相手の多様な考えを知って自分の理解を 深めたりできる点で,達成感や満足感を得られるもの である。対話は,相手意識を持った上で,自ら取り組 みたくなる主体的な性質(主体的な学び)と,多様な 尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭,

学校,その他社会における具体的な生活の 中に生かし,個性豊かな文化の創造と民主 的な国家および社会の発展に努め,進んで 平和的な国際社会に貢献できる主体性のあ る日本人を育成するため,その基盤として 道徳性を養うことを目標とする。

1998 第 1 章総則の第 1 の 2 に示すところにより,

学校の教育活動全体を通じて,道徳的な心 情,判断力,実践意欲と態度などの道徳性 を養うこととする。

※第 1 章総則の第 1 の 2

教育基本法及び学校教育法に定められた教 育の根本精神に基づき,人間尊重の精神と 生命に対する畏敬の念を家庭,学校,その 他社会における具体的な生活の中に生かし,

豊かな心をもち,伝統と文化を尊重し,そ れらをはぐくんできたわが国と郷土を愛し,

個性豊かな文化の創造を図るとともに,公 共の精神を尊び,民主的な社会及び国家の 発展に努め,他国を尊重し,国際社会の平 和と発展や環境の保全に貢献し未来を拓く 主体性のある日本人を育成するため,その 基盤としての道徳性を養うことを目標とす る。

2008 第 1 章総則の第 1 の 2 に示すところにより,

学校の教育活動全体を通じて,道徳的な心 情,判断力,実践意欲と態度などの道徳性 を養うこととする。

2015 第 1 章総則の第 1 の 2 に示す道徳教育の目 標に基づき,よりよく生きるための基盤と なる道徳性を養うため,道徳的諸価値につ いての理解を基に,自己を見つめ,物事を 多面的・多角的に考え,自己の生き方につ いての考えを深める学習を通して,道徳的 な判断力,心情,実践意欲と態度を養うこ ととする。

(注:波下線は前改訂からの変更点を示す。)

(5)

情報を基に自分の考えをより深める深化の性質(深い 学び)をもっているものと考えられる。

 学習指導要領の各教科においても,「指導計画作成 上の配慮事項」において対話を用いた学習を取り入れ ることが明記されている(例えば,対話によって自分 の考えを広げたり深めたりする場面の設定をすること など)。授業で積極的に対話を取り入れることで,主 体的・対話的で深い学びを実現することができると考 えられる。

 以上より,対話的な学びが主体的な学びや深い学び を引き出すこと,各教科で対話的な学びが求められて いることから,本研究では,対話に焦点を当てて進め ていく。

3.3 対話の対象

 対話は双方向的なやり取りであり,対話の対象が存 在する。ここで対話の対象が誰なのか明確にしておき たい。

 道徳における「対話的な学び」について,柳沼(2017)

は, 3 種類の対話を設定している。 1 つに,子供同士 の対話。ペア学習やグループでの話し合い,そして学 級全体での話し合いにつなげていくことを例として挙 げている。 2 つに,子供と教師や地域の人々など大人 との対話。 3 つに,子供と偉人,先人や有名な人物の 言動(名言・格言など)との対話。これらの 3 種類の 対話に見られる 3 つの対象は,3.1 主体的・対話的 で深い学びで触れた文部科学省(2016)で記された対 話的な学びの説明中の対話の対象(「子供同士の協働,

教職員や地域の人との対話,先哲の考え方を手掛かり に考えること」)とも一致していることから,道徳科に おいても,中央教育審議会答申で示された以上の対象 を想定していると考えられる。

 また,対話の対象は一人に限定されるのか,即ち,一 対一以外の対話も対話に含まれるのかを考えたい。対 話について,「広辞苑」(2008)では,「向かい合って話 すこと。相対して話すこと。二人の人が言葉を交わす こと。会話。対談。」と記されている。「大辞林」(2006)

では,「双方向かい合って話をすること。また,その 話。」と記されている。「日本語大辞典」(2006)では,

「直接に向かい合って互いに話をすること。また,その 話。多くは二人の場合にいう。」と記されている。辞書 的解釈をすれば,対話とは一対一で行われるものであ る。では,教室における一対一とは誰と誰を指すのか。

先述した対話の対象を基に考えると,①「子供対子供」,

即ち,ペア活動やグループ活動,②「教師対子供」,即 ち,学級全体での対話や討論 ③「地域の人や保護者対

子供」,即ち,ゲストティーチャーを招いた活動,に分 けられる。このように整理すると,対話とは一対一で 行われるものであるものの,必ずしも二人での対話の みを想定するのではなく,複数を一と捉えた一対一で の対話,即ち,グループや学級全体での話し合いを想 定することがあると言える。このように,学習指導要 領における「対話」は,辞書的意味を教育実践の文脈 に即して解釈したところにあることになる。

