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日本における障害者の貧困と障害年金の持続可能性― 障害者権利条約の観点から― 利用統計を見る

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(1)

著者

磯野 博

雑誌名

東洋大学社会福祉研究

13

ページ

3-11

発行年

2020-12

URL

http://doi.org/10.34428/00012190

(2)

静岡福祉医療専門学校

磯野 博

●論文

日本における障害者の貧困と障害年金の持続可能性

― 障害者権利条約の観点から ―

【要旨】 障害者権利条約は,正に障害者政策の国際標準 ともいえるものである.現在,日本政府は,障害 者権利委員会による初回の定期審査を控えて政府 報告書を提出しているが,そこには,障害者の所 得保障の中心である障害年金に関して一切触れら れていない.一方,障害者団体が提出したパラレ ルレポートでは,日本における障害者の貧困の実 態や障害年金の課題に関しても具体的に述べられ ている. 本稿は,障害当事者としての立場性を研究の視 座として重視し,障害者団体が行った調査などを 活用しつつ,障害者の貧困,とりわけ不安定就労・ 低所得,相対的貧困の実態を明らかにする.そして, これらの問題に対応すべき障害年金の持続可能性 に向けての課題として,以下の3点を述べる. ① 受給額が低額であり,ナショナルミニマムとし ての機能を果たしていない. ② 防貧機能が低下し,セイフティーネットとして の機能を果たしていない. ③労働・雇用政策との統合が具体化していない. 【キーワード】 障害者権利条約 不安定就労・低所 得問題 相対的貧困率 障害年金セ イフティーネット Ⅰ.はじめに 障害者権利条約(以下,条約)は,21世紀最初 の国際人権条約であり,2006年,第61回国連総会 において採択され,2008年に発効された1.2020年 9月現在,締約国は182ケ国・地域であり,国連加 盟国193ケ国の約9割を占める正に障害者政策の国 際標準ともいえるものである2.日本では,2013年, 全会一致で条約の批准が国会決議され,2014年2 月に発効され,141番目の締約国になった. 2020年3月9日から27日に開催される障害者権 利委員会において,日本は条約批准後2年以内に 実施する定期審査を受ける予定であったが,新型 コロナウイルス感染症の影響から定期審査は延期 されている.しかし,2016年6月,既に日本政府 は「障害者の権利に関する条約 第1回日本政府報 告」(以下,政府報告)を障害者権利委員会に提出 しており3,これに対して,2019年5月,日本障害 フォーラムは「日本への事前質問事項向け日本障 害フォーラムのパラレルレポート」(以下,JDFパ ラレルレポート)4,2019年6月,日本弁護士連合会 は「障害者の権利に関する条約に基づく日本政府 が提出した第1回締約国報告に対する日弁連報告 書 ‐ リストオブイシューズに盛り込まれるべき事 項とその背景事情について ‐ 」(以下,日弁連パ ラレルレポート)5を障害者権利委員会に提出して いる.これらパラレルレポートは,条約の履行状 況を障害当事者の立場から主張するものであり, 障害年金や生活保護の現状と課題に関しても具体 的に述べている. 本稿は,障害当事者の立場性を研究の視座とし て重視し,これらパラレルレポートを発展させる べく,とりわけ条約 第28条に関連し,日本におけ る障害者の貧困の実態と障害年金の持続可能性に 向けての課題を述べたものである.具体的には, 内閣府や厚生労働省の政府統計,先行研究論文を 参照しつつ,そこには表れていない障害者の実態 を障害者団体が行った調査結果や独自に収集した データなどから明らかにする方法を採っている. なお,本稿は,2018年9月16日,東北財経大学(中

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国 大連市)において開催された第14回日中韓社会 保障国際論壇 年金分科会での報告を加筆・修正し, 論文としてまとめたものである. Ⅱ.条約の特徴 条約は,障害観や人権観などを規定した25項目 にわたる前文と50条の条文,そして,選択的議定 書から構成されている. 第1条から第9条は一般規定であり,目的や定 義,一般原則などを規定した総則ともいえるもの である.第10条から第30条は個別規定であり,教育, 労働・雇用,社会保障など,条約を具現化するた めの主要な課題を規定している.第31条から第40 条は実施規定であり,障害当事者の参画とともに 条約のモニタリング機能を規定している. ちなみに,他の人権条約と同様,日本は,個人 通報制度と調査制度を規定した選択的議定書を批 准していない. この条約の特徴は,以下の5点にまとめること ができる(磯野 2013).

