現代証券市場の基礎構造
一寡占化と機関化(II)一
近 藤
野 はじめに:構造分析の目的と方法 1.戦前期の証券市場 II.復興期の証券市場 III.高度成長期の証券市場 IV.金融自由化期の証券市:場・……・………・以下本号 V.国際化および構造調整期の証券市場 IV.金融自由化期の証券市場 70年代はドルを機軸とする国際通貨体制や安価な石油に依存した国際自由 貿易体制などの戦後の高度成長と世界貿易の枠組みを支えてきた国際経済体 制の危機と再構築が進行する一方で,国内的にはインフレ,失業と国際収支 不均衡の拡大という新しい経済困難(トリレンマ)が発生・拡大し,ミクロ 的には国際分業体制の再編と連動した産業構造の転換,企業財務体質の改善, 海外進出,自己.資本の充実,事業多角化,情報化などの技術革新が進められ, マクロ的には公共投資の拡大,輸出への傾斜などの蓄積構造の急転換が生じ た。年代別の実質経済成長率への各需要項目の平均寄与率をみると,明らか に60年代の民間設備投資主導型成長から70年代への公共投資主導型への成長 パターンの変化が確認される。(表5) こうした実体経済の資本蓄積構造の急転換の中で,膨大な公共投資を支え るための金融の自由化・証券化がいわば強制的・他律的に進展し,規制金利表5 年代別成長寄与率
G
C
CG
IH 1 IG ISE
60年代 V0年代 W0年代 11.5 T.2 R.9 52.3 T8.9 S5.4 6.8 V.2 W.3 8.1 P6.0 P.1 23.3 P4.3 Q9.8 10.6 Q5.5 O.1 1.7 「16.6 「3.8 △3.0 「7.0 P8.8一 (注)G:平均実質成長率,C:消費支出, CG:政府消費支出, IH:住宅投資,1:設備 投資,IG:公共投資, IS:在庫投資, E:純輸出,80年代は80−87年まで。国民所得統 計により計算。 体系から自由金利体制への金融構造の漸次的転換,マネーフローの転換,銀 行の証券業務への進出による銀行と証券の業際問題,現先市場などの短期金 融市場や公社債流通市場の急拡大,機関投資家の形成,金融業務のオンライ ン化,自由金利金融新商品の開発・普及,金融機関の海外進出が生じ,債券 34) の「保有の時代」から「運用の時代」への転換が始まった。 まず低成長時代への突入による企業収益の悪化により融資機関としての銀 行,生保の不良債権問題が深刻となった。銀行は融資先の経営不振企業の手 持ち株を,その引き取り手を捜してきて,「直取引」で売却させ,不良債権の 35) 回収をはかった,と言われている。また,企業集団は,設備投資の減退とそ れにともなう過剰流動性の増大を背景に,積極的に株式の相互持ち合いを進 め,相対的に流通株を減少させた。70年から77年にかけて株式持ち合い比率 は,三井系が14.14から17.47へ,三菱系が20.71から26。78へ,住友系が21.83 から24.79へ,芙蓉系が15.26から18.64へ,三和系が11.18から11.72へ,一二 36) 系が17.19から16.79へと,一勧系を除き,それぞれ急上昇した。また,77年 には個人の株式所有比率は32.0%にまで低下し,法人のそれは62.1%となっ た。 こうした中で,70年から80年にかけて株価は74年を唯一の例外として持続 34)瀬川美能留『私の証券昭和史』P.233。 35)奥村 宏「株価はこうして決まる』P.83。 36)小林好宏『企業集団の分析』P.132。現代証券市場の基礎構造 表6 金融自由化期の証券市場年表 金融・証券 1971.5新しいインターバンク市場として手形売 買市場発足 1971.6勤労者財産形成促進法 1971.10合併により第一勧業銀行発足 1971金融機関の持株比率,個人を抜いて1位へ 1971証券業界,第一次総合オンライン化 1971「安定操作取引の届出等に関する省令」 1972.3米国ベンデイックス社,日本で最初の
TOB発表
1972.7協同飼料事件(時価発行増資に伴う相場 操縦の疑い) 1972.11野村証券,本格的商業銀行をアムステル ダムに設立,73年フランクフルトにも 1972.11外国投信の国内販売自由化許可 1972公募時価発行,増資の主流となる 三光汽船,時価発行増資により計912億円(う ちプレミアム841.5億円)の資金調達 1973.5政府,原則100%の(第五次)資本自由化 1973.10合併により太陽神戸銀行発足 1973.12外国証券の東京市場上場始まる 1973都銀,欧州で証券子会社設立,銀行と証券 の業際問題始まる 1974.5ユーロ市場でキャノンの転換社債発行に 際し富士銀行の現地証券子会社が主幹事を主 張,大蔵省,これを特例として認可 1975.8大蔵省,海外での業際問題の解決策とし て「3局合意」を提示 1975赤字国債の大量増発へ,公共部門が最大の 資金不足部門となる 1976.6日本店頭証券株式会社設立,公社債の業 土間市場拡大へ 1977.1中期割引国債募集開始 1977.4発行後1年の赤字国債売却自由化 1977.6独占禁止法改正,金融機関の持株制限を 5%に強化(10年間の経過措置で) 1977証券業界の第二次オンライン化 1978現先取引拡大へ 1978−82日本の機関投資家による米国財務省証 券を中心とした証券投資活発化 政治・経済動向 1971.8ニクソン・ショック 1971.12円レート,16.9%切上 1ドル=308円,過剰流動性発 生,土地と株値上がりへ 1971.12景気の谷 1972.6米国貯蓄銀行,NOW勘 定開設,預金金利自由化へ 1972.6「日本列島改造論」 1973.2主要国,変動相場制へ移 行 1973.4−12物価抑制のため公定 歩合引き上げ,4.25%から9% へ 1973.10第四次中東戦争勃発。 原油価格4倍化,第一次石油危 機はじまる 1973米国上院金融小委員会で 証券市場における機関投資家 の行動問題となる 1974.9産業構造審議会,知識集 約型への転換を主張 1974戦後年のマイナス成長 1975.3新幹線,博多まで延長 1975.4ベトナム戦争終結 1975興人,安宅産業倒産 1975−80年代米国第四次合併ブ ーム,超大型合併続く 1976.5昭和50年代前期経済計 画,閣議決定 1976.7ロッキード疑獄事件 1977.10景気の谷 1977.11三全総,閣議決定 1978.1一勧系,三金会発足 1978米国で小口金利自由化証券側はMMF,銀行側は
MMC
