本号 目次 はじめに 補注1 ルー・ザロメの指摘 補注2 ショーペンハウアーの﹃ウパニシャッド﹄受容 第Ⅰ部 テーゼとしてのショーペンハウアー 第一章 シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー の 立 て る 究 極 の 問 い と 回 答
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そ の 仏 教 的キリスト教論 旧約聖書批判と仏陀化されたイエス 補注1 フ ォ イ エ ル バ ッ ハ と シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー と の か か わ り に ついて 補注2 創 造 主 信 仰 は 不 可 避 的 に 弁 神 論 ︵ 神 義 論 ︶ を 引 き 寄 せ ざ るを得ないという問題について キリスト教神秘主義への高い評価 ショーペンハウアーにおける美的救済の論理 第二章 媒介者ニーチェ 第三章 ﹃意志と表象としての世界﹄の基本的問題構造 認 識論的基軸︱
ブラフマンとしての物自体、マーヤーとしての現象 存 在論的基軸︱
﹁物活論﹂的視点と﹁意志の客体性の諸段階﹂ 補注3 無 機 的 自 然 を 司 る 因 果 性 も ま た ﹁ 意 志 ﹂ と し て 概 念 化 さ れる。ショーペンハウアーの﹁ 物 ア ニ ミ ズ ム 活論 ﹂的視点。 ﹃正編﹄におけるショーペンハウアーの性欲論と﹁自己生殖﹂視点 ﹃続編﹄における﹁性愛の形而上学﹂ 補注4 ショーペンハウアーの遺伝学思想 補注5 ショーペンハウアーの﹁男色﹂論 宇宙論的ペシミズム︱
﹁生への意志の自己相克﹂と﹁苦悩﹂ ﹁最高段階﹂としての人間 第四章 宇宙論的ペシミズムと﹁諦念﹂の美学 ﹁高度のエゴイズム﹂としての﹁残忍﹂清
眞人
格闘者、ショーペンハウアーとニーチェ
﹁良心の棘﹂としての﹁共苦﹂の疼き 補注6 苦 悩 主 義 的 世 界 観 と サ ド = マ ゾ ヒ ズ ム 的 快 楽 主 義
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ニーチェの場合 ﹁最たる不正﹂としての﹁人肉食い﹂から﹁諦念﹂の美学へ 補注7 理 性 に 結 実 す る 意 識 の 明 度 と ﹁ 苦 悩 ﹂ の 濃 度 と の 相 関 関 係 ショーペンハウアーの審美主義的救済論と音楽芸術論 小括︱
ショーペンハウアーの問題点 付論 ト ー マ ス ・ マ ン 、 ホ ル ク ハ イ マ ー 、 A ・ シ ュ ッ ツ に よ る ﹁ 厭 世観﹂評価 補注8 シ ュ ッ ツ が 指 摘 す る シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー へ の マ ル ク ス の 言及 第五章 批判的対照軸集 ﹁宇宙樹﹂比喩と﹁大洋と小波﹂比喩、そして﹁空﹂観︱
エリアーデ、ショーレム、大拙 補注9 ユングの言う﹁ソフィア的叡智﹂との関係 補注 10 ﹁大洋﹂は常に﹁全体宇宙﹂の比喩であった ヴェーバーからの照射 補注 11 ﹁愛の無宇宙主義﹂について 補注 12 ﹁個体化の原理﹂についてのヴェーバーの解説 ﹁死の安息﹂か﹁生の浄化﹂か︱
大拙の問いかけ 補注 13 仏教的﹁合理的現世内倫理﹂の建設という大拙の抱負 西田幾多郎の生命主義的宇宙観との対比 グノーシス派キリスト教とショーペンハウアー 補注 14 生と死の永遠的循環性に関する道元﹃正法眼蔵﹄の言葉 補注 15 ﹁ 認識﹂を意味するギリシャ語﹁グノーシス﹂について フォイエルバッハとショーペンハウアー 付録 私 の 個 人 叢 書 ﹁ 架 橋 的 思 索 二 つ の 救 済 思 想 の あ い だ ﹂・ 序 言から 次号 ︵予定︶ 第Ⅱ部 逆立的継承者 ニーチェ 第一章 ﹃悲劇の誕生﹄と﹃偶像の黄昏﹄とのあいだ ﹃偶像の黄昏﹄第八節の提起する問題 補注1 ﹁空﹂概念の形成とその内容規定について ディオニュソス的なるものとアポロン的なるもの 補注2 ﹁神化﹂の概念について 第二章 ﹃ツァラトゥストラ﹄における救済思想 ツァラトゥストラの﹁救済﹂ヴィジョン ﹁背後世界論者 Hinterweltlern ﹂批判という問題の特殊な環 補注3 ﹁ 芸 術 家 神 Artistengott ﹂ と い う ヴ ェ ー バ ー の 規 定 に つ いて救済ヴィジョンの審美的性格 補注4 ニーチェの審美主義に対するサルトルの批判 ﹁共苦﹂倫理との訣別1
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﹁重力の精﹂との対決 ﹁共苦﹂倫理との訣別2︱
我が内なるイエス 補注5 ﹁ お の れ を 神 化 さ れ た と 感 じ る ﹂ と い う 救 済 目 標 と グ ノーシス主義 ﹁共 苦 ﹂ 倫 理 と の 訣 別 3︱
﹃ ツ ァ ラ ト ゥ ス ト ラ ﹄ の ハ イ ラ イ ト ・ シ ー ン 第三章 遺稿群﹃権力への意志﹄からの照射 ﹁無 へ の 憧 憬 ﹂ で は な く ﹁ 永 遠 回 帰 ﹂ へ︱
ニ ー チ ェ に お け る 主 体 転 換の論理 補注6 ﹁科学的方法﹂に基づく﹁真理愛﹂へのニーチェの賛美 補注7 ﹁ 生 起 ﹂・ ﹁ 生 成 ﹂ の ﹁ 無 垢 ﹂ 性 な い し ﹁ 無 道 徳 ﹂ 性 へ の 視点 補注8 ﹁汎神論﹂という規定をめぐって ニーチェにおける﹁仏教﹂の問題位置︱
三つの︽問題系︾ 補注9 キ リ ス ト 教 が 培 っ た ︽ 主 観 の 自 律 性 ︾ に 対 す る ニ ー チ ェ のアンビヴァレントな評価 ︽第二の問題系︾への補足 第四章 暴 力 主 義 的 生 命 観︱
﹁ 生 へ の 意 志 ﹂ と は ﹁ 権 力 た ら ん と す る 意 志﹂なり 反ルサンチマンから﹁猛獣的良心﹂への転回 補注 10 ル サ ン チ マ ン と マ ニ 教 主 義 的 善 悪 二 元 論 の 関 連 に つ い て のニーチェの洞察 補注 11 ニーチェの﹁マヌ法典﹂論 ニ ーチェの性欲論と﹁愛﹂の観念1︱
﹁乗馬﹂比喩とフロムの指摘 ニ ーチェの性欲論と﹁愛﹂の観念2︱
その男性主義ないし﹁所有﹂ 主義 一 つ の 批 判 的 対 照 軸︱
サ ル ト ル の ﹁ 相 互 性 の モ ラ ル ﹂ に 根 ざ す ﹁ 愛 ﹂ 論 母性愛経験という問題の環 ニーチェの﹁共苦 Mitleid ﹂論と反社会主義 補注 12 キ リ ス ト 教 が 培 っ た ︽ 主 観 の 自 律 性 ︾ に 対 す る ニ ー チ ェ のアンビヴァレントな評価 付論 ﹁死への祝祭的帰還﹂断片の問題 補論Ⅰ ﹁ニーチェ主義者﹂としてのハイデガー ハイデガーにとっての講議録﹃ニーチェ﹄の問題位置 ハ イ デ ガ ー の ﹁ 渾 沌 ﹂ 概 念 と ニ ー チ ェ の ﹁ 生 成 の 無 垢 ﹂ と ﹁ 詩 作 的制作﹂ 1 予備考察 2 ハイデガー考 反政治性の政治性という逆説 補論Ⅱ ﹃道徳論手帳﹄におけるサルトルのニーチェ批判 ﹁力 ︵権力︶ のモラルの諸原理﹂己自身を正当化する力の立法的権威と畜群道徳の拒絶 ﹁存在欲望﹂としての﹁力への意志﹂に対するサルトルの批判 ハイデガーのニーチェ解釈 サルトルにおける﹁存在欲望﹂概念 サルトルにとっての﹁浄化的反省﹂の解放的意義 補注 ﹁想像的人間﹂という規定について 補注 ﹁ 浄 化 的 反 省 ﹂ と ︽ 相 互 性 の モ ラ ル ︾ と の 不 可 分 な 関 係 に ついて 補注 ﹁存在欲望﹂と﹁我有化欲望﹂との関係性 補論Ⅲ ニーチェとヴェーバー ニーチェにおけるルサンチマン論の位置 ヴェーバーの評価の二側面 マ ニ 教 主 義 的 善 悪 二 元 論 の ル サ ン チ マ ン 的 根 柢
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﹃ 宗 教 社 会 学 ﹄ と ﹃職業としての政治﹄ 補注 ﹁マニ教主義的善悪二元論﹂という用語の使用について 補論Ⅳ ジンメル﹃ショーペンハウアーとニーチェ﹄への批評 或る奇妙な議論の不在 私の問題指摘との照応点︱
シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー の ﹁ 厭 世 観 ﹂ の ﹁ 硬 直 性 ﹂ に 対 す る ジ ン メ ル の 批判 美と愛の幸福論的契機についてのジンメルの主張 ジンメルのショーペンハウアー評価の両義性 補注 ジ ン メ ル の 鋭 い 着 目︱
﹁ 残 忍 ﹂ な る サ デ ィ ス ト 的 意 志 が 潜 め る﹁良心の棘﹂としての﹁共苦﹂ ﹁超人﹂論を基軸に置くジンメルのニーチェ論 ジンメルの﹁超人﹂論に欠落する契機 ニーチェの﹁神化﹂論へのジンメルの注目とその問題性 補論Ⅴ ニーチェ︲ヴェーバー関係をめぐって︱
