コ モ ン マ
ー
モ セ ット
を
用
いた
霊
長
類
研
究
の動 向
中 村 克 樹
京 都 大 学 霊 長 類研究 所Trend
of
neurQscience
and
biomedical
researchOn
COmmOn
marmOSetS
Katsuki
NAKAMuRA
例 〃呂α皰
R
召search Instit〜4皰,
働 0’0 翫 勿θγS 舜y*Common marmosets (Callithrixゴacchus )have a small
body −
size (adults weigh250−450
g)andorig正nate
from
the rainforests in Brazil.
Common
marmosets havebeen
used extensivelyin
Neuroscience
andbiomedical
researchbecause
oftheir
high
fertility
,
biosafety
,
ease of handling,
and low cost of breeding when compared to other non
−human
primates.
However ,
the recentsuccess in the generation of transgenic marmosets with germline transmission has made marmo
−
sets vastly moreimportant
as experimental nonhunlan primate models for human diseases,
Inaddition to the possibility of genetic modification
,
alarge
repertoire of behavior can rnake marmosets of value as experimental animals in SocialNeuroscience.
They
shQw some uniquefeatures
,
which even macaques and chimpanzees never show.
Typically in marmosets,
just
like“
famil
ジ
in
human ,
one pair of ado
【n土nantfemale
and malein
each group monopolizethe
reproduction
.
The breedingfemale
produces
litters
of2−3
infants(birth
weight approximately 30g)at roughly 6
−
month intervals.
The energy and ecQlogical demands of rearing 2“
heav ジ infantshas
been
suggested as the cause for the ex 正stence of a cooperative breeding system ;not only mothers but alsofathers
,
brothers,
and sisters take care ofinfants
.
They
often rely on vocalizationto communicate each other
.
They often show food transfer behavior (food transfer from parents toinfants
).
They
have
ahigh
level
of mutual gaze,
Because
of the smallbody −
size,
we can keep themas a
“
family”
in a colony and produce various sQcial situationsin
experimental rQoIns,
I
wouldlike
to
introduce
the
potential of common marmosets as experimental animalsin
Social
Neuroscience
as well as
biomedical
studies.
1
{ey words :common marmoset,
social behavior,
cooperativebreeding,
vocalization,
food
transferは じ め に げっ 歯類 (マ ゥスやラ ッ トな ど)は
,
実 験心 理 学の 豊 富な行 動デー
タお よ び その繁 殖 能 力に基づく系 統 化と遺 伝学 的 解 析 手 法の発展 によ り,
医 科学 研究に.
多大な 貢献 を も た ら して き た。 しか し な が ら, 病 原 体に対す る宿主 反 応 性や免 疫 系の特 徴,
さ らに は中 枢 神 経 系の構 造や機 能は,
ヒ ト とげっ 歯 類で大き く異な っ て い る、
,
し た が っ *Section
of
Cognitive
Neuroscience,
Departmentof
Behavioral
andBrain
Sciences,
Primatc
Research Institute
,
Kyoto University,
42−
1Kanrin
,
Inuyama,
Aichi 484−
8506,
Japan
て
,
げっ 歯 類で の 研 究 成 果を直 接ヒ トへ 外 挿する ことは 非 常に困 難で あるv 実 際に薬 剤な ど の ス ク リー
ニ ングに おい て は,
マ ウスやラ ッ トは適 し た動 物と は 言 い難い。 高 次 脳 機 能の研 究 や 社 会 行 動の研 究,
さらに は精 神 疾 患 研究を考え る と,
遺 伝 的に もヒ トに 近 縁で 中 枢神 経 系の 構造 や機 能も類 似 して い る高 度な精 神 機 能を持っ 霊 長 類 を対 象と し た研 究が強 く求め られて い る。
本 稿で’
は,
社 会 行 動を含む複雑な行動に関 連し た 脳機能研 究 や精 神疾 患の解 明を 目指し た研 究に用い る動 物と して近 年 注 目を 集め て い る南 米 産の小 型 霊長類コ モ ン マー
モ セ ッ トを用 いた研究の現状を概 説 する。80
基 礎 心理学 研 究 第 30巻 第 1号 諸 外 国にお け る 霊 長 類 を 用いた研究へ の 取 り組み 霊長類を用い た研 究が強く求め ら れ る と述べ た が,
主 な国の現 状を簡 単に紹 介 する。
さま ざ まな分 野の研 究で 世 界を 「丿一
ドして い るア メ 「丿力合衆国を 見てみ る と,
連 邦 国 家の サ ポー
トして いる霊 長 類セ ン ター
(いわ ゆる National Primate Research Center )だ けで も,
Cali−
fornia,
New
England ,
Oregon ,
Southwest,
Tulane,
Washington
,
Wisconsin,
Yerkes と 8っ もあ る。一
方で ヨ
ー
ロ ッパ は, 動 物実験に対する規制が厳しいな か,ヨ
ー
ロ ッ パ 連 合と して霊 長類研究に取 り組ん で い る。
主な活 動と して
,
ヨー
ロ ッ パ の 9つ の霊長類セ ン ター
が中心 と な り
EURIM −NET
〔www.
