• 検索結果がありません。

経済学を学べば金融経済倫理は低下するか? : 教育学部と経済学部学生の金融経済倫理調査比較

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "経済学を学べば金融経済倫理は低下するか? : 教育学部と経済学部学生の金融経済倫理調査比較"

Copied!
7
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Ⅰ.はじめに

 本稿は,教育学部と経済学部学生の金融倫理意識調

査結果を報告するものである。

 金融経済倫理(Financial Morality)

1)

とは,米国イ

リノイ州立大のトーマス・ルーシーが提唱した概念で

あり,「他者の幸福と関連させた金融経済的意思決定」

(Lucey, 2007)をさす。金融経済倫理とは耳慣れない

概念であり,これまで提示されてきた金融リテラシー

((Jump$tart Coalition, 2007,NCEE 2003)の概念と

どのように異なるのだろうか。

 ジャンプスタートの金融リテラシー内容は,「金融

に関わる責任と意思決定」「所得とキャリア」「資金計

画と管理」「クレジットと負債」「リスク管理と保険」

「貯蓄と投資」であり,たしかに倫理的内容をほとん

ど含んでいない。そこで彼は,金融リテラシーが,学

問的探究に基礎付けられた社会・歴史的道徳的,精神

的むすびつきを含んでいるはずとして,従来の金融リ

テラシー概念を批判したのである(Lucey 2008)。

 ルーシーは,金融経済倫理の実態を明らかにするた

め,その解釈と理解を教育学部と経済学部学生の意識

調査を企図した。これによって,概念の明示と学問に

よる教化が行われるのか否か,明らかにしようとした

のである(Lucey & Bates 2008)。結果は,両学部学

生の同意に関して,有意差があり,その理由は,経済

学部の制度化された経済学教育にあるというもので

あった。

 日本においても,同様の金融経済倫理の実態調査し

ようとしたものが本稿である。

 論述は次の通り進める。はじめに,先行研究の現状

を述べ,リサーチクエスチョンを提示する。次に,方

法としての調査問題の概要と記述統計を報告する。

Ⅱ.金融経済倫理とはなにか

1.金融リテラシーと金融倫理

 金融リテラシー調査は,これまでも米国ではもちろ

んのこと,日本国内でもなされてきた。

2)

猪瀬(2010)

は,従来の金融リテラシーを「金融経済に関する知識

と技能」,「経済概念のみならず,経済的推論の能力な

どの科学的,批判的思考能力」とまとめた。しかし,

より実践性や意思決定を重視した,「金融やその背景

となる経済についての基礎知識と,日々の生活の中で

こうした基礎知識に立脚しつつ自立した個人として判

断し意思決定する能力」(金融経済懇談会 2005)や,

前掲の米国ジャンプスタートのスタンダードにもとづ

く関連知識の理解と活用の技能を勘案すれば,消費

者・家計人としての金融経済に関する実践的な意思決

定能力ととらえるべきだろう。

 米国には膨大な定義があるが,「個人や家庭の状態,

利用可能な資源に制約される家計のやりくりをどのよ

うにするかということの理解と経済学への理解」も直

接的なものである(Saboe-Wounded Head 2009)。

 こうした金融リテラシーに対して,冒頭に示したと

おりルーシーは批判を加え,金融経済倫理を提唱した。

彼の金融経済倫理の定義は,「意思決定」となってい

るが,個人(家計)の金銭消費に関する在り方を問う

ている。その意義は,「他者の幸福」と「自分のお金

を使う」あり方を,調和させようとするものである。

 したがって,リテラシーが知識理解と技能中心のも

のであるのに対して,ルーシーは意欲関心態度の道徳

的側面を強調したものともいえる。

3)

この金融経済倫

理の調査をすることにより,その概念の妥当性や実態

を調査したのがルーシー調査である。

経済学を学べば

金融経済倫理は低下するか?

─教育学部と経済学部学生の

金融経済倫理調査比較─

The Journal of

Economic Education

No.31, September, 2012

If Students Learn Economics, Does the Financial

Morality of Students Decline?

