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平成 28 年度内外一体の経済成長戦略構築に係る国際経済調査事業 (ISDS( 投資家と国との間の紛争解決 ) に係る新レジーム調査 ) 調査報告書 平成 29 年 2 月 長島 大野 常松法律事務所

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平成 28 年度内外一体の経済成長戦略構築に係る国際経済調査事業

(ISDS(投資家と国との間の紛争解決)に係る新レジーム調査)

調査報告書

平成 29 年 2 月

(2)

目次

第1章 ... 1 調査概要 ... 1 第1 調査の目的 ... 1 1. ISDS を巡る新たな動き ... 1 2. CETA 第 8 章に定める常設投資裁判所制度 ... 2 3. CFIA に基づく国家間仲裁手続 ... 3 第2 調査対象 ... 4 1. CETA 常設投資裁判所の判断の性質と執行力 ... 4 2. CETA 常設投資裁判所制度と EU 法 ... 5 第3 調査方法 ... 6 第2章 調査結果 ... 6 第1 要旨 ... 6

第2 ICSID 2004 Discussion Paper ... 7

1. ICSID 仲裁規則 ... 7 2. 上訴制度の当否 ... 7 3. 上訴制度の導入方法 ... 8 4. 上訴手続 ... 8 第3 August Reinisch 教授の見解 ... 9 1. ICSID 条約に基づく執行の可否 ... 9 2. NY 条約に基づく執行の可否 ... 14 3. EU 法との整合性 ... 15 第4 濱本正太郎教授の見解 ... 18 1. ICSID 条約に基づく執行の可否 ... 18 2. NY 条約に基づく執行の可否 ... 20 3. EU 法との整合性 ... 20 第5 結論 ... 22

作成者: 小原淳見, 青木大, 杉本花織, 津久井康太朗, 戸田祥太

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凡例

用語 正式名称 意義

CETA EU-Canada Comprehensive

Economic and Trade Agreement

EU・カナダ包括的経済貿易連 携協定

CFIA Cooperation and Facilitation Investment Agreements

CJEU Court of Justice of the European Union

欧州司法裁判所

ECHR European Convention on

Human Rights

欧州人権条約

ECtHR European Court of Human Rights

欧州人権裁判所

ICSID Convention Convention on the settlement of investment disputes between stats and nationals of other stats

国家と他の国家の国民との間 の投資紛争の解決に関する条 約(ICSID 条約)

ISDS Investor-State Dispute

Settlement

投資家対国家の紛争解決

NY Convention The Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards

外国仲裁判断の承認及び執 行に関する条約(ニューヨーク 条約/NY 条約)

TFEU Treaty on the Functioning of the European Union

欧州連合の運営に関する条約

TEU Treaty on European Union 欧州連合条約 UNCITRAL United Nations Commission on

International Trade Law

国際連合国際商取引法委員 会

Vienna Convention Vienna Convention on the Law of Treaties

条約法に関するウィーン条約 (ウィーン条約法条約)

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第1章 調査概要

第1 調査の目的 1. ISDS を巡る新たな動き (1) ISDS の目的 外国からの投資の促進を目的とする投資協定では、締約国に相手国の投資家による締約国へ の投資の保護を義務づけるとともに、相手国が投資家の保護義務に違反した場合、投資家が直接 相手国に対し国際仲裁を申し立てて救済を求めることができる紛争解決条項(いわゆる ISDS)が 規定されていることが多い。投資受入国の法制度、とりわけ司法制度が必ずしも整備されていない 場合、ISDS は、投資受入国の司法制度から独立した紛争解決手段を提供し、投資協定上の投資 家保護の規定の実効性を担保することで、投資リスクを軽減して外国投資を促進させ、投資受入 国及び投資家の母国双方にメリットをもたらしてきた。 (2) 従来型の ISDS への批判 当初 ISDS は先進国の投資家が発展途上国に対して利用することが多かったが、近年途上国の 投資家が途上国に対して、あるいは先進国の投資家が先進国に対しても利用する例が増え、投資 受入国である先進国が敗訴する例も増えてきている。とりわけ最近では、たばこによる健康被害を 抑制するためのたばこのパッケージ規制を争った Philip Morris 事件(被申立国オーストラリア及び ウルグアイ)や福島原発事故を受けたドイツの原発廃止政策に対し補償を求めた Vattenfall II 事件 (被申立国ドイツ)等、公益目的の政策が ISDS に基づく仲裁で争われる事件が報道されるにつけ、 従来型の ISDS に対する批判も出てきている1 。具体的には、私人である仲裁人が一国の公益的政 策を評価する行為は、国家の正当な規制権限を害する、仲裁手続きは非公開で透明性に欠ける、 上訴機能がなく、類似の争点に関する判断が仲裁廷によって区々で必ずしも一貫していない、 ISDS の濫用により国家が無用の紛争に巻き込まれるおそれがあるといった批判が向けられてい る。 (3) ISDS を巡る新たな動き このような批判を受け、国家の規制権限を明記するなど、投資家保護を定めた実体規定を整備 するとともに2 、仲裁手続きの公開化3 や、法廷の友(amicus curie)の導入、仲裁人の利益相反の規 1

Gabriellel Kaufmann-Kohler and Michele Potesta “Can the Mauritius Convention serve as a model for the reform of investor-state arbitration in connection with the introduction of a premanet investment tribunal or an appeal mechanism?” 3 June 2016, pp 9-15

2

UNCTAD では、投資協定に盛り込む投資家保護の実体規定の選択肢や投資協定以外の投資促進策を加盟国 に提供して、加盟国における外国投資の促進を支援している。“Investment Policy Framework for Sustainable Development” pp. 57-70, http://unctad.org/en/PublicationsLibrary/diaepcb2015d5_en.pdf

“Reforming the International Investment Regime: An Action Menu” (UNCTAD World Investment Report 2015, Chapter IV) http://unctad.org/en/PublicationsLibrary/wir2015_en.pdf pp. 119-173

3

UNCITRAL 投資協定仲裁における透明性規則

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定を整備するなどして、従来利用されてきた国際仲裁を用いた ISDS の改善・改良を図る動きがあ る。その一方で、国家と投資家との投資協定に基づく紛争を、従来型の国際仲裁とは異なる枠組 み で 解 決 す る 方 向 性 を 模 索 す る 動 き が 、 国 際 機 関 や 当 事 国 間 で 出 て き て い る 。 例 え ば 、 UNCITRAL では投資家と投資受入国との紛争を解決する常設投資裁判所及び上訴手続制度の 検 討 の 可 能 性 が 協 議 さ れ て お り 、 EU が カ ナ ダ と の 間 で 締 結 し た CETA ( EU-Canada Comprehensive Economic and Trade Agreement)4(2016 年 10 月 30 日署名5

)では、現に常設投資 裁判所制度及び上訴制度が導入された。他方、ブラジルが締結した CFIA(Cooperation and Facilitation Investment Agreements)6では、投資家が投資受入国に対して直接申し立てることので きる紛争解決手続きを排斥し、投資家の母国が投資受入国との間で紛争を解決する国家間仲裁 手続き(interstate arbitration mechanisms)を採用した。以下、両制度につき概観する。

2. CETA 第 8 章に定める常設投資裁判所制度

EU は、カナダとの CETA において、投資家と国家との投資協定に基づく紛争解決手段として、 新たに投資協定に基づく紛争を解決する常設の Tribunal を設置した(第 8 章 Section F)(「CETA 常設投資裁判所」)7

。CETA 常設投資裁判所の手続きでは、従前の ISDS 同様、ICSID 条約及び 仲裁規則、ICSID Additional Facility Rules, UNCITRAL 仲裁規則または当事者の合意するその 他の規則のいずれかが適用される(8.23 条 2 項)。しかし、CETA では、同条約及び規則を、 Tribunal の構成員の選任方法、適用法令、上訴手続き、取消手続きなど、紛争解決手続きの重要 な要素において以下のとおり修正している。

ICSID 条約 UNCITRAL 仲裁規則 CETA Tribunal 構 成 員 の 選 任 方法 原則、各当事者が仲裁 人を1名ずつ選任、仲 裁 廷 の 長 は 当 事 者 の 合 意 で 選 任 さ れ る (37(2))。 原則、各当事者が仲裁人を 1 名ずつ選任、仲裁廷の長 は 2 名の当事者仲裁人の合 意 で 選 任 さ れ る ( 7(1) 、 9(1))。