① “Nothing about us without us !”「私たち抜きに 私たちのことを決めるな!」がキャッチフレー ズであり,障害当事者の積極的関与によって策 定された.

② “Society on an equal basis with others”「 他 の 者との平等を基礎として」と障害のある人々と 障害のない人々との“Inclusion”「インクルージョ ン(包容)」が求められている.

③ 環境との相互作用に着目したICF(国際生活機 能分類)が障害の定義である.

④ “Denial of reasonable accommodation”(合理的 配慮の欠如)が差別の定義に含まれる. ⑤ 自由権的権利保障(差別禁止)と社会権的権利 保障(社会福祉・社会保障など)を統合する包 括的人権モデルが採用されている. 本稿では,とりわけ⑤が重要になる. そもそも,条約は障害者に対する差別を禁止し た自由権条約である.しかし,障害者に対する差 別を禁止しただけでは実質的な人権が保障されな いことはいうまでもない.そのため,条約は,差 別禁止を明記するとともに,それを実質的なもの にするための社会保障や福祉サービスなどの社会 権の保障を締約国に義務付けている.その象徴が 第28条「相当な生活水準及び社会的保障」である. 第28条は,締約国に対して5項目の義務を規定 した生存権保障条項であるといわれている(高藤 2009).第28条では,安全な水や支援サービスに対 するアクセス権,公営住宅に対する居住権などに 加え,所得保障に関しても触れられている.これは, 条約 第28条を誠実に履行することにより,障害者 の貧困を救済し防止することが条約の目的のひと つであることを示しているといえる. Ⅲ.政府報告とパラレルレポート 条約 第35条に基づき,2016年6月,日本政府は 障害者権利委員会に対して政府報告を提出した. 政府報告の「第1部 総論」では,「なお,我が 国においては業務災害に係る給付,障害年金等に ついてはそれぞれの施策に包括されて計上してお り,障害者施策としては計上していない」と述べ られている.政府報告における障害年金に関する 記述はこの一文のみである.「第2部 各論」の第 28条関連でも,障害者基本法の基本的な考え方を 述べ,障害者総合支援法,公営住宅法,特別児童 扶養手当法などのサービス・給付内容の紹介をし ているのみであり,条約 第28条が求めている日本 における障害者の生活実態や障害者政策の課題に 関しては一切触れていない. 一方,JDFパラレルレポートと日弁連パラレル レポートでは,条約 第28条が遵守されていない日 本の実態が具体的に述べられている.とりわけ, 障害者の貧困の実態とそれに対応できていない障 害者政策の矛盾に関して,障害者団体が行った調 査結果や独自に収集したデータなども活用しつつ 実証的に述べている. たとえば,JDFパラレルレポートでは,条約 第 28条の「1.課題」「(1)障害のある人の生活実 態と不十分な障害年金」として以下のような記述 がある. ① 障害のある人は,障害のない人に比べ所得が低 く,更に障害のある女性は一層厳しい貧困状況 におかれていることが多い.そのなかで社会保

