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民族紛争について探究させる中学校社会科単元開発研究 : 小単元「民族の対立と民族意識-なぜボスニア紛争は起きたのか?-」の教授書開発を事例として

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(1)

社会

系教科教育学会

『社会

系教科教

育学研究』第20

号 2008

(pp.161-170)

民族紛争について探究させる中学校社会科単元開発研究

小単元

「民族の

対立と民族意識

−なぜボスニア紛争は起きたのか?

−」

の教授書開発

を事例

として−

Developing a Junior High School Social Studies Lesson Unit Concerning Ethnic Conflict:

On the Basis of

Awareness,

“Why did the ethnic conflict happen

a Tentative Lesson Plan about Ethnic Antagonism and Ethnocentric

n Bosnia and Herzegovina?

I。問題の所在

本研究は

,ボスニア紛争を事例

して取

り上げ

,民族同士の対立が紛争に至った原因を探究

せた

うえで

,共存のための

民族意識の

り方を考

えさせることを目指

したものである

現在

,世界各地で民族の違

いを原因と

した紛争

が起

こっているが

,中等社会

系教科の

この問題に

ついての教科書記述は

,国内に住む異なった

民族

同士の対立が激化

し紛争が発生

したという程度の

事実に留まっている

しか

し,このような説明で

,なぜ

民族対立が起

こったのか

,本当に人は

族が違

うという理由だけで殺

し合うほ

ど仲が悪

なるのか

といった

,民族紛争が起

こった原因やそ

の背景まで生徒に探究

させる

ことできないし

,異

なる民族が

一緒に住めば対立は避けられず,紛争

解決のためには分離

して暮

らす

しかないと彼らは

考えるようになるか

しれ

ない

。これ

では民族紛

争解決のための見通

しを持たせるどころか

,それ

について考

えさせることもできないだろう

そこで

,本研究では

,以上の

ような問題を解決

るために

,生徒に民族紛争の

原因を自ら探究

,そもそもの対立の原因にまで遡って説明でき

るように

した

うえで解決へ

向けての見通

しを持た

ることを目的と

した

中学校社会科の

単元開発

行った

。本単元では,具体

的事例

して,

1990

代に起こったボスニア紛争を事例

して扱

うこと

した

。ボス

ニア紛争は

,何の問題もなく平和に

共存

していたムス

リム

,ク

ロアチア人,セル

ア人

という三民族があるきっか

けか

ら独

をめ

ぐっ

て争い始め

,世界中が注

目するほど大規模な民族

紛争に発展

していった歴史的事件である。その後

佐 

藤 

育 

(岡

県西

粟倉

立西

中学

1995

年には和

平が成立

,現在では

三民族の住み

分けがな

され内戦は終結

している

。生徒にとって

はな

じみの薄

い地域の出来事

では

あるが

,冷戦後

世界の注

目を最も集めた

民族紛争であり

,発生か

ら解決までの

プロセス

を客観

的に捉えさせたうえ

で現状を冷静に評価できる最適の事例であるとい

える

本研究においては

,中学校社会科歴史的分野の

内容

(6)

−イ匚

高度経済成長以降の

日本

と世界

または公

民的分野の内容

(4)

−ア匚

世界平和と

人類の福祉の増大

」で実践する

ことを想定して単

元開発

を行った

。中学校学習指導要領に示された

これ

らの項目では

,基本的には

日本社会の学習が

中心であり

,日本が直接関係

しない民族紛争が取

り上げられる

ことはない

。しか

し,学習指導要領

が求めている煽動や地域紛争を防止

し平和

を確立

するために日本政府が

果たすべき役割

を考

えさせ

るためには

,本研究が

目指

して

いるようなそもそ

民族

同士がなぜ対立

,争うのか

ということに

ついての認識形成は不可欠であろう1

.本研究で

,実際には公民的分野で実験授業を行い,開発

単元の妥協性

と有効欧

を検証

している

。民族

問題

習の

究の視

と授

業構

民族間

に発

した

題の

習は

,その

を紛

争発

までの

プロセス

どの

段階

に遡

って探

う視

点に

よっ

て分

でき

。紛争

までの

プロセ

,異

る民

同士の①

関係の

→②

対立の

→③

争の

生と

う。す

,①

民族

同士

に対

関係が

し,②

その

立か

ら何

らか

因に

って激

しくな

り,

(2)

特定の

事件

をきっか

けに

して紛争へと発展

した

と考えられるの

である

。この

三つの段階の

どこに

視点,

をおいて探究させ

るかによって

,民族紛争

探究

させる授

業は

,①紛争

当事者間の関係

を明ら

かにす

る授業

,②紛争の原因の構造を明らかにす

る授業

,③

紛争の

きっか

けとなった事件の原因を

明らか

にす

る授

業に類別

され

よう

。こ

こでは

,ユー

ゴスラヴ

ィア

を教材

して取

り上げ

,民族問題を

学習す

る授業を開発

した児玉康弘氏

,宮兼和公子

,森才三氏の先行研究

を分析

し,それ

ぞれの授

業構成の特徴を明らかに

してい

一の

紛争

当事者間の関係

を明らかにする授

に類別

され

るのは

,児玉康弘氏の厂

ユー

ゴス

ラヴィ

アの建国

」2

である。児玉氏の授業は,厂

なぜ,

(今日

,解体

し,血み

どろの内戦を展開するほ

仲が

悪いのに)

1918

年に

,セルボ

・ク

ロアー

ト・

ロヴ

ーヌ王国

(旧ユー

ゴスラヴィア

)は建

され

たのだ

ろう?

