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新版 完全講義 民事裁判実務の基礎[入門編]

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(1)

は し が き

本書は、要件事実を中心に、事実認定と法曹倫理の基礎的な事項について解 説したものである。 すでに『完全講義民事裁判実務の基礎〔第版〕』上巻・下巻(民事法研究会 刊)を刊行しており、「わかりやすい」、「読みやすい」、「民事裁判がイメージ できた」などの声をいただいた。と同時に、上・下巻合わせると約900頁であ り、「分厚すぎる」、「これだけを読んでいる時間がない」などの声もいただい た。また、「改正民法を早く勉強したい」、「法曹倫理についても簡潔に解説し てもらいたい」という声もあった。 『完全講義民事裁判実務の基礎〔第版〕』は、司法修習修了までに理解して おくべき内容をほぼすべて盛り込んでおり、演習問題も題入れているので、 大部になってしまったが、そこまで深く理解することを求めない読者も当然な がら多数いる。 そこで、同書を基礎的な事項の解説をした本書と発展的な事項を解説した 『新版・完全講義民事裁判実務の基礎[発展編]』に再編することにした。本書 は、要件事実を中心としつつ、事実認定と法曹倫理についても簡潔にまとめた ものであり、このઃ冊で民事裁判実務の基礎がわかるものにした。読者として は、主として、法科大学院生、司法試験予備試験受験生および司法書士(簡裁 訴訟代理権)を対象としている。 本書は、上記のような内容であるから、要件事実については、売買、建物賃 貸借、消費貸借など基本的な類型に限定しており(土地賃貸借、請負、債権者代 位などは取り上げていない)、事実認定も書証の成立に関する推定など基本的な 項目に絞った解説をしている。 法科大学院生や予備試験受験生、司法書士(簡裁訴訟代理権)については、 本書で足りるように思うが、司法修習生にとっては明らかに内容が不足してい るし、より深く学ぶことを望む法科大学院生や予備試験受験生も少なくないと 思われる。そのような方は、本書に続いて刊行する予定の『新版・完全講義民 事裁判実務の基礎[発展編]』をぜひ読んでいただきたい。 はしがき 1 大島眞一著『新版 完全講義 民事裁判実務の基礎[入門編]』 民事法研究会発行

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本書の特徴としては、次の点をあげることができる。 第に、本書は、法科大学院における「民事訴訟実務の基礎」等の授業を理 解するための、あるいは司法試験予備試験を受験するにあたって独学で勉強す るための自習書として位置づけており、ひととおり民法と民事訴訟法を理解し ていることが前提であるが、それ以上の法律知識等はなくとも理解できるよう に配慮している。 第に、できるだけ抽象的な説明は避け、具体的な事例に基づいた説明を行 い、事案におけるあてはめができるようにするとともに、理解を助けるための 図や訴状、不動産登記事項証明書等の書式を示すことによって、視覚的に理解 できるように努めた。 第に、私の法科大学院での授業経験を踏まえ、法科大学院生等が間違いや すい点や誤解しやすい点については、その旨を明示して説明し、誤った理解を しないように工夫した。この観点から、重要な点は繰り返し説明を加えて、正 確に理解できるように配慮した。 第に、民法改正についても触れた。民法の改正法案については、国会に提 出されたもののまだ議決されていないが、法律案は公表されているので、それ に基づいて解説を加えた。現民法でも、改正予定の民法でも、どちらでも対応 できるようにしている。 第に、司法試験予備試験の過去問を例として、考え方の視点を示すととも に、予備試験レベルの演習問題も加えており、理解力が定着し、応用できるよ うに工夫した。 第に、法曹倫理について、事例を使って弁護士倫理の基本的な事項を解説 した。 基礎的な解説に絞ったつもりだが、それでもかなりのボリュームになった。 法曹倫理は不要あるいは改正民法はまだ早いという読者もかなりおられると思 う。これらの部分を飛ばすと、分量はかなり減ることになる。 本書は、『完全講義民事裁判実務の基礎〔第版〕』を基にしており、中村修 輔さん(福井地家裁判事)、田端公美さん(弁護士・西村あさひ法律事務所)ら多 くの方々の協力を得ている。また、本書の演習問題については、新谷真梨さん はしがき

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(金沢地裁判事補)、佐野静香さん(福岡地裁判事補)、大西敦子さん(68期司法修 習生)、加納紅実さん(同)のご意見をいただいた。イラストは村上彩子さん (新64期、弁護士)にお願いした。今回も企画から出版まで民事法研究会の安倍 雄一さんには大変お世話になった。厚くお礼を申し上げたい。 最後に、本書を手にとられた方々が、将来、法曹界で、あるいはそれ以外の 分野においても、活躍され、新しい時代が開かれることを期待して、はしがき の結びとしたい。 平成27年10月

大 島 眞 一

はしがき 3

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〔本書の利用方法〕

⑴ 前 提

本書は、すでに民法と民事訴訟法について一定の理解があることを前提にし ているので、原則としてその内容等について詳しく説明はしていない。疑問点 がある場合は、各自、教科書等にあたって確認されたい。

⑵ 「本文」と「One Point Lect ure!