CETA Joint Committee で 158 名の常設投資裁判所の構成 員を決定。所長が個々の案 件を担当する 3 名をランダム に選任する。(8.27(5)(7))。 構 成 員 両当事者の合意によっ 選任機関は、当事者の国籍 個々の案件を担当する 3 名の 4 http://ec.europa.eu/trade/policy/in-focus/ceta/ceta-chapter-by-chapter/ 5 2017 年 2 月 15 日に欧州議会が CETA を賛成多数で承認、同年 2 月 14 日にカナダ下院が CETA を批准する 法案を可決。EU 理事会は既に 2016 年 10 月 18 日に暫定適用に関する決定を採択しており、来月カナダ上院に おいて承認されれば、CETA は暫定適用され、大部分の関税が撤廃される。ただ、投資章の一部を含めた CETA の完全適用には、EU 構成各国の国・地域の全議会の承認が必要であり、完全適用の目処は立っていない。 6 マラウイとの CFIA(http://investmentpolicyhub.unctad.org/Download/TreatyFile/3471)、モザンビーク、アンゴラと の CFIA (http://www.iisd.org/sites/default/files/publications/comparison-cooperation-investment-facilitation-agreements.pdf) 7

EU が米国との TTIP 協定(Transatlantic Trade and Investment Partnership)に係る交渉において提出した 2015 年 9 月 16 日付け提案書、及び EU とベトナムとの FTA(自由貿易協定)(2015 年 12 月 2 日交渉妥結、未署名)にお いても、同様の常設投資裁判所の設置が提案又は採用されているが、協定によって若干制度が異なる。本報告書 では、CETA に規定する常設投資裁判所に特化して論じている。 8 15 名のうち、5 名は EU 構成国の国籍を有する者、5 名はカナダ国籍の者、5 名は EU 構成国・カナダ以外の第 三国の国籍を有する者でなければならない(CETA8.27(2))。任期は原則 5 年で(CETA8.27(5))、被選任者その間 常時 availability を確保しておかなければならない。

(6)

ICSID 条約 UNCITRAL 仲裁規則 CETA の国籍 て全ての仲裁人が選任 さ れ る 場 合 を 除 き 、 仲 裁 廷 の 過 半 数 は 当 事 者の国籍以外の国籍を 有する者でなければな らない(39)。 と異なる国籍を有する仲裁 人を選任することが望ましい か考慮しなければならない (6(7))。 構成員は、EU 構成国の国籍 を 有 す る 者 、 カ ナ ダ 国 籍 の 者、第三国の国籍の者で構 成され、第三国の国籍を有す る者が議長となる(8.27(6))。 適 用 法 令 仲 裁 廷 は 当 事 者 が 合 意した法を適用し、合 意 が な い 場 合 は 被 申 立 国 の 国 内 法 及 び 国 際 法 を 適 用 す る (42(1))。 仲裁廷は当事者が指定した 法を適用し、指定がない場 合は、仲裁廷が適切と判断 する法を適用する(35(1))。 常設投資裁判所は、CETA 及 びその他の国際法を解釈し、 争われている措置が紛争当 事国の国内法に基づき適法 か否かにつき判断する権限 はない(8.31(1)(2))。 上 訴 手 続 仲裁判断に対する上訴 禁止(53(1))。 規定なし。 但し多くの国内仲裁法で、 上訴は制限または認められ ていない(UNCITRAL モデ ル仲裁法 34(1)参照)。 Appellate Tribunal(上級審) への上訴が可能。上訴審は 所長がランダムに選任する 3 名 の 構 成 員 で 構 成 ( 8.28(5)) 。上 訴 理 由 は 、① ICSID 条約 52 条の取消事由 に加えて、②法令の適用・解 釈の誤り、③重大な事実評価 (国内法評価を含む)の誤り (8.28(1)(2))。 取 消 手 続 当事者は、仲裁廷の権 限踰越・重大な手続き 的瑕疵・腐敗等を理由 に 仲 裁 判 断 の 取 消 し ( annulment ) を ICSID に申し立てることができ る(52)。 規定なし。 但し多くの国内仲裁法で、 重大な手続的瑕疵・公序違 反等を理由に仲裁地の裁判 所に取消を申し立てることが できる(UNCITRAL モデル 仲裁法 34(2)参照)。 常設投資裁判所の判断の取 消申立の禁止(8.28(9)(b))。 3. CFIA に基づく国家間仲裁手続 ブラジルは 2015 年 3 月から 6 月にかけて、モザンビーク、アンゴラ、メキシコ、チリ、マラウイ、コ ロンビア各国との間で、Cooperation and Facilitation Investment Agreements (CFIA)という投資協定 を締結し、現在もペルーその他との間でも締結に向けた交渉を進めている。

(7)

ブラジルとメキシコ間の CFIA 締結に関するブラジル外務省のプレスリリース9

にもあるとおり、ブラ ジル政府は CFIA の目的を「政府間協議メカニズムを通じた相互投資の促進」(encourage mutual investments through intergovernmental dialogue mechanism)としている。これを受けて、CFIA は、 当事国間で紛争が生じた場合には、仲裁を最終手段(last resort)と位置づけ、一定の手続きを経 なければ仲裁に付託することはできないとする。また、投資家が相手国政府による CFIA 違反を理 由として相手国政府に対し直接仲裁を申し立てる制度は規定されず、CFIA 違反を主張する投資 家は、自国政府をして CFIA 違反を理由に相手国政府に申立をしてもらう必要がある(ただし、自 国政府が CFIA 上の手続きを開始するか否かはその裁量に委ねられるため、投資家にとって CFIA 上の手続きが開始される保証はない。)。国家間仲裁手続きの対象となる紛争について、メキシコ、 マラウイ、モザンビーク、アンゴラとの CFIA に制限はないが、コロンビア、チリとの CFIA では、安全、 汚職、環境、雇用等に関する紛争に限定されている。 CFIA が規定している紛争解決手続きは概ね次のとおりである。すなわち、締約国間で紛争が生 じた場合、まず当事国から指名を受けたオンブズマンが mediator となって和解による解決を目指 す。オンブズマンの主たる責任は、他の当事国からの投資家の地域内における支援(the support for investor from the other Party in its territory)である(マラウイとの CFIA4 条 1 項参照)。

和解が成立しない場合、当事国は両国によって指名される政府代表者で構成される共同委員 会(Joint Committee)に紛争を付託する。付託する当事国は、手続きを開始するために、利害関係 を有する投資家の名称及び引き起こされた課題や困難な点を明記した付託書を提出しなければ ならないとされている(マラウイとの CFIA13 条 3 項 a、モザンビークとの CFIA15 条 3 項 i、アンゴラ との CFIA15 条 3 項 i 参照)。また、利害関係を有する投資家の代理人は手続きに参加することが 認められている(マラウイとの CFIA13 条 3 項 c、モザンビークとの CFIA15 条 3 項 iii a)、アンゴラと の CFIA15 条 3 項 iii a)参照)。

Joint Committee によっても紛争が解決しない場合にはじめて、当事国は紛争を仲裁に付託する ことができる(マラウイとの CFIA13 条 6 項、モザンビークとの CFIA15 条 6 項、アンゴラとの CFIA15 条 6 項参照)。

なお、本委託調査では、経済産業省の指示に基づき、専ら CETA 常設投資裁判所の調査、とり わけ ICSID 条約及び EU 条約との関係の調査を行った。

第2 調査対象

1. CETA 常設投資裁判所の判断の性質と執行力

CETAは、常設投資裁判所の手続きに ICSID 条約及び仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則等が 適用される(8.23(2))と規定するが、上記のとおり紛争解決手続きの枠組みに関わる部分において それらの条約及び規則を修正している。そのため、果たして CETA 常設投資裁判所による判断が、 ICSID 条約及び仲裁規則や UNCITRAL 仲裁規則に定める award(国際仲裁判断)に当たると言

9

http://www.itamaraty.gov.br/en/press-releases/12751-brazil-mexico-cooperation-and-investment-facilitation-agreeme nt-mexico-city-may-26-2015

