キューバ・米国国交正常化 -- 多様なアクターと価
値観・実利の交差 (分析リポート)
著者
山岡 加奈子
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
245
ページ
51-57
発行年
2016-02
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003018
分析リポート
● は じ め に 二〇一五年七月二一日、キュー バと米国は五四年ぶりに国交を回 復した。一九五九年の革命から五 七年間が経過したが、フィデル・ カストロおよびラウル・カストロ は、冷戦期の米国のあからさまな 攻撃に対し、ソ連と同盟を結ぶこ とで生き延びた。ソ連が一九九一 年に崩壊してからは、革命以来最 悪の経済危機に見舞われながらも、 革命体制は倒れなかった。その間、 米国は一貫してキューバに対して 敵対的な姿勢を崩さず、ソ連崩壊 後もキューバに対して経済制裁を 継続してきた。その目的は革命体 制を民主化することであったが、 キューバの現体制は米国の圧力に も屈することなく、一貫して社会 主義体制を維持してきたのである。 今回のキューバと米国の国交正 常化は、敵対してきた両国の関係 史のなかでは歴史的転換点ではあ るが、それにもかかわらず、両国 政府の持つ価値観は、相変わらず 平行線をたどっている。拙稿(参 考文献①)では、ソ連崩壊後、両 国政府が互いに放つ言説に含まれ る価値観が、完全に平行線をたど っており、価値観のうえでは一致 点を見出すのが難しいと述べた。 本稿では、国交正常化によって、 両国関係が改善した現在も、この 価値観の完全な不一致は変わらず 継続していることを示す。そのう えで、その価値観の不一致にもか かわらず、実利を求めるアクター、 とくに米国の経済アクターが接近 しつつあり、そのために今後さら に接近する可能性もあるが、同時 に価値観の違いが接近を阻む可能 性があることを示したい。 ● キ ュ ー バ 政 府 と 米 国 政 府 の 価 値 観 の 対 立 キューバと米国の関係を検討す るにあたり、最初に両国の関係改 善が進んだ要因を簡単に述べたい。 本稿の議論の中心は、価値観やイ デオロギーの違いが両国の対立を 生む点であるが、他方国交回復に つながった、両国の接近を促す要 因ももちろんある。まずキューバ 政府の狙いとして、経済の立て直 しの必要性に迫られているという ことが挙げられる。キューバは二 〇〇一年にチャベス政権下のベネ ズエラとの間で経済協力協定を発 効させ、現在までベネズエラの石 油 と キ ュ ー バ の 医 師 の サ ー ビ ス ・ バーター貿易を行っている。その 経済的なインパクトは公式に発表 されていないが、リーマンショッ ク前後の二〇〇八年にキューバ政 府がこのバーター貿易などのベネ ズエラとの経済協力で獲得した外 貨純収入は約五〇億ドルと推定さ れ、粗収入八〇億ドルは同年の財 輸出の三倍、財輸入の六六%にあ たるという研究もある(参考文献 ③、 三 九 九 ペ ー ジ )。 こ の キ ュ ー バにとり大変重要な意味を持って きたベネズエラとの関係は、ベネ ズエラ自身の経済危機により先行 きが不透明になってきている。二 〇一四年九月からベネズエラのキ ューバ向け原油は一日に一〇万五 〇〇〇バレルから五万五〇〇〇バ レルまで、半量近くに減少し、他 方キューバからベネズエラへの医 療サービス輸出も三六%減少した (参考文献⑥) 。キューバ側からす れば、米国との関係改善は、一四 年間キューバ経済を支えてきたベ ネズエラとの協力関係が先細りに なるなかで模索されたものと考え られる。米国との関係改善によっ て短期的に伸びが見込まれるのは 観光業である。二〇一五年一一月 一六日のキューバ観光省の発表に よれば、この日キューバに入国し た外国人の年間訪問者数が昨年度 一年間の総計三〇〇万人を上回っ た( Efe 通 信、 二 〇 一 五 年 一 一 月 一七日付、 http://www.14ymedio.キューバ・米国国交正常化
―多様なアクターと価値観・実利の交差―
山岡
加奈子
