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教育講演Ⅱ日本呼吸ケア リハビリテーション学会誌 2015 年第 25 巻第 2 号 酸素療法と非侵襲的換気 京都大学大学院医学研究科呼吸管理睡眠制御学 陳 和夫 要旨酸素は生体の生命維持に不可欠の分子であり, 組織の低酸素症の改善のため吸入気の酸素濃度を高めて酸素投与する治療法が酸

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酸素療法と非侵襲的換気

京都大学大学院医学研究科呼吸管理睡眠制御学

陳  和夫

要 旨 酸素は生体の生命維持に不可欠の分子であり,組織の低酸素症の改善のため吸入気の酸素濃度を高めて酸素投与す る治療法が酸素療法である.組織の適切な酸素化の維持には,酸素療法のみならずヘモグロビン,心拍出量などの組織へ の酸素運搬に関係する因子も重要である.酸素療法には吸入気酸素濃度が患者の換気に依存する低流量法と依存しない高 流量法がある.従来の高流量法は吸入気酸素濃度の上限が50%程度であったが,最近は高流量法に high flow 法が出現 し,さらに高濃度まで投与可能になった.酸素投与が必要な呼吸不全患者の一部は,経過中にコントロール困難な低換気 を伴う患者が出現し,換気補助が可能な NPPV が必要となる.一般的に酸素投与が必要な呼吸不全患者は,運動中また は睡眠中にさらなる血液ガスの悪化を招くことが多く対応が必要である.呼吸不全患者の睡眠呼吸障害の対応には,睡眠 時無呼吸とレム(REM)睡眠期に特に重篤となる睡眠関連低換気に関する認識が必要となる.

Key words:酸素療法,呼吸不全,II 型呼吸不全,非侵襲的換気,COPD

第₂₄回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌 2015年 第25巻 第 2 号 168- 173

教育講演

酸素療法の基礎  酸素は生体の生命維持に不可欠の分子であり,組織の 低酸素症の改善のため吸入気の酸素濃度を高めて酸素投 与する治療法が酸素療法である.組織の適切な酸素化の 維持には,酸素療法のみならずヘモグロビン,心拍出量 などの組織への酸素運搬に関係する因子も重要である. 1 .酸素飽和度  ヘモグロビンの何%が酸素に結合しているかを示すの

が酸素飽和度(O₂ saturation: SO₂)であり,SO₂=₁₀₀×

(HbO₂)/(Hb+HbO₂)(%)となる.動脈血酸素飽和度を

arterial O₂ saturation: SaO₂と表す.通常 SaO₂を経皮的に

percutaneous O₂ saturation(SpO₂)としてパルスオキシ

メーターにて測定する.PaO₂ と SpO₂ の関係は S 字状曲

線となっており,ヘモグロビン酸素解離曲線と呼ぶ(図

₁ )₁).酸素解離曲線状,本邦の呼吸不全の定義値である

PaO₂ ₆₀ mmHg は SaO₂ ₉₀%となる.PaCO₂ 値の増加,pH

の低下,₂,₃-DPG(diphosphoglycerate)の増加により曲 線は右方に移動し(図 ₁ ),組織での酸素供給を増加する 方向に働く. 2 .肺胞式  肺胞内の酸素分圧(PAO₂)は  PAO₂=(PB-₄₇)×FIO₂-(PACO₂)/R×[₁-FIO₂×(₁- R)]となる.この式を肺胞気式あるいは肺胞式:Alveolar air equationと呼ぶ.  PBは大気圧,PACO₂ は肺胞内の二酸化炭素分圧,FIO₂ は吸入気酸素濃度,R は呼吸商で R=二酸化炭素産生量 (V・CO₂)/酸素摂取量(V ・ O₂)であり,およそ₀.₈~₀.₈₅の 範囲内にある.室内気では FIO₂×(₁-R)はおよそ ₀ な ので,臨床的には次の簡易式が成り立つ.   PAO₂=(PB-₄₇)×FIO₂-(PACO₂)/R 臨床的には PACO₂=PaCO₂ が成り立つ,R はおよそ₀.₈か ら₀.₈₅なので,₀.₈とすれば   PAO₂=(PB-₄₇)×FIO₂-(PACO₂)/R     =(₇₆₀-₄₇)×₀.₂₁-PaCO₂/₀.₈     =₁₅₀-PaCO₂/₀.₈……PBは ₁ 気圧では₇₆₀ mmHg PaCO₂ の正常値は₄₀ mmHg なので,室内空気呼吸中の 図 1  ヘモグロビン酸素解離曲線上の記憶すると有用なポイント 曲線は,温度の上昇,二酸化炭素分圧,₂,₃-ジホスホグリセ ン酸(DPG)の増加および pH の低下で右下へ移動(シフ ト)する. (日本呼吸器学会肺生理専門委員会,日本呼吸管理学会酸素 療法ガイドライン作成委員会編.酸素療法ガイドライン. ₂₀₀₆.文献 ₁ より引用)

