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非自発的失業と企業における
組織非効率の存在
小 佐 野 広 1 イントロダクション 近年,ケインズ経済学の有効性が問題にされるとともに,ケインズ経済学の ミクロ的基礎の構築という問題が大きくクローズ・アヅプされることになっ た。そのためのアブPt 一一チとして,不均衡理論等が展開されてきたわけである が,労働市場において発生する失業を説明するために,1970年初頭以来開発さ れてきた理論モデルもこの流れに属するとみてよいであろう。これらの理論モ デルの特微は,不確実性に直面する企業・労働者の合理的行動の結果として失 業の発生を説明しようとしている点に求められる。 Azariadis〔3〕, Baily〔4〕, Gordon〔6〕等によって導入された暗黙の労 1) 働契約理論もそのような理論モデルの一つである。彼らによって,労働者の危 険回避的行動が企業の雇用政策にどのような影響を及ぼすかが分析され,レジ ャーの効用が存在するか,もしくは,失業保険が存在する時には不完全雇用契 約が最適になる可能性があることが示された。しかしながら,Negishi〔17〕, Akerlof and Miyazaki〔1〕が示したように, Azariadis−Bailyタイプの暗黙の 労働契約モデルで発生する失業は自発的失業に類するものであり,新古典派的 競売買労働市場で失業が生じないならば,最適な暗黙の労働契約は完全雇用契 約になるという問題点も存在していた。 1) その他のタイプのモデルとしては,Mortensen〔16〕, Salop〔21〕, LipPman and ]McCall〔15〕等の職探し理論(Job Search Theory), Oi〔18〕, Parsons〔20〕等の固 定費用モデルがある。92 彦根論叢 第2!8号 この点に留意して,Grossman and Hart〔7〕は,労働者の限界生産性を企 業側は観察できるが労働者の方は観察できないような状況を想定して,その状 況では企業側にモラル・ハザード(moral hazard)行動が生じる可能性がある ことを指摘した。そして,そのような情報の非対称性を克服するための方策と う して賃金が雇用量の関数となるような労働契約が提示される場合には,もし, 企業の側に危険回避的選好が存在するならば,暗黙の労働契約によって生じる 雇用変動は新古典派的競売買労働市場で生じる雇用変動よりも大きくなること を証明した。この理由は,どの状態が生じているかということを労働者が識別 できないために,賃金による危険分担(risk sharing)が実行できず,それゆ え,企業が危険回避的に行動する時には,雇用水準を変動させることによっ て,そのリスクを企業から労働者に転移させるより他に手段がないことによる ものである。これに対して,Chan and Ioannides〔5〕は労働者の労働時間 (もしくは労働投入量)を企業の生産三教に企業の労働者雇用数とは独立な変 数として組み込むことによって,失業保険やレジャーの効用が存在しない状況 下においてもレイオフが生じうることを示した。 本稿の目的は,これら二つの先行論文とは異なり,企業が労働者の労働努力 を観察するのにモニタリング費用が必要とされるような状況下においても,新 古典派的競売買労働市場モデルでは説明することのできない失業部分,すなわ ち,非自発的失業に相当する部分が暗黙の労働契約モデルから生じることを示 すことにある。労働者に対するモニタリングの問題に関しては,すでに企業組 織論の分野で理論的蓄積がある。たとえば,Alchian and Demsetz〔2〕をま, 共同生産過程で各メンバーのインプヅトの生産力の測定が不完全にしかできな い場合には,各メンバーの生産性とその報酬とを関連させることが困難になる ために各メンバーが怠業する可能性が生じると考えた。そして,そのような各 メンバーの怠業の可能性を回避するための認知・監視システムとして階層的権 限組織である企業組織が成立することになると主張したのである。しかし,階 2) このようなタイプの労働契約はHall and Lilien〔8〕, Holmstrom〔9〕等におい ても取り扱われている。