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障を利用する平等な機会も得られていない. ② 多くの障害者が低賃金の福祉的就労の下で長期 にわたって働いており,一般の労働市場で働く 障害者も賃金格差などの問題を抱えている.こ れらの状況を補うべき障害年金制度も不十分で ある. そして,日弁連パラレルレポートでは,第28条 の「3 所得保障(障害年金)」「(1)現状」とし て以下のような記述がある. ① 日本の障害年金制度には多くの重大な課題があ る.金額は減額し続けており,低廉と批判され ている保障額が減額の一途を辿り,所得保障と しての機能が一層低下している. ② 7割以上の障がいのある人が無年金であり,明 らかに給付率が低い. その後,2019年12月に公開された「第1回政府 報告に関する障害者権利委員会からの事前質問」 (以下,事前質問)では,「社会的な保障と支援サー ビス,特に障害年金,福祉給付,生活扶助が障害 者にとって利用し易いものであるか,また,相当 な生活水準を保障するために障害に関連する追加 費用を十分考慮に入れているか」という記述があ る.これは,条約 第28条が遵守されているか,日 本における障害者の生活実態と障害者政策の課題 を具体的に明らかにするよう,厳しく指摘したも のであるといえる6 この事前質問を受け,日本障害フォーラムは, パラレルレポート Ver. 2を準備している. Ⅳ.日本における障害者の貧困の実態 障害者団体が日本における障害者の貧困の実態 を明らかにしたもののひとつとして,2016年5月 に公表された「きょうされん『障害のある人の地 域生活実態調査の結果報告』」(以下,きょうされ ん調査)がある7.きょうされん調査は,2015年7 月から2016年2月を調査期間とし,郵送調査(Fax を含む)によって1万4,745の有効回答を得た.きょ うされん調査はJDFパラレルレポートのエビデン スとしても活用されている. 本稿では,きょうされん調査の結果をとおして, 条約 28条が遵守されておらず,日本の障害者が貧 困,とりわけ不安定就労・低所得な状態にあるこ とを明らかにする. 1.障害種別 き ょ う さ れ ん 調 査 の 回 答 者 は, 知 的 障 害 が 64.7%,身体障害が26.6%,精神障害が25.1%,発 達障害が6.5%と知的障害が約6割を占めている. これは,身体障害が46.6%,精神障害が41.9%,知 的障害が11.6%という全国の動向と比較して明ら かに知的障害に対するバイアスがある8 しかし,きょうされんは,1916ケ所の作業所や グループホームなどで構成されており,福祉的就 労に従事する障害者によって組織されている障害 者団体である.この一般の就業形態には存在しな い作業所などでの福祉的就労は,身体障害が6.5% であるのに対して,知的障害は59.1%と約6割に達 しており,就業形態の中核を占めている9.つまり, きょうされん調査は,労働法が適用されない最も 不安定な就業形態である福祉的就労に従事する障 害者,とりわけ知的障害者の実態を示したもので あるといえる. 2.収入状況 きょうされん調査の回答者本人の主な収入源は, 障害基礎年金1級が37.6%,障害基礎年金2級が 43.6%と約8割が障害基礎年金が主な収入源であ る.これは,障害年金受給者200万人のうち,障害 基礎年金受給者は約180万人と圧倒的に多く,その 約8割の150万人が障害基礎年金のみを受給してい るという状況と類似している10 また,回答者本人の月収は,42,000円以上83,000 円未満が48.8%と最も多く,83,000円以上105,000円 未満が21.3%と続いている.これは,障害基礎年金 1級受給額 81,177円/月と同2級受給額 64,941円 /月に福祉的就労の平均工賃約14,000円/月を加 算した層に月収が集中していることを示している といえる. 加えて,回答者の年収100万円以下という極貧層 の75.8%が障害基礎年金2級の受給者であること も特筆すべきである.厳しい不安定就労・低所得 のなか,家族依存によって生活を支えているので ある.

