本稿は、認知言語学の観点からスペイン語前置詞 の概念構造を考察すること をテーマに2回に渡って論じる後半部に当たる。Morera(1988、1998)、Lopez, de M.
L.(1976)、López, M. del C. F.(1999)、Honrubia(2003)など、これまで多くの研 究者がスペイン語の前置詞について考察してきた。スペイン語前置詞 に焦点を 絞っても同様で、本稿でも扱っているように、Morera(1988)やLunn(1987)、
Cuenca y Hilferty(1999)などにおいて研究されてきた。しかしながら、これらの 研究は共時的視点のみから意味のつながりを説明しようとしているが、語の意味変 化の変遷を考えると、当然のことながら通時的視点からの概念拡張の研究も必要と な る。 さ ら に、Morera(1988) のsema( 意 義 素 ) やLunn(1987) な ら び に Cuenca y Hilferty(1999)のimage-schema(イメージ・スキーマ)によって語の 意味を定義しようとすると、そこには物理的な事象/事物を表示する意味用法と抽 象的な事象/事物を表示する意味用法との区別が存在していないことになる。本 来、1つの物理的なものを指し示す意味から、より抽象的なものへと概念拡張が起 こったプロセスを鑑みると、それら2つの意味用法間における概念的区別、および 両者をつなぐ「メタファー」の存在に触れずして概念転移のメカニズムを明らかに することは難しいと考えられる。
そこで、本稿では、まず第二章で前置詞 の概念構造の先行研究としてMorera
(1988)やLunn(1987)、Cuenca y Hilferty(1999)および福森(2007)を観察する。
そして、第三章では、脳科学の枠組みにおいて言語文化に根差した隠喩・比喩表現 論を中核とする認知意味論(Cognitive Semantics)の諸理論を採用し、さらに「通 時的観点」と「共時的観点」とを融合させ、互いに足りないものを補い合う立体的 な視座でもって種々の語句における意味変化の認知プロセスを眺める「メタ・プロ
認知言語学的視座における
スペイン語前置詞 por の概念研究(その2)
―英語前置詞 for, through・ルーマニア語前置詞 prin との比較・対照も交えて―
福森 雅史・森山 智浩
セス」理論の観点から、前置詞 の概念転移のメカニズムを明らかにすることを 試みる。
3.スペイン語前置詞 por の概念
3.1.スペイン語前置詞 por の意味用法
スペイン語前置詞 の意味用法として、『小学館 西和中辞典〔第2版〕』には、
以下(1)に見られる意味用法が記されている。
(1) 1《動機・理由・根拠》
1 《動機》…のためを思って、…のために.
su familia él podría hacer cualquier cosa.
彼は自分の家族のためにならどんなことでもできるだろう.
2 《原因・理由》…のゆえに、…のために.
Le pusieron una multa exceso de velocidad.
スピード違反で彼[彼女]は罰金を課された.
2《目標・支持》
1 《目標》…を求めて、…を呼びに.
¿Hoy ha venido alguien preguntando mi?
今日誰か私のことを訪ねてきた人はいたかい.
2 《支持・賛成・選択》…のために.
La mayoría votó el partido socialista.
多数が社会党に投票した.
3 《感情・関心の対象》…に対して.
Tengo curiosidad saber lo que hacen.
私は彼らが知っていることに興味がある.
3《代理・代替・資格》
1 《代理》…の代わりに. Ella vino su hija.
彼女は娘の代わりに来た.
2 《代替》…と交換に.
Quiero cambiar este jersey uno más pequeño.
このセーターをもっと小さいのと換えたい.
3 《代価・数量》…で.
Vendí mi casa cuarenta millones de yenes.
私は家を4000万円で売った.
4 《資格・相当》…として.
Pasa trabajador pero es perezoso.
彼は働き者と思われているが怠け者だ.
5 《割合》…につき.
Cobran diez euros persona.
ひとりにつき10ユーロ徴収される.
4《方法・手段》
1 《方法・手段》…で.
Mandé el paquete correo aéreo.
航空便で小包を送った.
2 《媒介》…を通して、…によって.
Lo supe un amigo.
それは友人を通じて知りました.
3 《判断の基準》…によって.
La conocí el peinado.
彼女だと髪形でわかった.
4 《様態》…で.
Lo cogió el brazo derecho.
彼は右腕をつかまれた.
5 《受動文の動作主》…によって.
El documento fue firmado el ministro.
大臣によってその書類は書名された.
6 《限定・関連》…については、…に関しては.
lo que dijiste ya veremos.
君の言った件については後で何とかしよう.
5《期間・時間帯》
1 《期間・継続》…の間. Vendré tres días.
私は3日間の予定で来るつもりです.
2 《漠然とした時間・期間》…(ころ)に.
Volvieron el diez de septiembre.
彼らは9月10日ごろ帰って来た.
6《場所・経路》
1 《経路》(1)…を通って. El ladrón entró esta ventana.
泥棒はこの窓から侵入した.
(2)…に沿って、…の中をずっと.
Iremos este camino.
この道を行こう.
2 《漠然とした場所》…あたりに. ¿Hay un banco aquí?
このあたりに銀行はありますか.
7《+不定詞》まだ…していない(→estar + 不定詞)
Todavía me quedan cosas hacer.
私はまだすることが残っている.
―『小学館 西和中辞典〔第2版〕』(s.v. por, .)(一部省略筆者)
以下に、これらの用法が互いに如何なる関係を構築し得ているかを観察する。
3.2.古典ラテン語前置詞 pro―の概念
スペイン語前置詞 は、次の(1)に示されるように、古典ラテン語 ―に由来 する12。
(1)del lat. vg. POR, alteración del lat. cl. PRO por , para .
( por 、 para を意味する古典ラテン語PROの変化形である俗ラテン語
PORから。)
― (s.v. POR, .)(日本語訳筆者))
この古典ラテン語 ―の意味用法として、『羅和辞典〈改訂版〉』には、以下
(2)に見られる意味用法が記されている。
(2) 1…の前に、…の前で;…の前方へ;…(の上)に:
〜 (C IC) Castor 神殿の前にすわって.
2…のために:
〜 (V ERG) 自由のため.
3…の代わりに、…の名義で:
〜 (C AES) 防壁の代わりに荷馬車を前に置く.
4…のように、…も同然;…として:
〜 (C IC)
カトー一人だけで私には10万人(の意見)に匹敵する.
5…に対して、…の報酬[罰]として:
〜 (C AES) ある人の好意に感謝する
6…の割には;…としては:
〜 (C AES)
人口の割には自分たちの領土が狭い.
