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福岡大学人文論叢 第38巻 第4号

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Academic year: 2021

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(1)

フランス語における動詞文と

不定詞文について

浩 一 郎

Ⅰ. はじめに

(1)や(2)のように動詞を述辞とする発話を動詞文(phrase verbale),動詞が述 辞でない発 話を非 動 詞 文(phrase non-verbale)と総 称する.そして(3)の pr venir Ga lle et Dubois や(4)の Ne pas confondre... のように 不 定 詞 (infinitif)を述辞とする非動詞文を,特に不定詞文(phrase infinitive)と呼ぶ.

(1)Tu ne pr viens pas tes parents ? (M. Chattam, Le 5e

r gne, Collection Pocket, 2003, p.446)

(2)Les jur s confondaient facilement s ducteur et suborneur. (S. Japrisot, La passion des femmes, Collection Folio, 1986, p.444) (3)Il recula et couru brusquement vers la sortie. Pr venir Ga lle et

Dubois, Dubois devait avoir d j rencontr ce genre de choses... (B. Aubert, Fun rarium, Collection Points, 2002, p.188)

(4)Nous voulons tre pr cis et mesur s. Ne pas confondre un camp de concentration nazi ou sib rien et un centre d'h bergement en

(2)

Alg rie. (J.-P. Manchette, La princesse du sang, Collection Rivages-Noir, 1999, p.69) 本稿の目的は動詞と不定詞,特に動詞文と不定詞文を対比しながら,独立文 の成立基盤について考察することである(註1).独立文の構成に特化した記号素 である動詞と,多くの場合従属的な位置に現れる不定詞の対比は,文の独立性 という問題意識をよく反映していると考えられる. 「独立性」という概念が専ら統辞的なものであることをまず確認しておこ う(註2).言語は二重分節の仕組みをその本質的な部分にすえている.第一次分 節(発話の記号素への分節)は,当然のことながら,発話の有限の(それも通 常はかなり限られた数の)記号素への分節である.また,第一次分節の存在は 必然的に統辞関係の存在を含意する.ある伝達事項を継起的な記号素へと分割 するためには,またこの伝達事項が対話者に理解されるためには,記号素と記 号素の間にある関係(つまり統辞関係)が必ず問題とされなければならない. 第一次分節は「有限の記号素への分節」と「統辞関係の存在」を必然的に含 意する.この二つを敷衍するならば,統辞関係は有限の記号素の連続という境 界を超えては存在しないことになる(註3).つまり,ある発話を別の発話から区 別しているのは有限の記号素の間に結ばれた統辞関係である.この統辞的事実 が,文が独立していることの本質的な意味に他ならない.

(5)Je ne suis pas tout nu, j'ai mes sandales, [...]. (F. Vargas, Debout les morts, Collection J'ai lu, 1995, p.32)

文を境界画定するために意味という基準を用いることもある.しかし,これ は統辞的な基準に比べると二次的な重要性しかもたない.たとえば(5)の je ne suis pas tout nu と j'ai mes sandales との間に,何らかの意味的な相互関係

(3)

を認めることは不可能ではない.j'ai mes sandales を je ne suis pas tout nu の補足説明であると解釈し,意味的な独立性が低いと考えることが可能かもし れない.しかし je ne suis pas tout nu と j'ai mes sandales が互いの統辞的勢 力範囲の外側にあり,したがって(5)の全体が二つの独立文の並置によって構成 されていることは明らかである.そこに意味的な基準を介入させる必要はない. 文の境界画定には抑揚(intonation)という基準もある.これも周辺的な基 準に過ぎない.確かに抑揚が文の境界画定に役立つことはあるが,抑揚は独立 文の境界を明確化するための一手段に過ぎず,独立性の本質そのものではない. たとえば(5)の全体を一つのイントネーション・グループとして発声すること は可能であろうし,また逆に文の境界を含むことを明示するような抑揚を用い ることもできるだろう.しかしこのことは,(5)が二つの独立文の並置からな るという事実にまったく影響を与えない.

