PANSY レーダーが南極最大の大気レーダーとして本格観測開始
1.発表者: 佐藤 薫 東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 教授 (PANSY プロジェクトリーダー) 堤 雅基 国立極地研究所 研究教育系 准教授 (PANSY プロジェクトサブリーダー、第 52 次南極地域観測隊越冬副隊長) 佐藤 亨 京都大学大学院情報学研究科 通信情報システム専攻 教授 (研究科長、第 53 次南極地域観測隊) 2.発表のポイント: ◆どのような成果を出したのか 南極昭和基地大型大気レーダーは、全体の 1/4 にあたるシステムの調整を終え、稼働に成功 し、南極最大のレーダーとなった。現在対流圏・成層圏の観測を継続中である。 ◆新規性(何が新しいのか) オーストラリア Davis 基地の中型の大気レーダーを超えて南極最大の大型大気レーダーとな ったこと。 ◆社会的意義/将来の展望 環境が苛酷であるため他の緯度帯に比べて遅れがちだった南極大気の観測的研究に大きな進 歩がもたらされること。これにより気候の将来予測の精度向上に結びつくこと。 3.発表概要:南極昭和基地大型大気レーダー(PANSY レーダー)(PANSY:Program of the Antarctic Syowa MST/IS radar、東京大学大学院理学系研究科佐藤薫教授代表)は、2012 年 5 月初めに、 第 53 次南極地域観測隊により全体の 1/4 にあたるシステムの調整を終え、オーストラリア Davis 基地の中型の大気レーダーを超えて、南極最大の大型大気レーダーとしての本格観測を 開始した。これによってブリザードをもたらす極域低気圧の物理的解明や、オゾンホールに も関係する対流圏界面の時間変動などの研究が可能となる。現在、きわめて良好なデータが 得られており、対流圏と成層圏の空気交換の様子がわかってきた。 PANSY レーダーは、第 52 次南極地域観測隊により 2011 年 2 月に南極昭和基地に建設された 世界初の南極大気レーダーである。国立極地研究所堤雅基准教授を中心とする作業チームに より同年 3 月に部分稼動による初期観測に成功したが、その後の記録的な大雪被害のため、観 測を中断していた。第 53 次隊では、18 年ぶりの南極観測船「しらせ」の接岸断念という非常 事態となったが、京都大学大学院情報学研究科佐藤亨教授を中心とする作業チームはこれを 乗り越え、2011 年 12 月下旬からの約 1 か月半の夏期間に、予定されていたアンテナの大移設 作業を完遂した。そして、越冬中に予定されていた 1/4 のシステム調整を本年 5 月に終え、対 流圏・下部成層圏の本格観測を開始した。 2012 年 11 月出発予定の第 54 次隊では、PANSY レーダーフルシステムを稼働させる予定。こ れによってさらに上空の中間圏や電離圏での大気現象の解明にも取り組む。環境が苛酷である
ため他の緯度帯に比べて遅れがちであった南極大気の観測的研究に大きな進歩がもたらされ、 気候の将来予測の精度向上などが期待される。
4.発表内容:
2011 年 3 月に部分稼動により初期観測に成功した南極昭和基地大型大気レーダー(PANSY レ ーダー:Program of the Antarctic Syowa MST/IS radar)は、第 52 次南極地域観測隊が越冬 期間中の 2011 年 4 月以降に記録的な大雪に見舞われ、アンテナエリアにも被害が出たため観 測を中断し、周囲の比較的標高の高い場所へのアンテナ移設を検討していました。そして、53 次隊を中心に 2011 年 12 月下旬から約 1 か月半にわたり移設工事を行いました。53 次隊は現 在まですでに数回のブリザードに見舞われていますが、移設先のアンテナにはほとんど積雪は 見られていません。 第 53 次隊では、南極観測船「しらせ」の昭和基地接岸断念という 18 年ぶりの非常事態とな り、輸送が大幅に制限されました。