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医療費自己負担額増加の懸念が特定健診受診率に与える影響

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Academic year: 2021

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医療費自己負担額増加の懸念が特定健診受診率に与える影響

政策研究大学院大学 まちづくりプログラム

MJU14601

飯田 俊也

1.

はじめに

年々増加する国民医療費を将来的に抑制する目的 でメタボリックシンドローム予防のための特定健康 診査(以下、「特定健診」)が2008年度より始まっ た。目標受診率に達していない自治体は75歳以上の 高齢者への補助金が削減される可能性があるため、

各自治体は独自の勧奨施策を実施しているが、市町 村国民健康保険の特定健診受診率は目標の65%に届 いていない1

足立・赤井・植松(2012)によると、健康診断は、

疾病発見により患者の医療機関への受診を促し、医 療費を一時的に増加させる可能性はあるが、疾病の 重篤化を防ぐことによる長期的な医療費抑制の効果 もあるという。生活習慣病患者を減少させ、国民医 療費の増加に歯止めをかけるためにも、特定健診の 受診率向上が有効であると考えられる2

特定健診受診率が思うような結果になっていない 理由は何か。それは、特定健診受診のための自治体 の勧奨施策だけでは、健康管理を怠ることとそれに よる被保険者の将来的な医療費の自己負担増加の可 能性との関連性が被保険者に意識されにくいからで はないだろうか。2012年末に巻き起こった高齢者医 療費の特例措置廃止論議(70歳~74歳の自己負担の 一割から二割への実質引き上げ)という世論の盛り 上がりは、自治体の勧奨施策に代わり、被保険者に 健康管理を怠ることにより医療費の自己負担が増加 する可能性があるということを意識させる契機とな り、特定健診受診率の向上に対して影響を与えたの ではないか。

以上のような問題意識の下、本研究では、高齢者 の医療費自己負担の増加の懸念が特定健診受診率に 与える影響について分析する。

2.1 国民健康保険制度の概要

市町村国民健康保険は、他の医療保険に加入して いない住民を対象とするため、国民皆保険制度の基 礎、または受け皿とされており、市町村の区域内に 住所を有する者は全員、原則として当該市町村が行 う国民健康保険の被保険者(保険の加入者)である。

また、皆保険が実現した当時、医療給付の割合は 職域保険との水準に大きな開きがあり、

10割給付(自

己負担なし)の職域保険がある一方で、国民健康保 険の場合には実に9割以上の保険者が5割給付(自己 負担5割)に留まっていた。その後、様々な改正がな され、現在の医療給付の割合は、義務教育就学前の 被保険者で8割、義務教育就学後から70歳未満で7割、

70歳以上75歳未満で8割となっている。すなわち、窓

口での医療費自己負担割合は、2割もしくは3割とな っている3

2.2 特定健診の概要

「特定健康診査等基本指針(平成20年3月31日厚生 労働省告示第150号)」によると、「①不適切な食生 活や運動不足等の不健康な生活習慣から発症し重篤 化する恐れのある糖尿病等の生活習慣病は、さらな る疾病の発症につながるだけでなく、国民医療費の 伸びにもつながる。②糖尿病等の生活習慣病の発症 には、内臓脂肪の蓄積(内臓脂肪型肥満)が関与し ているため、内臓脂肪症候群(メタボリックシンド ローム)の概念を踏まえた生活習慣の改善を行うこ とにより、糖尿病等の発症リスクの低減を図ること が可能となる。」ということが特定健診の基本であ ると明記されている。

こうした基本的な考え方を踏まえ、特定健診では、

これまでの一般的な健康診断には無かったメタボリ ックシンドロームに着目した項目が加えられた。ま た、特定健診の結果から、生活習慣病の発症リスク が高く生活習慣の改善による生活習慣病の予防効果 が多く期待できる者を発見し、その後の生活習慣を 見直すサポート(特定保健指導)につなげるという 点もこれまでとの大きな違いである4

2.3 ミクロ経済学からみた健康診断

経済学においては、「完全に監視されていない個 人が正直でなかったり他の望ましくない行動に走る 傾向のこと」をモラルハザード5といい、医療保険の 場合には、事前と事後の二つのモラルハザードがあ るとされる。医療保険への加入によって被保険者の 窓口での医療費自己負担が抑えられるため、被保険

(2)

2

者は将来的な疾病のリスクを考えずに不摂生になる ことがある。その結果、被保険者の健康管理意識や 予防行動が過小になり、疾病リスクが高まることに なる。このように、疾病リスクに備えるための保険 が、リスク回避そのものを妨げている状態を事前の モラルハザードという。一方、医療費の自己負担が 少ないために、被保険者が不必要な可能性がある医 療サービスを過剰に受診するようになることを事後 のモラルハザードという。