本書は、「本文」と「One Point Lect ure! 」に分かれる。

本文は、要件事実や事実認定、法曹倫理についてわかりやすく解説している。 かなりの分量になっているが、丁寧に解説したためであり、読みやすいものに なっている(はずである)。行間を読む必要はなく、説明すべき点はすべて盛り 込んでいる。

One Point Lect ure!」は、初学者が間違いやすい点や誤解しやすい点 について口語体でわかりやすく説明を加えたものである。 ⑶ 要件事実 要件事実については、司法研修所編『新問題研究要件事実』(法曹会、2011年。 以下、「司研・新問研」という)に基づいた解説をしている。もっとも、司研・ 新問研は、実体法について多様な解釈があることを意識して記載されており、 見解を並列的に掲げている部分もある。本書では、司研・新問研が「事実記載 例」として掲げている見解によりつつも、別の見解についても言及するように した。 また、司研・新問研は基本的な類型についてかなり簡潔な説明に徹している。 本書では、司研・新問研には掲載されていない類型についても触れているが、 その場合は、司法研修所編『改訂紛争類型別の要件事実──民事訴訟における 攻撃防御の構造──』(法曹会、2006年)を参考にしている。ただし、同書と司 研・新問研との間で見解が異なっている場合は、より近著である司研・新問研 を優先させている。 私見が司研・新問研と異なる点はあるが、本書では私見には触れていない (私見については、刊行予定の『新版・完全講義民事裁判実務の基礎[発展編]』を 参照いただきたい)。 本書の利用方法

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事例に基づいた解説を心がけた関係で、かなり〈

Case

〉を多様しているが、 各〈

Case

〉では、X が原告、Y が被告、A や B は訴訟外の人物を意味してい る(ただし、代理の項目では、それとは異なった表記になっている)。また、各 〈

Case

〉は、できるだけ簡潔なものにした関係で、かなり不自然なものもあ るが、ご容赦いただきたい。各〈

Case

〉では、事実摘示例を掲げているが、 つの参考にすぎない。どのように表現するかではなく、いかなる内容を記載 するかに関心をもっていただきたい。 また、改正民法についても、「新民法では」という見出しで、改正点を解説 している。本文と関係する部分に限っての解説であるが、改正予定の民法でど のようになるのかを理解できるようにしている(なお、国会で議決された民法の 一部を改正する法律の内容が本書と異なる場合には、民事法研究会のホームページ 〈http://www.minjiho.com/〉で本書の修正部分を公表する予定である)。 ⑷ 事実認定 事実認定については、本書では、総論と書証に限った解説をしている。解説 にあたり、司法研修所編『事例で考える民事事実認定』(法曹会、2014年)を参 考にした。もともと事実認定は、具体的な事例に基づいて検討することが不可 欠であるが、法科大学院生らにはそこまで求められているものではないと考え られるので、事実認定の基本的な構造と民事裁判で最も重要な証拠である書証 に限定した。もうつの重要な証拠である証言に関することや間接事実による 認定などについては、『新版・完全講義民事裁判実務の基礎[発展編]』に記載 するので、関心のある方は参照していただきたい。 ⑸ 法曹倫理 法曹倫理については、弁護士倫理に関し、簡単な〈

Case

〉を掲げて、その 検討をしている。弁護士倫理は、日本弁護士連合会の会則である「弁護士職務 基本規程」に掲げられており、それを理解することが不可欠であることから、 本書ではそれに則った解説をしている。本来であれば、沿革や比較法の検討が 不可欠な分野であるが、そのような点には触れていない。より深く学ぶことを 希望する方は、加藤新太郎『コモン・ベーシック弁護士倫理』(有斐閣、2006 年)、小島武司ほか『テキストブック現代の法曹倫理』(法律文化社、2007年)、 髙中正彦『法曹倫理』(民事法研究会、2013年)、飯村佳夫ほか『弁護士倫理 本書の利用方法 5

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〔第版〕』(慈学社、2014年)、日本法律家協会『法曹倫理』(商事法務、2015年) 等を読んでいただきたい。 ⑹ 演習問題 身に付けた知識や思考方法が具体的な事案において活用できなければ、絵に 描いたäである。十分に活用できるようになるには演習が不可欠である。 本書では、演習問題として、比較的基本的なものを題掲載している。題 は、平成24年度の司法試験予備試験の法律実務基本科目(民事)の問題を使っ た検討であり、もう題は、予備試験レベルの演習問題である。より複雑な事 案について要件事実や事実認定の演習をしてみようと思われる方は、『新版・ 完全講義民事裁判実務の基礎[発展編]』に掲載するので、検討していただき たい。

coffee break

司法試験の合格者等に勉強方法や現在の状況を書いてもらっている。ひと休 みとして読んでいただきたい。 本書の利用方法

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〔本書の構成〕

本書は、次のような構成となっている。 〈第Ⅰ部 基本構造・訴訟物〉 第講 民事訴訟の基本構造 第講 訴訟物 〈第Ⅱ部 要件事実〉 第講 総論(①売買契約を例に、②要件事実とは) 第講 売買(①条件・期限、②弁済、③一部請求、④消滅時効、⑤同時履行、⑥ 代物弁済、⑦未成年・虚偽表示・詐欺・錯誤、⑧規範的要件、⑨黙示の意思 表示) 第講 売買(①代理、②相殺、③債務不履行(履行遅滞)解除、④瑕疵担保責 任) 第講 貸金・保証(①消費貸借、②保証、③準消費貸借) 第講 不動産明渡し(①土地明渡し、②建物収去土地明渡し、③建物退去土地明 渡し) 第講 不動産登記(①総論、②所有権移転登記抹消登記、③所有権移転登記、④ 抵当権設定登記抹消登記、⑤利害関係を有する第三者に対する承諾請求) 第 講 賃貸借(①賃料請求、②建物明渡し、③留置権、④転借人に対する請求、 ⑤定期建物賃貸借、⑥敷金返還請求) 第10講 動産・債権譲渡等(①動産引渡し、②債権譲渡、③準占有者に対する弁 済、④相続、⑤不法行為) 〈第Ⅲ部 事実認定〉 第11講 事実認定総論 第12講 書証 〈第Ⅳ部 法曹倫理〉 第13講 法曹倫理(①総論、②事件の受任、③事件の処理、④秘密保持義務、⑤ 真実義務、⑥相手方との関係、⑦他の弁護士との関係) 第14講 法曹倫理(①利益相反、②弁護士報酬、③辞任、④組織内弁護士、⑤共 同事務所) 本書の構成 7

