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指名債権譲渡における相殺の抗弁の切断に関する一考察 (【退職記念号】 佐藤 俊一 教授 三沢 元次 教授 盛岡 一夫 教授) 利用統計を見る

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指名債権譲渡における相殺の抗弁の切断に関する一

考察 (【退職記念号】 佐藤 俊一 教授 三沢 元次

教授 盛岡 一夫 教授)

著者名(日)

深川 裕佳

雑誌名

東洋法学

53

3

ページ

193-232

発行年

2010-03-01

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00000738/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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︽論 説︾

指名債権譲渡における相殺の抗弁の切断に関する一考察

はじめに 1 債権譲渡における相殺の抗弁の切断に関する旧民法草案の立法理由 H 債権者の交替による更改における異議をとどめない承諾の理論構成  ー ボワソナードの説明  2 更改における現行民法四六八条一項準用の意義 斑 債権譲渡に対する異議をとどめない承諾による相殺の抗弁の切断に関する従来の理論  1 現行民法四六八条一項に関する起草者の見解  2 相殺の抗弁の切断に関する従来の学説 W 債権譲渡における異議をとどめない承諾による相殺の抗弁の切断の検討  − 問題の確認  2 権利外観法理に基づく検討 おわりに

裕 佳

193

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はじめに  本稿では、指名債権の譲渡がなされた際に、債務者が異議をとどめないで承諾をすることによって、相殺の抗弁 をもって譲受人に対抗することができなくなること︵相殺の抗弁の切断︶の理由を検討する。従来、民法四六八条        ︵1︶ 一項をめぐる解釈論は、学説において、﹁最大の難問のひとつ﹂として議論されてきた。本稿は、この問題の一部 である相殺の抗弁の切断を検討し、これによって、筆者の研究課題である﹁三者関係における相殺﹂に関する理論 的発展を試みるものである。  相殺の抗弁については、第三者、特に、受働債権からの債権回収について競合する他の債権者に対して相殺を主 張することができる場面が問題とされてきた。そこでは、主に、相殺の抗弁をどのような要件のもとに第三者に対 抗することができるのか、すなわち、抗弁が接続︵存続︶するのかということが問題とされてきた。これに対し て、本稿において問題とする﹁相殺の抗弁の切断﹂は、本来的には相殺の抗弁を対抗することができる状態であっ たものが、譲受人のために否定されて、債務者が相殺をもって対抗することができなくなる場面として位置づける ことができる。債権譲渡がなされた場合には、債権はそのまま移転し、債務者に不利益を与えることがないはずで ある。それにもかかわらず、異議をとどめないで承諾をしたことによって、債務者は、なぜ譲受人に対して相殺の 抗弁をもって対抗することができなくなるのだろうか。 194

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   1 債権譲渡における相殺の抗弁の切断に関する旧民法草案の立法理由        ︵2︶  最初に、相殺の抗弁の切断に関する立法経緯をたどる。これは、すでに、いくつかの研究によっても検討されて いるところである。しかし、本稿における検討の前提として確認しておく必要があると考えるため、以下に、本稿        ︵3︶ の検討に必要な範囲において、ボワソナードの見解︵旧民法草案。以下﹁プロジェ﹂という︶に遡って現行民法にお ける相殺の抗弁の切断に関する規定の立法経緯を述べる。  プロジェ五四九条は、相殺の抗弁の切断について次のように規定している。   プロジェ五四九条 ︵譲渡︶債務者に対してなされる債権の単純な通知は、債務者が譲渡人に対して対抗することがで   きた既存の法定相殺の原因を債権者に対して対抗する権利を奪うことはない。   ② 譲渡人に対して既に有していた法定の相殺権を留保することなく債務者が譲渡を承認した場合には、債務者は、も   はや譲受人に対してこれを行使︵援用︶する︵ω①賓①く巴・巳ことができない。   ③前二項の場合において、債務者が相殺を援用することができなかった金額を譲渡人によって償還させる権利を妨げ   ない。  同条の立法理由は、ボワソナードによると、次のとおりである︵傍線筆者︶。       ︵i︶   本条⋮は、法定相殺の黙示的放棄︵お8蓼醇一9$簿①帥一”8B需霧昌8一甜巴①︶という共通の性質を有するものであ   る。⋮︹債権譲渡の対抗要件に関する︺二つの形式︹通知と承諾︺の間に大きな効果の違いがあることに気付く。すな   わち、︵譲渡︶債務者の承諾は、その承諾前に生じた原因に基づく相殺が対抗できる権利であったとしても、これを彼   から奪う。通知は、その後の原因についてしか、このような利益を奪うことはない。このような違いの理由は、容易に 195

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  理解できる。すなわち、︵譲渡︶債務者は、彼が承諾したときには、譲渡に参加する。承諾は、彼の働き︵8量お︶で       ︵h︶   ある。それは、債務者の側からすると、譲渡債権の承認、すなわち、譲受人のためになされる新しい人的な約束︵巨   窪恕鴨BΦ昌冨あ8器ざけ8量①翌︶を構成する。︵即9魯p.①§︶  プロジェ五四九条は、フランス民法典一二九五条一項および二項を参考にしたものである。ボワソナードによる ﹁法定相殺の黙示的放棄﹂︵前記引用傍線︵←部分︶という指摘は、フランス民法典二一九五条一項に関して、フ        ︵4︶ ランスの学説において主張されてきたことと一致している。しかし、債権譲渡は、譲渡人と譲受人の間の契約に よってなしうるものであることを考慮すると、ボワソナードの前述の説明において、債務者の﹁新しい人的な約 束﹂︵前記引用傍線︵・11︶部分︶とはどのような性質を有するものであるかということが問題となる。  ボワソナードは、これについて、更改との違いを次のように強調している︵傍線筆者︶。   これ︹プロジェ五四九条二項︺は、債権者の交替による更改ではない。なぜならば、譲受人は、そのすべての利益   ︵鋤茜導諾Φ︶と共に、もとの債権それ自体を行使するものだからである。すなわち、これは、︹プロジェ︺三六七条二項   ︹債務者は譲渡を承諾したときは、譲渡人に対する抗弁を新債権者に対抗することができない。また、譲渡についての   通知は、債務者に対して、その通知後に生じる抗弁のみを失わせる︺に明確に表現されているように、債権の確認と債   務者による彼に属する抗弁の放棄、すなわち、履行拒絶理由の放棄を伴う、債務の単純な承認であり、新しい権原であ   る。債権の譲受人の介入︵債権譲渡︶に関しては、弁済受領を譲渡人が︹譲受人に︺委任した効果であるとみなすこと   はできない。なぜならば、彼︵譲受人︶は、弁済を受領し、必要な場合には、その名によって訴えるであろうからであ   る。断固として、次のことを言わねばならない。すなわち、債権者の交替による更改が存在しないというのは、行為か   ら明確に生じる更改意思なくしては、更改は全く存在しないからであり︵︹プロジェ︺五一四条を参照︶、また、ここで 196