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これは,障害者の生活基盤である障害年金すら 受給できない無年金障害者の実態とも類似してい る. 無年金障害者の会は,2004年1月の無年金障害 者の生活実態を調査し,「第2回 無年金障害者実 態調査報告書」(以下,無年金調査)を公表してい る(無年金障害者の会 2006). 無年金調査によると,1ケ月の収入は,無収入が 35.6%と最も多いが,5万円程度も29.5%であり, 無年金障害者の1/ 3が障害基礎年金2級程度の 収入があることが分かる.家族形態と1ケ月の収入 とのクロス集計を見ると,1ケ月の収入が5万円 以上であると未婚で親と同居が相対的に少ないが, 5万円未満であると未婚で親と同居が相対的に多 いことが分かる.これは,重度障害者であれば最 低限度保障されるべき障害基礎年金2級相当額の 収入があるか否かが,親と同居するか否かの基準 のひとつとして影響していることを示していると いえる. また,無年金調査によると,就労状況は働いて いないが59.7%と突出している.しかし,就業して いてもパート・アルバイトと臨時・日雇が約1割 であり,常用雇用と自営業などを併せた割合とほ ぼ同じである.就労状況と1ケ月の収入とのクロス 集計を見ると,常用雇用は10万円以上が相対的に 多いのに対して,パート・アルバイトと臨時・日 雇は5万円未満が相対的に多い.これは,障害年 金が受給できないことに加え,賃金・労働条件の 両面から,無年金障害者が就労による経済的自立 が困難であることを示しているといえる. 3.生活保護受給率 きょうされん調査の回答者の生活保護受給率は 11.4%であり,全国の受給率 1.7%の6倍以上であ る.年代別の生活保護受給率は年齢上昇に比例し ていることも明らかになっている. 2018年1月時点の生活保護受給世帯は1,640,002 世帯であり,引きつづき戦後最高の水準にある. 障害者世帯は197,385世帯(12.0%)であり前年同 月比では3,471世帯増加している.2013年1月から 2018年1月の5年間で見ても障害者世帯は16,716 世帯増加している11 これは,障害のある人々が障害のない人々と比 較して貧困に陥り易いことを示しているといえる. 4.相対的貧困率 障害のある人々と障害のない人々との格差の実 態は,相対的貧困率からも明らかである. 調査期間である2015年の国民生活基礎調査は, 貧困線が年収122万円,相対的貧困率が16.1%であ ることを示している12 きょうされん調査の回答者の相対的貧困率を算 出すると,81.6%もが貧困線である年収122万円を 下回っており,全国平均の16.1%の約5倍にも至っ ている. 一方,国民生活基礎調査から障害者全体の相対 的貧困率を算出すると,相対的貧困率は25%を超 えている(山田・百瀬・四方 2015).これは,障 害者,とりわけ重度障害者は,福祉的就労を含め た不安定就労の状態にあることに加え,障害年金 など,公的金銭給付の水準が低いことが影響して いると考えられる. Ⅴ.障害年金の持続可能性に向けての課題 このように不安定就労・低所得な状態にある日 本の障害者の貧困に対応するためには,障害年金 が重要な政策のひとつであることはいうまでもな い. 本稿では,障害年金の持続可能性に向けての課 題として3点を挙げる. ① 受給額が低額であり,ナショナルミニマムとし ての機能を果たしていない. ② 防貧機能が低下し,セイフティーネットとして の機能を果たしていない. ③ 労働・雇用政策との統合が具体化していない. 以下,これらの実態を概観する. 1. 受給額が低額であり,ナショナルミニマ ムとしての機能を果たしていない. きょうされん調査の調査期間である2015年まで の重度障害者の年金額などを算出すると以下のよ うになる(表1). 2015年の障害基礎年金1級の受給額は975,100円