com/nacional/Cuba-recibe-millones-turistas-extranjeros_0_1891010883. html )。 二 〇 一 五 年 は こ の 発 表 か らさらに四五日残されているので、 順調に行けばおそらく一〇%以上 の伸びが期待できる。近年にない 大幅な伸びであり、米国との関係 改善により、観光客および経済関 連の訪問者が増加していることが 想像される。 キューバ政府も、八九歳と八四 歳になった高齢のフィデルとラウ ル ・ カストロ兄弟の指導がこの先 それほど長く続かないであろうこ とを予測しているはずである。キ ューバ革命政府は、革命初期に米 国に亡命した反カストロ団体から、 さまざまな形での武力侵攻や暴力 的な攻撃を受けてきた。米国との 関係改善の前に、カストロ兄弟が いなくなるような事態になれば、 その機に乗じて米国側から再び介 入される恐れがある。その前に関 係を改善しておけば、指導者の交 代時にも米国から攻撃的な介入を 受ける可能性は低くなる。革命体 制をカストロ兄弟以後も存続させ るために、米国との関係を改善す ることを選んだということである。 また米国のオバマ政権にとって は、よくいわれるようにオバマ大 統領自身の外交面での歴史に残る 業績作りという理由ももちろんあ ろう。すでに二期目の後半で再選 の心配をする必要がなくなり、さ らに中間選挙も終わって、票獲得 のために政策を考える必要がなく なったという理由もあろう。加え て米国にとっては、中国とロシア がキューバに接近している事実が、 安全保障上の問題になっていた。 二〇一四年七月に中国の習近平主 席とロシアのプーチン大統領が相 次いでキューバを公式訪問してい る。それぞれ周辺国と紛争を起こ している両国がキューバと関係を 強化することで、米国に地理的に 近い中南米地域でも、新たな緊張 を作り出す可能性がある。米国は キューバと関係を改善することで、 ロシアや中国のこれ以上のキュー バ接近を抑止したと考えられる。 これらはキューバと米国が、二 〇一四年一二月の国交正常化交渉 開始発表から一年もたたずに国交 正常化 ・ 大使館開設に至るほど急 速に関係改善に進んだ要因として 考えられるものである。ただし今 後 の 両 国 関 係 の 改 善 は、 ラ ウ ル ・ カストロが繰り返し述べているよ うに、これまでのように容易に進 むとは考えにくい。本稿でとりあ げるのは、今後関係改善を遅らせ るであろう両国の価値観やイデオ ロギーの違いである。 ● 国 交 正 常 化 交 渉 開 始 発 表 後 の 両 国 の 価 値 観 の ず れ オバマ大統領は、二〇一四年一 二月一七日にキューバとの国交正 常化を発表したとき、五四年間続 いたキューバに対する敵対的な政 策は時代遅れで効果がない、と宣 言した。これは経済制裁を含む伝 統 的 な 対 キ ュ ー バ 政 策 が、 「 手 段 として」誤りであったと認めたこ とになる。ただし、オバマはその 目的、キューバの民主化を促すと いう「目的」は変えていないので ある。以下で彼および大統領府の 言説をみてみよう ( https://www. whitehouse.gov/the-press-of fice/2014/12/17/statement-presi dent-cuba-policy-changes )。 一二月一七日の大統領の発表は、 まず「我々はキューバ国民(政府 ではなく)との関係を変えること にした」と述べるところから始ま る。彼は五四年間の対キューバ政 策 は、 「 我 々 の 共 産 主 義 へ の 反 対 から」策定された、といい、米国 は一貫してキューバの民主主義と 人権を支援してきたと述べる。 そして国交正常化交渉を開始す る今、彼はキューバ政府と直接対 話と交渉を行うことにより、民主 主義と人権に関する問題という、 両国に存在する違いや合意できな い問題点を討議するのだ、と述べ、 この新しい政策は「キューバ国民 を さ ら に 支 援 し、 我 々 の 価 値 観 を 」、 相 手 国 の 孤 立 化 で は な く 「 関 与 を 通 じ て 促 進 す る 」 こ と で あると言う。一九九六年のヘルム ズ = バ ー ト ン 法 に よ っ て、 経 済 制裁の全面解除の権限は、大統領 から連邦議会に移っている。その ためオバマ大統領はここで「大統 領としてできる政策」すなわちキ ューバ渡航に対する制限の緩和や 情報産業のキューバ投資の認可な どを行い、連邦議会に対して対キ ューバ経済制裁の解除を進めるた めに率直で真剣な話し合いを行う と述べたのである。 この発表どおり、オバマ大統領 は翌月二〇一五年一月には、キュ ーバに親族がいない米国市民がキ ューバに送金する場合の上限額を、 三カ月ごとに五〇〇ドルから二〇 〇〇ドルへ引き上げた。さらにキ ューバ系市民を含む米国市民が米 国へキューバ産品を持ち帰ること も、四〇〇ドルまでの上限つきで