 さらに,文部科学省(2016)や柳沼(2017)におい て,対話の対象に,先哲や先人の考え方を含めている ことに注目したい。先哲や先人の考え方とは,偉人,

先人や有名な人物の言動(名言・格言など)との対話 を指す。先哲とは,昔のすぐれた思想家である。生き ている人であれば,その人を対象として対話ができる が,故人であれば,その思想を知るための図書や資料 を媒介して対話の対象とする。このように,先哲や先 人の考え方,名言や格言を知ることも,学習指導要領 における「対話」に含まれることになる。

 学習指導要領では,以上のように対話の対象を 3 つ

(子供同士の協働,教職員や地域の人との対話,先哲 の考え方を手掛かりに考えること)ととらえており,

道徳における対話についても同様に考えることができ る。このような対象と対話をすることは,相手意識を 持った上で,自ら取り組みたくなる主体的な性質(主 体的な学び)と,多様な情報を基に自分の考えをより 深める深化の性質(深い学び)をもっている。このこ とから,対話は「主体的・対話的な学び」の要をなす と捉えることができる。

4.道徳における対話的な学び

4.1 道徳教育の形骸化・形式化

 先述したように,従来の道徳教育では,主題やねら いの設定が不十分な単なる生活経験の話し合いや読み 物の登場人物の心情の読み取りのみに偏った形式的な 指導が行われてきたことが課題とされてきた。

 また,永田(2017)は,授業で用いられる教材にリ アリティが感じられないことが,道徳の授業が形骸化 する理由であると批判している。今を生きる子供たち の現実感覚とかけ離れた古い教材が使われていたり,

現実にはあり得ない場面を想定した教材が用いられて いたりすることで,リアリティに欠け,形ばかりの道 徳になっていると懸念されているのである。さらに,

文部科学省(2016)でも,道徳教育について,以前か ら,特定の児童生徒に価値観を押し付けているという 批判があったと述べている。

東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 71 集(2020)

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 このように,道徳教育は,実生活から離れ,教師の 価値観の押しつけになりかねない授業内容であったこ とから,形式化・形骸化していることが課題であった。

4.2 考え議論する道徳

 道徳教育の形式化・形骸化を改善すべく,「小学校 学習指導要領 特別の教科 道徳編」(2017)において,

「考え議論する道徳」への転換が求められた。疋田

(2017)によると,「考え議論する道徳」は,道徳の学 習指導要領の目標に掲げられた「物事を多面的・多角 的に考え,自己の生き方についての考えを深める学 習」を達成するために重要である。対話や議論を通し て他者の考えを取り入れることで,道徳的価値観につ いて多面的・多角的に考え,自身の考えをより深く捉 え直すことができるからである。

 「考え議論する道徳」は,現行の学習指導要領(2017)

の柱となっている「主体的・対話的で深い学び」と深 く関連する。文部科学省(2016)「幼稚園,小学校,中 学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の 改善及び必要な方策等について」(中央教育審議会答 申)で次のように述べている。「道徳教育においては,

他者と共によりよく生きるための基盤となる道徳性を 育むため,答えが一つではない道徳的な課題を一人一 人の児童生徒が自分自身の問題と捉え,向き合う『考 え,議論する道徳』を実現することが,『主体的・対話 的で深い学び』を実現することになると考えられる。」

 道徳の授業においても,対話を通した学びの充実が 求められており,どのような対話が実践されるべきか,

検討していく必要がある。

5.授業における対話の困難とその援助

5.1 対話に求められる力

 対話の困難について考える前に,まず,対話に求め られる力を確認しておきたい。

 上川(2018)は,「『対話力』とは,話線を交流させ ながら,情報・知識や思い,考えなどを共有し,相互 理解や認識を深め合う力」だと指摘した。また,対話 は,「自分の意見を主張することばかりではなく,他 者の意見を聞き入れることも必要であり,聞いた上で,

自分の意見を述べるということである。」と指摘して いる。さらに,一柳(2009)は,授業中の発言の有無 に関わらず,児童は,聞くことで授業に参加し,授業 内容を理解すると指摘している。このことから,自分 とは異なる他者の考えを聞き,自分の考えと比べなが ら対話をすることで,より考えが深まっていくことか

ら,「聞くこと」に重点を置いた対話指導の工夫が必 要であると言える。

 授業における聞く力について,高垣(2005)は,以 下の具体的な構成を挙げている(表 2)。

表 2 高垣(2005)「聴く力尺度」の構成 構 成

1 話し手に話しやすくさせる態度 2 話し手の話を客観的に理解する力 3 話し手の話を自分と結びつける力 4 話し手の話を広げる力

5 言外の情報に注意する力 6 理解状況をモニタリングする力 7 話し合い全体を客観的に理解する力 8 話し手の話と他の人の話を結びつける力

 この表から,授業中の対話において,「話し手に話 しやすくさせる」「話し手の話を広げる」「話し手の話 と他の人の話を結びつける」といった話し手の話を支 えることや,「話し手の話を客観的に理解する」「話し 手の話と自分を結びつける」といった話し手の内容を 深く理解したりすること,「理解状況をモニタリング する」「話し合い全体を客観的に理解する」といった メタ的に聞くことが,聞き手の役割であると言える。

