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i 花粉症の人にとって 二月中旬からの約二か月は憂ゆう鬱うつな期間であることはいうまでもないだろう 年が明けると その年の花粉飛散量の予測が発表されるが 多いという予測だと 花粉が飛び始める前から憂鬱な気分にさせられる 実際に花粉が飛び始めると くしゃみや鼻水 目のかゆみのため 不快になるのはもちろ

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Academic year: 2021

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花方

 



花粉症を治せるか?

ナノテクノロジーで

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  花 粉 症 の 人 に と っ て、 二 月 中 旬 か ら の 約 二 か 月 は 憂 ゆう 鬱 うつ な 期 間 で あ る こ と は い う ま で も な い だ ろ う。年が明けると、その年の花粉飛散量の予測が発表されるが、多いという予測だと、花粉が飛び 始める前から憂鬱な気分にさせられる。実際に花粉が飛び始めると、くしゃみや鼻水、目のかゆみ のため、不快になるのはもちろんであるが、なんといっても集中力が維持できなくなることが最大 の問題である。二月から三月は受験のシーズンでもある。花粉症による不快感と集中力の低下によ り、試験で普段どおりの力を出せない受験生もいることだろう。花粉症の受験生が多くなれば、入 試時期を変更するべきではないか、などと思ったりもする。   花粉の季節になると、 花粉症の薬とともに、 さまざまな花粉症対策のグッズが販売される。 マスク はもちろんのこと、目を花粉から保護するゴーグルや、花粉を寄せ付けない静電気防止スプレー、 室内の花粉を除去する空気清浄器まで、年を追うごとに多様な商品が店頭に並ぶが、これらのグッ ズは、花粉を体内に入れないためのものである。しかし、これらの対策を施しても花粉を完全にブ ロックすることは難しい。そうすると、今度は薬の出番である。市販の薬の多くは、抗ヒスタミン 剤で、眠気を伴うという副作用がある。抗ヒスタミン剤によって、くしゃみや鼻水、目のかゆみと

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いった症状は改善され、ひどい不快感からは解放される。この不快感がある程度解消されると治っ たような気になるが、多くの人は、飲んだ薬で花粉症が治ったわけではないことは経験的にわかっ て い る だ ろ う。 な ぜ な ら、 薬 を 飲 ま な い と、 ま た、 く し ゃ み や 鼻 水、 目 の か ゆ み に 襲 わ れ る だ。これは、飲んだ薬が、くしゃみや鼻水、目のかゆみといった花粉症の症状を改善しているだけ で、花粉症というアレルギーの病気そのものを治しているのではないからだ。   花粉症になっている人は、アレルギーになりやすい体質をもっている。つまり、花粉症を根治す るためにはアレルギー体質を改善しなければならない。アレルギーは免疫の異常で起こる病気であ る。免疫は、外敵から身を守るための防御システムであるが、アレルギー体質ではこの防御システ ムが、本来は向かわない方向に向かって作動しているのである。すなわち、防御システムの方向を 正 常 な 方 向 に 戻 し て や れ ば ア レ ル ギ ー 体 質 か ら 脱 却 で き る。 し か し、 ﹁ 言 う は 易 い が 行 う は 難 で、そう簡単にはいかないのだが、近年、DNAでそれができる可能性があることが示された。D NAは、生命の設計図である遺伝物質である。そのDNAがアレルギー治療のための薬となるかも しれないのである。しかし、DNAを薬として開発するためには、いくつかの問題がある。われわ れの体の中にはDNAを分解する酵素が至る所に存在する。そのため、DNAを薬として投与して も、分解されて効果を発揮できない。また、DNAを薬として作用させる場合、DNAを免疫担当 細胞に取り込ませなければならないが、DNAそのままだと、細胞はDNAを思うように取り込ん