(6)Je suis po te. (F. Vargas, Sans feu ni lieu, Collection J'ai lu, 1997, p.169) 抑揚が二次的な基準に過ぎないことを実感するためには,たとえば,統辞的 に独立している(6)を抑揚や休止(pause)を用いて独立文でない状態にする ために,どれだけの工夫が必要であるかを考えてみればよいだろう.仮に je suis の後に三時間の休止をとってから po te と続けたとしよう.このような 場合でさえ,三時間の間我慢強く待っていた者にとって,それは依然として独 立文である可能性がある. テキストにおいては句読法(ponctuation)という基準もありうる.しかし これが,境界を明確化するための手段でしかないのは抑揚の場合と同様である. 統辞的な現象としての独立文に見られるような本質性(端的に言えば「第一次 分節」の必然性)はそこにない.

(4)

本稿の論述の手順は次の通りである.II.ではまず統辞的な意味での「従属 (subordination)= 限 定 (d termination)」 を 定 義 し , III. で 「 統 辞 機 能 (fonction syntaxique)」を定義する.IV.では動詞記号素と不定詞の統辞的 ステイタスの相違を確認する. V.では内心構造 (construction endocent-rique)と外心構造(construction exocentrique)を定義する.VI.では,動 詞文と不定詞文の成立基盤の違いを考察する.

Ⅱ.

「従属」の定義

文を構成する諸要素(記号素や連辞など)は,必ずしも互いに同等の統辞ス テイタスを持っているわけではない.

(7)Elle portait une tenue bleu roi, [...]. (J. Echenoz, Cherokee, Minuit, 1983/2003, p.143)

(7)の une tenue bleu roi はある色合いの服装(tenue)であり,bleu roi は ある色調を帯びた青色(bleu)である.une tenue bleu roi において tenue が 中心的であるのに対して,une や bleu roi は周辺的である.また bleu roi に おいて bleu が中心的であるのに対して,roi は付随的である.言語にはこの ような中心性と周辺性,つまり階層性が絶対に必要である.さもなければ,言 語表現のほとんどが語彙の単純な羅列でしかありえなくなってしまう.たとえ ば une tenue bleu roi の四つの記号素の意味関係は,「単一性+服装+青色+ 王」のような概念の平板な並置から想像や連想によって組み立てるしかないこ とになる.このタイプの伝達手段に限界があることは明白である.

一方が中心的で他方が付随的な統辞関係を「従属」あるいは「限定」と呼ぶ. より明確に定義すれば,次の三つの条件が満たされるとき,X は Y に従属す

(5)

ると言われる(註4).i)X の出現が Y の存在に依存する(註5).ii)X の付加が Y

の統辞的ステイタスに本質的な影響を与えない.iii)発話の他の部分(le reste de l' nonc )に対して X が持つ統辞関係が,Y のそれとは異なる.

(8)Mais il faut essayer quand m me. (D. R. Koontz, Miroirs de sang, Press Pocket, 1977, p.201)

たとえば(8)において不定詞の essayer は,動詞の faut に従属している.こ の essayer の出現は faut の存在に依存する.faut を消去すれば,それにとも なって essayer も(8)から姿を消す.また essayer を付け加えることは,(8)に おける faut の統辞ステイタス(述辞)に本質的な影響を与えない.そして essayer と発話の他の部分との統辞関係が,faut と発話の他の部分との統辞関 係と異なることは自明である.

(9)Je viens chez toi tout de suite. (F. Vargas, Les jeux de l'amour et de la mort, dition du Masque, 1986, p.73)

(9)において chez と toi の間にある統辞関係を従属とは呼ばない.確かに chez の出現はある意味では toi の存在に依存しているし,逆に toi の出現もま た chez に依存している部分がある.しかしこれは単なる依存関係ではなく, chez を付け加えることは toi と発話の他の部分との統辞関係に本質的な影響を 与える.従属という概念は階層性を明確化するためのものである.一方が他方 のステイタスに影響するような関係を従属に含めるべきではない.

(10)Arthur et Pablo descendaient Filmore Street. (M. Levy, Vous revoir, Collection Pocket, 2005, p.59)

(6)

(10)において Arthur と Pablo の間にある関係も従属ではない.これらは descendaient... に対して同じ統辞関係にある.このように発話の他の部分に 対して同一の統辞関係を持つものは,従属ではなく等位関係(coordination) にあると言われる(註6).等位関係にある諸要素は互いに同じ階層にあるのだか

ら,従属と呼ぶべきではない.