金融・証券 1979.4国債の大口売買取引開始 1979.5都銀等,NCD市場創設を要求,認可 1979非居住者の現先取引認められる 1980.1「中期国債ファンド」募集開始 1980央クウェートによる証券投資活発化 第三次外人投資ブーム 1980.11証券大手4社にコール・マネーの取入れ 許可,資金調達の強化ヘ ユ980.12インパクト・ローン取入れ許可 1980投資ジャーナル事件,投資顧問業規制へ 政治・経済動向 1978末イラン革命により原油 価格2.7倍に上昇,第二次石油 危機,1バーレル34ドルへ 1979米国,新金融調節方式へ移 行,金利高へ 1980.2景気反転,不況へ 1980米国,金融制度改革法,預 金金利規制はほぼ全面的に撤 廃へ 37) 的に上昇し,平均年率では19%の上昇をみせた。この「不況下の株高」が銀 行の不良債権問題を救った,と言われている。また,企業集団は株式の相互 持ち合いを強化しつつ,浮動株を吸収し,「高株価経営」と呼ばれる公募時価 発行を利用した有利な資金調達によって70年代の構造転換の波を乗り切って 38) 行った。さらに銀行や生保は巨大企業の自己資本充実等にともなう融資離れ や,金利や為替の変動が増大する不確実な金融環境の中で,余資運用を積極 39) 化させ,巨大機関投資家として証券市場に進出を開始した。 1977.6には「法華の持株比率の増大による支配力の過度集中」と「個人投 資家の離反」を避けるため,独禁法が改正され,10年間という長期の経過期 間を設けて,金融機関の企業株式保有に対する規制が10%から5%に強化さ 40) れた。(ただし保険会社は10%で据置。なおアメリカでは商業銀行は株式の保 有が銀行法により禁止されている) 75年からそれまで1兆円程度であった国債発行が大型化し,75年には4兆 37)株価上昇率はTOPIXによる。以下同様。出所は『東証要覧1989』。 38)1972年には従来の株主割当にかわって公募時価発行が増資の主流となり(東証『証券 統計のしくみと見方・使い方』p132),同年,三光汽船は912億円の資金調達(うちプレ ミアム84L5億円)を成功させ,「高株価経営」のさきがけとなった。 39)例えば,生保資産の内容をみると81年度は貸付金58%,有価証券32%,不動産O.6%で あったが,88年度には有価証券44%,貸付金36%,現預金12%,不動産6。1%となってい る。津田和夫『巨大機関投資家』P.38。 40)岡崎守男・濱田博男編『現代日本の証券市場』P.34。
現代証券市場の基礎構造 51 円超,78年には10兆円超,85年には15兆円超となり,地方債についても同様 の傾向が見られた。こうした大量の国債発行は公共部門を法人部門を超える 国内最大の資金不足部門へ転換させるとともに(74年),従来のシ団による引 受を困難にし,シ団による市中売却の認可,発行条件の弾力化,流通市場の 整備,銀行の国債窓販やディーリングの認可,個人消化の拡大などの諸改革 や,「中期国債ファンド」などの新商品開発が行われていく原動力となった。 75年には公社債残高の対GNP比は38%であったが80年には59%まで上昇し た。国債の流通市場(主として店頭市場)も急拡大し,75年には1.1兆円,80 年には158.8兆円,85年には2069.5兆円となった。また債券を担保とした短期 金融市場(債券現先)も急拡大した。(表7) 国債の金利は7−8%という高い金利が続き,これに釣られて預金金利も 41) 上昇した。アメリカでは77年にはメリルリンチ社が銀行口座に類似した証券 総合口座CMAを導入し,これに対し銀行側は78年に市場金利連動型預金 42) (MMC)を開発するなど金融自由化が進行した。日本でも国債を組み入れた 中期国債ファンドが証券会社により開発され,銀行の普通預金金利を上回っ た。国債の現先取引も活発化し(現先の利回りは銀行預金より高かった),企 業の一時的余裕資金の運用が行われるようになった。銀行側は自由金利で, 債券現先に対抗する資金吸収手段として譲渡性預金(CD)を創設し, CD現 先を開始した。(79年)郵便貯金は,「いったんあずけいれると10年間預入時 43) の高い金利が半年複利でつく」ため,人気を集めた。こうして国債流通市場 の拡大とともに短期金融市場(オープン市場)の金利自由化→規制金利体系 の実質的変質,金融の証券化が徐々に進行していった。 70年代の急激な蓄積構造の転換の中で,中央集権的な規制金利体系と間接 金融絶対優位の金融構造も徐々に転換しはじめた。主要企業(製造業)の資 41)金利自由化については津田:前掲書,P,67以下か具体的でわかりよい。 42)アメリカにおける金利自由化については西川純子・松井和夫『アメリカ金融史』P.284 以下を参照。 43)津田:前掲書,P.69。
表7 証 券 市 場 1975 76 77 78 79 80 1銘柄数 上場企業数 1713 1716 1724 1709 1723 1729 2 外国企業数 16 17 15 15 15 15 3 公社債銘柄 418 411 435 491 529 527
4株式
資金調達額 10011 6887 9226 3966 9534 10520 5 売買金額 155661 236622 215001 325343 349113 364896 6 時価総額 44.8 54.9 53.6 69.1 72.0 80.07債券
資金調達額 66795 105300 118535 162780 157821 171724 8 (長期国債) 40108 78211 82800 105050 100075 105060 9 金融債 78519 89723 103100 110823 118379 135204 10 売買金額A 6526 9816 16375 43919 23184 38743 11 売買金額B 50.9 64.8 113.1 193.1 204.2 272.5 12 (現先) 28.6 37.2 60.7 106.2 116.7 ユ56.0 13 (国債) 1.1 2.3 13.6 61.5 91.3 158.8 14 公社債残高 56.4 70.6 87.7 104.5 123.3 142.015海外
資金調達額 1399.9 1688.1 1668.3 2725.9 3996.6 3228.2 16 (転換社債) 350.2 700.5 749.5 1659.8 2799.4 2263.6 17 (ワラント) 『 一 一 一 一 18 換算:レート 296.77 296.59 268.72 210.61 218.96 226.88 19 円換算 0.4 0.5 0.4 0.6 0.9 0.7 20投資信託資産総額 3341 39767 48078 56384 62158 60510 21債券先物売買金額 一 『 一 } 一22国内
総資金調達 15.5 20.2 23.1 27.8 28.6 31.7 23国内外 総資金調達 15.9 20.7 23.5 28.3 29.4 32.524GNP
148.2 166.4 185.5 204.5 221.8 240.1 2522/GNP
10.48% 12.13% 12.45% 13.57% 12.88% 13.22% 2623/GNP