非自発的失業と企業における組織非効率の存在 93 層的企業組織が形成されたとしても,その組織内部では依然として労働者に対 するモニタリングの問題が残存することになる。このような企業組織内部のモ ニタリング問題から生じる企業の非効率性はLeibenstein〔13〕〔14〕によりX 3) 非効率性とよばれているものと関連していると考えられる。 以下では,第2節において,暗黙の労働契約モデルと一モニタリング・モデル の双方を統合したモデルを提示し,第3節において,そのモデルから導びかれ る最適契約の形状を明らかにする。そして,不完全雇用契約が企業にとって最 適になるための条件を明らかにすることによって,労働者の労働努力に関する モニタリング費用の存在と暗黙の労働契約理論とを組み合わせれば,非自発的 失業に対応する部分の存在が示されることを明らかにする。最後の第4節は, 残された問題と拡張の方向を論じることにあてたい。 豆 モ デ ル 企業は生産物市場で危険中立的な競争企業として行動するものと仮定する。 生産物市場には価格不確実性があり,状態∫が生じる時の価格水準はρ(∫)に なるものとする。状態∫の生起する確率は企業にも労働者にも知られており, σ(のという値をとるものとする。状態sのとりうる値が1からSまであるも ヨ のとすると,Σσ(s) ・・1,σ(s)>0が成立することになる。企業の生産関数は おちエ 労働力のみに依存するものとし,∫(N)で表わすことにする。Nは労働効率単 位ではかられており,ノソ>0,f’〈0,]Ci(0)=Oと仮定する。 nだけの労働者を 労働強度eで働かせるならば,N=6・nとなることに注意すべきである。 労働者はvon Neuma皿一Morgenstern効用関数U(α,の= u(α)+v(のをも の つものとする。ここで,aは所得, eは労働強度を表わしている。 u(a)は〔0, +。・〕の区間で定義され,有限であり,かつ,tt「>0,π”〈0であるものとす 3)その他にも,Williamson〔23〕のいう組織の失敗(Organizationa1 failure)という 問題とも関連すると思われる。 4)ここでは,加法的な効用関数を前提としている。しかし,本稿で示される結果は非 分離的効用関数を前提としても成立する。
94 彦根論叢i 第218回 る。労働者が選択することのできる労働強度はe=O,e・=1>0の2種類あるも のとし,v(0)>v(1)であると仮定する。労働者は期待効用を最大化するよう に8を選択するものとする。 企業と労働者の間で結ばれるどんな労働契約も事前に締結され,その内容は 事後的に変えることができないものとしよう。この仮定をおく結果,企業は事 後的契約により労働者を雇えず,労働者は事前契約を結んだ企業の内部にしか 事後的雇i用機会をもたないことになる。それゆえ,企業がしだけの数の労働者 と事前に雇用契約を結ぶならば,しがその企業の雇える最大の労働者数を表わ すことになる。 労働者による労働強度の選択と企業のモニタリング活動との関係については 以下のような想定をおく。すなわち,状態∫の実現後に雇用されているなら ゆぼ,労働者は企業に供給すべき’労働強度を選択することになるわけであるが, 蛍働者の供給するこの労働投入量を企業が観察するにはモニタリング費用がか のかるものとする。本稿では,nだけの労働者を雇用している時,その中のg(0 ≦g≦1)の割合だけの労働者の労働投入量を観察するのに企業が必要とするモ わ ニタリング費用をC(n,のと表わすことにする。ここで,C(n,g)は, n≧0 と1≧g≧0の範囲で定義され,∂C/∂n=Cl>0,∂C/∂q==C2>0であり,関数 C(n,のe:・nとqの陽関数になっているものと仮定する。また,企業がどの労 働者をモニターするかということに関してはランダムな選択がおこなわれるも のとし,e=・Oを選択した労働者は企業に発見された時には解雇されるか,もし くは,その賃金水準が0になるような労働契約が結ぼれるものとする。 賃金水準がwの時にはe=1を選択した労働者の効用はπ(w)+v(1)になる。 一方,e=Oを選択した労働者の期待効用については,企業のモニタリング・ システムに関して想定した先ほどの仮定に注意し,さらに,労働者が事後的就 5)雇用されなかった労働者は事後的就業機会をもたないので,常にe=0である。 6)労働者の労働投入量を費用をかけてモニターする代わりに,企業の生産高水準を使 って間接的にモニター一しょうとする試みは注9の理由により不可能である。 7) このようなモニタリング・システムについては奥野〔19〕も参照せよ。