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でくれない。DNAを薬として開発するには、これらの問題を解決しなければならない。この問題 解決の鍵となるのがナノテクノロジーなのである。   ナノテクノロジーとは、ナノ単位、すなわち一〇億分の一メートル︵ 10−9 m︶単位の物質や材料を 作ったり、測ったりする技術である。イメージとしては、高度一〇〇〇キロメートルにいる人工衛 星からパチンコ玉を操作することに相当する。ナノレベルの粒子を合成し、その粒子の中にDNA の薬を入れたり、あるいはその粒子の表面にDNAの薬を結合させることによって、分解酵素から DNAの薬は保護され、さらに細胞への取込み効率も格段に改善される。このようなナノレベルの 粒子は、すでに抗ガン剤に利用されている。抗ガン剤を一〇〇ナノメートル以下の中空のリポソー ムというナノ粒子に内包してやると、抗ガン剤をガン組織のみに作用させることができ、抗ガン剤 の副作用を低減することができる。血管は細胞でできている。正常な組織の血管は細胞どうしが密 に接着しているのに対し、ガン組織の血管は細胞どうしの接着が弱く、隙間がある。ナノ粒子は、 その隙間を通過できるため、ガン細胞にのみ抗ガン剤を運ぶことができる。ナノ粒子を使わない抗 ガン剤は、ガン細胞以外の正常な細胞にも作用して、それが副作用として現れるのである。薬の開 発とナノテクノロジー、一見するとなんの関係もなさそうだが、アレルギー治療のためのDNA医 薬実用化にとってナノ粒子は重要な開発要素となる。   本書のタイトルからわかるように、DNA医薬とナノ粒子を複合化した花粉症の薬はまだ開発途

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上にある。日本では花粉症というとスギの花粉がおもな原因であるが、欧米ではブタクサ花粉がお もな原因である。また、海外では花粉と同様に、ダニが原因のハウスダストアレルギーも大きな問 題となっている。ハウスダストアレルギーも花粉症と同じ原理でDNA医薬で予防あるいは治療す ることができる可能性がある。そのため、本書では、ハウスダストアレルギー治療のためのナノ粒 子化したDNA医薬に関する開発についても紹介している。ハウスダストアレルギーで効果が認め られれば、それは花粉症に対しても応用できる可能性が高いからだ。   本書により、異なる技術分野の融合によって花粉症をはじめとするアレルギー治療のための薬の 研究開発が行われていることを垣間見ていただければ幸いである。   二〇一七年一月

花方

 

信孝

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なぜ花粉症になるのか

花粉症とは    1 アレルギーとはなにか    3 花粉症の発症メカニズム    4 細菌やウイルスに感染したときの免疫システム    13 ヘルパーT細胞    14 制御性T細胞    17 樹状細胞の抗原提示    20 抗ヒスタミン剤による花粉症の治療    21 ステロイド薬    22 抗体の抗体で花粉症を治療する    24 減感作療法    25

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  「奇妙だけれどすごい」受容体

樹状細胞が細菌やウイルス、花粉を見分ける仕組み    28 トール様受容体    30 アトピー性皮膚炎と花粉症    33 DNAを認識するTLR9    35 細胞内にあるTLR9    38

3

 

DNAで花粉症の薬を作る

花粉症の新しい治療戦略    44 C p G ODNを薬として使うときの問題点    46 クラスBのC p G ODNの作用    49 クラスAのC p G ODNの作用    52 クラスAのC p G ODNは複雑な構造を形成する    55 ホスホジエステル結合のみでできたC p G ODN    60 クラスAとクラスBのC p G ODNの細胞内の局在    64

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ODNのナノ粒子化による作用変換

クラスBのC p G ODNのペプチドによるナノ粒子化    67 シリコンのナノ粒子    70 蛍光を発するシリコンナノ粒子    72 C p G ODNはシリコンナノ粒子に結合したままTLR9に認識される    77 クラスBの性質を残すための結合方法    81 クラスBのC p G ODNの金ナノ粒子への結合    85 クラスBのC p G ODNのカーボンナノチューブへの吸着    86 クラスBのC p G ODNのカーボンナノチューブへの﹁髪の毛状﹂の結合    89

