介を中心に
著者名(日)
宗 暁蓮
雑誌名
白山人類学
号
12
ページ
75-98
発行年
2009-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00002392/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止中国における観光人類学の誕生と発展
論点の紹介を中心に 宗 暁 蓮* A ReView of the Studies on Anthropology of Tou】dsm in China ZoNG Xiaolian★ Over the past decade, the academic activities of anthropology of tourism in China have achieved great progress owing to the rapid development of the tourism industry in China and the support of existing overseas scholarly works. Great progress has been made in research fields arguing the socio−cultural impact of tourism. the theory of tourism authenticity and cultural commerciali− zation, and the connotation of the cultural symbols of tourism;and a considerable number of articles have been published. Nevertheless, problems do exist including insufficient research dialogues, lack of unified academic norms and theoretical exploration, among others. It seems that thorough investigations, long−term fieldworks and theoretical orientations are in need to respond to such issues. キーワード:観光,人類学,中国, 「文化変遷」 Keywords:Tourism, Anthropology, China, Oultura/ Changesは じめに
今日の中国における人類学研究状況の中で,急速に存在感をあらわし,議論の重要な一角を 担う研究領域に観光人類学がある。しかしながら,日本では研究対象として中国の観光現象が とりあげられることはあっても,中国における研究状況を広くレビューした論考はほとんどな いように思われる。そこで,本稿では,中国の観光人類学がおかれた背景と,その論考をいく つかのテーマのもとに紹介,検討することを目的とする。なお,本稿の目的が上述の問題にあ るので,言及する対象は主に中国国内において流通する中国語文献を中心とする。 1970年代末,中国は改革開放へと舵をきり,重点は経済建設分野へと移された。観光業は地 方経済を発展させる有効な手段の一っとして,積極的な提唱がなされるようになった1)。中国 *福岡女子大学非常勤講師;Fukuoka Women’s University/ sou.2010@hotmai1.cojpの観光業は,社会主義国でしばしば見られる,国外の要人を迎え入れる政治的な外交手段とし ての「外事接待型」から諸外国で標準的な「経済産業型jへと転換し,今日の意味での観光産 業がついに発展を始めることとなる。観光開発が先進諸国から大幅に遅れたことにより,観光 研究にっいても相当程度立ち遅れていたが,中国においても,これらの先進諸国と類似するの は,真っ先に観光研究に参入していったのは地理学者や経済学者などであり,人類学者が声を 上げるのはさらに後のこととなった。これは,当時の中国人類学者たちが,人類学そのものの 再建に多忙であり,観光現象へとほとんど関心を払わなかったという社会背景と関係がある。 別の理由として,多くの国の人類学者と同じく,中国の人類学研究者もまた観光現象に研究価 値を十分に見出せていなかったことを指摘できる。筆者が博士論文「観光開発後の麗江ナシ族 の文化変遷」の研究方向を決めた1999年当時,少なからぬ教員たちは,筆者がもっと意義の ある伝統的な人類学のテーマを研究するように忠告したが,これもかれらが観光分野の研究テ ーマで博士の学位が取得できるかどうか憂慮したことを示している。 中国人類学のなかで早くから観光人類学研究を重視した人物に,既に亡くなった雲南大学人 類学部主任であった王築生がいる。彼は早い段階でアメリカに留学し博士学位を得ており,自 らの主催した「第2期社会文化人類学高級研討グループ」(1997年1月)にて,関連する研究 者を集めて西南地区の民族文化資源の観光開発状況を検討し,海外の人類学が観光活動を対象 とする研究動向について紹介している[彰文斌1998]。彼はまた観光人類学国際学術会議を提 案し,1999年9月には雲南大学にて雲南大学人類学部,香港中文大学人類学部の合同開催,イ リノイ大学人類学部の協賛による「観光・人類学と中国社会の国際学術研討会」が開かれた。 ここではコーエン(Erik Cohen)やグレバーン(Nelson Graburn)といった著名な観光社会 学,人類学者が参加し,発表を行った。この会の記録は,のちに中国語と英語でそれぞれ論文 集として発行されている。中国語版『観光,人類学と中国社会』 [楊慧ほか編2001]には24 編の論考が収められており,当時の観光研究にかかわっていた国際的な社会学者,人類学者た ちが中国人類学を観光研究へと進むことをある程度後押しした様子を反映している2)。 四川大学の徐新建は観光研究の重要な刊行物である『旅遊学刊』のなかで,研究大会の様子 および関連研究者の発表について概要を記録し[徐新建2000a],多くの観光研究者が人類学 へと注目することとなった。よって,普通この論文を中国の観光人類学研究への先鞭をつけた ものと位置づけている3)。 1)1979年1月6日,部小平は次の談話を発表した。すなわち, 「観光業という作文は書くことがとても多 く,重点的に,より速く行わなければならない」との言葉がそれである。 2)英語版は,2001年に出版されている[Tan et al. eds.2001]。 3)中国の観光人類学史を整理した文献のうち,比較的広く読まれている論文での位置づけによる[彰川頁生 2005;孫九霞2007]。