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/年である.これに福祉的就労の平均工賃 18万円/ 年が加わっても1,155,100円であり,貧困線を下回 る.障害基礎年金1級の受給額に特別障害者手当 の受給額 319,440円/年が加わると1,294,540円にな り,かろうじて貧困線は上回る. しかし,2015年の障害基礎年金2級の受給額は, 780,100円/年である.これに福祉的就労の平均工 賃,18万円/年が加わっても960,100円/年であり, 貧困線を大きく下回る. 一方,2015年の障害者の生活保護基準額1,664,280 円/年(1級値2)と障害基礎年金1級の受給額を 比較すると46.9%と半分を下回る.最低賃金額と比 較しても同様である. このように障害基礎年金の受給額が極めて低水 準であることは明らかである.年次推移を見ても, 生活保護基準額と最低賃金額は微増しているが, 障害基礎年金の受給額は減少している. これは,1985年に基礎年金が導入された際,障 害基礎年金2級と老齢基礎年金の受給額が同額に なるようにしたこと(1級は2級の25%増),そし て,障害基礎年金の算出基礎から生活保護基準額 を外したことが影響している.老齢年金の受給額 は,1973年に賃金スライドと物価スライドが併用 されることによって増額されたが,1999年に賃金 スライドが凍結されたため,物価スライドによる 受給額の抑制がはじまった.その後,2005年にマ クロ経済スライドが導入され,保険料の収入と年 金給付の支出の均衡が保たれるよう,年金の給付 水準の調整が図られるようになった. 今後,障害基礎年金の受給額は,老齢基礎年金 との連動をなくし,生活保護基準額もしくは最低 賃金額と連動させるべきである. 2. 防貧機能が低下し,セイフティーネット としての機能を果たしていない. 障害年金の受給者と生活保護との併給率の推移 を見ると,障害年金が防貧機能を低下させ,生活 保護への落層を防げなくなっていることが分かる. 1980年度の拠出制の障害年金の受給者と,無拠 出制の障害福祉年金の受給者の生活保護との併給 率は9%を超えており,高い割合を示している. 一方,1986年度の障害基礎年金と生活保護の併給 率はやや高い割合であるが,1990年代半ばまで併 給率は低下している.これは,1986年の国民年金 法等改正により,従来の障害福祉年金は2倍程度 の水準の障害基礎年金になり,障害年金の防貧機 能を高めたからだといえる.しかし,1990年代後 半からは,障害年金と生活保護との併給率,併給 者数ともに徐々に上昇しており,併給率は5%を 超えている(田中・百瀬 2013). 1950年10月に公表された社会保障制度審議会「社 会保障制度に関する勧告」(以下,勧告)では,「社 会保障の中心は,必要な経費を拠出させる社会保 険制度でなければならない.…国家は直接彼等を 扶助し,その最低限度の生活を保障しなければな らない」と述べている13 勧告が示した枠組は,戦後,日本における社会 保障の基軸になり,国民皆年金体制の構築に結び 付いていった.障害者政策にもこれらの枠組が反 映されている(金井・高橋 2013).とはいえ,枠 組そのものは維持されていても,セイフティーネッ トが機能していないという矛盾が生じていること は明らかである. 今後,社会保険を中心にしたセイフティーネッ トのあり方を保険原理と防貧機能との関連から再 検討していく必要がある. 3. 労働・雇用政策との統合が具体化してい ない. 日本障害者協議会は,障害者自立支援法の影響 を調べるため,2006年3月と9月,同一人物に対 して郵送調査を行い,2007年3月,「障害者自立支 援法の影響:JD調査2006」を公表している14 JD調査2006では収入に関しても調査している が,勤労収入と障害年金の関連で大変興味深い結 果が得られた.勤労収入があってもなくても,障 害年金を受給していない障害者が同様に10%程度 見られ,勤労収入10万円/月以上の層と勤労収入 なしの層の障害年金の受給額の分布すら殆ど変化 がないのである.つまり,勤労収入(稼得能力) と障害年金の受給額との間には相関関係が見られ ないことが分かった(表2). それでは,障害年金の有無と受給額は何を反映 しているのであろうか.何故この事態が生まれて