5

 

ナノ粒子化したC

ODNの前臨床試験

ナノ粒子化のメリット    91 C p G ODNを放出するナノ粒子    93 クラスBのC p G ODNを内包したPLGA粒子のマウスへの投与    99 ク ラ ス B の C p G O D N を 内 包 し た P L G A 粒 子 は ア レ ル ギ ー 性 喘 息 を も 予 防 す る    102

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クラスAのC p G ODNもアレルギー疾患を改善する    105 カチオン性ペプチドによるクラスBのC p G ODNのナノリング化    107 ナノリング化C p G ︱ K 23はI g G2 a 抗体の生産を促進する    109

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ナノ粒子化したC

ODNのヒトへの応用

臨床試験中のナノ化C p G   ODN    113 Q β G 10    115 意外な結果    117 C p G ODNの副反応    119 おわりに    121 索    引    124

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1 なぜ花粉症になるのか

1

 

なぜ花粉症になるのか

花粉症とは

  花粉症とは、その名のとおり花粉が原因で引き起こされるアレルギー症状である。アレルギー症 状を引き起こす代表的な花粉は、春先のスギとヒノキであるが、五月から六月にかけて飛散するイ ネ科の植物のカモガヤやハルガヤなどの花粉もアレルギーの原因となっている。北海道では、これ らの花粉よりもシラカバの花粉によるアレルギー患者の方が多い。また、北アメリカでアレルギー 症状を訴える患者には、キク科植物のブタクサの花粉が原因であることが多い。ブタクサは、もと もと日本には自生していなかったが、北アメリカから持ち込まれ帰化したため、近年では、日本で もブタクサ花粉のアレルギー患者が増加している。また、インドネシアではアカシアの花粉による

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アレルギーが問題になっている。アレルギーの原因となる花粉が地域によって異なるのは、それぞ れの地域によって飛散している花粉の種類や量が異なるからである。   花粉症になると、くしゃみ、鼻水、鼻づまり、さらに目のかゆみといった症状に襲われる。ひど くなると、呼吸がゼーゼーし、喘 ぜん 息 そく のような症状も現れる。花粉症と同じ症状は、ハウスダストや 動物の毛などでも起こる。ハウスダストの原因は、埃 ほこり そのものではなく、埃に含まれるダニ︵の死 骸︶である。現在、日本では約二〇%の人が花粉症を発症し、また約二〇%の人が将来、花粉症を 発症する可能性があるといわれている。また、アメリカやEU諸国では、それぞれ約六〇〇〇万人 が花粉症などのアレルギー疾患を患っているといわれている。先進諸国において、このようなアレ ルギー疾患にかかる可能性のある体質の人は、五〇年前にはわずか数%であったのに、現在では約 三〇%であると報告されている。このような増加傾向は今後もさらに続くと思われるが、それでは 将来、全員が花粉症患者になるかというと、おそらく、そうはならないだろう。その理由は、花粉 症のメカニズムを解説する際に紹介する。また、なぜ先進諸国で花粉症を含むアレルギー患者が急 増したのかについても後述する。

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1 なぜ花粉症になるのか

アレルギーとはなにか

  花粉症は、花粉が原因で引き起こされるアレルギー症状であると述べたが、では、アレルギーと はいったいなんであろうか。 花粉症になると、 くしゃみや鼻水、 鼻づまり、 目のかゆみなどの症状が 出るので、そのような症状を伴う疾患をアレルギーと考える人は多いだろう。花粉症はアレルギー 疾 患 の 一 つ で あ る が、 花 粉 症 = イコール ア レ ル ギ ー で は な い。 食 物 ア レ ル ギ ー、 ア ト ピ ー 性 皮 膚 炎、 喘 息 なども花粉症と同様にアレルギー疾患である。これらに共通しているのは、通常では問題にならな い物質によって免疫反応が起こることである。健常者ならば、空気中に浮遊している花粉を気にす る人はいないだろう。それは、花粉がとりたてて害を及ぼすことがないからである。また、健常者 にとっては、大豆や卵などは栄養にこそなれ、害にはならない。アレルギーとは、このような通常 では害にならないものに対して、免疫システムが働いてしまう疾患なのである。   免疫というのは、細菌やウイルスに感染したとき、これらの外敵に対抗するためのシステムであ る。花粉はそもそもわれわれにとって外敵ではない。にもかかわらず免疫システムが作動してしま うのがアレルギー反応なのである。 自己免疫疾患 も免疫システムが誤作動してしまう病気である。 ア レ ル ギ ー 疾 患 が 通 常 で は 問 題 に な ら な い 物 質 に よ っ て 免 疫 シ ス テ ム が 作 動 し て し ま う の に 対 し