7…に応じて[従って]:
〜temore et re (CAES) 時と場合に応じて.
8…の理由で、…が原因で:
〜te mihi cum rivalibus arma erunt (PROP) 僕は君のために恋敵と戦 うだろう.
―『羅和辞典〈改訂版〉』(s.v. pro―2, .)(一部省略筆者)
古典ラテン語 ―は、上記(2)に見られるこれら複数の意味用法の中にあっ て、「前方」を原義としていたことが下記(3)から伺える。
(3) fait partie dʼun groupe de prépositions et préverbes auquel appartiennent ― et -, et se rattachent dʼautre part, −, et
− (v. ces mots) . Le sens propre de ces mots est ≪en avant≫.
( は、 ―や -, が所属し、又他方では − や , − が結 びつく前置詞や動詞前接辞のグループの一部を成す。それらの語の本来の
意味は≪en avant(前方に)≫である。)
― (s.v. per, .)(一部省略・下線・日本語訳筆者)
現在のスペイン語前置詞 にはこの「前方」概念は残ってはいないものの、次の
(4a-b)に示されるように、接頭辞 - にその痕跡を留めている13。
(4)「前に、先に、前方へ」の意.⇒ feta, logo, longar.
―『小学館 西和中辞典』(s.v. pro-, , 2)(下線筆者)
古典ラテン語 ―の意味用法の内、「前方」概念を表す上出(2)の「1…の前 に、…の前で;…の前方へ;…(の上)に」以外の意味用法は、その全てが「交換」
概念の一種として捉えられ得る。下記(5)にその捉え方を簡潔にまとめる。
(5) a. 2…のために:〜 (VERG) 〈交換という行為を通して自由とい
う目的物を獲得するために →〉自由のため b.3…の代わりに、…の名義で:
〜 (C AES) 防壁の代わりに荷馬車を前に置く.
c.4…のように、…も同然;…として:
〜 (C IC)
〈カトー一人だけ(の意見)は私には 10万人(の意見)と交換可能で ある → 〉
カトー一人だけで私には10万人(の意見)に匹敵する.
d.5…に対して、…の報酬[罰]として:
〜 (C AES)
〈ある人から受けた好意に対するお返しとして感謝する → 〉ある人の 好意に感謝する
e.6…の割には;…としては:
〜 (C AES)
〈本来、ある人口が必要とする土地の大きさと交換するには自分たちの 領土が狭い →〉人口の割には自分たちの領土が狭い.
f.7…に応じて[従って]:
〜temore et re (CAES) 〈時と場合(の変化)と代替することとして
→〉時と場合に応じて.
g.8…の理由で、…が原因で:
〜te mihi cum rivalibus arma erunt (PROP)
〈僕は君に成り替わって恋敵と戦うだろう →〉僕は君のために恋敵と 戦うだろう.
―『羅和辞典〈改訂版〉』(s.v. pro―2, .)
(一部省略・〈 〉内表記・下線筆者)
この「交換」概念は、下記(6)に示されるように、現在のスペイン語接頭辞 - にも残っている。
(6) 「…の代わりに[の]」、文法用語で「代…」の意.⇒ consul, hijar, nombre.
―『小学館 西和中辞典』(s.v. pro-, , 1)(下線筆者)
以上の観察から、スペイン語前置詞 は「前方」から「交換」へと概念転移が起 こったことが確認されるが、このスペイン語前置詞 は、英語前置詞 と関連が ある語とされている。次の(7)がその詳細である。
(7) ⇐[俗ラ] ⇐[ラ] ―「…の前に;…のために;…によって」; 関連
〔仏〕pour. 〔英〕for. 〔独〕
―『小学館 西和中辞典』(s.v. por, .)(下線筆者)
事実、この英語前置詞 は、次の(8)に示されているように、時代を遡ると
「前方」概念を原義とするインドヨーロッパ祖語* に由来し、スペイン語前置詞 と源を同じくしていることが確認される。
(8) †1 ((OE))- ((15C))[時間・空間] …の前に、
2 ((OE)) …の代わりに、のために、の故に
◆ OE , FORE1 <Gmc * before(of place and time), on account of (OFris. & OS (cf. Du. )/ OHG before, for(G , )/ ON , / Goth. , ) ⇐ IE * before, forward
(L ― before, for, instead of(⇨PRO‑1)
―『英語語源辞典』(s.v. for, .)(下線筆者)
このように、英語前置詞 はOE期には既に「交換」概念を有していた反面、
「前方」概念は15世紀ごろに消失し、現在では見受けられない意味用法となってい る。このことから、英語前置詞 は、スペイン語前置詞 と同様に、「前方」
から「交換」へと概念転移を起こし、その後、「前方」概念が消失したことで「交 換」概念を中核義とするようになったと考えられる14。以下(9)が英語前置詞
の「交換」概念を示す一例である。
(9)We sold our car [ ] $1,000.
自動車を1000ドルで売った
―『ジーニアス英和大辞典』(s.v. for, ., 8.)(下線筆者)
ここで、原義である「前方」から派生義である「交換」との間に存在する概念転 移のプロセスについて考えてみたい。福森(2007)では、「前方」概念表示語 ―
が「或るものを別のものの前にそれの代わりに置く」という認識から、「交換」概念 へ転移を生じるとしている。そして、この時、「前方」から「交換」への概念転移の 動機づけについて「図地分化」の観点も導入することで、単なる「位置関係」の
「交換」だけではなく、それによって「図」と「地」との「交換;反転」が行われ、
その結果、前方に置かれたものに焦点が当てられることになるという論旨も展開さ れている。以下(10)‐(12)に「図地分化」([英語]Figure-Ground segregation /
[西語]segregación de Figura y Fondo)を用いた、その概念転移のプロセスを簡潔 に示す。
(10)「XをYの前方に置く」と、XとYとの位置関係が入れ替ることにより、
a. 本来「後方」に位置していたことで「地」として認識されていたXが前 景化され、「図」として認識されることになる。
b. 同時に、本来「前方」に位置していたことでは「図」として認識されて いたYが背景化されて「地」として認識されることになる。
(11) その結果、位置関係の「交換」が行なわれると同時に、「図」と「地」との
「交換」も同時に行なわれる。
(12)a. b.