(11)Blanche a l'air tr s prise de son mari. (Fun rarium, p.252) (12)Je vais aller pr venir Blanche. (Fun rarium, p.195)

主辞は動詞に,統辞的に従属する(註7).主辞機能は動詞がなければ現れない が,動詞は述辞に特化した記号素であるから主辞がなくても述辞である.(11) において Blanche は主辞であるが,(12)でのように他の統辞機能を担うこと もできる.またもし動詞がなければ,Blanche は主辞ではありえない.これに 対して動詞記号素である(11)の a や(12)の vais は,従属節中でない限り述辞 としてしか使うことができない(IV.を参照).そして動詞は,たとえ名詞(句) 主辞や接辞的な主辞代名詞がなくても,命令文の述辞でありうる.

(13)[...], elle pouvait le joindre quand bon lui semblait. (Vous revoir, p.193)

(14)Bof. Suffit de faire gaffe. (Fun rarium, p.172)

(15)Au fait, elle est o , la star ? La p che est maigre. Avons crois Matt Dillon dans le hall. On dirait notre beau-fr re. (Elle, 19 septembre 2005, p.84)

主辞の有無は,動詞の発話の他の部分に対する統辞関係に本質的な影響を与 えない.確かに主辞が欠ければ全体が文として不完全になることが多いが,動

(7)

詞記号素が(従属節でない限り)述辞としてしか使えないことは変わらない. 実際(13)から(15)のように,活用部分に痕跡は残るが,主辞は表明されないこ とがある.端的に表現すれば,主辞は動詞に対する義務的な従属要素である.

Ⅲ.

「統辞機能」の定義

「統辞機能」に定義を与えよう.統辞機能は従属関係を前提にする.つまり 統辞機能は発話の一部分(記号素,連辞,連辞素など)が,発話の他の部分に従 属する場合にのみ生じる.従属することが,統辞機能が持つことの定義である と言い換えてもよい.

(16)Il faut trouver une autre id e. (Elle, 2 mai 2005, p.92)

(16)において,不定詞句である trouver une autre id e の統辞機能は,動 詞記号素の faut に従属することによって生じる.つまり trouver...は faut に 従属するという統辞機能(直接目的)を持つ.一方 faut はこの文の他の部分 に従属せず,述辞として「そこにある」だけで,それ自身に明確な統辞機能は 担っていない.同様に不定冠詞の une と形容詞の autre は,id e という名詞 に従属することで統辞機能を担う. しかし une autre id e の内部において id e に明確な統辞機能はなく,名詞句の中心として「そこにある」だけであ る.id e の統辞機能は,この連辞の外部に対して働く.つまり id e の統辞機 能(trouver の直接目的)は,une autre id e という連辞全体の中心部分とし て trouver に従属することによって生じる.

(17) Il travaille avec moi, [...]. (T. Benacquista, Quelqu'un d'autre, Collection Folio, 2002, p.176)

(8)

(17)において avec も moi も単独では明確な統辞機能を持たない.これらが 統辞機能を担うのは,avec moi という連辞全体が発話の他の部分(直接的に は travaille)に従属するからである.確かに avec は moi がこの文に組み入れ られるという統辞現象において,何らかの役割を担っている.しかしこの働き は,avec moi という連辞が(17)で担っているような明確な統辞機能とは別物 である.

(18)Leguennec cherche Relivaux. (Debout les morts, p.192)

(18)の Relivaux が持つ統辞機能 (cherche の直接目的) は, 主辞である Leguennec との相対的な位置関係によって表示される.(17)の avec と moi の 統辞関係は,(18)における Relivaux とその「位置」との間にある統辞関係 に近い.(18)の Relivaux がそれに相応しい位置で cherche に従属することに よ っ て 特 定 の 統 辞 機 能 を 担 う の と 同 様 に ,(17)の moi は avec を 伴 っ て travaille に従属することで特定の統辞機能を獲得している.言語記号と結び つかない限り「位置」自体には明確な統辞機能がないのと同様,(17)の avec に明確な統辞機能はない.(18)において Relivaux とその「位置」がいわば一 体化しているのと同じく,(17)の moi は発話の他の部分に従属するために avec と一体化していると考えられる.