と問い,第一次世界

大戦中に

政治的問題の解決や領土拡大

,危機

回避の

なか

で,

様々な考

えの

民族主義者が妥協

して

,王国が成立

していったことを理解

させる授

業となっている

旧ユ

ゴスラヴィア

を構成

していた民族間の関係

を明らかに

して,民族対立の背景を把握

させる授

業である。

二の紛争の原因の構造

を明らかにする授

業と

して類別され

る宮兼和公子氏の匚

地域紛争一国家

を分裂

させるもの

ー」3

は,ボスニア紛争を取

上げて

,民族対立に

よって国家が分裂する原因を

考えさせている

。授

業では

,ボス

ニア独立の際に

セル

ビア

人が少数派に転落するということをきっ

かけとして民族意識が高まったことで対立が激化

した

ことを理解

させ

ている

。民族対立を政治的な

側面か

ら探究

させることで

,原因を構造的に把握

せる授業となっていると言

える

三の紛争の

きっか

けとなった事件の原因を明

らかにする授業である森才三氏の匚

ボスニア紛争

と国際世論の形成

」4

では

,紛争発生の裏にはメ

ディア

操作が

あったということを探究させ

ている

授業では

,ボス

ニア紛争時に

劣勢に立だ

され

てム

リム

人勢

力が

,マスメディア

を利用

して世論

形成

,国際社会

を味方に

つけて

いった事例か

ら,

メディアの

力の大き

さ,時にその

力を利用す

るた

めに情報が操作

されている場合があることを考え

させている

。メディアと政治の関係に関す

る社会

科学的な理論に

よって

,ボス

ニア紛争が激

した

理由を説明させる授業となっている

以上の

三つのタイプの授

業構成は

,民族紛争の

探究の視点

を発

生プロセスの

どの段階にお

くかに

よって類別

され

ているが

,第

一や第二のタイ

プが

その時代や社会の構造を把握させ

,それによって

事象の原因を説明させ

ているのに対

して

,第三の

タイ

プは

,紛争のきっかけとなった事象の発生状

を社会科学の成果である普遍的な理論によって

説明させている

。民族紛争解決への見通

しを持つ

ためには

,その

背景となっている時代や社会の構

造の把握は必要ではあるが

,それ

らを解決策へ

直接結び

つけることは困難である

。本研究

では,

中学生にも

,紛争発生の要因をどうすれ

ば排除で

きるか

を考えさせ

ることに

よって

,問題解決への

見通

しを持たせてやることをね

らいと

して

,第三

のタイ

プの授

業構成に基づいて単元開発

を行った

また

,本研究は

,対立激化のきっかけとなったメ

ディアの働きに注

目させた森氏開発の授

業に対

,メディアを利用

した側

である権

力者

とメディ

アとの関係に原

因探究の

力点をおいた

。そ

して,

力者によって人々の

民族意識が

どの

ように利用

され

立が激化

,民族意識の持つ負の

したか

を捉えさせ

エネルギーに

ることに

した

よって対

。小単元

「民族の対立

と民族意識−ボスニア紛

争は

なぜ起きたのか

−」教材

化の視

.民族概念の捉

え方と単元の

目標設定

本研究の単元開発に

おいて目標設定の際に鍵

なるのは

,国民そ

して民族という概念である。こ

こでは

,ベネディク

ト・アンダー

ソンやアーネス

・ゲルナーの

して捉えさせ

論に基づき,両者を相対的なもの

ことを前提

して

目標

設定

を行

国民とは

,ベネディク

ト・アンダー

ソンが

「イメ

ージとして心に描かれた政治共同体であ

ヱと述べているように,主権国家において国

境の内部の

人間

を共同体

として想像

したものであ

。また

民族は

,アーネス

ト・ゲルナーが厂

人間

を分類する自然で神与の仕方と

しての

民族,ずつ

(3)