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〈第Ⅴ部 演習問題〉 第15講 演習問題(平成24年司法試験予備試験問題)/演習問題 民事裁判においては、「訴訟物」、「要件事実(主張)」、「事実認定(立証)」の つが大きな柱である。 まず、第講で民事裁判全体の構造をみた後、第講で「訴訟物」を、第 講で「要件事実」の総論を、第講〜第10講で「要件事実」の各論を扱ってい る。 「要件事実」の各論については、売買、消費貸借等の比較的わかりやすいと 思われる紛争類型から始め、徐々により複雑な類型の要件事実を扱うようにし た。代理や弁済、相殺などの複数の紛争類型にまたがる事項については、原則 として、売買を例に説明している関係で、売買の中に入れている。 「事実認定」については、第11講で総論的な説明を行い、第12講で民事裁判 で最も重要な証拠である書証を解説している。 「法曹倫理」については、第13講、第14講で総論・受任から辞任までと組織 内弁護士、共同事務所の問題を検討している。 「演習問題」は、第15講で平成24年度の司法試験予備試験問題検討と筆者が 作成した演習問題問を掲載している。

〔要件事実について〕

⑴ 要件事実の役割 「民事裁判実務」イコール「要件事実」だと考えている法科大学院生や司法 修習生が少なからずいる。確かに、事件の争点を明確化し、充実した審理をす るためには、要件事実に基づいて的確な主張をし、争点の整理を行う必要があ り、要件事実は民事裁判実務における基礎であって、これを正確に理解するこ とは当然の前提であるといえる(本書においては、このような観点から、要件事 実の解説に多くの頁を費やしている)。 しかし、要件事実は、原告と被告のいずれが主張・立証責任を負うかについ ての分配をしているにすぎず、それを理解したところで、民事裁判実務を理解 したということにはとうていならない。民事裁判は、当事者間における紛争を 要件事実について

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法的に解決する場であるから、実務においては、要件事実を整理することによ って争点を把握し、その争点について的確な事実認定・判断をすることがより 重要であるといえる。たとえば、X が Y に対し売買契約に基づいて代金請求 をしたところ Y が売買契約の成立を否認したという実務でよくみかける事案 を考えてみると、売買契約の締結については、X が主張・立証責任を負うと いう形で要件事実の整理をしたところで、何の紛争解決にもなっていない。こ こでは、当事者から提出された証拠を子細に検討し、売買契約が締結されたと 認定できるかという事実認定の部分が大きな問題となるのである。また、事案 によっては法解釈が正面から争われる場合もあり、立法の経緯や紛争実態を踏 まえて法解釈を展開することが求められる。事件によっては、主張・立証責任 の分配がまだ定まっておらず、要件事実の整理が争点のつになることはある が、基本的に、民事訴訟実務において、要件事実が主役の座を占めることはな い。 このように、要件事実は、事件の争点を把握するための道具のようなもので あるから、その役割を十分に踏まえたうえで要件事実の勉強をすることが肝要 である。 また、「要件事実は暗記である」という誤解もあるように見受けられる。要 件事実は、実体法の解釈に委ねられているところが多く、必ず正解があるわけ でも一義的に決まるものでもないうえ、民法上の紛争類型に限らずに広く問題 となるのであるから、すべてを暗記することは不可能である。したがって、要 件事実を暗記するのではなく、基本的な考え方の筋道や思考方法を理解したう えで、それに基づき具体的な事件について検討すれば足りる。 本書においては、以上のような観点から、実務的によくみかける紛争類型に ついて、基本的な事項から説明し、最終的には複雑な問題や民法以外の問題も 扱うことによって、実体法の解釈を踏まえて、要件事実を考えることができる 思考力や応用力を育成することを目指した。 ⑵ 法科大学院における「民事訴訟実務の基礎」の授業のあり方 本書は、法科大学院における「民事訴訟実務の基礎」等の授業の自習書とし ての性格をもっているので、法科大学院における「民事訴訟実務の基礎」等の 授業のあり方について触れておきたい。 要件事実について 9

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「民事訴訟実務の基礎」等の授業については、14〜15回の講義回数であると すると、前半は、理論編として、民事訴訟の構造と訴訟物(本書の第講、第 講)を回、要件事実(本書の第講〜第10講)を回、事実認定(本書の第 11講、第12講)を回行い、後半は、実践編として、〜回に分けて、模擬 記録等を用いて、訴状・答弁書の検討や、争点整理、事実認定を民事訴訟の手 続に従って順に検討し、要件事実や事実認定のほか、訴訟運営や訴訟手続につ いても触れ、実体法・訴訟法の理論がどのように実務と関連しているのかを示 しながら、民事裁判実務が動的に理解できるようにするのが望ましいのではな いかと思う。 要件事実を回程度で終えるとすると、本書で詳細に触れた点を取り上げる ことはもちろん不可能であって、売買、消費貸借、賃貸借、不動産明渡し、不 動産登記、動産引渡し程度を取り上げれば十分ではないかと思う。事実認定に ついても、証明度や書証の意義、成立の推定、経験則の役割等を中心とした総 論的な内容で足りよう。多くの知識を詰め込むよりも、基本的な知識の修得に 努め、その基本的知識を応用できるようにすることが望ましい。 もっとも、法科大学院において民事模擬裁判等の科目が独立してあり、多く の学生が履修するのであれば、実践編はその科目で行うことができるので、 「民事訴訟実務の基礎」は、より理論的な点を取り上げることができるが、要 件事実について過度に細かな点に立ち入るべきではなかろう。 要件事実について

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第講から第10講まで講にわたり、要件事実の検討をする。まず、今回は、 売買契約を素材にして要件事実の基本的な考え方を理解しよう。