山之内靖と笹部幸隆、両氏の問題認識への批評 山之内靖﹃ニーチェとヴェーバー﹄への批判的コメント 雀 部 幸 隆 ﹃ 知 と 意 味 の 位 相 ﹄ に お け る ﹁ ウ ェ ー バ ー と ニ ー チ ェ ﹂ 論 批判 補論Ⅵ 湯田豊﹃ニーチェと仏教﹄への批評︱
橋本智津子﹃ニヒリズムと無﹄にもかかわらせて 四つの論点 湯田の主張の自己矛盾と大拙ならびにヴェーバーの問題設定 湯田批判の私の論点 ﹁真実の世界﹂概念をめぐる四つの問題相 補 論 Ⅶ 信 太 正 三 ﹃ 永 遠 回 帰 と 遊 戯 の 哲 学 ﹄ に お い て 欠 落 す る 諸 テ ー マについて︱
大 河 内 了 義 ﹃ ニ ー チ ェ と 佛 教︱
根 源 的 ニ ヒ リ ズ ム の 問 題 ﹄ に も か かわらせて 信太における﹁遊戯の哲学﹂への視点とそこに孕まれる欠落︱
ニーチェにおけるイエス問題への無関心﹁ 愛 ﹂ な ら び に ﹁ 性 愛 ﹂ を め ぐ る ニ ー チ ェ の 問 題 性 な ら び に ﹁ 権 力 への意志﹂の暴力性に対する無考察 大河内了義﹃ニーチェと佛教
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根源的ニヒリズムの問題 ﹄ への批判はじめに
本論文は、ショーペンハウアーとニーチェ、この二人の思想 的 格 闘 の 在 り よ う を 考 察 す る 試 み で あ る 。 ︵ な お 、 本 号 に は 第 Ⅰ 部を掲載した。第Ⅱ部は次号に予定している︶ もっとも、ニーチェがショーペンハウアーの思想に出会うの は彼の死後である。つまり生前の彼と直に思想的に格闘したわ けではない。またショーペンハウアーについていえば、彼が死 去した一八六〇年、ニーチェはまだ十六歳に過ぎない。つまり 両者は生前に直に思想的格闘の関係を結んだわけでは全然ない。 とはいえ、本書がこれから示すように、ニーチェがショーペ ンハウアーの思想に対して比類なき格闘の関係を結ぶとするな ら、後者の思想はそういう関係性をニーチェに対して生む可能 性を構造的に内蔵していたということであり、この意味で、私 は両人を﹁格闘者﹂と名づけたのだ。 事の順序からいえば逆になるが、まずニーチェについて幾つ かのことをあらかじめ述べておきたい。 周知のことながら、彼は熱烈なプロテスタントの牧師を父と し、幼少期においてその父を崇拝し、妹やルー・ザロメの証言 に よ っ て も そ の 幼 少 期 に は 熱 烈 な キ リ ス ト 教 徒 で あ っ た 1 。 に 0 もかかわらず 0 0 0 0 0 0 、彼が一個の独立した哲学者、まさにわれわれが 知る﹁ニーチェ﹂へと離陸したのは、この己の思想的過去を痛 烈に自己批判し超克する試みを為すことによってであった。実 にこの点で、西欧の哲学史を彩る幾多の名だたる哲学者のなか で、彼ほどに 反 0 キリスト教の旗幟を鮮明にした者はいない。な お私見によれば、かかる逆転的事情は﹃ツアラトゥストラ﹄の ﹁ 墓 の 歌 ﹂ 章 に よ っ て も 印 象 深 く 暗 示 さ れ て い る ︵ 同 章 に は 、 最 初 熱 烈 な イ エ ス 主 義 者 と し て 出 発 し た 少 年 ニ ー チ ェ が 、 十 三 歳 の 時 点 か ら 、 自 己 肯 定 を 為 し う る た め に は イ エ ス と の 訣 別 を 果 た さ ざ る を 得 なくなる心的過程が暗示されている︶ 2 。 私はこれまでニーチェについては、彼を直接の主題とする二 つ の 単 著 ﹃︽ 想 像 的 人 間 ︾ と し て の ニ ー チ ェ︱
実 存 分 析 的 読 解 ﹄ ︵ 晃 洋 書 房 、 二 〇 〇 五 年 ︶ 、﹃ 大 地 と 十 字 架︱
探 偵 L の ニ ー チ ェ 調 書 ﹄ ︵ 思 潮 社 、 二 〇 一 三 年 ︶ の み な ら ず 、 他 の 幾 つ か の 著 作 の な か で も 相 当 の 頁 を 費 や し て 考 察 を お こ な っ て き た 。﹃ 三 島 由 紀 夫 に お け る ニ ー チ ェ︱
サ ル ト ル 実 存 的 精 神 分 析 を 視 点 と し て ﹄ ︵ 思 潮 社 、 二 〇 一 〇 年 ︶ 、﹃ サ ル ト ル の 誕 生︱
ニ ー チ ェ の 継 承 者 に し て 対 決 者 ﹄ ︵ 藤 原 書 店 、 二 〇 一 二 年 ︶ 、﹃ 聖 書 論 Ⅱ 聖 書 批 判史考﹄ ︵第一章﹁ニーチェのイエス論﹂ 、藤原書店、二〇一五年︶ 。彼は実に深い自己矛盾を抱えた複雑極まる思想家である。だ か ら ま た 、 彼 の イ エ ス 論 も 、﹁ 正 統 キ リ ス ト 教 ﹂ 批 判 も 、 仏 教 評価も、当然そうした彼の性格を色濃く反映している。本書で は、彼の思想のなかで、ショーペンハウアーとの関りで彼の主 張が投げかける問題性を追究のテーマとするが、その際に紙数 の関係で切り捨てざるを得ない諸問題については、補注をつけ、 いましがた挙げた諸拙著のなかでそれらを論じている箇所を指 示することにしたい。 *1 また本論文でこれから取り上げる事柄には、既にそれらの拙 著で論じていることが多く含まれ、前述の諸拙著の読者であっ た方々には︽くりかえし︾になるとしても、本論文はそのタイ トルに惹かれて私の考察を初めて手にする読者を前提とするも の で あ る か ら 、 そ の 点 、 ご 容 赦 を お 願 い し た い ︵ そ れ ら の 事 柄 については、できる限り要点に絞って論述するつもりである︶ 。 次に、ショーペンハウアーについてあらかじめ幾つかのこと を述べておきたい。 か つ て 仏 教 学 者 で あ る 三 枝 充 悳 は 、﹃ 東 洋 思 想 と 西 洋 思 想
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比 較 思 想 序 論 ﹄ ︵ 春 秋 社 、 一 九 六 九 年 ︶ の な か で 彼 の ド イ ツ 留 学体験を通してあらためて痛感したこととして、ショーペンハ ウアーこそがドイツ知識界における十九世紀以来連綿として続 いてきたヒンドゥー教と仏教への強い関心の最大の導き手・先 達であったという問題を挙げ、彼言うところの﹁ドイツ最大の インド学者﹂たるH・グラーゼナップの著書﹃ドイツ思想家た ちのインド像﹄に触れ、同書においてもショーペンハウアーの 扱いはかかる先達としての彼の役割を語るのに相応しい破格の 分量を占めることを指摘し、その内容の要点を紹介している。 そのグラーゼナップは、三枝から孫引きするならば、ショー ペンハウアーが自らについて為した次の告白を彼の思索の核心 を端的に示す言葉として彼の全集から引用している。すなわち、︱
自 分 の 独 自 の 学 説 が 確 立 し た の は 、﹁ ウ パ ニ シ ャ ッ ド と プ ラトンとカントとが、その輝きを、同時に﹂自分という﹁ひと りの人間﹂に﹁投げかける﹂ということが生じたことによって だ、というショーペンハウアーの言葉を。 ここで彼の主著たる﹃意志と表象としての世界﹄の言葉を引 け ば 、 そ の 第 四 巻 ・ 第 六 四 節 で ま さ に 彼 は こ う 論 じ て い る 。︱
古 代 イ ン ド の ウ パ ニ シ ャ ッ ド 文 書 が 掲 げ る ﹁ 輪 廻 の 神 話 ﹂ と そ こ か ら 帰 結 す る 主 張 、 す な わ ち ﹁ 完 全 な 捨 離 ﹂ な い し は ﹁ 涅 槃 ﹂ の 達 成 こ そ が 魂 に 究 極 の 救 済 た る ﹁ 輪 廻 ﹂ か ら の 解 放 を与えるという思想、これは﹁人類の根源的叡智﹂なのであり、 ﹁ そ れ ゆ え に す で に ピ タ ゴ ラ ス も プ ラ ト ン も 、 こ の よ う な 最 高 の神話的叙述をインド人やエジプト人から伝え受けて、賞嘆の 心 を も っ て こ れ を 理 解 し 、 尊 重 し 、 応 用 し た の で あ っ た ﹂。 そ れ故、如何にイエスの思想が偉大な意義をもつとしても、この ﹁インド人の叡智﹂がその価値を減ずることはなく、 ﹁それどころ か ︵ 中 略 ︶ ヨ ー ロ ッ パ に 逆 流 し 、 わ れ わ れ の 知 識 と 思 索 と に 根本的な変化を引き起こすことになるであろう﹂と 3 。 *2 実 際 、 右 の 事 情 は く だ ん の ﹃ 意 志 と 表 象 と し て の 世 界 ﹄ ︵ 正 編 ・ 続 編 ︶ を 読 め ば す ぐ わ か る 。 