10.76% 12.43% 12.69% 13.85% 13.28% 13.53% (注)1.全国上場会社。出所(イ) 2.東証上場会社。出所(イ) 3.東京市場。出所(イ) 4.単位:億円。有償増資+新株引受権付社債の現金払込分。全国上場会社。出所(イ) 5.単位:億円。東証市場第一部と第二部合計、片道計算。出所(イ) 6.単位,兆円。全国上場会社。出所(イ) 7.単位:億円。国債+地方債+政府保証債+政府保証債+事業債+転換社債+円建 外債+新株引受権付社債。金融債含まず。国内発行の公募のみ。出所(イ) 8.単位:億円。国内公募分のみ。数字は内数。出所くイ) 9.単位’億円。出所(ロ) 10.単位.億円。東京市場。取引所売買金額。片道計算。出所(イ) 11.単位’兆円。東京市場。店頭売買金額。往複計算。出所(イ) 12.単位’兆円。内数。出所(i) 13.単位:兆円。内数。出所(イ) 14.単位.兆円。長期利付国債+地方債+公社・公団・公庫債+金融債+事業債+転 換社債。出所(ロ) 15.単位:100万ドル。出所㈲ 16.単位,100万ドル。内数。出所(・・)の 規 模 指 標 81 82 83 84 85 86 87 88 1745 1769 1789 1802 1829 1866 1912 1967 15 12 11 11 21 52 88 112 572 641 659 736 854 973 1192 1360 19264 13493 8017 10431 8591 8725 30130 47823 493646 365715 548448 679640 787110 1598362 2507369 2855212 94.9
1012
131.2 167.5 196.2 293.0 345.6 488.1 200673 215628 260338 247732 293012 327018 361070 365705 121963 119371 148694 136399 166989 162194 179860 175567 138319 163093 183317 191117 230550 302968 301278 n.a 55777 66405 154480 343585 616422 1030587 1078991 783978 288.4 327.1 385.0 692.4 2164.6 2619.8 5544.3 4175.1 141.5 135.2 137.2 148.7 251.5 590.8 1216.8 1314.3 ユ8ユ.5 222.5 275.2 579.6 1069.5 2483.8 5408.6 4024.3 159.8 179.8 199.1 218.6 237.1 258.0 273.9 n.a 431.95 5381.6 10222.5 13561.7 19379.4 27281.3 40775.6 47163.3 3678.1 5381.6 4518.8 5608.7 4924.7 2624.9 6825.1 7099.7 一 403.7 539.1 1919.2 2929.5 12225.0 21788.8 28681.0 220.53 249.08 237.51 237.61 238.05 168.06 144.52 134.44 1.0 1.3 2.4 3.2 4.6 4.6 5.9 6.3 73269 93285 139628 185306 206318 333432 472409 571703 一 一 45.3 939.6 1826.2 1875.9 35.8 89.2 45.2 44.9 53.2 63.9 69.2 (41.4) 36.8 40.6 47.6 48.2 57.8 68.5 75.1 (47.7) 256.8 269.7 280.6 298.5 317.4 331.3 345.3 366.5 13.95% 14.54% 16.10% 15.05% 16.77% 19.28% 20.05% (11.28%) 14.32% 15.04% 16.96% 16.13% 18.22% 20.66% 21.76% (13.01%) 17.単位:100万ドル。内数。出所(・・) 18.単位:円/ドル。出所(→ 19.単位:兆円 20.単位:億円。出所(ロ) 21.単位:兆円。片道計算。出所(イ) 22.単位:兆円。4+7+9の合計。88年の計数は金融債を除く 23.単位:兆円。19+22の合計。88年の計数は金融債を除く 24.単位:兆円。暦年の名目国民総支出。出所㈹ 25.国内証券市場を通じた資金調達額の対名目GNP比率 26.国内外証券市場を通じた資金調達額の対名目GNP比率 (出所) (イ)東京証券取引所。「東証要覧1989」 (ロ)総務庁統計局「日本統計月報」各年版 の入江恭平「国際的資本移動と証券市場のグm一バリゼーション」。証券経済第171号。 1990.3 ←)大蔵省「外国貿易概況」 ㈹東洋経済新社「経済統計年鑑1989」金調達にしめる銀行借入依存度は1968−72年度平均の36.9%から77−80年度 44) 平均の6.9%にまで急低下し,銀行のオーバーローン問題は解消した。間接金 融のウエイトは65年頃の92.7%から75年頃の89.3%へと緩やかに低下し,間 接金融機関の貸出が広義の金融市場を通ずる総資金に占める比重は,65−69 年度平均の74.9%から75−79年度平均の59.9%に低下し,かわって同じく有 45) 価証券の購入を通じた資金供給の比重は17.8%から29。6%に上昇した。75年 以降,企業や個人の資金余剰が拡大し,それと共に金融資産残高の対GNP比 46) 率は急テンポで増大しはじめた。こうした金融資産の蓄積はインフレや金利 変動に伴うリスクを増大させ,人々の金利選好意識を変え,国民の間に財テ クへの関心を高めていった。 オイルマネーの還流により,ユーロ市場は急拡大した。(拡大ユーロ市場の 47) 規模は73年末でネットで1600億ドルから82.9には9400億ドルに増加)ユーロ 市場などの海外金融市場へ向けて日本の銀行など金融機関の海外進出が積極 化し,スワップや金利先物取引などのオフバランス取引が拡大し始めた。80 年末にはイギリス商業銀行の総資産に対する日本の在英銀行のそれは13.5%, アメりカの商業銀行の総資産に対する日本の在米銀行のそれは4.1%となり, 48) さらに87年末にはほぼ倍加している。 従来より規制の緩やかなユーロ市場への金融機関,証券会社の進出は銀行 と証券の業務分野を定めた証取法65条の改正問題を表面化させ,1975.8には 大蔵省の証券局,銀行局,国際金融局の3局の合意による行政指導がだされ, 日系企業が海外で証券を公募発行する場合,引受主幹事は証券会社の現地法 人を銀行系証券現地法人より上位に置くこととなった。 第二次石油危機への乗り切りによって日本経済はさらに国際競争力を強化 し,巨大企業の輸出促進と銀行融資離れは加速され,銀行などの融資機関の 44)日本銀行金融研究所『新版:わが国の金融制度』p.37。 45)同上書,P.37−8。 46)同上書,P.20−1。 47)岡崎・濱田:前掲書,P. 35以下。 48)経済企画庁編『世界経済白書:昭和63年版,本編』P.157。
