堀井 價暢先生を送る
経済学部長
細 川 滋
堀井憤暢先生,は,2008(平威20)年3月31日をもって,本経済学部を定年
により退職されました。先生計,香川大学にご着任以来,35年の長きにわたっ
て予算管理の分野で研究敦育を続けてこられました。香川大学は,先生の在任
中の多大のご功績に対して本年4月に香川大学名誉教授の称号をお贈りしまし
た。
先生,は,19豺(昭和19)年・12月8日に棒太敷香郡敷香でお生,まれになり,
敗戦後,西宮に引き揚げられて,大阪市に転居され,大阪府立清水谷高等学校
を経て,1965年4月に神戸大学経営学部経営学科に入学されました。そして,
1969年3月に同大学を卒業後,同年4月に同大学犬学院経営学研究科修士課
程に進学され,1971年・3月に同修士課程会計学専攻を修了された後,同博士
課程会計学専攻に進学されました。
1973年・3月に同博士課程会計学専攻を中
退されて,同年4月に香川大学経済学部に助手として就任されました。その
後,1974年11月に講師(上,級簿記担当),1977年1月に肋教授(簿記原理担
当),1987年・12月に敦授(簿記学担当)に昇任されました。
先生の研究テーマは,経営管理手怯の1つとレての「予算管理論レです。予
算による管理から予算を介在とした管理へと変化した予算管理は,会計手法に
留まらずに総合経営管理手法へと変化し,組織におけるその重要性を高めてき
たとの認識のもと,1970年代前半に登場したゼロペース・・バジェティングを
総合経営管理手法とレての予算管理の登場と理解され,それに関する研究を続
けられ,1997年には,経済学部研究叢書の1冊として『予算管理の展開−ゼ
ロベース・・バジェティング(ZBB)から活動基準予算管理づABB)』を信山社
から刊行されました。
OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
-2− 香川大学経済論叢 226 敦育面でも,先生は香川大学の簿記会計教育に尽力されました。学部では, 演習の他,「原価計算基礎論」「簿記原理」などを,大学院では「予算管理論特 殊講義」と「演習 予算管理論」を・担当されました。香川犬学商業短期大学部 や香川大学敦育開放センター(1991年・4月に「生,涯学習敦育研究センター」 に改組)の講師も務められました。学部の演習では,ゼミ生との研究室だけに 止まらない,毎年恒例の,堀井先生のご家族共々の冬のスキー合宿,琴平や志 度を出発点とし経済学部まで戻ってくるハイキング(?),ご自宅でのホー・ム パーティ等を催され,漏れ聞くところを挙げるだけでも,ゼミ生との,そして 顧問をされていた準硬式野球部の学生との関わりは,私たちには真胆をするこ とのできない,熱いものだったという印象を強くさせるものでした。 堀井先生は,準硬式野球部の顧問とレて学生,と関わられるだけではなく,全 日本大学軟式野球連盟の評議員(1982年度∼1992年度),理事づ1993年度∼ 1999年度)を,呼称を変更した全日本大学準硬式野球連盟理事づ2000年渡∼ 2004年,度),副理事長(2005年度から現在に至る),全日本大学軟式野球協会 理事づ2006年度から現在に至る)を・務められており,社会的活動という面で も貢猷されていることを挙げておかなければなりません。 最後に,管理運営面では。図書館委員,・補導委員・学生部協議会委員・管理 運営委員等を経て,管理運営委員会委員長(1995∼97年・),人学試験委員会委 員長(1998∼2000年,),経営システム学科長(2001∼02年・),香川大学評議員 (2002づ)4年)等を歴任されると共に,退職される前年まで,経済学部副学 部長・就職委員会委員長(2004∼07年・)を・務められました。 改めて中すまでもなく,定年による退職とはいえ,多大な業績を残された先 生を失うことは,経済学部にとって大きな損失であります。お母様の介護とい うこともあり,伊丹市に移られましたが,どうかお身体に十分留意されて,私 ども後輩のために,今後とも,ご指導レ・ご鞭捷下さいますよう,お願い申し上 げます。