売買契約を例に

〈Case ③-1〉

(X の言い分) 私は、父親から相続により甲土地を取得したのですが、相続した土地を 使うこともないので、売ってしまいたいと考えていました。しかし、不動 産業者の知り合いもいないので、どうしたらよいのか困っていました。こ のことを、知り合いの Y に相談したところ、Y が、この土地を買うと言 い出したので、その後、私たちは協議を重ね、平成28年ઃ月15日、代金 2000万円で甲土地を売買することを合意しました。ところが、Y は、甲 土地の代金2000万円を支払おうとしないので、Y に対し、売買代金2000 万円の支払を求めます。 (Y の言い分) 私は、X が困っていたから、仕方なく甲土地の売却の相談に乗っただ けで、結局売買契約の締結には至りませんでした。 第અ講 要件事実総論

3

要件事実総論

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請求の趣旨

請求の趣旨は、認容判決の主文に該当するもので、給付の法的性格や理由は 記載しない。したがって、請求の趣旨は、「Y は、X に対し、2000万円を支払 え」となる。



訴訟物

処分権主義の下では、訴訟物は、原告の申立てによって定まるところ、X は、甲土地の売買契約の成立を主張して、売買代金の支払を請求している。 訴訟物の個数は、債権的請求の場合、契約の個数によって定まるが、契約の 個数は、土地の売買契約のつのみである。 したがって、訴訟物は、「売買契約に基づく代金支払請求権個」となる。 なお、以下では、売買契約に基づいて代金請求をしている場合を検討するが、 売買契約に基づいて目的物の引渡請求をする場合も、訴訟物が「売買契約に基 づく甲土地の引渡請求権個」となり、請求の趣旨が「X は、Y に対し、甲 土地を引き渡せ」となるほか、基本的に代金請求をする場合と同じである。



請求原因

「請求原因」とは、訴訟物である権利または法律関係の発生原因事実のこと である(「請求原因」は、ドイツ語(klagegrund)の略語で「Kg」と表記されるこ とがある)。 「訴訟物の個数」と「請求原因の個数」は全く別のものなので、誤解しない ようにする必要がある。つの訴訟物に対し、その訴訟物の発生を根拠づける 事実が複数存在することは珍しいことではないが、このような場合には、訴訟 物はつだが、請求原因は複数存在することとなる。たとえば、賃貸借契約の 終了に基づいて建物の明渡しを求める場合、訴訟物は、賃貸借契約の終了に基 づく建物明渡請求権個であるが、請求原因としては、賃料不払による解除、 無断転貸による解除等、複数あることがある(複数の請求原因がある場合、いず れかの請求原因が認められると、被告から抗弁が提出されない限り、原告の請求が 認容されるという関係にある)。 Ⅰ 売買契約を例に 47

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⑴ 実体法上の成立要件と請求原因 X の主張は、甲土地の売買契約に基づいて、Y に対し代金の支払を求める ものである。 民法555条は、「売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転すること を約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、 その効力を生ずる」と規定する。つまり、「財産権の移転の約束」と「代金支 払の約束」により売買契約は成立し、これによって代金支払請求権が直ちに発 生することとなる。したがって、売買契約の発生原因事実、すなわち、 ○ 売買契約の締結 が請求原因となる(厳密には、一方当事者の売買契約締結の申込みと相手方当事者 の承諾という個の意思表示が必要ということになるが、申込みの撤回等が問題に ならない限り、「売買契約の締結」という用語で個の意思表示を一括して示してい る)。

One Point Lecture! 売買契約の締結か、売買契約の成立か?

契約は、①申込みと承諾という઄つの意思表示の合致によって成立するのが通 常ですが、②商事売買のように申込みのみで成立することもあります(商509条 ઄項)。このため、一般的な表現として、「契約の成立」を要件事実とする文献も 多いですが、本書では、①を念頭に、「契約の締結」という表現を用いることと します。 では、なぜ、民法555条に該当する事実を主張すれば、それが請求原因とな るのであろうか。 ある典型契約に基づいて請求をする場合、請求原因として何を主張・立証し なければならないかについては、実務では冒頭規定説がとられている。すなわ ち、典型契約の場合、民法第編第章の「契約」の第節ないし第14節の冒 頭にある規定は、各契約の成立要件を定めたものであり、その要件に該当する 具体的な事実を主張・立証しなければならないという見解である。たとえば、 贈与契約に基づく請求であれば民法549条、売買契約に基づく請求であれば民 法555条、消費貸借契約に基づく請求であれば民法587条、使用貸借契約に基づ く請求であれば民法593条に定める要件を主張・立証しなければならない。冒 第અ講 要件事実総論

(15)

頭規定説は、各契約の冒頭の規定が各契約が成立するための本質的な要素を定 めていると理解するものである。 では、冒頭規定がない非典型契約(無名契約)については、何を請求原因と して主張すべきことになるのか。各典型契約の本質的な要素が各典型契約の冒 頭に規定されているという理解であるから、非典型契約についても、その本質 的な要素について主張しなければならないということになる。 ⑵ 要件事実の具体的内容  「目的物」と「代金額」 売買契約の成立には、「財産権の移転の約束」と「代金支払の約束」が民法 555条により要求されている。したがって、売買契約の成立を主張する場合に は、 ① 目的物の特定 ② 代金額または代金額の決定方法の合意 を主張しなければならない。すなわち、「目的物の特定」と「代金額または代 金額の決定方法の合意」は、売買契約の本質的要素ということである。 なお、支払を請求する者は、通常、「代金を払ってくれない」という主張を 前提にしていると考えられるが、代金支払請求権は、売買契約の成立によって 直ちに発生するので、「代金不払」という事情を代金支払請求の要件事実とし て主張する必要はない。  「支払時期」 それでは、代金の「支払時期」は、売買契約の本質的要素として、その主張 が必要となるのであろうか。 契約上の義務は、期限の合意がないとおよそ成立し得ないというものではな く、一般に、特に期限の合意のない契約上の義務は、契約成立と同時に直ちに 履行すべきものと考えられている。売買契約においても同じである。つまり、 売買契約において、代金債務の「期限の合意」は本質的要素ではなく、売買契 約の「付款」にすぎないと考えるのである。 そして、「付款」の主張・立証責任については、それによって利益を受ける 当事者が負うべきと考える(このような付款の主張・立証責任の分配についての Ⅰ 売買契約を例に 49