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PO₂: AaDO₂)=PAO₂–PaO₂≧ ₀ が成り立つ.AaDO₂ の正 常値は ₀~₂₀ mmHg である. 3 .肺胞換気式  PaCO₂ と肺胞換気量の間には肺胞換気式と呼ばれる関 係が成り立つ.   PaCO₂≒ PACO₂=₀.₈₆₃×(二酸化炭素産生量(mL/ 分):V・CO₂)/(肺胞換気量:V ・ A),  肺胞低換気になると AaDO₂の低下が無くても低酸素血 症になる.PaCO₂ 値の正常値は ₄₀±₅ mmHg なので, PaCO₂ 値 ₄₅ mmHg 以上は肺胞低換気と呼ぶ.低酸素血 症の原因には,肺胞低換気以外に AaDO₂ が開大する換気 血流不均等,シャント,拡散障害などがある.また,肺 胞式 PAO₂ より明らかのように低圧下(例えば高山,飛行 中の航空機内など)では PAO₂ は低下するので,結果とし て PaO₂ も低下する.PAO₂,PaCO₂,肺胞換気量などは (図 ₂ )の関係になる₂) 4 .酸素含量  ヘモグロビン₁ g が結合可能な酸素は₁.₃₄ mL である. 血漿に溶け込む酸素量は酸素分圧に比例し,₃₇℃の血液 ₁₀₀ mL には酸素分圧 ₁ mmHg あたり ₀.₀₀₃ mL の酸素 が 溶 解 す る.従 っ て,例 え ば 健 康 成 人 の PaO₂ が ₉₇ mmHgで SaO₂ が₉₈%でヘモグロビン(Hb)量が ₁₅.₀ g/dLであれば, ア)ヘモグロビン結合酸素は   =₁.₃₄ (mL/g)×₁₅.₀ (g/dL)×₉₈/₁₀₀   =₁₉.₇ (mL/dL)=₁₉.₇ vol%   =₀.₀₀₃×₉₇≒₀.₃ mL/dL=₀.₃ vol% となり,ヘモグロビンに結合した酸素量の方が圧倒的に 多い.また,この酸素は血流に乗って組織に運ばれてい くので,心拍出量の確保も重要な要素である.このよう に組織の適正な酸素化を維持するためには PaO₂ (SaO₂) 値,Hb 量,心拍出量が重要な ₃ 要素である. 酸素療法の適応1)  酸素療法の目的は,組織の低酸素症を解除して,低酸 素血症による自覚症状および他覚症状の治療あるいは予 防である.さらに,酸素療法の目的は,生命を脅かす低 酸素症を是正し,組織の酸素化を維持することである. 1 .適 応  一般的に室内気にて PaO₂ が ₆₀ mmHg 未満あるいは SaO₂ ₉₀%未満の急性呼吸不全が酸素投与の適応となる. ただし,Ⅱ型呼吸不全で,慢性呼吸不全の急性増悪の場 合は,PaO₂ ₅₅ mmHg 以下あるいは,SaO₂ ₈₈%未満を酸 素投与の適応としても良い.  また,低酸素血症が疑われる場合(判断力の低下,混 迷,意識消失,不整脈,頻脈あるいは徐脈,血管拡張, 血圧低下,中心性チアノーゼなど)や低酸素血症へ進行 する危険性が高い場合は,低酸素血症の確認が出来なく ても酸素投与を開始すべきである.ただし,病態を評価 し酸素投与が必要ないと判断されれば中止する.また, 重度の外傷,急性心筋梗塞,短期的治療あるいは外科的 処置(例:麻酔後回復期,骨盤手術)なども酸素投与の 適応となる(表 ₁ ).酸素療法は,これらの条件を満たす 場合には特に禁忌はない₁,₃) 2 .目 標  一般的な目標は,PaO₂₆₀ mmHg 以上あるいは SpO₂ ₉₀%以上,pH ₇.₃₅以上である.導入時の酸素流量は, パルスオキシメーターがあれば,SpO₂ が₉₀%以上,パル スオキシメーターがない場合は PaO₂ が ₆₀ mmHg を超え るぐらいに設定する.心不全患者,小児や妊婦,病状が 不安定な場合は,安全域を考え PaO₂ ₈₀ mmHg 以上ある いは SaO₂ ₉₅%以上を目標としても良い.II 型呼吸不全の 急性増悪の場合,酸素投与の適応を PaO₂ ₅₅ mmHg 以下, SpO₂ ₈₈%未満としてよく,また,投与目標は PaO₂ ₅₅ mmHg以上,SpO₂ ₈₈%以上である.  Ⅱ型呼吸不全で慢性呼吸不全の急性増悪である場合は 酸素化とともに換気状態に留意する必要がある. ₁ ) 図 2  肺胞低換気時のガス交換 おおよその数値を示している. (West JB.ウエスト呼吸生理入門疾患肺編.Pulmonary pathophysiology. The essentials. ₇th ed. 堀江孝至訳.₂₀₀₉, 文献 ₂ より引用)