非自発的失業と企業における組織非効率の存:在 95 業機会をもたないと想定したことに気をつけれぽ,q{u(の+w(0)}+(1−g)・ {顔切+η(0)}という形で表わされることになる。ここで,ろは労働者に対す る失業保険給付水準を表わしている。したがって,労働者がその期待効用水準 を最大化するべく行動するなら, u(w)+v(1)≧q{u(の十w(0)}+(1−q){u(w)+v(0)}, であればe=1を選択する一方, za(w)+w(1)<q{u(の+w(0)}+(1−9){u(w)+v(0)}, お ならばe・Oを選択することになる。以下では, u(切+wの=g{u(ろ)+w(0)}+(1−q){u(w) +v(0)}, (1) となるwをWてのと表わけことにする。 H(w) =u(w) +w(1)一q{u(b)+v(0)}一(1−q){u(w)+w(0)}, とおけば, H’(w)=qu’(w)>0, となり,H(W)は”の狭義単調増加関数となるから,労働者はW≧砺(g)な らばe=1を選択し,wくW(のならばe=Oを選択することになる。 状態3において,賃金水準がW(S),モニタリング率がq(S),雇用労働者数 がn(S)となるような労働契約で労働プール水準がしであるようなものをLC (w(s),g(s), n(s);L)と記すことにしよう。LC(w(s), q(s), n(s);L)が与 えられる時,状態3における企業の利益H(のは次のようになる。すなわち, W(S)≧W(g(S))ならば,すべての労働者がe=1を選択するので, n(s)=P(s)f(1・n(s))一n(s)w(s)一C(n(s),9(s)), となり,w(のく罪(q(5))ならば,すべての労働者はe=0を選択するので, n(s)=一(1−g(5))n(s)w(5)一C(n(s),q(5))≦0, . となる。それゆえ,f’(0)=+。・, C,(0,0)=+・・, C2(0,0)=+・・を仮定すれ 8)等号成立の時にはe・=1を選択するものと仮定する。 9)企業のアウトプット水準から労働者の供給した平均的ts eの水準を推測することも 可能である。しかし,ここでは集合的生産関数を考えているので各個人の生産への貢 献度は把握できず,したがって,企業のアウトプット水準を使って労働契約を結ぶこ とはできない。
96 彦根論叢第218号 ば,企業は必ずW(S)≧W(g(S))となるようにW(S)とq(S)を選択し,労働 者は必ずe=1を供給することになる。したがって,同質的な労働者からなる 労働市場を仮定すれば,e=Oを選択する労働者が出現するというような事態 は避けられることになるわけである。 以上の考察から,労働契約LC(w(s),q(s),n(s);L)が与えられれば, w(s)≧ W(g(S)〉となるような形で企業はその政策変数W(の,q(S)を選択し,労働者 の側は状態5で雇用される限り,e =1を供給することがわかった。また,その 労働契約下で得られる労働者の期待効用は, 急〔n(s) (u (w (s))+ゆ)+五ヂ)@(・)+・(・))}④・ という形で表わされることになるわけである。労働者はこの経済の他のところ で労働契約を受け入れることにより,γ*だけの期待効用を得られるものとす る。その時,労働市場が競争的ならば,企業は以下で定式化するような最大値 問題の解となるような労働契約を労働者に対して提示することになる。すなわ ち, MaxΣ〔p(s)f(1・n(5))一w(5)n(5)一C(9(∫),n(s))〕σ(の, 5−1 sub.彦。 L−n(5)≧0, ∫=1,…,5, s Σ@(s)(u(w(5))+w(の) ∫=1 +(乙一n(5))(u(の+v(0))σ(5)一L・Y*≧0, 紙5)一Wて9(∫))≧0, 5=1,…,5, (2) 〈3) (4) (5) の解w(s),q(s), n(s)(s=1,…,S), しが最適な労働契約を表わすことにな る。ここで,(3)式は状態5における労働雇用量:n(のが労働プールLを越えな いということを示す制約条件であり,(4)式は労働者の;期待効用を常にV*以上 に保証しなければならないということを表わす制約条件である。 以下では,価格ρ(S)の散らばりの範囲や効用関数:σおよび生産関数!に適 10) V*の決定の内生化を試みたモデルとしては.Homma and Osano〔!0〕〔!1〕等を 参照せよ。