実 に 、 プ ラ ト ン の 立 て た ﹁ イ デア﹂という概念とカントの立てた﹁物自体﹂という概念、お よ び ヴ ェ ー ダ ー ン タ 哲 学 ︵ ウ パ ニ シ ャ ッ ド 思 想 の 総 括 と し て 登 場 す る ︶ の 提 示 す る ﹁ ブ ラ フ マ ン ︵ 梵 天 ︶ ﹂ の 概 念 、 こ の 三 者 を い わば串刺しにして同一視するという解釈を発案すること、そし てこの解釈をもってイエスの﹁共苦 Mitleid, Mitleiden ﹂の思 想を再解釈し、イエスと仏陀をその本質においては同一の思想 に立つとの結論を示し、もってキリスト教と仏教との対話を展 開せしめる両者の共有基盤の創設者となること、まさにこの抱 負が同書の展開を導くからだ。 か く て 、 こ れ か ら 私 が 展 開 す る 第 Ⅰ 部 ﹁ テ ー ゼ と し て の シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー ﹂ ︵ 本 号 ︶ に お い て も 、 こ の 三 概 念 の 同 一 視が彼によってどのように組み立てられるか、まずそれを紹介 することが、ショーペンハウアーを論じる際の端緒となる。し かも、後に縷々示すように、まさに彼とニーチェとのあいだに 生じる決定的な 継承 0 0 の関係と、 それにもかかわらず生じる 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 興味 深い 対立 0 0 もまた、この同一視に深く関係するのだ。 ここでニーチェに戻るならば、ショーペンハウアーとの出会 いについては、彼は﹁二年間にわたる私のライプツィヒ遊学の 回顧﹂のなかで以下のことを記している。すなわち、一八六五 年 ︵ シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー 死 後 五 年 目 ︶ 秋 に 古 書 店 で シ ョ ー ペ ン ハ ウアーの﹃意志と表象としての世界﹄を偶然手にし、その後の 二週間、昼夜を分かたぬ同書の読書に耽ったことを。この出会 いを振り返って、ニーチェは﹁どんなデーモンが私の耳もとに ﹃ こ の 本 を も っ て 帰 れ ﹄ と さ さ や き か け た の か 知 ら な い が 、 と に か く 私 は こ の 本 を ︵ 中 略 ︶ そ の 場 で 買 っ て 持 ち 帰 っ た ﹂ と 記 し て い る 4 。 ま た 彼 は ﹃ 反 時 代 的 考 察 ﹄ の 第 三 篇 に 長 大 な シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー 論 ︵ 一 八 七 四 年 ︶ を 据 え る が 、 そ の な か で 彼はショーペンハウアーを真の芸術家なら誰もがそうであると 同 様 に ﹁ ユ ニ ー ク な 存 在 ﹂、 い い か え れ ば ﹁ 汝 自 身 で あ れ ! 今為し、考え、欲しているもの、そのすべてにおいて﹂という ﹁自己の良心﹂に従って思考し抜いた稀有な思想家、 ﹁こんなに も奇妙に多彩な多種なものを自分が現にそれである 一なるもの 0 0 0 0 0 に ま と め て 注 ぎ 入 れ る こ と ﹂ ︵ 傍 点 、 清 ︶ が で き た 人 物 と し て 絶 賛している 5 。 右の形容の最後のフレーズは、ショーペンハウアーの思考の ﹁ ユ ニ ー ク さ ﹂ に 即 し て い う な ら 、 ま さ に カ ン ト と プ ラ ト ン と ヴェーダーンタ哲学を、さらにいえばイエスの﹁共苦﹂の思想 を﹁一なるもの﹂に統合したことを指す。そのような通常では 誰もおよそ﹁一﹂にすることなぞ考えるはずもないもの、しか し、実は今 この私 0 0 0 が発案し試みかけていること、それを敢えて
や り 遂 げ て こ そ 初 め て 、 思 索 に お い て ﹁ 汝 自 身 で あ れ ! ﹂ ︵ つ ま り ﹁ 己 自 身 で あ る ﹂ こ と ︶ が 貫 け る と い う こ と 、 こ の こ と の 模 範 的 先 行 者 が ニ ー チ ェ に と っ て は シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー な の で あった。つまり、ニーチェが年来己の信念とし密かに試みよう と し て い る こ と の 生 き た 先 例 、 そ れ が シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー で あったのだ! しかも、たんに思索者の取るべき 姿勢 0 0 において というだけでなく、かの三者の同一視が生むその 思索内容 0 0 0 0 それ 自 身 に お い て も 。 か く て 、 ニ ー チ ェ は こ う 書 い て い る 。﹁ 私 は ショーペンハウアーの読者であるが、第一頁を読んだ後で、す べてのページを読み通し、いやしくも彼の語った言葉ならどの 言葉にも耳を傾けるだろうことを明確に知るたぐいの読者の一 人 で あ る 。 ︵ 中 略 ︶ 私 は ま る で 彼 が 私 の た め に 書 い た か の よ う に彼を理解した﹂と 6 。 む べ な る か な ! 第 Ⅱ 部 ﹁ ニ ー チ ェ に お け る 逆 立 的 継 承 ﹂ ︵ 次 号 ︶ の 諸 考 察 は 、 こ の ニ ー チ ェ の 告 白 を 傍 証 す る も の と も な る で あ ろ う 。 と り わ け 、﹁ 物 自 体 ﹂ ︵ = ブ ラ フ マ ン 的 な 宇 宙 的 一 者 ︶ を 駆 動 す る ﹁ 物 活 論 的 animistisch ﹂ ︵ ヴ ェ ー バ ー ︶ な ﹁ 生 へ の 意 志 Wille zum Leben ﹂ と 、﹁ 個 体 化 の 原 理 principium individuationis ﹂ に 囚 わ れ た 人 間 各 個 人 の ﹁ 生 へ の 意 志 ﹂ と が 究極において如何なる関係性を結ぶのか? 後者は前者の真実 相のなかに如何なる己の救済展望を見いだし得るのか? とい う問いかけがをめぐって、ニーチェとショーペンハウアーとが 取り結ぶ関係性の在りよう、それを見るならば! 実に興味深いことは、思索において﹁ユニーク﹂であり﹁汝 自身である﹂ことの模範であったショーペンハウアーを、ニー チ ェ が 、 ま さ に ニ ー チ ェ 自 身 が こ の ﹁ 汝 自 身 で あ る ﹂ た め に 、 その帰結において完璧に転倒させ逆立させることである。 シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー に あ っ て は ﹁ 物 自 体 ﹂ を 駆 動 せ し め る ﹁生への意志﹂は、イエスの言う﹁共苦﹂に媒介されることで、 それまでかかる﹁生への意志﹂を﹁個体化の原理﹂に呪縛され る形でしか分有し得ず己の内に現象させ得なかった人間たちを して、 逆説的にも 0 0 0 0 0 ﹁生への意志の自己否定﹂へと向かわせるに 到 り 、 そ の 帰 結 と し て 最 後 に は 彼 ら を 神 人 合 一 的 な 恍 惚 的 な ﹁ 諦 念 Resignation ﹂ に 導 き 、 彼 ら に あ っ て は い わ ば 仏 陀 の ﹁ 慈 悲﹂とイエスの﹁共苦愛﹂との合一が生じると捉えられること となる。 他 方 ニ ー チ ェ に あ っ て は 、 そ の ﹁ 生 へ の 意 志 ﹂ の 概 念 は 、 ﹁ 生 は 本 質 的 に 、 す な わ ち そ の 根 本 機 能 に お い て 侵 害 的 、 暴 圧 的、搾取的、破壊的にはたらくものであって、かかる性格なし に は ま っ た く 考 え ら れ な い も の で あ る ﹂ ︵﹃ 道 徳 の 系 譜 ﹄︶ と の 見 地 か ら 7 、﹁ 権 力 へ の 意 志 Wille zur Macht ﹂ と い う 概 念 に 変 換 さ れ 、 こ の 意 志 は
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シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー と は 真 逆 に︱
﹁ 超 人﹂的諸個人において﹁戦士﹂の真の﹁徳﹂たる﹁運命愛﹂が も た ら す と こ ろ の 、 ル サ ン チ マ ン を 拭 い 去 っ た ﹁ 猛 獣 的 良 心 ﹂の超人的輝きを放つ感情高揚=自己肯定へと高められるとされ る。そして、この﹁戦士﹂的感情高揚の視点から、ショーペン ハ ウ ア ー の 掲 げ た ﹁ 喜 悦 F re ud e ﹂ と し て の ﹁ 諦 念 ﹂ と い う 救 済 ヴ ィ ジ ョ ン ︵ イ エ ス と 仏 陀 が 重 ね あ わ さ れ た ︶ は 、﹁ 生 本 能 の デ カ ダ ン ス ﹂・﹁ 生 ﹂ の ﹁ 退 嬰 ﹂ が 生 む ﹁ 受 動 的 ニ ヒ リ ズ ム ﹂ と し て唾棄されるに至るのだ。 な お 後 に 私 は 次 の こ と に つ い て も 語 る つ も り で あ る 。 ニ ー チェにあっては、この戦士的自己肯定が、万人の湧きたつディ オ ニ ュ ソ ス 的 な 暴 力 的 な 生 衝 動