公的医療保険においては、こうしたモラルハザー ドが存在するため、医療財政には外部不経済が生じ る。つまり、民間医療保険のように、被保険者の健 康管理意識や疾病リスクの高低によって保険料や保 険給付が決定される仕組みではなく、保険料も給付 も基本的には一律であるため、健康管理を怠るよう な人々の医療コストも、健康管理を人一倍している 人を含む被保険者全員で負担している状態である。

こうした市場の失敗に加え、人々の疾病予防に対 する意識は、最適化されないという問題もある。た とえ本人の不摂生から大病を患ったとしても、医師 法や生活保護法によって最終的には救済される可能 性があるため、人々の疾病予防は過小になるだろう と考えられるからだ。図1のように、保険適用でない 場合の医療コストは、予防費用と医療コストを合計 した社会的費用で示される。予防費用は医療コスト より安価なため、増加の割合は緩やかである。一方、

予防費用をかければかけるほど、疾病の発症を抑え たり早期発見による重篤化を防いだりできると考え られるため、医療コストはだんだんと減少していく。

それに伴い、合計の社会的費用も下がっていく。予 防費用が医療コストを上回るようになると、ある水 準を超えたところから社会的費用は増加していく。

その水準が、最安価な予防水準である。しかしなが ら、保険適用の場合(図2)、被保険者自身には私的 費用(予防費用と保険適用後の医療コスト)しか意 識されず、選択する予防水準が低下することになる6

この意識されることのない予防水準の低下を被保 険者に意識させない限り、予防水準は最適化されな い。健康診断は誰でも容易に受診できる上に、早期 発見による疾病コストの削減効果も大きい。したが って公的医療保険下においては、疾病を早期発見し たり疾病の重篤化を抑制したりするために、被保険 者全員に予防の健康診断を受診してもらうことが望 ましいと考えられる。

予防費用 患者の医療コスト 社会的費用=

予防費用+患者の医療コスト

最安価な予防水準

=全員検診

予防水準 費用

予防費用

選択される 予防水準

予防水準 費用

保険適用後の 患者の医療コスト 私的費用=

予防費用+保険適用後の患者の医療コスト

図1:保険適用でない場合 図2:保険適用の場合

3.

仮説

2012年末、高齢者医療費の特例措置(2008年度か

ら続いていた70歳から74歳の被保険者医療費自己負 担の一割据え置き)の廃止が検討された7。特例措置 廃止は、70歳から74歳の被保険者が疾病に罹患した 場合にかかる医療費の自己負担割合が実質的に一割 から二割へ引き上げられることを意味する。被保険 者は将来に自身が負担する医療費の増大を予測する と、医療費削減のため、現在の自身の健康管理によ り気を配るようになると考えられる。例えば、食生 活を始めとする生活習慣を改善したり健康診断を受 診したりすることで、将来の疾病の発症を抑制また は疾病の早期発見による重篤化防止に努めるように なると考えられる。また、自治体が実施している勧 奨施策は、健康管理を疎かにすることによる被保険 者への影響を、特例措置廃止論議ほど意識させられ ないのではないかとも考える。

以上の考察から、次の二つの仮説を提示する。

I.

特例措置廃止論議の高まりを受けた2013年度の 受診率は、先行する2年間の特定健診受診率より も上昇した。

II. 特例措置廃止論議は、自治体の特定健診受診勧

奨の施策よりも受診率に影響を及ぼしている。

4.1 研究方針

仮説検証のために、①特定健診を怠ることによる 医療費自己負担額の増加を被保険者自身が意識する 機会があることと、②被保険者の健康管理の行動が 観測できること、の二つが必要である。

最初の点については、2012年末から、高齢者医療 費の特例措置廃止論議(70歳から74歳自己負担一割 から二割への実質引き上げ)が、より活発になされ 始めたことを利用する。こうした世論の一つの例と して、新聞記事を用い、特例措置廃止論議に関する 新聞記事を検索して集計した。本研究では検索のた めに「聞蔵Ⅱビジュアル(朝日新聞)」等の三つの データベースソフトを利用した。検索する際のキー ワードとして「70」、「74」、「医療費」、「負担」、

「特例」、「引き上げ」を選び、それぞれをAND検索

(3)

3

し、「年金」というキーワードを含むものを除いた。

これは、同時期に取り上げられることの多かった、

「障害年金・遺族年金の受給資格期間特例措置」の 記事を排除するためである。このようにして検索し た後、該当した新聞記事の内容を全て目視しながら、

実際に特例措置廃止論議についての記事のみを集計 した結果が図3である。

図3:新聞報道数の推移(廃止論議の一例として)