TR L
V Ⅹ Y
TR L
V Y Ⅹ
[※ Vは観察者の視点の位置を、 は「図」であることを、 は「地」であるこ とを表す。]
さらに、福森(2007)では、「前方」/「交換」と「近接」との間には、それぞ れ下記(13)−(14)のような結びつきが存在することを論じた。
(13)「前方」と「近接」との結びつき (the Me-first orientationの観点と精神病 理学の観点から):
・人間は「前方」をより「身近」なものとして捉えている
(14)「交換」と「近接」との結びつき(プロトタイプ的交換行為の観点から)
a. 物理的物体どうしの「交換」では、「存在位置」の点で互いに「近接」
している。
b. 物理的物体どうしの「交換」では、「質や価値」の点で互いに「近接」
している。つまり、「同種」の交換の方が「異種」のそれよりも容認度 が高い。
その結果、次の(15)に示されるように、「前方」をプロトタイプ的概念、そして
「交換」をその拡張概念とし、さらに両概念のスキーマ概念として「近接」の位置 づけを定義するに至った。
(15) [ 中 核 的 ス キ ー マ 概 念 ]
「 近 接 」 概 念
[ プ ロ ト タ イ プ 概 念 ] [ 拡 張 概 念 ]
「 前 方 」 概 念 「 交 換 」 概 念
― 福 森 (2007: 77) 拡 張
― 福森(2007: 77)
しかしながら、ここでは「前方」、「交換」、「近接」それぞれの間に見られる結 びつきには如何なるプロセスが存在しているのか、という研究課題が残されたま まである。そこで、隣接科学の一つである「社会学」および「人類学」における
「贈与交換」儀礼の研究を観察することで、「前方」/「交換」/「近接」の概念 間の結びつきを明らかにしようとしたものが福森・髙橋(2009)である。
未開民族や古代民族に見られる「贈与交換」という行為は義務的なもので、そ の具体的条項には「贈る義務( )」(cf. Mauss(1950: 205))、
「 貰 う 義 務( )」(cf. Mauss(1950: 210))、「 返 す 義 務
( )」(cf. Mauss(1950: 212))の三つの義務15が存在する。
まず、「贈る義務」から「贈与」という活動が行なわれる。この「贈与」活動で は、「贈与」する者は贈り物を自身の「前方」へ移動させる、即ち「差し出す」
という行為が行なわれる。ここに、「贈り物の移動方向=前方4 4」という概念が観 察される。これを以下(16)にまとめる。
(16) 贈与する者は贈り物を自身の「前方」へ移動させる、つまり「差し出す」
ことで「贈与」という行為を行なう。
さらに、残りの2つの義務(「貰う義務」と「返す義務」)により、何らかの物を 貰った者はそれを、時にはそれ以上の物を返さなくてはならない。例えば、アメリ カ北西部において主に集団内部で行なわれる「ポトラッチ(Potlatch)」という競争 的贈与交換儀礼においては、財を獲得した者はその財をことごとく皆の者に分配す る場面が観察される(cf. Mauss(1950: 208))。そこでは「財が或る共同体内部4 4を移 動する」という形で「貰う−返す」という現象が繰り返される。他方、トロブリア ンド諸島の島々に長期にわたって財が駆け巡る「クラ(kula)交易」においては、
贈られた財をさらに他の共同体に贈らねばならない(Cf. Mauss(1950: 175-180))。
それ故、そこにも財が或る共同体間4を常に循環するという形で「貰う−返す」とい う現象が観察されるのである。
こうした「贈る−貰う−返す」という義務を持つ「贈与交換」儀礼は、我々が
「互いにそれぞれの物を取り換えること。また、互いにやりとりすること。」(cf.
『明鏡国語辞典』(s.v. こう‐かん【交換】、❶))という意味で通常用いている「交 換」とは等価そのものとは言い難い16。しかしながら、「返す」という義務を伴う 以上、それは「交換」概念の下位範疇に属するものである。このことから、「贈 与」行為は、最終的には「交換」行為に至ると言える。ここに、スペイン語前置詞 および接頭辞 のプロトタイプ的概念である「前方」とその拡張概念である
「交換」との繋がりを見ることができる。さらに、「クラ交易」においても「ポト ラッチ」においても「贈与交換」される物には、生活必需品ではなく宗教的色彩の 強い装飾品という質における共通点が存在し、「贈与交換」の対象となるもの同士 に「近接」性が確認される。ここに、「贈与交換」儀礼を共通の基盤とした「前 方」、「交換」、「近接」の各々の概念間に存在する繋がりが明らかとなっているので ある。福森・髙橋(2009)では、これを次記(17)としてまとめている。
(17) 「 存 在 位 置 」 お よ び 「 質 」 の 近 接 性 = 「 近 接 」 概 念
「 贈 る 」 義 務 「 貰 う 」 義 務 「 返 す 」 義 務
「 前 方 」 概 念 「 交 換 」 概 念
― 福 森 ・ 髙 橋 (2009: 40)
― 福森・髙橋(2009: 40)
しかしながら、「交換」の目的を考えるとそれは「目的物獲得」にあると言え る。上出(2)の「2…のために」と「8…の理由で、…が原因で」は単に「交換」
として捉えられるのみならず、「目的物獲得」の意としても捉えることが可能であ る。これを以下(18a-b)として記す。
(18)a.2…のために:〜 (V ERG) 自由のため → 自由を獲得するために
b.8…の理由で、…が原因で:
〜te mihi cum rivalibus arma erunt (PROP) 僕は君のために恋敵と戦 うだろう.
→ 僕は君を獲得するために恋敵と戦うだろう
こうした「目的・目標」の用法は、言語を異にする英語前置詞 にも見ること ができる。その実例が以下(19)である。
(19)We must fight the abolition of nuclear weapons.
我々は核兵器廃絶〈を獲得するために→〉のために戦わなければならない
―『ジーニアス英和大辞典』(s.v. for, ., 8.)(〈 〉内表記・下線筆者)
「交換」と「目的物獲得」との関係を考えるならば、「交換」という行為を行う目 的こそが「目的物獲得」であると言える。つまり、自然な生起順序を鑑みれば、次 の(20)のようになると考えられる。
(20)「目的物獲得」 「交換」
= 「交換」の目的
ここで「前方」概念と「目的物獲得」概念とのさらなる結びつきを現象学の観点 から考えた場合、目的物を獲得するためには、通常、その目的物を視界に捉える必 要がある。この「目的物獲得」と「視界に捉えること」との関係は以下(21)‐
(22)の言語表現にも確認することができる。
(21)先頭集団の背中を視界に捉えた。
(22)解決の糸口が見えてきた。
そして、視界が広がっている方向とは、言うに及ばず、「目」という感覚器が備 わっている「前方」である。ここに、「前方」と「交換」との概念的繋がりが見え てくるのである。以上の概念拡張のプロセスを以下(23)にまとめる。
(23)「前方」 「目的物獲得」 「交換」
= = 目的物を捉える視界が 「交換」の目的 広がる方向
3.3.古典ラテン語前置詞 per の概念
スペイン語前置詞 は、次の(1)に示されるように、古典ラテン語 ―だけ ではなく、古典ラテン語 にも由来する。
(1) PER《por, durante, por medio de》se funde con PRO―《en frente de, en nombre de, en lugar de》, probablemente en el propio latín hablado; de este modo se crea el medieval por, forma única que expresa casi todos los significados de las dos preposiciones latinas, así como los de OB y PROPTER
《debido a》.