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﹁ 権 力 へ の 意 志 ﹂ に ほ か な ら ぬ︱
が 織 り な す と こ ろ の 、﹁ お の れ 自 身 の 無 尽 蔵 さ に 狂 喜 す る ﹂・﹁ 生 成 の 無 垢 ﹂ た る 有 機 体 的 な 宇 宙 の 全 体 性 が 奏 で る 交 響 楽 、 そ れ が 生 む 悪 魔 美 的 高 揚 に 包 ま れ 8 、 ま さ に そ れ の 一 構 成 契機として己の死を敢然と受容し、みずから﹁死への祝祭的帰 還﹂を敢行するところの﹁積極的ニヒリズム﹂として把握され ることを。 かくて、かつて若きニーチェの﹃反時代的考察﹄第三篇にお いてあのように賛美され敬愛されたはずのショーペンハウアー は、ニーチェが発狂する前年に出版した﹃偶像の黄昏﹄や﹃反 キ リ ス ト 者 ﹄、 な ら び に そ れ を 準 備 す る 草 稿 群 の な か で は 次 の ように痛罵されることとなる。幾つかの言葉を引いておこう。 たとえば、 ﹃反キリスト者﹄第七節にこうある。 人 は あ え て 、 共 苦 Mitleiden を 徳 Tugend と 名 づ け て き た 。 ︵中略︶ さらにすすんで、 共苦から徳 そのもの 0 0 0 0 を、すべての徳 の 地 盤 と 根 源 を で っ ち あ げ る に い た っ た ︵ 中 略 ︶ も ち ろ ん こ れ は ︵ 中 略 ︶ ニ ヒ リ ズ ム 的 な 、 生 の 否 定 を 標 榜 し た 哲 学 の 観 点からのことであるにすぎない。ショーペンハウアーはこの 点 で 正 し か っ た 。 す な わ ち 、 共 苦 に よ っ て 生 は 否 定 さ れ 、 い っ そ う 否 定 に 値 す る も の 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 た ら し め ら れ る か ら で あ る 。 ︵ 中 略 ︶ 共 苦 は 無 0 Nichts を 説 き す す め る ! ⋮⋮ 人 は ﹃ 無 ﹄ と 言 わ ず 、 そ の 代 わ り に ﹃ 彼 岸 ﹄ と 言 う 。 な い し は ﹃ 神 ﹄ と 、 な い し は ﹃ 真 の 0 0 生 das wahre Leben ﹄ と 、 な い し は 涅 槃 Nivana 、 救 い Erlösung 、 浄 福 Seligkeit と 言 う 。 ︵ 中 略 ︶ そ れ は生に 敵対する 0 0 0 0 傾向なのである。ショーペンハウアーは生に 敵対した、 このゆえに 0 0 0 0 0 彼にとっては共苦が徳となったのであ る。 ︵傍点、ニーチェ︶ 9 ﹃ ニ ー チ ェ 対 ヴ ァ ー グ ナ ー ﹄ の な か の ﹁ 私 た ち 対 蹠 者 Wir Antipoden ﹂ 節 に は こ う あ る 。 ま ず ニ ー チ ェ は 、 シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー の 哲 学 を ﹁ 十 九 世 紀 の 哲 学 的 ペ シ ミ ズ ム ﹂ と 呼 び つ つ 、 最初自分はそれを﹁ヒュームの、カントの、ヘーゲルの哲学の うちで表現されるにいたったよりも、思想のいっそう高度の力 の、生のいっそう勝ちほこった充実の兆候﹂と 見誤る 0 0 0 ﹁誤謬や 買いかぶり﹂をおこなったと告白し、こう述べる。あらゆる芸術、あらゆる哲学は、成長ないし下降する生の治 療薬また補助薬とみなされてよい、それらはつねに苦悩や苦 悩する者を前提するからである。しかし苦悩する者にも 二種 0 0 類 0 あ る 。 一 つ は 生 の 充 溢 を 求 む が 故 に 苦 悩 す る 者 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 die an der Überfülle des Lebens Leidende で あ り 、 こ れ は 、 デ ィ オ ニュソス的芸術を欲すると同じく生への悲劇的洞察および展 望 を 欲 す る 。
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次 は 生 の 貧 困 化 を 求 む が 故 に 苦 悩 す る 者 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 die an der Verarmung des Lebens Leidende であり、これは、安息、静 寂、滑らかな海を、さもなければ芸術や哲学による陶酔を、痙攣を、 麻 痺 を 求 め る 。 生 そ の も の に 対 す る 復 讐︱
そ う し た 貧 困 化 し た 者 に と っ て の 最 も 淫 蕩 な 種 類 の 陶 酔 ! ︵ 中 略 ︶ こ の 後 者 の 二重の欲求にヴァーグナーもショーペンハウアーも対応して いる。彼らは生を否定し、彼らは生を誹謗し、このことで彼 らは 私の対蹠者 0 0 0 0 0 である 10 。 ︵傍点、清︶ か く て 、 シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー へ の 称 賛 と 継 承 は 晩 期 の ニ ー チェにおいて明白なる侮蔑と拒絶へと逆転する。この注目すべ き逆転劇において、最初はまさにショーペンハウアーの﹃意志 と表象としての世界﹄を方法論に採用して試みられたギリシャ 神 話 の 解 読 作 業 、 す な わ ち か の ﹃ 悲 劇 の 誕 生 ﹄ ︵ 一 八 七 二 年 ︶ も 後には自己批判の対象となる。 ﹃ 悲 劇 の 誕 生 ﹄ を 再 出 版 す る 際 に 添 え た 、 お よ そ 執 筆 の 十 六 年 後 に 書 か れ た ﹁ 或 る 自 己 批 判 の 試 み ﹂ の な か で ニ ー チ ェ は 、 ディオニュソス的な生肯定思想の解明と提示という己の﹁独自 な見解と冒険﹂についてこう振り返る。 私が現在いかにも遺憾に思うことは、当時私がかくも独自な 見解と冒険にたいして、あらゆる点において、これまた独自 な 言 葉 を 敢 え て 使 用 す る だ け の 勇 気 ︵ そ れ と も 不 遜 ? ︶ を ま だ有しなかったということ︱
私が苦心惨憺ショーペンハウ アーとカントの方式によって未知な新しい価値評価を表現し ようと努めたということである、これらの価値評価がカント やショーペンハウアーの精神にも、また彼らの趣味にも根本 的に背馳するものであったにもかかわらず! 11 そしてこう続ける。ショーペンハウアーの結論、核心をなす 主 張 と は 、﹁ 悲 劇 的 精 神 の 本 質 ﹂ は 人 間 を 一 切 の 執 着 の 放 棄 と い う ﹁ 諦 念 ﹂ へ と 導 く と い う 点 に あ っ た 。 な ぜ な ら 、 そ れ は ﹁ 何 ら ま と も な 満 足 ﹂ を 人 間 に 与 え る こ と の な い こ の 世 界 と 人 生の悲劇性を直視することへと人間を導くものであったが故に、 と。そのうえで、ニーチェはこう記す! おお、ディオニュソスが私に語ったものは、何と異なったも のであったことか! おお、ほかならぬこの諦観主義そのものが当時私にとって何と思いもよらぬものであったか! 12 も う 一 節 、 紹 介 し て お こ う 。 今 度 は ﹃ 偶 像 の 黄 昏 ﹄ ︵ 一 八 八 九 年 ︶ か ら 。 同 書 に お い て 、 前 述 の 通 り 、 彼 は シ ョ ー ペ ンハウアーを散々に批判する。しかしながら、それでも、こう つけ加えることを忘れはしない。いわく、 ショーペンハウアーは、問題になる最後のドイツ人であって ︵
︱