(19)Philosophie et spiritualit s'organisent contre l'horreur. (Elle, 19 septembre 2005, p.60)

(19)に お い て s'organisent の 主 辞 機 能 を 受 け 持 つ の は , philosophie et spiritualit という連辞全体である.philosophie と spiritualit はそれぞれ, この連辞内部において等位で結ばれている消極的な存在に過ぎず,個別の統辞

(9)

機能を持たない.実際,無冠詞名詞である philosophie と spiritualit は単独 では主辞として不完全であろう.philosophie と spiritualit は発話の他の部 分に対して同じ関係にあるというだけで,これらの間に明確な統辞機能はない. 等位関係にある諸要素は,発話の他の部分に対して同一の統辞関係を持つ (Ⅱ.を参照).つまり等位の定義は関係の同一性にかかわり,それが文中でど のような働きをしているかという機能の問題からは独立している.この事実は 等位が統辞的な関係ではあっても,統辞機能と呼ぶべきものではないというこ とを明瞭に示している. 一般に,述辞(pr dicat)は発話の他の部分に従属せず,従属関係がつくる 階層構造の頂点に位置する.これは述辞の定義そのものである.そしてこのこ とが,述辞を中心にまとまっている文全体が,談話から統辞的に独立する基盤 となっている.つまり統辞機能の不在は,独立の可能性を意味することになる. 統辞機能が従属を前提条件とするのだから,統辞機能の不在は逆に非従属性 (つまり独立性)を意味する.(16)の述辞である faut は発話の他の部分に従属 していないが,このことは faut を階層構造の頂点とする連辞全体が,談話か ら統辞的に独立していることと同義なのである.

Ⅳ.動詞と不定詞の統辞的ステイタス

発 話の他の部分に従属しない, 述 辞に特 化した記 号素を独 立的 記 号 素 (mon me ind pendant)と呼ぶ.フランス語には三種類の独立的記号素がある.

(20)J'aime Gabriel. (Elle, 18 avril 2005, p.188)

(21)- Tu connaissais un autre moyen ? - Non. Il en existe pas. (Ph. Djian, Crocodiles, Collection J'ai lu, 1989, p.149)

(10)

l'ombre d'un ange, Collection J'ai lu, 2002, p.143)

(23)Chut ! Chut ! (S. Japrisot, La dame dans l'auto avec des lunettes et un fusil, Collection Folio, 1966, p.92)

独立的記号素としてはまず,(20)の aime のような動詞記号素がある.(21) の non のような節的記号素(oui, si, non)も独立的である.(22)の a e や(23) の chut のような間投詞も独立的な記号素と考えられる.この三タイプの記号 素は,単独の記号素としては発話の他の部分に従属しない.このことは動詞記 号素,節的記号素そして間投詞が,独立文の述辞に特化した記号素であること を意味する.

(24)Je vous ai d j dit que j'aime ne pas comprendre. (A. Nothomb, P plum, Le Livre de Poche, 1996, p.48)

(25)C'est possible que oui, c'est possible que non. (F. Vargas, L'homme aux cercles bleus, Collection J'ai lu, 1996, p.81)

(26)Bertrand a l'intuition que non. (D. Bretin et al., Sable Noir, Collection J'ai lu, 2006, p.125)

(24),(25),(26)に見られるように,動詞記号素と節的記号素は従属節中に 現れる可能性がある.つまり動詞記号素と節的記号素は,従属接続詞をともな うことによって,発話の他の部分に従属することが可能である(註8).他方,間 投詞はこの可能性を持たない(註9) 動詞記号素が独立文の述辞となる場合,原則として主辞の存在を必要とする (Ⅱ.を参照).節的記号素や間投詞にこの制約はない. 以上をまとめると,動詞を次のように定義することができる.動詞は主節だけ でなく従属節中に現れることも可能な,主辞を要求する独立的記号素である(註 10)

(11)

(27)Alors tu parles japonais avant de parler fran ais ? (A. Nothomb, M taphysique des tubes, Le Livre de Poche, 2000, p.49)

(28)Vous avez tort de refuser. (F. Beigbeder, 99 francs (14,99 euros), Collection Folio, 2000, p.134)

(27)の avant de や(28)の de など,前置詞(句)の後に現れるのは動詞では なく,不定詞である.このことは,不定詞が含意する従属的な性格を明示する と考えられる.前置詞の役割りが,他の要素に統辞機能を与えることだからで ある(Ⅱ.を参照).