PANSY 計画も 2012 年に予定されていた世界初の中間圏乱 流観測を断念し、予定の 1/2 システム稼働から 1/4 システム稼働へと目標を変更せざるを得ま せんでした。しかし、PANSY 計画は「越冬成立」に次ぐ優先プロジェクトとして位置づけられ ていたため、移設に必要な建設機材、および、第 54 次隊で計画しているフルシステム稼働に つなげるための屋内制御機器の全ての搬入ができました。2012 年 1 月には、除雪後、52 次隊 で導入したシステムを立ち上げ、極中間圏雲に関連する強いエコーである PMSE(Polar Mesosphere Summer Echo)の観測にも成功しています。
2012 年 2 月下旬に夏隊が基地を出発した後は、越冬隊によりシステム調整が行われていま した。そして、5 月初めにほぼ終了し、対流圏と下部成層圏の観測が開始されました。図1は 5 月初旬の鉛直ビームを用いて観測されたエコー強度の時間高度断面図です。きわめて良好な データが得られています。図には、気象庁の 1 日 2 回の高層気象観測により得られた対流圏界 面の高度を重ねてあります。対流圏界面付近で散乱エコー強度が大きくなっており、それが時 間的にダイナミックに変動している様子がわかります。これは、オゾンや水蒸気の量が大きく 異なる対流圏と成層圏の空気の交換が盛んになされていることを示唆しています。今後、大型 大気レーダーでのみ観測可能な鉛直風の推定等を行い物質交換に関する定量的解明を進めると ともに、ブリザードをもたらす極域低気圧や、オゾンホールに関連する極成層圏雲などの極域 固有の現象に関する研究テーマに取り組んでいく予定です。 2012 年 11 月出発予定の第 54 次隊では、海氷の状況等が平年どおりであれば、アンテナ全 数を使用した PANSY レーダーのフルシステムを稼働させる予定です。フルシステムによって地 上 1km から 500km の対流圏・成層圏・中間圏・熱圏/電離圏の観測が可能となり、環境が苛酷 であるため他の緯度帯に比べて遅れがちであった南極大気の観測的研究に大きな進歩がもたら されることが期待されます。これによって、地球気候における極域の位置づけがより明確にな り、気候の将来予測の精度向上に結びついていくことになります。 ホームページ:http://pansy.eps.s.u-tokyo.ac.jp 5.発表雑誌: 本成果は、2012 年 5 月に行われた日本地球惑星科学連合の連合大会、日本気象学会春季大 会で発表されました。
6.注意事項: 解禁の制限はございません。 7.問い合わせ先: (研究に関すること) 東京大学・大学院理学系研究科・地球惑星科学専攻・教授 (国立極地研究所・客員教授) 佐藤 薫
TEL:03-5841-4668 E-mail:[email protected] (報道に関すること) 東京大学大学院理学系研究科 広報室副室長 / 科学コミュニケーション准教授 横山広美 TEL:03-5841-7585 E-mail:[email protected] 情報・システム研究機構 国立極地研究所 広報室 川久保守 TEL: 042-512-0655 Mobile:080-1361-6119(川久保) E-mail:[email protected] 8.用語解説: ○大気レーダー 大気中には風に乗って動く微弱な乱流が常に存在する。大気中に強い電波を発射すると、 乱流から電波が散乱される(これを散乱エコーと呼ぶ)。大気レーダーは、大気乱流からの散 乱エコーを受信し、その周波数のドップラー偏移を調べることで風を推定する。雨粒からの散 乱エコーを受信する気象レーダーとは区別される。大気レーダーは大気中の物質や運動量輸送 を研究するのに必要な風の鉛直成分を直接推定できる唯一の観測器である。PANSY レーダー は特に大型であり、フルシステム稼働によって中間圏の乱流散乱を受信できる感度も持つのが 最大の特徴。現在のPANSY レーダーは 1/4 システムであるため中間圏の乱流散乱は検出でき ない。電子密度、電子温度、イオン温度等の推定に必要な電離圏散乱エコー観測もフルシステ ム稼働により初めて実現される。 ○対流圏、成層圏、中間圏、熱圏、電離圏 平均的な気温の鉛直勾配の正負によって分類される大気領域の名前。成層圏と中間圏の境であ る成層圏界面は温度が極大となっている。この温度極大は、中低緯度および夏の極域では太陽 の紫外線をオゾン層が吸収し大気を加熱しているためであるが、冬の極域は、大気波動が駆動 する大気大循環によって維持されており、時間的に大きく変動する。電離圏は大気が電離して いる大気領域であり、中間圏~熱圏に広がるが、その広がりや電離の強さは季節や時刻による。 たとえば、中低緯度の電離圏は1 日変化が顕著であるが、極域では夏は白夜(太陽が 1 日中 沈まない状態)となるため強い電離が長期間継続し、冬は極夜(太陽が1 日中沈んだ状態) となるため電離が弱い状態が続くといった固有の特徴がある。 ○ブリザード 強い吹雪と強い地吹雪の総称。降雪がなくても積雪が舞い上がり吹雪となるのが地吹雪。風の 強さや視程(目視可能な距離)、継続時間によって、強いほうからA 級ブリザード、B 級ブ リザード、C 級ブリザードに分類される。基準は国によって異なる。ブリザードは猛烈な低気 圧の接近に伴うことが多いが、その精密な観測はまだ行われておらず、PANSY レーダーの観 測に期待がかかる。 ○オゾンホール
南極の春に現れる成層圏のオゾン層が極度に薄くなった状態。南極を中心にオゾン層に穴があ いたようにみえるためオゾンホールと呼ぶ。以前冷蔵庫などの冷媒、スプレーなどに使用され ていたフロンを起源とする物質がかかわる光化学反応によりオゾン層が破壊されてオゾンホー ルが発生する。オゾン層破壊物質は、極成層圏雲と呼ばれる高度20km 付近の極域固有の雲 の表面で起こる反応によって生成されるので、中低緯度にはオゾンホールは出現しない。また、 夏になると、中緯度のオゾン層のオゾンが極域に流れ込みオゾンホールは消滅する。このとき 極域のオゾンが薄い空気が中低緯度に流れ出すので中緯度のオゾン層も薄くなる。現在の気候 モデルではこのようなオゾンホールの季節変化を正確に予測できておらず、PANSY レーダー による研究観測の成果が待たれている。フロンの使用は禁止されているが、フロンの寿命は長 いのでオゾンホールは今世紀後半まで出現し続けると考えられている。北極の成層圏は南極よ りも気温が高いため極成層圏雲が少なく、南極ほどのオゾン破壊が起こらないと考えられてい たが2011 年の 3 月には南極オゾンホールに匹敵するオゾン破壊が起こり注目されている。 ○越冬成立 冬期間に必要な食糧や燃料、観測機材などが昭和基地に到着し、越冬できる状態になること。 53 次隊ではしらせの接岸断念等のため輸送が大幅に制限され、昭和基地の備蓄燃料はあまり 余裕のない状況である。 ○夏隊、越冬隊 南極観測船しらせは、1 年に 1 度南極昭和基地と日本の間を往復する。つまり、11 月中旬に 日本を出発し、12 月中~下旬に昭和基地に付近に到着。翌年 2 月中旬には昭和基地付近を出 発して、4 月中旬に日本に到着する。12 月下旬から 2 月中旬の夏期間のみ南極で活動し、帰 国するのが夏隊、1 年間南極で長い冬を過ごし、出発の翌々年に帰国するのが越冬隊である。 過去のPANSY のプレスリリースの用語解説も参考にしてください。 昭和基地に世界初の南極大型大気レーダーを設置 http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2010/43.html 南極大型大気レーダー初観測に成功 http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2011/09.html 9.添付資料:
図 1 2012 年 5 月 5~8 日に観測された大気散乱エコー強度の時間高度断面図。オレ ンジの○は昭和基地における気象庁のラジオゾンデ観測により得られた対流圏界面 の位置。対流圏界面ではエコー強度が強くなっており、時間的に大きく変動してい ることが明瞭にとらえられている。