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て、自己免疫疾患は自分のもっている物質で免疫システムが作動してしまう病気である。自己免疫 疾患の代表的な例はリウマチである。リウマチは関節が変形するので骨の病気と思われがちである が、じつは免疫異常によって骨や軟骨が攻撃されて起こる病気なのである。   花粉症はアレルギー疾患の一つで、アレルギー疾患は免疫システムの異常によって引き起こされ る。花粉症を治療あるいは予防するためには、まず、人がなぜ花粉症になるのか、すなわち、花粉 によって引き起こされる免疫反応を理解しなければならない。

花粉症の発症メカニズム

  花粉症の症状には、くしゃみ、鼻水、鼻づまり、あるいは目のかゆみなどがある。ここでは、ま ず、われわれの体に花粉が付着してから、これらの症状が出るまでの一連の出来事について見てい くことにする。   人には、花粉症になる人とならない人がいる。花粉症になる人とならない人では、なにが違うの だろうか。 われわれはI g A、 I g D、 I g G、 I g E、 およびI g Mという五種類の抗体をもってい る。 そ の う ち の と い う 抗 体 が 花 粉 症 に な る か な ら な い か の 明 暗 を 分 け て い る。 花 粉 症 に 人 は 花 粉 に 特 異 的 な︵ 花 粉 だ け に 対 し て 反 応 す る ︶ I g E 抗 体 が た く さ ん あ る。 一 方、 花 粉 症

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1 なぜ花粉症になるのか ら な い 人 は こ の I g E の 量 が 花 粉 症 に な る 人 に 比 べ て 顕 著 に 低 い。 す な わ ち、 血 液 を 採 っ て 花 粉 ア レ ル ゲ ン に 特 異 的 な I g E 抗 体 が あ る か な い か を 調 べ れ ば、 そ の 人 が 花 粉 症 か ど う か、 あ る い は 将 来、花粉症を発症しやすいかどうかを予測することができる。ではなぜ、花粉症を発症している人 コラム 抗体   抗 体 は、 B 細 胞 が 産 生 す る 免 疫 グ ロ ブ リ ン︵ immunoglobulin ︶ と い う 糖 タ ン パ ク 質 で、 I g G や I g E の I g は immunoglobulin の 略 で あ る。 抗 体 は 構 造 的 に は 定 常 領 域 と 可 変 領 域 か ら な り、 可 変 領 域 が さ ま ざ ま な 抗 原 に 結 合 す る。 定 常 領 域 に も 若 干 の 構 造 的 違 い が あ り、 そ の 違 い に よ っ てI g A、I g D、I g E、I g GおよびI g Mの五つのクラスに分類されている。   抗 体 は 病 原 体 に 対 す る 直 接 的 な 毒 性 は 示 さ な い が、 中 和 あ る い は オ プ ソ ニ ン 化 に よ っ て 病 原 体 を 不 活 性 化 す る。 中 和 は、 抗 体 が 病 原 体 の 増 殖 や 感 染 に 必 要 な 部 位 に 結 合 す る こ と に よ っ て 感 染 力 を 弱 め る 作 用 で あ り、 オ プ ソ ニ ン 化 は 抗 体 が 病 原 体 の 表 面 を 覆 っ て し ま う こ と で あ る。 オ プ ソ ニ ン 化 に よ っ て 抗 体 に 覆 わ れ た 病 原 体 は、 マ ク ロ フ ァ ー ジ や 好 中 球 な ど の 食 細 胞 に よ っ て 捕 食 さ れる。   五 種 類 の 抗 体 の 中 で は、 I g G が 最 も 多 く 全 抗 体 量 の 約 七 〇 % を 占 め る。 一 方、 I g E は 最 も 少 な く 全 抗 体 量 の 〇 ・ 〇 〇 一 % 程 度 で あ る。 I g E は も と も と、 寄 生 虫 に 対 す る 抗 体 で あ る が、 寄 生虫が少なくなった環境においてはアレルギーの原因となっている。