と遅れ

てや

ってきたが生得の政治的運命と

しての

民族

,それは神話である」と述べ

ているように

主権

国家の考

え方に基づいて想像

された

国境内部

の人間によって構成され

る共同体である

。また

民族も

,アーネス

ト・ゲルナーが

「 ̄

人間を分類

する自然で神与の仕方としての

民族

,ず

っと遅れ

てやってきたが

生得の政治的運命と

しての民族

それは神話である

」6

と述べているように,人間

を分類する手段

として

,そもそも存在

していた枠

組み

とは言

えない

したがって,民族に

しても

国民に

しても

,人々が生まれ

る前から決定され

いるものでは

なく

,生活する中で形作られ

ていく

ものであ

,時代や社会の状況の中で変化

してい

く相対的なものなの

である

。民族紛争は

,このよ

うな相対的な性格の

民族や国民と

しての意識

を絶

対的なものと

,対立が不可避であるかの

ごとく

認識

されることで発生

していると考えられ

よう

以上の

ような前提にたって

,本研究にお

いては

東欧史研究の専門家である柴宣弘氏の論

を中心に

教材研究

を行

った

。ボス

ニア紛争の原

因は,柴氏

よれ

ば,以下の

ように四点に整理する

ことがで

きる

一に

民族

義的

政治

家に

る扇

,第

にク

ロア

内戦

と同様

,マス

ィア

る民族

主義

プロパ

ガン

,第

三にユー

外の

民族

主義グ

ルー

プの

影響

,第

民族

を正

とす

る国

際世

ある7

一の原因は

,具体的には,ユー

ゴでは

,東欧

の社会

主義政権の

崩壊に伴って,

1990

年か

ら各共

和国で複

数政党制による自由選挙が実施

され

,民

族主義的な政党が躍進す

るようになったことに始

まる

。ボス

ニア

でも

,セル

ビア大

,ク

ロアチア大

ムス

リム

人の各

民族

主義的な政党が誕生

,それ

らの

政党によって

,各民族の構成員の

民族主義的

な考え方が煽

られ

ていったの

である

。この

点に関

しては

,千田善氏も,匚

民族が違うか

らといって

自動的に戦争が起

こるの

ではない

」と述べた

うえ

,戦争では

,匚

だれ

だれが

この

ように

あおった,

だれ

だれがこの

ように

民族主義を利用

した

,だれ

だれ

がこのように軍隊の

準備

をしろと命令

した

だれがどこで戦争を始め

ろと命令

した

というの

がわかるはずだ

。」8

と指摘

し,柴氏同様に,ユー

ゴスラヴ

ィア紛争で民族主義が

利用され

たことを

重視

している。

第二の原因は

,第一の原因に付随するものであ

るが

,各

民族

主義政党が

,政治戦略と

して,マス

メディア

を使って人々の

民族主義的考

えを煽った

ということである

。マスメディアの

プロパ

ガンダ

に関

しては

,橋

本晃氏も匚

戦争努

力を遂行する政

・軍は

,自軍に有利なもの

,敵方の失帽こ

つな

がるものは徹底的に宣伝

,逆に自らに不利なも

,失点とな

りうるものは可能な限

り伏せ

ようと

する」9

と述べ

,戦争時にマスメディアが効果的

に利用

される

ことを指摘

している

以上のような国内要因の他に

,第三の理由と

て挙げられ

ているように

民族主義的な考え方は

内外の

民族主義グル

プによっても煽られ

た。例

えば

,ボスニアの隣国ク

ロアチアでは,独立の際

にそれ

に反対す

るセル

ビア大が「

クライナ

・セル

ビア大共和国」を建ててお

,これに連動す

る形

でボスニアのセル

ビア大は1992

一月初句に匚

ニア

・ヘルツェゴヴ

ィナ

・セル

ビア大共和国」

を創設

した

。また

,内戦が始まると,セル

ビア共

和国はセル

ビア大勢

力へ

,ク

ロアチア共和国はク

ロアチア大勢

力へ援助

を行ってお

,このような

動きも

民族主義の高揚に影響

している

このように

してボスニア外においても民族主義

が煽

られ

,それ

が匚

民族浄化」という形で表れ

たといえるが

,柴氏は

国際社会の

対応の仕方のま

ずさも紛争の泥沼化に

つながっていった

と指摘

ている

Cや国連は

,民族構成の複雑なボスニ

アにおいて安易に

民族自決の原則に基づいてボス

ニアの独

立を承認

したので

,セル

ビア大は危機感

を増

,他

民族に対する攻撃を強めた。また,世

界のメディアがセル

ビア人の

民族浄化を報道する

中で

,セル

ビア大は悪者であ

り,民族独立

を阻害

するセル

ビア共和

国の

ミロシ

ェヴ

ィッチ大統領は

「 ̄

悪の権化」であるかの

ようにとらえられた

。そ

れが

Oの介入という結果に至ったの

である

また

,柴氏は,これか

らの

民族意識の

あり方に

関し匚

に対する共通の帰属意識を明確にすることに

民族や宗教だけではなく

,例

えば居住地域

り,

(4)

帰属意識の

多重化を生み出

,民族や宗教に対す

る意識を相対化する必要があろう

」lO

と述べてい

。これ

は,民族問題を解決

していくためには,

自分たちの

帰属意識

を複数持ち

,民族意識

を相対

化す

る必要が

ある

ということを意味

している

。ユー

ゴスラヴィアが崩壊する前は

,例

えば厂

ムス

リム

」匚

セル

ビア人」であるが匚

同じユー

ゴスラヴィ

アに住む

」というように考

え,複

数の帰属意識

元に共存がで

きて

いた

しか

し,ユー

ゴスラ

ヴィ

崩壊後は

,そのように考

えることが

できなくな

り単

一の帰属意識にこだわ

った結果

,紛争が発生

して

しまったといえる

。柴氏の論に従うな

らば,

今後

,匚

ムス

リム

人」匚

セル

ビア人」であるが,

じボスニアに住む人

」というように考えてい

くことが

できるか否かが問題解決の鍵となるとい

えるのではなかろうか

以上の

ように

,ボスニア内戦は

,政治家やマス

メディア

,国内外の民族主義グルー

プの影響でボ

ニアの

人々の

民族主義が煽

られ

しまった結果

として匚

民族浄化

」という政策が

とられる

くらい

激化

,それ

に民族主義

を正義とする国際世論に

基づく国際社会の対応が拍車をか

けて長期化

して

いった

と考えられるの

である

。柴氏は

,民族が違

うか

ら必然的に紛争になった

とは考

えておらず

民族が政治的に利用

されたと述べ

,民族概念の相

対性を前提と

してボス

ニア紛争の原

因を分析

して

いる

。その前提は

,民族

問題解決の際にも必要で

ある

。すなわち,自らの帰属意識を特定の

民族の

に求めるのでは

なく

,多重化

していかなければ

らないの

である

。本研究では

,民族紛争の原因

については

,柴氏の挙げた四つの原

囚の

うち第一

と第二のもの

を核として

,国内に存在

した

民族主

を主張す

る権

力者

と国民の

民族意識の

変化か

説明

,その解決策については

,柴氏の

,帰属意

識の

多重化の考え方を取

り上げて到達

目標

を設定

することに

した。

2。単元の構成

民族紛争の原因を探究

させ

るためには

,以下の

ような授業構成が考

えられ

。まず第一の段階で

,事実の確認

をする

。そ

して,第二の段階では

民族対立が起

こった理由を理解

し,それが紛争に

発展

した原因を探究

していく

。そ

して,最後の段

階では

,これま

での授

業内容

を踏ま

え,問題の解

決策

を考

える

とい

う授

業構成である

。これに

り,

生徒が

民族

対立か

ら紛争に発展

した原因を説

さらに紛争解決の方法を考えていけるようになる

ことを保障する。

そこで

,本開発単元は

,第一の段階では

,ボス

ニア紛争の

きっか

けとなったユ

ゴスラヴ

ィアの

解体に

ついて理解

,紛争前のユー

ゴの

状況

を確

認す

。第二の段階では

,なぜボス

ニアでは

民族

を理由とした紛争が起

こったのか

,ボス

ニアで三

民族が

対立

し紛争に至った原因を探究する

。そ

,最後の段階では

,第三時では

,これ

からボス

ニアは

どうした

らうま

くいくのか

,民族

以外に帰

属意識を求め

ている事例か

ら考えていくことで授

業を終

了する。

IV.

「民族の対立

と民族意識−ボスニア紛争はな

ぜ起

きたのか

?」の単元開発

1.単元の展開

単元は

,三時間か

ら構成

され

ている

。ここでは,

単元の

中心となっている第二時と第三時の教授書

を提示する

まず

,第一時では

,なぜ

。 −ゴスラヴィア

いう国か解体

したのか

,現在そこは

どうい

う状況

にあるのか理解

させ

。その

ことを踏まえ,第二

時では

,なぜボスニア

では

民族を理由と

した紛争

が起

こったのか探究させる

。授業では,独立の際

民投票

をきっか

けと

して

三民族が

対立

して

いっ

ことを事例

して検討す

ることを提案

,宗教

が違

うだけで見た

目も言語もほぼ同

じ人々が

,な

民族で分かれ対立

,殺

し合うほ

ど仲が悪

くな

るのかと問い

,民族紛争の原

因を探究させる。そ

こで

,この三民族

を生徒に身近な三県の

県民に置

き換

,ほ

とん

ど違いのない三県民が,も

し仲違

いを

し紛争にまで発展すると

した

,そこには

ようなきっか

けが考

えられ

るだろうか

と課題

提案する

。ボスニアの

三民族の違いを捉えさせる

には

,見た

目や言語も大きくは変わ

らない日本

内の

県民性の

違いか

ら連想させることが有効とで

あると判断

,この

ような課題を設定

した

。この

課題に取

り組ませ

,そもそも大きな違いのない県

(5)

民性に基づく県民意識も

,誰かがマス

コミなどを

使

って効果的に煽

っていくことで違

いが強調され

いの心に憎悪が生まれ

,対立するようになるか

しれ

ないことに気付かせた

いと考

えた

。最後に

再びその状況

をボスニアの三民族に置き換

,政

治家に

よる民族主義の煽動とマス

メディアの

プロ

パガンダが

民族対立

を激化させたことをま

とめ

授業を終

了する。

第三時では

,どうした

らこれか

らボスニアは

くいくか考えさせる

。最初に

,現在もボスニア

では国と

して統

一されていない現状

を把握

し,民

族融合の取

り組みとしてF.