( PER《〜を通って、〜の間、〜によって》は、おそらく話し言葉である本 来のラテン語において、PRO―《〜の前に、〜の名において、〜の代わりに》
と混同したと思われる。このようにして、OBやPROPTER《〜のために》
の意味のように、ラテン語の前置詞の幾つかの形態が持つほとんど全ての 意味を表す唯一の形態である中世スペイン語porが生じることになった。)
― Penny(Pascual、 José y María Pascual(trad.))(1993: 220)
(下線・日本語訳筆者)
この古典ラテン語 の意味用法として、『羅和辞典〈改訂版〉』には、以下
(2)が記されている。
(2) 1… を通って、…を越えて、…の間を:
〜 (C AES) われわれの属州を通る道.
2… に沿って.
3… 中いたるところに.
4(時間的に)…の間、…中;…の間中(ずっと):
〜 (V ERG) 長年の間.
5… に関するかぎり:
〜 (C AES) 法律上、彼が執政官になっても
よい.
6(誓い・祈願において)…にかけて、…に誓って:
〜 (C IC) 神々に誓って、神かけて.
7(原因・理由)… のために、…の結果として:
〜 (P LAUT) 恐怖のあまり.
8(手段・媒介)…によって、…で:
〜 (C IC) 独力で、単独で.
9(態度・様子):
〜 (P LAUT) 冗談で、戯れに /〜 (C IC) 怒って.
10… を口実にして、…を装って.
―『羅和辞典〈改訂版〉』(s.v. per, .)(一部省略筆者)
上記(2)に見られる古典ラテン語 の複数の意味用法の中にあって、原義にな り得るのは、最も物理的な事象を表す「1… を通って、…を越えて、…の間を」
の意味用法であると考えられる。そこで、古典ラテン語 の原義を「貫通」概念 とし、これを次の(3)−(4)に示す。
(3)古典ラテン語perの原義:「貫通」概念
(4) LM
T R
上記の言語学的根拠として、まず、古典ラテン語 の意味用法の内、上記(2)の
「1… を通って、…を越えて、…の間を」以外の意味用法も、その全てが「貫通」概 念の一種として捉えられることが挙げられる。たとえば、「2…に沿って.」の意味用 法は、次の(5)のように用いられるが、
(5) atra―s via―s 狭路を通って、に沿って(行く)
― 泉井(2005: 346)(下線筆者)
ここでの「…に沿って」という表現は「… の脇を(行く)」ではなく「…を経路と して(行く)」を意味する。つまり、これは「1… を通って、…を越えて、…の間 を」と同じ「貫通」概念として捉えられるのである。
こうした貫通概念は英語では、通常、前置詞 で表示される。以下(6)
がその実例である。
(6)The Thames flows London.
テムズ川はロンドンを通って流れている
―『ジーニアス英和大辞典』(s.v. through, ., 1.)(下線筆者)
次に、「4(時間的に)…の間、…中;…の間中(ずっと)」の意味用法に目を向 けてみよう。これは、以下(7)のメタファーを通して、
(7)「時は空間である」メタファー
([英語]SPATIAL TIME metaphor /[スペイン語]metáfora EL TIEMPO ESPACIAL)
「空間世界」における物理的な「貫通」を示す表現を用いて、「時世界」における抽 象的な「貫通」を表していると言える。この概念化の存在は、以下(8)の記述か らも支持される。
(8) 〜 (V ERG)〈長年を通して → 〉長年の間.
―『羅和辞典〈改訂版〉』(s.v. per, .)
(一部省略・〈 〉内表記・下線筆者)
こうした「空間世界」における物理的な「貫通」から「時世界」における抽象的 な「貫通」への概念拡張は、言語を異にする英語前置詞 にも並行して見ら れる現象である。以下(9)がその実例である。
(9)We camped thre [ ] the summer.
私たちは夏の間ずっとそこでキャンプをした.
―『ジーニアス英和大辞典』(s.v. through, ., 6.)(下線筆者)
また、「8(手段・媒介)…によって、…で」の意味用法も、抽象的「貫通」概 念によって捉えられる。たとえば、下記(10)‐(11)がその一例である。
(10) me― ago―. (私は私自身を通じて行う=)自分だけで、人の助けを借りず にやる.
― 泉井(2005: 346)(下線筆者)
(11) epistulam 手紙を通じて、を手段として
― 泉井(2005: 346)(下線筆者)
この「手段」の意も、言語を異にする英語前置詞 を用いて表すことがで きる。以下(12)がその実例となる。
(12) our gift service, you can send the perfect presents to your friends and relatives anywhere in the world.
当社のギフトサービスを通してぴったりのプレゼントを世界中のお友達や 親類に送れます.
―『ジーニアス英和大辞典』(s.v. through, ., 4.)(下線筆者)
「10…を口実にして、…を装って」の意味用法も「手段」の意味用法の一種とし て捉えればよい17。以下(13)にその一例を示す。
(13)decipere alqm per indutias
〈休戦を通じて → 休戦を手段として → 〉休戦を装ってある人を欺く.
―『羅和辞典(初版)』(s.v. per, .)(〈 〉内表記・下線筆者)
さらに、「7(原因・理由)…のために、…の結果として」の意味用法は、次の
(14)に見られるように、抽象的「貫通」概念から生じた「手段・方法」の概念と して捉えられる。つまり、「…を通して生じた〜 → …という方法によって生じた
〜(〜causado por …)」という概念変化に沿っている。
(14)Per timo―rem arma tradide―runt.
〈彼らは恐怖を通して生じた → 恐怖という方法によって生じた → 〉 彼らは恐怖のために武器を渡した(降服した).
― 泉井(2005: 346)(〈 〉内表記・下線筆者)
なお、この「貫通―原因・理由」の概念的結びつきも異言語間にまたがって存在 していることを以下(15)が物語っている。
(15)I got lost not knowing the way.