この十数年の研究を概観すると,中国観光人類学はそのスタートが遅かったことから,始ま ったばかりの数年は海外の文献翻訳や紹介が多く見られたが,近年では事例分析に基づく研究 も現れるようになりつつある。 「中国期刊全文数据庫」を検索すると, 「観光人類学」をタイ トルに含む論文は100篇余り,「観光人類学」を表題とする著作が2冊あることがわかるが, 実際には長期のフィールドワークに基づき,ある程度の理論的な視座を備えた研究はきわめて 少ない。これは,現在の中国で観光研究に従事している人々が依然として地理学者や観光学者 であることが多く,人類学者の観光研究への参与が比較的少ないことと関係している。当然, 観光現象の複雑性は,いずれの国においても多くの学問分野が参加し,学際的な研究を必要と するのであり,より適切な分析と考察のために,研究者らは専門の枠を取り払い,相互に研究 手法やその成果を借用しあうことが起こる。 以下では,海外の研究成果が翻訳され普及する過程,観光の社会への影響を扱う研究,文化 の商品化と真正性をめぐる議論,観光現象の文化記号がもつ内容の検討という四っの側面から, 今日の中国における観光人類学研究を概述してゆく。
1欧米における観光人類学研究の翻訳と紹介
発展の初期段階にある中国観光人類学にとって,海外諸国の関連研究が翻訳され紹介される ことは大いに有益である。まさにある研究者がのべたように「西洋の人類学への強い関心,も しくは歩き始めたばかりの中国観光人類学がより多くの海外における観光学研究の成果を引き 込み紹介することを必要としていることから」 [彰順生2005:107],2000年前後を起点にし て海外の観光人類学についての翻訳や紹介が絶えず表されている。 早い段階では,1996年に中国観光研究の先駆的人物の一人である申棟嘉が,『旅遊学刊』に 「国外旅遊研究進展」を連載し,そのなかで100字あまりではあるが海外の観光人類学につい て紹介をおこない,これが多くの観光研究者にとって初めて「観光人類学」という概念とその 概略に触れる機会となった[申1996]。その後,宗暁蓮による海外の観光人類学の系統だった 紹介が行われ[宗2001a;2001b],とくに人類学の主要雑誌のひとっ『民族研究』に掲載され た「西方旅遊人類学研究述評」は,観光人類学の淵源,研究立場,関連理論の面から,観光人 類学の40年にわたる研究を類別し,多層的,多角的に国内研究者へと示すことで,中国におい て観光人類学の理論研究における見取り図として機能することになった。続いて発表された「西 方旅遊人類学両大研究流派浅析」では,ナッシュ(Dennisn Nash)とグレバーンを観光人類学 の二大潮流の代表としてとりあげ,その研究視野と考察の分岐点にっいて分析と評価を施して いる。2004年には宗暁蓮の中国語訳になるナッシュの著作『旅遊人類学』が雲南大学出版社か ら出版された[Nash 1996] (宗訳2004)。この後,呉其付がエスニック・ツーリズムと政治との関係,ツーリズムと社会文化への影響,民族工芸品の変遷に関する海外諸国での研究動向 を紹介している[呉其付2007]。 張暁薄もまたこの分野の重要な牽引役を担っている。彼女は1996年,2004年にアメリカに てグレバーンに師事し,帰国後は「ネルソン・グレバーンの『観光人類学』」 [張暁薄・黄継 元2000],「旅遊人類学在美国」 [張暁r;2001a]を相次いで発表することで,アメリカにお ける観光人類学の誕生背景や主要な人物,論考について紹介している。また,観光人類学研究 の古典として著名なスミス(Valene L Smith)の代表作も彼女が学生や同僚に呼びかけること で翻訳されるにいたった[Smith 1989]。その後も「『旅遊是一種現代朝聖』留議」 [張暁薄 2003a], 「西方旅遊人類学中的『舞台真実』理論」 [張暁薄2003b], 「活態文化:如何保 護?為誰保護i?」[張暁薄・Graburn 2008]などの著作を表すことで,国外の観光人類学にお ける議論の盛んな問題を取り上げている。 前述の「観光・人類学と中国社会の国際学術研討会」の際に中国側のオルガナイザーを務め, その論文集の主編を担当した人物の一人である,雲南大学人類学部の楊慧もまた,著名な観光 人類学者であるマッカーネル(Dean MacCannell)とその理論の紹介している[楊慧2005]。 興味深い点として,ターナー(Victor Turner)による巡礼の概念を援用しつつ,人類学者によ る観光に関する通過儀礼の研究を紹介していることも挙げておきたい[楊慧2007]。このほか にも,趙紅梅による国内外の観光経験研究の概況紹介と関連理論の整理,あわせてグラーバン の観光儀式理論に基づいて観光研究における儀礼論の応用可能性を検討する研究などがある [趙紅梅2007]。 2005年には,グレバーンが中国の学術会議に参加した機会を利用して,度門大学人類学部の 彰兆栄がインタビューをおこない,中国の観光分野における持続可能な発展,観光研究におけ る「真正性」の問題,伝統的なエスノグラフィの観光研究におけるモデルの問題などを中国語 にて紹介するにいたった[Graburn・et. al.2006]。カルフォルニア大学デービス校のスワイン (Margaret Swain,斯葦)は雲南省で長期のフィールドワークを行っていることから,例えば 「民族玩偶的倫理:在中国西南進行旅遊研究」 [斯葦・徐苑2005]などその文章も多くが翻訳 されており,中国西南地域に居住する葬族の民族的特性を具えた記号性のある服飾文化がどの ように観光商品の開発,生産そして交換の中で使用されているかを事例として,エスニック・ ツーリズムの中で如何にして「民族」が設えられているかを考察するなどの研究が知られてい る。 さらに,文化の商品化や真正性などの具体的な研究の中から,国外の研究も次々に翻訳紹介 されつつある。干嵐は早い段階で国外研究の真正性議論の起源とその主要な観点を簡略にまと めており[干2000],李旭東と張金嶺は, 「真正性」という概念が海外の研究の中で4度の変 遷を経ていることを指摘している[李旭東・張金嶺2005]。その変化を,客観主義的真正性,