Inose, Takenori

Takahashi, Keiko

Yamane, Eiji

Kurihara, Hisashi

猪瀬 武則(弘前大学)

高橋 桂子(新潟大学)

山根 栄次(三重大学)

栗原 久(東洋大学)

(2)

 こうした調査は日本ではきわめて少ないといってよ

い。管見の限り,倫理的消費という概念によって,そ

の意識調査を図った豊田(2008)の報告が,より近い

調査といえるだろう。これは,消費者一般に対して,

(1)効率性を実現する上での市場の失敗,外部不経済

への対処(効率性の改善),(2)分配や不平等の解消

(正義の実現),(3)社会の基盤維持に対する懸念への

対処・コミュニティの活性化などに対する貢献,の 3

観点から認知及び意識調査を図ったものである。

 一方,ルーシー調査は,学生や教員に対しての金融

経済倫理であり,限定されている。そもそも,発想の

原点は,教員養成の過程で「利潤極大化」や「企業家

精神」などの経済を強調した金融教育は,精神面や倫

理面の希薄化を招くという想定を持って,制度的な学

問の教化により「一定」の人格が形成されるという仮

説の下,調査を企図している。

 それが,教育学部と経済学部の学生の意識調査を試

みた「金融経済倫理調査」である。そこで,本研究で

も同様のリサーチクエスチョンを設定する。すなわち,

・教育学部と経済学部の学生は,金融経済倫理の考え

方にどの程度同意するか?

・双方の学部学生に有意差はあるか?

表 1 記述統計量(n=1753)

  Faculty Total Faculty Total χ 2 Education Economics Education Economics

性別 男性女性 合計 374 647 1021 458 273 731 832 920 1752 36.6 63.4 100.0 62.7 37.3 100.0 47.5 52.5 100.0 *** 年齢 (18-23) はい いいえ 合計 1000 21 1021 703 29 732 1703 50 1753 97.9 2.1 100.0 96.0 4.0 100.0 97.1 2.9 100.0 * 家族経済 下層 中の下 中の上 上層 合計 85 520 350 8 963 70 370 254 14 708 155 890 604 22 1671 8.8 54.0 36.3 0.8 100.0 9.9 52.3 35.9 2.0 100.0 9.3 53.3 36.1 1.3 100.0 親の学歴 中学 高校 短大 大学 大学院 専門職大学院 合計 7 321 112 483 45 15 983 8 241 70 359 28 15 721 15 562 182 842 73 30 1704 0.7 32.7 11.4 49.1 4.6 1.5 100.0 1.1 33.4 9.7 49.8 3.9 2.1 100.0 0.9 33.0 10.7 49.4 4.3 1.8 100.0 経済履修 科目数 1 以下 2-3 4-5 6-7 8 以上 合計 438 418 105 14 11 986 58 99 98 83 383 721 496 517 203 97 394 1707 44.4 42.4 10.6 1.4 1.1 100.0 8.0 13.7 13.6 11.5 53.1 100.0 29.1 30.3 11.9 5.7 23.1 100.0 *** 学校種免許 幼稚園 小学校 中学 高校 合計 177 519 191 117 1004 12 12 18 31 73 189 531 209 148 1077 17.6 51.7 19.0 11.7 100.0 16.4 16.4 24.7 42.5 100.0 17.5 49.3 19.4 13.7 100.0 *** 地域 大都市 郊外 小規模 中規模 農村 合計 77 91 286 535 31 1020 106 124 162 317 21 730 183 215 448 852 52 1750 7.5 8.9 28.0 52.5 3.0 100.0 14.5 17.0 22.2 43.4 2.9 100.0 10.5 12.3 25.6 48.7 3.0 100.0 *** 卒業年度 2010 2011 2012 2013 2014 該当せず 合計 79 336 467 112 19 2 1015 33 233 312 98 51 3 730 112 569 779 210 70 5 1745 7.8 33.1 46.0 11.0 1.9 0.2 100.0 4.5 31.9 42.7 13.4 7.0 0.4 100.0 6.4 32.6 44.6 12.0 4.0 0.3 100.0 ***

(3)