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  は、反対の意思であることが明確だからである。︵即・蒼后。①蜀︶  このように、債務者の異議をとどめない承諾が﹁債権者の交替による更改ではない﹂︵前記引用傍線部︶ であれば、ボワソナードは、﹁債権者の交替による更改﹂についてどのように説明しているのか、また、 に生じる抗弁の切断をどのように考えていたのかということが問題となる。 というの その場合 11 債権者の交替による更改における異議をとどめない承諾の理論構成  ー ボワソナードの説明  ︵A︶ 債権者の交替による更改に関するプロジェ五二一条       ︵5︶  更改は、もとの債務を消滅させて、新しい債務を作り出すという同時的な二つの効果を生じさせる契約である。 債権者の交替による更改は、プロジェ五一一条四号において、更改の一種として規定されている。そして、プロ ジェ五二一条では、﹁債権者の交替による更改は、債務者の同意︵8霧窪9ヨΦ琶と、新旧債権者の同意とがなけ れば生じない﹂として、三者の関与が必要とされている。これは、契約当事者の側面からみた債権譲渡との違いで ある。債権者の交替による更改と債権譲渡とのこのような違いは、後の検討において重要になる。そこで、債権者 の交替による更改ではなぜ三者の関与が必要となるのかという理由を明らかにするために、次に、ボワソナードの 見解を確認しておく︵傍線筆者︶。   このような更改︹債権者の交替による更改︺は、すでに述べたように、ほとんど常に、︹以下のように︺債務者の交替   を伴う。これは、債務者が、自己の債務者︹被指図者︺をその債権者︹指図受益者︺に対して指図する︵念序碧R︶と 197

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きに生じる。被指図者にとっては債権者が交替し、指図受益者にとっては債務者が交替する。しかし、指図者自身が指 図受益者の債務者ではない場合、および、指図が無償でなされた場合には、債権者の交替しか生じない。        ︵⋮m︶      ︵iV      ︵韮V いずれにしても、三者の意思︵く○一8邑の協力が必要である。すなわち、同意する 8霧窪旨 ことなくしてはその 債権を失わない指図者、指図が無償であったとしてもその意思︵く○一8邑なくしては債権者となることはない指図受   益者、さらに、その意思に反して債権者を交茗させられない被指図者という三者の意思である。   被指図者のこのような同意︵8霧窪δB①日︶の必要性によって、その拒絶にもかかわらずその負担する債権の譲渡を   妨げることができない債権譲渡の︵譲渡︶債務者と、被指図者とは、区別される。︵即・尊も.㎝欝︶  このように、ボワソナードは、債権者の交替による更改は、①旧債権者と新債権者の既存の債権関係からすると 債務者の交替となり︵前記引用傍線︵←部分︶、②旧債権者と債務者の既存の債権関係からすると債権者の交替と なる︵前記引用傍線︵・u︶部分︶という二つの側面を有していることが多く、新旧債権者と債務者の三者の利益に影 響を与えるので三者の意思が必要であるとしている︵前記引用傍線︵⋮皿︶部分︶。なお、現行民法においては、債権 者の交替による更改について、三者の意思が必要であることが直接には規定されていないものの、起草過程におい        ︵6︶ てこのことが前提とされている。  ︵B︶ 無条件の更改に関するプロジェ五一七条  プロジェには、更改の規定にも、債権譲渡における抗弁の切断と同等の条項が備えられている。現行民法におい ては、五一六条によって四六八条一項が準用されているところであるが、プロジェは、このような準用を行わず に、五一七条において次のように規定している。   プロジェ五一七条 もとの債務を更改するために、異議なく、すなわち留保なく、新しい債務を有効に契約した︵8甲 198

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  け鍔9R︶債務者は、もとの債務について存在しており、彼が認識していた抗弁すなわち履行拒絶理由︵一8霞8冨・拐   ○⊆冒ω88pお8<○巳をもはや対抗することができない。   ②以下の条文に従って債務者がもとの債権者の指図によって新しい債権者に対して諾約した︵Φ躍禮R︶場合にも前   項と同様とする。        ︵7︶  同条は、フランス民法には同様の規定が存在せず、イタリア民法を参考にして作られたものである。ボワソナー ドは、この立法理由をつぎのように説明している。   債務者は、このような﹁抗弁権すなわち履行拒絶理由﹂を知っており、無条件の更改︵巨Φ8︿呂8冨お9ω巨巳①︶   をなした、つまり、このような権利を放棄して、もとの債務の消滅を新しい債務の原因としたものとみなされる。これ       ︵i︶   は、第七節︹取消し︺において他の場合にも見られるような黙示の追認︵琶Φ08饗B呂8鼠舞①︶である。   法は、︵︹プロジェ︺五一四条︹債権者の更改意思は原則として推定されないとする規定︺に記した区別と異なって︶債   務者がもとの債権者と更改をしても、もとの債権者から指図を受けた新しい債権者と更改をしても問題はないというこ   とを付け加えている。もとの債権者に異議を唱えるその権利を留保することなく、債務者がこのような指図に承諾した       ︵・皿︶   以上は、債務者は、その異議が根拠の乏しいものであることを認めた、すなわち、異議を唱えるその権利を放棄したと   掴劉。︵即9卑⇒.㎝爵︶  ここでも、債権譲渡における相殺の抗弁の切断の場面と同様に、ボワソナードは、更改における抗弁の切断の効 力を﹁黙示の追認﹂︵前記引用下線︵i︶部分︶として説明している。黙示の追認とは、プロジェ第七節の﹁取消 し﹂において規定されている法定追認である。これは、抗弁権の放棄の法律による推定︵前記引用下線︵五︶部分︶ に等しいものとされている。 199

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 しかし、このような説明に対しては、本来的に、更改の定義上、新債務においては旧債務の抗弁を引き継ぐこと はないはずであるために、プロジェ五一七条の存在理由が不明であるという疑問が生じる。なぜ、ボワソナード は、このような規定をイタリア民法から導入したのだろうか。  ︵C︶ 無条件の更改の意義を検討する前提としてのプロジェ五︻六条  この疑問に対しては、前条のプロジェ五一六条が次のように、更改についての無効の影響を規定していることが 解決の手がかりになるものと思われる。   プロジェ五一六条 もとの債務が法律上、はじめから存在しない、または、法定の原因によって無効になった場合に   は、更改は無効であり、新しい債務は成立しない。   ②同様に、新しい債務が存在及び有効性の法定要件を満たさない場合には、もとの債務は存続する。   ③前二項の場合において、当事者が民法上の義務を自然債務に置き換えること︹第二項の場合︺、または、反対のこ   と︹第一項について、自然債務を民法上の義務に置き換えること︺を欲したことを証明した場合には、この限りでない。  このように、プロジェ五一六条一項は、更改の時点において、もとの債務が不成立または無効の場合には更改も また無効となるとしている。このことは、更改の要件となる旧債務の存在を満たさないのであるから、当然のこと を規定しているものとも思われる。しかし、同条三項では、それにもかかわらず、更改を有効とする場面があるこ とを明らかにしており、一見すると矛盾した内容になっている。これは、ボワソナードによると、﹁裁判上、無効 または無効とされる民法上の債務は、常に無︵p8琶というわけではない。たいていは、自然債務が存続して  ︵8︶ いる﹂ものとされており、そこで、同条三項において、自然債務を民法上の義務に置き換えることを可能にしたと いうのである。 200

