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第 41 回定期総会開催!
去る 6 月2日(土)午後、職員会館「かもがわ」で、第41回定期総会が開かれました。 第 1 部は岡崎 弘樹氏(アラブ近代政治・文学思想研究)の記念講演「長引く内戦の国‣シ リア&イエメンの今!!」(講演の大要は2ページ以降に掲載)で、49 人が参加。 第 2 部は定期総会で、活動の経過報告と方針、 財政報告(決算案、予算案)について討議、 2018年度の役員を選出しました。 同日、2018年度第1回運営委員会を開き、【20 18年度役員】として以下の任務分担を決めました。 運営委員長・本田久美子 副運営委 員長・西山正一郎 事務局長・辻﨑 忠由 事務局次長・堀 内 浩 同・藤田 徳子 運営委 員・池田千恵子 同・一井不二夫 同・井上 史 同・澤田 文子 同・徳泉 翔平 同・藤 本恵美子 同・松村裕子(新) 会計監査・三品 洋子 同・松田典子(新) 【活動分野】京都AALAにはさまざまな活動分野があり、各担当を決め、取組みをすすめ ています。今後の運営委員会(毎月第3土曜日開催)で分担を具体化します。また諸活動に ついては、会員のみなさんがその興味と関心にしたがい、また特技等を生かして積極的に参 加されますよう訴えます。主な分野は次のとおりです。・平和のための国民的共同(憲法、 沖縄、米軍基地、歴史問題など)・組織 ・財政 ・機関紙 ・SNS(ソーシャルネットワー クサービス ホームページ、フェイスブックなど)・地域レポート ・公開講演会 ・国際問題 例会(再開予定)・ワークショップ ・「AALA 文化サロン」企画 ・英語講座 ・日本語学習援 助 ・スタディツアー ・世界エスニック料理の旅(昼食交流会)・穎展(えいてん)(美術)・ 音楽(ジャズコンサートなど)・・・。 お問合せ等は、事務局(辻﨑)までご連絡ください。アジア・アフリカ・ラテンアメリカ
京都版 No.164
Asia-Africa-Latin America(AALA) 2018年 7 月1日京都府アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会
連絡先 〒606-0033 京都市左京区岩倉南四ノ坪町44 辻󠄀﨑忠由方 電話/FAX 075-722-7888 [email protected] 年会費(6,600 円)は郵便振替00970-4-223429京都府 AALA 連帯委員会へ ホームページ新版 http://kyoto-aala.com/ (旧版へのリンクあります)2
記念講演
「長引く内戦の国‣シリア&イエメンの今!!」
岡崎 弘樹氏 私は 2000 年、シリアの首都ダマスカスに初めて行き、2003 年から本格的に住んで、6 年 間過ごしました。初めて行った旅行の際に、レストランで隣の席の男性たちが会計を自分が 払う、と掴み合いの喧嘩になりました。シリアの独特のお国柄に惹かれ、アラビア語を勉強 するのにもいい国なので住むことにしました。その後、フランスに行きましたが、2011 年 にシリア内戦が始まり、多くの友人が避難してきました。バスの車内でもシリア方言を耳に するようになり、パリでもシリア政府を批判するデモや支持するデモがありました。 私の専門の近代思想ですが、ムハンマド・アブドゥというイスラムの思想家が、「最初に 市町村レベルの議会が創られなければならない…」といったことを 19 世紀末に言っていま す。「アラブの春」というのが注目されましたが 19 世紀からずっと民主主義とは何かという 模索が続いてきました。日本でも福沢諭吉が「無知な人民は、非道な政府に支配されている」 という西洋のことわざを引いて、イスラムの思想家と同じような主張をしていました。5~6 月のシリアは大変いい時期で、綺麗な風景が広がり、アネモネの花が綺麗に咲いています。 イスラムの人というと、厳格なイメージがありますが、友人と飲み会をします。クリスチャ ンも多く、おおらかな雰囲気です。しかし友人の作家、人権活動家は政府を批判したことで 収監され、行方不明にもなっています。 単に政府の独裁を批判していただけですが、こういった世代の方々はどういう体験をして いたのか!?1950 年〜1960 年代、クーデターばかりといったイメージがありますが、様々な 政党が選ばれ、政権を担っていました。新聞も多く刊行され、言論活動も活発でした。イス ラム教も様々な宗派がありますが、分断ということもなく、同じ国の人間として取り組んで いました。カフェなんかに政治家が居て、若い人たちは横で、主張を聞いて政治意識を深め ていく。