彼 は 、 ゲ ー テ と 同 じ く 、 ヘ ー ゲ ル と 同 じ く 、 ハ イ ン リ ッ ヒ ・ ハ イ ネ と 同 じ く ヨ ー ロ ッ パ 的 事 変 で あ り 、 ︵ 中 略 ︶ ︶ だ か ら 心 理 学 者にとっては第一級の一症例である 13 。 では何故、 ﹁第一級の一症例﹂なのか? そ れ は 、 ニ ー チ ェ に よ れ ば 、﹁ ニ ヒ リ ズ ム に も と づ い て 生 の 価 値 を 総 体 的 に 引 き さ げ る た め に 、 ま さ し く そ の 反 対 法 廷 0 0 0 0 を 、 ﹃ 生 へ の 意 志 ﹄ の 大 い な る 自 己 肯 定 を 、 生 の 突 起 形 式 0 0 0 0 0 0 を 持 ち だ し て く る 悪 意 に み ち た 天 才 的 な 試 み ﹂ ︵ 傍 点 、 清 ︶ 、 こ れ を し た 人間だからである 14 。 つまりこうだ。彼は、ニーチェなら それこそを 0 0 0 0 0 人間にとって ﹁ 生 へ の 意 志 ﹂ の ﹁ 自 己 肯 定 ﹂ が も た ら さ れ る 最 高 の 証 拠 、 最 良の﹁生の突起形式﹂と評すべきそれを、見事に天才的な鋭さ で取り出してみせたうえで、 しかしながらニーチェとは真逆に 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 、 何とそれを人間をして﹁生への意志﹂の﹁自己否定﹂に向かわ ざるを得なくざせる最大の証拠、最悪の﹁生の突起形式﹂とし て弾劾した、というのだ。とはいえ、両者においてその評価は 真逆となるとはいえ、人間の生きる﹁生への意志﹂の孕む問題 性をその一身に凝縮せしむるこの﹁生の突起形式﹂の鋭利な問 題視、それが彼によってもたらされたということは、十九世紀 西 欧 の 思 想 界 に お け る い わ ば 心 理 学 的 大 事 件 ・﹁ 第 一 級 の 一 症 例﹂と評し得る。そうニーチェは論評するのだ。 私は、後に本論文の第Ⅰ部・第四章の﹁ ﹃高度のエゴイズム﹄ と し て の ﹃ 残 忍 ﹄﹂ 節 な ら び に ﹁﹃ 良 心 の 棘 ﹄ と し て の ﹃ 共 苦 ﹄ の疼き﹂節において次の解釈を披歴する。すなわち、右の一節 に い う ﹁ 生 の 突 起 形 式 ﹂ が お そ ら く 同 節 で 取 り 上 げ る ﹁ 残 忍 ﹂ と い う サ デ ィ ス ト 的 意 志 ︵ た だ し ﹁ 共 苦 ﹂ と い う ﹁ 良 心 の 棘 ﹂ と い う マ ゾ ヒ ス ト 的 契 機 と 不 可 分 に 一 体 化 し た ︶ を 指 す も の に 違 い な いという解釈を。また、それがニーチェにはおいてはどのよう にして﹁ディオニュソス的自己肯定﹂を惹起せしめるものとし ての﹁権力への意志﹂に変換されるか、その論理を論ずるであ ろ う 。 ま た 、 第 Ⅱ 部 ・ 第 二 章 ﹁﹃ ツ ァ ラ ト ゥ ス ト ラ ﹄ に お け る 救済思想﹂ではその全体をもって如何にニーチェが共苦倫理の 立 場 か ら は 最 悪 最 凶 と 目 さ れ る 破 壊 的 暴 力 的 な 犯 罪 的 意 志 ︵﹁ 青 白 き 犯 罪 者 ﹂ の 快 楽 殺 人 の 衝 動 意 志 を 頂 点 に ︶ に 対 し て ま さ に ﹁ デ ィ オ ニ ュ ソ ス 的 自 己 肯 定 ﹂ の ﹁ 永 遠 回 帰 ﹂ 的 な 贈 与 を お こな お う と す る か 、 そ の 際 各 個 人 の 生 き ん と す る ﹁ 権 力 へ の 意 志 ﹂ は ス ピ ノ ザ と 同 様 に ︵ と い う こ と は 、 シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー と も同様に︶ 大宇宙の全体性を駆動せしめている存在力 ︵スピノザ の 言 う ﹁ コ ナ ト ゥ ス ﹂、 シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー の 言 う ﹁ 物 自 体 の 生 へ の 意 志 ﹂︶ の 各 個 人 に お け る ﹁ 突 起 ﹂ と し て 把 握 さ れ る と い う こ と、このことを克明に論じ、さらに第三章﹁遺稿群﹃権力への 意志﹄からの照射﹂ではこの﹁生の突起形式﹂の概念を想起せ しめる﹁あらゆる生起の根本特徴﹂という概念が﹃権力への意 志﹄断章五五にも登場し、まさにそれがこの贈与の論理となっ て展開する事情、これを取り上げるであろう。 つまり、もう一度ショーペンハウアーに関わらせて一言でい うならこうなのだ。
︱
﹁ 個 体 化 の 原 理 ﹂ に よ る 呪 縛 の 果 て に ﹁ 残 忍 ﹂ と い う 他 者支配の極北に向かう﹁権力への意志﹂たる﹁生への意志﹂の 心理的構造をめぐるショーペンハウアーの考察、それを そのま 0 0 0 ま 裏 返 し に し て 0 0 0 0 0 0 0 、 真 逆 に も 、﹁ 否 ! ﹂ か ら ﹁ 諾 ! ﹂ の 論 理 を 導 きだすなら、即ち、それがニーチェ、この私の思想にほかなら な い ! と 。 ︵ な お 私 は こ の 逆 転 劇 の 構 造 を ﹁ 回 転 ド ア ﹂ 的 と も 形 容した。本書***頁︶ 。 かかる逆転劇の構造解明、それが本論文・第Ⅱ部﹁逆立的継 承 者 ニ ー チ ェ ﹂ ︵ 次 号 ︶ の 課 題 に ほ か な ら な い 。 い う ま で も なく、右の言葉が示唆するように、実のところ、この逆転はそ もそも既に﹃悲劇の誕生﹄のなかに、ショーペンハウアーへの 大いなる共感に支えられた同書のなかに既に内在せしめられて いたのだが! そして、その内在し潜在せしめられたものが覆 い を 破 り す て 顕 在 化 す る 決 定 な 最 初 の 局 面 、 そ れ が ﹃ ツ ァ ラ トゥストラ﹄なのだ。そして最後に、それを梃子として﹃偶像 の 黄 昏 ﹄ が 、 ま た 幾 多 の 晩 年 の 草 稿 群︱
﹃ 権 力 へ の 意 志 ﹄ や ﹃ 生 成 の 無 垢 ﹄ に 集 め ら れ た︱
が 来 る の だ 。 そ の 次 第 を 解 明 す ること、それが第Ⅱ部の課題である。 なお、次のことをここであらかじめ指摘しておこう。 私は、第Ⅰ部﹁テーゼとしてのショーペンハウアー﹂におい て、まさにニーチェにとってショーペンハウアーの﹃意志と表 象の世界﹄が、それを引き受け、かつそれに対立してこそ己自 身の思想表明が可能となる 否定的な媒介者としての相手 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 、いう な ら ば 弁 証 法 的 対 立 に お け る テ ー ゼ と し て 如 何 に 登 場 す る か 、 この観点から、同書の主張を紹介する。そのための方法として、 ニーチェの﹃悲劇の誕生﹄と晩期の﹃偶像の黄昏﹄においてこ の弁証法的対立関係の所在を集中的に示す幾つかの節、これを 提 示 し た う え で ︵ 既 に 本 質 的 な 点 に つ い て か な り 述 べ た と は い え ︶ 、 ショーペンハウアーの主張の紹介に入ることにする。 また、そのことにかかわって、第Ⅰ部の最後の章﹁批判的対 照 軸 集 ﹂ に お い て 、 私 は 同 一 テ ー マ に か か わ る エ リ ア ー デ 、 ショーレム、ヴェーバー、鈴木大拙と西田幾多郎、ならびにグノーシス派キリスト教の掲げる見地・視点をも引き合いに出す こととしたい。そのような参照や対照の作業は、ショーペンハ ウ ア ー と ニ ー チ ェ と が 結 ぶ 共 感 と 反 発 ・ 肯 定 と 否 定 と が 絡 み 合った複雑な関係を解き明かすうえで有益であるはずだ。 *1 ルー・ザロメの指摘 ニ ー チ ェ に と っ て お そ ら く 唯 一 の 恋 人 で あ っ た と い わ れ る ル ー ・ ザ ロ メ は ﹃ ニ ー チ ェ
︱
そ の 人 と 作 品 ﹄ の な か で こ う 述 べ て い る 。﹁ 彼 の 大 部 の ア フ ォ リ ズ ム の 集 積 は 本 質 的 に は 独 語 の 総 計 か ら な っ て い る ﹂ の で あ り 、 そ れ は お の ず と ﹁ 彼 の 哲 学 に お ける 自己告白 4 4 4 4 ﹂となる、と 15 。そして鋭くもこう指摘するのだ。 い や 、 ニ ー チ ェ が 、 ま っ た く 特 別 な 憎 悪 を こ め て 、 な ん ら か の も の を つ け ま わ し 貶 め て い る と こ ろ で は 、 い た る と こ ろ で 、 そ の も の が 、 な ん ら か の 仕 方 で 深 く︱
彼 固 有 の 哲 学 な い し は 彼 固 有 の 生 の 核 心 の う ち に 深 く 潜 ん で い る の だ と 、 確 実 に 想 定 す る こ と が で き る 。 こ の こ と は 、 多 分 、 理 論 に つ い て と 同様、人格についても当てはまるであろう 16 。 つ ま り 、 ニ ー チ ェ が 罵 倒 し 、 攻 撃 し 、 拒 絶 し よ う と し て い る も の 、 彼 が 自 分 の い わ ば 敵 0 と し 、 自 分 が そ れ と は 根 本 的 に 異 な っ た も の 、 つ ま り 彼 に と っ て の ︽ 他 者 ︾ と す る も の ︵ 本 書 の テ ー マ で い え ば ま さ に か の ﹁ 共 苦 ﹂ の 思 想 ︶ 、 そ れ が 実 は 彼 自 身 の 或 る 側 面︱