道を知らなかったため迷った.
―『ジーニアス英和大辞典』(s.v. through, ., 5.)(下線筆者)
また、「9(態度・様子)」も、下記(16)に見られるように、抽象的「貫通」概念 から生じた「手段・方法」概念の一種として捉えられる。
(16)a. 〜 (P LAUT)〈 冗談を通して生じた → 冗談という方法で → 〉冗談 で、戯れに
b. 〜 (C IC) 〈 怒りを通して生じた → 怒りという方法で → 〉怒っ て
加えて、「5…に関するかぎり」や「6(誓い・祈願において)…にかけて、…に 誓って」の意味用法も、それぞれ以下(17)‐(18)に見られるように、抽象的「貫 通」概念から生じたと一貫して捉えられる。
(17)〜 (C AES)
〈法律を通してみると→〉法律上、彼が執政官になってもよい.
―『羅和辞典〈改訂版〉』(s.v. per, .)
(一部省略・〈 〉内表記・下線筆者)
(18) Per ego― hos lacrima―s o―ro―. 〈この涙を通して → 〉この涙にかけて我は願い 奉る.
― 泉井(2005: 346)(〈 〉内表記・下線筆者)
3.4.スペイン語前置詞 por の概念
これまで古典ラテン語 ―と のそれぞれの意味用法についてその概念拡張の メカニズムを論考してきた。そこで、まず、3.1.(1)で見たスペイン語前置詞 のどの意味用法が、古典ラテン語 ―に由来し、どの意味用法が古典ラテン語 に由来するのかさらには、どの意味用法がいずれの前置詞にも由来しないのか を以下(1)−(3)において確認することにする。
(1)古典ラテン語 ―に由来するもの → 「交換」概念 1《動機・理由・根拠》
1 《動機》…のためを思って、…のために.
su familia él podría hacer cualquier cosa.
彼は自分の家族のためにならどんなことでもできるだろう.
2《目標・支持》
1 《目標》…を求めて、…を呼びに.
¿Hoy ha venido alguien preguntando mi?
今日誰か私のことを訪ねてきた人はいたかい.
2 《支持・賛成・選択》…のために.
La mayoría votó el partido socialista.
多数が社会党に投票した.
3 《感情・関心の対象》…に対して.
Tengo curiosidad saber lo que hacen.
私は彼らがしていることに興味がある.
3《代理・代替・資格》
1 《代理》…の代わりに. Ella vino su hija.
彼女は娘の代わりに来た.
2 《代替》…と交換に.
Quiero cambiar este jersey uno más pequeño.
このセーターをもっと小さいのと換えたい.
3 《代価・数量》…で.
Vendí mi casa cuarenta millones de yenes.
私は家を4000万円で売った.
4 《資格・相当》…として.
Pasa trabajador pero es perezoso.
彼は働き者と思われているが怠け者だ.
5 《割合》…につき.
Cobran diez euros persona.
ひとりにつき10ユーロ徴収される.
―『小学館 西和中辞典〔第2版〕』(s.v. por, .)(一部省略筆者)
(2)古典ラテン語 に由来するもの → 「貫通」概念 1《動機・理由・根拠》
2 《原因・理由》…のゆえに、…のために.
Le pusieron una multa exceso de velocidad.
スピード違反で彼[彼女]は罰金を課された.
4《方法・手段》
1 《方法・手段》…で.
Mandé el paquete correo aéreo.
航空便で小包を送った.
2 《媒介》…を通して、…によって.
Lo supe un amigo.
それは友人を通じて知りました.
3 《判断の基準》…によって.
La conocí el peinado.
彼女だと髪形でわかった.
4 《様態》…で.
Lo cogió el brazo derecho.
彼は右腕をつかまれた.
6 《限定・関連》…については、…に関しては.
lo que dijiste ya veremos.
君の言った件については後で何とかしよう.
5《期間・時間帯》
1 《期間・継続》…の間. Vendré tres días.
私は3日間の予定で来るつもりです.
6《場所・経路》
1 《経路》(1)…を通って.
El ladrón entró esta ventana.
泥棒はこの窓から侵入した.
(2)…に沿って、…の中をずっと.
Iremos este camino.
この道を行こう.
―『小学館 西和中辞典〔第2版〕』(s.v. por, .)(一部省略筆者)
(3)古典ラテン語 ―および には見られない用法 4《方法・手段》
5 《受動文の動作主》…によって.
El documento fue firmado el ministro.
大臣によってその書類は書名された.
5《期間・時間帯》
2 《漠然とした時間・期間》…(ころ)に.
Volvieron el diez de septiembre.
彼らは9月10日ごろ帰って来た.
6《場所・経路》
2 《漠然とした場所》…あたりに. ¿Hay un banco aquí?
このあたりに銀行はありますか.
7《+不定詞》まだ…していない(→estar + 不定詞)
Todavía me quedan cosas hacer.
私はまだすることが残っている.
―『小学館 西和中辞典〔第2版〕』(s.v. por, .)(一部省略筆者)
ここで、2.4.で見た福森(2007)の問題点を、以下(4a-b)として再掲する。
(4) a. スペイン語前置詞 が持つ「近接」概念には一定の制約があることが
見受けられるが、このような制約を持つ概念が或る語の中核的概念にな ることは考え難い。つまり、スペイン語前置詞 が持つ「近接」概念 は中核的概念ではなく、周辺的概念ではないかと考えられる。
b. スペイン語前置詞 が持つ「近接」概念が中核的概念でないとする ならば、「前方」と「近接」の両概念を結びつける「概念」が存在しな いことになる。しかしながら、一つの語の中に独立した異なる二つの 概念が存在することは考えにくいため、一方の概念が他方の概念を包 含したと考えるべきである。とするならば、どちらの概念にどのよう にして集約されたのかという疑問が生じる。
上記(4a)で見たように、スペイン語前置詞 が持つ「近接」概念には制約が 存在する。たとえば、上出2.4.(5)−(6)(以下に(5)−(6)として再 掲)のような文は容認可能である。
(5)Mi cartera debe estar aquí.
(私の財布はこの辺りにあるはずだ)
(6)Su casa está Madrid.
(彼の家はマドリッドの辺りにある)
しかしながら、上出2.4.(7)(以下に(7)として再掲)で見た文は容認不可 能である。
(7)*Juan debe estar María.
(フアンはマリアの辺りにいるはずだ)
この場合、上出2.4.(8)(以下に(8)として再掲)のような別の表現を用い て「近接」概念を表す必要がある。
(8)Juan debe estar María.