キューバ・米国国交正常化―多様なアクターと価値観・実利の交差― 許可すると発表した。キューバ産 品のうちキューバ産葉巻やラム酒 などのアルコール類は一〇〇ドル までとなっている。文化・学術交 流や人道支援など、以前から例外 として認められてきた一二分類の キューバ渡航のケースについて、 米財務省の許可は必要ないとした。 財務省の許可申請にはこれまで手 続きに数カ月かかっていたので、 交換留学や宗教関係者や援助関係 者のキューバ渡航などが、容易に 実現できることになった。 このオバマ大統領の発表と同時 に行われたラウル・カストロ国家 評議会議長の発表はどうであった だ ろ う か。 ラ ウ ル は 最 初 に、 「 主 権平等を基礎とし、双務的な形で 多様なテーマを取り上げる」 。「国 家の独立とわれわれの民族自決を いささかも損なうことなく」米国 との話し合いを開始することにし た、 と 宣 言 し た。 「 交 渉 に お い て はわれわれの間にある差異につい て 話 し 合 い、 解 決 す る 計 画 で あ る」と述べている。これらの文言 は、オバマ大統領の発表とほぼ共 通している。 他 方 ラ ウ ル は、 「 今、 種 々 の 困 難にもかかわらず、繁栄し持続可 能な社会主義を建設するため、経 済モデルの刷新を進めている」と 述べ、キューバが革命体制を引き 続き堅持し、社会主義の原則のな かで改革を進めようとしているこ と を 確 認 す る。 そ し て、 「 我 々 は 米国政府に対し、両国関係を改善 し、正常化するために、国際法と 国連憲章の原則に基づき、双務的 な 手 段( forma recíproca ) を 用 い る よ う 提 案 す る。 「 わ れ わ れ の 間 には、とくに国家主権、民主主義、 人権および対外政策に関して、大 きな違いがあることを認識したう え で 」「 文 明 的 な や り か た で、 わ れわれの違いを (そのままにして) 共存する技術を学ぶ必要がある」 とさらに釘を刺してこの演説を締 めくくっている。国際機関や国際 法の遵守を米国に求めることで、 主権を守り、革命を米国から守る ことを考えているようにみえる。 これに対してオバマ大統領は、 発表の最後の部分で、キューバ国 民 に 呼 び か け、 自 決( self-deter -mination ) と 尊 厳 と 共 に 生 き る こ とで、キューバ国民はエンパワー されるべきだ、と述べているが、 これはあくまで「キューバ国民」 であり、革命政権やキューバ政府 とは明確に区別している。またオ バ マ の 発 表 で は 冒 頭 で、 「 キ ュ ー バ国民との関係を変える」と宣言 しており、米国政府はキューバ政 府ではなく国民との関係を強化し たい、支援したいと述べている。 つまりラウルの言説は、オバマ大 統領のそれとはかなりニュアンス が違い、社会主義やキューバ革命 の価値観や理想を今後も守る意思 を明確にし、米国にもそれを尊重 するよう求め、そのうえで違いを 認め合いつつ話し合いをすると述 べている。 ラウルのこの姿勢は、ラテンア メリカ・カリブ諸国との会合でさ らに明確になる。国交正常化交渉 開始発表からちょうど四カ月後の 二〇一五年三月一七日、ラウルは ボ リ バ ル 米 州 統 合 構 想( A L B A)第九回臨時総会の席で演説し、 ベネズエラのボリバル革命を「連 帯、社会的公正、主権防衛の原則 の下に結成された」と高く評価し、 「 米 国 帝 国 主 義 は、 失 敗 に 終 わ っ たものの、実際あらゆる方法でボ リバル革命と[ベネズエラの]チ ャベス主義革命を不安定化させ、 弱体化させる試みを実行してきた。 ( 中 略 ) 米 国 が 地 域 の 覇 権 と 国 内 政策を優先して、平和と米州関係 の指針を犠牲にするものである」 と述べた。米国との関係改善の交 渉の最中にしては、きわめて厳し い米国批判を展開したのである。 またこの演説では、キューバと米 国の関係改善についても触れ、オ バマ大統領は最近新しい政策を採 り 始 め た が、 「 そ の 目 的 は 変 わ っ ておらず、ただその方法が変わっ たに過ぎない」と指摘している。 国際社会に対しては、ラウル・ カストロは兄フィデルと同じく、 キューバ革命の精神を社会開発と 関連付けて世界に提案し、革命の 国際主義を改めて明確にした。以 下はラウルが二〇一五年九月の国 連総会に初めて出席したときの演 説である。 「 国 連 憲 章 に う た わ れ て い る ( 中 略 ) 平 和 の う ち に 生 き る 権 利 と、発展する権利を否定するのは、 人間性を否定することだ。それは 貧困であり、不平等である。これ らは国民の自決権を奪う植民地主 義と、後には帝国主義と覇権主義 から生まれる紛争の原因となる。 ( 中 略 ) 今 も 七 億 九 五 〇 〇 万 人 が 飢えに苦しみ、七億八一〇〇万人 の成人が非識字であり、毎日一万 七〇〇〇人の子どもが、治療可能 な病気で亡くなっている。他方軍 事支出は、年一兆七〇〇〇億ドル
に上っている。この何分の一かで も人道のための問題解決に使われ てよい。 」 米国との関係については、一九 九二年から毎年国連総会で対キュ ーバ経済制裁非難決議を提案して きているキューバなので、ここで も「 経 済・ 通 商・ 金 融 封 鎖 」( キ ューバは米国の経済制裁をこう呼 ぶ)の解除、グアンタナモ米海軍 基地の返還、そして過去五五年間 の敵対的行動による損害を補償す ることが、両国関係の改善には必 要であり、これは長い複雑なプロ セスになると述べている。この点 については、キューバ外務省がそ の三カ月前の二〇一五年六月に発 表 し た「 キ ュ ー バ 対 封 鎖( Cuba vs Bloqueo )」 と い う 文 書 に も 書 か れ て い る( http://www.cubavs -bloqueo.cu/sites/default/files/IN -FORME%20BLOQUEO%202015% 20Esp.pdf )。 この文書で、一九六二年の経済 制裁発動から現在までのキューバ が受けた被害総額は一二兆一一九 二 億 米 ド ル で あ る と 推 計 し、 「 新 しいシナリオが作られたにもかか わらず、金融および第三国にまで 拡大された封鎖の影響は維持され ている」と述べている。 ラウルの国連総会演説ではさら に、 「 不 正 義、 不 平 等、 低 開 発、 差別、不正な操作が存在するとい う現実を前に、より公正で平等な 国際秩序を確立し、その中心に尊 厳と福祉を保障された人類がいる、 そんな社会を実現するために努力 することをキューバは誓う」と演 説を締めくくった。 社会権を基礎として人権を保障 する立場はキューバ革命の原則の ひとつであり、しかもキューバ革 命の理念や価値観を世界に広める 国際主義も革命の原則のひとつで ある。ラウルの国連総会演説は、 その意味でキューバ革命の原則に 則った内容といえる。同様の内容 は、フィデル ・ カストロが二〇〇 六年の病気入院後、療養中の時期 から共産党機関紙『グランマ』に 不定期に掲載している「フィデル の 考 察( Reflexión de Fidel )」 に も現れている。 二 〇 一 五 年 八 月 一 三 日 付 け の 「 フ ィ デ ル の 考 察 」 は、 広 島 ・ 長 崎への原爆投下に寄せて、二〇一 二年に日本から訪問した被爆者た ち と の 会 見 に 触 れ、 「 我 々 は 決 し て、平和と人類すべてのための福 利を勝ち取るための戦いをやめる ことはない。その平和と福利は、 肌の色も、地球上のどの場所の出 身かも、宗教を信仰しているか否 かも、関係ない」と述べる。