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考え方は「抗弁説」とよばれているが、この点は67頁参照)ので、売買契約の成立 を主張するものは、付款の主張・立証責任まで負うものではないと考えること となる。 したがって、支払期限の合意およびその期限の到来を請求原因として主張・ 立証する必要はない。  その他の事実 ほかにも、X は、「父親から相続により甲土地を取得した」といった甲土地 の取得原因に関する主張や、「相続した土地を使うこともないので、売ってし まいたいと考えていた」といった契約に至る動機などを主張しているが、売買 契約は「他人物」でも成立する(民560条)ので、売主の目的物所有という事 情は、売買契約の成立要件とはならない。動機も売買契約の成立とは無関係で ある。 また、諾成契約の売買契約は、「目的物の引渡し」がなくとも合意によって 成立するので、「目的物の引渡し」という事実も成立要件ではない。なお、「目 的物の引渡し」は、Y の「同時履行の抗弁」に対する再抗弁として位置づけ られることとなる。  まとめ 以上の検討から、X は、請求原因として、「目的物」と「代金額」を確定し て売買契約の締結を主張・立証すればよいこととなる。そうすると、事実摘示 は、次のようなものとなる(なお、要件事実を具体的に指摘して提示することを 「摘示」という)。

〈Case ③-1〉

◆請求原因事実◆ X は、平成28年ઃ月15日、Y に対し、甲土地を代金2000万円で売った。 Y は、「売買契約の締結には至らなかった」と主張しているのであるから、 請求原因に対する認否は「否認」である。「仕方なく甲土地の売却の相談に乗 っただけ」と反論しているが、これは認否でも抗弁でもない。 ⑶ 主張している事実と証拠により認定できる事実との同一性 請求原因は、その事実がすべて認められた場合に請求が認容されるのであり、 つでもそれが認められないと請求は棄却される。 第અ講 要件事実総論

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では、売買契約はあったが、証拠調べをした結果、契約締結の日付が違って いたり、売買代金額が異なっていた場合、判決はどうなるのか。 当事者の主張した事実と裁判所が認定する事実との間に、事実の態様や日時 等の点について多少の食い違いがあっても、社会通念上同一性が認められる限 り、当事者の主張しない事実を認定したことにはならないと解されている(最 判昭32・5・10民集11巻号715頁、最判昭52・5・27集民120号607頁)。〈

Case

③ -1〉でいえば、実際には売買契約が月20日であっても、その前後に当事者間 で同種の売買はなく、同一性があると認められると、月20日の売買契約締結 を認定しても、当事者が主張しない事実について認定したことにはならない。 もっとも、主張と証拠によって認定する事実が食い違っている場合には、当事 者が主張を訂正するなり、裁判所が釈明をすることによって解決される問題で ある。代金額が違っている場合には、目的物の引渡請求であれば、同じように 同一性が認められる限り、証拠によって認められる代金額を認定して X の請 求を認容すればよく、売買代金請求であれば、〈

Case

③-1〉で代金額が証拠 上1800万円であれば、同じ契約と認められる限り、1800万円の支払を認める一 部認容判決をすることになる。



権利(請求権)の発生と判決の基準時

権利(請求権)は、過去の一時点に成立すると、相手方でその消滅事由等を 主張・立証しない限り、現在も存在していることになるので、過去の一時点に 請求権が発生したことをいえば足りる。

One Point Lecture! 権利(請求権)の存続

平成27年ઋ月15日に売買契約が締結され、売買代金請求権が発生すると、相手 方で消滅事由の主張・立証をしない限り、その請求権はいつまでも存在すること になります。判決の基準時は口頭弁論終結時ですので、その時点でも存在してい ることになります。このため、過去の一時点で成立したことを主張・立証すれば 足りるわけです。 でも、時効期間が経過すれば、請求権は消滅するのではないかと思う人がいる かもしれません。それは、相手方において、時効で消滅したことを主張・立証す ることによって、その請求権が消滅したということになるのです。相手方におい て、消滅時効の主張・立証をしなければ、何年経っても、請求権は存続します。 Ⅰ 売買契約を例に 51

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要件事実とは



要件事実の意義

ここで、あらためて要件事実の意義をみることにしよう。 権利の「発生」という法律効果をもたらす要件事実が認められれば、その発 生原因事実があった過去の一時点で権利が発生し、いったん発生した権利は、 この発生した法律効果の発生を「障害」する要件事実や「消滅」させる要件事 実が認められない限り、現在も存在すると考えることになる。 他方、権利を「発生」させる事実があっても、その権利の発生を「障害」す る要件事実があれば、権利が発生しないことになるので、現在も権利はないと 考えることになる。また、権利を発生させる要件事実が認められ、いったんは 権利が発生したとしても、後にその権利を「消滅」させる要件事実があれば、 その時点で権利は消滅し、現在も存在しないと扱われることとなる。いったん 権利が発生しても、その権利行使を「阻止」する要件事実があれば、権利は現 在も存在しているが、行使できないこととなる。 民事訴訟で審理する権利または法律関係の存否は、この「発生」「障害」「消 滅」「阻止」という法律効果の組合せによって判断される。