(29)J'aime donner mon avis sur tout. (Debout les morts, pp.40-41) (30)Voler des archives est une chose, assassiner deux personnes en est

une autre. (F. Vargas, Ceux qui vont mourir te saluent, Collection J'ai lu, 1994, p.147) 実際,不定詞が現れるのは前置詞(句)の後ろ以外でも,(29)の donner(直 接目的)や,(30)の voler(主辞)と assassiner(主辞)のような,従属的な 位置であることが多い. 不定詞が記号素(最小の表意単位)ではなく,連辞(syntagme)であるこ とにも注意しておこう.たとえば parler と rater をつきあわせれば,それぞ れが動詞記号素(mon me verbal)の parl- /parl/や rat- /rat/と,接辞で ある-er /e/から構成されていることが分かる.この観察からだけでも,不定 詞の内部に二つの表意単位が存在することは明らかである.したがって不定詞 の内部構成を正確に記述するためには,不定詞(infinitif)と不定詞記号素 (mon me infinitif)を区別しておかなければならない.つまり parler には, parl- /parl/という記号表現を持つ動詞記号素と,-er /e/という記号表現を

(12)

もつ接辞記号素(mon me affixal)が共存している.この接辞記号素を不定 詞記号素と呼ぶ.これに対して,連辞である parler 全体は伝統に従い不定詞 と呼ぶ.

(31) Elle insistait pour m ler ses doigts aux miens. (F. Beigbeder, L'amour dure trois ans, Collection Folio, 1997, p.54)

不定詞は動詞とは異なり,主辞による従属を受け入れない.(31)の elle は insistait の主辞であって,m ler の主辞ではない.不定詞の m ler は主辞を 要求しない連辞(動詞記号素+不定詞記号素)である. 以上をまとめて,不定詞の持つ性格を次のように規定することができる.不 定詞は,動詞記号素に不定詞記号素を付け加えた連辞である.不定詞記号素を 加えることで,動詞記号素を特徴づけていた独立的な性格は失われる.また不 定詞は動詞記号素と異なり,主辞の存在を要求しない. Ⅴ.「内心構造」と「外心構造」の定義 内心構造とは,一まとまりで統辞機能を担いうるような連辞のことである. 外心構造とは,そのような可能性を持たない連辞を意味する(註 11)

(32)Il a une jolie voix. (Sans feu ni lieu, p.57)

たとえば(32)において,une と jolie は voix に従属している.そして une jolie voix という連辞全体は,voix を中心に一まとまりとなって(il)a に従属 している.つまり une jolie voix は一まとまりで統辞機能(直接目的)を持つ ことになるから,内心構造であると考えてよい.

(13)

(33)M me mon grand-p re trouvait a d mod . (T. Benacquista, La commedia des rat s, Collection Folio, 1991, p.48)

(34)Il la trouvait dr le, cette vieille femme-l , [...]. (La dame dans l'auto avec des lunettes et un fusil, p.136)

(33)において, a d mod という連辞は一まとまりの統辞機能を担ってい ない.したがって a d mod は外心構造と考えられる.このことは,(34)の ように la と dr le が分離した構文の存在からも明らかであろう(註 12)

外心構造は,非動詞文の統辞的な成立基盤と密接な関係にあると考えられ る(註 13)

(35) Traumatis e, la nana. (J.-C. Grang , L'Empire des Loups, Collection Le Livre de Poche, 2003, p.348)

たとえば(35)の traumatis e, la nana は,まとまって統辞機能を担いう るような連辞ではなく,したがって外心構造である.この連辞が,内心構造で ある la nana traumatis e よりも文としての独立性が高いことに注目しよう. 明確な統辞機能を持たない外心構造は,発話の他の部分に従属しないという 否定的な性格を利用することで,内心構造に対して相対的に高い独立性を獲得 する可能性がある.従属性と独立性はいわば反比例の関係にあるからである. 非動詞文の成立には,この仕組みがかかわっていることが少なくない.

Ⅵ.動詞文と不定詞文

本節では,内心構造・外心構造という概念を援用して,動詞文と不定詞文を 比較する.