さら に「すべての市民に医療、教育、 職、栄養、安全、文化、科学、福 祉を等しく保証すること、つまり、 我々が正義と平等という夢を、地 上のすべての人類に実現するとい う、……この非常に高い理想をキ ューバ国民が変わらず持ち続けて いることに感謝する」と結ばれて いる。 ● 米 国 と キ ュ ー バ の 多 様 な 意 見 ①世論調査 これまで米国とキューバの両国 政府の立場や価値観について述べ てきたが、どちらの国でも政府以 外の立場の意見はさまざまに分か れている。キューバについては政 府の公式見解と外れる意見を表明 する機会はないが、今年同じ時期 に米国の世論調査会社二社が、そ れぞれ米国とキューバで両国関係 改善について調査を行った。キュ ーバでの調査はキューバ政府の許 可を得ておらず、その意味で調査 の統計的な正確さには問題が残る が、他方政府の許可を得ない初め ての世論調査であるため、回答者 は政府の圧力を気にせず答えてい るとも考えられる。 米国の世論調査のうちもっとも 知られているのはフロリダ国際大 学の調査で、ここは一九九二年か ら数年ごとに、フロリダ州マイア ミのキューバ系米国人を対象に世 論 調 査 を 行 っ て き た( FIU Cuba Poll )。 二 〇 一 一 年 の 調 査 で は、 経済制裁継続に賛成は五六%、反 対は四四%であったが、二〇一四 年には初めて逆転し、賛成四八%、 反対五二%となり、オバマ大統領 の発表直前には、キューバ系米国 人コミュニティでも、オバマの政 策転換に賛成する人が過半数を超 えていたことになる。キューバ系 米国人は、米国へ移住した時期に より、対キューバ政策に関する意 見は大きく異なる。一九六〇年代 までの、革命直後に移住した、い わゆる「亡命キューバ人」は、政 治的にも革命の価値観に反対し、 私的にも個人の資産やビジネスな どを失い、革命政権には感情的に も譲歩できないと考える人が多い のに対し、ソ連崩壊後に移住し、 現在も移住している新世代は、革 命と共に生涯のほとんどをすごし てきた人々で、革命はすでに既成 事実として受け入れている。体制
キューバ・米国国交正常化―多様なアクターと価値観・実利の交差― を倒すよりも、キューバに残った 家族とのつながりを維持し、親族 訪問や送金を無制限に行えるよう 希望する。亡命キューバ人世代が 高齢化し、減少している一方で、 新世代は現在も増える一方であり ( 毎 年 三 ~ 五 万 人 が 米 国 に 移 住 し て く る )、 対 キ ュ ー バ 政 策 に 対 す る世論がどこかで逆転するのは時 間の問題でもあった。 米国人全体を対象とする世論調 査 と し て、 Beyond the Beltway 社が二〇一五年三月六日に全米で キューバ系に限らず米国市民を対 象に行った調査がある。国交正常 化交渉開始発表から三カ月あまり 経過した時点での調査である。経 済制裁全面解除に賛成かという質 問に対し、共和党支持者の過半数 五一%が賛成と答えた。これは初 めての現象である。民主党支持者 で賛成したのは七四%、支持政党 なしでは六四%が賛成に回った。 キューバでの調査は、フロリダ 州 に あ る 調 査 会 社 Bendixen and Amandi が マ イ ア ミ に あ る ス ペ イ ン 語 テ レ ビ 放 送 Univision と 共 同 で、政府の許可を得ず、スペイン 語を話す調査者をキューバに送り 実施した。被調査者は、高齢化が 進むキューバ(二〇一四年の高齢 化率は一三・八%で日本と同水準 である)で比較的若年層が多く、 また白人(六四%)に偏っている 問題はあるのだが、キューバ全国 の一二〇〇名のキューバ人に対面 で質問した調査である。九七%の 回答者が米国との国交正常化はキ ューバに利益をもたらすと答えた。 正常化が経済制度の変化につなが ると答えたのは六四%、つながら ないと答えたのは三〇%であった。 他方正常化が政治制度の変化につ ながると答えたのは三七%で、五 四%がつながらないと回答した。 オバマ大統領は「キューバの民主 化を促進する」ことを目的に、正 常化交渉を進めていたわけだが、 キューバ国民はそれについては悲 観的な人が多いということになる。 この調査では、やや間接的なが ら、革命体制に対する国民の意見 についても質問している。