主張・立証責任の分配と要件事実

⑴ 立証責任 民事訴訟においては、要件事実によって基礎づけられる法律効果の組合せに よって原告の主張する一定の権利または法律関係の存否が判断されるが、要件 事実の存在が訴訟において争われた場合には、証拠によって立証しなければな らず、立証ができなければ、当該要件事実の存在が認められず、その法律効果 の発生も認められなくなる。 このように、訴訟上、ある要件事実の存在が真偽不明に終わったために当該 法律効果の発生が認められないという一方当事者が負うべき不利益のことを 「立証責任(証明責任)」という。たとえば、〈

Case

③-1〉で、X が売買契約 の締結の事実を立証できなければ、売買契約の事実は認められず、その法律効 第અ講 要件事実総論

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果の発生も認められない結果になり、X の請求が棄却される。この場合、X が売買契約の締結について立証責任を負っていると考えることになる。 ⑵ 主張責任 民訴法の基本原則である弁論主義の下では、当事者の主張した事実のみが法 律効果の判断の基礎とされるのであり、当事者の主張しない事実は、たとえ証 拠によって認めることが可能であっても、これを判断の基礎とすることは許さ れない。したがって、ある法律効果を主張する当事者は、その発生原因事実を 主張する必要がある。 そして、ある法律効果の発生要件に該当する事実が主張されないことによっ て、当該法律効果の発生が認められないという一方当事者の不利益のことを 「主張責任」という。たとえば、〈

Case

③-1〉で、売買契約の締結は認められ たが、実はすでに Y は X に対して売買代金を支払っていたことが証拠からわ かったとしても、その主張がない限り、弁済の事実を認めることはできない。 この場合、Y は弁済について主張責任を負っていると考えることになる。 ⑶ 主張・立証責任の分配(法律要件分類説) このように、主張・立証責任を負う当事者は、自らが主張する法律効果の発 生原因事実を積極的に主張し、立証する必要があるが、当事者のうち、どちら が立証責任を負うか(立証責任の分配)という問題については、「法律要件分類 説」という考え方が一般的である。 「法律要件分類説」とは、一定の法律効果の存在を主張する者は、その効果 の発生を定める適用法規の要件事実について立証責任を負うという考え方であ る。実務では、立証責任の分配について、各実体法の解釈によって決められる ものであり、具体的には、実体法規の規定の文言・形式を基本としつつ、法の 目的・趣旨、類似または関連する法規との体系的整合性、要件の一般性と特別 性、原則と例外の関係、さらには立証の難易なども考慮して決める立場を採用 している。条文の構造や文言のみによって主張・立証責任の分配を決めるもの ではないため、修正された法律要件分類説ともいわれている。 「法律要件分類説」を採用する理由としては、①一般に私法の立法における 条文の配列や本文・ただし書等の書き分けは原則として立証責任の所在に対す る立法関与者の認識を反映するものであるから、条文の構造・表現は立証責任 Ⅱ 要件事実とは 53

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の分配基準の基礎とするに足りるものであること、②実体法規の構造や表現は、 明文規定のある法律要件の全般について基準となり、明確性や思考経済の面で すぐれていること、③実際にも、これによる立証責任分配の結果は民法および その他の特別法について多くの場合適切なものと評価できることなどがあげら れている(笠井正俊「証明責任の分配」青山善充=伊藤眞編『民事訴訟法の争点 〔第版〕』208頁参照)。 そして、主張責任は、立証責任が主張レベルに投影されたものと考えること ができるので、立証責任を負うべき当事者が、主張責任も負うと考えることと なる。 したがって、要件事実を考える際も、基本的には、権利の発生原因事実につ いては、それを主張する者がその要件事実の主張・立証責任を負い、権利の障 害、消滅、阻止に関する事実については、権利の存在ないし行使を否定しよう とする者が主張・立証責任を負うことになる。 まとめると、主張・立証責任の分配は、法規の文言・形式を基本としつつ、 法の趣旨・目的等も考慮して考察することが必要であるといえる。

One Point Lecture! 主張責任と立証責任は一致するか

主張責任と立証責任については、両者が一致するかをめぐって、債務不履行に よる損害賠償を中心として議論されてきました。 司研・新問研ઊ頁の見解は、両者は必ず一致し、債務不履行による損害賠償請 求の場合、債権者において、履行期が経過したことを主張すれば足り、債務者の 履行がなかったことを主張する必要はないと考えるものです(もっとも、同頁で は別の見解があることも述べられています)。主張責任は、ある主要事実が主張 されないためにその主要事実についての法律効果の発生が認められないという不 利益であり、立証責任は、その主要事実の証明ができなかった場合に不利益を受 けるというものであって、いずれもその法律効果を受けることができないという 不利益ですから、主張・立証責任は一致するという考えです。 これに対し、債務不履行に基づく損害賠償請求であれば、民法415条は「履行 をしないとき」は損害の賠償を請求することができると規定しているように、債 務者の履行がなかったことが損害賠償請求権の発生要件であって、履行期が経過 したことによって損害賠償請求権が発生するものではなく、債権者は履行がなか ったことについて主張責任を負うが、履行があったことの証明責任は債務者が負 うとして、主張責任と立証責任を分ける見解も有力です。その見解としては、主 第અ講 要件事実総論

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張責任と立証責任を峻別する考え方(前田達明「主張責任と立証責任について」 民商129巻ઈ号777頁)、あるいは、原則として主張責任と立証責任は一致するが、 原告の主張のみで請求の理由が基礎づけられることが必要(訴えの十分性あるい は有理性とよばれる)であるとする考え方(中野貞一郎「主張責任と証明責任 ──訴えの有理性について」同『民事手続の現在問題』216頁)などがあります (なお、条文を素直に読むと、履行がなかったことにつき債権者が立証責任を負 うように読めますが、弁済は債務者が立証すべき事項であることなどから、債務 者が履行があったことについて立証責任を負うことについては見解が一致してい ます)。 実体法の解釈としては、履行がなかったことが損害賠償請求権の発生要件であ ることからすると、後者の見解が相当ということになります。もっとも、立証責 任の所在はそれが立証できなければ不利益を受けるのであり、当事者にとって重 大な関心事ですが、主張責任は単に主張すればよいだけであって、現実に債務不 履行による損害賠償請求訴訟については、訴状において原告(債権者)が「被告 (債務者)は履行をしなかった」との主張を必ずしており、実務的には重要な問 題ではないといえます。