物知りのお兄さんにいい本を教えてもらう。しかし、70 年代以降は独裁が増して いき、新聞も 1、2 紙だけが残りましたが、あとは官製新聞です。バース党の一党支配とな り、えせ政党はあるものの、他の政党は禁止されました。治安警察の権力も増していきまし た。活動家も逮捕され、獄中で勉強をする日々でした。そのなかで宗派意識が芽生えていき ます。1970 年代後半から 80 年代前半は弾圧の時代で、アレッポ占領(1980 年)で一千から二3 千人、パルミラ刑務所虐殺事件で一千人以上が死亡しました。私が住んでいた頃は、アサド への淡い期待がありましたが、2011 年以降は内戦が始まり、50 万人以上の犠牲者が出てい ます。 実はこのような大弾圧を行っても、国際社会では黙認され、アメリカのカーター政権はシ リアのユダヤ人問題の発言しか行わず、湾岸戦争ではシリアがアメリカ側についたこともあ り、国内問題は黙認しました。ブッシュ(息子)政権では多少言及されましたが、シリアはイ ラク戦争に反対したため、おもしろくないということで、政治の道具にされました。オバマ 政権はあまりシリアに触れることはありませんでしたが、トランプ政権になって気まぐれの ミサイル攻撃をしています。 シリアがどうこうということではなく、中東の政治状況をどうとらえるのか?『抑圧移譲 の論理』というものがあり、「上からの抑圧を下へ下へと移譲させることによって、心理的 バランス(或いは組織全体のバランス)が維持されている体系」ということを丸山眞男が言っ ていますが、中東も同じです。イスラエルに移住したユダヤ人も、パレスチナ人に自分たち がされたような酷いことをする。現実はもっと複雑で、イスラエル人がひどいことをするか ら中東全体でそういうことをしてもいいと思い、自国の国民を抑圧する。「ジャングルの論 理=弱肉強食の体制」がつくられ、黙認されます。 1970 年以降、国連決議でイスラエル非難決議を 43 回、アメリカは拒否しました。それと 同様にロシアはアサド政権の非難決議に 12 回、拒否権を行使しました。この大国の拒否権 がどれだけ中東を混乱させているか。このことをアサドは知っていて、世俗主義や少数派か ら過激派の防波堤になるということを言っている。 シリア革命は「孤児の革命」と呼ばれ、デモをしても世界はあの地域は無理だと見放し、 国際世論は作られなかった。左派と呼ばれる人々もアメリカに原因があると考え、実際、も っと複雑な足元からの崩壊の根本原因がよく分かっていない問題がある。アサド政権を大国 は支持、黙認し、それに暴力で対抗するイスラム主義者が目立ち、世俗主義批判勢力も現れ て来る。2011 年以降にシリアが混乱した中で、いわゆるオルタナティブ(元来『代替』、『二 者択一』等という意味ですが、派生して、ひとつの手法や伝統的なひとつの価値観に囚われ ないで、様々な価値観を模索することなど、という意味に用いられる)が出てきませんでし
4 た。誰が市民を殺しているのでしょうか。アサド政権に殺されている方が 9 割以上。書店で はやたら、イスラム国の本が並んでいて、私たちのイメージと現実は逆か?と思います。 イエメンは一度だけ行ったことがあります。当時大統領選挙があり、町中にポスターが貼 ってあり、選挙というかお祭りのようでした。北部は山岳地帯で、歴史遺産がたくさんあり、 人々も素朴です。イエメンはすごく若い国で、文明は古くからありますが、近代国家として は遅く、統一国家は 1990 年にやっとできました。それを率いたのがサーレハ大統領でした。 一党独裁ではなく、政党政治が行われ、だいたい二大政党が存在していました。ただ、実際 には部族が強い影響力をもちました。1990 年代から 2010 年代にかけて、サーレハの独裁が 強まり、部族の影響力は弱まっていきました。イエメンではカートという麻薬があって、葉 っぱを二、三時間かむと酩酊してくる。政治家はカートを噛みながら、午後は談笑する。近 代国家の体をなしていますが、コミュニケーションで決めていくのです。 今日はシリアとイエメンということで、今につながる流れを紹介します。 『アラブの春』の後にイエメンの首都サヌアで学生を中心とするデモがあり、大統領府を 爆破するまでになりました。結果、サーレハはハーディ副大統領に権限を委譲、市民投票で ハーディの信任投票が行われ、正式な政権となり、「国民対話」会議のメンバーが決められ ました。 シリアの方ですが、地方都市のダルアというところでデモが開始されましたが、もともと 国民が自発的にデモをするなんて考えられなかった。