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 なお、債権譲渡についても、このようにもととなる債務が存在しない場合にでも、有効に譲渡をなしうると考え られていたようである。債務者の抗弁に関する一般規定であるプロジェ三六七条二項︵前述1に引用したボワソナー ドの見解を参照︶は、譲渡時に、債務が不存在の場合について明確には定めていない。このことは、同条が、旧民 法財産編三四七条二項となり、さらに、これが現行民法四六八条の基礎とされた際に、起草者によって、﹁︹旧民法 財産編︺第三百四十七条第二項は⋮譲渡の以前に既に弁済更改若くは相殺等を爲したるときは之を如何すべきやを     ︵9︶ 詳かにせず﹂と指摘されているところである。しかし、ボワソナードは、プロジェ三六七条二項について、﹁無効 は追認によって、これを有効にすることができない。しかし、一旦、追認がなされた以上は、有効な原因と目的物        ︵10︶ があるときは、その無効な債務は新たな承諾があったときから発生するものとする﹂と説明しており、前述の更改 の場合と同様に、もとの債務が不存在であったとしても、有効に譲渡をなしうるものと考えていたようである。  ︵D︶ 無条件の更改における抗弁放棄の意義  前述のように、プロジェ五一六条は、更改時にはそのもととなる債務が存在しない場面を対象としていた。これ に続く五一七条について、ボワソナードは、﹁更改が生じた時点において、もとの債務が当然に無効である、また は、すでに裁判上において無効とされているということを想定してはいけない。もとの債務は、ただ、無効にでき        ︵11︶ る、または、その範囲または目的物について、なんらかの異論の余地があるというだけである﹂としている。これ は、五一六条とは対象とする場面が異なることを明らかにするものである。五一七条の対象とする場面では、後に なって抗弁が主張されると、新債権者が債務者に履行を請求できなくなる可能性がでてくる。そこで、このような 場面において、債務者が﹁異議なく、すなわち留保なく、新しい債務を有効に契約した﹂場合には、﹁無条件の更 改﹂が生じて、﹁このような権利︹抗弁︺を放棄して、もとの債務の消滅を新しい債務の原因としたものとみなさ 201

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 ︵12︶ れる﹂とされている。  このようにして、ボワソナードは、①更改時には、債務の不成立または無効の場合にも当事者の意思があれば、 このような債務に基づいて更改を有効に行いうる︵プロジェ五一六条︶、また、②更改時に、抗弁付債務であって無 効となりうる債務であっても、債務者の異議をとどめない承諾があれば、このような債務に基、づいて更改︵無条件 の更改︶を有効に行いうる︵プロジェ五一七条︶と考えていた。  2 更改に関する現行民法五一六条による四六八条一項準用の意義  ︵A︶ 起草者︵梅謙次郎︶の説明  プロジェ五一七条は、旧民法財産編四九五条を経て、現行民法では、四六八条一項を準用する五一六条にその趣 旨が引き継がれている。梅謙次郎は、このことを法典調査会の議論において、﹁之︹現行民法五一六条︺は既成法典        ︵13︶ の第四百九十五条の規定と意味は略ぼ同じことであります﹂と説明している。その上で、梅謙次郎は、﹁既成法典 の四百九十五条第一項の規定は此処に掲げませぬ。掲げませぬのは決して此規定を不要の規定と思ふたと云ふ訳で なければ又此規定が害になる規定と思ったのでも決してありませぬ。⋮総則の百二十五条⋮二号︹現行民法一二五 条三号︺に﹃更改﹄と云ふことがあります。⋮、此百二十五条の規定と云ふものは更改に付ては既成法典第       ︵14︶ 四百九十五条と全く同じものに為ります。夫れで更改に付て特に規定することを要せぬ﹂とする。すなわち、現行 民法では、取り消しうる行為について、異議を留めない更改︵無条件の更改︶は、法定追認の原因とされており︵現 行民法一二五条三号︶、これにより、前述において検討したプロジェ五一七条の法理がそのまま採用されているとい うのである。先に検討したように︵前述H1︵B︶︶、ボワソナードは、プロジェ五一七条の説明において、異議を 202

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とどめない承諾を取消しにおける黙示の追認︵法定追認︶の一つとしていた。そこで、梅謙次郎のこのような考え 方は、ボワソナードの考えを受け継いだものであるということができる。  しかし、今日、このような考え方は、学説において十分に理解されているものとは言いがたいように思われる。 旧債務が取り消すことのできるものである場合に、これを目的として更改がなされたときは、民法一二五条の法定        ︵15︶ 追認が生じることに更改の説明中で言及する学説は少なく、民法五一六条との関係にいたっては教科書・体系書に は言及が見当たらない。  梅謙次郎は、﹃民法要義﹄の中で、現行民法五一六条について、次のように簡単な説明しかなしていない。まず 更改と債権譲渡の違いについて述べ、﹁当事者の意思は大に同じからざるものあり。更改に在りては当事者は全債 務を消滅せしめて更に新なる債務を生ぜしめんことを欲し債権譲渡⋮に在りては従来の債務を其儘にて譲受け⋮る ものなるが故に其効力に至りても亦全く異ならざることを得ず。甲に在りては前債務の性質及び之に付随せる権利 義務皆悉く消滅するを本則とし唯例外として第五百十八条の規定を設けたるに過ぎず。乙に在りては従来の債務の       ︵16︶ 性質及び之に付随せる権利義務毫も交替を受くることなく全く従来の儘にして譲受人⋮に移転すべし﹂とする。そ して、﹁第四百六十八条第一項は全く之を此場合︹債権者の交替による更改︺に準用すべきものとす。蓋し債権者の 交替に因る更改と債権の譲渡とは当事者の意思に於て大に径庭ありと難も而も其結果に至りては殆ど同一なるが故        ︵17︶ に之に同一の規定を適用するは固より理の当然と言ふべきのみ﹂と述べている。  ︵B︶ 現行民法五一六条に関する学説  起草者によってこのような簡潔な説明しかなされていないことから、その後の学説において、現行民法五一六条 について、次のような問題が提起された。 203

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 川名兼四郎は、更改において﹁民法第四百六十八条第一項を準用したるは何故なるか其理由を発見すること能  ︵18︶ はず﹂とのみ述べている。  石坂音四郎は、四六八条一項の準用を道理にかなったものではないとして次のように述べている。   更改に因りて既存の債権を消滅せしむるに代へて新なる債権を生ず。新債権は旧債権と全く別異の債権なり。故に旧債   権に付着する抗弁等は新債権に移転することなし。⋮第五百十六条に於て第四百六十八条第一項を債権者の交替に因る   更改の場合のみに準用せるは当を得たるものにあらず。︵石坂音四郎﹃債権総論︵下︶﹄︵有斐閣、一九一六年︶   一七〇七頁︶  さらに、このことを次のように詳述する。   第五百十六条は不当の規定なり。既に論ぜるが如く第四百六十八条一項は債務の承認を定めたるものと解することを要   す。然るに今債務の承認の効果に関する此規定を更改に準用するに至りては、殆その理由を解すること能はず。更改の   場合には固より債務者は旧債権に付着せる抗弁を以て債権者に対抗することを得ずと錐も是れ更改に因りて生ぜる債権   は旧債権と全く別異の債権なるが為めなり。︵前掲・石坂﹃債権総論﹄一七〇七頁・注四︶  また、鳩山秀夫も、民法五一六条について、次のように、更改との理論的な不整合性を指摘しつつ、新債権者の 保護のために法律が特別の規定を設けたものとして説明している。   新債権は旧債権に付着せる抗弁を伴わず。⋮第四百六十八条一項の規定︹の︺準用⋮は更改の理論に適するものにあら   ざるを以て之を他の種類の更改に準用すべからず。殊に債権が弁済、和解、更改等に因りて既に消滅したる場合に於   て、債務者が異議を止めずして更改を為したるが為めに其更改を有効と為すは、債権の存在せざるに拘はらず更改契約   の成立を認むるものにして更改の性質に反すること言を侯たず。然れども民法が此特則を設けたるは債権譲渡の場合と 204