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はI g Eの量が多いのだろうか。   花粉の多くは呼吸により鼻から吸い込まれ、鼻の粘膜に付着する。粘膜は、異物に対するバリア となっているが、粘膜が損傷していると、そこから花粉が侵入してしまう。侵入した花粉を 樹状細 という免疫細胞が待ち構えている。樹状細胞は、取り込んだ花粉のタンパク質をばらばらに分解 し、分解されたタンパク質︵これを ペプチド という︶のいずれかの断片が花粉症によるさまざまな アレルギー症状を誘発する。このようなアレルギー症状の原因となるペプチドを アレルゲン と呼ん でいる。アレルゲンとなるペプチドは、花粉によって異なっている。スギ花粉症の原因となるアレ ルゲンは、いくつか同定されていて、それらはC r y j 1やC r y j 2と名付けられている。C j 1 は お も に 花 粉 壁 の 成 分 で あ り、 C r y j 2 は 花 粉 の 細 胞 質 の 成 分 で あ る。 C r y j 1 や C j 2 が ス ギ 花 粉 の ア レ ル ゲ ン で あ る と い う こ と は、 ス ギ 花 粉 そ の も の で な く て も、 C r y j C r y j 2によっても花粉症を発症させることができるということである。   同 じ 花 粉 症 で も、 ブ タ ク サ の ア レ ル ゲ ン は ス ギ の ア レ ル ゲ ン と は ま っ た く 異 な る ペ プ チ ド る。ブタクサ花粉症の人は、ブタクサのアレルゲンに反応してアレルギー症状を発症する。スギ花 粉症の人の多くはヒノキ花粉でもアレルギー症状が現れるが、それは、ヒノキ花粉のアレルゲンと なるペプチドと、スギ花粉のアレルゲンのペプチドがよく似た構造をしているためと考えられてい る。

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1 なぜ花粉症になるのか   花粉を取り込んだ樹状細胞は、最寄りの リンパ節 に移動する。そ して、花粉のタンパク質を分解してペプチドにした後、このペプチ ド︵ 花 粉 ア レ ル ゲ ン ︶ を 細 胞 の 表 面 に 移 動 さ せ る︵ 図1︶ 。 リ ン パ 節とは、 細胞 細胞 と呼ばれる免疫細胞の住 すみ 処 か となっている節 のような組織で、全身に分布している。T細胞やB細胞はリンパ球 と呼ばれることもあるが、それは、これらの細胞がリンパ節にいる からである。リンパ節にたどり着いた樹状細胞は、アレルゲンを細 胞表面に移動させてT細胞に見せるので 抗原提示細胞 と呼ばれるこ ともある。 抗原 とは、病気などの原因となる外来のペプチドのこと で、アレルギーの原因となる抗原は、アレルゲンとなるペプチドの こ と を 指 す。 樹 状 細 胞 の 表 面 に 提 示 さ れ た ペ プ チ ド を 見 て い る の は、 ヘルパー 2T 細胞 という種類のT細胞である。細胞には目がな いので、ヘルパー2T細胞がどうやって樹状細胞の表面のペプチド を見るのかというと、これらの細胞がおたがいに接触することによ っ て 認 識 す る の で あ る。 な の で、 ﹁ 見 る ﹂ と い う よ り﹁ 触 る ﹂ と い った方が正確かもしれない。T細胞は抗原やアレルゲンに特異的に 花粉 樹状細胞 花粉をペプチドに分解 花粉アレルゲンを提示 花粉アレルゲン HLA エンドリソソーム HLA HLA 図 1 樹状細胞による花粉アレルゲンの提示 HLAおよびエンドリソソームについてはp. 20の樹状細胞の抗原提示の節を参照。