し か も 本 質 的 な 0 0 0 0 0 0 0︱
が 投 影 さ れ た も の で あ り 、 だ か ら 彼 の そ う し た 激 し い ︽ 他 者 ︾ 攻 撃 は 実 は 自 己 自 身 へ の 攻 撃 で も あ り 、 一 種 の 自 虐 行 為 で も あ っ て 、 こ の 自 虐 と い う 生 の 様 式 0 0 0 0 0 0 0 0 0 に こ そ ニ ー チ ェ を 顕 著 に 特 徴 づ け る 彼 独 特 の 自 己 救 済 あ る い は 自 己 発 展 の 様 式 が 成 立 す る と い う の だ 。 ︵ な お 、 こ の ﹁ 共 苦 ﹂ の 思 想 と の 一 種 自 虐 的 な 関 係 性 は 本 書 に お い て は 、 第 Ⅱ 部 ・ 第 二 章 の 後 半 節 、 ﹁﹃共苦﹄倫理との訣別﹂1、 2、 3の三節において集中的に取り上げる︶ 。 こ の 点 で 、 ザ ロ メ の ニ ー チ ェ 解 釈 は 、 彼 の な か に つ ね に ﹁ 一 つ の 苦 悩 し 調 和 を 欠 い た 本 性 が お の れ の 本 質 と は 反 対 の も の に 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 あ こ が れ る 憧 憬 0 0 0 0 0 0 0 に よ っ て 駆 り 立 て ら れ て い る ﹂ ︵ 傍 点 、 清 ︶ 17 と い う 魂 の 運 動 を 見 る こ と で 一 貫 し て い る 。 こ の 彼 女 の 視 点 は 、 彼 女 だ か ら こ そ 獲 得 し 得 た 、 し か し 、 わ れ わ れ も ま た 共 有 す べ き 、 ニ ー チ ェ 解 読 の 決 定 的 な 方 法 的 指 針 と も い う べ き も の で あ る 。 ︵ 詳 し く は 、 拙 著 ﹃︽ 想 像 的 人 間 ︾ と し て の ニ ー チ ェ ﹄ 第 Ⅰ 部 ﹁ ニ ー チ ェ とザロメ﹂ 、晃洋書房、二〇〇五年︶ *2 ショーペンハウアーの﹃ウパニシャッド﹄受容 シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー は 、 そ も そ も ペ ル シ ャ 語 で 記 述 さ れ て い た ﹃ ウ パ ニ シ ャ ッ ド ﹄ を フ ラ ン ス 人 の デ ュ ペ ロ ン が 一 八 〇 二 年 ラ テ ン 語 に 翻 訳 し た 書 で あ る ﹃ ウ プ カ ネ ッ ト ﹄ を 読 む こ と で 、 ﹃ ウ パ ニ シ ャ ッ ド ﹄ と の 出 会 い を 果 た し た 。 こ の 点 で は 、 彼 のヴ ェ ー ダ 理 解 は 、 ド イ セ ン 、 オ ル テ ン ベ ル ク 等 々 を 筆 頭 と す る 十 九 世 紀 ド イ ツ の 名 だ た る 古 代 イ ン ド 宗 教 思 想 研 究 に 先 立 つ 、 ま さ に そ れ を 導 く 先 行 者 の 位 置 に 立 つ も の で あ る 。﹃ ウ パ ニ シ ャ ッ ド ﹄ は も っ ぱ ら 詩 文 に よ っ て ヴ ェ ー ダ 思 想 を 語 る も の で あ る 。 畏 友 清 島 秀 樹 氏 ︵ 元 、 近 畿 大 学 総 合 社 会 学 部 ・ 学 部 長 。 か つ て イ ン ド の デ リ ー 大 学 に 五 年 間 留 学 し 、 ヴ ェ ー ダ ー ン タ 哲 学 の 専 門 家 で あ り 、 古 代 イ ン ド 文 化 に 関 す る 西 欧 の 研 究 史 に つ い て も 深 い 造 詣 の あ る ︶ は 言 う 。 十 九 世 紀 後 期 の 学 者 た ち の 専 門 研 究 の 蓄 積 以 前 に 、 し か も 理 論 的 文 書 と は い い が た い ﹃ ウ プ カ ネ ッ ト ﹄ を い わ ば ほ と ん ど 唯 一 の 源 泉 と し て 、 シ ャ ン カ ラ に 導 か れ て に せ よ 、 そ こ か ら ま さ に こ の 拙 著 が テ ー マ に 据 え て い る が 如 き 思 索 の 束 を 彼 が 引き出し得たということは驚嘆に値する、と。
第Ⅰ部
テーゼとしてのショーペンハウアー
第一章
シ
ョ
ー
ペ
ン
ハ
ウ
ア
ー
の
立
て
る
究
極
の
問
い
と
回答
︱
彼の仏教的キリスト教論︱
ショーペンハウアーの思想を解説するにあたって、私はまず 彼の思索が行き着く究極の問いとそれへの彼の回答、これを取 り上げたうえで、そこから振り返る仕方で彼の思想の全体的な 在りようを解説するという方法を採ることにしたい。 既に﹁はじめに﹂章で触れたように、彼におけるくだんの 三 0 者 0 ︵ カ ン ト の ﹁ 物 自 体 ﹂・ プ ラ ト ン の ﹁ イ デ ア ﹂・ ヴ ェ ー ダ ー ン タ 哲 学 の ﹁ ブ ラ フ マ ン ︵ 梵 天 ︶﹂ ︶ 同 一 視 0 0 0 の 試 み が 行 き 着 く 先 は イ エ ス と 仏 陀 の 同 一 視 、 い い か え れ ば 、 キ リ ス ト 教 の 仏 教 化 で あ っ た 。 だから、まずこの点から始めよう。 最初に取り上げておきたい問題は、この彼の試みは、従来の キリスト教を 二つの相対立する思想の曖昧な折衷的結合体 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 、す なわち、旧約聖書に凝結する古代ユダヤ教のヤハウエ主義的要 素と、新約聖書のなかに込められたイエス固有の思想とのそれ とみなしたうえで、この折衷的結合を解体し、キリスト教を彼 の理解するイエス固有の思想だけからなるものへと 純化する 0 0 0 0 試 みとして遂行されるという点である。そしてこの試みはイエス の仏陀化として展開するのだ。 この仏陀化は、あとで何度も論ずることになるとはいえ、一 言でいえば、次の三つの認識を確立する試みとなる。 第一に、新約聖書が示すイエスの救済思想の前提は次の観点 であるという認識を。すなわち、人間の抱く﹁生への意志﹂は ﹁個体化の原理﹂によって呪縛された在りようしか手にできず、 それ故、人間の﹁存在の本質﹂には﹁高度なエゴイズム﹂とそ れが必然的に生みだす﹁苦悩﹂がそもそも刻印されており、人 間にはかかる生しか可能ではないこと、またまさしくこれが人間の背負う﹁原罪﹂にほかならないという認識を。 第 二 に 、 次 の 認 識 を 。 す な わ ち 、 大 宇 宙 ︵﹁ 物 自 体 ﹂︶ の 在 り ように目を向けるなら、大宇宙を駆動する﹁物自体の生への意 志﹂は無機的自然から植物的生命と動物的生命の段階を経てま さ に ﹁ 最 高 段 階 ﹂ に 立 つ 人 間 に 至 る ま で の ﹁ 客 体 性 の 諸 段 階 ﹂ を繰り広げるものであるのだが、人間がかの﹁原罪﹂を背負う だけでなく、諸段階のすべてにおいておよそ存在するものはす べ て
︱
﹁ 個 体 的 存 在 ﹂ と 見 ら れ る 限 り は︱
争 闘 の 関 係 を そ の ﹁ 現 象 ﹂ 的 在 り よ う と し て 繰 り 広 げ て い る と 見 ざ る を 得 ず 、 か くて﹁大洋﹂を大宇宙の比喩として用いるならば、大宇宙は人 間 に と っ て ﹁ 苦 海 ﹂・ ﹁ 世 界 苦 ﹂ ︵ 古 代 イ ン ド 宗 教 的 に い え ば ﹁ 輪 廻 ﹂ た る ﹁ 無 常 ﹂︶ と し て 展 開 す る 以 外 に な い 。 人 間 は く だ ん の 己 の ﹁ 人 生 苦 ﹂ ︵ 原 罪 苦 ︶ か ら こ の ﹁ 世 界 苦 ﹂ へ と 投 げ 戻 さ れ もするし、後者は後者で人間を﹁人生苦﹂へと投げ戻す。とこ ろで、人間がこの両者の悪循環の輪から己を解放し、そこから 救済されたいと願うならば、その方法はたった一つ、自らのエ ゴイスティックな﹁生への意志﹂そのものを﹁自己否定﹂して、 宇 宙 大 の ﹁ 諦 念 Resignation ﹂ の 境 地 ・﹁ 寂 静 主 義 Quietismus ﹂ の 境 地 ︵ 同 じ く 古 代 イ ン ド 宗 教 的 に い え ば ﹁ 涅 槃 ﹂・﹁ 捨 離 ﹂︶ に 立 つ ことである。それ以外の他の解決策は一切ない。求められるの は、かかる認識である。 第三の求められる認識とは次のそれである。すなわち、以上 からして、イエスの思想は、実質的には、古代インドのブラフ マ ン 教 Brahmanismus ︵ シ ャ ン カ ラ の 解 釈 し た ヴ ェ ー ダ ー ン タ 哲 学 に 基 づ く 、 ヒ ン ド ゥ ー 教 の 主 流 、﹁ バ ラ モ ン 教 ﹂ と 呼 ば れ る こ と が 多 い 、 清 ︶ な ら び に 仏 教 の 思 想 と 同 一 で あ る と い う 認 識 、 こ れ で ある。 ﹃続編﹄の一節を使えば、こうである。 ﹁キリスト教の最 内奥に潜む核心と精神は、ブラフマン教と仏教のそれと同一で あ る ﹂ 18 、 す な わ ち 、﹁ 生 へ の 意 志 の 否 定 に よ っ て 、 し た が っ て決定的に自然に対立することによって救済に達しうることを 説 く こ の 根 本 真 理 Grundwahrheit ﹂ と 同 一 で あ る 19 、 と の 認 識である。 なお、いましがたおこなった引用にもかかわって、次のこと を注記しておきたい。︱