構築主義的真正性,ポストモダン的超真正性,存在主義的真正性であるとみなして,そのうえ で真正性概念が二項対立的弁証一体であるとの視点を提示している。胡志毅と曹華盛は基本的 な概念と主たる理論問題の両面から海外の観光研究における真正性研究の展開についての枠組 みを紹介している[胡志毅・曹華盛2007]。馬凌もまた西洋社会におけるこの理論の起源と発 展の文脈を振り返りながら,観光研究への応用可能性にっいて議論を喚起し[馬凌2007],周 亜慶らも西洋学術界における客観主義的真正性,構造主義的真正性,存在主義的真正性の主要 な観点を比較検討している[周亜慶ほか2007]。
II観光開発のホスト社会への文化的影響に関する研究
観光活動の発展は,普通,当該社会の生活の各領域に変化をもたらす。この問題は1960年 代には既に国外の研究者の間においては大きな関心が向けられていた。中国の観光研究が後発 であるという動向は,この分野でも例外ではなかった。 現在に至るまで,単独の研究論文はある程度蓄積されてきたけれども,その言及される範囲 は比較的狭く,理論性が強いものではなく,多くは単なる価値判断のレベルにとどまっている といえる。 研究者,あるいは研究全体からみれば,80年代に提示された徐崇雲と顧鋒による観光開発の 地域社会への文化社会的影響の議論[徐崇雲・顧鋒1984],申棟嘉による論考が早期の研究と いえよう[申1992]。近年では,それぞれの分析視野から観光による社会および文化への影響 が盛んに論じられている[程1999;鄭本法1999;王妙・孫亜平2001;王晴2002;張雲霞ほか 2003;李経龍ほか2003;田敏2003;欧陽2005;呉昊2006;周俊満2006;王賀楡2007]。 異なる側面からのアブU一チでは,次の研究群に言及する必要がある。大理古城住民の英語 学習状況の変化を事例とした観光の現地住民への影響研究[戴凡・保継剛1996],西安を例と した観光活動と言語文化の関係性研究[播2005],ウイグルカナス地域を事例とする観光発展 による共通語普及と影響の研究[趙莉・陸亦農2006]は,言語文化状況の変化と観光現象の関 係からその影響を考察して成果をあげている。雲南少数民族の女性と観光産業の相互関連的発 展への注目[金2003],雲南省での女性活動[王蘭2006],山江の苗族女性[根2008],貴 州肇興のトン族[張瑳2008],これらは異なる対象地域を扱っているが,観光活動と各地の少 数民族の女性たちへの影響という問題系が考察されている。 観光の民俗資源へのネガティヴな影響の研究[鄭向敏1996],文化を超える伝播という問題 意識から観光活動による当該地域の文化的アイデンティティへの影響の検討[李蕾蕾2000], 商品経済と観光産業の刺激のもたらす民間工芸品への影響研究[王雪梅2002],世界遺産観光 が対象地域へもたらす文化的影響とそのコントロール戦略研究[孫暁亜2007],ツーリストの道徳意識低下減少と社会的影響問題[胡映2007],エスニック・ツーリズム発展の過程での民 族文化の歪曲と保護の問題研究[林龍飛・楊斌2007]らは,同じく観光化と地域への影響研究 として,類似の問題を取り上げているといえよう。 そのほかに,ある程度のフィールドワークに基づき,特定地点の地域研究と観光開発の社会 への影響を総合的に論述する形式の研究もここで言及すべきであろう。劉振礼は野山披の事例 から観光対象の地域が様々な影響を蒙ることを解説したが[劉振礼1992],その教えを受けた 劉趙平は同一の問題について追跡調査をおこなっている[劉趙平1998a]。これは,従来の地 域研究に観光研究を重ねることで,長期的な観察が可能となった例である。武陵源自然保護区 調査[全1994],張家界森林公園調査[王幼臣・張暁静1996]は,それぞれ観光開発による 効果と利益について研究を進めた。そのほか,比較的早い段階でおこなわれた特定地域への観 光化とその影響を考察する研究群としては,長白山生物圏保護区における観光の社会調査[王 憲礼ほか1999],昆明の観光犯罪現象の検討[黄建軍2000],安徽省西逓,宏村,南屏を事 例とした安徽地域古集落に対する観光現象の影響比較調査[李凡・金忠民2002],陽朔地区観 光開発の社会的影響の研究[張文2003]がある。二人の調査者がほぼ同時期に進めた麗江を事 例とする観光の現地社会へもたらす影響研究[張波2004;劉燕2005]や,桂林西部,密洛陀文 化への観光開発価値評価を事例とした少数民族地区への文化観光資源開発と保護の問題提起 [藍巧燕・李華i2006],すでに研究のある西逓村を事例とする古集落観光による社会変化研究 [李慧・蘇勤2007],伝統的村落に対する観光開発の影響研究[節長栄2006]など,地域社 会への影響に関する事例研究は厚く蓄積されている。同様の研究は,海陵島の観光活動が社会 へ与えるインパクト研究[劉迎華2006],陳西省東部の韓城党家村を事例に古集落観光の考察 [王帆・趙振斌2007],西逓,宏村を対象とする同様の研究[章2007],河北省井脛県干家 村研究[梁軍2008],四川省甲居チベット村落景観区事例調査[劉報2007],四姑娘山の観 光発展と影響研究[張艶藩2008],白雲山観光開発と周辺の村への影響研究[万2008]のよ うに大量にのぼり,このことからも,観光に関する研究のうち,特定地域における観光化とそ の影響という問題がもっとも多く研究が集中する分野であることがわかる。また,この研究動 向は,西安ムスリム街を事例とした,国外からの観光客の到来が中国のエスニック・コミュニ ティにもたらした影響への研究[張乃利2008]や,チベットへの観光開発における民族文化の ありようとその保護の研究[朱普選2008]のように,民族と観光問題へと再拡大している。 これに加えて,一部の研究者たちは,観光開発が当該社会へ与えつつある影響とその社会的 メカニズムという側面に注目した研究に従事してきた[王雪華1999;李星明・趙良芸2002;李 祝舜・蒋艶2003;周雷 2003]。 さらに,理論面からこうした社会や文化への影響を描き出す努力も試みられており,劉趙平 は観光活動の文化的影響に社会交換論を導入し,観光が当該社会に与える影響の構造にっいて