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  同じく︹禁反言と同一の趣旨に基づいて︺債務者の異議を止めざる更改契約に信頼したる新債権者を保護せんとするも   のにして全く理由なきものと言ふことを得ず、又債務承認の理によりて之を説明すべきにあらず。︵鳩山秀夫﹃日本債   権法︵総論︶﹄︵岩波書店、増訂版、一九二四年︶四七一・四七二頁。債権譲渡の場合について、同三六一頁・注一〇︶  このような考え方について、﹁更改の場合に民法四六八条一項を準用するのは背理である、という見解がかつて        ︵19︶ 主張されたが、現在ではこの説は支持者を見ない﹂と指摘されている。  その後の学説においては、この問題について明記するものは多くはないが、前述の鳩山秀夫の説明のように、異       ︵20︶ 議をとどめない承諾を信頼した新債権者を保護するものであるという考えが支持されている。この際に、学説で は、それまでのように更改の性質に拘泥することなく、債権譲渡の場合に近づけて理解をするようになっているよ うである。たとえば、我妻栄﹃債権総論﹄では、﹁新債権は、別個の債権であるから、旧債権に伴う抗弁権を伴わ        ︵21︶ ないことはいうまでもない﹂としながらも、鳩山秀夫のように﹁更改の理論に適するものにあらざる﹂ものである との指摘はみあたらない。また、鳩山秀夫は、前述のように、民法五一六条の規定を制限的に理解し、旧債権が不 存在の場合には適用しないと考えていたが、我妻栄は、﹁第四六八条第一項の規定が準用される結果、債務者が、        ︵22︶ 債権がすでに消滅しているにも拘わらず異議を留めないで更改をしたときは、新債権は成立する﹂としている。こ のように、更改における異議をとどめない承諾に関する民法五一六条の解釈は、債権譲渡における異議をとどめな い承諾に関する民法四六八条第一項の解釈に近づいているということができる。  ︵C︶ 現行民法五一六条に関する検討  ここまで述べた議論にみるように、現行民法五一六条に対する疑義は残されたままとなっている。この問題につ いて、前述のボワソナードの見解と、現行民法の起草に際する梅謙次郎の見解を考慮すると、以下のように考えら 205

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れる。  旧民法においては、更改時に、︵a︶旧債務が不存在となりうる︵いわゆる取り消すことができる︶場合︵プロジェ 五一七条、旧民法財産編四九五条︶と︵b︶旧債務がすでに不存在の場合︵プロジェ五一六条、旧民法財産編四九四条︶ とを区別して規定していた。現行民法では、︵a︶について、旧民法財産編四九五条に相当する現行民法五一六条 が存在し、また、法定追認を定める旧民法財産編五五六条一項三号に相当する現行民法一二五条三号が存在する。 そして、︵b︶については、旧民法財産編四九四条二項に相当する現行民法五一七条が存在する。そこで、この二 つの場面を分けて検討する。  ︵a︶ 旧債務が不存在となりうる場合  更改時に存在する抗弁付き債務の更改について、現行民法五一六条は、債権者の交替が生じるだけでなく、消滅 の可能性のある︵取り消し可能な︶債権に関する債務者による法定追認︵現行民法一二五条︶の効果も生じる局面を 規定するものであるということになる。  ︵b︶ 旧債務がすでに不存在の場合  更改時に、すでに、債務が消滅している場面において異議をとどめない承諾がなされた場合には、民法一二五条 の及ぶ範囲ではないから、別途、更改の有効性を検討する必要が生じてくる。  これについて、現行民法の起草者の考えは、明らかではない。前述において述べたプロジェ五一六条と同様の規 定は、旧民法財産編四九四条に存在しており、その一項は、﹁旧義務が初より法律上成立せず又は法律の定むる原 因に由りて消滅し若くは取消されたるときは更改は無効にして新義務は成立せず﹂と規定していた。現行民法 五一七条は、﹁既成法典︹旧民法︺財産編第四百九十四条第二項と略其意を同じうす﹂るものとしてつくられ、更 206

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改によって生じる新債務が不成立または無効の場合のみを明らかとしている。しかし、現行民法五一七条は、﹁同 条第一項︹旧民法財産編第四百九十四条一項︺は言ふを待たず。第三項は自然義務に関するを以て何れも之を削除し  ︵23︶ たり﹂としており、もとの債務が不成立または無効となっているにもかかわらず、それに基づく債権者の交替によ る更改がなされた局面を明らかにしていない。  旧民法財産編四九四条一項の規定するような局面において、ボワソナードは、前述したように自然債務が存在し ていることが多いものと考え、そこで、旧民法同編同条三項は、﹁右敦れの場合︹一項および二項︺に於ても当事者 が自然義務を法定義務に又は法定義務を自然義務に変ぜんと欲したる証拠あるときは此限に在らず﹂として、更改 が有効に成立する場合を規定した。現行民法は、これを削除したことによって、すでに取消しがなされたなどによ り債務が消滅している場合には、更改の成立する余地を認めないもののようにもみえる。  学説でも、古くは、石坂音四郎の見解に見られるように、この場合には民法五一六条によらず、成立要件を欠く        ︵24︶ ものと考えていた。しかし、今日では、先に述べた鳩山秀夫や我妻栄の見解に見られるように、この場合も民法 五一六条によって解決されるものと考えられている。  現行民法では、明確な規定を欠くものの、民法五一六条が四六八条一項を準用していることからすると、今日の 学説のように、旧債権者と債務者の間に更改のもととなる債権債務関係が存在しない場面においても異議をとどめ ない承諾によって更改を有効になしうるということになるだろう。なぜならば、民法五一六条の準用する四六八条 一項によって、債務者は、﹁その債務を消滅させるために譲渡人︹旧債権者︺に払い渡したものがあるときはこれ を取り戻⋮すことができる﹂とされるからである。ここでは、更改時点において、旧債務が弁済などによってすで に消滅し、旧債権者と債務者の間になんらの債権債務関係も存在していないことが想定されており、このような場 207

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合にも更改をなしうるとされている。  また、これと同様に、民法四六八条一項後段では、更改や和解などによって消滅したはずの債務が更改された場 合も規定している。しかし、この場合には、旧債権者と債務者の間には、旧債務に代わる﹁譲渡人︹旧債権者︺に 対して負担した債務﹂が存在するために、弁済がなされた場面とは区別して考える必要があるものと思われる。民 法四六八条一項後段において、﹁譲渡人︹旧債権者︺に対して負担した債務があるときはこれを成立しないものと みなすことができる﹂とされていることは、債権者の交替による更改にかかわらず、旧債権者と債務者の間になお 有効に債務が存在しうることを前提としているからである。  そこで、以下において、債権者の交替による更改時に、①弁済などによって旧債権者と債務者の間に債権債務関 係がまったく存在しない場合、および、②更改などによって旧債権者と債務者の間に別途に債権債務関係が存在す る場合に分けて検討をする。  ①弁済などによって旧債権者と債務者の間に債権債務関係がまったく存在しない場合債権者の交替による更 改のもととなる債権債務関係が旧債権者と債務者の間に行われた弁済などによって消滅してしまっている場合で も、前述のように、民法五一六条の解釈によって、異議をとどめない承諾によって更改を有効になしうるというこ とになる。しかし、論理からすると、旧債務が不存在の場合には、更改要件を満たさないのであり、それにもかか わらず更改契約を有効に成立させるためには、民法五一六条を適用するとしても、さらに分析が必要になるものと 思われる。これについては、以下の二通りの方法が考えられる。  一方で、この場合に現行民法一一九条によるのであれば、原則として、異議をとどめない承諾がなされたとして も更改は無効であり、ただし、当事者がその行為の無効であることを知って追認をしたときは、債務者が新しく債 208