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いるのか.3点が考えられる. 第1に障害年金の受給資格・等級判定基準があ まりにも医学モデルに偏っているためである.障 害年金の等級判定基準には視力や手足の切断部位 という基準が使われ,その他,安全確保能力や身 辺処理能力といった要介護状態が評価基準である. 現行基準もかつてはそれなりの合理性があったは ずである.しかし,障害年金の制定当初と比較し て社会も変化し,リハビリテーションや環境も変 化した.機能障害が残っても社会参加をという社 会的努力の総体が成果を上げた結果として医学モ デルの認定基準が時代遅れになってきた. 第2に障害年金が稼得能力の低下(勤労収入の 低下)を補うものか,障害に伴う費用を補填する ものか,見舞金的なものかが不明瞭なままに発足 し,そのまま発展してきたことである.目的が不 明瞭であれば,評価・判定基準も決めようがない. 第3に無年金障害者の存在である.障害の種類 と程度ではなく,保険料納付要件によって無年金 になっている人が相当程度含まれている. これら3要因の複合的結果が調査結果に示され たと考えられる(佐藤 2008). 1966年8月に公表された厚生省 年金局 障害等級 調整問題研究会報告書では,「障害年金における障 害認定は,「第一段階として,生理・解剖学的能力 欠損によって判定されるものの(一時能力障害), 職業リハビリテーションなどの成果を踏まえ,稼 得能力欠損(二次能力障害)を総合して評価すべ きである」と述べられており,障害年金の障害認 定基準は稼得能力を基準にすべきであるとしてい る. しかし,1985年の障害基礎年金の創設により, すべての障害年金の障害等級表は日常生活能力を スケールにしたものに統一された.障害年金1級・ 2級の障害認定基準は日常生活能力に基づいてい るが,これは,平均的な生活環境における一般的 な日常生活能力を考慮した想像上のものでしかな い(障害厚生年金3級は労働能力によって判定さ れる).そのため,現に就労しており,安定した勤 労収入がある障害者も,就労できず,家族依存の 生活を余儀なくされている障害者も,同程度の障 害等級表に当てはまれば,同額の障害年金を受給 できる可能性が高いという矛盾が生じているので ある. この矛盾に対して,2011年8月に公表された障 がい者制度改革推進会議 総合福祉部会「障害者総 合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言 ‐ 新 法の制定を目指して ‐ 」(以下,提言)は具体策 を示している15 提言は,条約の批准に向けた国内法の整備のた め,障害者政策の総合的な改革を行うことを目的 にしている.そのため,日本における障害者政策 全般にわたって具体的な提案を行っており,障害 者の労働・雇用政策に関しても述べられている. それは,一般就労と福祉的就労しか選択肢がな く,賃金(工賃)や労働条件などにおいて大きな 格差がある現状を改め,両者の間に保護雇用といっ た新たな選択肢を造ることや福祉的就労に労働法 規を適用することなどである.さらには,既に独 自の保護雇用制度を実施している滋賀県や札幌市, 大阪府 箕面市を参考にしつつ,全国でパイロット 事業を行うことを提案している. 滋賀県では,障害者雇用施策に関して,2005年 より滋賀県社会的事業所制度という独自の施策を 行っている.これは,滋賀県での共同作業所の歴 史の積み重ねのなかから生み出された「一般就労 でもなく,福祉的就労でもない第3の雇用形態」 である.また,障害者自立支援法の制定以降,事 業移行が迫られていた共同作業所の選択肢のひと つにもなっていった.この社会的事業所の取り組 みは,障害者のみではなく,一人親や外国人といっ た労働弱者全体の雇用の受け皿になっており,今 後の保護雇用のあり方に一石を投じるものである. 滋賀県の社会的事業所制度を参考にし,独自の 障害者雇用施策を構築していった取り組みとして, 札幌市の障がい者共働事業運営費補助制度がある. これは,あくまで障がい者共働事業所に対する運 営費補助制度であり,滋賀県の社会的事業所制度 のように,直接,障害者に対する賃金補填として は活用できない.しかし,「障害のある人も障害の ない人も共に働く共働性」を重視し,障害者スタッ フを半数以上雇用すること,最低賃金の75%を保 証すること,精神障害者の短時間勤務を認めるこ となど,障害者の保護雇用を実現する取り組みと