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酸素療法と非侵襲的換気 HCO₃-が増加(₂₈ mM/L 以上)している場合, ₂ )高 二酸化炭素血症の症状や身体所見(傾眠傾向,縮瞳,乳 頭浮腫,頭痛,はばたき振戦,発汗,高血圧)を認める 場合などがある.著明な低酸素血症を認めるにも関わら ず PaCO₂ が正常の場合も慢性呼吸不全の急性増悪の可能 性を考慮する.また,PaCO₂ の安定値からの変化,及び pHがより重要である.pH>₇.₃₅であれば PaCO₂ が高値 でも代謝性に代償された状態,すなわち慢性の比較的安 定した状態と判断される.pH<₇.₂₅は急速な悪化を示し ており早急な対応が必要である₁)  また,II 型呼吸不全患者では PaO₂ が高すぎると CO₂ ナルコーシスのリスクが高まるので,過量の酸素投与に 注意する.COPD の増悪において救急病院来院前に SpO₂ ₈₈-₉₂%にコントロールされた群が ₈-₁₀ L/min 酸素投与 された群よりも呼吸性アシドーシスが少なく,予後もよ かったことが報告されている₄).SpO ₂ ただし,酸素療法 で CO₂ ナルコーシスが誘発されるのではないかというお それから患者を深刻な低酸素状態に長時間放置するよう なことがあってはならないので,低酸素血症が深刻な場 合はすみやかな低酸素血症の是正を優先させるべきであ る.  Ⅰ型,Ⅱ型呼吸不全のいずれにおいても,酸素化のみ でなく,自覚症状,呼吸パターン,意識状態,循環動態 等を総合的に判断して管理する必要がある. 酸素療法の実際  酸素投与器具には低流量システムと高流量システムが ある(表 ₂ )₅).この低流量,高流量は酸素流量の大小を 意味していない.患者が必要としている ₁ 回換気量を超 える酸素と空気の混合ガスを供給するか(高流量),しな いか(低流量)を意味している.すなわち,結果として 低流量法では患者の吸入気酸素濃度は患者の ₁ 回換気量 や,換気パターンによって変化し,高流量法では患者の 呼吸パターンや換気量の影響を受けずに一定濃度の吸入 気酸素濃度を維持しようとする酸素投与法である.  低流量法において,酸素投与量と吸入気酸素濃度につ いて表 ₃ のように示されることが多いが₆),患者の換気 量によって吸入気酸素濃度は変化するとの認識が重要で あくまでおよその目安である.また,一般的に高二酸化 炭素血症患者においては高濃度の酸素が吸入される可能 性が高いことを認識した方がよい.また,リザーバー バック式酸素吸入法において,リザーバーとマスク間の 弁の動きが悪く,リザーバーになっていないこともあり, 注意すべきである. 表 1  酸素療法の開始基準 ₁ .室内にて Pao₂<₆₀ mmHg あるいは Sao₂<₉₀% ₂ .低酸素症が疑われる状態(治療開始後に確認が必要) ₃ .重症外傷 ₄ .急性心筋梗塞 ₅ .短期的な治療あるいは外科的処置(例:麻酔後回復期,骨盤 手術) (日本呼吸器学会肺生理専門委員会,日本呼吸管理学会酸素療法 ガイドライン作成委員会編.酸素療法ガイドライン.東京:メ デイカルレビュ一社:₂₀₀₆. ₁₂.より引用) 表 2  酸素投与方法 1 .低流量システム   ₁ )鼻カニューレ   ₂ )簡易酸素マスク   ₃ )オキシアーム   ₄ )経皮気管内カテーテル   ₅ )リザーバー付きマスク   ₆ )リザーバー付き鼻カニューレ    ペンダント型リザーバー付き鼻カニューレ 2 .高流量システム   ₁ )ベンチュリーマスク   ₂ )ネブライザー付き酸素吸入装置   3 )ハイフロー法 (日本呼吸器学会肺生理専門委員会,日本呼吸管理学会 酸素療法ガイドライン作成委員会編.酸素療法ガイドラ イン.₂₀₀₆.文献 ₁ より引用改変) 表 3  低流量系での O2 流量と吸入酸素濃度(FIo2) 100% O2 流量(L) FIo2 鼻カニューレ,鼻腔カテーテル ₁ ₀.₂₄ ₂ ₀.₂₈ ₃ ₀.₃₂ ₄ ₀.₃₆ ₅ ₀.₄₀ ₆ ₀.₄₄ 酸素マスク ₅ ~ ₆ ₀.₄₀ ₆ ~ ₇ ₀.₅₀ ₇ ~ ₈ ₀.₆₀ リザーバーバッグ ₆ ₀.₆₀ ₇ ₀.₇₀ ₈ ₀.₈₀ ₉ ₀.₈₀+α ₁₀ ₀.₈₀+α (日本呼吸器学会肺生理専門委員会,日本呼吸管理学会酸素療法 ガイドライン作成委員会編.酸素療法ガイドライン.₂₀₀₆.文 献 ₁ より引用)