euprim−
net.
eu )とい う プロ ジェ ク トを立ち
k
げ,
霊 長 類を用い た研 究の推 進・
連 携お よ び若手研究者の教 育・
育 成に努めて い る。 研 究 用 の種と して は,
マ カ クザル で は ア カゲ ザル およ びカ ニ ク イ ザルが,
小 型 霊 長 類で はコ モ ン マー
モ セ ッ トが 広 く用 い ら れてい る。 特に ヨー
ロ ッ パ はコ モ ン マー
モ セ ッ トの 研 究にお ける重要.
性を早く か ら認 識して い て,
1992 年に
European
Marmoset
Research
Group
(EMRG
)を立ち 上 げ さ ま ざ ま な活 動を行 っ て きて い る (現 在は休止 中)。 そ れ に遅 れること
10
年,
ア メ リカ大 陸でもコ モ ンマ
ー
モ セ ッ トを対 象と す る 研究者の ネッ ト ワー
クで あ るMarmoset
Research
GrQup
ofthe
Americas
(MaRGA,
www
.
unomaha.
eClu/’
marga /marga−inClex
.
html
)を 立ち上 げ
,
EMRG と連 携を と りなが ら研 究を発 展さ せて き ている。
これ らの こと を考え る と,
研究対 象と して の マー
モ セ ッ トに関 する認 識や研 究 環 境の充 実 とい う点 か ら日本 は 遅 れ を とっ て き た とい え る。
し か し近 年,
日本で も文 部 科 学 省が霊 長 類 研 究を推 進 する2つ の大 きな プロ ジェ
ク トを始め た。 その1
つ はバ イ オ 1丿ソー
ス プ ロ ジェ ク ト の一
環と して,
日本 固 有 種で あるニ ホ ンザルを 安 定 供 給 する体 制 を 整 備 する= ホ ンザル バ イ オ リソー
スプロ ジェ ク ト(www.
macaque.
nips.
ac.
jp
/〉で あ る。
これ は単に安 全で健 康 なニ ホ ンザル を研 究 者に供 給 する だけの もの で は な く,
サル を用い た研 究 を適 切に行っ ても ら うた めの 知 識 や 技 術を広め る とこ も目 的と して い る。 も う1つ は,
脳 科 学 研 究 戦 略 推 進プロ ジェ ク ト(brainprogram.
mext.
go.