非自発的失業と企業における組織非効率の存在 97 切な仮定をおき,また,
V*>z‘ (b) 十w(O), (6)
が成立すると仮定することによって,(2)∼(5)の最大値問題の解が顧∫)>0, n(の>0,L>0となるような範囲に存在するケースのみを考察することにした いQ 皿 最適契約の形状と非自発的失業 (2)∼㈲の最大値問題の解になるための必要条件はクーソ・タッカー(Kuhn− Tucker)条件で与えられ,それは次のような形で表わされる。 一n(5)+μ2・n(5)u’@(5))十μ3(5)=0, s=1,…,S, 一q(9(s),n(s))一μ3(∫)W(9(s))=0, s==1,…,S, ♪(s)1・.fT(1・n(の)一w(s)一。,(q(5),n(5))一μi(s) +μ2{u(w(s))+v(の一u(b)一一v(0)}=0, s・= 1,…,S, Σμ1(s)σ(s)+μ2(u(の+v(0)一V*)=0, s・#1 μ且(s)(五一ノz(∫))=0, 5=1,・・。,5, ・・{毒、〔n(s)(聯))+・σ))+(ゐ一痴))(・伽(・))〕・③ 一L咋α μ、(s)@(∫)一W(q(5)))=0, 5=1,…,SF (7) (8) (9) (10) (11)⑳紛
Gα
ここで,Ptt(s),μ2,μ3(s)は,それぞれ,(3)(4) (5)式の制約条件にかかる非負の 乗数である。 (7)(8>式から, p,u,(w(s))=1+一II’?iiii,()qwa’),in((,s)))), s==1,…,s, gdi となる。(14式から,必ずしもすべての∫に対して,W(S)は一定にならないこ とがわかる。すなわち,Azariadis〔3〕, Baily〔4〕の固定賃金契約の優越性 (fixed wage dominance)という命題は,モニタリング費用が存在する場合に は必ずしも成立しないことが示される。98 彦根論叢第218号 次に,レイオフ政策を伴なうような契約(L>n(5)となるような5が少なく とも一つ存在するような契約)が最適契約となるのはどのような条件が成立す るケースであるかを明らかにすることにしよう。まず,労働契約LC(w(s), q(S),n(S);L)の中で実行可能な完全雇用契約のクラスに属するものを17LC (Wf(s), qf(s);Lf)と表わすことにする。ここで,完全雇用契約とよぼれる契 約は,どの状態5に対してもし=n(S)が成立しているようなものとして定義さ れる。そして,FLC(Wf(s), qf(の;Lf)に属する契約の中で企業にとって最適 なものをFLC(噂(s),好(の;踏)で表わすことにする。 FLC(τ醇(s), gY(s); 跨)は,(2)∼(5)式の最大値問題において,どの状態5においてもし=n(s)が成 立するという付帯条件をつけ加えた時に得られる解であるから,FLC(噂(S), の(S);L労)になるための必要条件もターン・タッカー条件で与えられ,次のよ うな形で表わされることになる。 一五ノ十Pt 2fLfU’(Wf(の)十μ3/(s)=0, s=1,…,5, 一Cl(qf(s),Lf)一μ3ノ(s) W’(qf(の)=0, 5=1,…,5, ヨ Σ{P(・)llf’(1・L!)一Wf(・)一。,(qf(・),五ア)}・(・)=o, s−1 ・適、ゆ・(・))・①畷)一幅α μ3∫(s)(Wf(∫)一Wて9ノ(s)))=O, ∫=1,…,S. ここで,μ2アとμ3ノ(s)は非負の乗数である。
励︵qの
α向いα
鋤εウU向μ