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が ₃₀ L/分以上になるように酸素流量を決める.ここで ₃₀ L/分とは健常成人の平均吸気流速である. ₁ 回換気量 ₅₀₀ mL,平均吸気時間 ₁ 秒の時の平均吸気速度に相当す る.([₅₀₀ ml/秒]×₆₀=₃₀ L/分).患者の吸気流速はし ばしば健常人よりも高いので,吸入気濃度₄-₅₀%以上の 安定した一定の酸素濃度作り難い.最近使用される頻度 が多くなった high flow (HF)酸素投与法は高流量法の ₁ 種類で特殊な加湿器を使用して ₆₀ L/min 位まで酸素流 量が可能であり,理論上₁₀₀%近くまでの一定濃度の酸素 が投与可能である. 1 .在宅酸素療法1,7)

 在宅酸素療法(home oxygen therapy: HOT)は基本的 には長期的な酸素投与であり,長期酸素投与療法(long term oxygen therapy: LTOT)が中心となる.対象疾患は 慢性呼吸不全が多いが,一部,慢性呼吸不全以外でも本 邦では,健康保険適応が認められている(表 ₄ ).  慢性呼吸不全に対する酸素療法の目的は,症状(呼吸 困難感)の軽減,QOL の向上,生命予後の改善に集約さ れる.生理学的な酸素投与の目的は低酸素血症および組 織低酸素の改善,肺循環における低酸素性血管攣縮を防 止して肺高血圧症を予防することにある.表 ₄ に対象疾 患を示す.混合静脈血酸素分圧(Pv—O ₂)が ₃₅ mmHg 未 mmHgを超えていることが多いが,肺高血圧患者ではし ばしば ₃₅ mmHg 未満で組織低酸素を示していることが あり,肺高血圧であれば,PaO₂ 値関係なく HOT の適用 になっている. ₁ )COPD 患者に対する HOT ⅰ)意義