jp
/)の 課題C
「独 創 性の 高い モ デル動 物の 開 発 」と して実 施 してい る 「先 端 的 遺 伝 子 導 入・
改 変 技 術 に よ り脳 科 学の た めの 独 創 的霊長 類モデ ル の 開発 と応 用 」で あ る。
霊 長 類,
特にニ ホ ンザル とコ モ ン マー
モ セ ッ トを対象 と して遺 伝子導入・
改 変技術を 用い た研 究 を推進 するもの である。
こ う した知 識や技 術 を 充 実さ せ,
世 界 をリー
ドする成 果を上 げよ う とする プロ ジェ
ク ト で あ る。
実際に遺 伝 子 導 入・
改 変 を 用い た 研 究 は,
諸 外 国と 比べ て も日本が リー
ド で きる可 能 性の高い領 域で あ る。
こ う した大 型プ ロ ジェ ク トは,
今 後の霊 長 類を 用 い た 研究の 発展を期 待さ せ る もの で あ る。 霊 長類研究と遺 伝 子 改 変 霊 長 類における遺 伝 子 導 人の研 究を簡 単に振 り返る。 最 初に サル に外 来 遺 伝子を導入 する こ と に成 功 したの は2001
年の こと,
8
つ のNational
Primate
Research
Center の 1っで ある Oregon の研 究チ
ー
ムで あっ た。
彼 ら はア カゲザル に クラゲ由 来の 蛍 光タン パ ク質の遺伝子を導入 し発 現さ せ た。 その transgenic monkey は
in−
serted DNA を逆さまに して ANDi と名づ け られ有 名に
なっ た(
Chan
et aL,
2001
)。 し か し, アカ ゲ ザル は成熟す
るまで に 5
〜
6年以 上 必要で あ り,
産 子数もヒ ト の よ うに少 ない。 こ の ことは発 生工学 的 研 究に は非 常に不 利で あ る。 その後
,
主だっ た成果が続か な か っ た原因は その あ たりにある。
2008 年に は Yerkes National PrimateResearch
Center
の チー
ムが,
や は りア カゲザル にハ
ン チ ン トン病の原 因遺伝 子を導入で き た と報 告 し た (Yang
et aL,
2008 )。
それに1
年 遅 れ,
日本の実 験 動 物 中央 研 究 所の チー
ム がコ モ ン マー
モ セ ッ トへ の蛍 光タンパ ク質の 遺 伝 子 導 入に成 功 した と報 告 した(Sasaki
et al.
,
2009 > 。 後に述べ る が,
コ モ ンマー
モ セ ッ トは霊 長 類の 中で は特 筆すべ き繁 殖 能 力の高さ を持っ
て い る た め,
こ の遺伝 子 が transgenic marmoset の子へ と受 け 継がれた ことも 確 かめ ら れ た。 ま た,
マ カク ザル 用のGenechip
(Sato
et al.
,
2007 )もコ モ ン マー
モ セ ッ ト用のGenechip
(Fu−
kuoka
et a1.
,
2010
}も研 究に用い られる よ うになっ て き て い る。 さ らに,
ヒ トの ゲノ ムが2001
年に解 読さ れ, チ ンパ ンジー
の ゲノ ムが 2005 年 に解 読さ れ,
2007 年 にア カ ゲ ザル の ゲノ ム が解 読さ れ た。
さ らに 2008 年に はコ モ ン マー
モ セ ッ トの あ る程 度の デー
タ がWashing −
ton University ら の研 究 チー
ム に よ っ て WEB 公 開さ れてい る。 霊長 類に お け る遺伝 子と脳と行 動の研 究が ま さに可 能に なっ て きた。
コ モン マー
モ セ ッ トと は 霊 長 目は大き く,
原 猿 亜目 (一
言で表 現す る とサ ル と い うイ メー
ジ か ら遠い印 象を受 ける霊 長 類 )と真 猿 亜 目 に分類 さ れ る。
真 猿 亜目には,
オマ キ ザル ヒ科・
オナガ ザル ヒ科・
ヒ ト上 科がある。 こ こ で紹 介 するコ モ ンマー
モセ ッ ト(Callithrixj
’
acchus )は,
オ マ キ ザル 上 科の マー
モ セ ッ ト科に属 し,
キヌザ ル やポケ ッ トモ ンキー
と呼ばFigure
l.
A
common marmoset monkey 〔Cattithrixゴαcc 枷 s).
れ ること も ある. オマ キ ザル 上科に属するサ ル は,
すべ て南 米 大 陸の主に熱 帯 雨 林 地 帯に生 息 する。 そ の な かで コ モ ンマー
モ セ ッ ト はブラ ジル の 北 東 部に限 局 して 生 息 してい る。 大 陸 発 見の 歴史にな ぞ ら え,
南米 大 陸に生 息 するサ ル とい う意 味で,
新 世 界ザル とまと めて表 すこ と も あ る。
こ れに 対して,
ア ジァ・
ア ブ 1丿力等に 生 息す る サ ルを [凵世 界ザル と 表 す。 コ モ ン マー
モ セ ッ ト は成 体で も,
体 重が300 〜400g ,
体 長は20 〜25
cm 程度で あ り,
そ れ よ り も長い 30cm ほ どの尾を持っ て い る。
大 き さ はラ ッ ト を 想像 して いた だ け ば よい。
コ モ ンマー
モ セ ッ ト の特 徴は,
写 真にあるよ うに耳の 自い毛ぶ さで あ る (Figure
1
)。
体 重が ラッ トと変わ ら ない一
方で.