Kクリロというボス

ニアで三民族混合のサ

ッカ

チーム

が作

られたこ

とを事例

を検討することを提案

,なぜク

リロの

メンバ

は民族

を越

えて同

じサ

ッカー

チーム

レーす

ることができたのか考えさせ

Oこの事例

の検討で

『セル

ビア人』

『ボスニャ

ック

人』とい

う意識では

なく

,同じチーム

で同

じサ

ッカー

をす

るチ

ーム

メイ

トという意識が芽生えたか

ら民族

越えて仲

良くする

ことができたこと確認

,自分

は厂

○○のメンバ

である」というような帰属意

識を

,民族や宗教の

ように

一つのものに求めるの

でな

「ボス

ニャ

ック人であ

り,ク

リロのメン

である」

とい

うよ

うに複

数に求める

ことに

よっ

,民族に対する意識は相対化され

る」というこ

とを理解

させる

。終結では

,これ

までの学習

をふ

え厂

これか

らボスニアの人々の

関係。

はどうなっ

ていくのだろう?

」と問い,ボス

ニアで紛争が再

び起

こらず

民族が共生

していくためには

,これま

で通

べきか考えさせて単元は終結する。

り住み分けを続けるべきか

,三民族が融和す

2。小単

「民族の

と民族

−ボス

ニア

紛争

なぜ起

きたの

」の教

書試

(1)単

元 

「ユ

ゴス

ラヴ

ィア

の解

とボス

ニア

争」

(2)単

元の

一時 

なぜユー

ゴス

ィアは

解体

したの

う?

二時 

なぜボ

ニア

民族

を理

した紛

争が

ったの

ろう

三時 

した

これ

らの

ニア

うま

くい

くの

ろう

(3)至ll

目標

(A

・B

・Cは概

的知

り,

cは

それ

く解

.政

家は

,支

持者

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(6)

(4) 単 元 の 展 開

第 二 時  な ぜ , ボ ス ニ ア で は民 族 を 理 由 と し た 紛 争 が 起 こ っ た の だ ろ う ?