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結合する受容体︵T細胞受容体︶をもっている。この 受容体は一つの抗原あるいはアレルゲンにしか結合す ることができない。したがって、ありとあらゆる抗原 やアレルゲンに対処するためには、それらの抗原やア レルゲンに結合する受容体をもったT細胞が必要とな る。われわれは、どのような抗原、あるいはどのよう なアレルゲンがきても、それと結合できる受容体をも つT細胞をあらかじめ用意している。異なる抗原やア レルゲンに結合する受容体をもったヘルパー2T細胞 が樹状細胞上に提示された花粉アレルゲンと次々に接 触し、このアレルゲンに特異的な受容体をもったヘル パー2T細胞のみが、樹状細胞が提示した花粉アレルゲンと結合することができる︵図2︶ 。   さらに、花粉アレルゲン特異的ヘルパー2T細胞はリンパ節でこの花粉アレルゲンに特異的な受 容 体 を も つ B 細 胞 に I g E と い う 抗 体 を 作 る よ う に 指 示 を 出 す。 B 細 胞 も T 細 胞 と 同 様 に、 そ れの抗原やアレルゲンに特異的に結合する受容体をもつ細胞があらかじめ用意されている。花粉ア レ ル ゲ ン に 特 異 的 な 受 容 体 を も つ B 細 胞 か ら は、 こ の 花 粉 ア レ ル ゲ ン に 特 異 的 に 結 合 す る I g 花粉アレルゲン 樹状細胞 ヘルパー2T細胞 受容体 HLA それぞれのヘルパー2T 細胞は固有の受容体 をもっている。この受容体のうち花粉アレル ゲンと結合できる受容体をもつヘルパー2T 細胞のみが樹状細胞上に提示された花粉アレ ルゲンを認識する。

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1 なぜ花粉症になるのか 体 が 作 ら れ る。 B 細 胞 は、 I g A、 I g D、 I g E、 I g G お よ び I g M の 五 種 類 す べ て の 抗 体 を 作 る こ と が で き る 抗 体 産 生 細 胞 で あ る。 ヘ ル パ ー 2 T 細 胞 か ら B 細 胞 に I g E 抗 体 を 作 る よ う に 出 さ れる指示は インターロイキン という情報伝達物質︵ サイトカイン ︶によってもたらされる。すな わち、ヘルパー2T細胞がサイトカインであるインターロイキン4をB細胞に向かって放出し、そ コラム 細胞と 細胞   T 細 胞 と B 細 胞 は リ ン パ 球 と も 呼 ば れ る 免 疫 細 胞 で あ る。 こ れ ら の 細 胞 は 骨 髄 で で き る。 骨 髄 で で き た T 細 胞 は 未 熟 な 段 階 で 血 液 に 移 動 し、 胸 腺︵ ヒ ト で は 胸 骨 上 部 の 後 ろ 側 に あ る ︶ で 成 熟 する。T細胞の名前は、胸腺を意味する英語 ︵ thymus ︶ の頭文字に由来する。成熟したT細胞は リンパ節に入る。   一 方、 骨 髄 で で き た B 細 胞 は、 そ の ま ま 骨 髄 で 成 熟 し、 血 液 に 移 動 し た の ち リ ン パ 節 に 入 る。 鳥類では、骨髄でできたB細胞がファブリキウス嚢 のう ︵ bursa of Fabricius ︶で成熟する。B細胞の 名 前 は、 フ ァ ブ リ キ ウ ス 嚢 の 嚢 を 意 味 す る 英 語︵ brusa ︶ に 由 来 す る。 フ ァ ブ リ キ ウ ス 嚢 に 相 当 する器官は哺乳動物にはない。   リ ン パ 節 に 入 っ た T 細 胞 と B 細 胞 の 一 部 は、 リ ン パ 管 を 経 由 し て 胸 腺 か ら 再 び 血 管 系 に 戻 る。 すなわち、T細胞もB細胞も循環していることになる。