 以上から,授業中の対話において聞く力は特に重要 であり,対話の支援の一つとして,上記の構成を踏ま え,能動的に聞く力を支援することが重要であると言 える。

5.2 対話の困難

 授業に対話を導入することが求められている一方,

対話の困難さも報告されている。

 司城・三輪・小野田・松村(2011)によると,対話 の困難さを生起させる要因には大きく二つ考えられる。

一つは「個人の要因」,もう一つは「関係性の要因」

である。「個人の要因」には,児童の個人的特徴や教 師の力量不足によるものが挙げられる。「関係性の要 因」には,対話に対する恥ずかしさや劣等感といった,

社会的相互作用による原因が挙げられる。また,文部 科学省(2009)によると,発達段階により,一般的に 小学校高学年の児童は,低学年の児童と比較して,恥 ずかしさや劣等感を感じやすいと言われる。

 これらのことから,高学年の児童は特に,対話につ いて,関係性を要因とした困難を抱きやすいと考えら れる。

(7)

5.3 補助教材

 道徳の教科化に伴い,文部科学省の検定を経た教科 書を用いることが義務となったが,文部科学省(2014)

によると,「授業の展開に中心的に位置付ける教材だ けでなく補助的な教材を組み合わせてそれらの多様な 性格を生かし合う」ことを明記しており,教科書に合 わせて,創意工夫を凝らした補助教材を用いることが 有効であることが記されている。

 このことから,対話における困難さを軽減させるた めにも,今後,実践を通して,具体的な補助教材を提 案していく必要がある。

6.自己内対話

6.1 自己内対話とは

 松永(2018)によると,対話的な学びとは,他者と 異質性を認め合い応答しあう対話的関係のもと,「他 者との対話」と「自己内対話」が絡み合いながら形成 される学びであり,それこそが「考え議論する道徳」

の基本であると言う。また,松永(2017)によると,

「他者との対話」をすることが,「自己内対話」へと深 化し,発展することが期待される。ここで「自己内対 話」の定義について整理しておきたい。同じく松永

(2017)は,「自己内対話」とは,自分が自分自身の考 えを発展させるために,自分がそれでよいのか,他の 見方や考え方はないのかなど自分に問いかけることで あり,メタ認知による対話(メタ対話)であると言う。

 また,ロシアの心理学者であるヴィゴツキーは,1900 年代前半に,外に現れ他者と対話する際の言葉を「外 言」,脳内で自己が思考する際の言葉を「内言」と定義 しており,内言が高まってこそ,考えが豊かな外言と して表現できると言っている。この「外言」と「内言」

は,松永(2017)における「他者との対話」と「自己 内対話」と重なる。このことから,以前より,自己内 対話が重要であると考えられていたことがわかる。

 以上のように,声のある「他者との対話」と同時に,

沈黙としての「自己内対話」があることで,より質の 高い対話活動がなされると言える。

6.2 道徳における自己内対話

 永里ら(2010)は,「道徳の時間は,道徳的価値を 内面的に自覚させるプロセスをたどり,必然的に自己 内対話が展開される学習スタイルである。」と示し,

自己内対話を充実させるべく指導の工夫や改善を進め ていくことが重要であると指摘している。つまり,道 徳の授業で繰り広げられる自己内対話は,児童が考え

る上で軸となる必然的な対話であり,道徳的価値観を 養うために重要であると言える。

 以上から,道徳の授業においても,「他者との対話」

と並行して「自己内対話」がなされることが重要であ ると言える。

7.今後の課題

 以上のように,道徳教育は,学習指導要領の改訂に 伴って変遷を続け,今回は初めて,「特別の教科 道 徳」として新設されることとなった。また,主体的・

対話的で深い学びが求められる中,道徳においては考 え議論する道徳が求められており,道徳の授業実践で 対話を取り入れることが期待されている。

 一方で,5.授業における対話の困難とその援助で 述べたように,対話を取り入れることへの困難も考え られる。また,その支援として,補助教材を用いるこ とが挙げられる。しかし,具体的にどのような補助教 材を用いて対話が実践されるべきかについては,実践 を通して検討していく必要がある。

 また,従来の道徳教育が,道徳的価値観の押しつけ になっていたと批判され,現在は,道徳的価値観を多 面的・多角的に捉えるように転換しているが,対話を 通した授業を行うことが,児童の道徳的価値観に影響 を与えるかどうかについても,未だ実践研究はなされ ていない。そこで,対話が実際に児童の道徳的価値観 の変化に影響を与えるのかについても追究していく必 要がある。