 筆者らは,ルーシーの提唱する金融経済倫理概念に,

全面的に同意するわけではないが,ルーシーの構想が,

日本においても同様の結果をもたらすのか,素朴な比

較を試みたいところである。

Ⅲ.方法

1.サンプル

 対象としたサンプルは,16 大学(国立 9 大学,私立

7 大学)から 1753 人から得た有効回答であり,表 1 に

示す通りである。

 実施した時期は,2010 年 3 月,研究代表者の研究仲

間・同僚を中心に「金融に関わる倫理性調査」の実施

を依頼し,2010 年 4-6 月にかけて実施した回答を回収

した。

 回答者の属性は,女性 53%,学年は 2 年生が最も多

く47%,次いで3年生34%である。学部は教育学部が

59%(うち小学校主免 49%),その他が 41%である。

親の経済状態は中の下が 54%,中の上が 36%と中流

が約 9 割,親の最終学歴(高い方)は大卒 49%と全国

平均より高い。

 経済関連科目の履修に関しては,教育学部学生は,

3 科目以下が 87%で大半であり,1 科目以下も 44%と

半数近くを占める。一方,経済学部学生は,8 科目以

上が 53%,4 科目以上のものとすれば 80%ほどの学生

が履修していることになる。

2.どのように測るか

 ルーシーの調査問題は,豊田の設計に一部共通する。

すなわち,金融倫理の尺度としての調査項目の構成は,

消費者としての行動・行為,消費者としてのあり方,

企業の社会的責任,経済的公平,富の分配,自己認識

問題(経済社会での在り方),企業経営の 7 項目から

なっている。これらは,順序立て,反転項目を含め,

5 回に亘って繰り返され,合計 35 項目構成された。

4)

 回答の形式は,リッカート尺度法ではあるものの,

「強くそう思う」と「強くそう思わない」を両極とし

て 4 段階としている。

3.内的整合性の課題

 調査問題(金融倫理の尺度)の内的整合性は,表 2

に示すとおりである。

 クロンバック係数が極めて低い「消費者としての態

度」(0.299)と「人としての価値」(0.157),さらに,

基準に満たない「消費者としての行動行為」(0.445),

「企業経営」(0.321)に関しては,データは示すもの

の,今回は分析の対象としては扱わない。

 一般に,信頼性の係数として .8 ないし .7 以上が必要

であるものの,ルーシー調査では,全体にαは .68 で

あり,.5 以上の項目を対象に分析している。その理由

を,データ量と多様な教育背景にある回答者によるた

めであるとしている(Lucey 2008)。

 本研究でも,それにならい,企業の社会的責任,経

済的公平,富の分配に関してのみ,分析対象とする。

なお,米国に比してαが全般に低いことは,道徳に対

する社会文化的文脈の相違,翻訳上・訳語上の適切性

におけるニュアンスの相違などが想定される。これら

の問題は,別稿で考察した。

Ⅳ.結果

1.全体の記述統計

 金融倫理調査の尺度への同意度は,表 3 に示すとお

りである。

表 2 金融経済倫理尺度の内的整合性

  全体α 項目削除した場合の最大α 学部別α 項目削除した場合の最大α   α α 削除項目 教育学 その他 教育学 削除項目 その他 削除項目 1. 消費者としての 行動・行為(Q1) .445 なし - .399 .480 なし なし 2. 消費者としての態度(Q2) .299 .304 q30r .289 .315 .305 q30r .313 q30r 3. 企業の社会的責任(Q3) .547 .557 q17r .536 .524 .547 @31 .567 q17r 4. 経済的公平(Q4) .559 .614 @32 .548 .562 .610 @32 .605 @32 5. 富の分配(Q5) .729 .757 @33 .722 .741 .750 @33 .763 @33 6. 人としての価値(Q6) .157 .229 q13r .219 .072 .261 q13r .180 q13r 7. 企業経営(Q7) .321 .337 q21r .288 .349 .313 q21r .364 q21r

(4)