右 の 引 用 は ﹃ 続 編 ﹄ か ら と 記 し た が 、 シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー は 一 八 一 八 年 ︵ 若 干 三 一 歳 ︶ に ﹃ 意 志 と 表 象 と し て の 世 界 ﹄ 第 一 版 を 出 版 し た 後 、 二 六 年 後 の 一 八 八 四 年 に 第 二 版 を そ の ﹁続編﹂と名づけ出版した。かくて、第一版は﹁正編﹂ 、第二版 は ﹁ 続 編 ﹂ と 称 さ れ る に 至 っ た ︵ な お 知 識 人 界 に お い て 彼 を そ れ ま で の い わ ば 黙 殺 状 態 か ら 救 出 し て 一 躍 時 代 の 脚 光 を 浴 び る 存 在 に し た き っ か け は 、 さ ら に 七 年 後 に 出 版 さ れ た 、 本 来 は こ の 続 編 に 含 ま れ る べ き で あ っ た ﹃ 余 禄 と 補 遺 ﹄ で あ っ た ︶ 。 と こ ろ で 、 こ の ﹁ 続 編 ﹂ ︵ 第 二 版 ︶ は 、 も ち ろ ん そ の 基 本 思 想 に お い て は 正 編 を 継 承するものであり、彼はそこに正編に対する自己批判的注釈をなんらつけ加えてはいない。だが、正編でなされた主張の思想 的含意や伏線となっている文脈をいっそう明確に展開している 点でも、またそれをおこなううえで正編には登場しない様々な テーマ・問題あるいは諸思想・人物への言及に満ちている点で も、また、両著書を繋ぐ二六年の歳月が当然彼の思想に及ぼし た深化を反映している点でも、同書は彼の思索の孕む問題性を 深く理解するうえで欠かすことのできない独立的文献となって い る 。 事 実 、 彼 自 身 が 同 書 に つ い て ﹁ 正 編 を 素 描 だ と す れ ば 、 完成された絵のようなもので、わたしの著作のうち最もすぐれ たものであり、正編自体この続編によってはじめてその重要性 が 明 ら か に な ろ う ﹂ と 同 書 の 出 版 者 に 書 き 送 り 20 、 か つ 刊 行 さ れた同書のなかで、同書は﹁本著作集の最も深刻かつ重要なこ の最終巻﹂と記されるのである 21 。 そ れ 故 本 書 は 、 引 用 、 論 点 紹 介 等 に お い て 基 本 的 に ﹃ 正 編 ﹄ と﹃続編﹄との区別を明示することにする。 旧約聖書批判と仏陀化されたイエス イエスの仏陀化の試みが如何に旧約聖書批判と不離一体のも のであったかを示す幾つかの節を引用しながら、この問題を考 察していこう。 実にショーペンハウアーはこの自分の立ち位置に、当然とは いえ、敏感であった。 彼は﹃意志と表象としての世界﹄の﹃正編﹄においてこう問 い を 出 す 。﹁ 生 へ の 意 志 ﹂ の 自 己 否 定 こ そ が 救 済 へ の 途 で あ る との思想は、一方のキリスト教と、他方の仏教ならびにブラフ マ ン 教 ︵ バ ラ モ ン 教 ︶ に よ っ て 共 有 さ れ て い た 思 想 で あ っ た に もかかわらず、何故前者ではなく、後者でこそ﹁いっそう進ん だ発達をとげ、いっそう決定的な表現を達成するにいたった﹂ 、 その理由はどこにあるか? と。 彼によれば、その理由は、後者にあってはかかる思想が、そ れとは﹁まったく異質な要素﹂によって﹁制限を受けることが なかった﹂ということに﹁主として帰せられるべき﹂だという のだ。ではその要素とは何か? まさにそれが﹁キリスト教に お け る ユ ダ ヤ 教 的 な 教 義 ﹂ ︵ 後 述 す る よ う に ﹃ 続 編 ﹄ や ﹃ 余 禄 ﹄ で は い っ そ う 鮮 明 に 示 さ れ る よ う に 、︽ 人 格 的 創 造 主 神 ヤ ハ ウ エ が 世 界 を無から創造した︾とする根幹の教理たる︶ なのである。いわく、 キリスト教の崇高なる創始者はなかば意識的に、ひょっと するとなかば無意識的にさえ、ユダヤ教の教義論に自分を合 わせなければならなかったし、それに順応しなければならな かったのであった。こうしてキリスト教は 二つのきわめて異 0 0 0 0 0 0 0 0 質的な構成要素 0 0 0 0 0 0 0 zwei sehr heterogenen Bestandtheilen から 組み立てられるにいたったのである 22 。 ︵傍点、清︶
次いで、彼は自分の理解と立場をこう規定する。 この二つの構成要素のうちわたしはとくに 純粋に倫理的な要 0 0 0 0 0 0 0 0 素 0 を、というよりはもっぱらそれだけを、キリスト教的とよ ぶことにして、それをその前からあったユダヤ教の教条主義 jüdishen Dogmatismus から区別したいと思っている。救い をもたらすこの傑出した宗教はいつか見る影もなく衰退して し ま う か も し れ な い と い う こ と が ︵ 中 略 ︶ と く に 、 近 年 、 危 惧 さ れ て い る の で あ る が 、 そ の 理 由 は ︵ 中 略 ︶ こ の 宗 教 が 一 つの単純な要素から成り立っているのではなくて、歴史の偶 然な進行によって結びついたにすぎない 二つの 0 0 0 、 もともと異 0 0 0 0 0 質な要素 0 0 0 0 から成り立っている点にのみ求められることではな いかと思う 23 。 ︵傍点、清︶ また同書の別な個所では、この対立を次の視点から問題にす る。いわく、 旧約聖書は世界と人間とがただ一つの神の作り上げたもので あるとした。ところが新約聖書は、この世の悲惨からの救済 と贖罪は、 ただこの世そのものからしか 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 生じようがないこと を教えようとして、なんとしてもその神が 人間の姿になるよ 0 0 0 0 0 0 0 0 うに 0 0 定めざるを得なかったのであった 24 。 ︵傍点、清︶ *1 この一節もきわめて興味深い。というのも、この一節からだ けではショーペンハウアー自身がどの程度まで﹁無神論﹂者で あったか、それを正確には判定できないが、しかし次のことは 明 確 で あ る か ら だ 。 彼 が ﹁ キ リ ス ト 教 ﹂ を ﹁ 有 神 論 的 宗 教 theistischen Religion ﹂ と 呼 び 。 他 方 仏 教 を ﹁ 無 神 論 的 宗 教 atheistischen Religion ﹂ と 位 置 付 け て い た こ と は 25 。 そ し て 、 彼 が 、﹁ 二 つ の き わ め て 異 質 的 な 構 成 要 素 ﹂ か ら な る ﹁ キ リ ス ト教﹂の﹁とくに純粋な倫理的な要素﹂たる﹁新約聖書﹂部分、 つまりイエスの固有思想を示す部分を、人格神的創造主神ヤハ ウエによる﹁無からの世界創造﹂を説く﹁有神論﹂的立場に立 つ 旧 約 聖 書 部 分 に 対 立 さ せ 、 そ の 救 済 思 想 の 根 幹 に お い て 、 ﹁ 無 神 論 的 宗 教 ﹂ と 彼 が 規 定 す る ブ ラ フ マ ン 教 な ら び に 仏 教 と こそ同一であるとみなしたことは。 ︵参照、本第Ⅰ部、補注1︶ ﹃ 続 編 ﹄ な ら び に ﹃ 余 禄 と 補 遺 ﹄ を 読 む と 、 次 の 二 点 に お い て 、 こ の 両 者 ︵ イ エ ス 思 想 と 、 古 代 イ ン ド 二 宗 教 と の ︶ の ﹁ 無 神 論﹂的同一性が、ショーペンハウアーによって強く確信されて いたことが鮮明となる。 第一点は、新約聖書の語るイエスの﹁霊魂不滅﹂の思想は実 質 的 に は 大 宇 宙 の 永 遠 性 ︵ 始 ま り も 終 わ り も 無 き ︶ を 説 く 古 代 イ ンド二宗教の主張とは両立し得るが、ユダヤ教の﹁無からの世 界創造﹂説とは明らかに矛盾するという彼の判断である。しか も﹃続編﹄は、ピタゴラスやプラトンの思想のインド起源説を