(フアンはマリアの近くにいるはずだ)
以上のように、スペイン語前置詞 が持つ「近接」概念には一定の制約がある ことが見受けられるため、こうした制約を課される概念が或る語の中核に据えられ ることは通常考え難い。つまり、スペイン語前置詞 が持つ「近接」概念は中核 的概念ではなく、周辺的概念ではないか、とする仮説である。もし、そうだとすれ ば、「前方」と「近接」の両概念を結びつける「概念」が存在しないことになって しまう。しかしながら、一つの語の中に独立した異なる二つの概念が存在すること は言語の経済性に反するため、一方の概念が他方の概念を包含したと考えるべきで ある。
そこで、いずれの概念がもう片方の概念に集約されたのかを考えた場合、「交 換」概念で捉えられる意味用法は全て「貫通」概念で捉え直せるのに対し、その逆 は想定し難い。そのため、自ずと、「交換」概念が「貫通」概念に集約されたと考 えられる。そこで、「交換」概念で捉えられる古典ラテン語pro―に由来する意味用 法が、如何にして「貫通」概念で捉えられているかというさらなる概念メカニズム を、以下(9)に示す。
(9) a.《動機》…のためを思って、…のために.
su familia él podría hacer cualquier cosa.
彼は〈自分の家族(の利益)に通じるように → 自分の家族(の利益)に 至るように → 〉自分の家族のためにならどんなことでもできるだろう.
b.《目標》…を求めて、…を呼びに.
¿Hoy ha venido alguien preguntando mi?
今日誰か〈私に通じるように → 私に至るように → 〉私のことを訪ね てきた人はいたかい.
c.《支持・賛成・選択》…のために.
La mayoría votó el partido socialista.
多数が〈社会党に通じるように → 社会党に至るように → 〉社会党に 投票した.
d.《感情・関心の対象》…に対して.
Tengo curiosidad saber lo que hacen.
私は〈彼らが知っていることに通じるように → 彼らが知っていること に向けて → 〉彼らが知っていることに興味がある.
e.《代理》…の代わりに.
Ella vino su hija.
彼女は〈「来る」という娘の役割りに通じるように → 「来る」という娘 の役割りに至るように → 「来る」という娘の役割りに移り変わるよう に → 〉娘の代わりに来た.
f.《代替》…と交換に.
Quiero cambiar este jersey uno más pequeño.
このセーターを〈もっと小さいのに通じるように → もっと小さいのに 至るように → 〉もっと小さいのと換えたい.
g.《代価・数量》…で.
Vendí mi casa cuarenta millones de yenes.
私は家を〈4000万円を通して → 4000万円を介して → 4000万円を手 段として → 〉4000万円で売った.
h.《資格・相当》…として.
Pasa trabajador pero es perezoso.
彼は〈働き者で通っているが → 〉働き者と思われているが怠け者だ.
i.《割合》…につき.
Cobran diez euros persona.
〈ひとりを通して → 〉ひとりにつき10ユーロ徴収される.
―『小学館 西和中辞典〔第2版〕』(s.v. , .)
(一部省略・〈 〉内表記筆者)
これに対し、古典ラテン語 ―にも にも見られない用法は、8世紀以降に古 典ラテン語がロマンス諸語の一つであるスペイン語へと分かれ、変化していく間 に、または変化した後になってから用いられるようになった用法だと推測され る。そこで、「貫通」概念で捉えられるかが未だ確認されていないそれらの用法に ついても検証が必要となる。
まず、「《受動文の動作主》…によって」の意味用法は、次の(10)のように「貫 通」概念で捉えることが可能である。
(10)El documento fue firmado el ministro.
〈大臣を通して → 〉大臣によってその書類は書名された.
―『小学館 西和中辞典〔第2版〕』(s.v. por, .)
この動作主導入前置詞としての の用法は、以下(11)に示されるような「媒 介」の意味用法からの拡張だと考えられるが、この「媒介」用法も、上記(10)と 同様に「貫通」概念で捉えることが可能である。
(11)2《媒介》…を通して、…によって.
Lo supe un amigo.
それは友人を通じて知りました.
―『小学館 西和中辞典〔第2版〕』(s.v. por, prep.)(下線筆者)
こうした「媒介」の意味用法は、言語を異にする英語前置詞 にも見るこ とができる。以下(12)がその実例である。
(12) Tom and Mary became acquainted (with each other) their mutual friends.
トムとメリーはお互いの友人を通じて知り合った
―『ジーニアス和英辞典(第2版)』(s.v. つうじて[通じて]、①[手段])
(イタリック・下線筆者)
次に、「《+不定詞》まだ…していない(→estar + 不定詞)」を表す意味用 法も、以下(13)に見られるように、「貫通」概念で捉えられる。
(13)Todavía me quedan cosas hacer.
〈「する」という行為の最中を通過している事柄が私にはまだ残っている →「する」という行為をやり通していない事柄が私にはまだ残っている → 〉 私はまだすることが残っている.
つまり、「『する』という行為の最中を通過している事柄」とは「まだやり通してい ない事柄」、即ち「完了していない事柄」を意味することになる。そのため、「まだ
…していない」という未遂の意味用法を表すことになったと考えられる。
この他にも、次の(14)に見られるように、不定詞を後続させて「開始」や
「結果」を表す意味用法が存在する。
(14)[+不定詞]
ⅰ)[原因・理由]…するので:
No salgo hoy〜estar resfriado.
私は風邪をひいているので今日は外出しない.
ⅱ)[目的]…するように:
Me levanté temprano〜no llegar tarde.
私は遅刻しないように早起きした.
ⅲ)[開始]まず…する:
Empezaré〜abrir todas las ventanas.
最初に窓を全部開けよう
ⅳ)[結果]最後は…することになる Los dos acabaron〜reñir.
2人は結局けんかになった muebles vendidos y〜vender 売れた家具とまだ売れていない家具
― 『現代スペイン語辞典(改訂版)』(s.v. por, ., ❽)(下線筆者)
これらの意味用法の内、「ⅰ)[原因・理由]…するので」と「ⅱ)[目的]…する ように」に至る概念拡張のプロセスは、既に前出(2)で確認した。以下(15)−
(16)に「貫通」概念による捉え方を示す。
(15)No salgo hoy〜estar resfriado.
私は〈風邪を引いている状態を通して → 〉風邪をひいているので今日は 外出しない.
― 『現代スペイン語辞典(改訂版)』(s.v. por, ., ❽)
(〈 〉内表記・下線筆者)
(16)Me levanté temprano〜no llegar tarde.