(14)

(36)Eh, a arrive tout le monde. (A. Desplechin, Comment je me suis disput ... (ma vie sexuelle), Hachette, 1996, p.118)

(37)Ouais, il para t que a arrive de temps en temps. (Ph. Djian, 37 2 le matin, Collection J'ai lu, 1985, p.244)

(36)の a arrive のように主辞と動詞からつくられる連辞は,外心構造を構 成する.「主辞+動詞」タイプの連辞が発話の他の部分に従属するのは,原則 的には(37)でのように,従属接続詞や関係詞等が使われた場合(つまり従属節 中)に限られる(Ⅳ.を参照). (36)の a arrive は従属関係が作る階層構造の頂点に位置し,発話の他の部 分に従属しない.外心構造であること,つまり a arrive に積極的な統辞機能 が欠如していることが,(36)全体が独立文を構成するための統辞的基盤となっ ている(Ⅴ.を参照).

(38)Je sais lire. (La dame dans l'auto avec des lunettes et un fusil, p.221)

(39)Je ne faisais que regarder. (Vous revoir, p.137)

動詞の場合とは異なり,不定詞は本質的に内心構造である.たとえば(38)の lire(直接目的)や,(39)の regarder(直接目的)が内心構造であることは明 らかである(Ⅴ.を参照).不定詞が内心構造であることは,不定詞の従属性と 表裏一体の関係にある.

(40) Je sais conduire le camion. (F. Vargas, L'homme l'envers, Collection J'ai lu, 1999, p.131)

(41)On ne fait que r quilibrer la balance ! (Le 5e

(15)

(42)Aimer un homme est aussi compliqu que d' lever des gamins ! (Vous revoir, p.206)

不定詞句は多くの場合,内心構造を構成する.(40)の conduire le camion (直接目的),(41)の r quilibrer la balance(直接目的),(42)の aimer un homme(主辞)はそれぞれの文中で,一まとまりの統辞機能を担っている.

(43)Il fit un pas en avant, mais elle avait d j le canon dans la bouche. Il se figea. Ne pas la brusquer, ne pas bouger. (Fun rarium, p.414) (44)Du bruit. Pas tr s loin. Il se glissa dehors. En bas, les Osmond prenaient cong . Redescendre. Aller chercher la photo. Il se faufila dans l'escalier, coll au mur, d boucha dans le hall. (Fun rarium, p.235)

(43)や(44)の不定詞文は内心構造である.統辞的な独立性は低く,非動詞文 として成立するためには文脈や状況による意味的な支えが必要である.

(45) Vous vous rendez compte : moi, devenir la ma tresse de S raphine ! (N.A. Collins, Appelle-moi Tempter, Collection J'ai lu, 1999, p.175)

(46)En l'occurence, devoir entretenir un monologue ! (A. Nothomb, Les Catilinaires, Collection Le Livre de Poche, 1997, p.78)

(47) Bilan : N'importe quel membre du voisinage h t rosexuel pouvait tre le coupable. Donc liminer Charles et Costa ? Mais si Louis-Marie avait menti? Donc continuer tourner rond. (Fun rarium, p.239)

(16)

(48)[...] je n'avais eu envie de tout lui dire. D'ailleurs lui dire quoi ? (F. Sagan, Un certain sourire, Collection Le Livre de Poche, 1956, p.94)

(45),(46),(47),(48)に見られるように,不定詞文の全体が外心構造であ ることがある.たとえば(45)の moi, devenir la ma tresse de S raphine は, 一まとまりで統辞機能を担いうるような従属的な連辞ではない.これらの不定 詞文は外心構造が持つ独立性を利用して,内心構造の不定詞文に比べ,相対的 に高い独立性を獲得している(註 14)

(49)Et l'actrice de basser les yeux vers la grosse topaze ambre qui orne son annulaire. (Elle, 30 mai 2005, p.99)

(50)Et l'insolente Myl ne Farmer de chanter la radio : [...]. (99 francs (14,99 euros), p.265) (49)や(50)の構文は, 物語体不定詞 (infinitif de narration) と呼ばれ る(註 15).物語体不定詞は外心構造を利用した不定詞文であり,文としての独立 性も安定している. 動詞文と不定詞文の成立基盤についてまとめておこう.動詞記号素は主辞を 要求し,全体で外心構造を構成する.一方,主辞をとらない不定詞は内心構造 である.動詞文の独立性が安定しているのに対して,不定詞文の独立性が低い ことには,この相違が関係している.実際,不定詞文の中には外心構造を利用 することで,相対的に高い独立性を示すものもある. 「主辞+動詞」型の連辞が外心構造であるのは,専ら動詞が独立的な記号素 であることによる.ただし,動詞に不定詞記号素を付加して不定詞(内心構造) をつくれば,主辞は現れえなくなるのだから(Ⅳ.を参照),「主辞+動詞」タ

(17)

イプの連辞が外心構造であることと,主辞の有無は連動していると考えなけれ ばならない.