主張した﹃正編﹄第四巻第六四節よりも一歩進んで、イエス思 想それ自体の﹁インド起源説﹂まで主張することになっている のである。 ︵参照、 ﹁はじめに﹂ 、本論文一〇六頁︶ 。いわく、 無 か ら の 創 造 に は 霊 魂 不 滅 説 は 適 合 し な い ︵ 中 略 ︶ 新 約 の キリスト教は霊魂不滅説を有する。なぜならそれはインド 的精神の片鱗を有し、したがってエジプト人の手を経てい るにしてもまずまちがいなくインド起源のものであるから だ 26 。 な お こ こ で 、﹃ 余 禄 と 補 遺 ﹄ の な か の 章 ﹁ 哲 学 史 の た め の 断 章﹂の最終節﹁一四 余の哲学にかんする若干の付言﹂の一つ 手 前 ﹁ 一 三 カ ン ト 哲 学 へ の 二 、三 の 注 解 ﹂ の 終 わ り 近 く に 出 てくるユダヤ教に対する辛辣な批判の骨子、これも紹介してお こう。そこには彼のくだんの﹁物自体の意志﹂の宇宙論が無神 論の立場に立つものであることが、次のような論理を通して明 示されているのだ。
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ま ず 彼 は 、 西 欧 に お け る 古 代 ギ リ シ ャ 以 来 の ﹁ 汎 神 論 ﹂ 的思索の伝統を引き継ぎスピノザが設定した﹁能産的自然﹂と ﹁ 所 産 的 自 然 ﹂ の 両 概 念 と 、 彼 自 身 の く だ ん の ﹁ 物 自 体 ﹂ の 思 想 と を 関 連 づ け 、 端 的 に こ う 述 べ る 。︱
こ の 両 概 念 の 含 意 を 深く理解するならば、 ﹁︽能産的自然すなわち物自体はわれわれ の心情にあっては意志であり、所産的自然すなわち現象はわれ われの頭脳においては表象である︾との大いなる真理に到達す る ﹂ と 27 。 つ ま り 、 裏 返 し に い え ば 、 こ う で あ ろ う 。 彼 の 言 う ﹁ 物 自 体 の 意 志 ﹂ と は 、 お よ そ 如 何 な る 人 格 神 で も な い と こ ろ の、それ故一切の﹁神人同形観の要素﹂を拭い去り、この要素 を完全に払拭できたとはいいかねる﹁汎神論﹂概念の自己矛盾 的 な 弱 点 ︵ ま さ に ま だ ﹁ 神 ﹂ の 概 念 を 引 き ず っ て い る こ と で ︶ す ら 克 服 し て 28 、﹁ ︽ 所 産 的 自 然 ︾ の 諸 現 象 の 背 後 に 不 変 不 滅 の 力 が 秘められているはずで、これあるがゆえに諸現象はつねに更新 され、しかもこの力そのものは諸現象の衰微から影響を受ける ことがない﹂という﹁不死性﹂の真理を表現するために構築さ れ た 概 念 で あ る 、 と 29 。 実 に 彼 は 、﹁ 汎 神 論 と い う の は 無 神 論 の 婉 曲 的 な 表 現 法 に す ぎ な い ﹂ と 指 摘 す る が 30 、 ま さ に こ の 点 で 彼 の ﹁ 物 自 体 の 意 志 ﹂ は 無 神 論 の 率 直 な 主 張 な の だ 。 ︵ も っ と も 、 こ の 概 念 に 込 め ら れ た そ う し た 彼 の 無 神 論 的 意 図 は 明 確 で る と は い え 、 こ の 概 念 自 体 が ま だ ﹁ 擬 人 論 ﹂ の 問 題 性 を 脱 し 切 れ て い な い こ と は 明 白 で あ ろ う 。 そ の こ と も 含 め て 、 こ こ で 問 題 と な る ﹁ 能 産 的 自 然 ﹂ の い わ ば 自 己 生 産 的 = 自 己 生 殖 的 な 根 源 的 自 然 力 を 彼 が ﹁ 物 自 体 の 生 へ の 意 志 ﹂ と 概 念 化 す る と い う 問 題 に つ い て は 、 第 三 章 ・﹁ 存 在 論 的 基 軸 ﹂ 節 で 詳 論 す る 。 な お 、 そ こ で も 指 摘 す る が 、 こ の 問 題 は ハ イ デ ガ ー に も 大 き く か か わ る 。﹁ 絶 対 者 ﹂ を 創 造 主 神 の 如 く ﹁ 擬 人 化 ﹂ す る こ と へ の 拒 絶 と 批 判 は 、 シ ョ ー ペ ン ハ ウ ア ー ︲ ニ ー チ ェ ︲ ハイデガーと継承されてゆく重大なる問題系である︶ 。 なお彼は右の一三節に付けた原注のなかでかの古代インドの 二 宗 教 な ら び に キ リ ス ト 教 ︵﹁ 霊 魂 不 滅 説 ﹂ に よ っ て こ の 二 宗 教 と 通底する︶ を念頭にしながらこう述べている。
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﹁ そ も そ も 宗 教 た る も の の 真 髄 は 、 わ れ わ れ の 本 来 の 存 在がこの生に限られることなく、無限であるとの確信をあた え て く れ る 点 に あ る ﹂ の だ が 、﹁ 本 来 の ユ ダ ヤ 教 は 、 霊 魂 不 死説の痕跡をすらもとどめていない唯一の宗教として、あら ゆる宗教中最も粗野なものである﹂と。そして口をきわめて、 ヤハウエ神が﹁その製作品・玩弄物をじゅうぶん利用しつく し、いじめぬいたあげく、弊履のごとく投げ捨てる﹂残酷な 妬みの神であるか、如何に﹁他民族を征服する際の戦いの雄 叫び﹂しか知らぬ神であるか、を痛罵している 31 。 ま た 同 節 の く だ ん の 箇 所 に は 、 仏 教 に つ い て 、﹁ 信 者 の 圧 倒的な数によって地上の最も重要な宗教である仏教が徹底的 に無神論であることはすべての信頼しうる証言と原典が一致 し て 明 示 し て い る ﹂ と あ り 、 ブ ラ フ マ ン 教 ︵ バ ラ モ ン 教 ︶ の い う ﹁ ブ ラ フ マ ン ﹂ と は ﹁ 神 = 創 造 主 で は な く ︵ 中 略 ︶ 世 界 霊﹂であり、確かにこの霊は﹁ブラフマー﹂と﹁擬人化﹂さ れて呼ばれることになるにせよ、その本質はあくまで﹁諸存 在 の 生 殖 と 発 生 ﹂ 32 、﹁ 宇 宙 生 成 ﹂ を 指 す 点 に あ る 33 、 と 述 べ ている。 第二点は、ショーペンハウアーとっては、くだんのインド二 宗教は、何よりも共に両者が人間と宇宙の 現象的な 0 0 0 0 在りように 対 し て 根 源 的 な ﹁ 悲 観 主 義 P es sim ism us ﹂ を 抱 い て い る と い う点で、彼の解釈するイエスの救済論と深く通底するという点 である。つまり彼によれば、人間は生まれながらに その存在の 0 0 0 0 0 本質において 0 0 0 0 0 0 克服し得ない苦悩・不幸を刻印された存在、生き ることそれ自体が苦悩でしかあり得ない存在であり、だから如 何なる﹁行為﹂による解決策もこの根源的苦悩の解消には役立 た な い と 考 え る 点 で 、 イ エ ス の 救 済 論 と 両 宗 教 は 同 一 な の だ 。 ︵ な お 後 述 す る よ う に 、 私 は こ の ﹁ 行 為 に よ る 解 決 ﹂ の 不 可 能 性 と い う 彼 の 論 点 を 、 ヴ ェ ー バ ー の 問 題 認 識 に リ ン ク さ せ 、 そ の 解 決 策 の 頂 点 と し て ﹁ 現 世 内 ﹂ の ﹁ 政 治 的 お よ び 社 会 的 革 命 ﹂︵ 古 代 ユ ダ ヤ 教 の 掲 げ る ﹁ 宗 教 的 救 済 財 ﹂︶ を も っ て き た と こ ろ で 救 済 は 不 可 能 と い う 論点にまで拡大して、彼の主張を検討する。 ︶ 実にこの点で、彼は新約聖書の掲げる﹁原罪思想﹂を古代イ ン ド 二 宗 教 の ﹁ 輪 廻 ﹂・﹁ 無 常 ﹂ 思 想 と 本 質 的 に 同 一 で あ る と の 解釈視点を取り、返す刀で古代ユダヤ教の創造主信仰を次のよ うに批判するのである。 ﹃続編﹄第四八章にこうある。 まず彼はユダヤ教の﹁人格神﹂たる﹁神による無からの世界 創 造 ﹂ を 説 く ﹁ 創 造 主 ﹂ 神 信 仰 の 核 心 を 、﹁ 神 の 創 り し も の は す べ て よ か り き ﹂ と い う 根 本 思 想 の う ち に 見 る 。 と い う の も 、 この宇宙・世界が、全知全能の正義の化身たる神が﹁無から創造した﹂ものであるならば、なんでそれが悪しき苦悩に満ちた ものであるはずがないという﹁楽観主義 Optimismus ﹂は、く だんの創造主信仰と一つのものだからである。そしてこう述べ る 。 い わ く 、﹁ 新 約 聖 書 に お け る 世 界 否 定 の 傾 向 が ま っ こ う か ら 対 立 す る の が ま さ に こ れ ﹂、 す な わ ち 前 述 の ﹁ 楽 観 的 な 創 造 説を説くユダヤ教﹂の根幹教理なのだ、と 34 。 *2 つまり、ここで先の一節に戻れば、ショーペンハウアーの解 釈 で は 、 新 約 聖 書 が 内 奥 に 潜 め て い る 思 想 は 、﹁ 神 ﹂ な い し ﹁ 絶 対 者 ﹂ を ユ ダ ヤ 教 の 如 き 人 格 神 的 な 創 造 主 神 で は な く 非 人 格 的 な 宇 宙 神