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えるかかが問題となる。仮に CETA による ICSID 条約及び仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則等の 修正により、CETA 投資協定裁判所による判断が、ICSID 条約及び仲裁規則、並びに UNCITRAL 仲裁規則に則った仲裁判断でないとなると、CETA 常設投資裁判所の判断の執行に支障がない か検討する必要がある。そこで①CETA 常設投資裁判所の判断が ICSID 条約及び仲裁規則に則 った仲裁判断といえるか、②仮に ICSID 条約及び仲裁規則に則った仲裁判断でないと解釈された 場合、CETA 常設投資裁判所の判断をニューヨーク条約に基づき執行することができるかという観 点から、とりわけ以下の点にフォーカスして調査を行った。 (1) CETA 常設投資裁判所制度と ICSID 条約の整合性 ア. CETA は、ICSID 条約及び規則を修正して常設投資裁判所手続きに適用しているが、 EU とカナダは ICSID 条約及び規則を修正できるか。

イ. 修正された ICSID 条約及び規則を適用した CETA 常設投資裁判所の判断は、ICSID 条約に基づく仲裁判断として、ICSID 条約 54 条に基づき ICSID 条約当事国たる第三 国で執行できるか。

(2) CETA 常設投資裁判所の判断のニューヨーク条約に基づく執行可能性

CETA 常設投資裁判所の判断が、ICSID 条約に基づく仲裁判断に当たらず、ICSID 条約 54 条に基づく執行ができない場合、同裁判所の判断をニューヨーク条約に基づき執行する ことができるか。具体的な調査項目は以下の通りである。 ア. CETA 常設投資裁判所の判断は、ニューヨーク条約 1 条 2 項が適用される仲裁判断 (arbitral awards)に当たるか。 イ. CETA 常設投資裁判所に基づく紛争解決手続きにつき、投資家と被申立国との間に、 ニューヨーク条約 2 条 1 項に定める書面による仲裁合意10 があるといえるか。 ウ. CETA 常設投資裁判所の判断を執行する地の国が、ニューヨーク条約 1 条 3 項に基 づき、商事紛争に限ってニューヨーク条約を適用する旨の留保を行っている場合11 、 CETA 常設投資裁判所の判断を執行することはできるか。 2. CETA 常設投資裁判所制度と EU 法 欧州司法裁判所は、欧州人権裁判所や欧州特許裁判所が、EU 法の統一的解釈適用に支障を 10

Each Contracting State shall recognize an agreement in writing under which the parties undertake to submit to arbitration all or any differences which have arisen or which may arise between them in respect of a defined legal relationship, whether contractual or not, concerning a subject matter capable of settlement by arbitration. (各締約国 は、契約に基づくものであるかどうかを問わず、仲裁による解決が可能である事項に関する一定の法律関係につき、 当事者の間にすでに生じているか、又は生ずることのある紛争の全部又は一部を仲裁に付託することを当事者が 約した書面による合意を承認するものとする。)(NY 条約 2 条 1 項)

11

It may also declare that it will apply the Convention only to differences arising out of legal relationships, whether contractual or not, which are considered as commercial under the national law of the State making such declaration” (いかなる国も、契約に基づくものであるかどうかを問わず、その国の国内法により商事と認められる法律関係から 生ずる紛争についてのみこの条約を適用する旨を宣言することができる。)

(9)

もたらすおそれがあるとの立場を表明している12

。また、ICSID 仲裁判断の履行が EU 法に抵触す るとして、EU 委員会が、EU 構成国に対し ICSID 仲裁判断の履行の差止を命じたケースがある13

。 このため、CETA 常設投資裁判所制度が EU 法と整合しているのか、同裁判所の判断が EU によっ て実質的に覆されることがないかという観点から調査を行った。具体的な調査項目は以下の通りで ある。 (1) 欧州司法裁判所(CJEU)が CETA 常設投資裁判所は EU 法と整合しないと判断する可能 性があるか。 (2) EU が CETA 常設投資裁判所の判断を EU 法と整合しないと判断した場合、どのような措 置を執ることができるか。 第3 調査方法 本調査では、経済産業省との協議の上、ICSID 事務局が 2004 年 10 月に公表した ICSID 仲裁 への上訴制度の導入の可能性をとりあげた「ICSID 仲裁の可能な枠組みの変革」(Possible

Improvements of the Framework for ICSID Arbitration)14と題するディスカッション・ぺーパー(以下、 「ICSID 2004 Discussion Paper」という。)の分析の他、濱本正太郎 京都大学大学院法学研究科 教授及び August Reinisch ウィーン大学 教授の 2 名の専門家へのヒアリング調査を実施した。

第2章 調査結果

第1 要旨 CETA 常設投資裁判所は、当事者による仲裁人の選任権限、仲裁人の国籍、適用法令、上訴 手続き、取消手続きなど、紛争解決手続きの重要な要素において ICSID 条約の規定を修正してい る。そのため、CETA 常設投資裁判所の判断が ICSID 条約に基づく判断に当たるのか、仮に ICSID 条約に基づく判断に当たらないと解釈された場合、NY 条約に基づき CETA 加盟国以外の 国で執行することができるのかが問題となる。その関係でまず問題となるのが、ICSID 条約の加盟 国である EU 構成国とカナダが、ICSID 条約を当事者間で修正することができるのか、即ち、CETA 常設投資裁判所の紛争解決手続きが ICSID 条約に加えた修正が、ICSID 条約の全体の趣旨及 び目的の効果的な実現と両立しない修正かどうか、とりわけ ICSID 条約自体が上訴を明示的に禁 12

欧州人権裁判所につき CJEU, Opinion 2/13, European Convention on Human Rights, Opinion pursuant to Article 218(11) TFEU, 18 December 2014、欧州特許裁判所につき ECJ, Opinion 1/09, European and Community

Patent Court, [2011] ECR, I-1137

13

ICSID Case No. ARB/05/20, Ioan Micula, Viorel Micula, SC European Food SA. SC Starmill SRL, SC v. Romania,

Final Award 11 December 2013. Micula 事件では、ルーマニアが外国投資を呼び込むために創設した優遇措置 を、EU 加盟交渉過程において EU 法に合致させるために廃止したことが、ルーマニアとスウェーデンの BIT が規定 する公正衡平待遇に違反するかが問題となった。ICSID 仲裁廷は、投資家の主張を認めたのに対し、EU 委員会 は、ルーマニアが ICSID 仲裁判断を履行することは、EU 法が禁止する State Aid の提供に相当するとして、ルーマ ニアに対し同判断の履行の差止を命じた。COMMISSION DECISION (EU) 2015/1470 of 30 March 2015

14

https://icsid.worldbank.org/en/Documents/resources/Possible%20Improvements%20of%20the%20Framework%20 of%20ICSID%20Arbitration.pdf#search=POSSIBLE%20IMPROVEMENTS%20OF%20THE%20FRAMEWORK

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止していることから、問題となる。

この点、ICSID 事務局は、上訴制度の導入に言及した ISID 2004 Discussion Paper において、上 訴制度は ICSID 条約の全体の趣旨及び目的の効果的な実現と両立するという前提に立っている ように見受けられる。また、Reinisch 教授及び濱本教授ともに、CETA が加えた、当事者による仲裁 人の選任権限、仲裁人の国籍、適用法令、上訴手続き、取消手続きなどの ICSID 条約の変更は、 ICSID 条約の全体の趣旨及び目的の効果的な実現と両立すると解釈している。但し、EU 構成国 またはカナダを被申立国とする CETA 常設投資裁判所の判断を、CETA 加盟国以外の ICSID 条 約に加盟する第三国で執行する場合、第三国は ICSID 条約に基づく判断として、同条約 54 条に 基づき執行する義務を負うか否かについては、両教授は必ずしも見解が一致していない。もっとも、 EU は ICSID 条約の加盟国ではなく、EU を被申立国とする CETA 常設投資裁判所の判断は、 ICSID 条約に基づく判断には当たらず、CETA 加盟国以外で同判断を執行する場合には、両教授 とも NY 条約に依拠する必要があるとの見解を採っている。

次に EU 法と CETA 常設投資裁判所の整合性について、CJEU に EU 法の解釈適用の専権が あることを踏まえ、CETA 常設投資裁判所には EU 法を含め domestic law に基づき争われている措 置が適法かどうかの判断権限が付与されていない。もっとも CETA 常設投資裁判所の判断が EU 法に反すると EU が判断した場合には、EU 域内での判断の執行が困難となるおそれがある。