経済制 度については、七九%が不満を表 明 し、 「 キ ュ ー バ 政 府 に 望 む こ と」については、七割の回答者が 「 経 済 の 改 善 」 と 答 え て い る。 他 方政治制度については、不満と答 えたのは五三%で、三九%は満足 であると回答している。それに関 連して、革命政権が誇る社会開発 については、七二%が現在の教育 制度に満足であると回答し、六八 %が現在の医療制度に満足と回答 した。経済に比べて政治に対する 不満が相対的に少ないのは、革命 体制の下で実現された国民全員へ の無料の医療・教育が関連してい るかもしれない。医療も教育もソ 連崩壊後、薬が不足したり、賃金 が安い教員が大量に辞めたりして、 どちらも質の低下が懸念されてい るが、それでも回答者の三分の二 が こ れ ら の 社 会 サ ー ビ ス に「 満 足」と回答したのは、国民がその 面では革命政府を評価しているこ との現われでもあると考えられる。 ②米経済界のキューバへの関心 米国の経済界は伝統的に共和党 支持であり、また同時に米国外で も経済的利益を追求するために、 自由な通商や規制緩和を望むグル ープである。そのため、共和党が 多数を占める現在の連邦議会にお いて、米国の対キューバ経済制裁 によって、自社の利益が脅かされ ると判断した場合は、経済制裁解 除を求める可能性がある。二〇一 四年一二月一七日のオバマ大統領 の発表を受けて、 米国の経済界は、 共和党の反共政策に同調するより は、キューバとの関係改善によっ て、経済的利益を求める活動に傾 斜している。上院に献金した企業 や個人のリスト(献金時期、寄付 額なども公表されている)が公開 さ れ て い る( US Senate Query the Lobbying Disclosure Act Da -tabase 〔 http://soprweb.senate. gov/index.cfm?event = select -fields 〕) の で、 本 稿 で は そ れ を 用 いてキューバへの米国企業の関心 の変化をみた。 前記ウェブサイトには、二〇〇 五年(一〇年前)から二〇一五年 までの、いずれかの上院議員に献 金した全企業が列記されており、 献金先の議員名、献金日時や献金 額が明記されている。まず、二〇 〇一年からキューバへの輸出が認 められている農業部門については、 このリストが記録している二〇〇 五年から毎年献金している企業や 団体が多いが、オバマ大統領の発 表以後、数年ぶりに献金したとこ ろもある。また州政府の農業担当 局が四州献金しており、二〇一五 年初めてという州が半数ある。観 光業は、業界団体のような団体は 以前から毎年献金しているが、個 別の観光関連企業、ヒルトンやマ リオットなどの国際ホテルチェー ンやクルーズ会社が二〇一五年に 新たに献金しているところが新し
い。ただし、ヒルトンホテルは革 命前にキューバにホテルを持って おり、革命後に接収された経緯が あるため、これだけでは、キュー バに進出することを狙っているの か、接収資産を回復することを考 えているのか、両方なのかははっ きりしない。 キューバ島の北方の領海、とく にメキシコとの国境に近い海域に は海底油田がみつかる可能性が高 いとされている。すでにフランス やスペイン、ブラジルや中国など の石油会社が一九九〇年代からキ ューバ政府とのコンセッションで 石油探索を行っているが、商業ベ ースに乗る発見はされていない。 米国で同じメキシコ湾岸地域に本 社を展開する米国の石油企業は、 経済制裁が解除されれば、分野別 ではもっとも大規模な対キューバ 投 資 を 計 画 し て い る と さ れ る ⑴ 。 オバマ大統領の発表後、シェル石 油のような世界的企業が初めて献 金を行うなど、関心が高まってい る印象を受ける。 オバマ大統領は二〇一五年一月 に、キューバの民主化を促進する ため、キューバ国民がより多く多 様な情報を入手できるよう、情報 通信の分野で米国企業のキューバ 投資を認めると言明した。これを 受けて、シスコやインテルサット、 ヴェライゾンなどの大企業を含む 情報通信関連企業が初めて献金を 行っている。情報関連の企業が献 金リストに登場するのは初めてな ので、国交正常化を含むオバマ大 統領の新政策に触発されていると 思われる。 