Ⅶ.まとめ

本稿では,動詞文と不定詞文の成立基盤の相違について,内心構造・外心構 造という統辞的概念を用いて考察した.述辞に特化した動詞記号素と,多くの 場合従属的な位置に現れる不定詞は,いわば対称的なステイタスを示す. 動詞記号素は主辞を要求し,主辞と動詞からなる連辞が外心構造となる.動 詞文においてはこの外心構造の存在が,独立文の成立基盤となる.一方,主辞 をとらない不定詞は内心構造である.動詞文の独立性が安定しているのに対し て,不定詞文の独立性が低いことには,この相違が関係している. 内心構造は一般に,統辞的な独立性が低い.内心構造の不定詞文の成立には, 文脈や状況の意味的な支えが必要である.それに対して外心構造は,一まとま りの統辞機能を担わないという消極的な性格を利用することで,相対的に高い 統辞的独立性を獲得する可能性がある.実際,不定詞文の中には物語体不定詞 のように,外心構造を利用することで,より安定した独立性を示すものもある. [註] ※)本稿は川島(2002a)第 12 章の一部分を,全面的に書き改めたものである. (註1) フランス語の非動詞文をほぼ全般的に扱った研究書に LEFEUVRE (1999)があるが,不定詞文は考察していない.また全般的に,文の 「独立性」という問題意識も希薄である. (註2)本稿では MEILLETらの伝統的な見解にしたがって,文を「統辞的に

(18)

独立した発話」と定義する.MEILLET(1903)は文に次のような定義

を与えている.

A un point de vue purement linguistique, et abstraction faite de toute consid ration de logique ou de psychologie, la phrase peut tre d finie : un ensemble d'articulations li es entre elles par certains rapports grammaticaux et qui, ne d pendant grammaticalement d'aucun autre ensemble, se suffisent elles-m elles-mes. (MEILLET, 1903, p.326)

また BLOOMFIELDが文に与えた次の定義においても,独立性とい

う概念は重視されている.

It is evident that the sentences in any utterance are marked off by the mere fact that each sentence is an independent linguistic form, not included by virtue of any grammatical construction in any larger linguistic form. (BLOOMFIELD, 1933, p.170)

(註3)MARTINETは文が統辞関係の限界であることについて,次のように

述べている.

Il faut bien comprendre que la d finition que je donne de la phrase est en fait une stipulation ; j'appelle phrase l'ensemble des l ments qui se rattachent un m me pr dicat sans qu'il y ait de liaison syntaxique entre aucun des l ments de ce tout et un autre nonc . Hors de la phrase, il n'y a pas de syntaxe. On entre dans la s mantique. C'est donc un nonc dont nous stipulons

(19)

l'ind pendance. (MARTINET, 1993, pp.341-342)

(註4)本稿での「従属=限定」の定義は,MARTINET(1985)による.

(註5)従属(限定)にとって本質的なのは,それが依存関係であることである.

(51)Vous doutez de moi ? (A. Nothomb, Cosm tique de l'ennemi, Collection Le Livre de Poche, 2001, p.84)

依存関係の判別に曖昧さがあるように思えることがある.たとえば (51)において,de moi が動詞である doutez に従属しているのか,あ るいは単独の moi が連辞素である doutez de に従属しているのかの 決定は考え方にもよる.これは判定が曖昧な場合があるということに 過ぎず,従属が本質的に依存関係であるという定義を変更する必要は ない.灰色が存在するからといって,白と黒という区別が無意味にな るわけではないのである. (註6)等位の定義に関しては,敦賀(1998)を参照. (註7) 主辞が動詞に対する義務的従属要素であることについては, 川島 (2006)を参照. (註8)川島(2004b)を参照. (註9)川島(2004a)を参照. (註 10)フランス語における動詞の定義に,時制・相・法の従属を受けると いう事実を盛り込むこともできる.しかしこれは動詞記号素の積極的 な統辞特性ではないため(他の記号素の従属の受け皿になっているだ け),動詞の定義からは除外した. (註 11)内心構造と外心構造はもともと,分布主義的な枠組みで定義されて きた.すなわち,連辞 XY が X と同じ分布を示すとき,この連辞を