すぐに弾圧が始まり、インターネット で弾圧の動画が世界に広まり、大きな反響を呼び、混乱も広がりました。自由シリア軍が発 足し、シリア国民評議会が結成されました。実は、国民評議会の初代議長は私の論文の指導 教官でした。学者としては素晴らしかったのですが、政治家としては難しいところがありま した。ロシア・中国は拒否権を行使し、シリアへの非難決議は出せませんでした。国外へ脱 出する人が数百万になり、東グータでは化学兵器が使用され、おぞましい状況になりました。 子供とかは、寝ている状態です〜と死んでしまいました。オバマは「一線を越えたら強気で いくぞ。」と口では言いつつ、あまり関わりあいになりませんでした。2014 年にはイスラム 国がついに結成され、ダッカは占領されました。 イエメンですが、2015 年ホーシー派が強くなり、「アラブ同盟軍」がイエメン空爆を開始 しました。人権団体からは批判されます。敵の敵は味方ということで、ホーシー派は手を組 んだはずのサーレハ前大統領をつい昨年、殺害しました。一方、シリアはロシアの軍事介入 で、アサド政権は盛り返し、口ではイスラム国を叩き潰すと言いながら、自由シリア軍の支 配地域を空爆していく。 一方、イエメンでは人道危機が深刻です。人口の 75%にあたる 2,200 万人が人道支援を 必要としている状況です。 国際情勢ですが、イスラエルとの国境線、ロシアとイランがアサド政権を支援している。 イスラエルはイランの勢力が国境沿いに来ることを恐れています。もともと自由や民主主義 を目指す人々が武器をとりました。南西部に追いやられると、実はイスラエルの国境線に近 づくので、政府軍は下手に手を出せない。反政府勢力が悪魔に守られている現実の矛盾があ ります。あまりに圧政が酷いときは、外の勢力に手を借りなければならない。リアリティの 中でそれぞれの選択を強いられています。北西部では、全てクルド勢力です。トルコ政府は 再三、アメリカにクルド勢力に支援するな、と言っています。イエメンの方は、ハーディ派 とホーシー派が対立しています。サウジと UAE はハーディ政府を応援、イランはホーシー派
5 を支援している。オマーンは仲介役をつとめています。崇高な理念と旧態依然とした体制が せめぎあっている。表向きには近代、実態は中世です。社会の動きが大きく広がったのに、 国家の動き、政治の振り幅が広がっていない。イランの覇権というものが必然のなかでつく られている。シリア・イエメンを占領したいというのではなく、力を見せつける場にしてい る。核合意をめぐる圧力として利用している。 イエメンは内戦です。しかし、シリアは非均衡な戦いです。アサド政権の存続が予想されます。 シリアは様々な文学、思想があり、いろいろな映画や言説でそれを知ることができます。イ エメンは人道面が課題です。シリアは圧倒的な弾圧をしているため、解決の道筋が見えない。 世界がアサドを応援して、再び安定するかといえば難しいでしょう。政治文化の形成が必要 です。 私がシリアにいたときは、インターネットが始まった頃で、あれよあれよという間に友達 が携帯電話を持ち、インターネットをするようになりました。2011 年にああいう状態にな ってからすぐに映像を撮り、インターネットに上げるようになりました。こうした映像を使 用した映画が日本でも上映されています。 最後に、私たちは何をなすべきかという話です。「魔法の杖はない」という言葉がありま す。それだけ厳しい状況がある。少しずつ足元の民主主義を発展させるしかできることはな い。私たちにできることですが、専門家の方から情報を得て、政治がどう動いているのか常 に見る。日本語のニュースは限界があるので、語学が堪能な方は日本語・英語のニュースを 読む。日本語以外のソースを広げないと限界があります。実際の政治は一枚岩ではなく、か ならず亀裂があります。倫理的に切り離された議論には懐疑すべきです。プーチンが正しい という声もありますが、やっぱりおかしい。理念ですが、先ほど紹介した映画を見るといい と思います。自分が日本人とか、日本はどうするということを一旦切り離して、自分がシリ ア人だったらどうするといったことを想像していくといいと思います。 日本にもシリア難民を助ける団体はたくさんあり、そういうところに寄付することもできます。 こういうことを一つだけではなく、現実、理念、実践を常に一体で実践することが大事かと 思います。有難うございました。 講演終了後、イエメン出身の留学生・クリスティーナさんが祖国の惨状を涙ながらに訴え、 参加者の共感を誘いました。 祖国の惨状を訴えるクリスティーナさん(左)と通 訳(アラビア語)される岡崎先生(右)