私は〈遅刻しないことに通じるように
→ 遅刻しないことに至るように → 〉遅刻しないように早起きした.
― 『現代スペイン語辞典(改訂版)』(s.v. por, ., ❽)
(〈 〉内表記・下線筆者)
また、「ⅲ)[開始]まず…する」と「[結果]最後は…することになる」の意味 用法には注意が必要である。なぜなら、それぞれ「開始」と「結果」という意味用 法が記されているが、各々の意味用法を帯びるのはそれぞれ「始動相」表示動詞で ある や「終動相」表示動詞である によるものであり、前置詞 自体はそれらの意味を持ち合わせてはいないということである。
スペイン語の「始動相」表示動詞である および は、下記
(17)に示されるように、通常「対格目的語」を伴って用いられる。
(17)Así que José llegó a casa, [ ] el estudio.
(ホセは家に着いたらすぐに勉強を始めた)
同様に、「終動相」表示動詞である も、次の(18)に示されるように、通常
「対格目的語」を伴って用いられる。
(18)Algunas horas después, José .
(数時間後、ホセは勉強を終えた)
したがって、以下(19)−(20)に見られる[ / + 不定詞]
や[ + 不定詞]も、
(19)Así que José llegó a casa, empezó [ ] abrir el libro de texto.
(ホセは家に着いたらすぐに教科書を開けることを通して始めた)
(20)Algunas horas después, cerrar el libro de texto.
(数時間後、ホセは教科書を閉じることを通して終えた)
各々次の(21)−(22)に見られるように、
(21) Así que José llegó a casa, empezó [ ] abrir el libro de texto.
(ホセは家に着いたらすぐに教科書を開けることを通して勉強を始めた)
(22)Algunas horas después, José acabó cerrar el libro de texto.
(数時間後、ホセは教科書を閉じることを通して勉強を終えた)
「対格目的語」を伴った[ / +対格目的語+ +不定詞]とい う深層構造が本来その基盤となって生成された文であると考えられる。そして、プ ラグマティックな観点から「対格目的語」が省略されることで /
や が自動詞の色彩を帯びることにより、[ / + +不定
詞]および[ + +不定詞]の形が成立するようになったと考えられる。
最後に「2《漠然とした場所》…あたりに」と「2《漠然とした時間・期間》…
(ころ)に」の意味用法が生じるメカニズムの問題がまだ残されたままとなってい る。後者の意味用法はSPATIAL TIMEメタファーを通して、前者の意味用法が表す
「空間の世界」における物理的な「漠然とした場所」を「時の世界」における抽象 的な「漠然とした場所」に転移させたものであると言える。
しかしながら、「貫通」概念と「漠然とした場所」の意味用法との繋がりを明ら かにするのは難しい。この問題を解決する鍵となるものが、森山(2011)のルーマ ニア語前置詞 の分析である。森山(2011)では、ルーマニア語前置詞 が 本来は「貫通」概念表示語であり、そのプロトタイプ的な意味用法として、以下
(23)の実例とイメージ・スキーマを挙げている。
(23) Ea mergea tunel.
She walked through tunnel → 英語(直訳):She walked through tunnel.
→ 英語(意訳):She walked through the tunnel.
― 森 山 (2011: 111)
LM T R
― 森山(2011: 111)
そして、上図(23)に関するルーマニア人インフォーマントたちの直観を記して いる。これを次の(24)として示す。
(24) 「この貫通図(=上図(3)[=本稿図(22)])の移動経路には複数のラン ドマーク(landmark)を配置することも可能である。そうすることによっ て、私たちは到達点に至るまでの「経由点」を生みだすことができる。こ の点で、同じ『経由』事象を表すにしても、英語by way ofとはその捉え 方が異なる。」
― 森山(2011: 111)([ ]内表記筆者)
さらに、上記(24)をヴィジュアル化したイメージ・スキーマを下図(25)として 描いている。
(25)
― 森 山 (2011: 111)([ ] 内 表 記 筆 者 ) LM1 LM2 LM3
…
LMn T R― 森山(2011: 111)([ ]内表記筆者)
また、「英語 の意で解釈され得る 」について、以下(26)の実例を 挙げている。
(26) Sunt multi sălbatici câini oraş.
There are many wild dogs through town → 英語(直訳):There are many wild dogs through town.
→ 英語(意訳):There are a lot of wild dogs around the town.
― 森山(2011: 110)
そして、上記(26)の文が表す事象に対するルーマニア人インフォーマントによる 直観について次の(27)のように記している。
(27) 「この事象は確かに『町全体;町中』に言及しているのは間違いない。しか しながら、物理的でないにしろ何かしらの『移動』が感じられる。それは やはり『貫通』に関わるモノだ。始点と終点をもった領域が貫通によって 示されているように感じられてならない。」
― 森山(2011: 110)
さらに、上文(26)が表すランドマークの物理的領域をルーマニア人インフォーマ
ントにイラストで描いてもらった図として下記(28)を挙げている。
(28)
[ ※ 左 図 の 直 方 体 は 建 物 を 、 黒 点 は 観 察 者 の ( 任 意 の ) 視 点 を 示 し て い る 。]
― 森 山 (2011: 109)
[※ 左図の直方体は建物を、黒点は観察者
の(任意の)視点を示している。]
― 森山(2011: 109)
そして、ネイティヴの回答に見られる「何かしらの移動が感じられる」という点に 着目し、上文(26)には「心的走査」([英語]mental scanning /[スペイン語]
escudriñar con mente)と呼ばれる認知活動が反映されているとしている。そして、
上図(28)に心的操作を加えた次の(29)図を挙げている。
(29)
[ ※ V は 観 察 者 の 視 点 を , は 観 察 者 の 視 線 の 動 き を 表 す ]
― 森 山 (2011: 108)
V [※ Vは観察者の視点を、 は観察者
の視線の動きを表す]
― 森山(2011: 108)
さらに、以下(30)のように説明を加えている。
(30) つまり、前出(5)[=本稿(25)]から上図(12)[=本稿図(29)]へ、一 次元から二次元への世界と「イメージ・スキーマ変換(image-schema transformation)」を引き起こし、かつ、同じ「貫通」領域でも町内が前景化 している反面、町外は背景化する「図地分化(figure / ground segregation)」
の認識でもって捉えられている。ここに、限られた領域性が生じることにな り、前出(8)[=本稿(27)]で見た『始点と終点をもった領域が貫通に
よって示されているように感じられてならない』とするネイティヴの直観と 合致することになるのである。
― 森山(2011: 108)([ ]内表記筆者)
スペイン語前置詞 が表す「《漠然とした場所》…あたりに」という意味用法は、
正しくルーマニア語前置詞の「英語 の意で解釈され得る 」の概念的捉 え方に相応する。つまり、以下(31)の文が表す事象は、
(31)¿Hay un banco aquí?