抗弁と否認

⑴ 否認と抗弁の区別 請求原因事実に対する被告の争い方としては、①「請求原因を否認する」、 ②「抗弁を主張する」というつの方法が考えられる。 「抗弁」とは、請求原因と両立し、請求原因から発生する法律効果を障害、 消滅、阻止する事実をいう。これに対し、「否認」とは、請求原因と両立せず、 単に請求原因の存在を否定しているにすぎない主張をいう(なお、「抗弁」は、 ドイツ語(Einrede)の頭文字をとって「E」と略記することがある)。

One Point Lecture! 「両立性」

「両立性」の基準は、否認と抗弁を区別するメルクマールになりますが、両立 するか否かの判断は、あくまで「事実」のレベルで比較しなければならない点に 注意を要します。たとえば、売買契約に基づく売買代金請求権の主張に対し、被 告が錯誤による無効を主張した場合を考えますと、錯誤により法律行為は「無 効」(民95条)ですので、請求原因における売買契約成立の主張と、抗弁の錯誤 の主張とは、法律効果の観点からみれば両立しません。しかし、だからといって Ⅱ 要件事実とは 55

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「錯誤」の主張を「否認」とは整理しません(もともと抗弁は請求原因の主張を 攻撃するものですから、法律効果の面で両立しないのは当然のことです)。要件 事実の整理では、契約の成立と有効とを明確に区別し、「売買契約を締結した」 という事実と「錯誤による無効」という事実は両立するので、「錯誤」の主張は、 売買契約を締結したという事実を否認するものではなく、それを前提とした抗弁 に当たることになります。 ⑵ 抗弁の種類 抗弁には、次のとおり、「障害の抗弁」「消滅の抗弁」「阻止の抗弁」という 種類がある。  障害の抗弁 権利の発生に必要な事実がすべてそろっていたとしても、その時点での法律 効果の発生が認められなくなる(権利の発生を「障害」する)事実は、「障害の 抗弁」に当たる。結果としては、請求原因における法律効果の発生が最初から 認められなくなるものである。 具体的には、錯誤、虚偽表示等、実体法上契約が無効となる場合をあげるこ とができる。  消滅の抗弁 請求原因事実によって発生した請求権に対し、事後的に、その発生した請求 権を消滅させるのが「消滅の抗弁」である。具体的には、弁済や解除をあげる ことができる(「解除」の抗弁は、実体法上の効果としては及的無効であるから、 権利の発生自体を障害する事実のようにも思われるが、いったんは請求権の発生を 認めたうえで、事後的に請求権を消滅させるものであるから、「消滅の抗弁」と理解 することとなる。もっとも、障害の抗弁であれ、消滅の抗弁であれ、抗弁であるこ とには変わりはないので、区別する実益に乏しい)。  阻止の抗弁 請求原因事実によって発生した法律効果を消滅させるものではないが、その 権利行使を一時的に阻止するものが「阻止の抗弁」である。具体的には、同時 履行の抗弁、留置権の抗弁などをあげることができる。

One Point Lecture! 否認と抗弁の違い

否認と抗弁を間違える人は少なからずいますので、もう一度、抗弁の性質につ

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いてまとめます。 ① 請求原因と両立する ② 請求原因から生じる法律効果を攻撃する(「障害」「消滅」「阻止」のઅ種 類) ③ 被告に主張・立証責任がある



再抗弁

「再抗弁」とは、抗弁と両立し、抗弁から発生する法律効果を障害・消滅・ 阻止し、請求原因の法律効果を復活させる事実のことをいう(再抗弁のことを、 ドイツ語(Replik)の頭文字をとって「R」と略記することがある)。 抗弁と両立しない事実(抗弁事実の存在を否定する事実)の主張は「否認」に すぎないことは、前記で説明したのと同様である。再抗弁で特に注意する必 要があるのは、「請求原因の法律効果を復活させる」という点である。この意 味で、請求原因・抗弁・再抗弁は、すべて「つの流れ」として主張が連なっ ていなければならない。 なお、再抗弁以下は、「再々抗弁」(ドイツ語の Duplik から「D」と略記され る)、「再々々抗弁」(ドイツ語の Triplik から「T」と略記される)と続いていく。 いずれも、攻撃する主張と両立し、かつ、さらに前の主張の法律効果を復活さ せる関係に立たなければならない。

具体的検討

では、錯誤(民95条)を例にして、法律要件分類説に従って要件事実の整理 をしてみよう。法律要件分類説は、条文の文言や構造を基本にするので、条文 をみると、基本的に立証責任がわかるしくみになっている。錯誤無効でいえば、 本文とただし書があるように、本文については錯誤無効を主張する者が、ただ し書はその例外であるので相手方が主張・立証責任を負うことになる。そうす ると、X が Y に対して売買代金の請求をし、Y が売買契約は錯誤無効である と主張した場合を考えると、〈表〉のとおりになる。 契約に基づく請求に対し、当該契約が錯誤による意思表示に基づくものであ ったとの主張が認められれば、契約は無効となり、請求原因に基づく法律効果 Ⅱ 要件事実とは 57

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の発生が障害されることとなるので、この錯誤の主張は、抗弁として機能する。 民法95条ただし書は、表意者に重大な過失があったときは、表意者は自らその 無効を主張することができないと規定しているので、X は、Y の錯誤無効の 主張に対し、Y に重大な過失があったことを主張することができる。この主 張が認められれば、錯誤無効の効果が認められないことになり、請求原因(売 買契約の締結)の法律効果が復活することとなるので、この主張は、錯誤無効 の抗弁に対する再抗弁に位置づけられる(錯誤の詳細は、98頁参照)。 では、もうつ例をあげる。