表8 世界経済の経常収支不均衡の拡大 1961 1971 1975 1979 1983 1987 一70計 一74計 一78計 一82計 一86計 先進国全体 一 95.9 △18.2 △1229.5 △1485.1 △438.4 うち米国 327.9 17.7 △76.4 △9.0 △4086.4 △1539.5 西独 71.5 175.8 212.1 △180.6 718.3 452.4 日本 48.7 76.4 304.9 △78.7 1908.0 869.6 途上国全体 174.9 △310.4 △930.5 △1432.8 47.3 うち産油国 782.3 903.6 2008.3 △482.1 △42.8 非産油国 一 △607.4 △1214.0 △2938.8 △950.6 90.1 (注)単位:億ドル (出所)世界経済白書昭和63年版,P. 296。 金余り状況が生じる中で,銀行の証券業務への進出,国際業務への進出は加 速されて行った。日本経済の国際化が本格化するとともに為替管理自由化・ 資本取引の原則自由化が日程にのぼった。 V.国際化と構造調整期の証券市場 80年代にはいり世界経済は小康状態を取り戻し,とりわけ83年以降は米国 経済もゆるやかな長期拡大基調に転換したが,80年代の実体経済の最大の不 安定要因は先進国間の経常収支の不均衡拡大であり,とくにアメリカの「双 子の赤字」の深刻化と世界最大の純債務国への転落であった。 アメリカは70年代以降82年までは経常収支は一進一退を繰り返したが,83 年以降急速に悪化した。その原因は長期的要因と短期的要因に分けて考える ことが出来る。長期的には,①50年代以降の多国籍企業の対外進出に伴う輸 出,輸入の両面からの経常収支の持続的圧迫である。米系多国籍企業自体の 世界の工業品輸出にしめるシェアは50年代より17.5%とほとんどかわってい 49) ない。従って生産拠点を海外に移転すればそれだけでアメリカの純輸出は減 少する。②ドルが安定した価値をもつ基軸通貨である限り,国際貿易の拡大 は国際的決済手段としてのドルの増大を必要とし,そのことが米国の貿易赤 49)同上書,P. 81。
表9 国際化および構造調整期の証券市場年表 金融・証券 1980.12外国為替管理法改正施行,資本取引の原 則自由化の総仕上げ 1980.12国債窓販で対立,大蔵「3原則」提示 1981.4銀行法,証取法改正,銀行国債窓販へ 1981.6世界銀行,110億の円建て債公募発行 1981.7野村証券,NYSEの会員権獲得 1981商法改正,海外でのワラント債発行認可 1981米国の年金基金などの資金大量流入 1982.1東証,株券の売買システムを電算化 1982.4証券,銀行の金の店頭販売開始/新銀行法 1982日本企業の債券発行の60%が海外に移る 1982秋米国の年金基金による外人投資活発化 1982商法改正株式分割を容易にするための一 連の措置とられる 1983.1オリエント・ファイナンス事件 1983.4大蔵省,都銀による外債発行自由化 1983.4銀行,国債など窓販開始 1983.11中堅企業の資金調達を容易にするため の一連の改革実施,上場基準の緩和,店頭株 の時価公募増資認可,大証新2部制度導入 1984.4外為市場,先物為替の実需原則撤廃 通貨スワップ解禁によりユーロ債市場におけ る企業の普通債発行増加 1984.6円転規制の撤廃,金融機関による海外先 物市場への参加認可 1984.6銀行の公共債ディーリング業務への参入 認可,債券流通市場の拡大へ 1984.6店頭株式情報伝達システム稼働 証券業界,第三次オンライン化すすむ 1984,6外貨建て債券の現先取引始まる 1984.12証券保管振替機構,財団法人に指定 1985.3大蔵省,証券会社にNCD,円建てBAの 流通取扱を,銀行に公共債売買業務拡大と債 券先物取引きを許可/MMC導入 1985.5東証,新取引所完成 1985。6米国国債市場への証券投資活発化 1985.10債券先物市場開設,国債先物取引開始 1985.1010億円超の大口定期預金金利自由化 1985.11外国証券会社,東証会員権獲得 1985.12分離型ワラント債発行第一号,東急百貨
店
政治・経済動向 1980年代米国で,ジャンク債を 組み込んだLOBによるM& A盛行 1981.1レーガン米大統領就任 1981。3第二臨調発足,財政再建 本格化(土光) 1981.121BF(ニューヨーク・オ フショア市場)創設 1981米国で証券業界の超大型 合併相次ぐ 1982.1米国,AT&T, IBMの 独禁訴訟決着 1982.8メキシコ債務危機 1982.11中曽根内閣成立 19820ECD加盟国の実質成長 率マイナスへ,スタグフレー ションすすむ 1982米国,株価指数先物開始 1983.2景気反転,好況へ 1983.7行革審設置(土光) 1983。10米国,定期預金金利自 由化 1983世界経済拡大基調へ転換 1983米国財政赤字2000億ドル を突破 1984.5「日米円ドル委員会」報 告 1985.4NTT,日本たばこ産業; 会社発足 1985.8三光汽船,戦後最大の倒 産 1985.9プラザ合意,円高へ/ NTT, IBMとの合弁会社設 立合意 1985米国,71年ぶりに純債務国 に転落金融・証券 1985−87ユーロ,スイス市場で起債ラッシュ 1986.1分離ワラントの国内販売認可 1986.6大蔵省,日本企業が海外で新規発行によ り資金調達した資金の50%以上を国内に持ち 込むのを禁止した「50%ルール」を廃止 1986.8住友銀行,大手投資銀行ゴールドマンサ ックスと資本提携 1986.10住友銀行,平和相互銀行を吸収合併 1986.12東京オフショア市場創設 1987.1短期国債(TB)発行始まる 1987.2NTT株上場 1987.3日本生命,大手投資銀行シェアソン・リ ーマン・ブラザーズと資本提携 1987.5大蔵省,証券会社の国内CP発行を許可 1987.6大証で株券先物取引(株先50)開始 1987.11CP登場 1987.12安田生命,大手証券会社ペン・ウェバー と資本提携 1987三菱CB事件(総会屋への工作表面化) 1988.1大蔵省,事業法人の特金と金外信託に関 する決算処理を従来の低価法から原価法への 変更を認可 1988春郵便局,生保の国債窓販開始 税制改正によりキャピタルゲイン原則課税へ 1988.7新日鉄と三協精機提携のインサイダー疑
惑
1988.9株価指数先物スタート東証,TOPIX