独自の思考を発表しており[劉趙平1998b;1999],楊倹波と喬紀綱も観光がもたらす文化の 変遷要因とそのメカニズムについて分析を施している[楊倹波・喬紀綱2003]。 もっとも早い段階で上述の観光とその社会に対する影響にっいて研究を開始したのは,多く の場合,これらの問題に敏感な地理学者と経済学者たちであり,文化への関心,とりわけ,劣 勢におかれた文化の研究で知られた人類学者は,中国における観光研究のなかでは,大きく遅 れて研究に着手したといえる。文化人類学者が,観光と伝統文化や民族意識,民族アイデンテ ィティ,モダニズムの問題に関して続々と研究を発表するという状況はごく最近のものである。 1990年代なかばからは,愛知大学の周星が日本の研究者たちの調査プロジェクトに参加し, 貴州雲南などの地域における観光開発の発展と現状について調査を進めてきた。長編にわたる 報告書「『村塞博物館』:民俗文化展示の突破と問題」 [周星1999], 「観光産業と少数民族 の文化展示」[周星2001]では,詳細なフィールドワークによる資料にもとづき,文化をディ スプレイする過程で直面する問題と,観光開発の後に起こる文化の変遷と再構築にっいて論じ ている。 2000年前後から従来の人類学的関心であったエスニソク・グループと観光現象の関連を論じ る考察が現れるようになる。雲南麗江の観光と文化のインタラクション,および観光開発とエ スニック・グループ構成の関係への考察[翁2001], 「穿青人」, 「銀水塞」, 「チベット莞 村」を事例とする,中国における「観光民族」4)形成の社会,経済的要因とその文化的影響に ついて分析[徐新建2000b]がはじめられた。段穎と楊慧はこれらを踏まえて, 「多元的文化 の衝突と融合は単純な民族を日増しに複雑化し,多層的な意義の表現を持つにいたっている」 と指摘している[段・楊2001:109]。その楊慧は,後に,エスニック・ツーリズムがそれぞ れの少数民族の復興と民族身分,民族精神の再構築の推進作用を持つことを指摘し,雲南省の エスニック・ツーリズム開発における「エスニック・グループ」問題に重要な研究を推し進め ている[楊慧2003]。日本の国立民族学博物館の韓敏は,湖南詔山の「毛沢東観光」を事例に, 観光と文化の創造,および文化の重層的な関係を詳述し,観光のもたらすグローバル化とロー カル化が同時進行し相互依存的な関係にあることを指摘している[韓2003]。また,戦後の日 本人観光客による満州旅行を手がかりに,観光商品の生産と流通,消費過程を分析することで, 殖民地記憶の消費のありようについての複雑な関係を描き出す試みもおこなわれるようになっ た[高媛2003]。 宗暁蓮は,より強力な文化がほかの文化を変化せしめる現象の分析でしばしば用いられる acculturation理論を援用しつつ,雲南省麗江を事例として,ブルデューの文化再生産理論をと 4) 「観光民族」とは,徐新建による造語であり,観光業を主たる生業とし,経済,社会, な影響を受けている民族を指すtt 文化領域で大き
りいれることで,観光開発を背景とする民族文化変遷のケースに用いることを試みた[宗2002]。 また,ブルデューの力場に関する理論を事例分析の枠組みとして,観光化を背景としたトンバ 文化が再生産される力場で作用する各種の力学を明らかにし,トンパ文化の表象自体が益々盛 んになる一方で,その内容が澱荘となってゆくことを指摘した[宗2004]。同じく,西欧の議 論を中国の人類学的観光現象理解へ積極的に導入した例として,マッカーネルの「フロントス テージ,カーテン,バックステージ」理論を参照し,これを中国の民族文化の保護と観光開発 へと応用した研究がある[楊振之2006]。これらの研究では,理論化が進められる一方で,文 化の伝承,生活と観光の関係が,よりミクロなレベルで検討されるようになってきている。宗 暁蓮の研究に続くとして,いくっかの人類学的に興味深い研究を挙げたい。郭山は,観光開発 のなかでの文化伝承の成否は,その文化保持者による文化の有用性認知によって決定されると 考える[郭2007]。つまり,文化伝承の内発的動力は,従来無意識的で所与のものと想定され る文化に目覚めることにのみ求められるという立場である。異なる立場としては,ハニ族の山 村である筈口村の伝統的祭祀「昴璃突」に現れる二つの案神林の考察から,文化の変遷は複雑 な過程であり,その精神的な部分はもっとも変化しにくいが,それが変化するか否かという問 題は,直接的に祭祀に携わる人々と関係するとみなす研究もある[盧2007]。著名な理論に部 分修正を加える事例としては,雲南省丘北県仙人洞村の観光ショーを分析することで,観光開 発のなかで現れるこれらの様々な文化を見せる行為が,ショーのフロントステージであるとと もに,生活にとってはバックステージであり,伝統文化を演じることとそれを懐かしむことを 通じて,観光地の住民たちが自己と他者の表明を完成させ, 「ポストモダン」的アイデンティ ティを実現していると主張する栄莉の議論がある[栄2007]。歴史上の建造物から背後の関係 を読み解く研究としては,観光開発の只中にある赫図阿拉城の「再出現」という現象を事例に, そこに含まれる政治,権力および歴史主体などの問題を考察した論考があり[劉正愛2007〕, より大きな体系を取り扱った議論には,張家界邸坪と包谷山の土家族を事例としてとりあげ, エスニソク・ツーリズム・エリアの文化変遷が,文化要素のチェック・アンド・バランスと文 化主体の自覚的選択を経て発生し,最終的には生態的に適応する過程にいたることを説明した 研究がある[余・田2008]。観光開発の影響を大きく,破壊的なものとして捉えた初期の研究 とは異なり,近年では観光化の影響を限定的とみなす,あるいはむしろ開発の過程のなかに積 極的な意味を見出すものも少なくない。その例として,楊慧らの雲南研究と何明の民族芸術シ ョー研究をあげる[楊慧ほか2008;何明2008]。 楊慧らは,ブルデューの実践に関する理論を用いて大理喜洲の観光空間を研究し,観光開発 によってホストのもつ生活習慣が資本化される可能性が極めて低いという議論を起こし,従来 の研究に異議を唱えている。