学習過程

発問

教授学習活 動

資料

獲 得 さ せ た い 知 識

導 入 r ̄丶 探 究 課 題 の 設 定 丶_y ・ 資 料 に は 何 か 書 か れ て い る だ ろ う ? ・ 彼 の 仲 間 や 同 じ 村 に 住 む 人 は な ぜ 殺 さ れ た の だ ろ う ? ・ な ぜ 匚ム ス リ ム 人 で あ る 」 と い う 理 由 で 殺 さ れ た の だ ろ う ? ・ 「 昨 日 セ ル ビ ア 人 が 七 人 殺 さ れ た 。 今 日 は モ ス レ ム 人 を 七 〇 人 殺 す 」 と セ ル ビ ア 人 兵 士 は 言 っ て い る が , 彼 ら の 目 的 は 何 だ っ た の だ ろ う ? ・ そ の よ う な こ と は 可 能 だ ろ う か ? そ の た め に は ど の よ う に す れ ば い い だ ろ う か ? ・ な ぜ 匚民 族 浄 化 」 は 行 わ れ た の だ ろ う ? T 二発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P 二答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 説 明 す る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 説 明 す る T : 発 問 す る P : 予 想 す る ① ・1992 年 当 時 ボ ス ニ ア ・ ヘ ル ツ ェ ゴ ヴ ィ ナ の サ ン キ ス ・ モ ス ト 市 周 辺 の 小 村 に 住 ん で い た24 歳 の ム ス リ ム人 で あ る ベ キ ッ チ の 法 廷 で の 証 言 。 ボ ス ニ ア 戦 争 中 に セ ル ビ ア 人 兵 士 が 村 を 襲 い , 人 々 を 殺 し た 話 と そ れ に ま つ わ る ベ キ ッ チ の 体 験 談 が 晝 か れ て い る 。 ・ ム ス リ ム 人 だ っ た か ら。 ・ ボ ス ニ ア 内 戦 で セ ル ビ ア 人 と ム ス リ ム 人 は 対 立 し て い た か ら 。 ・ ボ ス ニ ア 内 を 自 分 の民 族 だ け に し よ う と 考 え て い た。 ・ 自 分 と 違 う 民 族 の 人 々 を 国 か ら 追 い 出 し た り , 応 じ な い と き は 殺 す な ど の 方 法 を と れ ば 可 能 で あ る 。 ・ そ の ほ か に 敵 対 す る 民 族 を 強 制 収 容 所 に 入 れ た り , レ イ プ す る こ と で , 自 分 と 同 じ 民 族 の 子 ど も を 生 ま せ る な ど の 方 法 も と ら れ た 。 こ の よ う な 民 族 一 元 化 計 画 = 匚民 族 浄 化 」 を 行 っ て い っ た 。 ・ ( 前 回 の 最 後 に 晝 い た も の も 含 め , 予 想 を 発 表 す る ) 展 開 1 r ̄丶 紛 争 の 背 景 の 理 解 丶_/ ・ ボ ス ニ ア に は 主 に ど の よ う な 民 族 が 住 ん で い た の だ ろ う ? ・ 彼 ら は い つ 頃 か ら 仲 が 悪 く な っ た の だ ろ う ? ・ そ の 頃 ボ ス ニ ア を 取 り 巻 く 情 勢 は ど の よ う だ っ た の だ ろ う ? ・ ユ ー ゴ ス ラ ヴ イ ア 連 邦 内 で 様 々 な 共 和 国 が 独 立 し て い く な か , ボ ス ニ ア で は そ の よ う な 動 き は で な か っ た の だ ろ う か ? ・ 残 り の38 % は ど の よ う な 人 々 だ っ た の だ ろ う ? ・ 彼 ら は な ぜ 独 立 に 反 対 し た の だ ろ う か ? ・ 不 利 に な る と は ど う い う こ と だ ろ う ? ・ セ ル ビ ア 人 は 独 立 に 反 対 し て ど う し た の だ ろ う ? T 二発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 説 明 す る T : 発 問 す る P : 答 え る ② ③ ④ ・ ボ ス ニ ア の 民 族 構 成 は, 1991 年 で セ ル ビ ア 大31%, ク ロ ア チ ア 大17%, ム ス リ ム人44 % で あ り , こ れ ら の 民 族 が 混 住 し て い た 。 ・1992 年 頃 か ら 仲 が 惡 く な り 紛 争 に ま で 至 っ て い る 。 ・1990 年 ス ロ ベ ニ ア を 皮 切 り に , 六 共 和 国 で 順 次 , 戦 後 初 め て の 複 数 政 党 制 に よ る 自 由 選 挙 が 実 施 さ れ , ほ と ん ど の 国 で 民 族 主 義 的 傾 向 の 強 い 政 党 が 勝 利 し て い た 。 そ の 後 , ス ロ ベ ニ ア , ク ロ ア チ ア な ど が ユ ー ゴ 連 邦 か ら 独 立 し て い る 。 ・ ボ ス ニ ア で も 独 立 し よ う と い う 動 き が 出 て き て , ボ ス ニ ア ・ ヘ ル ツ ェ ゴ ヴ イ ナ 共 和 国 の 独 立 の 賛 否 を 問 う 住 民 投 票 で は 有 権 者 の62 % が 独 立 に 賛 成 し た 。 こ れ は 投 票 者 数 の99 % に 当 た る 。 ・ ボ ス ニ ア 国 内 に 住 む セ ル ビ ア 大 だ っ た 。 ・ ユ ー ゴ ス ラ ヴ イ ア の 中 で は多 数 派 民 族 で あ る が , も し ユ ー ゴ か ら 独 立 し て し ま っ た ら , 国 内 で 二 番 目 の 地 位 に な り , 不 利 に な る と 思 っ た か ら ユ ー ゴ 内 に と ど ま る こ とを 望 ん だ 。 ・ セ ル ビ ア 大 が 国 内 の 少 数 民 族 に な っ て し ま っ た ら , 多 数 派 民 族 の 発 言 権 が 増 し , セ ル ビ ア 大 に 不 利 な 政 策 が と ら れ て し ま う か も し れ な い 。 ・ ボ ス ニ ア の モ ス リ ム 大 は , セ ル ビ ア 大 に 比 べ , 一 般 に 教 育 レ ベ ル が 高 く, そ の た め に 多 く の 要 職 を 占 め て い た 。 そ の こ と が セ ル ビ ア 人 の ね た み を 買 っ て い た 。 旧 ユ ー ゴ 時 代 は ポ ス ト 配 分 と 民 族 の 構 成 比 に は 神 経 質 な ほ ど 注 意 が 払 わ れ て い た が , ボ ス ニ ア が 独 立 す れ ば , こ の よ う な''良 き 伝 皆' は 失 わ れ , 多 数 を 占 め る モ ス レ ム 大 に 牛 耳 ら れ る と セ ル ビ ア 大 は 考 え て い た の で 独 立 に は 反 対 だ っ た 。 ・92 年 一 月 初 旬 に 厂ボ ス ニ ア ・ ヘ ル ツ ェ ゴ ヴ イ ナ ・ セ ル ビ ア 大 共 和 国」 を 建 国 し 独 立 に 反 対 し た 。 そ れ に よ り , 独 立 に 反 対 す る セ ル ビ ア 大 と 賛 成 す る ム ス リ ム 大 ク ロ ア チ ア 人 が 衝 突 す る こ と と な っ て い っ た 。

(7)