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して注目されている. 一方,社会的事業所の取り組みとして,滋賀県 に先んじて独自の制度が施行された例には,大阪 府箕面市における障害者雇用助成金制度がある. これは,障害者に対する最低賃金の補填という保 護雇用の要を重視しながら,「障害者が当たり前に 働く場を地域社会が一体となって生み出していく こと」と「障害のある人も障害のない人も共に働 く共働性」を尊重した取り組みとして注目されて いる(磯野 2011). このように保護雇用には色々な方法があるが, 提言においてとりわけ議論になったのが賃金補填 のあり方である.現状では,賃金補填と障害年金 との関連が明確にならず,受給対象や受給内容に 齟齬が生じることは事実である. 残念ながら,このパイロット事業は実施されて いないが,保護雇用など,障害者に対する労働・ 雇用政策のあり方との関連から今後の障害年金の あり方を議論することは,本来の障害年金のあり 方を明らかにしていく意味でも重要である. Ⅵ.おわりに 本稿では,障害当事者としての立場性を研究の 視座として重視し,パラレルレポートを発展させ るべく,とりわけ条約 第28条に関連し,日本にお ける障害者の貧困の実態と障害年金の持続可能性 に向けての課題を述べてきた. 冒頭に述べたとおり,日本政府に対する障害者 権利委員会の定期審査は延期されており,障害者 団体は引きつづきパラレルレポートを準備してい る.障害者権利委員会と障害者団体との建設的対 話も予定されている.その際,最も重要なのが障 害者団体の主張や提言に関するエビデンスである. これまでも政府統計には存在しないデータを障 害者団体が実施する調査によって明らかにしてき たが,そこにはバイアスが付き物であり,それを 克服する論理が不可欠である.同時に政府統計の 加工や併用を試みることも必要である.一方,難 病患者や在日外国人,LGBTなど,統計情報には 顕在化しない当事者の質的データを蓄積すること も求められている. 本稿の執筆を契機にし,引きつづき障害者の貧 困と障害年金に関する研究と運動に邁進していく 所存である. 【参考文献】 磯野博(2011)「障害者雇用における「合理的配 慮」と「保護雇用」のあり方に関する一考察― 障害者の就労と所得保障のあり方を視野に入れ て」厚生労働科学研究費補助金 障害者対策総合 研究事業(身体・知的等障害分野)「障害者の自 立支援と『合理的配慮』に関する研究―諸外国 の実態と制度に学ぶ障害者自立支援法の可能性 ―」(2008 ~ 2010)研究代表者:勝又幸子. 磯野博(2013)「デンマークにおける障害者施策の 『改革』の特徴―青年社会活動コアリーダー育成 プログラム「デンマーク派遣 報告書」より―」 国民医療研究所『月刊 国民医療』2013年4月号. 金井恵美子・高橋芳樹(2013]「第2編 障害年金 の請求の仕方と制度の解説」精神障害年金研究 会 編『障害年金請求援助・実践マニュアル―精 神障害の生活を支えるために』中央法規出版. 無年金障害者の会(2006)「第2回 無年金障害者 実態調査報告書」. 佐藤久夫(2007)「わが国における障害の定義に関 する現状と課題―福祉と所得保障を中心に」日 本障害者リハビリテーション協会『ノーマライ ゼイション』2007年8月号. 高藤昭(2009)「第一章 障害をもつ人の社会的地 位の進展 第四節 障害者権利条約」 『障害をもつ 人と社会保障法』明石書店. 田中聡一郎・百瀬優(2013)「日本の生活保護・障 害年金と障害者」 庄司洋子・河東田博・菅沼隆 他 編『自立と福祉―制度・臨床への学際的アプ ローチ』現代書館. 山田篤裕・百瀬優・四方理人(2015)「障害等によ り手助けや見守りを要する人の貧困の実態」 貧困 問題研究会『貧困研究』15.

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【注】 ¹ 本稿では,条約の英語・日本語として以下の外 務所HPを参照している. http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/ index_shogaisha.html 2020.9.15 アクセス ² 本稿では,2010年12月23日,組織として集団的 に条約を批准したEUを含めて締約国にしてい る. ³ 政府報告(本文)は以下を参照している. http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000171085. pdf 2020.9.15 アクセス ⁴ JDFパラレルレポートは以下を参照している. http://www.normanet.ne.jp/~jdf/data.html#page _top2 2020.9.15 アクセス ⁵ 日弁連パラレルレポートは以下を参照している. https://www.nichibenren.or.jp/activity/ international/library/human_rights/shogaisha_ report.html 2020.9.15 アクセス ⁶ 事前質問は以下を参照している. https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000546852. pdf 2020.9.15 アクセス ⁷ きょうされん調査は以下を参照している. http://www.kyosaren.or.jp/wp-content/themes/ kyosaren/img/page/activity/x/x_1.pdf 2020.9.15 アクセス ⁸ これは,「平成30年版 障害者白書」(内閣府)の うち,「参考資料 障害者の状況 1.障害者の全 体的状況」を参照している. http://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/ h30hakusho/zenbun/pdf/ref2.pdf 2020.9.15 アクセス ⁹ これは,「平成25年版 障害者白書」(内閣府)の うち,「第1編 第1章 第4節 1.就業の状況」 を参照している. http://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/ h25hakusho/zenbun/h 1_01_04_01.html 2020.9.15 アクセス ¹⁰ この主張は,百瀬優(2015)「障害者の所得の状 況と求められる所得保障政策」 日本障害者協議会 連続講座 2015 資料(2016. 1.25 東京しごとセン ター講堂)を参照している. http://www.jdnet.gr.jp/event/2015/160125momose. pptx 2020.9.15 アクセス ¹¹ これは,厚生労働省「被保護者調査 平成30年4 月分概数」(2018.4.4)を参照 している. https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ hihogosya/m2018/04.html 2020.9.15 アクセス ¹² これは,内閣府・総務省・厚生労働省「相対 的貧困率等に関する調査分析結果について」 (2015.12.18)を参照している. http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/soshiki/ toukei/dl/tp151218-01_1.pdf 2020.9.15 アクセス ¹³ 勧告は以下を参照している. http://www.ipss.go.jp/publication/j/shiryou/ no.13/data/shiryou/syakaifukushi/1.pdf 2020.9.15 アクセス ¹⁴ これは,厚生労働科学研究費補助金 障害保健福 祉総合研究事業「障害者の所得保障と自立支援 施策に関する調査研究(H17-障害-003)平成 18 年度 総括研究報告書」主任研究者:勝又幸子 (2007.3)において委託調査として掲載されてい る. ¹⁵ 提言は以下を参照している. http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/ s_kaigi/k_35/pdf/s1-1-1.pdf 2020.9.15 アクセス