 COPD は HOT の基礎疾患として最も多く,HOT が生 命予後を改善することが証明されている.英国の資料か ら,平均 PaO₂ が ₅₀ mmHg 前後の COPD 患者において, ₁ 日₁₅時間以上の酸素療法は生命予後を改善することが 示された.予後の改善は主に肺高血圧の軽減によると考 えられているが,LTOT の肺高血圧に与える影響は軽微 であり,LTOT の予後延長の原因は明らかでない点も多 い.本邦でも厚生省呼吸不全調査研究班により,在宅酸 素実施症例の予後が非実施症例に比して生命予後が改善 されることが示されている.ただし,英米国の試験とも ₇₀歳以降の高齢者は除外されているが,本邦の HOT の 頻度が最も高いのは₇₀歳台である.すなわち,₇₀歳以上 の高齢者における HOT の生命予後に関する効果はまだ 確立されていないという点は注意すべきである.  一方,HOT による QOL の改善効果については一定の 見解は得られていない.HOT による QOL の向上も期待 されるが,HOT のみでの QOL の改善が乏しい場合,包 括的な呼吸リハビリテーションの一つとして HOT を実 施することも必要である. ⅱ)導入の実際  適応は,基本的には「社会保険による在宅酸素療法の 適応基準」に準ずる(表 ₄ ).適応基準にあるように,導 入に際しては睡眠時または運動時の PaO₂ も測定する必 要がある.現在は SpO₂ 測定器による酸素飽和度から求 めた PaO₂ を判定に用いることが認められ,さらにパル スオキシメーターの普及により動脈血ガス分析を行う機 会が減少している.しかし,HOT の導入時には,必ず動 脈血ガス分析を行い,PaCO₂,pH を測定しなければなら ない.これは,PaCO₂ の測定が必要であるという点のみ ではなく,SpO₂ の測定値は多くの因子に影響され,とく に末梢循環不全の時にはその値の信頼性は低いからであ る.なお英国の報告では基準となる血液ガスの測定は, 十分な内科的な治療を受けている COPD 患者において, 少なくとも ₃ 週間以上期間をおいて ₂ 回測定すべきとさ れている₈).酸素投与による目標 PaO ₂ は ₆₀ mmHg 以上 表 4  在宅酸素の社会保険の適用基準 対象疾患 ₁ )高度慢性呼吸不全例 ₂ )肺高血圧症 ₃ )慢性心不全 ₄ )チアノーゼ型先天性心疾患 高度慢性呼吸不全例の対象患者  動脈血酸素分圧(Pao₂)₅₅ mmHg 以下の者,および Pao₂₆₀ mmHg以下で睡眠時または運動負荷時に著しい低酸素血症をきた す者であって,医師が在宅酸素療法を必要であると認めた者.適 応患者の判定に,パルスオキシメーターによる酸素飽和度から推 測し Pao₂を用いることは差し支えない 慢性心不全の対象患者  医師の診断により,NYHA Ⅲ度以上であると認められ,睡眠時 のチェーンストークス呼吸がみられ,無呼吸低呼吸指数( ₁ 時間 当たりの無呼吸数および低呼吸数をいう)が₂₀以上であることが 睡眠ポリグラフィー上で確認されている症例 チアノーゼ型先天性心疾患について チアノーゼ型先天性心疾患に対する在宅酸素療法とは,ファロー 四徴症,大血管転位症,三尖弁閉鎖症,総動脈幹症,単心室症な どのチアノーゼ型先天性心疾患患者のうち,発作的に低酸素また は無酸素状態になる患者について,発作時に在宅で行われる救命 的な酸素吸入療法をいう

(5)