また,少数民族村落への観光と民族芸術ショーの実践を分析した何明は,新たな文化の言語 環境のなかで民族文化の現在的価値と意義を発掘し,文化保持者のアイデンティティ獲得と特 定社会における文化環境の承認を取りっけることで,これら民族文化の保護と発展を実現する ことができることを示している。 上述の研究の多くが,当該社会の特定文化に比重を置いたものであったことに対して,近年 では,観光開発が当該社会に与える多方面の影響を考察対象とする研究も現れ始めている。こ れらの研究の特徴として,すでに観光開発が大規模に進められた後の社会を対象とする大量で 詳細なデータに基づく,広範でf分な深度をもつ研究であることを指摘できる。韓国の研究者 である崔敬昊は,北京什刹海地区の胡同と四合院への長期にわたるフィールドワークを実施し て,観光開発が北京の路地裏社会の変化に与えた影響を分析し,こうした胡同という存在が住 民の暮らしの文化から民間文化遺産の保護と開発へと転換されていったという論理を提示して いる[崔2005]。宗暁蓮は雲南麗江のナシ族について,長期のフィールドワークおよび中期の 継続調査で得られた資料をもとに,文化再生産理論の枠組みに基づき,麗江県ナシ族の文化が 近年著しい変化を遂げている現象について詳細な研究をおこなってきた[宗2006]。この研究 の特徴ある点は,ホスト側の生活変化のみならず,世界遺産である大研古城研究,日本でも知 られるトンパ文化,漢民族の古典楽曲を伝えるナシ古楽など観光客をひきつける複数の文化要 素が観光市場にむけて開発されたことのもたらす変化の機会と困惑を議論していることにある。 徐籟麗による,広西チワン揺族居住地区である平安,金竹,黄落という3っの民俗観光村落を 扱ったケーススタディでは,民俗観光が民族文化や地方文化の多様性を表しているだけではな く,商品化やショービジネス化,都市化などの力学のなかにあることを指摘し,民俗観光形成 のプロセスにおいて政府や企業が民俗観光村落と民族文化の保護に対してどのようにそれぞれ の機能を果たしているかを考察している[徐籟麗2006a]。
III文化の商品化と真正性をめぐる研究の発展
観光現象は,民族文化,民族的特徴,民族意識などの改変と再創造を引き起こし,民間芸術 の形態や内容にっいても変更を迫るようになる。海外では文化の商品化とその真正性 (authenticity)をめぐる問題系の議論が,1960年代にすでに現れ,プアスティン(Daniel J. Boorstin)の大衆観光研究などで検討されている[Boorstin 1964]。かれは大衆による観光を 「偽事件(pseudor)」と捉え,観光客の経験する事柄は実際には観光産業によってしっかりデ ザインされた,歪められた観光経験にすぎないと考える。マッカーネルの研究では,現在の観 光客がその本物さを求める過程で,観光にあらわれる景観あるいは出来事は,避けがたいレベ ルでデザインされ,舞台化されたものである。これを「ステージ化された真正性」ということができ,観光という現象の発展がもたらした構造化された結果であると考える[MacCannell 1976]。関連する見解には,グリーンウッド(David J. Greenwood)による指摘,すなわち観 光現象が当該地域の文化の商品化,商品化された文化をもたらすということは,文化のもとも と含んでいた豊富な内容および地域の人々にとっての意義を損なうことを意味するとの考察が 出されている[Greenwood 1977]。これに対して,コーエンは別の見解を示している[Cohen 1988;2004]。かれによれば,文化の商品化はその文化に新たな内包を獲得させることがあり, 観光に導かれたマーケットはしばしば消滅に瀕していた民間芸術や伝統文化を挽回させる可能 性があるという。そのうえで,文化の商品化が様々な破壊的な結果をもたらすとの仮定に立っ のであれば,より多くの研究は研究者からみた「他者」,すなわちここではホストの側に立っ てこの問題を評価すべきであり,emicな研究, processua1な研究, comparativeな研究という, 3つの調査手法を提唱している。 これらの諸研究は中国の研究状況に大きな影響を与えてきた。中国国内では,王寧(Wang Ning)が早い段階からこの真正性をめぐる議論をおこなっており,彼の思考がその後の盛んな 研究を喚起したという意味で功績が大きい。Annals of Tourism Researehでは,観光の体験を 観光客側の視点から捉え,ボストモダニズム的真正性と存在主義的真正性観念を分析し,そこ からどの観光地であろうと観光客はそこでの真正性を体感しうることを論じている[Wang 1999]。今世紀に入ってから,研究者たちは文化の商品化と真正性をめぐる海外の研究状況を 数多く翻訳紹介するようになり[丁2000;張暁捧2003b;李旭東・張金嶺2005;周亜慶ほか2007; 胡志毅ほか2007],この問題に関する論文が中国国内で量産される事態が生まれている。たと えば,観光のための舞踊や歌唱のショーに関する真正性の議論〔田美蓉・保継剛2005:高芳 2008],文化遺産観光に関する真正性をめぐる議論[呉暁橋2004],温泉観光の真正性[王 艶平2006]などがそれである。これらの諸研究では,初期の海外研究者にみられる文化の商品 化に対する態度がかなり否定的であったことと異なり,最近の中国の研究者たちは観光のもた らす文化の変化と商品化という問題に対して肯定的な姿勢をとり,観光開発による文化の商品 化と真正性という問題設定が真っ向から対立するものではなく,両者はむしろ調和のとれた統 一が可能で,両者のこうした関係を正しく理解することは民俗観光開発の持続的な発展に有用 であると見なしていることがわかる〔馬暁京2002;黄浪2005;李応軍2006]。その後,こうし た論調はさらに進み,文化ツーリズムの発展は,文化の真正性と商品化が共存共栄するとする 議論も現れるようになった[郡益民ら2006]。類似の観点からなる研究では,民俗観光は経済 的な外殻と文化的な内実の一体となった形式であるという立場から,民俗観光の真正性と商品 化を読み解き,この視点を獲得することで民俗をツーリズムの対象とすることへの持続可能な 発達の道を探ることが可能となると主張されている[李正歓・黄遠水2002]。