同じく製造業関連では、タイヤ のグッドイヤーと農業・建設機械 の老舗メーカーであるディーアが 初めて献金を行った。タイヤも農 業・建設機械も現時点のキューバ で需要が高い部門である。 複雑なのはキューバの名産ラム 酒の関連企業である、革命前にキ ューバの東部サンティアゴ・デ・ クーバで操業していたバカルディ 社は、蒸留所などの資産を回復し たいと毎年献金し続けている。バ カルディ社は革命後に米国で、同 じ 元 キ ュ ー バ の ラ ム 酒 企 業 か ら 「 ハ バ ナ・ ク ラ ブ 」 と い う 名 の ラ ム 酒 の 商 標 権 を 入 手 し た。 こ の 「 ハ バ ナ・ ク ラ ブ 」 と い う ラ ム 酒 は、今キューバ政府がフランスの ペルノ・リカール社と合弁で世界 販売を行っている。バカルディは このハバナ・クラブの商標権をめ ぐりペルノ・リカールを訴えたが 欧州で敗訴、さらに世界貿易機関 ( W T O ) か ら も 違 反 と 裁 決 さ れ ている。このペルノ・リカール社 は二〇一五年にこの上院の献金リ ストに登場している。したがって ラム酒については、キューバで利 害が対立する二企業が、相反する 目的(一方は接収資産の回復、も う一方はキューバと組んだビジネ スの発展のため)でそれぞれ献金 していることになる。 米国のキューバに関心がある企 業の間では、全米商工会議所の活 動が二〇一五年に活発になってい ることが話題になっている ( Cuba Standard, August 2015 )。 献金額が 二倍に増えたうえ、会議所の会頭 が二〇一五年六月にキューバを初 めて訪問している。 彼は前期 Cuba Standard の イ ン タ ビ ュ ー で、 キ ューバの法制度(知的財産保護や 外国企業の資産保護など)がもっ と整備されれば、もっと積極的に コミットしたいと発言しているの で、冷静にキューバ経済を分析し ている印象であるが、関心が高ま っていることは事実のようである。 また日本でも二〇一四年からプ ロ野球の二球団がキューバの選手 と初めて契約して話題になったが、 米国の全米野球コミッショナー事 務所も、二〇一五年に初めて献金 を行っている。反対にキューバ現 政権と対立しそうなのはNGO関 係である。人権関係、および保守 系の共和党系列の団体が毎年献金 しており、特に二〇一五年も変化 はないものの、何かのきっかけで 米国政府にオバマ政権の現在の政 策とは反対の方向へ作用する可能 性も残っている。 同じことは、資産回復を目的と した企業や個人についてもいえる。 キューバに投資する欧州やその他 の第三国の企業は、基本的に革命 前の米国資産には手をつけず、補 償問題に巻き込まれることを避け るようにしているが、キューバ政 府は彼らとの間で補償金額や支払 い期間の長さなどでかなり困難な 交渉をしなければならないかもし れない。ただし中国では、同国が 経済開放を行った際に、接収した 資産(すでに老朽化が激しく、接 収時の状態まで回復するには相当 な投資を必要とする)の回復を望 むよりも、新たな投資で優遇措置 を得られるなど、交換条件を提示 することで、政府にとっては莫大 な補償支払いをかなり免れたとい う先例もある。
キューバ・米国国交正常化―多様なアクターと価値観・実利の交差― ● お わ り に 以上みてきたように、キューバ と米国の関係改善と国交正常化の プロセスにおいては、両国政府の 価値観が多くの面で対立しており、 「 違 い は あ る が 話 し 合 う 」 と い う 点でオバマ大統領とラウル ・ カス トロ国家評議会議長の意思が一致 したために、交渉が可能になった ものの、それ以上の進展過程がこ の価値観の対立点に達した場合は、 そこで止まってしまうと考えられ る。オバマ大統領は二〇一七年に 次の大統領と交代することになる し、ラウル ・ カストロも二〇一八 年に引退することを繰り返し明言 している。両国で次の指導者が誰 になるかによっても、政府の価値 観の対立は左右される。 他方政府同士の価値観の平行線 とは別に、とくに米国内には政府 とは異なる多様な利害や価値観を 持つアクターが存在する。キュー バ市場に魅力を感じる企業は、共 和党が多数を占める連邦議会に働 きかけていることが、献金リスト からうかがえる。