 既に内的整合性に関して,分析対象は 3 項目として

いるものの,7 項目全体での同意度が高かった項目は,

消費者としての行動・行為(1.787)であり,もっと

も同意度が低かったのは,消費者としての態度・あり

方(2.746)であり,極めて対照的である。前者が,

盗みなどへの常識としてのふるまいであるのに対して,

後者は,環境への配慮,発展途上国への配慮などのグ

リーンコンシューマー,フェアトレードと関連した項

目であるため,現状では,日本の消費行動での「常

識」にはなり得ないことを示している。

 分析対象としている 3 項目の中では,経済的公平

(1.908) が, も っ と も 同 意 度 が 高 く, 富 の 分 配

(2.487)が,もっとも同意度が低かった。

 また,教育学部学生の同意度が経済学部学生の同意

度を,全項目上回っており,t 検定の結果,全ての項

目に関して,有意差が認められた。効果量については,

消費者関連項目は,小レベル,企業の社会的責任と経

済的公平が,中レベルで,その他は,弱い中レベルと

いう所である。

2.経済的公平の項目

 一番同意度の高かった項目である経済的公平の分析

結果を表 5 に示した。

 基本的権利の範囲に関するこの項目の中で,同意が

多かったのは,生活必需品や質のよい教育を受ける権

利であり,もっとも不同意が多かったのは,テレビ,

コンピュータ,テレビゲームのようなハイテク製品を

もつ基本的権利である。これらは,基本的権利が生活

必需品までで,奢侈品は入らないという「常識」では

あるが,テレビに関しては,同じ範囲にくくることに

異論があることだろう。

 また,生活必需品と質のよい教育への基本的権利,

それらを政府が保障することに,有意差が認められた

が,効果量はいずれも小さかった。これらは,教育学

部が,教育の公共性や権利保障を重視する教育(現在

も免許取得に憲法・法学関連は必須)を受けており,

経済学部は,基本的には効率を重視した教育を受けて

いるためと考えることもできる。

3.富の分配の項目

 一番同意度の低かった項目である富の分配の分析結

果を表 6 に示した。

 貧困者へ裕福者が支援すべき範囲に関するこの項目

の中で,同意が多かったのは,教育を受ける権利であ

り,もっとも不同意が多かったのは,テレビ,コン

ピュータ,テレビゲームのようなハイテク製品を支援

することである。

 また,住まい・食事・教育に関しては,有意差が認

められ,効果量はいずれも極めて小さかった。これら

は,経済的公平で示したと同様の教育の公共性や権利

表 3 全体 記述統計

全体 度数 平均値 標準偏差 最小値 最大値 歪度 尖度 1. 消費者としての行動・行為(Q1) 1848 1.787 0.408 1.0 4.0 .52 1.23 2. 消費者としてのあり方(Q2) 1838 2.746 0.383 1.2 4.0 .11 .90 3. 企業の社会的責任(Q3) 1828 2.142 0.418 1.0 4.0 .29 1.16 4. 経済的公平(Q4) 1835 1.908 0.447 1.0 4.0 .45 .90 5. 富の分配(Q5) 1829 2.487 0.514 1.0 4.0 .20 .35 6. 人としての価値(Q6) 1843 2.127 0.348 1.0 4.0 .08 .96 7. 企業経営(Q7) 1840 2.236 0.368 1.2 4.0 .33 .90

表 4 教育学部と経済学部の同意度比較

教育学部 経済学部 度数 平均値 標準偏差 度数 平均値 標準偏差 p d 1. 消費者としての行動・行為(Q1) 1021 1.766 0.380 729 1.806 0.434 0.041 * .10 2. 消費者としてのあり方(Q2) 1014 2.735 0.370 727 2.771 0.398 0.049 * .10 3. 企業の社会的責任(Q3) 1008 2.092 0.390 724 2.218 0.434 0.000 *** .31 4. 経済的公平(Q4) 1015 1.863 0.427 724 1.973 0.463 0.000 *** .25 5. 富の分配(Q5) 1013 2.454 0.486 720 2.536 0.546 0.001 ** .16 6. 人としての価値(Q6) 1016 2.097 0.346 730 2.175 0.347 0.000 *** .22 7. 企業経営(Q7) 1017 2.198 0.343 727 2.287 0.393 0.000 *** .24

(5)

表 5 経済的公平の項目に関する同意度の学部間比較(1= 強く同意 ,4= 強く不同意)

Total 教育学部 経済学部 項目 度数 平均 標準偏差 最小 最大 度数 平均 標準偏差 度数 平均 標準偏差 P 効果量 経 済 的 公 平 どのような経済状態の人でも, 生活必需品や基本的なサービス を手に入れる等しい権利がある。1857 1.561 0.679 1 4 1021 1.521 0.650 730 1.626 0.713 .001 *** .154 政府は,すべての人に生活必需 品や基本的サービスを提供する ようなことをすべきでない。 1855 1.917 0.751 1 4 1020 1.853 0.736 729 2.022 0.756 .000 *** .227 政府の役割には,すべての人が, 生活必需品や基本的サービスを 等しく入手できるようにするこ とがある。 1855 1.955 0.682 1 4 1021 1.925 0.665 730 2.004 0.692 .015 * .117 「どのような経済状態にある人 でも,良質の教育を等しく受け る権利がある」という考えは, 誤りである。 1847 1.611 0.721 1 4 1020 1.535 0.672 728 1.695 0.757 .000 *** .223 どのような経済状態にある人に も,テレビ,コンピュータ,テ レビゲームなどを持つ等しい権 利がある。 1848 2.503 0.866 1 4 1021 2.484 0.838 730 2.523 0.906 .348 .045