大証,ニッケイ225 1988.10日銀と市中金融機関の間のオンライン 決済システム(日銀ネット)稼働 1988.11短期金融市場の運営見直しにより,イン ターバンク市場とオープン市場の金利裁定す すむ/三菱自工株式公開 1989、1大蔵省,親引けで野村,大和に勧告 1989.4債券店頭オプション取引スタート 証取法改正,インサイダー規制強化 1989.6株価指数オプション取引スタート 1989.6小口MMC(最低預入単位300万)導入 政治・経済動向 1986.3米国,レギュレーション Q撤廃 1986.3−4主要国協調金利引き 下げ実施,米7.5%から6.5%, 日4.5%から3.5%,西独4%か ら3.5% 1986.4「前川リポート」発表 1986.11景気反転,内需主導型 の成長と空前の財テクブーム 1986米国財政赤字2212億ドル 1986ボウスキー事件 1987.1新行革審(大槻)設置 1987.2公定歩合引き下げ,2.5 %へ/ルーブル合意 1987.4「新前川リポート」発表 (経済審議会) 1987.4マノレ優廃止,利子課税 1987.4地価高騰,東京76%上昇 1987.4国鉄分割民営化 1987.6四全総:,閣議決定 1987.10ブラック・マンデー 史上最大の株価クラッシュ 1987.11竹下内閣成立 1987米国,経常収支赤字1540億 ドル。ようやく縮小へ 1988。11ドル=120.45円を記録 1988.4瀬戸大橋開通 1988.6明電工事件 1988.7リクルート疑獄事件 1988.7殖産住宅事件で最高裁, 株による贈収賄の初判断 1988.8米国,包括貿易法(スー パー301条)成立 1988末途上国債務1.32兆ドル に増加 1989.1プッシュ米大統領就任 1989.4消費税実施 1989.5米国,スーパー301条に より日本を不公正貿易国とし て非難 1989.6宇野内閣成立58 彦根論叢第266号 金融・証券 1989.6東証に金融先物市場創設,ユーロ円金利, ユーロダラー金利,円通貨の3商品上場 1989.11日米金融協議(第一回)会合 1989.12東証,T−BOND(米国財務省証券)の先 物市場開設 1990.1−4株式,債券,外為市場低迷続く 1990.3日銀,銀行の土地融資に総量規制通達 1990.4合併により太陽神戸三井銀行発足 1990.5米国,日米金融協議(第二回)で預金金利 全面自由化などの金融市場開放を要求 1990.5債券先物オプション取引開始 政治・経済動向 1989.6天安門事件 1989.7日米財界人会議 1989.7日米首脳「構造協議」開 始の合意 1989.8海部内閣成立 1989.11ベルリンの壁崩壊 1990.2米大手証券会社ドレク セル社の持株会社倒産 1990.3三菱グループ,ベンツと 先端技術など協力・提携合意 1990.3日米構造協議中間報告 1990.4合併により三菱金属セ メント発足 1990.4三菱自工,ボルボ社と合 弁生産合意 1990.6大蔵省,臨金法の廃止方 針を決定 字を必然化させる危険性を持っている。(いわゆる流動性ジレンマ)③日本, 西欧,アジアNIESの台頭と,それらの諸国による70年代後半以降の対米輸 出の増大,④70年代のスパイラル・インフレの高進による国際競争力の相対 的低下,などがある。次に,短期的要因としては,①80年代前半のドル高, ②レーガノミックスによる財政赤字と民間部門の投資赤字の拡大,などがあ る。 こうしたアメリカの経常収支赤字の発生とその拡大は世界的な資金フロー を変え,国際金融市場の量的な拡大と質的な改革を押し進めて行く原動力と なった。あるいは逆にマクロ政策協調の推進とともに世界的なマネーフロー を変えることにアメリカが成功したからこそ,その持続的な成長が可能であ ったと言えよう。 アメリカの経常収支赤字に対するファイナンスは82年第2四半期から84年 第3四半期までは主として銀行部門を通じてファイナンスされ,84年第4四 半期から86年末までは主として証券投資の形態で,それ以降は直接投資また は銀行融資や公的資金などの多様な形態でアメリカに流入した。(図4)
現代証券市場の基礎構造 59 図4 アメリカの経常収支の赤字への転換・拡大とそのファイナンス状況 (1980年代) 億ドル) z図 公的資金 シ接投資 500 皿口 証券投資 竝s部門 450 野 圃非銀行部門 タ 350 口誤差脱漏 ・ 300 党 ・, 250 ・o ・ ・ o ● o . 200 ., ●● ● ● ∫ ﹁ o : 150 ,, , ● 9. ・ 100 .﹂ : ・・ : ●o . 9 50 . ・ ● o・ ● . ・o 0 畳 ・ . , 再 9 △50 ・ ・, : : ・● , ㌦ , , △100 : ・ ・ ● 脚 謎 △150 △200 ● △250 1 II III IV 1 II lll IV 1 II III IV 1 II III IV 1 II III IV 1 II III IV 1 II III IV 1
1981 82 83 84 85 86 87
(原出所)アメリカ商務省“Survey of Current Business”により作成。 (注)1.経常収支赤字をプラス,黒字をマイナスとする。 2.資本純流入をプラス,純流出をマイナスとする。 (出所)『世界経済白書:昭和63年版』P.298。 II (期) 88 (年) 日本企業および金融機関は内外の資本市場から積極的に資金を調達し(国 内では主として転換社債の発行,海外ではワラント債の発行が主流),また巨 額の経常収支黒字を背景とする公的準備,生保資金・信託資金などの膨大な ジャパンマネーが米国国債などの証券投資,直接投資,銀行融資に向かって いった。日本製造業の対米直接投資残高は80年末の10.3億ドルから85年末の 26.2億ドルに急増し,ハイテク分野(半導体,高級磁気ディスク,光ファイ バー,セラミック・コンデンサー,シリコン・ウェハーなど)が目だつ,と 50) 言われている。87年には対米直接投資残高は334億ドルとなった。またブラッ ク・マンデー以降はサービス業,卸・小売業,金融・保険業や不動産投資, M&Aなども増大している。例えば国際情報通信事業への本格的展開を狙 うリクルート社は国際金融都市ニューヨークにコンピュータセンターを設置 50)日本企業の対米直接投資のケース・スタディについては上野 明『新・国際経営戦略 論』P.24。また経済企画庁:前掲書,P.115以下を参照。し(87.7事業開始),さらにニュージャージーの「ニューポート1」ビルを全 51) 館借り切って米国進出の日本企業に対するRCS事業を89.7に開始している。 巨大機関投資家やハイテク企業,金融業者,不動産業者,情報企業のこうし た行動はアメリカ経済のリストラクチュアリングと経済成長を促進し,また 日米貿易摩擦を緩和するための日米共同戦略であった。また,国際的なスケ ールでマネーフロー構造を変え,株価を押し上げて行く主動因となった。 80年代初頭以降の世界同時株高現象は株価動向の歴史において特筆すべき 52) ことがらであった。表10をみれば,80年代にはいずれの先進国でも実体経済 に対するマネー経済の肥大が観察され,かつ資本市場の増大テンポが金融市 場の拡大率を上回っていること,および日本の資本市場の増大はユーV市場 などをも超える激しいテンポで増大したことがわかる。こ.、した激しいマネ ー経済の量的拡大と質的革新(具体的には国際資本移動に伴う投資家のリス ク逓減させるためのスワップや先物,オプションなどの新取引手法の開発, コンピュータによる売買や決済の電算化,ニューヨークおよび東京オフショ ア市場などの国際金融センターの創設,為替管理の自由化など)は,内外金 融市場の一体化=同質化へと帰結していった。その主役は銀行の証券ディー ラー部門や信託銀行の証券投資専用勘定,投資信託,保険会社,証券会社な どの巨大機関投資家であった。彼らは巨大な運用資金を背景に,数百人のデ ィーラーを擁しリアルタイムで送られてくる世界の金融情報をコンピュータ で処理しながら大量の売買を行っている。また彼らは金利裁定行動を活発化 させ,内外金利差の縮小,ドル建て金融資産と円建て金融資産の利回り縮小, 株価の国際的な相関性の高まりなどを生じさせ,内外金融市場の一体化を進 53) 行させていったのである。 80年代には情報化にともなう産業構造転換は本格的なものとなり,情報化 関連の大型設備投資,M&A,事業多角化が世界的なスケールで進行してい 51)井上照幸・山田博文「1」クルートの政治経済学』,第2章。 52)国際決済銀行(BIS)『国際金融レポート’88』(東京銀行調査部訳)P.107。 53)金融市場の同質化,同時化についてのデータは経済企画庁:前掲書,PP. 156−9。