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  本 書 で は 花 粉 症 な ど の ア レ ル ギ ー に 対 す る 治 療 薬 と し て の ナ ノ 粒 子 化 C p G O D N の 研 究 の 現 状 に つ い て 紹 介 し た。 C p G O D N は ア レ ル ギ ー 疾 患 の み な ら ず、 感 染 症 お よ び ガ ン の 薬 と し て の 研 究 開 発 も 盛 ん に 行 わ れ て い る。 現 在 ま で 薬 と し て 承 認 さ れ た C p G O D N は ま い が、 B 型 肝 炎 治 療 の た め の ク ラ ス B の C p G O D N が ヒ ト で の 第 Ⅲ 相 の 臨 床 試 験 を 終 了 し、 メ リ カ の F D A に よ る 承 認 を 待 っ て い る と こ ろ で あ る。 ま た、 ガ ン を タ ー ゲ ッ ト と し た C p G DNにおいても、第Ⅲ相の臨床試験に進んでいるものがいくつかある。アレルギー治療のためのC p G O D N で Ⅲ 相 の 臨 床 試 験 ま で 進 ん で い る も の は ま だ な い が、 感 染 症 や ガ ン を タ ー ゲ ッ ト た C p G O D N が 承 認 さ れ、 前 例 が で き れ ば、 ア レ ル ギ ー 治 療 の た め の C p G O D N の 実 用 も道が拓 ひら かれると考えられる。   花 粉 症 や ハ ウ ス ダ ス ト ア レ ル ギ ー 治 療 の た め の ナ ノ 粒 子 化 C p G O D N は、 皮 下 注 射 あ る 筋 肉 注 射 で 投 与 す る こ と が 想 定 さ れ て い る。 も し も 注 射 で は な く 皮 膚 か ら 投 与 す る こ と が で ば、患者にとって大きなメリットとなるだろう。皮膚は外敵の侵入を防ぐための障壁になっている ため、皮膚から薬を吸収させることは容易ではない。しかし、界面活性剤を油中に分散させた数百

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ナ ノ メ ー ト ル の ナ ノ 粒 子 が 皮 膚 内 部 に 浸 透 す る こ と が 見 出 さ れ て い る。 こ の ナ ノ 粒 子 の 中 に C p G O D N を 内 包 す れ ば、 C p G O D N を 皮 膚 か ら 投 与 す る こ と が 可 能 で あ る と 考 え ら れ る。 蚊 に 刺 されて痛いと感じる人はいないだろう。にもかかわらず蚊はちゃんと血を吸い取っている。蚊の針 の 構 造 を 模 倣 し た 微 小 な 針 を 作 れ ば 痛 み を 伴 わ ず に C p G O D N を 投 与 す る こ と が で き る か も し れない。このような薬剤の新しい投与方法の開発にも、ナノテクノロジーが大きな役割を果たこと は容易に想像いただけると思う。例えば、鼻にスプレーするだけで、鼻の粘膜からアレルゲンとナ ノ 粒 子 化 C p G O D N が 吸 収 さ れ、 花 粉 症 や ハ ウ ス ダ ス ト ア レ ル ギ ー を 治 す こ と が で き れ ば ど ん なに楽だろう。ナノテクノロジーという一見すると薬の研究開発とはなんの関係もなさそうな技術 を使ってアレルギーで苦しんでいる人たちを救うことができるかもしれない。花粉症のシーズンに なってもマスクをしている人がいない、そんな日の到来のためにナノテクノロジーという技術が役 立つことを期待している。   なお、ナノテクノロジーを利用した免疫治療についてさらに専門的に知りたい読者は、拙著﹃ナ ノ イ ム ノ セ ラ ピ ー   ︱ 免 疫 を 制 御 す る ナ ノ メ デ ィ シ ン ︱ ﹄︵ コ ロ ナ 社 ︶ を 読 ん で い た だ け れ ば 幸 い である。   最後に本書の出版にご尽力いただいたコロナ社に深謝申し上げます。