酸素療法と非侵襲的換気 である.  覚醒かつ安静時の酸素流量については,上記の目標値 を決めるのは比較的容易であるが(II 型呼吸不全は後 述),運動時,睡眠時の低酸素血症への対応が必要であ る.運動中の酸素投与は運動中の低酸素血症の改善と予 防,呼吸困難の軽減,運動耐容能の改善が期待できる. 運動中の酸素投与によって予後の改善などのアウトカム が得られるか否かは明らかでないが,米国では酸素吸入 が推奨されている.一般的には,運動時に SpO₂ が₉₀% 以上を保つための酸素投与量を導入時に決定する.パル スオキシメータの普及により運動しながらの低酸素状態 をリアルタイムで測定できるようになったため,医師ま たは看護師が付き添って SpO₂ を監視しながら ₆ 分間歩 行などを行って決めることが多い.  COPD 患者の中には睡眠中,特に REM 睡眠中に低換 気により低酸素血症になる患者が多くみられ,このこと が夜間に COPD 患者に酸素投与する大きな要因になって いる.睡眠中の低酸素血症については,導入時には睡眠 中にパルスオキシメーターを用いた測定を行い,夜間の 適切な酸素投与量を決定することが多い. ⅲ)II 型呼吸不全患者に対する対応  高二酸化炭素血症の存在が酸素療法の禁忌にはならな いが,CO₂ ナルコーシスの危険性を十分患者に説明した 上で,きめの細かい対応が必要となる.高二酸化炭素血 症の患者の酸素投与はベンチュリー法などの一定濃度の 酸素投与が行える高流量法が望ましいが,HOT では通常 鼻カニューレ法が使用されるので,少量の酸素投与から 開始し,高二酸化炭素血症の増悪に注意しながら少量ず つ(₀.₂₅ L/min ~₀.₅ L/min)酸素を増量する.PaO₂ の 目標値は個々の例により異なるが,₅₅ mmHg(SpO₂ ₈₈%)以上で過度の高二酸化炭素血症を来たさない酸素 流量を投与することが理想である.  高二酸化炭素血症の程度によっては非侵襲的陽圧換気 療法(noninvasive positive pressure ventilation: NPPV) の併用を考慮する.安定期 COPD 患者への NPPV の使用 は主に呼吸筋疲労および夜間の睡眠呼吸異常(REM 睡眠 期を中心とした低換気及び睡眠時無呼吸)を改善し,そ の結果,睡眠時間の延長と質の改善を期し,夜間,日中 の血液ガス値の改善,患者の QOL を改善し,患者の予 後の改善と入院回数の減少を目指すことにある.本邦, 諸外国おいても,強いエビデンスに基づくものではない が,安定期の重症 COPD 患者に対する NPPV 使用に関す る一応の一致点は公表されている.現状の見解としては, 徐々に悪化する日中の高 PaCO₂ 血症とそれに加わる夜間 睡眠中の低換気が,重症安定期の COPD 患者における NPPV適用患者群と考えられる.一般的に COPD 患者は 胸郭変形や拡張制限による拘束性換気障害患者や神経筋 疾患患者に比し NPPV のアドヒランスが悪い傾向にある. 従って,安定期 COPD における NPPV については,導入 ₃ ~ ₄ ヶ月後に継続の必要性を評価したほうがよい₉) ⅳ)副作用,問題点  HOT 導入時には,患者のみならず家族に対する教育を 行うことが必要である.特に禁煙はきわめて重要で,喫 煙による危険性について十分説明する.導入後慣れてく ると患者自身の判断で酸素流量や時間を不必要に増やし たり,逆に減らしたりすることがしばしば認められる. 導入後も定期的に再検査,再教育することが望ましい.  しばしば問題になるのが,境界域低酸素血症に対する 適応である.PaO₂ ₅₅ mmHg 以上群の生命予後について の有効性は,安静時,運動時,睡眠時使用に関しても明 らかではなく,少なくとも安静時₆₀ mmHg 以上の COPD に関しての LTOT の使用を支持する報告はみられない. 医療資源の面からも,境界域低酸素血症に対する在宅酸 素療法の適応については慎重になるべきである. 非侵襲的換気(noninvasive ventilation)9)  非侵襲的換気には continuous positive airway pressure (CPAP),noninvasive positive pressure ventilation (NPPV),negative pressure ventilation(NPV)がある.

CPAPは気道開存の役目を果たすが,換気補助が出来ず,

NPVでは換気補助は可能だが,気道開存(気道確保)は

出来ず,睡眠中に気道閉塞を起こすことがある.NPPV は Expiratory positive airway pressure(EPAP)で気道確 保(気道開存)を行いinspiratory positive airway pressure:

IPAP-EPAPの圧差で pressure support を行うことになる

(表 ₅ ).既述したが,COPD 患者の睡眠呼吸障害には主 には REM 睡眠期を中心とした低換気と睡眠時無呼吸が ある.低換気は II 型呼吸不全を呈している例で問題にな ることが多く,一定の基準を満たせば NPPV の適応とな 表 5  各種モードの上気道開存性,換気補助の有無 上気道開存性 換気補助 CPAP + - NPPV + + NPV - +

CPAP: continuous positive airway pressure, NPPV: noninvasive positive pressure ventilation, NPV: negative pressure ventilation