第2 ICSID 2004 Discussion Paper 1. ICSID 仲裁規則

ICSID は、1967 年に仲裁規則、1978 年に Additional Facility Rules を採用、その後も規則の改 正を重ね、投資家と国家との紛争解決制度を整備してきた15

。ICSID 仲裁案件が増えるにつれ、新 たな規則の必要性の有無が討議され、ICSID 事務局が 2004 年 10 月に公表した ICSID 2004 Discussion Paper では、円滑な暫定手続きや請求の早期却下(early dismissal)や仲裁判断の公表 等に加え、上訴制度の創設を協議の対象に提案している。 2. 上訴制度の当否 当時の ICSID 事務局の上訴制度の当否に関する見解は以下の通りである。 i. 一般に上訴制度は投資協定に基づくいわゆる判例法の統一的発展に資するものの、既 にいくつかの国が採用しているような投資協定ごとの別々の上訴制度は、判例法の統一 的発展の目的を阻害する。 ii. 現時点では、いわゆる ICSID の判例法理については甚だしく統一していないというわけ ではなく、上訴制度を導入すると、上訴制度が利用できる仲裁と上訴制度が利用できな 15

ICSID 条約は、全加盟国の同意がない限り変更ができないが、規則は Administrative Council の決議で変 更ができる(ICSID 条約 6 条、66 条)ことから規則改正を通じて紛争解決手続きの制度改正がなされてき た。

(11)

い仲裁がうまれてしまうこと、仲裁判断の終局性が損なわれるおそれがあり、仲裁判断の 執行を遅らせることができてしまうという問題がある。

iii. もっとも ICSID 及び ICSID 以外の仲裁判断の集積により、仲裁判断が一貫していない面 もあることから、ICSID が上訴制度を導入するのであれば、ICSID 仲裁判断のみならず ICSID 以外の仲裁判断のための統一的な上訴制度を模索すべきである。

3. 上訴制度の導入方法

ICSID 事務局は、上訴制度を導入することが決定された場合の具体的な導入方法について以 下の通り提案している。

i. ICSID が新たに Appeal Facility Rules を採用。投資協定などで同協定に基づく仲裁判断 は、ICSID Appeal Facility Rules に服する旨規定する。ICSID 仲裁に限らず、あらゆる投 資家と国家との紛争にかかる仲裁手続きに ICSID Appeal Facility Rules が利用されるの が望ましい。

ii. ICSID 条約 53 条 1 項は、条約に別途規定がある場合を除き、ICSID 条約に基づく仲裁 判断に対する上訴を禁じており、ICSID 条約そのものを全加盟国の同意で修正すること は事実上困難。他方、ICSID Appeal Facility Rules に定める上訴制度を採用するのは、 投資協定であり、そのような投資協定の当事国は、ウィーン条約法条約 41 条に基づき、 協定の当事国間でのみ効力を持たせる形で、ICSID 条約を改定することができる。 iii. ICSID Appeal Facility Rules が導入されれば、ICSID 条約に基づく仲裁は ICSID Appeal

Facility Rules に服させることができるが、ICSID 条約に基づく仲裁以外の仲裁でも、投資 協定の当事国の合意により ICSID Appeal Facility Rules に服させることができる。他方、 当事国は、仲裁合意から上訴制度を除外すれば足りる。

iv. 紛争解決手続きは合意に基づくものである以上、投資協定によって ICSID Appeal Facility Rules に定める上訴制度を変更できるようにする。

v. 6 年間試験導入したうえで、制度の見直しを行う。

このように当時の ICSID 事務局は、ICSID 条約は上訴を禁じているものの、ICSID 条約の当事国 が投資協定において、投資協定仲裁が ICSID Appeal Facility Rules に服することを合意することで、 当事国間で ICSID 条約を修正することができると考えていた。従って、ウィーン条約法条約に定め る条約の一部の加盟国間で条約を修正するための要件に鑑みれば、当時の ICSID 事務局は、 ICSID 条約は上訴制度の導入を禁止しておらず、ICSID 条約の一部の当事国間で上訴制度導入 により、他の ICSID 当事国の権利義務に影響を及ぼすものではないと考えていたことが窺える。

4. 上訴手続

ICSID 事務局が ICSID 2004 Discussion Paper で提案した上訴手続きは以下のとおりである。 (1) 上級審パネル

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ICSID の Administration Council が ICSID 事務局の推薦に基づき、異なる国籍の 15 名 の上級審パネルを選任、当事者と協議の上、ICSID 事務局が 3 名の上級審担当のメン バーを選任する。

(2) 上訴理由

現行の取消事由(ICSID 条約 52 条)に加えて、「明らかな法の誤り」(a clear error of law)、 「重大な事実の誤り」(serious errors of fact)が上訴理由となる。

(3) 上訴手続

UNCITRAL 仲裁規則では、中間判断も直ちに争えることから、ICSID の手続きと ICSID 以外の手続きで差が生じないよう、上級審パネルの構成員の同意のもと、中間判断も争 えるようにしつつ、仲裁手続きは続行される。上訴審は、仲裁判断を破棄差戻しすること もできる。上級審が、仲裁判断を取消、変更、覆したため紛争が解決されない場合には、 当事者は新たな仲裁申立を行うことができる。上訴手続規則では、上訴申立から主張書 面の提出までの期間、上訴審が裁定を下すまでの期間等の時間制限を設ける。上訴を 申し立てた場合には、取消等上訴以外の救済が制限される。

ICSID が公表した 2005 年 5 月 12 日付け「ICSID 規則及び規律の変更提案」(Suggested Changes to the ICSID Rules and Regulations)16では、ICSID は 2004 年の上訴手続きの提案を見送 っている。もっとも、見送った理由を「技術的及び政策的に困難な問題」(para 4)と記載しており、 「技術的及び政策的に困難な問題」の内容は明らかではない。もっとも上記上訴制度が ICSID 条 約と整合しないとする趣旨ではないものと解される。 第3 August Reinisch 教授の見解17 1. ICSID 条約に基づく執行の可否 i) CETA常設投資裁判所制度は、ICSID条約及び規則を一部修正した内容となっているが、 EUとカナダは、ICSID条約及び規則を修正できるか。 ICSID 条約を修正するには、ICSID 条約当事国による全会一致の決議が必要となる (ICSID 条約 65 条、66 条)ところ、全会一致決議を得ることは現実的に困難である。

次に、CETA 当事国の間でのみ ICSID 条約を修正する(inter se modification)ことができ るかを判断するにあたっては、多数国間の条約を二以上の当事国の間においてのみ修 正する合意を認めるウィーン条約法条約 41 条 1 項が参考となる18 。 16 https://icsid.worldbank.org/en/Documents/resources/Suggested%20Changes%20to%20the%20ICSID%20Rules%2 0and%20Regulations.pdf)

17 August Reinisch 教授が CETA 常設投資裁判所制度について論じた論文として、“The European Union and

Investor-State Dispute Settlement: From Investor-State Arbitration to a Permanent Investment Court” CIGI Investor-State Arbitration Series Paper No.2 – March 2016 がある。

18

(13)

ウィーン条約法条約 41 条 1 項は、多数国間の条約を二以上の当事国の間においての み修正する合意を認める規定であるところ、state でない EU は ICSID 条約当事国となる ことができない(ICSID 条約 67 条)。EU を ICSID 条約当事国とするには、前述のとおり ICSID 条約当事国による全会一致の決議が必要となる(ICSID 条約 65 条、66 条)。した がって、EU を ICSID 条約当事国とする全会一致の決議が得られない限りは、EU はウィ ーン条約法条約 41 条 1 項に基づく修正合意の当事者となることができない。 仮に EU を ICSID 条約当事国とする全会一致の決議が得られたとしても、EU とカナダの 間で ICSID 条約を修正するには、ウィーン条約法条約 41 条 1 項の要件を充たす必要が ある。ウィーン条約法条約 41 条 1 項は、多数国間の条約を二以上の当事国の間におい てのみ修正する合意の要件として以下のとおり規定する。 (a)このような修正を行うことができることを条約が規定している場合 (b)当該二以上の当事国が行おうとする修正が条約により禁止されておらずかつ次の条 件を満たしている場合 (i)条約に基づく他の当事国による権利の享有又は義務の履行を妨げるものでないこ と。 (ii)逸脱を認めれば条約全体の趣旨及び目的の効果的な実現と両立しないこととなる 条約の規定に関するものでないこと。