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索     引

【あ】 アジュバント 29 アトピー性皮膚炎 33 アナフィラキシーショック 27 アレルゲン 6 飲作用 92 インターフェロンα 54 インターフェロンβ 54 インターフェロンγ 14 インターロイキン 2 14 インターロイキン 4 9 インターロイキン 6 41 インターロイキン 10 17 インターロイキン 12 16 エマルション 96 エンドサイトーシス 39 エンドソーム 39 エンドリソソーム 20 オリゴデオキシヌクレオチド 45 【か】 金ナノ粒子 85 減感作療法 25 抗原 7 抗原提示細胞 7 抗体医薬 25 【さ】 サイトカイン 9 自己免疫疾患 3 自然免疫 68 樹状細胞 6 腫瘍壊死因子α 41 食作用 92 シリコンナノ粒子 70 ステロイド薬 22 制御性 T 細胞 17 生分解性ポリマー 94 舌下免疫療法 27

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【た】 単層カーボンナノチューブ 86 デオキシリボヌクレオチド 35 転写因子 41 トール様受容体 31 【な】 ナイーブ T 細胞 15 ナノリング 109 乳酸・グリコール酸共重合体 94 【は】 ハウスダストアレルギー 99 パリンドローム配列 55 ヒスタミン 11 ピノサイトーシス 92 ファゴサイトーシス 92 プロスタン 30 ペプチド 6 ヘルパー1T 細胞 13 ヘルパー2T 細胞 7 ホスホジエステル結合 47 ホスホロチオエート化 48 【ま】 マクロファージ 88 マスト細胞 10 【ら】 リソソーム 39 量子ドット 73 ロイコトリエン 11 【英字】 CpG 36 CpG ODN 45 IgE 4 IgG2a 100 IgG4 17 I 型インターフェロン 52 LL 37 68 NF κ B 23 PLGA 94 Tat 108 TLR 31 TLR9 32

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― 著 者 略 歴 ― 1994 年  東京大学大学院博士課程修了(先端学際工学専攻) 博士(工学) 1994 年 三井造船株式会社千葉研究所研究員 1997 年 東京大学先端科学技術研究センター助教授 2001 年 東京工科大学教授 2005 年 物質・材料研究機構主席研究員 2011 年 物質・材料研究機構ナノテクノロジー融合ステーションステーション長 2016 年 物質・材料研究機構技術開発・共用部門副部門長 2008 年  北海道大学生命科学院連携分野教授兼任 現在に至る

ナノテクノロジーで花粉症を治せるか?

Can You Cure Hay Fever by Nanotechnology?

ⒸNobutaka Hanagata 2017  2017 年 3 月 7 日 初版第 1 刷発行 ★ 検印省略 著  者  花 はな 方 がた 信 のぶ 孝 たか 発 行 者  株式会社  コ ロ ナ 社       代 表 者  牛 来 真 也 印 刷 所  美研プリンティング株式会社 製 本 所  有限会社  愛 千 製 本 所 112 0011 東京都文京区千石 4 46 10 発 行 所 株式会社 コ ロ ナ 社

CORONA PUBLISHING CO., LTD. Tokyo Japan

振替00140 8 14844・電話(03)3941 3131(代) ホームページ http://www.coronasha.co.jp

ISBN 978 4 339 06754 5 C3047 Printed in Japan   (森岡)

<出版者著作権管理機構 委託出版物>

本書の無断複製は著作権法上での例外を除き禁じられています。複製される場 合は,そのつど事前に,出版者著作権管理機構(電話 3513-6969,FAX

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