文化の商品化という問題系に対して,一部の研究者たちは観光民芸品を分析の切り口として, 観光による商品化が伝統文化の保護にとって積極的な意味があり,真正性の消失へとはつなが らないことを指摘してきた[疹楊2005;張敏・方百寿2006]。加えて,近代化の衝撃のなかで, 一定の保護のもと,伝統文化もまた絶えず創造,刷新,発展を経てゆかねばならず,文化その ものの過渡的形式と転換を完成させていかねばならないと考える[張暁棒2001b]。その一方 で,宗暁蓮による,ナシ古楽のデータを用いた研究が示すように,商品化された文化としての ナシ古楽とナシの人々が生活の一部として日常的に参与するナシ古楽には本質的な差異があり, 文化保護の観点からは後者を保護が必要とされる対象とみなすべきであるとの見解も示されて いる[宗・保2005]。またほかの論文で,彼女はフランスの社会学者ルフェーヴル(Henri Lefebvre)の「空間生産」概念を用いつつ,麗江古城のなかにある,地域性を現す様々な記号 がどのように商品化され消費されるのか,そして公共的な観光空間がどのように私有化され個 人の商品消費の範疇へと組み込まれるのかを分析することで,観光地における空間消費のプロ セスおよび空間の商品化にともなう当該社会への影響を考察している[宗2005]。それに対し て,張暁薄は,観光研究の焦点のひとつである,ツーリズムにおける「舞台の上の真正性」を 経済行為の一種とみなすことで,伝統文化のうちでも神聖な儀礼などにはおそらく解体作用を 及ぼすとしても,同時に新たな文化の創造と再構成の機会を提供することになると主張する[張 暁薄2006]。徐籟麗も類似の立場であり,文化のショーステージ化はその文化を誇張と歪曲の なかで表現し,こうした影響そのものは研究者が考えるほど深刻ではないけれども,観光の今 後の発展には影響を及ぼすと考えているようである[徐籟麗2006b]。そのほか,嫡祖をめぐ る民俗的表現の商品化の特質を述べ,嬬祖が商品化された後の観光の影響を論じる研究[黄秀 琳・彰文宇2007],手つかずの民族村落を観光ショー化することは,観光資源の開発面からみ て有効な方法であり,ショー化する過程で真正性をどのように扱うかが成否をわけるポイント する考察がある[任2008]。 真正性をめぐる多くの研究が急速に蓄積されるなかで,より大きな視点からこの問題を論じ る議論も近年増加してきた。張軍は論考のなかで,専門家と現地住民,そして観光客の真正性 をめぐる知識は同一のものではなく,三者の立場からこの問題を検討することこそがフォー ク・ツーリズムとでも呼ぶべきものが発展する現状のなかで,その保護と発展という難題を解 決する道であるとしている[張軍2005]。彰兆栄もまた,異なる真正性があることを前提に, その表現様態を縦糸,従来の民族誌研究の歴史を横糸と考えて,それぞれ違う時期の民族誌を サンプルに分析を進めた結果,民族誌は歴史「真正性」を表現することが可能であり,異なる 社会言語環境のなかの「真正性」様態に,ある程度の差異があることを再現していると結論づ けた[彰兆栄2006]、
多くの議論を喚起する契機を生みだした王寧は,近年,観光現象のなかの単方向的真正性概 念とその限界を明らかにしたことに基づいて,相互行為的真正性概念を提起している[王寧 2007]。ここでいう単方向的真正性概念は,多くの場合,いわゆる既存の観光旅行となるのに 対して,相互行為的真正性概念は現地参与タイプの観光であり,ホスピタリティ観光が観光客 の参与という相互行為のなかで構築される真正性である点に着目している。同じく,比較的新 しい議論としては,馬凌により提示された考察,すなわち,真正性の議論は1960年代の西洋 における観光研究のなかでの中心的な議論であったわけだが,そこでは人々の「憧憬と嫌悪の 入り混じる」心理が反映されており,今日の観光現象のなかに現れる社会問題を示していたと いう指摘がある[馬凌2007]。文化遺産の保護という立場からは,張朝枝の関連する指摘も取 り上げておきたい。彼は,真正性という概念自体がひとっの動態的,多元的,かっ複雑な問題 であって,遺産保護の文脈では客体の標準的な評価が強調されてきたが,観光研究では主体の 実地経験が重視されていることから,観光開発と遺産保護研究のなかでは相互作用的でダイナ ミックな理解をもって真正性概念を検討する必要があると主張する[張朝枝2008]。同様の方 向を持つ議論としては,観光における真正性は真正性システムとして考えるべきであり,この システムのなかに観光の主体による真正性や観光客体のそれ,そして観光メディアの真正性が 内包されており,この三者が互いに干渉しあうような全体像を想定する考察もあらわれている [冠・肖2008]。
IV観光における文化記号と意味の探求