ICSID 条約は inter se modification について規定していないので、(a)には該当せず、(b) の要件が基準となる。また、ICSID 条約は、二以上の当事国の間における多数国間条約 の修正を禁止していないので、上記(b)の(i)及び(ii)の要件を充たすかが問題となる。 (i)(条約に基づく他の当事国による権利の享有又は義務の履行を妨げるものでないこと) については、常設投資裁判所を用いた紛争解決手続きは CETA 当事国(すなわち、EU 及び EU 構成国並びにカナダ)にのみ適用され、他の ICSID 条約当事国は、EU 構成国 及びカナダに対し従前どおり ICSID 条約に基づく投資協定仲裁を利用できる。したがっ て、「条約に基づく他の当事国による権利の享有又は義務の履行を妨げるものでないこ と」との要件は充たされると考える。 (ii)(逸脱を認めれば条約全体の趣旨及び目的の効果的な実現と両立しないこととなる 条約の規定に関するものでないこと)については、ICSID 条約 1 条 2 項は、ICSID 設置の ウィーン条約法条約は ICSID 条約に適用されない。もっとも、ウィーン条約法条約は国際慣習法の考えを反映して いることから、その趣旨は ICSID 条約にも適用があるものと考えられる。

(14)

目的を「本条約に基づき当事国とその他の当事国の国民との間の投資紛争の調停及び 仲裁を促進すること」(The purpose of the Centre shall be to provide facilities for conciliation and arbitration of investment disputes between Contracting States and nationals of other Contracting States in accordance with the provisions of this Convention.) と規定し、ICSID 条約の目的に国家と投資家との紛争解決手続きの提供を掲げている。 こ の こ と は 、 ICSID 条 約 の タ イ ト ル ( 「 投 資 紛 争 の 解 決 」 ( Settlement of Investment Disputes))、並びに前文 4 項(Attaching particular importance to the availability of facilities for international conciliation or arbitration to which Contracting States and nationals of other Contracting States may submit such disputes if they so desire)、及 び前文 5 項(Desiring to establish such facilities under the auspices of the International

Bank for Reconstruction and Development)からも明らかである。ICSID 条約 1 条 2 項が

「本条約に基づ」く(in accordance with the provisions of this Convention)紛争に言及して いるのは、ICSID 条約に規定された通りの調停又は仲裁の形態での ISDS に ICSID 条約 の目的を限定するものとみなすべきではなく、ICSID 条約が当事国及びその国民に対し ISDS を提供する目的にどのように資することが企図されているかという観点から考えるべ きである。 a) Tribunal の構成 常設投資裁判所(第一審・上訴審)の Tribunal の構成は ICSID 仲裁廷の構成と大きく異 なっている。ICSID 条約では、当該紛争の当事者に仲裁人の選任権が与えられているの に対し、CETA では予め指名された Tribunal Member の中から裁判長がランダムで選任 する。また ICSID 条約では、仲裁廷の過半数は紛争当事者である締約国及び紛争当事 者の国籍の属する締約国以外の国の国民でなければならないのに対し、CETA では 3 名の Tribunal のうち、1 名は EU 構成国の国籍を有する者、1 名はカナダ国籍の者、もう 1 名は EU 構成国・カナダ以外の第三国の国籍の者とされている。 このような CETA の制度に対しては、当事国に選ばれた当事国の「裁判官」が紛争解決 手続きに関与することで、紛争解決手続きが政治化する、当事国のみの意向で Tribunal の構成員が選任されること等から Tribunal が pro-State バイアスになるとの批判が向けら れている。しかし、「条約全体の趣旨及び目的の効果的な実現と両立するか」という観点 に絞って検討すると、ICSID 条約 38 条は、一定の期間内に仲裁人が選定されない場合 には、ICSID 議長が当事者に代わって仲裁人を選任する権限があることに鑑みれば、 ICSID 条約は、当事者の仲裁人選任権よりも、効果的な紛争解決をより重視していること が窺われ、ICSID 条約 37 条 2 項が定める当事者の仲裁人選任権が ICSID 条約の中心 的特質であるとすることには疑問がある。以上を考慮すると、CETA が規定する Tribunal

(15)

の構成は「条約全体の趣旨及び目的の効果的な実現と両立しない」とまでは言えないと 考えられる。 また、CETA が定める国籍要件についても同様である。確かに ICSID 仲裁の仲裁廷がホ スト国又は投資家が国籍を有する国の仲裁人で構成されることは稀ではあるが、ICSID 条約自体は国籍要件についてそこまで厳格な要求をしていない。ICSID 条約 39 条が、 仲裁廷の過半数は紛争当事者である締約国及び紛争当事者の国籍の属する締約国以 外の国の国民でなければならないとしつつ、当事者が合意をした場合の例外を規定して いるのはその証左である。 b) 適用法令 ICSID 条約 42 条 1 項は、仲裁廷は当事者が合意した法律を適用し、合意がない場合は 被申立国の国内法及び国際法を適用する旨規定する。CETA では、常設投資裁判所 (第一審・上訴審)の Tribunal の権限は条約の解釈に限られ、EU 法及び紛争当事者で ある国の国内法に基づき適法性を判断する権限を有しない(CETA8.31(2))。この適用法 としての国内法の排除は、明らかに、Tribunal 以外による EU 法の解釈は EU 法と両立し ないとする欧州司法裁判所の立場の影響を受けたものである。CETA の適用法としての 国内法の排除は、当事者に準拠法選択の自由を認めている ICSID 条約と両立するもの である。実際に、NAFTA やエネルギー憲章条約(ECT)など他の二国間協定において協 定のみを適用法と定めるものもあり、これは ICSID 条約と両立するものとして解釈されて いる。 c) 上訴制度 ICSID 条約 52 条は、当事者に仲裁判断の取消し(annulment)の申立を認め、かかる申 立を受けたアドホック・パネルは一定の限定された理由に基づき ICSID 仲裁判断を取り 消すことができる。ICSID 条約は、取消手続き以外で ICSID 仲裁判断を争う手続きを排 除している(ICSID 条約 53 条 1 項)。他方、CETA の常設投資裁判所制度では、第一審 の判断(provisional awards)に対する上訴審への上訴が認められており、上訴審は ICSID 条約 52 条が定める取消事由に加えて、明らかな法の誤り、重大な事実の誤りを理 由として、第一審の判断を修正することができる。 CETA の定める上訴制度は、上訴制度を禁止している ICSID 条約と整合しておらず、 ICSID 条約の modification に該当する。もっとも、重要な点は、それがウィーン条約法条 約 41 条に基づく inter se modification として認められるか、である。

(16)

この点、取消事由の限定が ICSID 条約の効果的かつ効率的な仲裁という概念の根幹に かかわるのであれば、CETA の上訴制度は ICSID 条約とは両立しないものとなるが、その ような考えには疑問がある。前述のとおり、ICSID 条約の目的は仲裁又は調整を通じた 投資紛争の解決である。仲裁判断のレビューのメカニズムが完全な上訴制度の形態を 取るか、限定された取消制度の形態を取るかは、「条約全体の趣旨及び目的の効果的 な実現」にとって重要であるとは言えないと解される。Tribunal の判断を争う理由を拡げる ことは手続きの長期化につながりうるが、一貫した投資ルールの解釈及び適用などのメリ ットもあるため、ICSID 条約の目的の実現を阻害するとは言えないと思われる。CETA に 基づく上訴理由に ICSID 条約の取消事由が含まれていることも、CETA に基づく修正が 許されることの一つの根拠となり得る。さらに、上訴制度の創設は数年前に ICSID 自身が 検討しており、その事実も CETA に基づく上訴制度が ICSID 条約上の ISDS と矛盾する ものではないことの根拠となり得る。

d) 小活

以上を考慮すると、CETA による ICSID 条約の修正は、ウィーン条約法条約 41 条 1 項の 要件を充たし、許されると考えられる。

ii) CETA常設投資裁判所の判断をICSID条約54条に基づき第三国で執行することが認め

られるか。

ICSID 条約 53 条 1 項は、仲裁判断の拘束力を規定し、「各当事者は、本条約の関連規 定により執行が停止される場合を除き、仲裁判断の条項を遵守しなければならない。」 (Each party shall abide by and comply with the terms of the award except to the extent that enforcement shall have been stayed pursuant to the relevant provisions of this Convention.)と定める。