〈Case ③-2〉

X が Y に対し貸金200万円の返還請求をした。Y は、A に受領権限があ ると信じて、X 作成の領収書を持参してきた A に200万円を弁済したので、 X の Y に対する貸金債権200万円は消滅したという主張をしたい。民法 478条と480条のどちらの主張をするのが適切か。 民法478条と480条を比べてみよう。 民法478条(債権の準占有者に対する弁済)であれば、Y が A に受領権限があ ると信じ、そう信じたことにつき過失がないことを証明しなければならない。 これに対し、民法480条(受取証書の持参人に対する弁済)であれば、X が Y の 悪意または過失を証明しなければならない構造になっている。したがって、Y としては、民法480条の要件を満たす(A が受取証書の持参人であった)場合に は、民法480条の主張をするほうが有利であるといえる。 では、なぜこのような規定になっているのであろうか。債権者 X 作成の領 第અ講 要件事実総論 X・Y の売買契約の締結 請求原因 Y には錯誤に陥ったことにつき重過失があったこと(民95条ただし 書) 再 抗 弁 Y の意思表示について法律行為の要素に錯誤があったこと(民95条本 文) 抗 弁 〈表〉 要件事実の整理(錯誤無効)

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収書等の受取証書を A が持参してきた場合には、弁済者 Y において、A に受 領権限があると信じるのは通常のことであり、それだけ Y を保護する必要が ある。これに対し、A が、X 作成の書類を持たずに「X に受領を依頼された」 と言ってきたので弁済したという場合は、当然に信用してよいわけではなく、 弁済者において善意・無過失であったことを立証すべきであるという考え方に 基づいている。 このように、民法478条と480条は、立証責任を意識して条文を記載している といえる(意識していない条文も多数あるので注意を要する)。 新民法では──民法480条 新民法では、現民法480条は廃止された。理由としては、真正な受取証書 (典型例は「領収書」)の持参人を他の表見受領権者と異なった準則の下で処 理することには、弁済者の信頼保護の点で合理性を見出しがたいこと、受取 証書の持参は受領権限を有することの認証方法として重要なものであるが、 そのような認証方法は受取証書の持参以外にもあり、特別に規律を設ける必 要はないこと、真正な受取証書の持参人に対する弁済であることが立証され たのであれば、弁済者の善意・無過失を事実上推定すれば足りること等を考 慮したことがあげられている。 このため、現民法では、真正な受取証書の持参人に対する弁済について、 債権者が弁済者の悪意または過失を主張・立証しなければならないが、新民 法では、弁済者が自らの善意・無過失を主張・立証しなければならない。も っとも、真正な受取証書を持参している場合には、経験則(366頁参照)か ら、弁済者の善意・無過失を事実上推定できるので、弁済者としては、受取 証書が真正なものであることを立証すれば足りる(もっとも、ほかに受領者 が真の権利者か疑わしい事情が認められて、受取証書が真正なものであった としても、無過失とはいえない場合もありうる)。新民法では、真正な受取 証書の持参人に弁済しても、弁済者の善意・無過失の立証ができなければ、 有効な弁済と認められないので、現民法よりも弁済者に不利(債権者に有 利)となっている。 Ⅱ 要件事実とは 59

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〔著者略歴〕 大 島 眞 一(おおしま しんいち) [略歴] 神戸大学法学部卒業。1984年司法修習生(38期)。1986年大阪地裁判事補。 函館地家裁判事補、最高裁事務総局家庭局付、旧郵政省電気通信局業務課課長 補佐、京都地裁判事補を経て、1996年京都地裁判事。神戸地家裁尼崎支部判事、 大阪高裁判事、大阪地裁判事・神戸大学法科大学院教授(法曹実務)、大阪地 裁判事(部総括)、京都地裁判事(部総括)を経て、2014年大阪家裁判事(部総 括)、現在に至る。 [主要著書・論文等] 塩崎勤ほか編『【専門訴訟講座①】交通事故訴訟』(共著、民事法研究会・ 2008)、『ロースクール修了生20人の物語』(編著、民事法研究会・2011)、能見善 久=加藤新太郎編『論点体系判例民法ઉ不法行為Ⅰ〔第઄版〕』(共著、第一法 規・2013)。 「逸失利益の算定における中間利息の控除割合と年少女子の基礎収入」判タ 1088号60頁(2002)、「交通損害賠償訴訟における虚構性と精緻性」判タ1197号 27頁(2006)、「ライプニッツ方式とホフマン方式」判タ1228号53頁(2007)、 「法科大学院と新司法試験」判タ1252号76頁(2007)、「大阪地裁医事事件にお ける現況と課題」判タ1300号53頁(2009)、「交通事故における損害賠償の算定 基準をめぐる問題」ジュリ1403号10頁(2010)、「規範的要件の要件事実」判タ 1387号24頁(2013)、「医療訴訟の現状と将来──最高裁判例の到達点」判タ 1401号ઇ頁(2014)等。 著者略歴 533

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落丁・乱丁はおとりかえします。 ISBN978-4-86556-052-7 C3032 Y−3800E カバーデザイン 関野美香 発 行 所 株式会社 民事法研究会 〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿 3-7-16 〔営業〕 TEL 03(5798)7257 FAX 03(5798)7258 〔編集〕 TEL 03(5798)7277 FAX 03(5798)7278 http://www.minjiho.com/ info@minjiho.com 平成27年12月ઉ日 第ઃ刷発行 定価 本体3,800円+税 著 者 大島 眞一 発 行 株式会社

民事法研究会

印 刷 株式会社 太平印刷社

新版 完全講義 民事裁判実務の基礎[入門編]

──要件事実・事実認定・法曹倫理

参照

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