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務を負う可能性が存在するということになる。このように民法一一九条によれば、債務者と新債権者の間に新債務 が発生するのではあるが、この新債務の発生は旧債務の存在を前提としないために、厳密に考えると、これを更改 ということができるかどうかが問題として残されることになる︵無因・無償・片務の更改を認めうるか、または、債 務負担約束になるか、という問題︶。  他方で、もとの債務の不存在にもかかわらず、債務者の何らかの関与︵異議をとどめない承諾とみることのできる 行為︶によって、債務が有効に存在するというような虚偽の外観が作出された場合には、信義則上、この外観を善 意・無過失で信頼した新債務者に対して、もとの債務の不存在を主張できないと考える余地も存在する︵権利外観 法理︶。このように考えると、旧債権者と債務者の問では存在しない債務について、新債権者と債務者の問では、       ︵25︶ 債務者はその不存在を新債権者に対抗できないために、旧債権の存在を前提として新債権が成立することになり、 更改の定義に合致することになる。そして、このことは旧債権者と債務者の間には直接に影響を及ぼさず、更改前 に、弁済がなされている場合には、民法四六八条一項後段によって、両者の利害関係が調整される。すなわち、更 改前のもとの債務への弁済は有効であるが、債務者は、新債権者に債務を負担したことによって、旧債権者に対し て、﹁債務者がその債務を消滅させるために譲渡人に払い渡した﹂額と同等の不当利得返還請求権または損害賠償 請求権を取得することができるということになる。このことによって、実質的には、一旦は有効になされた旧債務 への弁済がさかのぼって効力を失ったことと同等となる。  ②更改などによって旧債権者と債務者の間に別途に債権債務関係が存在する場合債権者の交替による更改前 に、その目的債権について、旧債権者と債務者の間において更改や和解がなされて、両者の間にその契約に基づく 新たな債権が存在していた場合にも、同様に、民法四六八条一項の解釈に委ねられることになる。民法四六八条一 209

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項後段の文言からして、これらの契約は、旧債権者と債務者の間においては有効である。そのため、本来的には、 旧債権者と債務者の問においては更改や和解によって成立した債務が存在し、債権者の交替による更改のもととな る債務は存在していない。しかし、この場合にも、債務者と善意・無過失の新債権者との間では権利外観法理に基 づく調整がなされる。そして、債務者は、旧債務の不存在を新債権者に対抗することができなくなる。他方で、こ のように、債権者の交替による更改が有効になると、債務者と旧債権者の間で締結された更改や和解がこの譲渡に よって債務不履行となる。そこで、民法四六八条一項後段によって、債務者は、﹁譲渡人に対して負担した債務﹂ を﹁成立しないものとみな﹂すことができるものといえる。  ここまでにおいて検討したように、現行民法において旧民法を改め、五一六条が四六八条一項を準用したこと は、更改における異議をとどめない承諾による抗弁の切断に対して、理論的に大きな変革をもたらしたことになっ たものと思われる。ボワソナードは、更改時に、①もとの債務が取り消しうる場合には、異議をとどめない承諾を ﹁黙示の追認﹂︵法定追認または抗弁の放棄のみなし効果︶としており、また、②無効によって自然債務が存在する場 合には、これを民法上の債務に替える当事者の明確な意思が必要であるとした。これに対して、現行民法では、① 取り消しうる場合には、法定追認によって、また、②旧債務の不存在の場合に、債権者の交替による更改への異議 をとどめない承諾がなされると、権利外観法理によって、新債権者は抗弁が付着していない債務を取得することが 可能となり、旧債権者と債務者の間の利害調整は四六八条一項後段の準用によって図られることになったものと考 えることができる。  ここまでの検討を踏まえ、以下において、債権譲渡における相殺の抗弁の切断を考えることとする。 210

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皿 債権譲渡に対する異議をとどめない承諾による相殺の抗弁の切断に関する従来の理論  1 現行民法四六八条一項に関する起草者の見解  債権譲渡における相殺の抗弁の切断に関するプロジェ五四九条二項は、旧民法財産編五二七条を経て、現行民法 四六八条一項へと規定された。この際、現行民法には、相殺に関する特別の文言は挿入されなかった。これは、法 典調査会に提出された草案には、﹁債務者が留保を為さずして前条の承諾を為したるときは譲渡人に対抗すること を得べかりし事由あるも之を以て譲受人に対抗することを得ず。但⋮自己の債務と相殺することを得べかりし債権        ︵26︶ あるときは譲渡人に対して之を行使することを妨げず﹂とする規定が存在したものの、議論の過程において不要で       ︵27︶ あるとされ、このただし書きの文言が削除されたものである。  このような現行民法の規定に際して、法典調査会の議論において注目されることは、梅謙次郎が現行民法四六八 条一項後段について説明し、次のように述べていることである。   ︹弁済や更改などによって譲渡目的債権は︺消へて居るので消へて居るものを譲渡人は譲渡した。譲受人は善意に譲受   けて而して債務者に貴殿は誰某に対して此債務を負ふて居るが承諾するかと言ったら承諾すると言ったのであるから本   来を言へば法律が︹債務者に︺新たな義務を負はした様なものである。︵﹃法典調査会民法議事速記録︵三︶﹄︵商事法務   研究会、一九八四年︶五三九頁︶  この発言のみから梅謙次郎の考えを特定することはできないが、少なくとも、債権譲渡であっても、債務者が異 議をとどめない承諾をなした場面においては、新たに債務が発生したものと考えることに梅謙次郎が否定的であっ たわけではない。ボワソナードも、プロジェ三六七条二項について、譲渡時に譲渡目的債権が無効の場合にも、債 211

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権譲渡における異議をとどめない承諾の時から、新しく債務が成立するとしていたことが想起される。  しかし、債権譲渡は、譲渡目的債権をそのまま移転させる手段である。譲渡時に不存在の債権を移転させること はできない。そこで、債務者と債権譲受人の間に債権関係を生じさせる現行民法四六八条一項後段については、債 権譲渡の理論からは直接に導くことができないはずである。これを導くには、何らかの理論的な説明が必要とな る。この際に、前述において検討したように、更改に関する民法五一六条では、旧債務が不存在の場合になされた 異議をとどめない承諾を権利外観法理に基づいて考えるべきであると述べたことが役立つと思われる。  2 相殺の抗弁の切断に関する従来の学説  前述のような理論的説明の必要性に直面して、これまでに、判例および学説では、さまざまな考えが打ち出され ており、今日でも、その議論は決着していない。歴史的展開はすでに学説において検討がなされているところで  ︵28︶ あり、以下では、本稿の問題意識に沿って、従来の考え方には、それぞれ、どのような違いがあったのかというこ とを明らかにするために、相殺の抗弁が切断される理由を︵A︶意思表示の効果として説明する立場と、︵B︶法 定の効果として説明する立場に分けて述べていく。  ︵A︶ 意思表示の効果として説明する立場 ︵a︶ 債務承認説  石坂音四郎は、民法四六七条の承諾とは異なって、四六八条一項の承諾は債務の承認であるとする。   我法典に於ては承諾を二様の意義に用ゆ。即、第四百六十七条に規定する承諾は譲渡の承認を云ひ第四百六十八条第一   項に規定する承諾は債務の承認︵ω9巳量器爵Φ暮9邑を云ふ。⋮第四百六十八条第一項の所謂る承諾に依り債務者は 212