このFLC(Wf (S) , 9i (S);Lf)を使うと, L>n(s)となるような状態5が少 なくとも1つ存在するような不完全雇用契約が企業にとって最適になるための 十分条件を得ることができ,それは次の定理によって示される。 〔定理1〕 次の条件が成立する時,不完全雇用契約が最適となる。その条件とは,あ る状態5に対して,次の不等式が成立することである。すなわち, lt・(s)lfV(1・L李)一跡(s)一C,(の(s),Lサ)〈一 非自発的失業と企業における組織非効率の存在 99 u(wY(s))+v(1)一u(b)一w(O) u’(wf(s)) ut i C, (q ,X (s) , L#)w) (s)) ・Lf ・ W’ (qXs)){瑠¢))一・・(1)一u(b)・一・(・)}・⑳ 〔証明〕 ㈲式が成立するような状態5が存在するものと仮定しよう。もし,・FLC(醇 (s),gf(s);Lf)が②∼㈲式の最大値問題の最適解になるならば, w(s)=wf(の, q(S)=・gf(の,延の=跨,五属酵とおいたものが(7)∼㈱式を満たす必要がある。 その時,(7×8)(9)式から, p(s) lf’ (l o Ltt) 一wV’ (s) 一C, (gf (s) , Lf) +th,.ve(,)){u(w’fk(s))+w(1)一u(b)一v(o)} +。t(瀦笠嬬殉5爾¢))+・(1)・一・(b)一・(・)}≧・・ がすべての鋳こついて成立しなければならない。しかしながら,これは(20)式と 矛盾する。ゆえに,⑳式が成立する状態sが存在すれば,FLC(wf(s),鱒(s); 跨)は(2)∼(5)式の最大値問題の最適解になりえず,したがって,不完全雇用契 約が最適になる。 (Q.E. D.) モニタリング費用が存在しない状況下(C@,g)が恒等的に0になる状況下) では,企業にとっては常にg(5)=1とするのが最適となる。そして,この時に は,不完全雇用契約が最適になるための必要十分条件として次の条件が得られ る。 〔定理2〕 労働者の労働投入量を観察するのにモニタリング費用が必要とされないな らば,次の条件が成立する時,そして,その時にのみ,不完全雇用契約が最 適となる。その条件とは,ある状態5について次の不等式が成立することで ある。すなわち, u(醇(s))+wの一u(b)一w(0) P(s)lf’(1・Lf)一zves(s)〈一 (2D u’(鱒(s))
100 彦根論叢 第218号 〔証明〕 Azariadis〔3〕をみよ。 (Q. E. D.) 定理1と異なり,この場合に不完全雇用契約が最適になるための必要十分条 件が得られるのは,C(q,n)≡0ならば,ターン・タッカー条件は最適解になる ための必要十分条件と一致するからである。 定理2と効用関数uの凹性(concavity)を利用すれば,次の系が得られる。 〔系2−1〕 労働者の労働投入量を観察するのにモニタリング費用が必要とされないな らば,次の条件が成立する時,完全雇用契約が最適となる。その条件とは, すべてのSに対して, u(p (s) ・1・jC’ (1・Lf)) )!u(b) +w(O) 一v(1), C22) が成立することである。 〔証明〕 定理2の対偶をとると次のことがいえる。すなわち,モニタリング費用が存 在しない時に完全雇用契約が最適となるのは,すべてのSに対して, p(s)lf,(1・Lv)一wf(,)}il一[i!S(E!{LiLg22.;7w}il(sglEg.1一=wuWes(S))tVit12(i)u)(b)一v(O), が成立する時であり,そして,その時のみである。 ところで,u”<0あることから, u(p(s)・1・.f’(1・Lf))一u(wf(s)) <u’(跡(s)){P(s)ILf’(1・Lf)一酵(s)}, が成立する。⑳式から, P(・)ILf・(1・Lll)一期)>u(P(s).空鋸デπ(醐)・ 11)詳しくは,Kagawa and Kuga〔12〕をみよ。 (23) (2aj (25)
非自発的失業と企業における組織非効率の存在 10! であることがわかり,それゆえ幽㈲式が成立していれば,㈱式が成立すること が証明される。それゆえ,幽式は完全雇用契約が最適契約になるための十分条 件になる。 (Q. E. D.) ガ1をuの逆関数とし, u(の十w(0)一w(1)=K, とおけば,旧式は,
p(s) lf’ (L;) >u−i (K), (26)