集計結果を見ると、2012年下半期には2012上半期 の2件を大きく上回る20件の記事が該当したが、これ を被保険者が医療費の自己負担増加を意識する契機 となったと考える。同時期におけるその他の話題の 取り上げられ方については、家庭向け電気料金値上 げの話題が特例措置廃止論議と似たような傾向を持 っていたが、その話題が自身の健康管理や疾病予防 行動につながるとは考えにくいため、除外した。

二点目ついては、

2008年度4月より任意の健康診断

である特定健診が開始されているため、この自治体 ごとの受診率を利用する。

以上の二点を用いて、2013年度の特定健診受診率 が上昇しているという作業仮説を検証する。

また、自治体の勧奨施策を把握するために、各自 治体へのEメールによるアンケート調査を2014年12 月より1,350の自治体で実施し、

320件の回答を得た

8

4.2 変数

アンケートによって得られた自治体(市区町村)

の国民健康保険特定健診受診率を被説明変数とし、

後述する2013年度ダミー、受診機会ダミー、受診料 割引ダミー、他業種連携ダミー、広報活動ダミー、

その他取り組みダミーをトリートメント変数とし、

2011年度から2013年度のパネルデータによる固定効

果モデルで分析する。どのダミー変数も、基本的に は被保険者の受診率を高めるための施策であるため、

符号は正をとると考えられる。

2013年度ダミーとは、2012年末の高齢者医療費特

例措置廃止論議の影響を受けている場合1、そうでな

い場合に0をとるダミー変数である。このダミー変数 によって、特例措置廃止論議に先行する2年間の特定 健診受診率と2013年度の受診率を比較する。

受診機会ダミーとは、土日や夜間に特定健診を受 診できたり未受診者が別日程で受診できたりする場 合1、該当しない場合0となるダミー変数であり、受 診料割引ダミーとは、特定健診の受診料が無料か一 部補助がある場合に1、そうでない場合に0となるダ ミー変数である。他業種連携ダミーとは、商工会・

農協・漁協・医師会・他の社会保険・保育士やアル バイト職員などと連携を図っている場合に1、そうで ない場合に0となるダミー変数であり、広報活動ダミ ーとは、受診券を複数回送付している場合、未受診 者に対する勧奨をしている場合、生活習慣病のリス クが高い者に勧奨している場合のいずれかに該当す る場合に1、該当しない場合に0となるダミー変数で ある。

コントロール変数は、0歳から74歳までの5歳毎人 口割合の増加率、全体の人口増加率を用いた。

4.3 推定式

推定式は、以下の通りである。

特定健診受診率 =β0

+β1

2013年度ダミー

t

+β2 受診機会ダミーit

+β3 受診料割引ダミーit

+β4 他業種連携ダミーit

+β5 広報活動ダミーit

+β6 その他取り組みダミーit

= 16

1 k

δ

k その他コントロール変数

k

it

+αi +εit

4.4 推定結果

推定結果は以下の通りである。

被説明変数:

説明変数 (1) (2) (3) (4)

2013年度ダミー 1.149*** 0.647*** 0.0332*** 0.0133***

(0.162) (0.152) (0.00495) (0.00466) 受診機会ダミー 1.786 1.776 0.0412 0.0458

(1.717) (1.612) (0.0457) (0.0429) 受診料割引ダミー 3.346** 3.446** 0.112** 0.114**

(1.620) (1.695) (0.0462) (0.0456) 他業種連携ダミー 0.711 0.160 0.0216 0.00458 (0.676) (0.645) (0.0191) (0.0186) 広報活動ダミー 0.374 0.0210 0.0118 0.00168 (0.440) (0.433) (0.0125) (0.0124) その他取り組みダミー 1.120** 0.578 0.0416** 0.0224

(0.451) (0.475) (0.0161) (0.0173)

市町村固定効果 Yes Yes Yes Yes

その他コントロール変数 No Yes No Yes

Within R-square 0.140 0.277 0.127 0.249

観測数 932 932 932 932

注)OLSによる推定結果、カッコ内はクラスター化不均一分散頑健標準誤差、

  ***, **, * はそれぞれ有意水準(両側)1%, 5%, 10%を示す。

受診率 ln(受診率)

0 10 20

2011

2011

2012

2012

2013

2013

日経

朝日 読売

(

)

(4)