表 6 富の分配の項目に関する同意度の学部間比較 (1 = 強く同意 , 4 = 強く不同意)

  Total     教育学部 経済学部   項目 度数 平均 標準 偏差 最小 最大 度数 平均 標準偏差 度数 平均 標準偏差 P 効果量 富 の 分 配 貧しい人の住まいについて,裕 福な人が金銭的に支援する必要 はない。(r) 1854 2.209 0.760 1 4 1019 2.143 0.706 728 2.309 0.802 0.000 *** .219 お金に困っている人の食事につ いては,裕福な人が金銭的な支 援をすべきである。 1856 2.523 0.752 1 4 1021 2.495 0.705 729 2.569 0.809 0.040 * .098 お金に困っている人の医療につ いては,裕福な人が金銭的な支 援をすべきである。 1848 2.353 0.767 1 4 1019 2.336 0.744 728 2.386 0.801 0.177 .065 お金に困っている人が教育を受 けることに対して,裕福な人は金 銭的な支援をすべきでない。.(r) 1848 2.157 0.751 1 4 1021 2.119 0.733 728 2.213 0.774 0.010 ** .125 お金に困っている人がテレビ, コンピュータ,テレビゲームの ようなハイテク製品を持つこと に対して,裕福な人は金銭的な 支援をすべきである。 1849 3.196 0.674 1 4 1021 3.177 0.636 731 3.220 0.708 0.184 .064

表 7 企業の社会的責任の項目に関する同意度の学部間比較(1= 強く同意 ,4= 強く不同意)

Total 教育学部 経済学部 項目 度数 平均 標準偏差 最小 最大 度数 平均 標準偏差 度数 平均 標準偏差 P 効果量 企 業 の 社 会 的 責 任 企業は,地域社会の安全を守る べきである。 1854 1.758 0.683 1 4 1017 1.735 0.648 730 1.790 0.723 .090 .081 企業は,地元に寄付するなど金 銭的な貢献をすべきである。 1854 2.166 0.733 1 4 1020 2.106 0.687 728 2.260 0.781 .000 *** .209 企業は,勤務時間中,従業員が 地域の安全を守るためのボラン ティア活動へ参加することを許 すべきでない。(r) 1853 2.072 0.715 1 4 1019 2.005 0.669 729 2.165 0.758 .000 *** .223 企業は,商品を作ること以外には, 地域へ貢献する義務はない。(r) 1850 1.853 0.705 1 4 1020 1.781 0.659 731 1.941 0.744 .000 *** .227 地元に貢献しない企業は,事業 をやめるべきである。 1845 2.860 0.661 1 4 1020 2.835 0.630 729 2.929 0.678 .003 ** .143

(6)