また、ICSID 条約 54 条 1 項は、ICSID 仲裁の紛争当事国だけでなく、「各当事国は、本 条約に基づき付与された仲裁判断を拘束力あるものとして承認し、当該判断によって課 された金銭的義務を当該地域において当該国の裁判所における終局的判断と同様に 執行しなければならない。」(Each Contracting State shall recognize an award rendered pursuant to this Convention as binding and enforce the pecuniary obligations imposed by that award within its territories as if it were a final judgment of a court in that State.)と定 める。かかる執行の唯一の障害となるのが、ICSID 条約 55 条が定める state immunity で ある。

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EU 側交渉担当者は常設投資裁判所による判断の終局性及び執行可能性について かなりの重きを置いてきた。とりわけ、CETA 草案では、常設投資裁判所の終局的判断は 「上訴、再審査、破棄、取消その他の救済」(appeal, review, set aside, annulment or any other remedy)の対象とならないと規定されていた。また、CETA8.41 条 1 項は「本節に従 い発行された判断は紛争当事者の間で、及び当該特定の紛争に関して拘束力を有する ものとする。」(An award issued pursuant to this Section shall be binding between the disputing parties and in respect of that particular case.)と規定し、同条 2 項は「第 3 項に従 い、紛争当事者は遅滞なく判断を承認し遵守しなければならない。」(Subject to

paragraph 3, a disputing party shall recognize and comply with an award without delay.)と 規定する。もっとも、これらの規定は関連する投資協定の当事国のみに適用され、第三 国に義務を課すものではないことは明らかである。そこで、ウィーン条約法条約 41 条 1 項 に基づき ICSID 条約の inter se modification が認められたとして、その結果出された判断 が ICSID 条約 53 条及び 54 条でいう ICSID 仲裁判断と見なされるのかが問題となる。 ウィーン条約法条約 41 条に基づく inter se modification は、他の当事国には影響を及ぼ さない。このことは、ウィーン条約法条約 41 条のタイトル「多数国間の条約を一部の当事 国の間においてのみ修正する合意」(Agreements to modify multilateral treaties between certain of the parties only)からも確認できるし、ILC のコンメンタールの記述「本条は多国 間条約の当事国の一部の当事国のみで締結された合意で、当該当事国間でのみ修正 することを意図する合意に関する規定である。」([t]his article […] deals […] with an agreement entered into by some only of the parties to a multilateral treaty and intended to modify it between themselves alone.)からも明らかである。したがって、CETA による inter se modification に関与していない ICSID 条約当事国は、当該修正による影響を受けず、 常設投資裁判所の判断を ICSID 条約に基づき執行する義務を負わない。常設投資裁 判所の判断を第三国で執行するためには、EU 及びカナダは当該第三国との間で特別 の承認及び執行に関する取り決めを結ぶ必要がある。 2. NY 条約に基づく執行の可否 上記のとおり、常設投資裁判所の判断を ICSID 条約に基づき EU・カナダ以外の第三国で執行 することはできない。そこで、NY 条約に基づく承認・執行の手続きに従って EU・カナダ以外の第 三国で執行することができないかが問題となる。

i) CETA常設投資裁判所はNY条約11項の“arbitral award”に当たるか。

NY 条約 1 条 1 項は、仲裁判断(arbitral award)を「仲裁判断の承認及び執行が求めら れる国以外の国の領域内においてされ、かつ、自然人であると法人であるとを問わず、 当事者の間の紛争から生じた判断」(arbitral awards made in the territory of a State other

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than the State where the recognition and enforcement of such awards are sought, and arising out of differences between persons, whether physical or legal)と定義する。 重要な点は、承認及び執行の申立を受けた NY 条約当事国の国内裁判所が、常設投資 裁判所の判断を arbitral body による判断とみなすか、である。NY 条約の目的は仲裁判 断の執行であって外国裁判所の執行ではない。この点、常設投資裁判所制度は arbitration であり、常設投資裁判所の Tribunal が下す判断は arbitral award であると考え るのが適切であると思われる。もっとも、承認及び執行を求められた国内裁判所が、常設 投資裁判所の Tribunal が下した判断を arbitral award とは見なさない可能性もあることに 留意しなければならない。

ii) NY条約2条の“arbitration agreement in writing”があるか。

NY 条約 2 条 1 項は、NY 条約に基づく承認及び執行にあたって、紛争を仲裁に付託す ることにつき「書面による合意」(an agreement in writing)を要求する。

そもそも投資仲裁は、被申立国と投資家の間の直接の仲裁合意を根拠とするものではな く、二国間協定その他の投資協定に含まれる紛争解決条項を根拠とする。そして一般に、 投資家が仲裁申立をすることによって、被申立国による二国間協定に定められた仲裁条 項の申込みを投資家が承諾したものと考えられており(arbitration without privity)、国内 裁判所では一般に、仲裁条項を含む二国間協定自体が NY 条約でいう「書面による合 意」を構成すると考えられている。さらに、CETA は、常設投資裁判所への仲裁申立書の 提出が NY 条約上の「書面による合意」を構成する旨明記している(CETA 8.25 第 2 項 (b))。以上を前提とすると、国内裁判所が「書面による合意」の要件を満たさないと判断 する可能性は低いと考えられる。

iii) NY条約13項の“commercial disputes only”の留保を行っている国での執行の可否

投資仲裁で争われるのは、国の立法権、規制権限に関することが多いため、そのような 紛争が NY 条約に定める commercial dispute に当たるのかという点はしばしば議論されて きた。NAFTA など多くの投資協定は、当該投資協定に基づき提起された申立を NY 条 約でいう commercial dispute に該当する旨明示的に定めている。また、UNCIITRAL モデ ル法の「商事仲裁」の定義には「投資」に関する言及も明示的になされている。さらに、投 資仲裁判断の執行の申立がなされた国内裁判所は、実際に commercial dispute の留保 をしている国でも投資仲裁判断の執行をしている。

3. EU 法との整合性

(19)

欧州人権条約(ECHR)の EU による加盟に関する欧州司法裁判所(CJEU)の意見書19 が出された 後は、CJEU が国際投資仲裁廷を紛争解決の「競合する(competing)」司法機関として受け入れら れるかについては疑問が出された。 現在 EU・シンガポール FTA20 についての意見の申立がなされているところであり、CJEU の回答 が待たれる。これまでのところ、CJEU の ISDS に対する正式な見解は発表されていないため、以下 は CJEU の可能性ある基準について検討するものである。 i) 欧州司法裁判所(CJEU)が CETA の常設投資裁判所は EU 法と整合しないと判断する 可能性はあるか。 CJEU 、 及 び そ の 前 身 で あ る ECJ は 、 欧 州 共 同 体 ・ 欧 州 連 合 の 法 秩 序 の 「 自 治 (autonomy)」は、EU の国際紛争解決に関する権限に制約を加えるものであることを強調 してきた。すなわち、CJEU は、EU 法は究極的には EU の組織(CJEU が望ましい)によっ てのみ解釈及び決定されるべきであるとの立場を取ってきた。