現代証券市場の基礎構造 表10 主要国内および国際金融・資本市場の規模(単位:億ドル,%) 1980 1987 87/80伸び率 アメリカ計 56,334(206.2) 121,362(270.4) 11.6 金融市場 21,360(78.2) 39,077(87.1) 9.0 資本市場 34,974(128.0> 82,285(183.3) 13.0
回目GNP
27,320(100.0> 44,886(100.0) 7.4 イギリス計 9,930(185.7) 29,357(432.4) 16.7 金融市場 2,148(40.2) 4,944(72.8) 12.6 資本市場 7,782(145.6) 24,413(359.6) 17.7名目GNP
5,346(100.0) 6,789(100.0) 3.5 西ドイツ計 10,702(131.0) 24,961(221.8) 12.9 金融市場 7,504(91.8) 13,961(124.0) 9.3 資本市場 3,198(39.1) 11,019(97.9) 19.3名目GNP
8,171(100.0) 11,256(100.0) 4.7 日本計 23,419(221.2) 88,193(369.9) 16.9 金融市場 12,315(116.3) 36,632(153.6) 16.9 資本市場 11,104(104.9) 51,561(216.2) 24.5期目GNP
10,589(100。0) 23,845(100.0) 12.3 国際金融センター計 13,219(70.2) 51,395(218,9) 21.4 金融市場 13,219(70.2) 41,572(177.0) 17.8 資本市場 一 9,813(41.8) 一 世界輸出額 18,830(100.0) 23,482(100.0) 3.2 (注)1.金融市場は国内非銀行向け総貸出残高 2.資本市場は債券発行残高(額面)+株式時価総額 3.国際資本市場は国際債残高。ユーロ市場と日・米・加のオフショア市場などの合計 (出所) 『世界経済白書:昭和63年版』P.90。 る。 米国では第四次の企業合併ブームを迎え資金需要は活発化し,ジャンク債 54) 市場を利用したLOBの急拡大が見られた。また82.1には米国司法省はIBM 54)アメリカの第四次合併ブームとジャンク・ボンド市場の成長については西川・松井: 前掲書,P.325以下。とAT&T(どちらもモルガン財閥と関係が深い)に対し,これまでコンピ ュータ事業と通信事業にそれぞれ業務分野を規制していたが,これを一定の
条件の下に緩和した。これによってIBMとAT&Tは情報通信産業に本格
55) 参入することが可能となった。 日本でも1982−5年には一連の法改正により次々と通信事業の自由化(通信 回線利用の自由化,通信事業への新規参入の自由化,電電民営化)が行わ 56) れた。電子工業,電気通信,情報サービスをふくむ情報産業は2000年には144 57) 兆円,GNPの20%を占めると予測されている。企業集団はこうした情報・通 信市場への参入をめぐって,その行動を活発化させつつある。例えば80年代 前半には各企業集団はデータ通信回線開放に備えて,研究会や懇親会を結成 58) している。88。4には松下グループの松下電器産業が松下電器貿易を,野村グ ループでは88.1に野村総研が野村コンピュータシステムを合併するなど企業 59) 集団内再編やグループによる資金調達が目だってきた。89.6には住友銀行→ 日本高速通信,同年春には三和銀行→第二電電,住友銀行→NHKエンター プライズへのトップ・クラスの役員派遣が起こっている。「今後,情報化社会 がさらに高度化すれば情報およびそのシステムが企業集団形成の最大の要素 60) となり,企業集団の再編を喚起するであろう」と言われている。さらに日本 55)IBMおよびAT&Tの独禁訴訟問題については西川・松井:同上書, P379。また, アメリカにおける金融資本の分析については松井和夫『現代アメリカ金融資本研究序説』 を参照。さらにこれら多国籍企業の世界戦略については那野比古『AT&TとIBM』を 参照。 56)井上・山田:前掲書,p.122。 57)同上書,P. 36。 58)三井情報システム(82.5発足),三菱CC研究会(81.11発足),芙蓉情報システム懇談 会(82.11発足),三和データ通信研究会(82.8発足),三金情報通信研究会(82.7発足) など。詳細は日経産業新聞82.5.31号参照。 59)最近の企業集団内再編やグループによる資金調達については日本経済新聞,1987,9.19 号(朝刊)参照。6大銀行からの役員派遣については週刊テーミス,1989.7.5号参照。 60)企業集団にとっての通信自由化のメリットは,①異業種の企業のコンピュータや端末 機をオンラインで結び,データを有効に活用できる。②回線の共同利用で通信コストが 節減できる。③海外もふくめた新しいネットワーク・サービスが可能,など多くの利点 がある。日経産業新聞82.5.31号。現代証券市場の基礎構造 63 の生保や銀行とアメリカの投資銀行との提携三菱グループとダイムラー・ ベンツ・グループとの提携など企業集団は国際的な協調行動を強めつつある。 1984年の「日米円ドル委員会」報告は日本の金融・資本市場の仕組みを積 極的に自由化し,国際化の方向に本格的に改:甚してゆくきっかけとなった。 CD発行にかかわる一層の規制緩和,大口預金金利の自由化,短期国債市場の 検討,円建てBA市場の創設,円転規制の撤廃円建て対外貸付の緩和,外 国金融機関の国内市場参入,ユーロ男手の発行規制緩和,などの広範囲の自 由化措置が合意された。預金金利については85.10に一件10億円以上の大口定 期についてまず自由化され,徐々に小口化が進んでいる。 こうした背景の中で証券市場の急拡大が進行した。プラザ合意による円高 と,2.5%という史上最低・世界最低の金利安,原油安の「トリプル・メリッ ト」は金余り状況に火をつけ,空前の世界同時株高と財テクブームを現出し たが,この株高を利用して銀行,企業のエクイティ・ファイナンスによる資 金調達額は増大した。