寿 命 は ラ ッ ト や マ ウ ス と比べ て は るかに長く,
10 年以上,
15 歳 くら い ま で生きる ことが知 ら れて い る。
野 生.
ドで の食 性に関 して は,
果 実や果 汁。
昆 虫や小 動 物・
花や樹 脂な ど を食 して い る。 飼 育 環 境 下で は,
室温を25〜
28℃に設 定 し,
湿 度は 40〜
70%と高めに保 ち,
熱 帯 雨 林に近い環境を与え る。 ま た,
専用の 固形 飼料を中心に,
補 食と して果 物・
野 菜・
ヨー
グル ト・
ミル ウ ォー
ム など を与え る。
コ モ ンマー
モ セッ トの利 点 第一
の利 点は 小型で あ る とい うことであ る。 実 は,
コ モ ンマー
モ セ ッ トの 実験 動 物と して の歴 史は 日本におい て もそれほど短 くない。
これ まで も,
多くの 企 業な どに おい て飼育さ れ実験に用い ら れて き た。 その 主な冖的は 安 全 性 試 験である。 新たに開 発 した薬 物の安 全 性 を,
サ ルを用い て確 認 すること は,
先に述べ た よ うにげっ 歯類 と ヒ ト と の差 異の大きさを考え れ ば非 常に重要である。 試 験の ときに, 当 然 体 重 当た り何 mg とい っ た ように薬 物を投与 する。
ニ ホ ンザルで あ れば成 体のオス は体重が10kg
程 度に も なる。
っ ま り,
コ モ ンマー
モ セ ッ ト の成 体の25〜30
倍に も な る。 同じ量の薬 物 を 合 成 した とし て も,
ニ ホ ン ザル な ら1頭に し かテ ス ト で き ない が,
コ モ ン マー
モ セ ッ トな ら25〜30
頭に テ ス トできる計 算に な る。
もち ろ ん,
ヒ ト。 ニ ホ ンザル・
コ モ ン マー
モ セ ッ ト で さ ま ざ ま な類 似 点や相 違 点が あ るの で, コ モ ン マー
モ セ ッ ト で の検 査 結 果 もヒ ト に外挿す る と きに は 注意が 必要である。
し か し,
何とい っ て もこ のニ ホ ンザル とコ モ ン マー
モ セ ッ トの差は大きい。
小 型で あ る こ と は,
飼 育ス ペー
ス が小さ くて済み,
与え るエ サ が少量で済む。
この点で 中 型・
大型の霊 長 類よ り も経 済 的で ある。 第二 の利 点は,
高い繁 殖 能 力である。 コ モ ン マー
モ セ ッ ト は,
2歳で性 成熟 を 迎 える。 妊 娠期 間は 5 ヵ月ほ どであ り,一
度に 2 子か3子 を 出 産す る。 1年に2
度 出 産 するので,
1
年に4〜5
頭 出 産 する計 算になる。
コ モ ン マー
モ セ ッ ト は 10年 近 く繁 殖が可能で あり,
1頭の メ スが生 涯に 40 頭 近 く も出 産 すること が可 能な とん で も ない霊 長 類であ る。
マ ウスやラ ッ トが これほ ど多くの研 究に用い ら れて きた大き な理 由の1
つ が繁 殖 能力で あ るこ と か ら も わか る よ うに,
繁 殖 能 力は実 験 動 物に と っ て非 常に重要な点で あ る。 こ の点を考え る と,
マ カ ク ザ ル より もコ モ ンマー
モ セ ッ トの ほ う が より遺 伝 子改変モ デ ル作 出に適 してい る。
現 在,
多 くの国の研 究 者が 日本 の トラン ス ジェ ニ ッ クマー
モ セ ッ ト作 出の報告に触 発さ れ,
コ モ ンマー
モ セ ッ トを用いた遺 伝 子 改 変モ デ ル作 出 の研 究 を行っ て い る。
ユ ニー
クな 社 会 行 動を示 すコ モ ンマー
モ セ ッ ト コモ ンマー
モ セ ッ トの生 態の もっ と もユ ニー
ク な特 徴 は,
霊長 類で も非 常に珍しく「家 族 」を単 位と して社 会を 構 成 して い る点である。
コ モ ン マー
モ セ ッ トは,
ヒ トと 同じ よ うに父親(繁殖オス)と母 親 (繁 殖メ ス)と その 子 ど もか ら なる集 団 を 単 位 と して社 会 を 構 成 してい る 〔Figure2
) 。 多少の例外は報 告さ れて い る が,
コ モ ンマー
モ セ ッ ト は一
夫一
婦 制で暮 ら して い るとい え る。
実は,
一
夫一
婦 制で暮ら してい る霊 長 類はあま りいない 。 ヒ ト を除け ば,一
夫一
婦 制とい える の は,
テ ナガ ザル とマー
モ セ ッ ト の仲 間な どに限ら れる。
野 生で は,
繁 殖オ ス 1 頭,
繁 殖メ ス1
頭 (あ るい は2
頭の こ と も あ る)と子ど もか ら なる 3〜
15頭の 集 団 (家 族 )が観 察されている。
集 団の個 体は血 縁 関 係にあることにな る(Figure
3}。82 基 礎 心 理 学 研 究 第
30
巻 第1
号Figure 2
.