と変形される。㈱式左辺は完全雇用水準ではかった労働の限界生産力水準を示 し,㊧式右辺は失業労働者の効用水準Kと同一の効用水準をもたらす賃金水 準,いわゆる保留賃金水準(reservation wage levei)を表わす。それゆえ,モ ニタリング費用が存在しない時には,系2−1から,完全雇用水準ではかった 労働の限界生産力水準が保留賃金水準より高い限り,完全雇用契約が常に最適 になることが示される。いいかえれば,不完全雇用契約が最:適になるケースで は,完全雇用水準に対応する労働投入:量が投下された場合に得られる労働の限 界生産力水準は保留賃金水準よりも低くなることが示されるのである。このこ とは通常の新古典派的な競売買労働市場モデルにおいても示されていることで あり,その結果,Negishi〔17〕, Akerlof and Miyazaki〔1〕は暗黙の労働契 約理論によって説明される失業は非自発的失業というよりはむしろ自発的失業 に近いカテゴリーに属するものであると論じることになった。実際,Azariadis タイプの暗黙の労働契約モデルでは,新古典派的競売買労働市場モデルにおい てよりも,失業の発生する確率はより低くなる。これは,このタイプのモデル では,レイオフした労働者に対して企業がレイオフ手当を支払うことができな いようなモデルになっているからで,もし,レイオフ手当を支払うことが許さ れるならば,Sargent〔22〕が示したように,暗黙の労働契約モデルから生じ る雇用変動と新古典派的競売買労働市場モデルから生じる雇用変動とは一致す ることが明らかにされている。102 彦根論叢 第2!8号 以上の議論はモニタリング費用が存在しない状況を仮定したものであった が,それでは,モニタリング費用が存在する状況下で生じる失業はどのような 性格をもつものであろうか。モニタリング費用が存在する場合には,完全雇用 水準時の労働の限界生産力水準は, p(s) lf’ (1 ・ L#) 一 C, (q#(s) , L#) , となる。それゆえ,⑳式左辺は⑳式左辺と本質的には同じものである。⑳式と (?1)式とを根本的に分かつのは⑳式右辺第2項の存在である。 ⑳式右辺第2項の符号を決めるために,以下では,まず,W!(9巽(s))の符号 を調べよう。W(のは(1)式を満たすwであることに注意すれば, q・u(W(g))=q・u(b)+v(O)一v(1). それゆえ, vv(q)...一i(一g:’!!SE22.±li;Y2一::.YIE2一”(b)+V(O)MW(1)). (27) ⑳式の両辺をqで微分すれば,
IVt(・)一一(u一・)’”(oデの・ (28)
w(0)>v(1)であることと,(u一ユ)’; 喜>0であることに注意すれば,㈱式か ら, vv’(q)〈o, であることがわかる。一方,FLC(縛(s).嫉(s)∫Lf)は(4)式を満たしているか ら,u(wf (s)) +v(1) 211; V“. (29)
㈲⑳式から,u(xvf(s))+v(1)一u(b)一w(O)>O, (30)
が成立することになる。㈹式と,W’(q)<0, Ci(g, n)>0, uf>0とから,⑳式右辺第2項
一ゆ焉1饗燃③)・{・(鱒(s))一・一・(1)一・(・)一・(・)}・ の符号は正となることがわかる。それゆえ,モニタリング費用が存在する場合非自発的失業と企業における組織非効率の存在 103 には,完全雇用水準時の労働の限界生産性 P(s)げ(1・L季)一C2(q季(s),瑳), が 噂③+u(wll(s))器誘(b)一w(o)・ を越える場合でも失業が発生する可能性が生じてくるわけである。したがっ て,モニタリング費用が存在する場合には,系2−1の議論は必ずしも妥当せ ず,完全雇用時の労働の限界生産性が労働者の保留賃金水準を越えるような時 でも不完全雇用契約が最適になる可能性がありえるわけである。しかしなが ら,モニタリング費用が存在するケースでも,C,(g, n) =0の場合には,この ような議論は成立しないことにも注意すべきである。すなわち, C(g, n) iiEC(n) , となって,モニタリング費用がモニタリング強度qに依存せず,雇用労働者数 nのみに依存する時には,上の議論は成立しえないのである。 結局,以上の議論は次の命題にまとめられることになる。 〔命題〕 C,(g.n)>0ならば,暗黙の労働契約理論によって生じる失業部分の中に 新古典派的競売買労働市場モデルによっては説明のできない種類の失業,す なわち,非自発的失業が存在する可能性がある。 IV 結 び 本稿では,労働者は同質的なものであると仮定してきた。それゆえ,モニタ リング費用をうまく調整することにより,すべての労働者に労働することを選 択させることが企業にとって可能になった。しかしながら,労働者の集団に異 質性が存在する場合には,このような政策をとることは必ずしも可能でなくな り,企業がモニタリング政策をどう機能させても,労働することを選択しない ような労働者が出現する可能がある。その結果企業のモニタリング政策により 解雇されるような労働者が存在する可能性が生じ,企業の側でもそのような労