保障と効率性ゆえの自ら稼得すべきという両学部の異

なる背景を推測することができる。

4.企業の社会的責任の項目

 企業の社会的責任項目の分析結果を表 7 に示した。

 企業が社会に果たすべき範囲に関するこの項目の中

で,同意が多かったのは,地域社会への安全,貢献で

あり,もっとも不同意が多かったのは,貢献しない企

業の閉鎖である。

 また,金銭的貢献,勤務時間中の社員のボランティ

ア活動,企業閉鎖に関しては,有意差が認められ,効

果量はいずれも小さかった。これらは,教育学部が,

ボランティア活動の称揚や秩序維持のための制裁をモ

ラルの根源としている一方で,経済学部が,企業の役

割を「利潤の追求」「雇用保障による効率化と貢献」

と捉えていることの証左であろう。

Ⅴ.考察

 全般に,調査の結果は,金融経済倫理項目に同意す

るものであった。また,両学部の回答者に,有意差が

あり,教育学部が全項目に亘って,より同意度が大き

かった。

 ただし,消費者としてのあり方の項目は,不同意を

示す回答者が多い結果となった。この点については,

生産物に対する「環境への配慮」,「発展途上国の労

働・交易のあり方」を考慮した消費という「常識」は,

日本では未だ標準とはなっていないことの証左であろ

う。

 また,両学部の回答で,全項目,有意差が認められ

たことに関して,つぎのような仮説も成り立とう。第

1 に,教育学部では,協力,助け合い,保護支援など

の価値観が,科目や教育実習を通して教化されている

可能性があること。第 2 に,経済学部では,効率,方

法論的個人主義=自立的主体,極大化などの概念が,

価値観として,多様な経済学的訓練の中で教化されて

いる可能性があること。以上の 2 点が,仮説として考

察され,これらを精査する必要がある。

Ⅵ.結論

 以上の結果と考察から,回答者は,金融経済倫理の

項目に基本的には同意を示した。また,教育学部生と

経済学部生にはその回答に,有意差があった。

 残された課題はつぎの通りである。

 第 1 に,両学部の有意差の原因を検証することであ

る。仮説的に,制度化された学問のもつ価値概念の教

化によるものと推測したが,これらについての精査が

必要である。

 第 2 に,既に,回答者の属性と結果に関する重回帰

分析を試みており,一定の考察がなされる必要がある。

個人の所得水準や親の学歴水準を把握しようとするこ

と自体が,日本では容易には認められないが,この社

会経済的状態と調査との関連を分析することにより,

公教育での政策提言を導き出すことが可能となる。

 第 3 に,米国との比較を系統的に試みることである。

同意度が異なり,有意差のみならず有効量も,異なっ

ており,「学問の制度化」に関して一定の推測も可能

である。また,既に,ルーシーとともに「金融倫理」

に関する記述分析を試みており,この公表も課題であ

る。

(本研究は,科学研究費基盤 B「公共性を創出し,自立

と尊厳を生み出す金融経済教育の体系化と内容開発」

(代表 猪瀬武則)の成果の一部である。)

註 1) 直訳すれば金融道徳であるが,日本での「道徳」という 語感への違和感や金融に対する誤認識,すなわち,家計 管理・稼得を含めた広範な意味合いがあるにもかかわら ず,金銭の貸し借りに限定される可能性があるので,そ れを避けるため,financial に「金融経済」を,morality を「倫理」とした。 2) 米国では,Mandell(2007)(2008),山岡道男(2007)の 研究が代表的なものである。その他,金融広報中央委員 会の継続的な調査報告(HP『しるぽると』参照),楠元 (2006)の調査など,実態把握はある程度なされている。 3) 逆に言えば,知識がないと自活できないと問うているに もかかわらず,資本主義と階級主義にからめられた知識 の再生産では,うまくいはずもないというのが,ルー シーの批判である(Lucey 2008)。 4) 調査問題の内容は,猪瀬(2010)参照。 文献

[1] Flowers, B., & Gallaher, S. S.(2001) Financial Fitness for Life, Shaping up Your Financial Future, Grades 6-8. Teacher Guide [and] Student Workouts National Council on Economic Education.

[2] Jump$tart Coalition for Personal Financial Literacy(2007) National Standards in K-12 Personal Finance Education Jump$tart Coalition for Personal Financial Literacy [3] Lucey, T. A. (2008 a). Economics, religion, spirituality,

and education: Encouraging understandings of the dimen�: Encouraging understandings of the dimen� Encouraging understandings of the dimen� sions. In T. A. Lucey & K. S. Cooter (Eds.). Financial Lit�. In T. A. Lucey & K. S. Cooter (Eds.). Financial Lit� In T. A. Lucey & K. S. Cooter (Eds.). Financial Lit�. A. Lucey & K. S. Cooter (Eds.). Financial Lit� A. Lucey & K. S. Cooter (Eds.). Financial Lit�. Lucey & K. S. Cooter (Eds.). Financial Lit� Lucey & K. S. Cooter (Eds.). Financial Lit�& K. S. Cooter (Eds.). Financial Lit� K. S. Cooter (Eds.). Financial Lit�. S. Cooter (Eds.). Financial Lit� S. Cooter (Eds.). Financial Lit�. Cooter (Eds.). Financial Lit� Cooter (Eds.). Financial Lit�(Eds.). Financial Lit�Eds.). Financial Lit�.). Financial Lit� Financial Lit� eracy for Children and Youth, (pp. 559-577). Athens, GA: Digitaltextbooks.

(7)

education and finance majors’agreement with financial morality topics. Paper presented at the annual meeting of the American Council of Consumer Interests, Orlando, FL.

[5] Mandell, L. (2007). Financial literacy. Improving educa�Mandell, L. (2007). Financial literacy. Improving educa�, L. (2007). Financial literacy. Improving educa� L. (2007). Financial literacy. Improving educa�. (2007). Financial literacy. Improving educa�(2007). Financial literacy. Improving educa� (2007). Financial literacy. Improving educa� Financial literacy. Improving educa�. Improving educa� Improving educa� tion. Results of the 2006 National Jump$tart Coalition Survey. Washington, DC: Jump$tart Coalition.