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  譲渡人に対し債務の承認を為し新なる債務を負担するものと解せざるべからず︵石坂音四郎﹃債権総論︵中︶﹄︵有斐   閣、一九一六年︶一二三三頁︶  この債務の承認の性質とは、次のようなものである。   債務の承認は債権に付着せる蝦疵即、抗弁を排除せんが為に為すものなるが故に承諾其ものに基づき新たなる債務発生   す。従って債務の承認は債務約束︵ω魯巳身R呂お魯窪︶と法律上の性質を同ふす。⋮両者は⋮其性質に於ては同一な   り。共に無因契約にして原因と関係なく単純なる契約に依りて債権は発生す。︵石坂音四郎﹁債権譲渡ノ承諾ノ性質﹂   同﹃民法研究︵第二巻︶﹄︵有斐閣、一九一四年︶三三〇頁︶       ︵29︶  この債務承認説に近い趣旨を述べる判例として、民法﹁第四百六十八条第一項には債務者が異議を留めずして前 条の承諾を為したるときは譲渡人に対抗することを得べかりし事由あるも之を以て譲受人に対抗することを得ず云 云とあるに由て之を観れば其承諾は前条に定むる承諾の場合の中殊に債務者が譲受人に対して承認を為したる場合 を謂へるものにして、即ち同条は債権譲渡の事実に付き債務者が譲受人に対し異議を留めずして承認を為したると きは之に因り債務の承認に等しき効果を生ぜしむる趣旨を以て特に規定したるものと解す﹂る︵大判大正六・ 一〇・二民録壬二輯一五一〇頁︶とするものがある。  しかし、この債務承認説は、後述︵B︶︵a︶のように鳩山秀夫の批判を受け、今日の通説を形成するには至ら なかった。 ︵b︶ 処分授権説        ︵30︶  安達三季生﹁指名債権譲渡における債務者の異議を留めない承諾﹂は、この債務承認説を再検討し、債務承認説        ︵31︶ と公信力とを総合する理論構成として、民法四六八条一項にいう債務承認を﹁特殊な、指図引受け的債務承認﹂と 213

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解するという、次のような考えを打ち出した。   譲渡人が債務者に対し、譲受人に対して債務承認をするように頼んで︵つまり、債権譲渡契約にあたって、譲渡人が譲   受人に対し実際に存在すると約束したとおりの内容をもった債権が存在することを譲受人に対し承認するように頼ん   で、つまり指図ないし委任の申込をして︶その結果、債務の譲受人に対する無因の債務承認が行われた場合には、ここ   における債務者、譲渡人、譲受人の地位は、夫々、既存の債権譲渡に伴ってなされた指図の引受があった場合の、被指   図人・指図人・指図受取人の地位と実質的に異なるところはな︹い︺⋮。従って法律的にも両者を同じく扱い、右の場   合の譲受人に対しては、債務者はたとえ譲渡された債権が実際には存在していなかった場合でも、不当利得返還請求権   に基づいて譲受人に対する無因債務を免れることはできず、単に譲渡人に対して、原則として委任関係に基づく求償を   なしうるにすぎずと解すべきである。︵安達三季生﹁指名債権譲渡における債務者の異議を留めない承諾︵一︶﹂法学志   林五九巻三・四号︵一九六二年︶八○・八一頁︶ ︵c︶ 完全嘱託説       ︵32︶  柴崎暁﹃手形法理と抽象債務﹄は、旧民法の検討を通じて、﹁新民法︹現行民法︺四六八条一項の規定する取引 は、債権譲渡という名の完全嘱託であ﹂ると指摘する。前述︵b︶の処分授権説がドイツにおける指図の概念を利 用して説明したのに対して、この説は、フランス︵およびボワソナードの旧民法︶における指図︵塗甜呂8︶の概念 を利用して説明するものである。  旧民法の規定する完全嘱託とは、嘱託︵量露呂8︶のうち、﹁債権者が明かに第一の債務者を免ずるの意思を表 したるときに﹂︵旧民法財産編四九六条および四九七条を参照︶生じるものである。この完全嘱託という概念は、債務        ︵33︶ 者の交替が生じる場合についてしか用いられないようであり、譲渡人の譲受人に負う債務を消滅させるために民法 214

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四六八条一項の﹁債権譲渡﹂が行われる場面を想定するもののようである。そこで、完全嘱託説は、処分授権説と は、その前提とする当事者の状況が必ずしも一致するものではない。  ︵B︶ 法定の効果として説明する立場 ︵a︶ 禁反言説       ︵3 4︶  鳩山秀夫は、債務承認説を批判する。そして、鳩山﹃日本債権法﹄において、異議をとどめない承諾による抗弁 の切断を特別な法律の効果として説明し、﹁債務者が無条件にて債権譲渡を承諾したるときは譲受人は之に信頼す るを常とすべく又之に信頼することを得ずば債権取引の安全を保護するを得ざるを以て法律は特に此法律効果を認     ︵35︶ めたるなり﹂と述べる。そして、これを詳述して、異議をとどめない承諾による抗弁の切断の効果を﹁禁反言﹂の 原則から導いて次のように述べる。   余は法文が前条の承認と言へる通り、単純なる譲渡の事実に対する承認を規定したるものとし其の理由は英法にいふ禁   反言︵88薯色と同一の趣旨に出づるものとす。⋮債務者が⋮無条件にて譲渡の承諾を為すは⋮或は対抗し得べき事   由あることを知らずして承諾を為すことあるべし、或は抗弁権を放棄する意思に出づることあるべし、或は又新に債務   を承認する契約を為すの意思なることあるべし。其何れの意思に出づるを問はず荷も債務者が債権譲渡の事実を認むる   ときは譲受人は之に信頼して諸種の法律上並びに事実上の関係を成立せしむべし。故に法律は承諾が何れの意思に出で   たるかを問はずして対抗事由を喪失せしめ以て譲受人を保護したるなり。︵前掲・鳩山﹃日本債権法﹄三六一頁・注   一〇︶  この鳩山説の批判を受け、民法四六八条一項によって、異議をとどめない承諾という法律事実に抗弁切断の効力 が与えられているのは、譲受人保護の目的を有する法定の効果であるとし、これによって生じる債権は全く新しい 215