国外での観光人類学の研究状況と似て,中国の研究者もまた観光の当該社会に与える影響や 観光と文化の問題に主要な関心を向けてきた。けれども,観光現象の記号とその内容に関心を むける研究者もおり,彼らはおもに人々が観光旅行に出かける動機やそこでの経験の分析する ことを通じて,さまざまな観光現象に対して意味の解釈をおこなっている。 張暁薄は,グレバーンの観光と巡礼をめぐる議論を紹介することを導入として,今日の観光 という行為を生み出す深層次元の文化心理を論じた[張暁藩2003a]。趙紅梅もまた,国内外 の学術界における観光体験研究を紹介し,communitas概念を用いた観光体験の研究などにも 言及している[趙紅梅2008]。 中国国内での観光人類学の研究動向を踏まえっつ,新たな方向の模索も見られる。李蕾蕾は, 深卸1の海岸が「自然空間」から「観光空間」へと転換してゆく歴史過程を研究することで,海 岸が観光空間となる構造が本質的に,神聖化と脱神聖化が含まれるような記号化のプロセスで あることを提示した[李蕾蕾2004]。この記号化のプロセスでは,海岸の「周縁性」「過渡性」「女性化」 「感性」 「異国情緒」そして「殖民性」などいくっもの記号が折り重なる現象が形 成されたという。こうした分析とは異なり,今日の観光に現れる記号の価値と,観光客をひき つける記号および商業活動における記号化された言説を分析することで,同時代の経済活動が 社会化され再生産されるなかでの「記号化経済」の特徴を描く研究も進められている[彰兆栄 2005]。宗暁蓮と戴光全は,「1999年中国麗江国際トンパ文化芸術デー」のなかで再現された トンパ文化の舞台化された真正性を事例として,観光イベントのなかでローカルカルチャーが どのように利用され,解釈されてゆくのかについて分析をおこない,それが再帰的に当該社会 の文化社会,経済活動に与える影響を考察した[宗・戴2005]。同じく,世界的に著名な対象 を扱った事例として, 「シャングリラ」がチベット族の信仰文化からグローバルな状況下で世 界中の観光客に消費される文化記号となっていった過程,およびこうした事態が従来の地域住 民民に与えた影響を研究している[曹晋・曹茂2005]。また,観光地の土産物の背後にある, 隠された象徴的意味を検討し,その観光記念品や土産物のもっ記号価値の分析[馬暁京2005] は,観光商品の開発に対して多くの刺激を与えている。 蓼楊はこうした観光の記号をつぎのように捉えている[惨楊2006]。彼によればエスニック・ ツーリズムのみやげ物は,歌舞ショーなどとは違い「物象化」された民族文化であることから, 多くの象徴記号が含まれており,その背後には民族あるいはエスニック・グループの文化的ア イデンティティを秘めているという。馬榊偉も,ハニ族山村における多くの文化記号が意味を 構築する過程に注目して,民族文化が文化商品へと変換される上で重要な条件は,当該社会の 主流である文化価値体系の承認をとりつけ,最終的にその体系の構成上重要な成分に滑り込む ことにあることを明らかにした[馬羽中偉2006]。ここでは,新たな文化記号の構成は,異なる 文化間での交流と,利益の異なる主体が進める資源ゲームの結果であると考えられる。文化記 号構築の過程では,異なる記号体系間の緊張関係が解消され,ここでのキーワードは,現地の 人々がより積極的かつ主体的にその構築に参加し,文化記号の構成の規則制定者になることが できるかにかかっている。 日本でも見られる棚田の議論としては,劉丹淳の研究が興味深い[劉丹捧2006]。彼女は, 雲南元陽にある棚田の事例から,観光地の選択や観光に行くという行為は旅行者が自己の所属 する社会での役割の位置づけや評価を明らかにしていることを示し,それは自己の置かれた位 置の認識とその受け入れといった作用にまで及ぶことがあるとしている。魏美仙による雲南新 平県大沐浴村の事例研究では,民族村の観光ショーのテキスト構造分析により,そこに含まれ る政治的言語権,経済的言語権の解読を試みている[魏美仙2008]。梁音は,成都東郊にある 洛帯古鎮の観光開発のなかでみられる現象を, 「記号」 「儀式」 「場」の概念を手がかりに, 「社会記憶」資源の文化資本化プロセスを検討している[梁音2008]。「司様に,記号を積極的 に分析対象とした研究では,遅燕壇によるものがある[遅2007]。雲南新平県漠砂鎮の花腰タ
イ族の「花街」文芸記念活動の調査を通じて,彼女は,様々な権力,権威記号の影響のもとで, 少数民族の祝祭活動がどのように構築され,政府や社会勢力,現地の文化保持者,メディアな どの権力にかかわる記号がいかにして祝祭活動に影響を与えているかを読み解く試みをおこな っている。 中国の観光研究における人類学的研究を考える上で,とくに言及する価値があるのは,近年 になって,2冊の「観光人類学」を表題とする著作が現れたことであろう。ひとつは,彰兆栄 による「編集,評価,分析,独自見解の提出を一体とした」5)著作であり,今までの観光人類 学の注目してきた研究内容をおさえたうえで,いくつかの新たな問題と研究を提示している[彰 兆栄2004]。もうひとつは,張暁藩と李偉が中心となって編纂した著作で,内容の全般にわた って観光と文化変遷,観光体験,観光の儀礼的特長,真正性の問題などほとんど観光人類学の 研究してきた各分野の記述がみられ, 「海外における観光学を評価し,系統的に国外の観光人 類学理論を整理している」6)とされる[張暁捧・李偉2008]。この2冊に共通する特徴は,理 論面での考察が非常に多くの部分を占めるのに対して,事例研究が少ない点である。
V中国国内における観光人類学の成果と課題
わずか十・数年の間に,観光産業の飛躍的な発展を背景として,中国の観光人類学は国外の人 類学研究の成果を基礎として,学問分野としての発展と学術研究の面で一定の成果を収めてき た。その成果がもたらした今日的状況を簡約すれば,以下のようにまとめられる。 人類学,民族学の学術会議のなかで観光に関する議題は日増しに増加している。一例を挙げ れば,多くの民族学教育研究機関が連合で運営している「人類学高級論壇」において,その学 術活動のうち,観光研究の発表が頻繁に取り上げられていることがある7)。なかでも第4回会 議では「人類学と観光レジャー」が3大テーマのひとつに選ばれている。 一方で,観光学の主要な構成員である観光管理学や人文地理学などの分野の学会でも,人類 学者の影響が徐々に強くなってきている。学術的な定期刊行物である『中国社会科学』 『社会 5)当該書籍裏表紙の紹介文によるu 6)当該書籍裏表紙の紹介文による。 7)中国には全国的な民族学会と人類学会があるが、人類学会は基本的に学術活動を行う機会が乏しく、民 族学会は4年に1度の学術大会を主要な活動とする。現在までのところ,日本の文化人類学会のような、 全国規模で行われる研究大会という形式で研究者が毎年発表を行う機会はない。