 さらに,6.自己内対話で述べたように,他者との 対話のみならず,それが自己内対話へと深化していく ことで,より質の高い対話活動が促される。また,特 に高学年の児童が,関係性を要因とした対話への困難 を抱きやすく,対話への参加の仕方がさまざまである ことから,対話への参加の仕方に関わらず,道徳的価 値観が深められ,自己内対話が起きるかどうかについ ても検証していく必要がある。

 以上の背景と課題より,今後は,道徳の授業におい て児童の対話をどのような補助教材を用いて支援する ことで,児童の対話に対する不安や困難を軽減するこ とができるのか(研究 1 ),研究 1 で得た補助教材を 用いた対話活動をすることで,授業前と比べて授業後 は,道徳的価値観や生き方についての理解や考えを深 めることができるのか(研究 2 ),そして,対話への 参加の仕方に関わらず,教師や他の児童の対話を活か して,道徳的価値観が深められ,自己内対話が起きる のか(研究 3 )といった研究が考えられる。

東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 71 集(2020)

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参考・引用文献

一柳智紀(2009)児童による話し合いを中心とした授業にお ける聴き方の特徴─学級と教科による相違の検討─,教 育心理学研究,57,pp.361 372

上川寛子(2018)「『聞くこと』を重視した対話的活動」鳥取 大学附属中学校研究紀要 49,pp.17 20

国立教育政策研究所(2014)「学習指導要領データベース」

https://www.nier.go.jp/guideline/(最終閲覧日:2019 年 9 月 1 日)

酒井郷平,田中奈津子,中村美智太郎(2017)「道徳教育の史 的変遷と現代的課題─道徳科における情報モラル教育の 可能性─」苫野一徳(2019)「ほんとうの道徳」トランス ビュー

司城紀代美・三輪聡子・小野田亮介・松村英治(2011)「授業 における話し合い活動の在り方─教室談話に着目して─」

学校教育高度化センター学内公募プロジェクト報告書 豊泉清浩(2016)「道徳教育の歴史的考察( 2 )─『道徳の時間』

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(9)

*1 Graduate School of Education, Tokyo Gakugei University

*2 Tokyo Gakugei University (4‑1‑1 Nukuikita-machi, Koganei-shi, Tokyo, 184‑8501, Japan)

道徳科の授業における発言や対話が

道徳的価値観や生き方についての理解や考えにもたらす影響

Effects of remark and dialogue in moral education class on understanding and thinking about moral values and way of life

中 田 順 子

* 1

・梶 井 芳 明

* 2

NAKATA Yoriko and KAJII Yoshiaki

学校心理学分野

Abstract

Moral education in the new course of study has been newly positioned as a “special subject moral education” because of the background of standardized lessons and increased bullying problems. In addition, because the new course of study stated

“independent, interactive and deep learning”, special subject moral education required the creation of “moral thinking and discussion” classes. From this, it can be said that it is important to incorporate high-quality dialogue in moral education class.

Previous studies have shown that it is particularly important to use supplementary teaching materials and to support listening skills in dialogue in moral education classes. On the other hand, there are many situations where children often have difficulty in dialogue. Therefore, in order to reduce the difficulty of dialogue, it is necessary to clarify how to make lessons using supplementary teaching materials that support listening skills.

In addition, since it is known that self-conversation in moral education classes is also important, it is necessary to clarify the situation of children’s self- dialogue in moral education classes.

Keywords: special subject morality, supplementary teaching materials, listening skills, self-dialogue

Department of School Psychology, Tokyo Gakugei University, 4-1-1 Nukuikita-machi, Koganei-shi, Tokyo 184-8501, Japan

要旨 : 新学習指導要領における道徳教育は,授業の形式化,いじめ問題の増加といった背景から,新たに「特 別の教科 道徳」として位置づけられることとなった。また,新学習指導要領において「主体的・対話的で深い 学び」が掲げられたことから,特別の教科 道徳においては「考え,議論する道徳」の授業づくりが求められ ることとなった。このことから,道徳の授業において,質の高い対話を取り入れることが重要であると言える。

 先行研究から,道徳の授業において補助教材を用いることや,対話において聞く力を支援することが特に重 要であることがわかっている。一方で,児童が対話に対して困難を抱くことが多い現状がある。このことから,

対話の困難を軽減するため,聞く力を支援する補助教材を用いた授業づくりについて明らかにすることが必要 である。

 また,道徳の授業における自己内対話も重要であることがわかっていることから,道徳の授業における,児 童の自己内対話の様子についても明らかにしていく必要がある。

キーワード : 特別の教科 道徳,補助教材,聞く力,自己内対話

参照

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