例えば、CJEU は欧州特許裁判所(European Patent Court)の設置に関する意見書で、 「欧州特許裁判所に関する合意書の規定を解釈及び適用するだけでなく、欧州特許法 その他の EU 法に関する規制権限を有する欧州特許裁判所の設置は、欧州連合の自治 を脅かすものであり、EU 法の正しい適用及び解釈の統一を確保する CJEU の権限を奪う もので、EU 法と両立しない」と述べている21 。 また CJEU は、欧州人権条約への加盟に関する意見書の中で、「欧州人権裁判所 (European Court of Human Rights)の管轄権の承認は、究極的には EU 法の特徴及び自 治に悪影響を及ぼすものであり、EU 法と両立しない」と述べ、その理由の一つに、欧州 人権裁判所は CJEU の EU 法を統一的に解釈し適用する権限を阻害することを挙げてい る22 。 以上を踏まえると、CJEU が CETA の常設投資裁判所制度は EU 法と両立しないとの見 解をとる可能性はある。なお、この CJEU の立場を前提として、CETA は、①被申立人が EU か EU 構成国かにつき EU に判断権限がある、②常設投資裁判所は CETA を適用法 令とする(EU 法の排除)、③常設投資裁判所は被申立国の措置が EU 法を含む国内法 に適合するか否かの判断権限を有しない、④常設投資裁判所による EU 法の解釈は、 EU の裁判所及び当局を拘束しない、と規定している。もっとも、このような CETA の規定 を前提として、CJEU が EU 法との両立性につきどのように判断するかは不明である。特に、 CJEU に管轄のない CSFP(共通通商政策)との整合性につき CETA 常設投資裁判所が 19

CJEU, Opinion 2/13, European Convention on Human Rights, Opinion pursuant to Article 218(11) TFEU, 18 December 2014

20

http://trade.ec.europa.eu/doclib/press/index.cfm?id=961

21

ECJ, Opinion 1/09, European and Community Patent Court, [2011] ECR, I-1137, para. 77, 88

22

CJEU, Opinion 2/13, European Convention on Human Rights, Opinion pursuant to Article 218(11) TFEU, 18 December 2014, para. 258

(20)

判断することになると(例えば、EU の経済制裁に伴う措置など)、欧州人権条約への加盟 に関する CJEU の見解と同様、CJEU が CETA 常設投資裁判所は EU 法と整合しないと の見解をとる可能性は十分ある。 ii) EU又はEU構成国の措置がEU法に適合するか否かの判断をCETA常設投資裁判所 の管轄外とするCETA8.31条の効果 現行の投資協定仲裁では、仲裁廷が国内法を幅広く解釈適用しているが、CJEU に EU 法の解釈適用の専権があることを踏まえ、EU 法との整合性を保つために常設投資裁判 所の管轄外としたものである。実際の常設投資裁判所の審理は従前の仲裁廷の判断と さほど異ならないと思われる。常設投資裁判所での争点に関して EU 法の“prevailing interpretation”がない場合には、常設投資裁判所は淡々と EU 法を解釈することになるが、 常設投資裁判所による EU 法の解釈は、当事国の裁判所や当局を拘束しないことを明記 することで、EU 法の解釈の最終権限が CJEU にあることを確保している。常設投資裁判 所の「管轄権」を制限することで常設投資裁判所の判断の取消や執行拒絶の可能性を 高めたということはないものと思われる。 iii) EU法との整合性を問う手段

a) CJEU に事前に opinion を求める方法(TFEU218 条 11 項)

CETA の EU 法適合性を CJEU に判断してもらう手続き。EU 構成国、欧州議会、欧 州理事会、欧州委員会が申請することができるが、現時点で CETA について CJEU の opinion を求める手続きは申請されていないという理解である。仮に CJEU が CETA は EU 法と両立しないと判断した場合、欧州委員会は CETA を再交渉すること になる23 b) 取消手続き(TFEU263 条) CETA が発効した後でも、欧州議会、欧州委員会、EU 構成国は EU の行為の取消 を申し立てることができる24

c) CJEU による preliminary ruling (TFEU 267 条)

EU が締結した条約の EU 法との整合性につき CJEU の判断を求めることができる25

23

EEA において CJEU の opinion を受けて EU は再交渉を行った。

24 EU 委員会と米国司法省との独禁法の執行に関する取り決めにつき、CJEU は EU 委員会にはそのような取り決 めを締結する権限がないとして EU 委員会の行為を取り消した。 25 EU と米国との条約に基づき情報交換(data exchange)ができると判断した EU 委員会の決定に対し EU の一市民 が CJEU で争ったケースがある。

(21)

d) 欧州委員会が個別の常設投資裁判所の手続きに amicus curiae を提出する。

一連の EU による投資協定仲裁に関連した amicus curiae の提出は、いずれも intra EU の紛争に関わる。CETA は EU 自らが条約の当事者となることから、一連の intra EU 紛争におけるような仲裁廷の管轄問題(intra EU 紛争は EU が判断すべし)が生 じないため、同様の事態は想定されない。

e) 欧州委員会が EU 構成国に対し常設投資裁判所の判断の履行を禁じ、投資家に対

して既履行分の返還を求める。

基本的には EU 法の上位に CETA が位置づけられることから、EU 委員会が、CETA に基づく常設投資裁判所の判断が EU 国内法に違反するとして EU 構成国による履 行を阻止する行為にでることは考えにくい。EU は intra EU の紛争は EU に管轄権が あるとの立場をとっているため、Micula 事件では、EU は管轄権のない投資協定仲裁 の仲裁廷の仲裁判断の履行を阻止する行為に出た26 。EU 委員会は、ルーマニアに 対し仲裁判断の履行の阻止を命令、投資家にも連帯責任を負わせているが、投資 家自身は欧州委員会の命令の直接の名宛人にはなっていない27 。EU 域外の投資 家に対しても同様の構成の欧州委員会の命令が出ないとも限らない。なお、CETA では EU 及び EU 構成国による state aid の終了や投資家に対し受領済み state aid の返済を求める行為が投資章に違反しないことが明記されており(CETA8.9(4))、 Micula 事件の再来は考えにくい。 第4 濱本正太郎教授の見解 1. ICSID 条約に基づく執行の可否 i) CETA常設投資裁判所制度は、ICSID条約及び規則を一部修正した内容となっているが、 EUとカナダは、ICSID条約及び規則を修正できるか。 EU は ICSID 条約の当事国ではなく「国」(state)ではないため、ICSID 条約 67 条の改正 無しには ICSID 条約の当事国になることができない。したがって、EU が被申立人となる 仲裁手続きに ICSID 条約は適用できない。 もっとも、カナダと EU との間では、両者の合意を根拠として ICSID 条約、ICSID 仲裁規 則に基づく仲裁を行うことが考えられなくはなく、ICSID 事務局もカナダ・EU 間の合意に 基づいて事務局としての機能を果たすことを受け入れるかもしれない。しかし、そのような 形態の仲裁は、法的には ICSID 条約に基づいた仲裁ではないのではないか。 他方 EU 構成国でかつ ICSID 条約の当事国(例えばフランス)に対しカナダの投資家が 26

COMMISSION DECISION (EU) 2015/1470 of 30 March 2015

27

(22)

CETA 上の請求を行った場合に、カナダとフランスとの間では CETA により ICSID 条約が 修正されたかという問題が生ずる28 。CETA による ICSID 条約の修正がウィーン条約法条 約 41 条に則っている場合に29 、常設投資裁判所の判断は ICSID 条約に基づく仲裁判断 と扱われる。 ウィーン条約法条約 41 条 1 項(b)は、「当該二以上の当事国が行おうとする修正が条約 により禁止されておらず」と規定する。この禁止は明示的禁止に限られる。一部当事者間 で上訴制度を導入することが他の ICSID 条約当事国に何らかの影響を与えるものでは ないため、ICSID 条約 53 条の上訴の禁止は、ウィーン条約法条約 41 条 1 項(b)の「禁止」 には当たらない。 ウィーン条約法条約 41 条 1 項(b)の「(i)条約に基づく他の当事国による権利の享有又は 義務の履行を妨げるものでないこと。」「(ii)逸脱を認めれば条約全体の趣旨及び目的の 効果的な実現と両立しないこととなる条約の規定に関するものでないこと。」との要件に ついては、いずれも要件は満たされると考えるが、異論はあり得る。

ii) CETA常設投資裁判所の判断をICSID条約54条に基づき第三国で執行することが認め

られるか。

CETA 当事国間で ICSID 条約が修正された場合であっても、第三国は引き続き ICSID 条約 54 条に基づく執行義務を負うのではないか。もっとも、第三国は①CETA はウィーン 条約法条約 41 条に基づく修正要件を満たしていない、②そもそも ICSID 条約上の仲裁 ではない、③CETA による ICSID 条約の修正は inter se の効果しかないため、第三国に は影響を及ぼさない、と反論する余地はある。

iii) CETA常設投資裁判所の手続きはICSID条約の“arbitration”36条等)に当たるか。

a) Tribunal の構成 投資家は任意に CETA 常設投資裁判所を選択して請求を申し立てていることから常設 投資裁判所構成員の選定及び国籍要件につき ICSID 条約上の合意があると言える。 b) 適用法令 投資家は任意に CETA 常設投資裁判所を選択して請求を申し立てていることから適用 法令につき ICSID 条約上の合意がある。 28 CETA が単独条約の場合でも、混合条約の場合でも同じ問題が生ずる。 29 ICSID 条約の発効後にウィーン条約法条約は発効しているがウィーン条約法条約は国際慣習法を条約化したも のであるため、実質的にウィーン条約法条約の要件を満たしている場合には国際法に則った条約の修正となる。