このあたりに銀行はありますか.
―『小学館 西和中辞典〔第2版〕』(s.v. por, .)
上出(29)を基にして得られる以下(32)のイメージ・スキーマで表されるように、
(32)
[ ※ : 観 察 者 の ( 任 意 の ) 視 点 V : 観 察 者 の 視 点
: 観 察 者 の 視 線 の 動 き ] V
[※● :観察者の(任意の)視点 V :観察者の視点
:観察者の視線の動き]
(ここ)と指示される領域に対し、一端から他端に向けて「貫通( )」させ るように視線を動かすことで、 aquí (このあたり)という「漠然とした場所」
の意を生み出しているのである。
ここで、再度、上出(30)(以下に(33)として再掲載)の記述に目を向ける。
(33) つまり、前出(5)[=本稿(25)]から上図(12)[=本稿図(29)]へ、一 次元から二次元への世界と「イメージ・スキーマ変換(image-schema transformation)」を引き起こし、かつ、同じ「貫通」領域でも町内が前景化
している反面、町外は背景化する「図地分化(figure / ground segregation)」
の認識でもって捉えられている。ここに、限られた領域性が生じることにな り、前出(8)[=本稿(27)]で見た『始点と終点をもった領域が貫通に よって示されているように感じられてならない』とするネイティヴの直観と 合致することになるのである。
― 森山(2011: 108)([ ]内表記・下線筆者)
上 記(33) に 見 ら れ る よ う に、 ま ず、「 図 地 分 化 」([ 英 語 ]Figure-Ground segregation /[スペイン語]segregación de Figura y Fondo)18によって「貫通」
領域の内部が前景化され、外部が背景化されることにより、限られた領域性が生じ ることになる。つまり、この「漠然とした場所」の意を表す場合には、対象となる 場所に何らかの内部領域が必要になるのである。
上出2.4.(7)(以下に(34)として再掲)の文が容認不可能な文であるの は、本来「貫通」の対象となるMaríaの指示物に、貫通するだけの内部領域が感 じられないばかりか、「漠然とした場所」の意を表す が本来背景化するべき
Maríaの指示物の外部領域こそが前景化されているからである。
(34)*Juan debe estar María.
(フアンはマリアの辺りにいるはずだ)
上記(34)のように、外部領域が前景化されている「近接」概念を表す場合に は、上出2.4.(8)(以下に(35)として再掲載)に示したように、「周囲」を意 味する 〜という言語形式19を用いる必要がある。
(35)Juan debe estar María.
(フアンはマリアの近くにいるはずだ)
さらには、森山(2011: 108)では、ルーマニア語前置詞 の持つ「心的貫通」
概念によって生じた「限られた領域性」という認識が時間世界に置き換えても生き
ていることが指摘されている。以下(36-a-b)にその実例を挙げる。
(36) a. Muzica funk era foarte populară ani ʼ80 Music funk was very popular through years ʼ80 → 英語(直訳):Funk music was very popular through ʼ80 years.
→ 英語(意訳):Funk music was very popular around ʼ80s.
b. 1997 s-a deschis prima companie de maşini străine.
through 1997 itself opened first company of cars foreign → 英語(直訳): Through 1997 the first company of foreign cars opened
itself.
→ 英語(意訳):Around 1997 the first company of foreign cars opened.
― 森山(2011: 108)(一部省略筆者)
スペイン語でも同様に、SPATIAL TIMEメタファーを通して、前者の意味用法が表 す「空間の世界」における物理的な「漠然とした場所」を「時の世界」における抽 象的な「漠然とした場所」に転移させたものが、下記(37)である。
(37)Volvieron el diez de septiembre.
彼らは9月10日ごろ帰って来た.
―『小学館 西和中辞典〔第2版〕』(s.v. por, .)(下線筆者)
4.おわりに
以上、スペイン語前置詞 の多義性のメカニズムについて「メタ・プロセス」
理論の観点から考察してきた。
従来の概念研究は「共時的観点」ばかりが重視されるが故に、あくまでも歴史的 事実に即した「通時的観点」がおざなりになってしまうことで、人工的な多義モデ ルが構築され、認知科学の本来在るべき位置づけから離れてしまう事例も散見され るようになった。ただ、その一方で、通時的変化のみを追えば語句の概念構造の全
てが解明されるわけでもない。如何にして原義から種々の派生義が生じたのか、ま た、派生義間どうしのつながりは如何なるものかという「意味変化のプロセス」、
つまり「意味変化が生じる動機づけ」に関しては、結果としての事実だけを物語る 通時的変化のみではその十分条件を満たすことができない。そのミッシング・リン グを埋めるべき論理の一つとして認知言語学による共時的観点の導入・活用が期待 される。
このように「通時的観点」と「共時的観点」とを融合させ、互いに足りないもの を補い合う立体的な視座でもって種々の語句における意味変化の認知プロセスを眺 める論理が「メタ・プロセス」理論であり、福森(2007)でも、同理論に立脚し て、通時的な言語変化の流れについても可能な限り従ってきたが、共時的な解釈の 部分でその捉え方に誤りがあった。そこで、福森(2007)を基盤に、より発展的に 改良した論考が本稿の研究内容である。
禅宗の宗教哲学の一つとして「吾有事」という考え方が存在するが、分野が異な るといっても、言語学アプローチとして見習うべきものが多い。「時」という横軸 に「空間」という縦軸を交えることによって正しく「物事の本質」が見えてくるに 違いない。自戒の念を込めて言っている。
< Notes >
12 スペイン語前置詞 は古典ラテン語 ―が音位転換([英語]metathesis/[西語]
metátesis)したものである。
13 前置詞と接頭辞とは一見無関係のようにも見受けられるかもしれない。しかしながら、
時代を遡ると、下記[1]に見られるように、
[1] 前置詞はギリシア語やラテン語においても近代の言語に劣らず豊富である。その 多くはもともと副詞的な要素として名詞とは独立に働いていたが、徐々に名詞の 一定の格との結びつきができて、前置詞という範疇ができあがった。それらはま たしばしば動詞の前綴りとして、合成動詞をつくる重要な役割を担っている。
― 風間(1998: 164)(下線筆者)
いずれも副詞的な要素として働いていた語という同一の源に至ると考えられる。つまり、
次の[2]に示されるように、