A breeding pair with ababy.
Figure 4
.
Twin babies.
Figure 3
.
A family in a large cage.
コ モ ンマ
ー
モセ ッ トは年に2
回,1
回に2
頭 (3
頭の こ と も ある)出産 する と述べた が,
そ の新生児は親の 10 分の1
程度の体重 (30g
以L
) が あ り(Figure
4
), 育児 はか なりの重 労 働と なる。
ヒ ト にた と えるな ら,
50kg の 女性が 4.
5kg
の体重の赤ちゃん を 2人育て るよ う な 状 況で あ る。2
人を抱い て歩 くだ けで非 常に 大 変で あ る。 力の 弱い女性な ら合計 9kg 近 くに もな る赤ちゃんFigure 5
.
An elderbrother
carrying ababy .
を抱 くことすらで き ないだ ろ う。 こ の重労 働を克 服 する た め に
,
家 族 全 員で,
すな わち母 親だけ で は な く父 親や 兄姉個 体も育児 に参加する とい う育児の分担が進化。
発 達して きた と考え られる (Figure 5)。
コ モ ン マー
モセ ッ ト に は 「食 物 分 配 行 動」 といわ れ る行 動が あ る。
これ は,
食 物を他 個 体に分け与え る行動であ る。 こ こ では特に親 子 間で の食 物 分 配に話を限る。 も ちろ ん,
ツバ メ な どは 親が ひ な に一
所懸命にエ サを 運ん で与え る 。 し か し霊長 類で は,
あ ま り観 察さ れ ない 行 動で あ る。 霊長 類で親か ら子へ の食 物 分 配 行 動が頻 繁に観 察されるの は,
ヒ ト・
チ ンパ ン ジー
等の類 人 猿・
マー
モ セ ッ ト の仲 間だ といわ れて い る。 た だ し,
類人猿は幼い子が成体の 食物を取っ て い くの を許 容 する とい う消 極 的な 「分 配 」であり,
調 理 まで して積 極 的に 与え るヒ ト と は大き く異な る。 コ モ ンマー
モ セ ッ ト の食 物 分 配 も 多 くの場 合は類 人 猿と一
緒 で あるが, 野生で観察して い る研 究 者は,
季 節に よ りコFigure 6
,
Large“
familジ cages,
Figure 7,
An apparatus for evaluating cogni・
tive functions in common marmosets.
モ ンマ
ー
モ セ.
ン ト は親か ら子へ の積 極 的な食 物 分 配 行 動 を示す と報 告して い る。一
般 的に,
チ ンパ ン ジー
やニ ホ ンザル な ど は仲 間と一
定 距 離 を 保 ち,
付かず 離れずして い る こ と が多い。
いわ ゆ る群れで 生 活 し,
移動す る。 しか し.