内外資本市場からの資金調達の対GNP規模は80年の 13.53%から87年の21.76%まで上昇した。80年から85年にかけてTOPIXは 平均年率22%で上昇し,さらに85年から88年では37.9%と株価上昇率は加速 された。87年には初めて株式の時価総額は名目GNPを上回った。(表7) 他方,企業集団は内外証券市場の活況を積極的に活用し,時価ファイナン ス,通貨スワップ,為替の長期予約などにより極めて有利に資金調達を進め, また証券会社の系列化が進行した。公正取引委員会報告書(89.5)によると, 企業集団のメンバー企業の内外株式および転換社債発行に際して幹事会社と なった回数や株式所有,融資関係などにより4大証券と企業集団の問には一 定の関係が伺われるという。三井グループ→野村証券,三菱グループ→日興 証券,住友グループ→大和証券,芙蓉(富士)グループ→山一証券,三和グ ループ→野村証券,一勧グループ→野村証券,大和銀行(旧野村銀行)→野 村証券。従来より,とりわけ発行市場では4社体制と呼ばれる圧倒的な寡占 状況が形成・存在していたが,巨大企業グループと巨大証券会社は引受業務 を通じて利益を共有しあい,また企業集団による株式の相互持ち合いの中で
流通市場における巨大機関投資家や関連企業との連携による「高株価経営」 と称される株式市場の「活況」を利用した現代の錬金術=時価発行増資や株 式関連債(転換社債やワラント債)と為替予約などを利用した資金調達が横 61) 行したものと推察される。また銀行と証券の業務自由化をにらみ,銀行によ る中小証券への人的・融資的・資本的結合も進行しつつある。(第一勧業銀行 →日本勧業角丸証券,住友銀行→明光証券,三菱銀行→菱光証券,富士銀行 62) →大東証券,三井銀行→極東証券,興銀→新日本証券,和光証券,岡三証券) さらに巨大証券会社による中小証券の系列化・業界再編も進行している。(野 村証券→国際証券,日興証券→東京証券,大和証券→ユニバーサル証券,山 63) 一証券→太平洋証券)「元総理と前総理,二代の官房長官と閣僚,前・幹事長 64) と政調会長」を巻き込み,「値上がり確実」な未公開株式を利用したリクルー ト大疑獄事件の発生はこうした証券市場の寡占化の象徴的事件であったと見 65) ることができる。 しかしながら過度の株式ブームはやがて急激な反動によってその危険性を 露呈した。その原因は,①第二次石油危機以降の国債の増発や外貨純増にとも なうマネーサプライの増加やプラザ合意以降の金融緩和の中で,(米国以外の) 世界的な金余り状況が進行し,その資金運用はグローバル化しかつ投機性を強 めていたこと。他方,資金調達コストの低下は企業や国家の起債マインドを刺 激し,証券発行やNTTの上場を強行させ,その結果証券の慢性的な過剰が醸 成されていたこと。そしてこの証券発行強行の背景には企業集団の情報化・ 国際化・事業再編にともなう資金需要や財政赤字にともなう資金需要の増大 があった。②機関投資家のプログラム売買やポートフォリオ・インシュアラ ンスによる取引が価格の上昇期待の形成や崩壊および国際的な資金移動の加 61)井上・山田:前掲書,第4章。 62)都銀による中小証券会社の系列化の進行については週刊テーミス,1989.7.5号参照。 興銀については広瀬仁紀『制覇株式部長会』P.221。 63)同上書,P,219。 64)同上書,P.186。 65)井上・山田:前掲書,第4章。
現代証券市場の基礎構造 65 速要因となったこと,③米国経済の経常収支赤字増大に連動したドル下落不 安の高まり,④原油価格の回復等によるインフレ懸念と金融引締め,および 66) それによる債券価格の下落,などが考えられる。さらに証券市場の寡占化と 機関化は株価操作を容易なものとし,株式投資を過熱させる一因となった, と考えられる。 現在,多国間売買と24時間取引を内容とするグローバル・トレーディング が巨大証券会社と機関投資家などの手によって次々と現実化している。その 67) 要点を入江氏の論稿によりまとめておこう。 ①東京やtiンドンには米国の国債流通市場(店頭市場)とは空間的に分離し た米国債の国内店頭市場が存在している。世界に営業拠点をもつ巨大証券会 社は東京,ロンドン,ニューヨークの支店との間で24時間の自社内売買を通 じて世界の投資家を相手にディーラー一ec能をはたすことができる。 ②株式の場合には,各国に共通上場されている銘柄の各国取引所時間のリン クによるグローバル・トレーディングが80年代央以降進行してきた。しかし 最:近では国際的ネットワークをもつ巨大証券会社による大口取引を内容とす る株式の国際的店頭市場が出現している。 ③フィラデルフィア証券取引所(PHLX)は取引時間の延長により実質的な 24時間取引をスタートし,シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)は電子取 引システムGLOBEXによる金融先物の24時間取引を計画している。 日本の証券市場は今日その機能,規模,役割を急速に向上させ,国際的ス ケールで貯蓄と投資を均衡化させる国際資本市場としての性格を強化し,日 本経済の急速な膨張と情報化への転換を支え,また米国の双子の赤字を支え ている。80年代のアメリカの経済成長はジャパン・マネーによって支えられ 66)ブラック・マンデーの原因については経済企画庁:前掲書,P. 163以降などを参考にし た。 67)入江恭平「国際的資本移動と証券市場のグn一バリゼーション」「証券経済』日本証券 経済研究所,第17ユ号,ユ990.3参照。また河本一郎・大武泰南『証券取引法[転換期の市 場・制度・企業]』P. 283以下も参照。
%212019181716151413121110987
図5 民間設備投資比率の推移(先進国) (実質設備投資/実質GNP) 日 本…1)∋;謡∼潔き;を
!ヘー・一・_./ イギリス ’t”一”一’t 鴨 ,! 6061626364656667686970717273747576777879808182838485868788(年) (原出所)OECD,“National Accounts”経済企画庁「国民経済計算年報」により作成。 (注)フランス,イギりスは実質GDP。フランスの82年以降は新系列。88年上半期。 (出所) 『世界経済白書,昭和63年版』P.174。 てきたといっても過言ではない。ジャパン・マネーは今日,ユーロ市場の約 4割を占め,四半期ごとに行われる米国国債の入札にさいし約3−4割,毎 回約100億ドルを落札している。1988年末の日本の対外資産残高は1兆4000億 ドル,純資産は3000億ドルで共に世界最大となった。逆に米国は対外純債務 68) が5000億ドルを超えてしまった。日本企業の収益力は依然として強く,設備 投資は高度成長期に匹敵するほどの極めて高水準を維持しておD,また国民 貯蓄も衰えを知らず,他の先進国には見られない長時間労働が続いている。 