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別個の債権というべきものではあるが︵後述引用傍線︵i︶部分︶、法律は譲渡承諾という観念表示に鍛疵のない債 権の譲渡と等しい効果を擬制した︵後述引用傍線︵・1 1︶部分︶とする判例が現れた︵大判昭九・七・十一民集一三巻 一五一六頁︶。次に述べる公信力説につながる考え方︵後述引用傍線︵H︶部分︶が示されており、やや長くなるが、 以下に判決文を抜粋しておく。   譲渡に際し債務者が何等の異議を留ることなく之を承諾したるときは譲受人をして該債権に付、鍛疵なきことの信念を   懐かしむべきや当然なるを以て叙上の場合に於ては法律は例外として右譲渡承諾なる法律事実に特殊の効力を認むるを   相当とし、即ち、此の場合債務者をして譲渡人に対抗することを得べかりし一切の事由を以て譲受人に対抗し得ざる旨   の特則を設け以て譲受人を保護せんことを期したるものとす。之れ民法第四百六十八条第一項の規定ある所以なりと   す。而して同条に依れば債務者より譲渡人に対抗することを得べかりし事由に付、何等の制限を設けざるのみならず之   を上掲立法の趣旨に鑑みるときは右に所謂対抗事由中には同条但書の予想せる弁済更改和解等に因る債務消滅の抗弁事       ︵←   由の外不法の目的に因る債権不発生の抗弁事由の如きも亦沿く之を包含すべきこと多く疑を容るべからず。故に右規定 216 に依り譲受人の取得すべき債権なるものは実は譲渡人より摩継取得したるものに非ずして王く新なる別個の債権なりと 謂ふべく、従て斯の如きは債務者と譲受人の間に於て債務承認の合意ある場合に非ざれば到底之を理解し得ざるの観な きに非ず。然れども右民法第四百六十八条第一項に徴すれば明に前条の承諾を為したるときはと規定し前条に所謂譲渡 の承諾を指称せるものたること文理上寸疑を容れざるのみならず今若し同条の適用ある場合を如上債務承認の契約成立 の場合のみに局限せんか同条第一項の規定は全く無用の規定なりと断せざるを得ず。蓋し債務者と譲受人との間に於て 新債務の負担を目的とする無因契約成立すとせば譲渡人に対抗し得べかりし抗弁事由を以て其の譲受人に対抗し得ざる        ︵・11︶ や官疋に自明の事に属し特に立法を侯て初めて知るべきに非ること敢て多言を要せざるべければなり。果して然らば同条

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は債権譲渡に際し債務者に於て譲受人に対し新に債務をヌ認するの意思を表示したると否とを問はず荷くも何等異議を 留めざる摩諾ありたる以上法律は該譲渡拶諾なる観念 示に恰も有効に存在せる鍛疵なき債権の譲渡と均しき効力を附   与したるものにして換言すれば法律が特に認めたる一の擬制に他ならざるものと解するを妥当とす。然れども右規定た   るや素より譲受人を保護せんとするの法意に外ならざること已に上段説示の如くなるを以て同条に依り保護を受くべき   譲受人は其の譲渡の目的たる債権に鍛疵ある事実を認識せざる所謂善意者に限るべきものたること蓋し当然の帰結たら   ずんばあらず。 ︵b︶公信力説  前述の公信力説と同様に、法定効果として説明する我妻﹃債権総論﹄は、債権譲受人が抗弁の付着していない完 全な債権を取得することに着目して、公信力から異議なき承諾の効果を説明する。   債務者の意思に関係なく、債権者と譲受人との契約で債権の移転を認める以上、それによって債務者の地位を不利益に   することは避けられねばならない⋮。ところが、民法は右の原則に重大な制限を加えた。それは、債務者乙がその債権   の譲渡について異議なき承諾をしたときは、譲渡人甲に対して主張しえた一切の抗弁は断ち切られ、丙は暇疵のない⋮   債権を取得することである︵四六八条一項︶。異議なき承諾に一種の公信力を与えたものである⋮。︵我妻栄﹃債権総   論﹄︵岩波書店、新訂、一九七四年︶五一六頁︶  公信力説が今日の通説とされているが、ここにいう﹁公信力﹂について学説には次のような議論がある。於保不 二雄﹃債権総論﹄は、不動産物権変動における公信力とは異なるものとすべきであるとして、次のように述べる。   公信の原則または権利外観法理の適用によって与えられる善意者保護の効果の原因が広く公信力と呼ばれている。だ   が、これは適当でないように思われる。⋮異議を留めない承諾には、消極的に抗弁切断の効力が与えられるのみであっ 217

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  て、承諾の公信力によって積極的に権利の善意取得がなされるものではない。ことに、債務承認説を否定するために   は、抗弁切断の理論を明確にする必要があるものと思われる。︵於保不二雄﹃債権総論﹄︵有斐閣、新版、一九七二年︶   三一六去二七頁注︵二五︶︶  さらに、潮見佳男﹃債権総論﹄は、公信力説を説明して、﹁同じ﹃公信力﹄という表現が用いられていても、不       ︵36︶ 動産物権変動における﹃公信力﹄説とは意味が違う﹂としている。  しかし、前述のように、公信力説をとる我妻﹃債権総論﹄は、﹁丙は蝦疵のない⋮債権を取得することである﹂        ︵37︶ としていること、また、同﹃物権法﹄は、物権以外にも公信の原則を拡大していくことを志向していることから、 我妻説は、民法四六八条一項を債権取得の側面から捉えているように思われるのであり、不動産物権変動における 公信力との連続性が考えられている。  ︵c︶ 二重法定効果説  池田真朗﹃債権譲渡の研究﹄は、民法四六八条一項本文とただし書きを説明する理論構成を検討する。そして、 同条一項を﹁三当事者の利益バランスを何とか図ろうとした苦心の条文なのであり、それは、債務者と譲渡人の双       ︵38︶ 方の誤った行為を二つながら評価のうちに置こうとした、二重の構造を持った規定﹂とする。そして、民法四六七       ︵39V 条の﹁承諾﹂も民法四六八条一項の﹁承諾﹂も﹁意思的要素を本質的に含んだ行為﹂であるとする。この意思的要 素を説明して、同書では、承諾は﹁譲渡に協力し、譲渡の対象たる権利の存否、内容︵抗弁事由の有無︶等を譲渡 契約当事者︵譲渡人、譲受人︶に正確に知らしめるべき行動をとることについての意思、すなわち譲渡契約に積極 的に関与することについての意思﹂であり、これによって﹁いったん積極的に譲渡手続に関与した債務者は、⋮契 約当事者が取引上相手の信頼に応えるべく対応すべき注意義務を負うのに準じた注意義務を負う﹂とされている。 218

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そして、このような意思的行為があるために、法が特別の効果を付与したのであるということを次のように説明し ているQ   四六八条一項本文は、債権譲渡契約における債務者の独特な役割を前提に、債務者のなした異議を留めない承諾という   行為の﹁意思﹂的要素に対して法が与えた特殊な効果を規定したものであ︹り︺⋮利益バランスを図るために置かれた   ︵すなわち、債務者が不利になり過ぎないようにした︶但書もまた、譲渡人の不適切な譲渡行為︵譲渡人が債務者の有   する抗弁事由につき善意であったか悪意であったかは問わない︶に対して、法の定めた特殊の効果として説明されるべ   きである⋮。︵前掲・池田﹃債権譲渡の研究﹄四一九頁︶    W 債権譲渡における異議をとどめない承諾による相殺の抗弁の切断の検討  1 問題の確認  ここまでにおいて述べたように、債権譲渡における異議をとどめない承諾による相殺権の切断は、旧民法におい ては、独立の条文として﹁相殺﹂の節の中に規定されていたが、現行民法においては、一切の場合を明らかにする ために、﹁債権譲渡﹂の節の中にある抗弁の切断の一般規定︵民法四六八条一項︶に吸収されることになった。そし て、この民法四六八条一項は、債権譲渡だけでなく、更改の場合にも準用されている。そこで、この二つの制度に おいて、民法四六八条一項の法理が共通に利用されているということに配慮しながら検討する必要があるものと思 われる。  ボワソナードが、債権譲渡における債務者の異議をとどめない承諾によって相殺権が切断される現象を﹁法定相 219