4

推定式(1)、(2)は、被説明変数に特定健診の受診 率を用い、(3)、(4)は特定健診受診率の対数値を用 いた。また(2)、(4)は、それぞれ(1)、(3)にその他 コントロール変数を加えたものである。すべてのモ デルにおいて、2013年度ダミーは正の値で1%水準で 統計的に有意であることを示している。これにより 一つ目の仮説は支持された。特例措置廃止論議によ る医療費の自己負担増加の可能性に対する懸念は、

被保険者の行動に影響を与えて、それが特定健診の 受診率の向上に寄与していると考えられる。

一方、予想に反して、自治体の特定健診受診の勧 奨の施策は受診料金割引に関して効果があることが 分かった。受診料金割引は5%水準で統計的に有意で あることが示された。疾病に罹患した場合の医療費 自己負担増加を懸念し疾病予防のための特定健診を 受診するという行動と、安価な料金に反応して特定 健診を受診するという行動において、同様の金銭的 なインセンティブのメカニズムが働いているのでは ないかと考えられる。

5.1 政策提言

前章の推定結果と考察から、以下の二つの政策を 提言する。

1.特定健診の対象者である被保険者の保険料を、特 定健診の受診率に応じて増減する

2.特定健診の受診料金は無料にする

推定結果を文字通り解釈すれば、金銭的なインセ ンティブを付与することが受診率向上に効果が高い ということになる。さらに、2012年末の特例措置廃 止論議による影響を考慮すると、医療費の自己負担 割合を引き上げることが最も効果的なのではないか と考えられるが、受診率向上の手段として医療費の 自己負担割合の引き上げを論じる場合には、被保険 者の命と医療費とのトレードオフの問題が発生する ため、より慎重になる必要がある。たとえ特定健診 受診率向上に金銭的なインセンティブの効果が高い からといって、もしも特定健診未受診者の医療費自 己負担割合を引き上げるとすると、医療機関への受 診を回避することによる疾病の重篤化につながる恐 れがあり、結果として、早期に治療をしていれば医 療費も抑制されるという可能性を妨げることにもな りかねない。特に、低所得者は、家計に占める医療 費を抑えるためにそうした行動をとる可能性がより 高くなるだろう9。医療費自己負担の割合の水準につ いては、本研究の分析結果からは判断できない。

そこで、特定健診の未受診者に対しては、医療機

関受診の際の自己負担の割合を増減するのではなく、

医療機関受診前の保険料を増減することを提言する。

特定健診を受診する人と受診しない人を、疾病リス クが低い人と疾病リスクが不明な人とに区別し、グ ループ間での保険料に差をつける。こうすることで、

特定健診を受診する人(健康管理をする人、疾病リ スクが低い人)と受診しない人(健康管理を疎かに する人、疾病リスクが不明な人)とで、それぞれの グループに見合った保険となるのではないだろうか。

また、自治体は、特定健診の受診機会を増加させ る施策も講じるべきである。ここでいう受診機会と は、受診する際の料金の無料化や一部補助、受診可 能な会場の増加や受診時間帯の変更だけでなく、受 診した後の受診データの活用による受診者へのフォ ローアップなども挙げられる。被保険者は、受診す ることによる機会費用を考えて行動するため、受診 することのメリットが大きければ大きいほど、繰り 返し受診しようと考えるはずである。受診料金割引 に関する施策は、そのメリットを最も分かりやすく 意識させることができたために、自治体の施策とし ての効果が高かったのだと考えられる。

5.2 今後の課題

政策提言において、特定健診受診率向上のために 保険料率を増減するとしたが、本研究では、その際 の保険料率の最適な水準に関する検証は行っていな いため、適切な保険料についての分析が必要である と考えられる。

さらに、自治体の勧奨施策においては、特定健診 の受診料金を割り引いた際の財源確保のためにも、

勧奨施策の費用対効果を分析することも必要である。

また、質問者と回答者に認識の差が生じないような 質問事項に基づいたアンケート調査の絶対数や精度 を上げていくことも必要であると考えられる。

1第

7

回保険者による健診・保健指導等に関する討論会資 料

2

「後期高齢者支援金の加算・減算制度について(厚生 労働省保健局総務課)」参照

2足立泰美、赤井伸郎、植松利夫(

2012

)参照

3「厚生労働白書」参照

4厚生労働省

HP

「特定健康診査・特定保健指導に関する

Q&A

集」参照

5 マンキュー(

2013

)参照

6 福井(

2007

)参照

7 厚生労働省

HP

「社会保障審議会(医療保険部会)」の議 事録・資料等 参照

8 アンケートの詳細は附録に記載

9 ロジャー・ミラー他(

1995

)参照

参照

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