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内心構造と呼ぶ.そして XY が X と Y のどちらとも異なる分布を示 すとき,この連辞を外心構造と呼ぶ.本稿では,この定義に修正を加 えたものを用いている. 内心構造・外心構造の定義に関しては, BLOOMFIELD(1933)と川島(2002b)を参照. (註 12)二次的叙述と外心構造の関連については,川島(2006)を参照. (註 13)非動詞文と外心構造との関連について,TSURUGA(1978)は次のよ うに指摘する.

rien, sous les arbres du jardin est exocentrique, ou tout au moins, moins endocentrique que rien de tel, par exemple. Nous pensons que les nonc s nominaux sans les dits "actualisateurs" sp cialis s sont plus ind pendants quand ils sont exocentriques que quand ils sont endocentriques. C'est justement cette exocentricit m me qui offre une ind pendence. Le cas de rien n'est peut- tre pas tr s explicite cause du signifi de rien (m me pour le cas de rien, nous pensons d'ailleurs que rien, sous les arbres.. est plus ind pendant que rien de tel ou rien). Mais le cas de f te, par exemple, est explicite. f te, ou une f te, ou une grande f te peut tre difficilement ind pendant, tandis que aujourd'hui une f te ou une grande f te parce que c'est la fin d'ann e para t l' tre. (TSURUGA,

1978, p.68)

(註 14)不定詞文と外心構造の関連については,川島(2005b)を参照. (註 15)物語体不定詞については ENGLEBERT(1998)を参照.

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[参考文献]

BLOOMFIELD, Leonard (1933), Language, New York, Holt.

ENGLEBERT, Annick (1998), L'infinitif dit de narration, Paris-Bruxelles, Duculot. 川島浩一郎(2002a)『フランス語の非動詞文研究』,博士論文,東京外国語大 学. (2002b) 「内心構造,外心構造について」『ふらんぼー』第 28 号,東京外 国語大学フランス語研究室フランス研究会,39-57. (2004a)「フランス語の間投詞について」『福岡大学研究部論集』第 4 巻第 4 号 A: 人文科学編,福岡大学,21-32.

(2004b)「フランス語の OUI, SI, NON について」『福岡大学人文論叢』第 36 巻第 2 号,福岡大学,471-488. (2005a)「フランス語の「現在形」をめぐる一考察」『福岡大学研究部論集』 第 5 巻第 1 号 A : 人文科学編,福岡大学,13-28. (2005b)「不定詞文に関する一考察」『福岡大学人文論叢』第 37 巻第 2 号, 福岡大学,705-720. (2006)「二次的叙述をめぐる一考察」『ふらんぼー』第 31 号,東京外国語大 学フランス語研究室,34-50.

LEFEUVRE, Florence (1999), La phrase averbale en fran ais, Paris,

L'Harmattan.

MARTINET, Andr (1985), Syntaxe g n rale, Paris, Armand Colin. (1993), M moire d'un linguiste, Paris, Quai Voltaire.

MEILLET, Antoine (1903), Introduction l' tude comparative des langues indo-europ ennes, Paris, Hachette.

(22)

ス語・フランス文学論集』第 14 号,筑波大学フランス語・フランス文学研 究会,15-29.

(2000a)「フランス語における間投詞 ah と oh について―独立不定詞節の用 法に関連して―」『筑波大学フランス語・フランス文学論集』第 15 号,筑波 大学フランス語・フランス文学研究会,57-74.

(2000b)「独立不定詞節の用法について―Lui, avoir fait a!―」『フランス 語フランス文学研究』第 77 号,日本フランス語フランス文学会,72-83. (2002)「独立不定詞節の説明的用法について」『フランス語学研究』第 36 号,

日本フランス語学会,1-13.

TSURUGA, Yoichiro (1978), L'Autonomie syntaxique en fran ais contemporain (sa contribution la communication linguistique), th se de doctorat de 3e cycle, Universit de Provence.

敦賀陽一郎(1998)「等位接続と統辞機能」『フランス語を考える フランス語 学の諸問題Ⅱ』,東京,三修社,204-215.

参照

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