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殺の黙示的放棄﹂と捉えていたことは前述の通りである。現行民法四六八条一項によって規定される相殺権の切断 については、学説においては、前述のように議論があるところであり、これが意思表示から生じる効果であるのか どうかということが問題とされていた。法典調査会において、梅謙次郎は、更改における抗弁の切断に関する現行 民法五一六条︵四六八条一項準用︶の説明においてではあるが、旧民法財産編四九五条一項が更改においては﹁債 務者は其了知せる旧義務の無効の理由を以て債権者に対抗することを得ず﹂としていたところを、﹁債務者が縦令 ひ知らなかった所で元持って居った所の抗弁方法で新債権者には対抗できぬ。少なくも新債権者が善意なるときは 対抗することが出来ぬとして置かなければ新債権者が迷惑をしなければならぬから此点は︹現行民法四六八条一項        ︵40︶ を準用したことによって︺実際が︹旧民法から︺改まりまする﹂としている。もしも抗弁の切断の効果が承諾という 意思表示によって生じるものであるとしたら、新債権者の善意・悪意は問題とならないはずである。そうすると、        ︵41︶ 起草者は、現行民法四六八条一項における抗弁の切断を債務者の意思表示として理解していたとは考えにくい。そ こで、これは、法定の効果と考えるべきものと思われる。これをボワソナードのように﹁黙示的放棄﹂としても、 ﹁法定の効果﹂としても、いずれも、同様に、相殺権の切断についての債務者の積極的な意思表示は要件とされて いない点で同等である。  また、本稿では、ボワソナードが債権譲渡における相殺権の切断を更改とは異なるとしたことを確認した。そこ で、さらに、更改における抗弁の切断に関する規定を検討した。そして、現行民法の下では、債権者の交替による 更改において異議をとどめない承諾による抗弁の切断が生じるのは、①更改時における抗弁付き債務については、 更改への異議をとどめない承諾が法定追認︵黙示の追認︶にあたることによって、②更改時において不存在の債務 については、異議をとどめない承諾によって、善意・無過失の新債権者を保護するために信義則によって更改が有 220

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効になるからであると考えた。  以上の文脈において、債権譲渡における異議をとどめない承諾による抗弁の切断︵現行民法四六八条一項︶をど のように理解すべきか、ということを債務者の異議をとどめない承諾時において︵A︶すでに相殺適状にあるため に相殺権が成立しており、︵a︶いまだ相殺の意思表示がなされていない場合、および、︵b︶すでに相殺の意思表 示がなされている場合、ならびに、︵B︶相殺適状にあるかないかを問わず、相殺の担保的機能が成立する場合に 分けて検討する。  2 権利外観法理に基づく検討  ︵A︶ すでに相殺適状にある場合 ︵a︶ いまだ相殺の意思表示がなされていないとき  意思表示によって相殺の効力が生じることを明らかにしている現行民法五〇六条を前提とすると、まだ、相殺の 意思表示がなされていない段階において相殺適状にある債務を譲渡する場合には、譲渡後になされる相殺の意思表 示によってさかのぼって債権が消滅すると考える余地があるのであるから、債権者の交替による更改についての前 述①の抗弁付き債務の更改の場合と同様の状況にあるものといえる。  そこで、更改に関する民法四一六条の考え方を踏まえると、債務者が異議をとどめない承諾をなした場合に、民 法四六八条一項によって債権譲受人に相殺権を対抗することができなくなるのは、法定承認︵黙示の承認、相殺権 の黙示的放棄︶が生じたからであると考えることになる。このように考えることは、前述において確認した民法 四六八条一項の沿革にも合致する。 221

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 しかし、更改の場合には、法定追認に関する民法=五条が存在するために、これによって民法四六八条一項の 規定する﹁承諾﹂の性質を説明することができるところ、相殺の場合には、債権譲渡における異議をとどめない承 諾が法定承認となることを定める直接の条文が存在しない。そこで、異議をとどめない承諾を﹁意思表示﹂と考え る立場からは、なぜ﹁法定﹂承認ということができるのかということが、また、﹁観念の通知﹂とか﹁意思的要素 を含んだ行為﹂と考える立場からは、ここでいう法定承認とはどのような意味を持つものであるのかということが 問題として提起されうる。  この問題について、本稿のように、民法四六八条一項の規定する﹁承諾﹂を法定承認と考える場合には、民法 一二五条が一定の事実がある場合に追認を擬制とするのと同様に、譲渡への承諾という事実に対して、法が承認 ︵相殺権の放棄︶を擬制したものということになる。前掲・鳩山﹃日本債権法﹄においても述べられているように、 債務者が異議をとどめない承諾をなす事情も態様も様々に考えられる。そこで、異議をとどめない承諾それ自体 は、意思表示と考えることができる場面も、意思表示とは性質の異なるものであると考えることができる場面も現 実には存在するものと思われる。しかし、いずれであっても、本稿の考え方では、このような債務者の関与︵諸般 の事情を考慮して、異議をとどめない承諾とみることのできる行為︶の下に、債権に相殺権が付着していないという虚 偽の外観が作出され、これを善意・無過失に信頼した債権譲受人が存在する場合に、この者への保護を法が信義則 に基づいて実現したものということになる。このように考えると、債権に相殺権が付着していないという外観︵譲 受人が債務者からの請求に異議を述べないという外観︶が作り出されたことが問題とされるのであるから、債務者の 意思は、譲渡人に対して表示されても、譲受人に対して表示されてもよいものと思われる︵前掲・大判昭九・七・ 十一︵傍線︵H︶部分︶を参照︶。更改に関してではあるが、旧民法財産編四九五条︵前掲プロジェ五一七条二項に相 222

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当する︶は、一項においては、旧債務者に対して異議をとどめない承諾をした場合、二項においては、新債務者に 対して異議をとどめない承諾をした場合の双方を規定して、このことを明らかにしている。譲渡人に対して表示さ れたことは、債務者の関与によって虚偽の外観が作りだされたということができるかどうかを判断する際の一つの 考慮事由となるものと思われる。 ︵b︶ すでに相殺の意思表示がなされているとき  債権譲渡人と債務者の間ですでに相殺の意思表示がなされていれば、相殺契約の時点において、譲渡される債権 は存在していないということになる。  プロジェ五四九条二項および旧民法財産編五二七条は既存の相殺権を対象としており、また、法典調査会の議論 にも特に言及が見られないことから、現行民法四六八条一項は、相殺の局面については、すでに相殺の意思表示が なされて債務が消滅してしまっている場面を想定していなかったようである。このことは、法典調査会に提出され た草案には、前述のように﹁但⋮自己の債務と相殺することを得べかりし債権あるときは譲渡人に対して之を行使 することを妨げず﹂とする規定があったことからもうかがい知ることができる。  しかし、現行民法四六八条一項は、弁済などで債権が消滅している場合も規定していることから、相殺によって 債務が消滅している場合にも、同条によって解決されることとなる。このような場合に、相殺の意思表示の後に、 債権譲渡が行われ、債務者の異議をとどめない承諾とみることができる行為がなされたとすると、債権者の交替に よる更改についての前述②の不存在の債務に関する更改の場合と同様に考えることができる。そうすると、この場 合に現行民法四六八条一項によって抗弁が切断されることは、権利外観法理に基づいて、善意・無過失の債権譲受 人に対しては、債務の消滅を対抗することができないと考えることによって基礎付けられることになる。これは前 223

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