コ モ ン マー
モ セ ッ ト は Figure 3 にあ る よ うに,
体が触れ合 うほど近 づい て一
緒に行 動 する こ と が多い。
ま た,
頻 繁に目を合 せ る (アイコ ン タ ク ト をとる) 点でも,
ヒ トと非常に似 て い て,
多くの霊 長 類とは異なっ て い る。 コ モ ン マー
モ セ ッ ト は,
ヒ ト に似た ユ ニー
クな社 会 行 動を示 す 種で あ ると言え る。 その ほかに もコ モ ン マー
モ セ ッ トは,
複 雑な行 動 レ パー
トリー
を有 してい る。
げっ
歯 類とは異な り,
コ モ ン マー
モ セ ッ トは昼 行 性であ り,
色 覚 を 含めた視 覚が発 達 して い る。 その ため,
動 作や表情といっ
た視 覚 情 報を用 いて コ ミュ = ケー
シ ョ ンを 頻 繁に と る。 また,
鳴 き交 わ し行動 も頻繁に観 察さ れ,
聴覚情報 を用い たコ ミュ
; ケー
シ ョ ンも行っ て い る。 こ の鳴き交わ し行 動は,
熱 帯 雨 林と い う視 界が 限 ら れた環境で,
子 育て の 分 担な どに 際して家 族の メ ンバー
と連絡を と る ため には必 須で あっ
た と考え ら れ る。
さ らに,
に おい を用い たや りと りも 行っ て い る。 家 族 形 態での飼 育・
繁 殖 そこで,
と に か く社会性に富んだ 環境で繁殖飼育し, 野生下で観察さ れて い るさ ま ざ ま な行 動を評価で きる よ うにす る こと が,
脳 研 究や疾 患 研 究に不 可 欠だ と判 断 し,
コロ ニー
作り を始め た 。 家 族 飼育用に特別に設 計 し た ケー
ジ (横 1,
000mm × 奥 行き 1,
000 mm × 高 さ1,
500
mm )に繁 殖ペ ァを飼 育し,1
っ の ケー
ジに10
頭 程 度の大 家 族で の飼 育 を 開 始 した(Figure6
)。 少 し余 談 に な る が,
是非 触れてお き たい こ と が あ る。
すで に報 告 さ れて い たこ とで あ る が大 変 興 味 深い こ と と して, ど う やら大 家 族で育っ た個 体は親と して 大 家 族を維 持す る能 力が高く,
そ の一
方で 早々 に親か ら離さ れて育っ た個 体 は十 分な親 行 動が と れ ず大 家 族を維 持 すること がで き な い傾 向が ある こと が わ か っ た。
子 育て に は経 験が重 要で あ るこ とを 示 してい る と考え ている。 と に か く,
現 在 私 の研究室の マー
モ セ ッ トコ ロ ニー
で は,
家 族の中で子ど も同 士が追いか けっ こを した り,
取っ 組み合っ た り して 遊ん でい る姿 を 頻 繁に見ることが でき,
お兄さんやお 姉 さ ん個体 が 赤 ちゃ ん を お んぶ し た り抱っ こ し た り して子 育てを 手 伝っ て い る。
こ う し た環 境で育っ た個 体の認 知 機 能や社 会 行 動 を 評 価 しな け れ ば な ら ない。 以下にこれ まで に試みて き たこ と をい くっ か紹 介 する。行
動 評価系
の確
立D
認 知 機 能の評 価 お そ ら く もっ と も多くの研 究 者 が 興 味 を持っ のが 認 知 機 能の評 価で あ ろ う。 私た ちは,
疾 患モ デ ル を対 象と し た研 究に は,
飼 育ケー
ジでそのま ま認 知 機 能 を評価 すること が重要で あ る と考え,
専 用の認知機 能 実 験 装 置を開 発し た (Figure 7>〔Takemoto et aL,
2011)。
こ の装 置は,
タッ チ センサー
付 きモニ タ を 有す る小型PC
を中心 と し た もの で,
簡 単に飼 育 ケー
ジ の扉に装 着で きる。
こ れまで に こ の装 置を 用 い て,
視 覚 刺 激一
報 酬 連合学 習課題,
その連合 関係を 逆 転さ せ新た な関 係を学 習 する逆 転 学 習 課 題,
マ カ ク ザル で広 く用い られ (臨床場面で も用い ら れ)て いる記憶を評価する遅 延 見本合せ課 題な どの訓 練を84
基 礎 心 理 学 研 究 第30 巻 第1
号 行い,
コ モ ン マー
モセ ッ トの認 知 機 能 を評 価して き た (未 発 表 )。
2
) 親 行 動の評 価 コ モ ン マー
モ セ ッ ト は家 族 全 員で 子 育て を 分 担 す る。
チ ン パ ン ジー
で もニ ホ ンザ ル で も 父親す ら わ か ら ない。 し た が っ て,
父 性 行 動 (paternal behavior ) も親 以 外の個 体の育 児 行 動 (alloparentalbehavior
) もコ モ ン マー
モ セ ッ トを用いるこ とに よっ て初め て ヒ ト以外の霊 長 類で研 究 対 象とすることがで きると いっ て も過 言で は ない。 これ ま でに, 父親の前 頭 前 野の錐 体 細 胞の樹 状突起 棘の密 度やバ ゾ プ レシ ン Vla 受 容 体を介 した伝 達 系に変 化が 現れ る とい う 報告が あ る 〔Kozorovitskiy
et al.