の展

・ な ぜ セ ル ビ ア 人 は そ の よ う な 共 和 国 を 建 て た の だ ろ う か ? T : 発 問 す る P : 答 え る ・1991 年 9 月 , ク ロ ア チ ア 共 和 国 が 独 立 す る 際 に , 独 立 に 反 対 し た ク ロ ア チ ア 内 の セ ル ビ ア 大 が 匚ク ラ イ ナ ・ セ ル ビ ア 大 自 治 区 」 を 創 設 し て い る 。 ボ ス ニ ア 内 の セ ル ビ ア 大 は 他 国 の セ ル ビ ア 人 の 民 族 主 義 グ ル ー プ の 影 響 を 受 け て お り , こ れ に 連 動 す る 形 で ボ ス ニ ア 内 の セ ル ビ ア 大 も 「 ボ ス ニ ア ・ ヘ ル ツ ェ ゴ ヴ イ ナ ・ セ ル ビ ア 大 共 和 国 」 を 建 国 し た。 展 開 2 /"'丶 紛 争 の 要 因 と し て の 民 族 概 念 の 探 究 ・ そ の 後 三 民 族 は ど う な っ た の だ ろ う か ? ・ し か し , 本 当 に こ の よ う に は っ き り と 民 族 で ま と ま る こ と が で き る の だ ろ う か ? ・ 紛 争 が 始 ま る 前 か ら 三 民 族 は 分 か れ て 生 活 し て い た の だ ろ う か ? ・ ボ ス ニ ア に 住 む 民 族 を 分 け る も の は 何 だ ろ う か ? ○ グ ル ー プ に 分 か れ て , 以 下 の シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 学 習 に 取 り 組 ま せ る。 ① 三 つ の 県 民 の 違 い は ど の よ う な と こ だ ろ う か 。 ② そ の 違 い は , 対 立 を 生 む よ う な も の だ ろ う か ? ③ 現 状 で は , そ れ ら の 三 県 民 は ど の よ う な 関 係 に あ る か 。 ④ ど う す れ ば , 三 県 民 が 対 立 す る よ う に な る だ ろ う か 。 誰 が , ど の よ う な 方 法 で と い う 視 点 か ら 考 え て み よ う 。 ⑤ 三 県 民 の 対 立 が , 紛 争 に ま で 発 展 す る と し た ら , ど の よ う な き っ か け が 必 要 か 。 ⑥ 現 状 を ふ ま え る と , ④ や ⑤ の よ う な こ と が 起 こ り え る だ ろ う か 。 ・ こ の こ と は , ボ ス ニ ア の 三 民 族 に 置 き 換 え て 説 明 す る こ と は で き な い だ ろ う か ? ・ そ れ だ け で 民 族 同 士 は 殺 し あ う ほ ど 仲 が 悪 く な る だ ろ う か ? ・ な ぜ , ュ ー ゴ で は , 民 族 対 立 を 理 由 に 紛 争 が お こ っ た の だ ろ う か ? T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 班 で 考 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 補 足 す る T : 発 問 す る P 二答 え る T : 説 明 す る ⑤ ⑥ ⑦ ・ 独 立 に 反 対 す る セ ル ビ ア 大 と 独 立 を 目 指 す ム ス リ ム , ク ロ ア チ ア 人 勢 力 と の 凄 惨 な 内 戦 が 生 じ た 。 最 初 は ム ス リ ム 大 と ク ロ ア チ ア 大 は 手 を 組 ん で い た が , や が て 両 者 も 対 立 し , 三 つ 巴 の 紛 争 と な っ て い っ た 。 ・ 三 つ の 民 族 に 分 か れ て 紛 争 を し て い る の だ か ら で き る の で は な い か 。 ・ 三 民 族 は そ れ ぞ れ の 生 活 習 慣 の 違 い を 認 め て う ま く 混 住 し て い た 。 モ ス ト 市 で は , ス タ リ ・ モ ス ト と い う 橋 を 挟 ん で 東 岸 に ム ス リ ム 大 が 西 岸 に ク ロ ア チ ア 大 が 多 く 住 ん で お り 両 者 は 橋 を 往 来 し て 交 流 し て い た 。 橋 は1 556 年 の 落 成 以 来 三 民 族 か ら 大 切 に さ れ て お り , 多 民 族 社 会 の 象 徴 的 存 在 で も あ っ た 。 ・ 方 言 , 地 域 の 風 習 な ど ・ 自 分 と は 違 う 文 化 に 違 和 感 は 感 じ る か も し れ な い 。 ・ 対 立 を 生 む よ う な 違 い で は な い の で は な い か 。 ・ 対 立 す る よ う な こ と は な く お 互 い 仲 良 く 暮 ら し て い る 。 ・ 互 い の 県 に 行 き 来 し た り , 岡 山 県 の 大 が 兵 庫 県 で 暮 ら し た り し て い る 。 ・ あ る 県 の 偉 い 大 が 自 分 た ち の 邪 魔 を す る 相 手 の 県 民 と 戦 う よ う に い う 。 ・ 相 手 の 県 民 の イ メ ー ジ を 落 と す こ と を い う 。 ま た は, そ の 県 の 大 が 大 量 に 殺 さ れ た り し た ら 仲 が 悪 く な る の で は な い か ? ・ テ レ ビ や 新 聞 な ど を 使 っ て ,「 撃 だ な け れ ば 撃 た れ る 」 「 ○ ○ 県 人 は 大 殺 し だ 」 と い う よ う に 他 の 県 民 へ の 憎 悪 と恐 怖 の 感 情 を 煽 る。 ・ 起 こ ら な い と 思 う 。 お 互 い を そ こ ま で 憎 み あ う よ う に す る 理 由 が な い 。 ・ 仲 が 悪 く な る こ と で 得 す る 大 は い な い 。 ・ で き る。 ボ ス ニ ア で 民 族 を 分 け る も の と 三 県 民 を 分 け る も の の 差 は ほ と ん ど か わ り は な い 。 ・ 実 際 に, ボ ス ニ ア で は, そ れ ぞ れ の 民 族 が , マ ス メ デ ィ ア の プ ロ パ ガ ン ダ , 政 治 指 導 者 の 政 治 戦 略 , 当 局 に よ る 恐 怖 心 の 扇 動 と 身 近 な 人 の 逮 捕 な ど に よ り , 匚撃 た な け れ ば 撃 た れ る 」 匚○ ○ 大 は 大 殺 し だ 」 と い う よ う に 他 の 民 族 へ の 憎 悪 と恐 怖 心 を 煽 っ た 。 ・ な ら な い 。 し か し , 当 時 の ユ ー ゴ は 経 済 危 機 の 状 況 に あ り , 経 済 危 機 を た だ ち に 打 開 で き る 展 望 が な い こ と も あ り , 国 民 の 不 満 が 民 族 主 義 へ と 流 れ て い た の で , 人 々 は そ れ ら の 感 情 を 受 け 入 れ た と い え る。 ・ そ れ ま で 民 族 を あ ま り 意 識 せ ず 混 住 し て い た が , 他 国 が 独 立 し て い く な か , ボ ス ニ ア で も 民 族 主 義 に 目 覚 め て く る よ う に な っ た 。 政 治 家 の 扇 動 や マ ス メ デ ィ ア の プ ロ パ ガ ン ダ に よ り 他 民 族 へ の 憎 悪 の 感 情 と 恐 怖 心 が 煽 ら れ , 経 済 危 機 か ら く る 国 民 の 不 満 は 民 族 主 義 へ と 流 れ て い き , そ れ が 「 民 族 浄 化 」 と い う 形 で 現 れ た 。

説に終

・ 最 初 の 資 料 に お い て , セ ル ビ ア 人 兵 士 は , な ぜ 「 昨 日 セ ル ビ ア 人 が フ 人 殺 さ れ た 。 今 日 は モ ス レ ム 人 を70 人 殺 す。 」 と 言 っ た の か , 今 日 の 学 習 を 踏 ま え て , そ の 理 由 を 書 き ま し よ う 。 T : 発 問 す る P : ま と め る ・ こ れ ま で の 学 習 を 踏 ま え , ワ ー ク シ ー ト に 自 分 の 考 え を 晝 く

(8)

第三 時

どう し たら こ れから のボ スニ アはうま くいく だろう ?