この「人類学高級論壇」 は,近年,参加する研究機関や研究者が多い学術討論会となっている。第1回目は2005年5月に広西民 族学院の主催で開かれ,2008年IO月には第8回論壇が貴州民族学院の主催で開催された。類似の議論 の場としては,1995年から2001年まで北京大学が音頭をとる形で,全6回おこなわれた「社会文化人 類学高級研討班」がある。学研究』などの国家レベルの重要雑誌にも,観光研究の論文がしばしば掲載されるようになっ た。民族学院,民族研究所が主催する学術誌ではさらに積極的に観光人類学の発展を後押しす るようになっている。たとえば,『思想戦線』では,2000年から観光専門のコーナーを設けて おり,『広西民族学院学報』でも観光人類学専門欄が設置されている。観光学全般の専門誌で ある『旅遊学刊』と地理学の雑誌『人文地理』,『経済地理』などでも頻繁に人類学者や社会 学者による研究成果が発表されるようになっている。 観光人類学が社会的な重視を受けていることは,教育研究機関の課程配置上でも確認するこ とができる。少なからぬ高等教育機関では,既存の人類学や観光管理学の基礎の上に,観光人 類学の専攻が置かれ,ふさわしい課程が開設されるに至っている。たとえば,中山大学旅遊発 展と規格プランニング研究センターは中国を代表する観光学研究組織のひとつだが,2001年の 博士課程学生募集のなかに「人類学理論と方法」という試験科目が設定され,2002年には筆者 のような完全に人類学出自の研究者がポストドクター研究に採用されている。2004年10月に は度門大学観光人類学研究センターが設立され,民族地区の村落観光に関する研究を進め,修 士,博士課程の院生にむけて観光人類学の課程が開かれた。 さらに,高等教育機関では「観光人類学」を専門とする修士,博士を募集する傾向が加速し ている。雲南大学では2004年という早い段階で観光人類学の修士課程院生を募っていたが, 2006年には博士課程院生を集めるようになった。そのほかの大学でも観光人類学の院生募集は 広がっており,たとえば桂林工学院観光管理資源専攻では2006年に観光人類学修士教育を開 始し,2007年には貴州大学民族学専攻,広西師範大学人類学専攻,西南民族大学民族学専攻, 広州大学観光管理専攻などでそれぞれ観光人類学の修士教育制度が成立している。 国家の各種研究助成やプロジェクトでも観光人類学の占める割合は増加している。中国国家 社会科学基金の2004年の民族学学科関連プロジェクトでは,3っの重点プロジェクトのうち2 つは観光と関係したものであった8)。2005年には増額され,さらに民俗文化遺産保護が「社会 学」学科のなかに項目立てられた。2004年以来,全国自然社会科学計画事務室では「西部資金」 が創設され,観光人類学,旅遊社会学,エスニック・ツーリズムなどの研究領域に資金が投入 されている。 これと同時に,観光人類学の応用にっいても顕著になっている。政府の観光政策研究や企業 の観光マ・一・一ケソト開発に関して,人類学者や民族学者,社会学者の考察や分析がある程度影響 力を持つようになり,観光人類学の理念も様々なレベルで多様な形式をもってこれらの計画プ ロジェクトに入り込みはじめており,応用研究がある程度発展をしているといえる。 8)その内訳は「湘邪楡民族地区旅遊経済発展與旅遊区社会文化変遷」, 「中国少数民族□頭和非物質文化 遺産槍救保護和人的発展政策研究」である.
ただし,中国における観光人類学が一定の成果を得る一方で,実に多くの問題も抱え込むこ ととなった。具体的な例を挙げれば,学術研究の手順が重視されず,単に経験と資料に依拠す るのみであったり,長期の展望にたたず流行の概念をすぐさま使用する,その結果,繰り返さ れる無駄な作業が多いことがあげられる。また,価値ある研究が少なく,研究の広さやその深 度において大きな限界がある。既に見たように,観光の文化への影響に関する研究など,すで に数百の論文が発表されているにもかかわらず,これらの研究は全体としてはケーススタディ にとどまり,理論面での貢献は非常に少ない。記述による定性研究がほとんどを占め,定量的 なデータが少ない。研究視点が一面的であって,観光の一方的な影響にのみ注目するなどの問 題がある。同時に,研究に用いる概念や指標がそれぞれ研究者により異なるために(本文にと りあげた研究のうち,Authenticityの訳語だけで4っも並存使用されているなど),比較参照 の際に困難をきたし,それぞれを関連付けるような理論の構築を難しくしている。これらの原 因から,学術的な貢献であれ,応用に際しての実際の価値であれ,正面から評価することが極 めて困難なのである。本論文での叙述が,読みにくい形式であるにもかかわらず,それぞれの テーマのもとに分類したのち列挙式を採用せざるを得なかったことは,この問題に起因してい る。 このほか,多くの観光人類学に従事する研究者が専門的な人類学のトレーニングに欠けてお り,基礎的な知識の習得がなされていない点も大きな問題である。研究者の多くはなにかにつ けてすぐに「人類学的把握」や「人類学的視野」といった形容をおこなうが,実際には人類学 のトレーニングを受けたことがないということも多々あり,人類学の理論や方法を十分に理解 していないことを指摘できる。いわゆるフィールドワークも,調査者一行を仕立てて数日のう ちに目的の地域を訪問,走破する形式が一般的であり,みずから作成した質問項目表を人々に 記入させ,そこで得られた資料をあらかじめ自ら考えた図式と調整することが往々にしておこ なわれる。このため,論文のタイトルに観光人類学研究を謳っていても,本来の人類学とはか なり距離がある研究が多い。これもまた多くの研究において中身が薄く,理論的な発展を進め ることが困難である原因のひとつである。人類学の知識,理論はにわかに習得できるものでは なく,このままでは観光人類学の研究をより深めてゆくには大きな不安が残る。以上の問題点 を踏まえると,中国の観光人類学にはまだ多くのなすべき仕事が残っており,その道は遥かで あるということができよう。
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