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表1 年金・社会手当・最低賃金・生活保護基準の年次推移(年額) 年度 年金 社会手当 最低賃金 (全国平均× 2085時間) 生活保護基準(1級地-2) 老齢基礎 年金 障害基礎 年金1級 障害基礎 年金2級 特別障害 給付金1級 特別障害 給付金2級 特別障害 者手当 20歳・ 障害1級・ 一人暮らし 20歳・ 障害2級・ 一人暮らし 2005 794,500 993,100 794,500 600,000 480,000 318,240 1,392,780 1,823,490 1,715,970 2006 792,100 990,100 792,100 600,000 480,000 317,280 1,403,205 1,823,490 1,715,970 2007 792,100 990,100 792,100 598,200 478,560 317,280 1,432,395 1,823,490 1,715,970 2008 792,100 990,100 792,100 600,000 480,000 317,280 1,465,755 1,823,490 1,715,970 2009 792,100 990,100 792,100 608,400 486,720 317,280 1,486,605 1,823,490 1,715,970 2010 792,100 990,100 792,100 600,000 480,000 317,280 1,522,050 1,823,490 1,715,970 2011 788,900 986,100 788,900 595,800 476,640 316,080 1,536,645 1,823,490 1,715,970 2012 786,500 983,100 786,500 594,000 475,200 315,120 1,561,665 1,801,770 1,694,250 2013 778,500 973,100 778,500 594,000 475,200 315,120 1,592,940 1,926,720 1,672,670 2014 772,800 966,000 772,800 596,400 477,120 312,000 1,626,300 1,769,280 1,662,120 2015 780,100 975,100 780,100 612,600 490,080 319,440 1,663,830 1,769,640 1,664,280 2016 780,100 975,125 780,100 617,400 493,920 321,960 1,715,955 1,745,640 1,640,280 2017 779,300 974,125 779,300 616,800 493,440 321,720 1,768,080 1,745,640 1,640,280 出所) 各年度の内閣府「障害者白書」,厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」,全国社会福祉協議会「生活保護手帳」 より,戸田典樹(神戸親和女子大学 教授)が作成した. 注)作成者の同意を得て,本稿に関連する部分を筆者が抜粋している. 表2 勤労収入別に見た障害年金額 障害年金 なし 6万円未満 8万円未満 9万円未満 9万円以上 合計 勤労収入 なし 42 11 26 59 19 157 5千円未満 6 3 18 18 2 47 1万円未満 1 1 10 14 6 32 3万円未満 6 3 11 19 2 41 10万円未満 4 3 12 15 3 37 10万円以上 6 1 8 8 1 24 合計 65 22 85 133 33 338 出所)日本障害者協議会「障害者自立支援法の影響:JD調査2006」(2007.3)より 注)本調査の企画・分析には,プロジェクトチームの一員として筆者も参画している.

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