アメリカの経常収支赤字は皮肉にもブラック・マンデー以降やや減少傾向に あるが,最近のドル高傾向や日米の設備投資動向格差などから見て決して楽 観できる状況ではない。(図5)従って,今後とも発展途上国の累積債務問題 をもふくめ世界経済の不均衡が長期的に続くことが予想されるが,ジャパン ・マネーのアメリカへの還流は日米欧経済の一体化=同質化を一段と押し進 め,社会主義圏をも含む世界経済の政治的・経済的統合化という大きな歴史 的変化を促進しつつあるように見える。 68)津田:前掲書,P.187,196。現代証券市場の基礎構造 67 しかしながら,証券市場はもう一つの顔を持っている。今日,個人投資家 の株式所有比率は23.6%にまで低下し,独占禁止法の制約にもかかわらず金 69) 融機関のそれは42.2%,事業法人と合わせると67.1%を占めている(87年)。 株式流通市場(取引所市場)では機関投資家と呼ばれるプロの投資家が相場 を主導している。1981年から88年置かけて投資家別株式売買高は個人が4.7倍 の増加であるのに対し,金融機関は40.2倍,投資信託は11.7倍,証券会社は 70) 7.6倍,事業法人は12.7倍,外人が6。0倍とそれぞれ個人を上回った。企業の 国際化に伴い海外金融子会社から日本の自社株の値動きを操作することも決 71) して珍しくない,と言われている。株式売買高に占める4大証券の比重は49. 72) 7%とされているが,系列証券会社もいれるとほぼ6割を占めている,と言わ 73) れている。公社債流通「市場」の99%は証券会社の店頭で行われ,機関投資 家や証券会社自身による相対取引と価格形成が行われている。小口取引に適 合的な取引所取引にかわって巨大証券会社の店頭市場における大口取引が債 券のみでなく株式に関しても増大しつつある。取引所市場の需給の統合機能 は失われ,機関投資家の行動がもたらした「株価の2重構造」や「市場の分裂」 74) が深刻化し,こうして流通市場は発行価格をもっともらしく見せるための「イ チジクの葉」となってしまった。 他方,発行市場の寡占化も急速に進行している。資本金が30億円以上で証 券業務を総合的に営むことのできる総合証券会社は86年で25社であるが,こ の25社は証券業界の自己資本の88%(4大証券では65.5%),総資産の75%(4 75) 大証券では48.1%)を占めている。これらの総合証券は元引受会社を代表し 69) 『東証要覧1989』P.106。 70)経済企画庁編著『平成元年版:経済白書』P.609。 71)これを「黒目の外人買い」という。広瀬:前掲書,P.27。 72) 『経済白書』P.320。 73)広瀬:前掲書,P.75。 74)「株価の2重構造」については西川・松井:前掲書,P.277,また「市場の分裂」につ いては同書,P.282を参照。また奥村:前掲書,第12章も参照。 75)清秀『証券界(産業界シリーズNO.529)』P. 89。なおユ986年末の証券会社数は221 社。
68 彦根論叢第266号 表11 上場企業の幹事証券分布 ケース 社 。/o 4大証券が幹事となっていない企業 4大証券が幹事となっている企業 ①4大証券が単独で幹事 ②4大証券が単独で主幹事 ③4大証券が複数で主幹事 ④4大証券が複数で幹事 ⑤4大証券が副幹事 79 1874 (334) (990) (55) (44) (51) 4.05 95.95 (17.10) (50.69) (2.82) (22.73) (2.61) 合計 1953 100.00 (注〉()内は内数 て発行会社と契約を行うことのできる幹事証券会社となることが出来るが, 金融の証券化にともない店頭公開や株式上場に関する指導・助言,上場後の 増資や安定株主対策,M&A,企業財テクなど幹事証券会社の役割は総合金 融アドヴァイザーとしての役割を高めつつある。1989年越『会社四季報』(東 洋経済;夏季号)によると外国企業を除く全国8市場への上場企業総数は 1983社であるが,このうち幹事証券をもたない企業(主として証券会社自身 やそれに関連する企業)30社を除けば何等かの形で幹事証券をもつ企業数は 1953社である。このうち主副幹事制をとるものが1130社,取らないもの(持 回り幹事も含む)が823社である。表11より,4大証券が幹事証券となってい ない企業の比率はわずか4%にすぎない。 また4大証券が単独で幹事となっている場合(①)と,4大証券が単独で 主幹事となっている場合(②)は,いわばそれぞれの巨大証券会社の固有の テリトリーと見なせる。こういう観点から4大証券別にそのシェアを見ると 表12のようになる。4大証券別に色分けが明確な企業は全体の7割近くを占 め,なかでも野村証券の比重は圧倒的に高い。さらに③④のケースのように 4大証券の色分けがはっきりしないか,または共同でサポートしている場合が 全体の25%あるが,これらの場合も情報力,販売力,資金力,引受力等の点 からみて4大証券の役割はかなり高いことが予測される。こうして見ると発
現代証券市場の基礎構造 69 表12 4大証券別単独幹事および単独主幹事シェア(社;%) 単独幹事① 単独主幹事② ①+② シェア
村一興和
野山日大
108 98 65 63 346 262 209 173 454 360 274 236 23.25 18.43 16.03 12.08 合計 334 990 1324 67.79 行市場では引受高69.2%という数字が物語る以上に上場企業と4大証券会社 76) との結び付きば深くかつ濃密であることが認められる。こうした企業と幹事 証券会社の特殊な結合関係の存在は日本の証券市場を“インサイダー天国” と酷評させる一因となっている。 巨大証券会社と企業集団,国家機関,政治家とは深い所で結び付き,今日 77) の証券市場は端的に言って企業集団のための資金調達の場となっている。公 正取引委員会の報告書(89.5.19公表)によれば,金融業を除く6大企業集団 とその子会社・関連会社の87年度の売上高は全法人(金融業を除く)の252 %を占めており,また非金融の東証1部上場企業数のほぼ6割,使用総:資本 78) のほぼ7割,売上高のほぼ7.5割をこれらの系列企業が占めている。奥村氏の 言われる「法人資本主義」の奥深い進行のなかで,経済権力と,それにもと つく政治的・経済的意志決定はますます少数者の手に集中しつつある,と言 えよう。 かくして,個人投資家による個人投資家のための証券市場の構築という 戦後「証券民主化」の課題はもはや永遠の理想となり果ててしまうのであろ 76)数字は「経済白書』P.320。白書の数字は株式のみか公社債も含むのかが不明。企業と 幹事証券会社との結び付き,証券会社相互の主幹事争い等については高杉 良『小説巨 大証券』が参考になる。 77>証券会社と政治家との人的結合の一端については青木 慧『金融大企業の背信』が興 味深い。 78)東証非金融1部上場企業に占める6大企業集団のシェアについては経済調査会『系列 の研究:1990年版』が系統的に調査しているが,ほぼ高位安定している。うか。(本文中,旧字は新当用漢字に改めた)