,
2006
)。 私た ち も 親 行 動の評 価を行っ た。
コ モ ン マー
モ セ ッ ト は離 乳 したばか りの子ど もに対して親が寛容で 自らの食物 を渡す分配行 動が見ら れ る。
あ る程度成 長 し た子ど もに は拒 絶 反 応を示 す 頻 度が増え,
子ど もの発 達 段 階で対 応 を柔 軟に変化さ せ ること が わ か っ た(Saito,
IzumL & Nakamura,
2008 )。
こ の行 動は父 親と母 親で差がなかっ た。
さ らに,
父 親 を対 象と して 調べ た ところ,
子ど もに対す る寛 容度は脳内のオ キシ ト シ ン濃 度に依 存 して い る こ と も わ かっ た(Saito &Nakamura ,2011
)。 3) 鳴き交わ し行 動の評 価 コ モ ンマー
モ セッ トは音 声レ パー
トリー
も豊 富で,
例え ば他 個 体と出会っ た と きに観 察さ れる Trillと 呼 ばれ る鳴 き声や,
仲間と離れた と きに観 察 さ れ る Phee と呼ば れる鳴き 声 が ある。 こう し た鳴き声を 実 験 室の環 境で 再 現 する こ とが可 能で あ り(Yama−
guchi
,
Izumi,
&Nakamura ,2009
),
実 験操作によ っ て コ モ ンマ
ー
モセ ッ ト が鳴き方を変 化さ せ て い る こ と もわか っ て きた (Yamaguchi
, Izumi, & Nakamura,
2010 )。 音声コ ミュ
ニ ケー
シ ョ ンを研 究 対 象 とし やすい点 もマ カ ク ザル よ り優れ た点で あ る。 4) そ の他の評 価 例えば,
精 神 疾 患に特 徴 的 なこと として,
活 動 量の 低 ドや 睡 眠の異 常 な ど が 挙 げ ら れ る。
こ れ まで に 加 速 度 計 を用いた活 動 量の計 測や脳 波の 長 時 間 連 続 記 録 等を試み,
こう し た指標にっ い て もデー
タを得て 評 価で き る よ う に と準 備 して き た。
また,
運 動 機 能 の評 価と して,
前 肢の リー
チ ン グ 運動 等の評 価 も 行っ て い る。 認 知 機 能の評 価,
コ ミニ ニ ケー
シ ョ ン・
子育て行動な ど の社会行動の評 価,
生理指 標の デー
タを合わ せて コ モ ン マー
モ セ ッ トの行動を総合 的に評 価 する方 法を確 立 する こと が,
コ モ ンマー
モセ ッ トを 用い研究の発 展に不 可欠 である。 お わ りに こ うした研 究環境の充 実は,
これ か らの マー
モ セ ッ ト 研究の 大き な 発 展 を予 感さ せ る もので ある。 本 稿で は,
今 後の 発 展 性とい う観 点で考え るとコ モ ンマー
モ セ ッ ト に い くつ もの利 点が あるこ と を 紹 介し た。 コ モ ン マー
モ セ ッ トの社 会 性を上 手 く評 価 すれ ば,
社 会 行 動の脳 基 盤 の研 究だけではな く,
現 在 さ ま ざ’
ま な問 題 となっ て いる うっ 病な ど感 情 障 害,
自 閉性障 害,
愛 着 障 害 ・ 幼 児虐 待・
無 視,
さ らに そ の他の精 神 疾 患 も研 究 対 象とで きる 可能 性があ る。一
方で,
正しい種 特異的な 鳴 き方も 子育 て の技術も家 族 形 態で適 切な社 会 交 渉を持ち な が ら育っ とい う経 験 を通 して学 習さ れ る こと が示 唆 されて い る。
コ モ ン マー
モ セ ッ トを用いた研 究の成 否の カギ は,
種の 行動 特性を しっ
かりと 理解して, 適し た飼 育 環境で育て る ことである ともい え る。
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