[6] Mandell, L. (2008). Financial literacy of high school stu�Mandell, L. (2008). Financial literacy of high school stu�, L. (2008). Financial literacy of high school stu� L. (2008). Financial literacy of high school stu�. (2008). Financial literacy of high school stu� (2008). Financial literacy of high school stu�(2008). Financial literacy of high school stu� Financial literacy of high school stu� dents. In J. J. Xiao (Ed.) Handbook of Consumer Finance Research (pp. 163-207).

[7] Suiter, M.C..(2001) Financial Fitness for Life, Steps to Financial Fitness, Grades 3-5. Teacher Guide [and] Stu�, Grades 3-5. Teacher Guide [and] Stu� Grades 3-5. Teacher Guide [and] Stu�3-5. Teacher Guide [and] Stu� Teacher Guide [and] Stu�[and] Stu�and] Stu�] Stu� Stu� dent Workouts National Council on Economic Education. [8] Saboe-Wounded Head, L, (2010) Influences of Native

American high school students' financial knowledge and behavior. Theses and Dissertations. Paper 11717. [9] 淺野忠克(2000)「日本の高校生・大学生の金融リテラ シーの現状─『第 3 回生活経済テスト』の分析結果をめ ぐって」『山村女子短期大学紀要』12,pp.1-35. [10] 猪瀬武則(2010)「金融教育を問い直す」『クロスロー ド:弘前大学教育学部研究紀要』14,pp.11-20 [11] 山岡道男ほか(2008)「パーソナル・ファイナンス・リテ ラシーに関する日米比較─『パーソナル・ファイナンス 初 級 テ ス ト 』 の 結 果 分 析 か ら 」『 経 済 教 育 』(27), pp.34-41. [12] 経済教育研究会(2000)『経済学習のスタンダード 20:21 世紀のアメリカ経済教育』消費者教育支援センター [13] 楠元町子(2006)「日本の金融教育とその課題─日米高校 生の金融基礎知識の比較を中心に」『現代社会研究科研究 報告』愛知淑徳大学,(1),pp.143-156. [14] 金融経済教育懇談会(2005)『金融経済教育に関する論点 整理』金融庁 [15] 金融広報中央委員会編(2002)『金融に関する消費者教育 の推進にあたっての指針』金融広報中央委員会 [16] 内閣府経済社会総合研究所編(2005)『経済教育に関する 研究会 中間報告書』内閣府 [17] 豊田尚吾(2008)「倫理的消費の可能性と課題」『CEL レ ポート』36 号

表 5 経済的公平の項目に関する同意度の学部間比較(1= 強く同意 ,4= 強く不同意) Total 教育学部 経済学部 項目 度数 平均 標準 偏差 最小 最大 度数 平均 標準偏差 度数 平均 標準偏差 P 効果量 経 済 的 公 平 どのような経済状態の人でも,生活必需品や基本的なサービス を手に入れる等しい権利がある。 1857 1.561 0.679 1 4 1021 1.521 0.650 730 1.626 0.713 .001 *** .154政府は,すべての人に生活必需品や基本的サービスを

参照

関連したドキュメント

奥村 綱雄 教授 金融論、マクロ経済学、計量経済学 木崎 翠 教授 中国経済、中国企業システム、政府と市場 佐藤 清隆 教授 為替レート、国際金融の実証研究.

  中川翔太 (経済学科 4 年生) ・昼間雅貴 (経済学科 4 年生) ・鈴木友香 (経済 学科 4 年生) ・野口佳純 (経済学科 4 年生)

○経済学部志願者は、TOEIC Ⓡ Listening & Reading Test、英検、TOEFL のいずれかの スコアを提出してください。(TOEIC Ⓡ Listening & Reading Test

特に LUNA 、教学 Web

経済学研究科は、経済学の高等教育機関として研究者を

「AI 活用データサイエンス実践演習」 「AI

 松原圭佑 フランク・ナイト:『経済学の巨人 危機と  藤原拓也 闘う』 アダム・スミス: 『経済学の巨人 危機と闘う』.  旭 直樹

★西村圭織 出生率低下の要因分析とその対策 学生結婚 によるシュミレーション. ★田代沙季