学習過程

発問

教授学習活 動

資料

獲 得 さ せ た い 知 識

導 入 m 探 究 課 題 の 設 定 W ・ 三 民 族 は 戦 後 領 土 内 に ど の よ う に し て 住 ん で い た の だ ろ う ? ・ 国 家 と し て の 一 体 感 は あ っ た の だ ろ う か ? ・ ボ ス ニ ア は , こ れ か ら ボ ス ニ ア = ヘ ル ツ ェ ゴ ヴ イ ナ と し て ま と ま っ て い く の だ ろ う か ? そ れ と も こ の ま ま 民 族 ご と の 住 み 分 け が 続 く の だ ろ う か ? ・ こ の よ う な 状 況 の 中 で 民 族 の 融 和 を 目 指 し た 試 み を み て い こ う 。 T 二発 問 す る P : 答 え る T : 説 明 す る T : 発 問 す る P 二予 想 す る T : 提 案 す る

・ ボ ス ニ ア 領 内 を 匚セ ル ビ ア 人 共 和 国 」 と 厂ボ ス ニ ア 連 邦 」 と い う 二 つ の エ ン テ イ テ イ ー ( 準 国 家 ) に 区 分 し , そ れ ぞ れ の 民 族 が 住 み 分 け て い た。 ・ 民 族 ご と に ま と ま り , 国 家 と し て の 一 体 感 は な か っ た 。 単 一 の ボ ス ニ ア = ヘ ル ツ ェ ゴ ヴ イ ナ を 築 く た め に 中 央 政 府 が 作 ら れ た が , 民 族 や 宗 教 の 境 界 を 越 え た 政 党 は 大 き な 力 を 持 つ に は 至 っ て い な い 。 ま た , ボ ス ニ ア 連 邦 と 「 セ ル ビ ア 人 共 和 国 」 で は 使 用 通 貨 は 異 な っ て い る し , ヒ ト や モ ノ の 自 由 な 移 動 も 阻 ま れ て い る 状 況 で あ る と い え る 。 ( こ れ か ら の ボ ス ニ ア を 予 想 さ せ る ) 展 開 1 r ̄丶 帰 属 意 識 の 多 重 化 の 事 例 研 究 丶_j ・ 彼 ら は 誰 ? 何 の 集 ま り だ ろ う ? ・ ど う い う 人 々 が 集 ま っ て い る の だ ろ う ? ・ 三 民 族 は 戦 争 後 仲 良 く し て い た の だ ろ う か ? ・ な ぜ 彼 ら は , 民 族 を 越 え て サ ッ カ ー が で き た の だ ろ う か ? ・ 民 族 ご と で 固 ま っ て い る ボ ス ニ ア 内 で RK ク リ ロ を 作 ろ う と し た 森 田 太 郎 氏 の 目 的 は 何 だ っ た の だ ろ う ? ・ そ の 試 み は ど の よ う に し て は じ め ら れ た の だ ろ う ? ・ そ の 後 森 田 氏 は ど う し た の だ ろ う ? ・ ボ ス ニ ア 側 で や る こ と に な っ て , セ ル ビ ア 人 の 子 ど も は ど の よ う な 反 応 を し た の だ ろ う ? ・ セ ル ビ ア の 子 と 一 緒 に サ ッ カ ー を や る こ と に な っ て , ボ ス ニ ヤ ッ ク 人 は ど う 感 じ た だ ろ う ? ・ な ぜ セ デ ィ ン は セ ル ビ ア 大 を 怖 い と 思 っ た の だ ろ う ? ・ セ デ ィ ン の 心 境 は ど の よ う に 変 化 し た の だ ろ う ? ・ そ の 後 , 両 民 族 で サ ッ カ ー 交 流 す る こ と は う ま く い っ た の だ ろ う か ? ・ そ の よ う な 「 民 族 と 民 族 の 壁 」 を 越 え る き っ か け と な っ た の は 何 だ っ た の だ ろ う ? T : 発 問 す る P : 答 え る T 二発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 予 想 す る T : 説 明 す る T : 説 明 す る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P 二答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T 二発 問 す る P : 答 え る ⑨ ⑩ ⑥ ・F.K グ リ コ と い う ボ ス ニ ア ・ ヘ ル ツ ェ ゴ ヴ ィ ナ に あ る 少 年 サ ッ カ ー チ ー ム の メ ン バ ー で あ る 。 ・ ボ ス ニ ヤ ッ ク 人 ( ム ス リ ム 大 ), ク ロ ア チ ア 大 , セ ル ビ ァ 人 の 三 民 族 の 子 ど も た ち で 構 成 さ れ て い る。 ・ し て い な い 。 戦 前 の 対 立 か ら 民 族 間 の 交 流 は あ ま り な い 。 互 い の 民 族 に 対 す る 憎 悪 の 感 情 も残 っ て い る は ず 。 ・ ( 予 想 さ せ る ) ・ ボ ス ニ ア民 族 の 融 和 を は か る た め に, 三 民 族 混 成 の サ ッ カ ー チ ー ム を 作 っ て 試 合 を す る こ と を 目 的 と し て い た。 サ ッ カ ー を 通 し て 三 民 族 の交 流 を 図 り , 信 頼 関 係 を 築 こ う と し て い た。 ・ 最 初 は , 自 分 の ボ ラ ン テ ィ ア 事 務 所 に 来 て い た セ ル ビ ァ 人 の 子 ど も と セ ル ビ ア 大 共 和 国 内 の ヴ ォ イ コ ヴ ィ ッ チ で サ ッ カ ー を す る こ と か ら は じ め た 。 同 時 に , ボ ス ニ ァ 連 邦 の イ リ ジ ヤ で10 人 の ボ ス ニ ヤ ッ ク 人 と も サ ッ カ ーを す る よ う に な っ た 。 ・ 両 地 域 の 子 ど も に よ る 合 同 練 習 を や ろ う と し た 。 最 初 は イ リ ジ ヤ の ジ ェ リ ィ ズ ニ ツ ア川 河 川 敷 で や る こ と に し た 。 ・ 緊 張 し た 顔 一 つ 見 せ ず い つ も と 同 じ だ っ た 。 ・ 初 め て 会 う セ ル ビ ア 人 に 恐 怖 の 感 情 が あ っ た 。 参 加 し た ボ ス ニ ヤ ッ ク 人 は セ デ ィ ン 一 人 だ っ た 。 ・ 戦 争 に よ り 「 セ ル ビ ア 大 は 人 殺 し 」 と い う セ ル ビ ア 大 に 対 す る イ メ ー ジ が あ っ た か ら。 ・ サ ッ カ ー を 通 し て , セ ル ビ ア 人 の 子 ど も と 交 流 し , セ ル ビ ァ 大 に 対 す る 恐 怖 心 が 薄 れ た 。 ・ う ま く い か な か っ た 。 セ ル ビ ア 側 の ヴ ォ イ コ ヴ ィ ッ チ で 合 同 練 習 を し よ う と 試 み た が , ボ ス ニ ヤ ッ ク の 子 ど も た ち は 行 く こ と を 拒 否 し た。 ・ ボ ス ニ ヤ ッ ク人 の ァ ド ミ ー ル が セ ル ビ ア 側 で の 練 習 に 参 加 す る こ と を 決 意 し た 。