(23)

c) 上訴制度

ICSID 条約の取消制度は、仲裁判断の取消手続きから国内裁判所を排除することを目 的としている。国内裁判所の関与が排除されている限り、上訴制度が導入されても ICSID 条約上は問題ないと考えられる。ICSID 条約上の annulment の申立理由より広い 範囲の上訴理由が認められているのであれば、annulment 制度に代えて上訴制度を導 入しても ICSID 条約上問題はないと考えられる。

2. NY 条約に基づく執行の可否

i) CETA常設投資裁判所はNY条約11項の“arbitral award”に当たるか。

Iran US Claims Tribunal の判断が NY 条約上の permanent arbitral bodies による仲裁判 断と解釈されていたことから、CETA 常設投資裁判所も NY 条約上の permanent arbitral bodies と解釈される余地があるのではないか。ただし、国内裁判所次第であり、判断が割 れる可能性はある。

ii) NY条約2条の“arbitration agreement in writing”があるか。

CETA に限らず投資協定仲裁一般の問題である。従前 NY 条約 2 条の仲裁合意の要件 を満たすと解釈されてきた。

iii) NY条約13項の“commercial disputes only”の留保を行っている国での執行の可否

CETA に限らず投資協定仲裁一般の問題である。commercial disputes only の留保をし ている NY 条約当事国でも投資協定仲裁を執行してきた。もっとも、契約違反を伴わない 条約違反の場合、commercial disputes ではないと判断する国内裁判所はあり得る。 3. EU 法との整合性 i) 欧州司法裁判所(CJEU)がCETA常設投資裁判所はEU法と整合しないと判断する可能 性はあるか。 CJEU が CETA は EU 法と整合しないとの見解をとる可能性ある。①ヨーロッパ人権条約 への加盟に関連した CJEU の見解に立てば、CJEU は、常設投資裁判所における EU 法 の争点につき CJEU が既に判断を下した争点か否かを CJEU が常設投資裁判所に先立 ち判断しなければならないが(参照 CJEU Opinion 2/13, paras 237-241)、CETA では何 が“prevailing interpretation”かにつき常設投資裁判所がまず判断することから、CJEU が CETA は TFEU/TEU に適合しないと解釈するおそれがある。②CJEU の裁判管轄権は原

(24)

則として CFSP 分野に及ばない(TEU 24 条 1 項 2 段)が、常設投資裁判所が CFSP 分野 に該当する EU の措置につき判断する権限を持つとすると、CJEU は CETA が TFEU/TEU に適合しないと解釈するおそれがある(参照 CJEU Opinion 2/1330, paras. 254-257)。 ii) EU又はEU構成国の措置がEU法に適合するか否かの判断を常設投資裁判所の管轄 外とするCETA8.31条の効果 EU 法の解釈権限を CJEU が独占しているという CJEU の判例法によれば、常設投資裁 判所が EU 法の解釈に際して CJEU の解釈と異なる解釈を採用すると CJEU の権限が侵 害されるため、そのようなことを常設投資裁判所に認める条約は TEU/TFEU と両立しな いと CJEU が判断する事態を回避する目的で、CETA では国内法適合性判断を常設投 資裁判所の管轄外と定めたものである。“Prevailing interpretation”がない場合は、常設 投資裁判所は既存の CJEU の判例法から合理的に推論して解釈をすることとなる。 iii) EU法との整合性を問う手段

a) CJEU に事前に opinion を求める方法(TFEU218 条 11 項)

EU 委員会、他の EU の機関、もしくはいずれかの EU 構成国は、TFEU218 条 11 項 に基づき、EU 法との適合性につき、CJEU の判断を求めることができる。現在 EU 委 員会は CJEU の見解を求めることなく、CETA の署名手続きを進めている。これは EU 委員会が、CETA を混合条約として処理することを決めたため、EU 委員会としては、 CETA と EU 法との整合性に関する問題点が moot になったと解釈しているためでは ないか。もっとも CJEU のヨーロッパ人権条約への加盟に対する見解に基づけば、上 述のとおり CETA が TEU、TFEU と整合しないと CJEU が判断する可能性はある。に もかかわらず EU 委員会が敢えて CJEU の opinion を求めていないのは、政治的判 断ではないか。現在 EU Singapore の FTA の TEU、TFEU 適合性に関する問題が CJEU に付託されているが、上記 CJEU の見解に則れば、EU Singapore FTA も TEU、 TFEU に適合しないことになる。ただし、現在 CJEU に付託されている事項は、EU が 単独で FTA を締結する権限があるか否かであって31 、CJEU もその範囲に限定して 意見する可能性が高い。なお、仮に CJEU に意見を求めた場合には意見取得まで に 2 年はかかる。 30

Opinion pursuant to Article 218(11) TFEU — Draft international agreement — Accession of the European Union to the European Convention for the Protection of Human Rights and Fundamental Freedoms — Compatibility of the draft agreement with the EU and FEU Treaties

31

2016 年 12 月 12 日の avocat général 意見では、ポートフォリオ投資については EU の権限は排他的ではな い、また、紛争処理手続きは権限配分に影響するものではない、との見解が示されている。CJEU の意見は 2017 年中には示されるものと思われる。

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b) 取消手続き(TFEU263 条)

FTA は共通通商政策(TFEU206 条以下)の一貫として締結されるが、共通通商政策 は理事会特定多数決で決定される(TEU16 条 3 項)ため、反対する構成国があって も理事会は決定できる(TFEU238 条 3 項)。そのため反対する構成国が取消・無効 確認訴訟を起こす可能性はある。

c) CJEU による preliminary ruling (TFEU 267 条)

投資家が UNCITRAL 仲裁規則に基づく手続きを選択し、かつ EU 構成国が仲裁地 となった場合には、CJEU の見解によれば常設投資裁判所も court or tribunal of a Member State に含まれ、CJEU の preliminary ruling がなされる可能がある。

d) 欧州委員会が個別の常設投資裁判所の手続きに amicus curiae を提出する。

EU の一連の amicus curiae は intra EU の紛争に関連したものに限られる模様。常設 投資裁判所で EU 法の解釈が争点となった場合、EU 法の“Prevailing interpretation” を示すため EU 委員会が常設投資裁判所に amicus curiae を提出することは考えに くい。そのような権限は EU 委員会にはない。

e) 欧州委員会が EU 構成国に対し常設投資裁判所の判断の履行を禁じ、投資家に対

して既履行分の返還を求める。

Micula 事件は intra EU dispute であるため、EU 構成国間の条約は EU 法に劣後す ると解釈され、EU は EU 法域内での執行を阻止しようとしている。CETA は EU 自身 が当事者となるため事情が異なる。TEU3 条 5 項は国際法遵守を規定するが、EU 法秩序内において国際法がどのような階層的地位を占めるかについての規定はな い。他方、CJEU は、TEU/TFEU が最上位、国際法がその次、その下に EU 派生法 (規則・指令等)が来ると理解している模様32 。仮に常設投資裁判所の判断が TEU/TFEU に反すると解釈されれば、EU 法秩序内では常設投資裁判所の判断を 執行できない。EU 域外の投資家も EU 法秩序内で活動している限り、EU 委員会の 命令の対象になる。 第5 結論 CETA 常設投資裁判所の制度は、とりわけ欧州における ISDS 批判を受けて新たに導入された 制度である。CETA モデルは、国家と投資家との間の紛争解決手続きとして適切な制度か、とりわ 32 安保理決議に基づく制裁措置の EU 法秩序における適用が問題になった Kadi 事件(C-402/05)でそのような立 場が示されている。日本も同様の立場を採っている。

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