104 彦根論叢i 第218号 働者をどのようにして識別するかというスクリーニング(screening)の問題が 生じる。このような場合に,労働市場における均衡をどのようにして定式化す るかというのが一つの興味ある問題となる。 第2に,本稿では,モニタリング費用の存在と.不完全雇用契約の関係につい て議論したが,企業のモニタリング・システムの効率性の程度の変化が企業の 雇用政策に及ぼす影響については分析しなかった。しかしながら,この問題は 企業の組織効率性の程度の変化が企業の雇用政策にどのような影響を与えるか という問題を調べるのに必要な作業であり,今後の研究課題になると考えられ る。 REFERENCES 1. Akerlof, G. A. and Miyazaki, H. “The lmplicit Labor Contract Theory of Un− employment meets the Wage Bill Argument” Rewtezv of Economic Stzadzes, Vol. 47 (1980), pp. 32!−338. 2. Alchian, A. A. and Demsetz, H. “Production, lnformation Costs, and Economic Organization” American Economic Rewiezv, Vol. 62 (1972), pp. 777−795. 3.Azariadis, C.‘‘lmplicit Contracts and Underemployment Equilibria”Journa9げ Political Economy, Vol. 83 (1975), pp. !183−1202. 4,Baily, M. N.“Wages and Employment under Uncertain Delnand”Reviexvげ Economic Studies, Vol. 41 (!974), pp. 37−50. 5. Chan, K. S. and loannides, Y. S. “Layoff Unemployment, Risk Shifting, and Productivity” Quartary Journal of Economics, Vol. 97 (!982), pp. 213−229. 6. Gordon, D. F. “A Neo−ciassical Theory of Keynesian Unemployment” Economic Jnguiry, Vol, 12 (1974), pp. 431−459. 7. Grossman, S. J. and Hart, O. D. “lmplicit Contracts, Moral Hazard, and Unemp− loyment” AEA Papers and Proceedings, vol. 71 (!981), pp. 301一一307. 8. Hall, R. E. and Lilien, D. M, ‘“Efficient Wage Bargains under Uncertain Supply and Demand” American Economic Rewiew, Vol. 69 (1979), pp. 868−879. 9. Holmstrom, B. “Contractual Models of the Labor Market” AEA papers and Proceedings, Vol. 71 (!981), pp. 308−313. 10. Homma, M. and H. Osano “The Structural Stability of an lmplicit Contract System in a Multi−Sector Economy,” mimeo. 1982. 11, 一. “The lncidence .of the Unemployment lnsurance Benifits,” mimeo. 1982.
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