(9)

の 展 事 開 例 1 呪 一一、 究 帰 `-'属 意 識 の 多 重 化 ・ 恐 怖 は な か っ た の だ ろ う か ? ・ 練 習 後 , ア ド ミ ー ル は ど の よ う に 感 じ た の だ ろ う ? ・ ク リ ロ は そ の 後 ど う な っ て い っ た の だ ろ う ? T : 発 問 す る P : 答 え る T : 発 問 す る P : 答 え る T 二発 問 す る P 二答 え る ⑩ ⑩ ・ あ っ た 。 い つ も 明 る い 彼 は 車 の 中 で 話 そ う と も し な い し ,「 自 分 が ボ ス ニ ヤ ッ ク 人 と ば れ た ら セ ル ビ ア 人 に 殴 ら れ る か も し れ な い 」 と い う く ら い 恐 怖 を 感 じ て い た 。 ・ 最 初 は 人 の 視 線 が 気 に な っ て い た が , 練 習 後 は セ ル ビ ア 人 に対 す る 恐 怖 は 薄 れ て い っ た 。 ・ 両 民 族 の 間 に 「 境 界 線 」 は あ る も の の , 民 族 間 で の サ ッ カ ー に よ る 交 流 は 発 展 し て い っ た。 そ の 後 ク ロ ア チ ア 人 の 子 も チ ー ム に 参 加 し , 三 民 族 に よ る サ ッ カ ー チ ー ム と な っ た 。 重 展 化 開 の 2 亂- 、 明 帰 ` ̄j属 意 識 の 多 ・ な ぜ 両 民 族 の 子 ど も は 一 緒 に サ ッ カ ー が で き る よ う に な っ た の だ ろ う ? ・ 民 族 融 合 の た め に 人 々 は ど の よ う に す る こ と が 考 え ら れ る だ ろ う ? T : 発 問 す る P : 答 え る T 二発 問 す る P : 答 え る ・ 「 セ ル ビ ア人 」「 ボ ス ニ ヤ ッ ク人 」 と い う 意 識 で は な く, 同 じ チ ー ム で 同 じ サ ッ カ ー を す る チ ー ム メ イ ト と い う 意 識 が 芽 生 え た か ら 。 ・ 自 分 は 「 ○ ○ の メ ン バ ー で あ る 」 と い う よ う な 帰 属 意 識 を , 民 族 や 宗 教 の よ う に 一 つ の も の に 求 め る の で な く, 厂ボ ス ニ ヤ ッ ク人 で あ り , ク リ ロ の メ ン バ ーで あ る 」 と い う よ う に 複 数 に 求 め る こ と に よ っ て , 民 族 に 対 す る 意 識 は 相 対 化 さ れ る 。 よ 識 終 Hi ・ こ れ ま で , 民 族 融 合 の 試 み を 見 て き た が , こ れ か ら ボ ス ニ ア で は , ボ ス ニ ア と し て 統 一 さ れ る の と , 民 族 が 住 み 分 け た 状 態 を 続 け る の と ど ち ら が よ い だ ろ う か ? T : 発 問 す る P : 考 え る ・ ( こ れ ま で の 学 習 を 振 り 返 っ て , 根 拠 を 示 し , 自 分 の 考 え を 述 べ る。 )

(5) 資料 一覧

①ベ キッチ の証言 (多 谷千 香子『

「 民族浄 化」 を裁 く 一旧 ユ ーゴ戦 犯法 廷 の現 場 から』2005年, p.99-100.)

② ボスニア の民 族 構成

③旧 ユ ーゴの経済 格差(88年)(千 田 善『 ユ ーゴ紛 争』 講談 社, p. 177.)

④旧 ユ ーゴス ラヴィ アの民 族 構成

⑤破壊 前 の スタリ・ モ スト (ロ バ ート ・J・ ド ーニ ヤ/ ジョン・V・A・ フ ァイ ン『 ボ スニア・ ヘ ルツェ ゴ

ヴィ ナ史 多 民 族国家 の試 練』恒 文社, 1995 年, p.261.)

⑥破壊 後 のス タリ・ モスト( 山陽新 聞, 2004 年 6月16日)

⑦ ムス リム大「収 容所」(橋 本晃『 国際紛 争 のメデ ィア学』 清弓 社, 2006 年,p.119.)

⑧ デイト ン合意 (柴宣 弘「 ユ ーゴス ラヴィ ア現 代史」 岩波 新書, 1996 年, p.193.)

⑨ クリロ のメ ンバ ーの写真 (森田太 郎『 サ ッカ ーが超え た民 族 の壁』2002年.)

⑩ ボ スニ ャック人 と サ ッカ ーをや る ことにな っ たセル ビア人 のコメ ント(同 上, p-77.)

⑩ セ ルビア側 へ行 く ことへ の子 ど もたちの反 発(同 上, P82-84.)

⑩ アド ミ ールの心境 (同上, p93-95.)

⑩練習を終 え た後 のアド ミ ールと ジョル ジェ( セルビ ア大) の会話

V。 単元 開発 の成果 と課題

実験 授業 は, 第三 学年 におい て公民 的分野 の授

業 として三 時間か けて行 った。

授業 の目的 は,政 治家 によ る民 族主義 の利 用 と

マ スメデ ィアのプ ロパ ガ ンダによ って民族紛 争 が

激化し てい った ことを説 明で きるよ うに なる こと

で あ った。 実際 の授業で は。

− ゴス ラヴィ アで

の民族 の違 いが宗 教し がない こと に触 れた上 で,

県 民 に 例 え て 民 族 対 立 の 原 因 を 考 え さ せ た11。 生

徒 か ら は, 県 民 の 対 立 が 生 じ る に は, 政 治 家 や 知

事 の対 立 が 引 き 金 と な る と予 想 す る意 見 が 出 さ れ ,

問 題 発 生 の 原 因 と し て 権 力 を 持 つ 者 の 関 与 を 指 摘

で き て い た と 言 う こ と が で き る。 こ の こ と は本 研

究 で 試 み た県 民 に 例 え る シ チ ュ エ ー シ ョ ン学 習 に

よ っ て , 政 治 家 の 煽 動 に よ っ て 民 族 対 立 が 生 じ る

可 能 性 か お る こ と を 説 明 で き る よ う に な って い た

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