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overlap症候群と呼ばれることがある.Overlap 症候群患 者は増悪が有意に多く予後は悪いが,CPAP 治療にて改 善することが報告されている₁₀)  COPD の急性増悪時の II 型呼吸不全に対して NPPV の 有効性は確立していたが₉),慢性期 II 型呼吸不全に対す る有効性は前述のように乏しかった.しかし最近の報告 では,高二酸化炭素血症を積極的に改善させることに よって予後に有意差がみられている₁₁).増悪後に高二酸 化炭素血症が残存した COPD 患者に対して,NPPV の有 り無しでは予後に有意差がみられなかった報告もあり₁₂) 高二酸化炭素血症を伴った慢性期 COPD に対する NPPV の有用性にはさらなる検討が必要である. 著者の COI(conflicts of interest)開示:陳 和夫;講演料(帝 人在宅医療),寄付講座(フィリップスレスピロニクス,帝人 ファーマ,フクダ電子,フクダライフテック京滋).

Oxygen Therapy and Noninvasive ventilation Kazuo Chin

Department of Respiratory Care and Sleep Control Medicine, Graduate School of Medicine, Kyoto University

文   献

₁) 日本呼吸器学会肺生理専門委員会,日本呼吸管理学会酸素 療法ガイドライン作成委員会編:酸素療法ガイドライン, メディカルレビュー社,東京,₂₀₀₆.

₂) West, J.B.: ウエスト呼吸生理入門疾患肺編.Pulmonary Pathophysiology. THE ESSENTIALS. ₇th Ed. 堀江孝至訳. メディカル・サイエンス・インターナショナル,東京, ₂₀₀₉.

₃) Kallstrom, T.J.: American Association for Respiratory Care (AARC). AARC Clinical Practice Guideline: oxygen therapy

₄) Austin, M.A., Wills, K.E., Blizzard, L., et al: Effects of high flow oxygen on mortality in chronic obstructive pulmonary disease patients in prehospital setting: randomized controlled trial. BMJ, ₃₄₁: c₅₄₆₂, ₂₀₁₀. ₅) 長尾光修:酸素療法,酸素療法の実際. ₃ 学会合同呼吸療 法認定士認定委員会編,呼吸療法テキスト,改訂第 ₂ 版, 克誠堂出版,東京,₂₀₀₅,₁₂₅-₁₃₀. ₆) 相馬一亥:酸素療法.第₁₅回 ₃ 学会合同呼吸療法認定士, 認定講習会テキスト, ₃ 学会合同呼吸療法認定士認定委員 会,東京,₂₀₁₀,₂₃₇-₂₄₆. ₇) 日本呼吸器学会肺生理専門委員会編:在宅呼吸ケア白書 ₂₀₁₀,メディカルレビュー社,東京,₂₀₁₀.

₈) Managing stable COPD: Chronic obstructive pulmonary disease. National clinical guideline on management of chronic obstructive pulmonary disease in adults in primary and second care. The national collaborating centre for chronic conditions. Thorax, ₅₉: ₃₉-₁₃₀, ₂₀₀₄.

₉) 日本呼吸器学会 NPPV ガイドライン作成委員会編:NPPV (非侵襲的陽圧換気療法)ガイドライン改訂第 ₂ 版,南江

堂,東京,₂₀₁₅.

₁₀) Marin, J.M., Soriano, J.B., Carrizo, S.J., et al: Outcomes in patients with chronic obstructive pulmonary disease and obstructive sleep apnea: the overlap syndrome. Am J Respir Crit Care Med, ₁₈₂: ₃₂₅-₃₁, ₂₀₁₀.

₁₁) Köhnlein, T., Windisch, W., Köhler, D., et al: Non-invasive positive pressure ventilation for the treatment of severe sta-ble chronic obstructive pulmonary disease: a prospective, multicentre, randomised, controlled clinical trial. Lancet Respir Med, ₂: ₆₉₈-₇₀₅, ₂₀₁₄.

₁₂) Struik, F.M., Sprooten, R.T., Kerstjens, H.A., et al: Nocturnal non-invasive ventilation in COPD patients with prolonged hypercapnia after ventilatory support for acute respiratory failure: a randomised, controlled, parallel-group study. Tho-rax, ₆₉: ₈₂₆-₃₄, ₂₀₁₄.

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