オバマ大統領の 政策転換にともない、とくに全米 商工会議所、情報産業、製造業や 石油産業から新たな働きかけが始 まっている。これらの財界アクタ ーは共和党の支持基盤であり、今 後共和党が多数を占める米国連邦 議会に対しても、経済制裁全面解 除を働きかける可能性がある。 これは米国の世論調査にもみら れる。オバマ大統領のキューバ政 策の転換を支持する米国人はすで に六割を超え、また共和党支持者 でさえ初めて過半数を超えた調査 が出てきたことは、キューバに対 する米国人の意見が変わりつつあ ることを示している。オバマ大統 領はこの世論の後押しを受けて、 自己の任期中に彼の権限の範囲内 で可能な政策転換を続けていく可 能性が高い。これについては、一 二月一七日のオバマ大統領とラウ ル ・ カストロの両者の演説に、オ バマの権限でできることをやって いくことを期待する発言があり、 指導者は二人ともそれを認識して いる。 ただし、前述したように、両国 政府の価値観の対立は大きく、両 国の接近はそれぞれの譲れない線 に達したときに止まる可能性が高 い。とはいうものの、両国が協力 できる分野は、政治経済に限らず、 さまざまな分野やルートがある。 たとえば環境や麻薬取引の監視な ど、利害が一致する分野で協力を 進めていくことが第一歩となろう。 加えて、米国財界などの経済アク ターがよりキューバに関心を持つ ようになれば、中国との関係と同 じく、価値観の違いや政治体制の 違いを乗り越えて、関係を深化さ せることは可能になるだろう。そ のためにはキューバも、とくに経 済改革を一層進めることが求めら れる。 ( や ま お か か な こ / ア ジ ア 経 済 研究所 ラテンアメリカ研究グル ープ) 《注》 ⑴ 筆者が二〇〇〇年代の初め、キ ューバ系米国人で石油企業の勤 務経験がある石油関連の研究者 ホ ル ヘ・ ピ ニ ョ ン( Jorge Pi -ñon ) 氏 に イ ン タ ビ ュ ー し た と き、海底油田の探索では米国企 業が世界最高の技術を持ってお り、キューバの海底油田開発は、 結局米国企業が乗り出すまで軌 道に乗らないと自信を持ってい る、と述べていた。 《参考文献》 ① 山岡加奈子「平行線をたどるキ ューバ・米国関係――一元性を め ぐ る 認 識 ギ ャ ッ プ 」( 山 岡 加 奈子編『岐路に立つキューバ』 アジア経済研究所叢書、№8、 岩波書店、二〇一二年) 。 ② ―――「キューバと米国の国交 正常化交渉をめぐって」キュー バ情勢レポート、アジア経済研 究 所、 二 〇 一 五 年( http://www. ide.go.jp/Japanese/Research/Re -gion/Latin/Radar/Cuba/201502. html )。 ③ Castaňeda, Rolando H., “L a
ayuda económica de Venezuela
a Cuba: situación y perspectiv -as, ” Cuba in Transition, vol. 19, Asociation for the Study of the Cuban Economy, 2009. ④ Domínguez, Jorge, I., To Make a World Safe for Revolution: Cubaʼs Foreign Policy, Cam -bridge: Harvard University Press, 1989. ⑤ ― ― ― “Reconfiguración de las relaciones de los Estados Unidos y Cuba, ” Temas, número 62-63, abril-septiembre, 2010, pp.4-15. ⑥ Mesa-Lago, Carmelo “Normal -ización de relaciones entre EEUU y Cuba: causas, priori -dades, progresos, obstáclos, efec -tos y peligros, ” Madrid: Real In -stituto Elcano, 2015.